忌諱

 揺れる窓の外、流れていく景色。自分で運転するのも随分久しぶりで、黒塗りの愛車のハンドルを握りながら視線の端に見えてきた高台の城を一瞥する。なだらかな斜面をゆっくりと進む彼の車とすれ違うものは無い。
 城までは一本道で、両側へ等間隔に配置された電灯には仄かな明かりが灯り、路上を照らしている。流れてはすり抜け、また前に現れる影を踏みながらいくつかのカーブを慎重に曲がり、先へと進む。近くに感じさせながら城までの道程は遠く、このまま永遠にたどり着けないのではという錯覚が夜の闇に紛れて消えた。
 時々電灯の明かりの中に、一瞬だけ点滅する別の光がある。道路を走る車を逐一チェックする監視カメラだ。車のライトがレンズに反射しているのだろう、だから自分の帰還は恐らく既に城に知れ渡っているに違いない。 
 騒々しい出迎えが想像できた。時計の針は既に真夜中を指し示している、月の無い夜は静かで物寂しい。
 ハンドルを右に切り、緩いカーブを曲がる。そしてすぐに左へ。視界から一瞬だけ白亜の城が消えた。
 数百年の歴史を持つ城をかつての栄華の面影を残しつつ改築し、あらゆる方面を電子化させセキュリティも強化され、人を寄せ付けぬ場所。地元の人間ならば知らぬ者はなく、迂闊に近づいて見学を求めてくるのは無知な観光客くらい。それすらも年に数人、片手で余る程しか居ないわけで、この片側一車線の立派な道路も、通行量はたかが知れている。
 利用する人間の職種も、限定されている。
 今度はハンドルを左へ。再び視界に戻ってきた城は、闇の中にあっても不気味なくらいに存在感を主張していた。星明りだけでも薄らと輪郭を浮かびあがらせており、独特のフォルムをサングラス越しでも確認できる。
 もてる技術を集めて現代の要塞とし、数年前にまだ成人したばかりの東洋系の青年に譲られた城。ボンゴレの十代目としてかの地に君臨する童顔の青年を思い浮かべながら、リボーンは直線コースに入ったことでアクセルを強く踏みしめた。
 城へ帰り着くのは、本当はもう少し早い時間帯に設定出来た。しかしわざわざこの時間を選んでゆっくり愛車を走らせたのには、理由がある。
 沢田綱吉、つまり現ボンゴレ十代目の青年はリボーンの教え子であり、まだその自覚さえない頃から共に在った。いわば彼が、綱吉をボンゴレ十代目に育て上げた。今の彼には大勢の仲間がおり、綱吉もまた大勢の部下を従えている。彼の行動ひとつで、ボンゴレは右にも左にも動くのだ。
 だからボンゴレにとって綱吉の健康管理は最も気を遣う面のひとつであり、当然ながら睡眠時間確保も必須。多忙な毎日を送っている彼だけれど、お陰で今のところ病気ひとつせず元気だという。そして今この時間であれば、彼はベッドに横たわり夢の中にいるはず。
 手っ取り早く言えば、会いたくないのだ。
 世界各地に飛び回り、滅多に城に戻らないのも。帰還命令が下されても、それがリボーンの持つ絶対的な権限を越えるものでない限り従わないのも。無論綱吉が直々に戻ってくるよう言うのであれば、素直に従いはする。だがそれ以外の人間が、どれだけリボーンの力を求めようとも、彼は決して従いはしない。
 もう綱吉とどれくらい顔を合わせていないだろう。片手でハンドル操作しながら、自由にした手で指折り数えてみる。イギリス帰国したのが昨日の午前、そのイギリスに移動したのは二週間前だったか。その前はフランスに居て、ドイツとポーランドをその前に経由している。大体二ヶ月ぶりの帰国だ。
 その間電話で数回、メールではほぼ毎日。仕事の内容以外にも雑多に、今日何があった誰かがどうしたという話題も振られた気がするが(主にメールで)、あまり相手をしてやらなかった。いつものことだし、綱吉だって反応が返ってくるのは稀だと理解している。それでもしつこく日常を語りたがるのは、日本にいた頃の習慣が抜け切っていないからか。
 左手をハンドルに戻す。最後のカーブを曲がり終え、残る道はあと僅かだ。左手に城を見上げるが、その全貌は距離が近すぎるため窓に収まりきらない。樹木茂る森を前方に抱き、ところどころに見える黒っぽい建物はいずれも監視塔だ。
 ボンゴレの影響力は大きい、万が一も起きてはならない。警戒はし過ぎるくらいがちょうど良いのだろうが、自由な気風が強い国で生まれ育った手前、綱吉には広い城も逆に窮屈かもしれない。無駄話も許されないマフィアの緊迫した空気も、彼の体力を消耗させるだろう。
 だからこそ日本から仲間を作らせた。本当に心許せる、どんなことがあっても裏切らない仲間を持たせた。そうすることで綱吉ひとりが背負う重責を軽くしてやれたらと思っていた。ただ、その中に自分を置くことは想定していなかった。
 本当はこんなにも長い間一緒にいるつもりも、無かったのに。
 アクセルから足を離し、減速する。ブレーキをゆっくりと踏み込み、目の前に突如現れた巨大な門の前で停止する。監視カメラがゆっくりと動いて車のナンバー、そして運転手を確認する。窓を開けて運転席脇に出てきたボックスにカードキーを、続いて八桁の数字を打ち込んで入り口を監視している人間に自分が帰ってきた事を暗に示した。
 十数秒待つと、非常にゆっくりとした動きで鉄製の門が自動的に左右へ開いていった。リボーンは再びアクセルを踏み、車を敷地内へと運び入れる。背後ではまた重そうな音を立て、門が閉まっていった。
 敷地とはいえ両側は深い森。闇に侵された細い歩道を暫く行くと、またしても先ほどと同じ作りをした門が現れる。そこに先ほどとは違うカードキーを差し入れ、今度は十桁の数字を入力する。ぴっ、という電子音でロックが外れて門は開かれ、そこから更に進むとまたひとつ、門が現れた。
 初めて来た人間は、いったいどれだけチェックが厳しいのかと辟易するだろう。無感動に繰り返されるチェックをクリアし、最初の門を通過してからたっぷり三十分以上経過して漸くリボーンの車は、城の手前にある屋敷の玄関に到着した。
 流石にそこばかりは夜中であっても照明が灯り、明るい。報告を受けていたのだろう、黒服の男が数人、こげ茶色の扉前で待機していた。リボーンが車を止めるとすかさず、年若の男が動いてドア横に待機する。ロックを手動で外すと、彼は外からドアを開けてリボーンを誘導した。
 鍵を挿したまま、助手席に置いていたアタッシュケースを取り彼は車を降りた。待ち構えていた大柄の男が玄関へ向けて腕を伸ばし、歩き出したリボーンの後ろでは先ほどの若者が運転席に乗り込むところだった。彼の仕事は車庫に車を運び、専属で雇われているメンテナンス員に車を引き渡すことだ。
 ちらりと一瞥だけをして車に興味を失ったリボーンは、導かれるままに玄関へ続く数段しかない階段を登った。ポーチを照らす明かりに影が伸びる、両側には体格の良い男たちが並び、リボーンが通り過ぎる手前から直角に頭を下げる。
 玄関は人間の手で両側に開かれ、深夜も良い時間帯だというのに、知らせを受けたボンゴレの重役たちが数人顔を揃えていた。こういう出迎えが嫌で深夜の帰還を選んだというのに、まったくリボーンの意思などお構いなしの待遇に溜息が漏れる。そしてまさか一番危惧していた人物がそこに待ち構えていやしないかと、注意深く玄関ホールを見回した。
 豪勢だが派手さはなく、どちらかと言えば控えめなシャンデリア。ダンスホールにもなる広い正面ホールに居並ぶ強面の面々。リボーンは彼らから顔を隠すかのように、被っていた愛用の帽子の鍔を下ろした。
 折角夜中遅くまで待ってくれていたのは有難いが、今の彼の表情は明らかに呆れ顔であり、それを見せるのは彼らに失礼に当たる。望んでいないのに過剰に応えたがる連中に肩を竦め、表情を取り繕ってからリボーンは帽子を戻した。しかしその行動は、少し早かった。
「リボーン!」
 ホールの上方、半螺旋状に作られている階段の手摺りに身を乗り出してまだ若い、幼さの残る顔立ちの青年が手を振って彼を呼んだ。声を聞いた瞬間サングラスの下で目を見開いたリボーンは、驚きのあまり持っていたアタッシュケースを床に落としてしまった。ゴトンという重い音を響かせ、ケースが横倒しになる。
 唖然としたリボーンに見守られる中、少しも気付いていない青年は階段を急ぎ足で駆け下りてくる。追随する面々も、リボーンにとっては顔なじみだった。
「ツナ」
「お帰り、リボーン」
 息せき切らせて人を掻き分け目の前に来た青年を見下ろす。愛称を呼ぶと嬉しそうに笑って、彼は未だ呆然としているリボーンの手を取って握り締めた。その格好は白いシャツに黒のスラックスと、就寝前の服装ではない。ぞろぞろとやってきたメンバーも、服装は多少違えど、いずれも、ベッドで休むには不適切な格好をしている。
 何をしているのかと、怒りさえ沸いて来る。
「こんな時間までどこほっつき歩いてたんだ?」
「そうですよ、待ち草臥れましたよ」
 敬語を使うのを知らない山本に、獄寺が同意を示して目を細める。リボーンから手を離さない綱吉もまた、うんうんと頻りに頷いている。だから嫌だったのだと、リボーンは今度こそ表情を隠さないまま溜息をついて肩を落とした。
「リボーン?」
 気配に気付き、綱吉が訝しげに彼の顔を覗き込んできた。それを、リボーンは首を振って避け、一緒に握られたままの手も振り払う。少しだけ乱暴に。驚いた綱吉が後ろに下がり、その小さな肩が控えていた獄寺の胸板にぶつかった。
「悪いが」
 冷静に、冷徹に。淡々と、余計な感情は込めず。ひたすらに、静かに、穏やかに、けれど隙はなく、切り裂き鋭い刃のように。
「長旅で疲れている」
 鰾膠もない態度で、短く切り捨てる。一瞬目を見開いた綱吉は改めてリボーンの色濃いサングラス越しに彼を見つめ、ふらつくところを獄寺に支えられる。額に手をやった彼は、その短い時間で色々なことを考えたに違いない。僅かに視線が泳ぎ、それから小さく息を吐く。ゆるゆると首を振って、
「そ、……そうだね。ごめん」
 ショックを隠しきれないけれど、気丈に振舞おうとして失敗する。即座に眉間に皺を寄せ厳しい顔つきをした山本と獄寺にも一瞥を加えたリボーンは、盛大に溜息を吐いて帽子を被り直した。落としたアタッシュケースを拾い直し、汚れもついていないのにわざとらしく表面を手で払う。
 正面の大時計は夜中の二時半を示そうとしていた。こんな時間まで綱吉を起こしている方が、どうかしている。自分は確かに、待たなくて良いと伝えたはずなのに。
「報告は明日にする。お前も早く休め」
「うん、ごめんね。そうする」
 胸の前で指を結び、そこにばかり注視して綱吉は浮いた声で返事をした。動揺の感じられる口調は周囲にも伝播して、構成員に悪い影響を与えかねない。先をして山本が、リボーンを強く睨んでから瞬きの間に表情を作り変えた。大きく手を振り、大きな声で周囲に聞こえるように、
「そうだな、俺たちもいい加減眠いし。パーティーは明日にしようぜ」
 いったい何をするつもりだったのか、後から確認する気も失せることを口にしてくるりと踵を返した。獄寺もまた、心配そうに綱吉を見つめた後で山本に同意することばを、矢張り大きめの声で言う。そうして綱吉の肩を両手で叩き、彼の意識を現実に引き戻させた。
 リボーンが目を細める。綱吉と目が合ったような気がしたが、徹底無視を貫き気付かない振りをして、歩き出す。
 彼を避けるように人垣が左右に割れた。そのちょうど中央を通り抜け、やがて人の気配は薄れ暗い静かな空間へ。この屋敷にある自分に宛がわれた部屋へ向かう道すがら、不意に、斜め前方の分かれ道に他人の気配を感じた。
「いいのー?」
 聞こえてきた声に覚えはあるが、無言を貫きリボーンは歩き続ける。右に曲がる廊下と直進する廊下、交差する壁に身体半分を隠すようにして、黒髪の青年がしゃがみこんでいた。膝に肘を立て、頬杖をつきながら視線はリボーンではなく真向かいの壁を向いている。
「十代目、お前が帰ってくるって言うんで昼から大騒ぎだったし。楽しみに寝ないで待ってたのにサ」
 どこで見ていたのだろう、この男は。真横に来たところで足を止め、リボーンは十余年前から綱吉の膝を独占している男を見下ろした。侮蔑を含んだ瞳に、彼、ランボは大仰に肩を竦める。
「そりゃぁね、貴方の言いたいことも分かりますよ、よ~く分かる。十代目を大事にしているってのが痛いくらいにヒシヒシと伝わってくるね」
 何のつもりか今度は広げた両手を胸の前で交差させ、自分自身を抱きしめて彼は身を震わせる。嫌悪感が先に立ち、リボーンはこの場で足を止めた事を後悔した。さっさと自室に篭って眠るに限る、歩き出そうとしたら気配を呼んだランボがまた笑った。
「そうやってまた逃げる。知りませんよ、十代目は貴方だけの人じゃない」
「言っている意味が分からないが」
「心配なら心配ってちゃんと言ってあげればいいのに」
 リボーンが深夜を選んで帰って来たのも、綱吉に冷たく言ってさっさとその場を去ったのも。全て綱吉が自分の身体を休めるのを優先させて欲しかったからだと、リボーンを昔から知る面々は気付いている。綱吉だって本当は分かっているだろう。
 けれど言わなければ伝わらない感情は思いの外多くて、更にことばにしなければ誤解されてしまう場合だって非常に多い。リボーンの行動はどう見ても綱吉に冷たすぎて、あんな態度を取られれば頭で理解できたとしても、綱吉は少なからず傷ついてしまう。
「それはオレの仕事じゃない」
「随分とアフターケアに厳しいことで。いいのかな、知りませんよ?」
 先ほどからしつこく繰り返される単語に、眉目を顰めリボーンはランボを睨んだ。おお怖い、そう言って腕をさする彼と目が合った。挑発的な目だ。目尻が下がっているので普段は迫力をまったく感じないのに、こういう時だけやけに彼は眼力が強い。
 暫くふたりでにらみ合って、しかし先に折れたのはランボだった。呆れた風に首を振り、量の多い髪の毛を掻き回す。
「十代目、あんまりいじめないであげてくださいな」
「どういう了見だ」
「見たままじゃないですか。十代目も、そろそろ貴方から卒業しても良い年頃なんですけどねぇ」
 最後は此処に居ない人物に向けられた言葉だろう。綱吉を虐めていると思われるのは心外で、皮肉げに表情を作ってリボーンはアタッシュケースの角でランボの頭を叩いた。小気味の良い音が廊下に響き、呻き声がそれに続いた。両手で頭を抱きかかえ、痛みに堪えるランボがお決まりの「がまん」を口にする。
 無駄な時間を費やした、息を吐いたリボーンがケースを抱え直す。さっきから床に落としたり頭を叩いたりと、中のものは無事だろうか。
 今度こそ歩き出す。未だ痛みに耐えているランボが涙目で顔を上げた、リボーンの背中を挑発的に睨む。
「知りませんよ、十代目は貴方ひとりの為にいるわけじゃない。貴方に囚われたままの彼は、哀れだ」
 だから奪い去るとでも言うのか。リボーンは聞きながら口元を歪めた。
 薄く、笑う。
 嗤う。
 それは嘲笑にも似て。
「なら、お前が解き放ってみせろ。オレに道を譲る必要もあるまい?」
 振り返った彼の表情に、ランボは臍を噛んだ。そんな風に、泣きそうな顔をするくらいなら、最初から綱吉を突き放したりせず自分から胸に抱きしめに行けばいいのに。
 ランボではその役目が果たせないから、こうやって恥を忍び、リボーンに直接訴えかけているというのに。
 何故こうも、彼は自分の心を認めようとしないのか。
 リボーンに心を囚われている綱吉は十分すぎるほど哀れで悲しいが、綱吉に心囚われながらそれを頑なに認めようとしないリボーンもまた、哀し過ぎる。
 ふたりしてお互いを見つめているのに、視線が絡まずに相手の手ばかりを見ている感じだ。
「自分に出来ない事を、オレに押しつけるな」
 吐き捨てるような心情の吐露に、ランボは今度こそ全身から力を抜いて壁に全身を預けた。まだ殴られた場所も痛む、それになにより今のリボーンの表情を見るのは酷だった。
「自分で出来ないから、言ってるのに」
 話し合いは平行線を保ち、結論は出てこない。リボーンは聞こえていただろうに振り返らず、歩き去る。静寂の闇に足音だけが響き、それもやがて完全に聞こえなくなった。ランボは自室に戻る事も出来ず、ただ綱吉の寂しげな横顔を思って顔を伏せた。
 背後でランボの気配が消えた頃、リボーンはサングラスを外した。片手で折りたたみ、胸ポケットに押し込む。等間隔で廊下に並ぶ小さな灯りで廊下には濃い影が落ちる、感情の読み辛い無表情のまま彼は慣れた足取りで自室へ真っ直ぐに進んだ。
 途中階段の踊り場から窓を見上げる。月の無い夜に、屋敷の後方に聳える城の尖塔が怪しげに浮かび上がっている。綱吉はもう眠っただろうか、先程少しだけ見た顔を脳裏に描き出し、ややして彼は嘆息混じりに首を振った。
 考えるな、考えてはいけない。彼の健康管理は充分に他者の手で成されているし、無茶は彼を取り巻くメンバーが許さないだろう。自分はその輪に加わる必要はない、彼を守る役割は既に失われた。
 ならどうして、未だボンゴレに留まり続けているのか?
「……」
 薄い唇を噛み、リボーンは声を殺した。いつだったか、誰かに問われた言葉は未だに彼の胸の奥底に刃となって突き刺さっている。答えは出なかった、出せなかった。
 何故、自分は此処に帰る場所を求めているのか。綱吉の傍から離れられない理由を問われて、しかし答えが出ないまま、考えないまま現在の状況に甘んじている自分を、どうして許したままでいるのか。
「ふ……」
 階段を登り終え、少し行けば自分の部屋がある。鍵をポケットから取り出しながらドアノブに手を伸ばすと、真鍮製のそれに手提げ袋が引っかけられているのに気付いた。ちょっとだけ躊躇し、アタッシュケースを置いてリボーンはそれを取り外す。
 薄明かりの下で中身を確かめる、控えめな色のリボンで結ばれたそれは、以前から入手が困難ながらリボーンが好んでいるワインのボトルだった。メッセージカードの類は見あたらない。いつから置かれているものなのか、紙袋の持ち手は随分とくたびれている。
『パーティーは明日にしようぜ』
 山本の声が不意に甦る。大勢で待ち構えていた構成員、夜中であるのに構いもせず起きて待っていた綱吉達、ランボの苦言。
 慌ててリボーンは携帯電話を取り出して、二つ折りのそれを広げる。嫌に明るいと感じる画面に表示されたカレンダー、予定ありの書き込みを示すアイコン。震える指がボタンを押し、予定表の画面を呼び起こす。
 二日連続の、誕生日を示す書き込み。リボーンは紙袋と携帯を持ったまま、背後を振り返った。無論そこに誰かがいるわけでもない、しかし僅かに感じた人の気配は。
 ずっと、待っていたというのか。
 本人が忘れていたというのに、彼は待っていてくれたと。
「あの、馬鹿……」
 何故言わない、何故最初にそう言わない。いや、言ったところで自分の反応は素っ気なかっただろう、何も変わらなかったに違いない。だから、言わなかったのか。
 言えなかったのか。
 リボーンは帽子に手をやった。位置をずらして表情を隠し、顔を歪める。
 自分自身への嘲笑を込めて、彼は皮肉に口元を歪める。
 彼に言っていなかったひとことを思い出し、彼は間違いなく綱吉からの贈呈品だと分かるワインを袋ごと胸に抱いた。今目の前に居ない彼の代わりに、瓶が砕け散りそうなくらい強く、強く抱いて。
「ただいま、ツナ」
 そして、恐らく永遠に本人には告げられる事のないだろう、ことばを。
 夢の中にいる君に、届け。

 Sei sempre nei miei pensieri e nel mio cuore.