秘密の朝

 コンコン、と。  二度の遠慮がちなノックのあと、もう一度立て続けに三度扉を拳で軽く叩いて反応を待つ。  だが、予測通り中から応対の声は聞こえてこない。 「…………」  渋い顔を更に剣呑なものに変え、彼はフレームの細い眼...

花火の夜

 色々なことがあった。  色々なことが在りすぎて、頭の中が整理し切れていない面も大きい。  けれど分かることは、これだけは言えるって胸を張れる事はある。  俺は自分が決めた道を今ようやく歩き出せたこと、守りたいものを見つ...

小休止6

 喧嘩をしてしまった。  自分らしくなかったと、後から十分反省するに足りる程にその時は激昂して怒鳴りつけてしまった。喧嘩というよりもむしろ、彼の行動とその行動を取る原点に当たる考え方が気にくわなくて、珍しく声を荒立ててし...

小休止5

 コトン、と彼は片手に抱いていたマグカップをテーブルに置いた。  少し温くなってしまっていたコーヒーの苦みが彼の口の中いっぱいに広がり、いつも以上に目立つ匂いのきつさも合わさって彼の眉目には深い皺が刻まれてしまっている。...

導きの手

 おちた。  ひろおうと、した。  つかまった。  つかまって、  それから?  それから……  身体中が、痛い。その上に、重い。  ずっしりと胸の辺りから腹にかけてのし掛かっている、まるで漬け物石のような重みに思い切り...

十六夜の月

 暗闇が押し迫り、自身の足許を確かめるのもおぼつかなくなり始めていた頃、ようやく仲間の間から誰とも無しに、今日はここまで、という声が上がり始めた。  最初に賛同の声を上げたのはお約束ながらフォルテで、だが相棒のケイナも疲...