懐かしい人

「坊ちゃん、どこに行っていたんですか?」 「探しましたよ」  トラン湖に浮かぶ古城、レイクホーン城の中で今日もまた、解放軍のリーダーを巡る過保護な会話が始まっていた。 「探した……って、僕になにか用?」 「いえ、用とかそ...

涙酒

――敬愛せし君に捧ぐ―― 彼の死に様は、伝えられていた。 その表情は鬼神の如くあり、一歩もそこを退かないという固い決意を秘めた眼は一度たりとも揺れ動く事はなかった。 いったい何が彼をそこまで奮い立たせたのか、彼亡き今とな...

月魂

 湖から常に吹き続ける涼しい風が葉を揺らし、太い幹から伸びる枝に腰掛けた少年がこぼれてくる日差しに目を細めた。 「気持ちいーっ!」  そこは彼のお気に入りの場所だった。  古戦場の中心、幾度となく繰り広げられてきた南の大...

考え事

 ほのぼのするような暖かい日の午後。レイクウィンドゥ城の城主ことセレンは、城の庭にある池の前でボーっとしていた。  腰掛けるのにちょうど良い高さの石に座り、ぼへーっと池のアヒルを眺めている。彼が何をしているのかは分からな...

水影

 ただ立っているだけでも、疲れるというもの。他にすることがないとはいえ、城の中央ホールに突っ立っているだけに自分を冷静に考えてみると、かなり、間抜けではなかろうかと思ってしまう。 「いいけどね……」  頬にかかる髪を手で...

旅立ち

 風がざわめく  それは新たな時代の前触れ  良くも悪くも、時代は人を選ぶ。  時の流れは、それこそまるでひとつの意志でも持っているかの如く不具合の生じた大地に狂者を生み出し、それを打ち破る英雄を創り出す。  見えない意...

大地の唄

 空は青くどこまでも続いている  果てしなく広いこの世界で  僕達はいったいどれだけの涙を流せば  この大地を浄められるのだろう  今でも、あれは全部悪い夢で、目覚めれば昔と何ひとつ変わっていない日常が待っているのだと、...

緑陽の杜

 夜。  ──?  何かに呼ばれたような気がして、キニスンは目を覚ました。  身を起こせば、すぐ傍らで同じように浅い眠りについていたシロがうっすらと瞼を持ち上げ、キニスンを見上げてくる。しかしどこか遠くから微かに響いてき...

我が儘な魂

 夕暮れ時のミューズ市庁舎。  たくさんの資料を挟んだファイルを両手に抱え、クラウスは扉を苦労して押し開けた。かつてミューズ市長として都市同盟を率いていた女傑が働いていたその部屋は、今は数年前に新しく成立したラストエデン...

咎人の祈り

 ハイランド王国皇都ルルノイエ──  白亜の王城は、美しくきらびやかであるが、どことなく冷たい印象を見る者に与える。それは、ハイランドの歴史が戦争の繰り返しという事実が故の、絶対の力の象徴だったためかもしれない。  人生...