Transparent

 顔を上げて、視線を巡らせる。万年筆を持った右手の甲で軽く目尻を擦ると同時にクチを開けば、出てきたのは欠伸だった。  窓のカーテンから光が射し込んでいる。薄くもない布地を透かして、窓枠が筋となって浮かんで見えた。  気付...

Ginkgo

 空はどこまでも穏やかなのに、時折耳を劈く唸りをあげて風が吹き抜けていく。  昨日、テレビの天気予報で木枯らし一号が吹いたと女性アナウンサーが説明していた。もう冬も間近で、コートを羽織り襟を立てて寒そうにしながら人々も足...

Go Home

 風が潮の香りを運んでくる。  伏していた瞳を上げ、背後から吹き付ける風に誘われるままに視線を流せば、その先に広がる無辺の水面が世界の半分を埋め尽くしていた。  テトラポットの群生が、コンクリートで固められた岸辺から触手...

the Time

 ユーリの城には大きな時計がある。いつ、誰がそこに置いたのかは分からない。気が付けば既にそこにあり、毎日同じ時刻に太く低い鐘の音を響かせていた。  玄関ホールの奥まった場所に置かれているそれは、壁の色と同系統のくすんだ色...

Holiday 3

 赤と青と、と。  握って筋立った拳を、甲を上にして両方差し出されて問われ、何事かと面食らった。  だが彼はまるで気にした様子もなく、重ねて答えられずに居た問いかけを繰り返す。赤か、青か。  しかし彼が何を指してその二色...

Draw

 静かに。  息を殺して、その僅かな距離に細心の注意を払い、脚を進める。  少しでも床との摩擦で音が響いてしまわぬように、身に纏う布地が擦れ合って乾いた音を立てぬように。  口腔に溜まる唾を呑み込む音さえも妨げになってし...

Chirr

 りぃぃん、と。  鈴の音色にしては若干異なる、けれど最も表現するのなら鈴が一番近いだろう音が聞こえた。  ユーリはコーヒーカップに伸ばしていた手を止め、真っ白い陶器のカップから沸き上がる湯気の向こう側を見つめた。瞳だけ...

StarDust

 昼に出かけていたスマイルが、帰宅していた事を知ったのはもう太陽が大分西に傾き、地平線の寝床に帰ろうとしている時間帯だった。  昼間の暑さはまだ地表に多く留まり、立ち止まっているだけでもじっとりとした汗が肌を伝い落ちてい...

Ocean

 潮風が頬を撫でる。生臭さを伴った幾分生温い風を感じながら、彼は視線を彼方へと流した。  昼間で在れば海の青も、空の蒼も、砂浜や空に浮かぶ雲の白さが目立っただろう。けれど今はそれらの色一切が隠されてしまう時間帯。地上を照...