獣の闇

 荒い息、激しく上下する肩、したたり落ちる汗。 「はあっ……はあっ……はあっ…………」  握りしめた剣の柄に温かいものが伝い、指の間に染み込んでゆく。ねっとりとした感触が彼の頬から首筋に流れ、やがて肩に沈んだ。 「……あ...

生きるチカラ

 自分の生きる意味がなんなのか、ひたすら考えた時代もあった  答えなど見付からなくて、ならば創ればいいと考えた  そして……  意味などなくとも人は浅ましく生きていくことに気付いた  何もしなくても腹は空く。何もしなくて...

罪人の生

 あの光に包まれて、空へ還ることが出来るなら………………  蛍が舞っていた。  淡い淡い光が、闇空を静かに昇っていく。まるで死者の魂が空へ還っていくようで、厳粛な儀式のようで、セレンは何故か胸が締め付けられる思いでこの光...

蛍火

 綿雪のように降る光。あの中で君は何を願い、祈るのか………………  昼時を過ぎたキャロの町を、一台の馬車がゆっくりと走っていた。  控えめながらも荘厳な飾りをあちこちにちりばめ、窓にはカーテンが掛けられているため中にいる...

遺志

 その町に立ち寄ったのは、本当にほんの気まぐれからきた偶然だった。夕暮れ間近の町の大通りを、今夜の宿を探しながら歩いているときに、突然空から女が降ってくるだなんて、きっと俺だけでなく誰も、予想していなかったに違いない。 ...

夜明けの星

 赤き星が静かに輝いている。  トラン湖をぐるりと囲むようにして成立している巨大国家、赤月帝国の首都グレックミンスターの頭上に、人知れず、いつの頃からか赤い星が現れるようになっていた。  しかし星の下で暮らす人々の多くは...

Dear

 秋の空は高くどこまでも澄んだ色が続いている。鳶が円を描いて舞っている下で吹き抜けていった風は思いの外冷たく、濃緑色のマントの下で彼はひとつ身震いをした。  数年ぶりの故郷への帰還。それは本来の予定にはない行動だった。 ...

クローバー

 多分、一生で一番、笑顔でいられた時間だから  君を失いたくないと願った俺のわがままは  こんな迷信でしかないただの草に叶えられるものではないと  よく分かっているけれど  クローバー、お願いだ  この時間を俺から奪わな...

いつか君に還る願い

 白い雪が舞い降りる。まだ平野部ではそれが舞うには早い季節だったが、道端にはいつ降ったのか、既に溶けかけた雪の固まりが山になっていた。恐らくこの先の村の人々が通りやすいようにと、道に積もった雪を脇に除けたのだろう。だが、...

いつか君に届く想い

 はらはらと空を雪が舞っている。この季節、平野に降るにはまだ早い雪もこの山間部では関係ないらしい。道端には溶けかけの先日降り積もった雪の名残が白く輝いており、見知らぬ世界に初めて訪れた冒険者達は、わくわくした気持ちを抑え...