それは、何もない一日の、なんでもない出来事。
予定されていた写真撮影が、先方の都合により急遽延期となったという連絡が入ったのは、当日の僅か二日前。
忙しいスケジュールに無理を言って組まれていた、丸一日使用しての撮影がキャンセルとなった事に、ユーリはかなり憮然としていた。ならば他に何か急ぎでも組める仕事があるかどうかと、アッシュに指示して今後の予定を前倒しできるものが無いかどうか一通り調べさせたのだけれど、こういう時に限って、先方のスケジュールも立て込んでいて上手く行かない。
結局寸前になっても唐突に降って湧いた仕事の空白を埋めるのは叶わず、ぽっかりと口を開けたままの一日は見事に何も予定が無い一日、にすり替わった。
前もって用意されていたオフであったなら、何か計画も立てられただろう。何処かへ行こうか、映画でも見に行こうか、そんな事を考えながらオフまでの日数を指折り数えて楽しみに待つ事だって出来たはずだ。
だが、今回は違う。予め計画的に組まれていたスケジュールの一端が崩れ、そのしわ寄せが後々に訪れる。ゆっくり骨休めをするのには、気分的にもあまり不向きな、本当に唐突なオフだ。
直前まで埋め合わせ出来る仕事を探して奔走していたのもあるだろう、その日が訪れてもユーリは不機嫌極まりない顔をして起きてきた。
一日の始まりとなる朝食も、押し黙って事務的に手と口を動かすだけ。おはようの挨拶もなく、黙々と食卓に並べられた料理を片付けていくユーリに、食後のコーヒーを楽しんでいたスマイルも怪訝な顔をして、アッシュと顔を何度も見合わせていた。
無論ユーリも、そんなふたりの様子にまったく気付いていないわけではなかったが、自分が計画的に、それも芸術的と胸を張りたくなる程に(あくまでユーリの観点で)立てられていたスケジュールが、これを契機として一気に壊れていく方が余程気にくわなかった。
しかもこちらには何の落ち度もなく、向こうが勝手に一方的に延期を申し出てきたのならば、尚更だ。
あちら側の言い訳、もとい言い分がまるで分からないまで子供ではないが、釈然としないのも事実。必然的に、行き場を持たない怒りは鬱積して、ユーリの中に溜まっていく一方。
触らぬ神に祟りなしではないが、アッシュは綺麗に平らげられた料理の皿を回収すると、そそくさと台所に避難していった。スマイルもまた、広げていた新聞を最後まで読み終えたのか、綺麗に折り畳みテーブルの端に置く。
白磁のカップをソーサーへと戻し、短くも深い息を吐いた。
ユーリの視線が自然と彼に向く。ちょうどスマイルもまたユーリの方へ顔を向ける最中で、はたりとふたりの視線が空中でぶつかり合った。
ふっと、スマイルが人を小馬鹿にしたような笑みを口角に浮かべた。
当人にそのつもりは無かったかもしれないが、どうにも気分がぎすぎすとしていたユーリには、見慣れすぎているスマイルの笑みも嫌みなものにしか映らない。むっと、刹那、ユーリの表情が険しくなる。
おや、とスマイルが小首を傾げた。だがそれすらも、余裕をひけらかす素振りに思えてしまって、たかが一日予定が開いただけと言われればそれまでで、こうも気にする必要性も無いだろうと、本当は分かっているユーリなのだけれど、不機嫌が輪を掛けて彼の心を締め付けた。
「…………」
無言で睨み付けてやる。益々スマイルは眉根を寄せ、訝しむ顔を作り、ユーリを見返してくる。テーブルに添えられる格好で載っていた彼の左手が、たぐるような動きで天板を這った。
歩いても数歩必要な、縦に無駄に長いテーブルで、お互い離れて座っているのだからその手がすぐさま間近に迫るなどあり得ない事なのに、ユーリは無意識に嫌悪を現して椅子を退いた。瞬間、ぴたりとスマイルの手は停止し、逡巡するように爪先がよく磨かれた天板を数回引っ掻いた後、主の胸元に戻っていった。
「ユーリ」
本日初めて、名前を呼ばれた。その事実に密かに驚きを覚えつつ、ユーリはサラダボールに最後まで残っていたミニトマトにフォークを突き立てた。
ユーリがダイニングに入ってきた段階で、既にスマイルはコーヒーブレイクに突入していたから、随分とゆっくりした食後の楽しみである。もしくはユーリが食べ終えるまで気長につきあうつもりだったのか、どちらにせよユーリには分からない。
鋭利な銀フォークは、艶やかな表皮に覆われた丸いトマトを貫くのに失敗していた。狙いを定めていなかったのが悪いのか、球体の表面に弾かれてボールの底辺を穿つだけに終わった。ミニトマトもまた、吸収できなかった衝撃に反対側の内壁まで飛ばされて底を転がる。
「ユーリ?」
お早う御座いますと、不機嫌な顔を隠しもしなかったユーリに声を掛けたのはアッシュだけ。それも、城主の不機嫌を悟った瞬間に、時として利口な彼は普段通りを装いつつもどこかよそよそしい態度を取るようになっていて、まるで腫れ物に触る感じだった。
静かな空間に響く、スマイルの低めのテノール。不協和音を奏でる、ボールの底を何度も何度も打つフォーク。
それでも捉えられないトマトに、苛立ちを覚えてしまう。更に無視を決め込まれてもしつこく食い下がってくる、スマイルの呼び声に苛々が余計に募った。
放っておいてくれれば良いのに、と思う。どうせ今日一日、自分たちは特別なプランも無く時間を潰さねばならないのだから。
人に構わず、自分だけの時間に移行すればいい。アッシュは料理が、スマイルにだって趣味は沢山ある。それらに勤しめば、今日のような何も予定が無い一日など、あっという間に過ぎていってしまうだろう。
ただひとり、無趣味に近いユーリを除いて。
無趣味、では無い。正確には。だがそれに近い。唄を唱い、曲を書き、奏で、自分を高みまで連れて行く。それが今現在のユーリの、唯一と言っていい数少ない趣味だ。
唄うこと、エンターテイメントを極める事。その一過程に、本来今日行われるべきだった撮影も含まれる。
生き甲斐をひとつ奪われたような感覚に近い。或いは間断なく埋められたスケジュールをすべて、予定通りに攻略していく楽しみを邪魔された、というのか。
ぽっかりと突然目の前に開けられた、何もない一日、何もない時間。どうやって過ごせばいいのかも分からず、困惑している。そしてその困惑を認めたくなくて、苛立っている。
がっ、と一際大きな音を立てて、半円形をしたひとり用のサラダボールが激しく波打った。縁にこびりついていたドレッシングが数滴、天板に飛び散る。一度は畳んだ新聞をまた広げ、根気よくテーブルの前に居を構えていたスマイルも、何事かとユーリを振り返った。
底を中心に傾きつつ回っていたボールも、次第に失速して僅かな揺れを残しつつも大人しくなっていく。その中心には、ユーリの右手に逆手で握られたフォークが直立不動で突き立てられていた。
「ナニ、してんの」
「…………」
呆れた声でスマイルが問う。だがユーリは案の定返事をせず、漸く三本に別れたフォークの先端に突き刺すのに成功したトマトを引き上げると、無表情に口へ放りやった。
五度ほど咀嚼して、嚥下する。最後の最後でやっと一仕事を終わらせたフォークは、勢い余った影響か、真ん中の先端部分が僅かに曲がってしまっていた。
「なんでもない」
あとでアッシュに怒られるだろうか。ややブルーな気持ちに陥って、ユーリはフォークを皿に戻した。生温くなってしまっている水を一気に煽り、喉を潤すがさっきの勢いがまだ残っていたようで、テーブルに戻す時またしても天板が凹みそうな衝撃で置いてしまう。強かに打ち付けた小指の外側が、ちりちりと痛んだ。
遠くでスマイルが溜息を吐いている。視界の片隅で見届けたユーリは、荒々しい仕草で立ち上がった。膝の後ろで椅子を押し空間を作って、ぐいっとさっき飲んだ水気が残る唇を手の甲で拭う。
後ろ足が傾いて倒れそうになった椅子が、寸前で持ち堪えたもののぐらぐらと前後に、不安定に揺らいでいた。
「ユーリ」
スマイルの声がしつこいくらいに彼を呼ぶ。だけれど涼やかな調子のスマイルの口調は、ただでさえ意味もなく苛ついているユーリの心を余計に揺さぶるばかりだ。
「……ナニ、そんなに怒ってるノ?」
「怒ってなどいない」
吐き捨てるように言い返す。強く拭いすぎた唇がひりひりと痛んだが、構わず浅く前歯で噛んでユーリはスマイルを睨んだ。
座ったまま、テーブルに肘を立て頬杖をついているスマイルの隻眼が冷ややかに彼を見上げていた。見透かしたような、悟りきったように映る表情に、ユーリは奥歯を軋ませる。
「嘘」
だのにスマイルは、そんなユーリの理由も分からない苛立ちを一蹴してしまう。鋭く尖った刃を容赦なく突きつけて、なんとか薄皮一枚で隠そうとしているユーリの胸の内を裂き、露わにしようと試みている。
切れたユーリの内壁から鮮血が流れるのも、意に介せず。
「嘘……ダヨ。どうしてそんなに、不機嫌な顔してるの」
何も知らないくせに。
何ひとつ理解もしていないくせに。
何もない一日を、何も持たないユーリが過ごすのがどれほどに苦痛で、辛い事かを知りもしないくせに。
勝手なことばかり、言う。
奥歯を強く噛んで、ユーリは殊更剣呑な目つきで隻眼の透明人間を睨み付けた。だが彼は、元が透明であるからか、まるで気に留める素振りも見せず、涼しい顔をしてユーリの視線を受け流している。
その余裕ぶりが、いよいよユーリの心境を切羽詰まらせて打ちのめす。
彼の足が片方、後ろに下げられた。行く先を塞いでいた椅子ががたりと音を立て、角度を変える。一度下げられたスマイルの視線が、再びユーリの顔まで持ち上げられる前に彼は踵を返し、方向転換を済ませていた。
背を向けて、荒々しい態度で大股に歩き出す。
「ユーリ」
それでも尚、しつこくスマイルはユーリの名前を呼び続けた。
けれど、苛立ちだけが先立っている彼には、その声は腹立たしさを助長させるだけの産物でしかなかった。
間繋ぎのリビングへと移動する途中、痺れを切らしたユーリが一度だけ立ち止まった。鬼の形相で、振り返る。
「なにも無いと、言っているだろう!」
そう、何も無いのだ。
ユーリが怒りを覚える理由も。
スマイルに苛立ちを募らせる理由も。
彼を糾弾し、罵声を投げかける理由も。
食器や椅子やテーブル云々に怒りをぶちまける必要性も。
唐突に与えられた休日を、有意義に過ごすべきだと思う気持ちも。
本当は、なにも、無い。
何もない。
だから。
不安になる。
「…………」
革張りのソファに行き着き、ユーリは深々と息を吐いた。歩いている間ずっと忘れていた呼吸を漸く取り戻した気分で、胸の中に鬱積していた様々な多くのものを、一息のうちに外へ追い出して、目を閉じた。
そのまま身体から力を抜き、抵抗に逆らわずソファのクッションに身を委ねる。弾力のあるソファの上で背中が軽く弾んだが、それも重みに負けてじきに沈んだ。
目覚めてまだ小一時間しか経過していないのに、一日が終わった頃と同じくらいに疲れてしまった。両手を顔の前で交差させ、目を覆い天井の小さなシャンデリアから降り注がれる光を遮断してユーリは再度、息を吸って吐いた。
その都度全身に脱力感が襲って、凝り固まっていた思考と筋肉とが同時に砕けていく錯覚さえ抱いてしまう。
行儀が悪いと思いつつ、投げ出した足をソファの肘掛けに乗せ、本格的にソファに寝転がった。片腕だけを下ろし、脇に垂らすと指先が僅かに床に敷いた、柔らかな毛並みの絨毯に擦った。
なにを、しているのだろう。
なにが、したかったのだろう。
ひとりで予定通りに行かないのに苛ついて、思い通りに行かないと怒って、周囲に当たり散らして。
思い返せば、今日のような日は今まで数えるのも億劫なまでにあったではないか。彼の日、永久とも思える眠りに就いたあの日までは、毎日が予定もなにひとつ組まれていない空虚な時間だったではないか。
思い通りに行かない方が、世の中にはずっと多いのに。
ひとりになって冷静に考えるだけの余裕が辛うじて戻ってきた瞬間、ユーリの頭の中にはぐるぐると、色々なものが巡り巡って現れては消えていくようになった。その大半は先程の、自分自身が起こした一連の行動に関しての反省面ばかりで、怒りが静まった分凹んだ穴に陰鬱な気分が宛われている感じだ。
なんでもない、なにもない一日。
裏を返せば、何をしても構わない一日。何もしなくても許される、一日。
ああ、考えてみればこんな日は随分と久しぶりだ。バンドを組むようになってからは、毎日があわただしく過ぎていって、ゆっくりと自分だけの時間を持つ事もなかなかままならなかったのだから。
スマイルにも随分と悪い事をしてしまったな、と専らユーリの鬱積した感情の矛先になっている人物を思い出し、口角を歪める。テーブル前に居た時にはしつこいまでに名前を呼び続けていた彼も、リビングまでは追いかけて来なかった。だから今こうして、ユーリはゆっくりと考える時間を持てたのだけれど。
「あ、スマイル」
庭への通り道になっている広いリビングの一角を、恐らくは洗濯物を干しに向かう最中なのだろう、アッシュの声がした。ユーリは瞼を覆う片腕を少しだけずらし、唐突に視界に飛び込んできた光の眩しさに数秒停止した。
気配だけを辿ると、どうやらアッシュとスマイルは並んで立っているようだ。場所までは特定できないが、ソファからはそれほど遠くない。彼らはユーリが眠っているとでも誤解しているのか、音量を下げようともせず普段通りの声で喋っている。
ソファの背もたれが邪魔をして、目を開けてもユーリの位置からはふたりを窺う事は出来ない。
「ユーリ、結局なんだったんスか?」
最後まで理由が分からなかったらしいアッシュに問われ、スマイルは乾いた調子で低く笑った。途中、アッシュが胸に抱いた洗濯籠を抱き直したのだろう、小さなかけ声が混じる。
「ん~~……」
数秒間考え込んで、スマイルは、きっとわざとらしく腕を組んで顎に手をやっているのだろう、そして小首を傾げてアッシュを下から悪戯っぽく見上げるのだ。
「なにもないから、だって」
聞こえてくる声、に。
ソファに隠れる格好になっているユーリの胸が、どきりと鳴った。
「……何スか、それ」
「さぁ?」
カラカラと笑って、スマイルはアッシュの追求をはぐらかす。見えないけれど、手でアッシュを追い払う動作をしているようだ。渋い表情のまま、蚊帳の外に追い出された狼男は抱えている籠の中身を片付けてしまおうと庭へ繋がる窓に向かって歩き出した。
足音がひとり分だけ、床に響く。僅かな間を置いて、もうひとり分も動いた。
リビングセットを大きく迂回し、ソファの前まで回り込んで、後から来た足音は止まった。
薄くユーリが目を開く。だらしなく垂らした左腕が、頼りなく空中で揺れていた。
「ユーリ」
飽きる程聞いた声が、そのたびに新鮮な響きを内包してユーリの耳に届けられる。名前を紡がれただけなのに、起きあがるように促された気がして、気怠い身体をゆっくりと起こした。肘置きから両足を下ろし、座り直す。
「はい」
そう言って、顔の前に差し出されたのは真っ白な陶器のマグカップ。さっきスマイルがコーヒーを飲んでいたのと同種の、しかし大きさはあれよりも一回り上のカップからは、白い湯気が何本も天井目指し登っていた。
反射的に受け取って、だがこれは何かと視線と小首を傾げる仕草で問い返す。スマイルはやはり白磁の、こちらはコーヒーカップを持って、さっきまでユーリが足を置いていた肘置きに浅く腰を下ろしていた。
優雅な動きで、まだ熱いコーヒーを口に含ませる。その、返答をはぐらかす態度に煮え切らないものを感じつつも、ここでまた怒りを覚えるようでは自分に進歩無いと思い直し、飲み込んだ。両手で持ち直したマグカップに息を吹きかけ湯気を乱し、背を丸め気味にして透明度の高い紅茶を飲む。
良い茶葉を惜しみもせず使ったのだろう、薫り高い味が咥内に一気に広がって染みこんでいく。その熱も手伝って、内側から解されていく感覚だ。
我知らず、ホッと安堵の息を漏らしていたらしい。傍らで中腰に立つスマイルが、ふっと微笑んだ。
それは、テーブルに座っていた時に見た笑顔となんら違いは無いのに、あのとき感じた皮肉さや嫌みっぽさは微塵も無かった。
「ユーリ?」
じっと顔を見つめていると、不審に受け止められたのかスマイルが語尾を上げ気味にまた名前を呼んだ。
「なんでもない」
「……ソ?」
素っ気なく、そっぽを向きながら言い返す。しかしスマイルはそれ以上の言及をせず、コーヒーを静かに啜るものだから、ユーリはどうにも落ち着かなくてスマイルとは反対側を見つめながら、音を立てて紅茶を飲み込んだ。
窓の外ではアッシュが忙しく動き回っている。
今日が休日なのだと、改めて実感する。
空になったマグカップの底に残る茶葉の屑を眺め下ろし、ユーリは持て余し気味のカップをゆらゆらと揺らした。
「時に、ユーリ」
今日はお暇デスカ?
ゆっくりと、香りを楽しみながらコーヒーを味わっているスマイルが、不意にそう言った。
「ちょっと遠いんだけど、古い映画を何本か連続で上映してる映画館があるんだ。折角だし、今日行こうと思って」
世間は平日で、都心から離れている町に建つ古い映画館が混み合う事も無い。
「もし、時間があって気が向いたなら……」
「行く」
一緒にどうか、と言おうとしたスマイルの声を遮り、ユーリは言った。空っぽのカップをテーブルに置き、下からスマイルの顔を見上げて真っ直ぐな瞳を向けている。
意表を突かれたスマイルは一瞬だけ沈黙し、それから残っていたコーヒーを飲み干した。
「待っていろ、支度してくる」
「あ、ハイ」
なにも今すぐ行くとは言っていないのに、気の早いユーリはさっさと立ち上がってソファから離れた。ちょうど籠を空にしたアッシュが窓を越えて屋内に戻ってくるのも重なって、扉をくぐり抜けるユーリの背中をスマイルと共に見送った。
心なしか、ユーリの背中が上機嫌に踊っているように見えた。
「……どうしたんスか」
さっきと随分な変わりように、心底分からないとアッシュは首を頻りに捻る。彼にふたつのカップを押しつけ、スマイルは笑った。
「何も無いが無くなったから、じゃナイ?」
意味が分からないとアッシュがスマイルの顔を見返す。けれど、彼は笑うばかりで何も教えてはやらなかった。
それは、何も無い一日の、なんでもなかった出来事。