夜明けの星

 赤き星が静かに輝いている。
 トラン湖をぐるりと囲むようにして成立している巨大国家、赤月帝国の首都グレックミンスターの頭上に、人知れず、いつの頃からか赤い星が現れるようになっていた。
 しかし星の下で暮らす人々の多くはそのことに気付かず、日々の変化に乏しい生活を繰り返している。ただわずかに、少しばかりの先読みの力を持つ一握りの人間を除いては。
 赤き星は、今夜も煌々と夜空高くから人々の営みを照らし出している。
 それは、見るものによっては美しく、誇り高く輝く未来を照らす光にも見え、またある者の目には禍々しく、滅びと乱世を招く凶星の輝きのように映っていた。
 だが星はあくまでも何も語らず、空に浮かんでいるだけだ。己を見た人々が何を想い、何を恐れ、何を求めるか――まるで興味も関心もないままに、光り輝いている。
 やがて東の空が白みだし、月が地平に消えてそれまで空を独占していた星々もゆっくりと姿を隠して行く。けれどグレックミンスターを見下ろす、あの赤い星だけがあたかも誰かの目覚めを待っているかのように――太陽が昇りきるその時まで、凛とした光を放ち続けていた。
 人は言う。その星の輝きこそ乱れきった世を糾すために現れた――――天魁星の輝きであると。

 ラスティスが赤月帝国の近衛騎士団に配属されてから、すでに数日が経過している。
 最初に与えられた任務――魔術師の島に住むレックナートから星見の結果を受け取り、それを持ち帰る――は無事にこなすことが出来た。途中、竜騎士見習いのフッチとラスティスの親友であるテッドが喧嘩をしたり、レックナートの弟子であるルックにいらぬちょっかいをかけられて苦戦を強いられたり、と色々問題は起こったが、なんとかラスティスはくぐり抜けた。
 そして今、彼はでぶっちょのカナンを引き連れて――恐らくカナンにしてみれば、自分こそがラスティスを引き連れているつもりなのだろうが――ロックランドへ向かっている最中だった。
 任務の内容は、ロックランドからの税収が滞っている理由の解明と、その滞っている税の回収にある。内容を聞いただけでは、仕事はとても簡単のように思え、カナンが一緒に来ることの方が遙かに任務の障害になっているような気にさせられた。
 なにせこの男、口やかましく威張り散らすばかりで自分では何もしようとしない。
 食事の準備、寝床の確保、馬の世話やその他諸々、彼は偉そうに命令をするばかりで一向に手を動かそうとしなかった。主に働いているのはラスティスの部下……いや、仲間であるパーンやクレオ、それにグレミオといった面々で、彼らからしてみれば、何故自分たちがカナンに命令されてへこへこしなくてはいけないのか、と不満でいっぱいだろう。口にこそ出さないが、表情や態度からは明らかにカナンへの嫌悪が見て取れた。
 ラスティスもその辺の気持ちは分かる。
 彼としては、働かざる者食うべからず、の精神が働いているから自分から進んで食糧の確保に向かったし、グレミオの手伝いをして食事の支度もやった。それでようやく美味しいとは行かなくても、腹がふくれる食事にありつけるのだから自分の労働が報われる、というもの。だがカナンはまったく、何の苦労もなく食事にありつき、更にはそれが当然のことと思っている。なるほど、それであんなにも太っているのか、と妙なところで納得させられた。
「…………」
 思いため息をひとつついて、ラスティスは空になった食器の片付けに入った。
 ロックランドまで、あと一日。明日中には着けそうだ。そうすれば、こんな苦労とはさよならだし、カナンのお守りもしなくて済む。ラスティスは自分の苦労よりもまず、付き合ってくれた仲間達をねぎらってやりたかった。
 夜闇が深い。
 この一帯は荒野で、人家は近くに存在しない。言ってしまえば、闇を遮る光を放つものが存在していない。あるのはラスティス一行が取り囲むたき火の光だけだ。
 すでに食事を終えていたカナンは、片付けもせずにさっさと寝仕度に入ってしまっている。彼の汚した食器は顔をしかめたクレオによって綺麗に洗われ、他の食器と揃えられると袋にしまわれた。
 パーンが大きなあくびをし、グレミオがたき火に新しい薪を放り込む。空気が爆ぜ、小さな火花がいくつも散った。
 しばらくすれば、カナンの高いびきが聞こえだした。
「なあ、こいつここに捨てていかないか?」
 本気とも冗談ともつかない事を、テッドが真顔でラスティスに言ってきた。
「そんな事したら、怒られるだけじゃ済まないよ」
 苦笑で答え、ラスティスは自分の寝床を作るために馬の背から下ろした荷物をほどくと、中から寝袋代わりに使っている袋を取り出した。それを柔らかな草の上に広げ、形を整える。
「まあ、そりゃそうか……」
 諦めがつかないのか、まだ不服そうな声でテッドが言い、同じように寝袋を広げる。ぱんぱん、と表面を軽く叩けば、今朝畳んだときに紛れこんだらしい乾いた草が浮き上がってきた。
 ラスティスは今、赤月帝国の近衛騎士であり、カナンはその上司に当たる男だ。つまり彼をぞんざいに扱えば、そのままラスティスの首が飛びかねない、ということ。
 近衛騎士になることはラスティスのかねてからの望みであり、夢であった。いずれは父、テオと並んでこの国を守って行くであろう彼の未来を、テッドの勝手な想いから潰すわけにはいかない。
 だがそうは言っても、納得できないことだってある。正直、カナンの態度はむかつくのだ。
 人様から食事を施してもらっていながら、それに対する感謝の言葉がない。俺達はお前の召使いじゃないんだぞ、と叫びたい気持ちを果たして何度、こらえただろう。
 しかし正直に言えば、テッドが現在胸の内に抱いているいらいらの原因はどうも彼ばかりではないようだった。
 言いしれぬ不安がどこかにあった。それは、思い返せば確かに、あの魔術師の島へ行った日から抱いていた感情。だからこんなにもカナンの行動ひとつひとつに腹を立て、同時にストレスを感じつつも感情を押さえ込まなければならなかった。
 自分でも管理しきれない、持て余しているこの並々ならぬ不安を払拭するだけのきっかけを、今のテッドは欠いていた。そして親友であるラスティスもまた、慣れぬ旅の生活と仲間達を守らなければならないという義務感からか、テッドの苦悩に気付くことがなかった。 
 どこかですれ違いが生じていた。それぞれが気付かないうちに、いつからかふたりの心は、微かながらずれはじめていた。
 だからそのことに、ふたりが気付かなかったことはひょっとしたら、幸運なことだったのかもしれない。
 星が今日もまた輝いている。
 闇を遮るものはない。星の光を邪魔する雲の姿も見られない。今夜はちょうど下弦の月で、ほんのりと青白い光をまとい静かに荒野を見守っている。
 広いこの地平の中で、彼らの存在はひどくちっぽけだ。
 星の光ひとつにしたって、本当はずっと遠くの空で輝いているものが気の遠くなるような時間をかけて今、地上に降り注いでいる。あの星の中には、すでに存在が消滅してしまっているものがあるかもしれない。だが星の残した残像が今彼らの目に映っている。
 星さえも、滅びを免れることは出来ない。ましてや、更にちっぽけで弱い人間など。
 テッドは眠れなくて、ひとり夜空を見上げていた。すぐ隣では寝袋にくるまり、小さな寝息を立ててラスティスが眠っている。寝相の良さは折り紙付きの彼は、カナンやパーンのようないびきを掻くこともなく、至って静かだ。時折、静かすぎて不安に駆られることさえ、あった。
 テオに連れられてラスティスに出会って、何度か一緒にベッドに潜り込んで遅くまで話し込んだことがある。たいてい夜明けを待つよりも早く、ラスティスが根負けして眠ってしまうのだが。
 本当にただ眠っているだけなのか、もしかしたらもう二度と目覚めないのではないか、と言いようもない焦燥に駆られ、幾度となくテッドは眠っているラスティスを揺すり起こした。
 自分の右手に宿っている紋章は、所有者の大切な人の命を奪う。奪い、力とする。大切な人でなくても、多くの命を欲して見えない触手を伸ばし、戦乱を招き人を殺す。
 そう、これは呪いの紋章――ソウルイーター。
 人前では決して外すことのない革手袋の上から、テッドは左手で右の甲をなぞった。
 禍々しい力。人が手にするべきではない、過ぎたる力がここにある。二度と使うまいと心に誓い、だがいつかその誓いを破らなければならないときが来ることを、テッドは微かに感じていた。
 望む、望まないの問題ではない。
 ただこの力を使うとするならば、それは自分が最も大切だと思う人を守るために使うのだと。
 そっと傍らで夢の世界にいるラスティスの寝顔をのぞき込み、その呼吸に乱れがないことを確かめ、テッドは寝袋からするりと抜け出した。わずかに湿気を含んだ丈の短い草を踏みしめ、火も消えてくすぶっているだけのたき火を一度振り返ると、彼は月明かりの下、その場を離れた。
 一人で考えたかった。
 この先、自分は果たして何処までラスティス達と一緒にいられるのだろうか。いつ、ソウルイーターの魔の手が彼らに伸びるともしれない。一番守りたい人を奪う紋章、だが、今のテッドにあるラスティスを守る事の出来る力もまた、この忌まわしい紋章だけなのだ。
 夜空を見上げる。星が煌々と輝いている。
 ほのかな光を放ち、月が朧気に揺らいでいた。
 ふっと気が向いて、グレックミンスターのある方向――西の空を見る。何故か、奇妙に心が騒いだ。
 目に飛び込むのは、薄く広がる靄のような雲の中でも、はっきりとその色を識別できる強い赤の光。
 星にしては妙に色が濃く鮮やかで、しかし星でなければ一体あれは何か、と問われたら答えに窮するしかない。天高く、まるで空の頂を飾っているかのようにその存在を主張している、その星から目がそらせない。
「天魁星だよ」
 その時、まるでテッドの心内を読みとったかのような絶妙なタイミングで、まったく知らぬ訳ではないにしろあまり思い出したくもない、それでいてこんな所にいるはずもない人物の声が飛んできてテッドの頭にぶつかり、落ちた。
 振り返れば、もうラスティス達の野営地は見えない。変わりに、いつからそこに立っていたのか。若緑色の衣をまとった、子憎たらしい紋章使いがいた。
「お前、えと……なんだっけ」
「ルック」
 彼が魔術師の島で会った少年だということはすぐに思い出せた。だが肝心の名前を思い出せなくて、憮然とした表情のルックに怒られた。
「そんなことも憶えておくだけの記憶力がないのかい?」
 相変わらずの皮肉っぷりに、一度忘れかけていた胸のむかむかが蘇ってくる。
 そうだ、こいつは今まで溜まりに溜まっているストレスを発散するために天がお遣いになられたんだ! とテッドが思って握り拳を我知らず作っていた頃。
 ルックは冷め切った目でテッドを見ていた。
 夜闇の中でも分かる彼の茶色の革手袋をちらりと眺め、ため息を小さくついてそれから西の空を仰ぐ。
 天魁星は変わらずそこにあり続けている。何かを呼ぶように、訴えかけているように明滅を繰り返し、だが己の存在自体を決して消すことなく。
 そして天魁星の輝きに応えて、いくつかの星が新たに光を見せ始めていた。
 そのうちのひとつの輝きを視界に納め、ルックは静かに首を振った。
 彼はその星の名を知っている。だが、自分からその名前を呟くような真似はしない。彼はまだ、認めていない。
 出来るならば面倒ごとは避けたい。そして避けるためには……彼がいなくなればいい。それだけで、歴史は変わる。今の状況が繰り返し続いて行く。
 確かに国は荒廃し、人々の生活は乱れている。だがそれを正しい方向に持っていくために、ルックは自分の今の生活を犠牲にしたくはなかった。
 不満はない、満足もしていないけれど。ただ穏やかで、変わり映えがしなくて少し退屈ではあるけれど。
 多くは望まない。小さな事も求めない。今が続けばいい。それが偽善であり、自己中心的なひどく勝手な考え方であることは、認める。否定しない。だが、他人に自分の生き方をどうこう言われる筋合いもない。
 天魁星が現れたこと。戦乱が近い。レックナートの予言した通り、いずれ大きな戦いがこの国を突き抜けるだろう。その中心に自分もいる。その姿を想像することはルックにとって苦痛だった。
 何故星に己の運命を決められなくてはならないのだろう。 
 運命は、本当に変えられないのか? それを考えているうちに、ルックの足は自然とここに向いていた。
 現れたのはいいが、次に告げる言葉がない。ずっと黙りこくり、たまに空を見上げてはため息をこぼすばかりのルックに、握り拳をほどいたテッドは不審な目で彼を見つめ返した。
 視線に気付き、空を見ていたルックがテッドに視線を戻す。わずかに、ルックの方が目線は上だった。
「なにか用があったんじゃないのか?」
 でなければ、ルックが散歩でもしていたというのか? こんな時間に、こんな場所で?
「用って程のものでもないけど……いや、やっぱり用があるのかな、君に」
「?」
 意味ありげな視線を流し、ルックは自分の口元に指を押し当てた。しばらく考え込む素振りを見せ、右手を示した。
「戦いが、起きるよ」
 自分の右手に宿る真なる風の紋章と、テッドの右手に宿るソウルイーターと。そして、赤月帝国の繁栄を支える覇王の紋章と。
 27の真の紋章が集うとき、必ず大地は戦乱を産む。まるでそれが世の道理であるかのように、戦争の代理人として、真の紋章を持つ人間が暗躍する。本人にその気がなくても、時代が拒むことを許さない。
「君がいるせいで、この国は戦乱に巻き込まれる……いや、戦乱を起こす。きっかけは、…………」
 言いかけ、ルックは口をつぐんだ。
 目の前にいるテッドの顔色がみるみる青白くなっていく。声を荒立てたり、あからさまに動揺したり、むきになってルックにつかみかかりもせず、反論する素振りさえ見せない。まるで、ある程度自分で予想していたことを、改めて他人から突きつけられた時のような……。
 赤い星がきらめく。周囲に小さな星をいくつも従えて。
 ふたり、言葉なく立ちつくす。冷たい風が吹き抜けても、お互い身を震わせることさえしなかった。

 夜中、ふと目が覚めた。
「うん……」
 もぞもぞと寝袋の中で寝返りを打ち、薄く開けた瞼を閉じようとする。だが。
 そこにいるはずのテッドの姿がないことに気付き、ラスティスは数度まばたきを繰り返してぼやける視界をクリアにした。
 いない、本当に。テッドの寝袋は空だった。
 手を伸ばし、硬い布地に触れてみる。冷たい。
「テッド……?」
 上半身を起こし周囲を伺う。だが完全に火の消えたたき火を囲むようにして、仲間達がすやすやと眠っている以外に人影はない。
 たまに風が吹き、その音がやけに大きく聞こえる。遮るものの何もない荒野だから、以外に遠くで発せられている音でも耳に届いた。
 微かに、話し声。その片方はどうやらテッドらしい。だが、もうひとりは分からない。
「今頃、誰と……」
 見た限りテッド以外のメンバーで欠けている人員はいない。とすると、テッドの話し相手は自分たちと一緒にロックランドに向かっているメンバーではないことになる。だが、では一体誰?
 こんな時間に、こんな場所で、しかも仲間達とは離れた場所で話さなくてはならない相手とは……。想像がつかなくて、ラスティスは身を抱いた。寒かったわけではない。ただ、やけに嫌な予感がした。
 寝袋を抜け出し、立ち上がる。風に耳を傾け、どこからテッドの声が流れてきているのかを大体予測し、ゆっくりと歩き出す。
「う……坊っちゃん……」
 途中、グレミオが呼んでびくっとなったが、
「今日はシチュー……ですよ……」
 どうやら寝言らしい。
「…………」
 そろそろと振り返った状態で凍りついていたラスティスは、途端にホーっと息を吐いて肩の力を抜いた。
 やや露に濡れた草がラスティスの靴に水滴を落とす。小気味の良い音がして、草が左右に割れていく。ある程度たき火から離れると、そこで一旦足を止めて大きく息を吸って吐き、彼は駆けだした。
 風が唸り、ラスティスの髪を揺らした。

 沈黙を破ったのは、テッドだった。
「なんで……どうしてお前が、そういうことを言う?」
 テッドとルックはたまたま魔術師の島で出会っただけで、何の関係もない。戦争が起ころうとも、直接ルックに被害が及ぶとはテッドには思えなかった。
「俺が戦争を招くと?」
 自分の胸に手を当て、テッドはルックを真正面から睨んだ。
「何を根拠に?」
「天魁星が輝きだしている」
 す……と天に向かって突きだしたルックの指先が示すのは、赤い星――天魁星。
 しかしテッドには天魁星という言葉の知識すらなく、ただ不思議そうに首を傾げただけだ。
「あの星は戦乱の前兆。この国はじきに荒れるだろう。だが今なら……前兆だけで納められるかもしれない」
 やけに勿体ぶった言い方をするルックに、テッドは眉をひそめる。怪訝な顔で彼を見返し、空の星と見比べて、最後に肩をすくめた。
「馬鹿じゃない? それがどうして俺と関係あるんだよ」
「君にじゃないよ」
 淡々と、ルックは嘲るテッドに切り返した。
「君が舞台に立つ訳じゃない。君はあくまでも、きっかけをもたらすに過ぎない」
 そして、一度言葉を切る。何か、まだ迷っているのか、少し言いにくそうな素振りを見せつつ、ルックはひとつ咳払いをしてテッドに向き直った。
「巻き込みたくはないだろう、……彼を」
 ひどく落ち着いた、低い声で囁くように、ルックは呟いた。言葉は風に乗り、テッドの耳にだけ届く。
 彼が何のことを言っているのか、テッドはすぐに理解できなかった。だが。
 急にルックが渋い顔になり、テッドからその右手奥の方へ目線を流したことで、彼は悟った。
 ゆっくりと振り返り、月光を背にして立つラスティスの姿を見付け、息を呑む。
「守りたければ、……どうするべきか、分かるだろう……?」
 言葉だけを残し、ルックは風の中に身をくらませた。突風が吹き、テッドは顔を押さえ込むその隙に、彼は完全にこの場所から消えていた。
「テッド!」
 ラスティスが駆け寄ってくる。だが途中で足を草に引っかけ、前につんのめり倒れそうになった。
「ラス!」
 慌ててテッドが手を出し、ラスティスが地面に衝突する直前に自分の体で彼をかばう。背中を打ち付けて、一瞬だったが息が詰まった。
「テッド、大丈夫!?」
 顔を上げてテッドをのぞき込むラスティスの表情は、月明かりのせいでよく見えない。
「平気……けど、重い」
 自分の体を下敷きにしてラスティスをかばったから、今彼の体はテッドの上にのしかかっている。全体重を預けられたら、そりゃあ、重いに決まっている。
「ごめっ」
 謝ってすぐにどくラスティスに苦笑し、テッドは体に着いた草を払った。背中に手を伸ばし、指先で草の端をつまむ。
「それより、テッド。今誰かここにいなかった?」
 暗がりの中では、ラスティスの目にはルックの姿は明瞭に映っていなかったらしい。そのことに、何故かテッドはホッとした。
「いや、誰もいないぜ?」
 嘘をつく。平気ではないけれど、本当のことを言って、どうなるわけでもない。まだ彼には伝えられない。第一、ルックの言葉が何処まで真実なのか、分からないのだ。不安にさせたくない。
「そう?話し声がしたんだけど」
「風の音じゃないのか? それにほら、俺って独り言多いだろ?」
「そう……?」
 まだ疑っているラスティスをどうにか言いくるめ、テッドは彼の背中を強引に押した。歩き出す。
「…………テッド」
 しばらくして、野営地が見え始めるとラスティスは一度だけテッドの手を離した。
「僕に隠していることがあるのなら、聞かないけど……」
 テッドは一瞬どきりとした。
「なに?」
 なるべく心の動揺を悟られないように、平静を装ってテッドはラスティスを見返す。真剣で濁りのない瞳が、眩しく映った。
「いつか、話してくれることを信じてる」
 すっと、息を吐き出すときのように自然に、ラスティスからこぼれたその言葉はテッドの胸に深く突き刺さった。
「僕が言いたいのはそれだけだから」
 すっきりした顔で笑い、ラスティスは先に駆け出した。その場所には、一人テッドだけが残される。
 風が吹く。先程のルックのささやきを思い出させる。
「駄目だ……」
 誰にも届かない声で、テッドは呟く。
「今更だ。全部、どうしようもない……」
 離れる事なんて出来ない、置いて行くこともできない。
 不意に涙がこみ上げてきて、テッドは顔を覆った。
 右手の甲が頬に当たる。冷たい感触が全身を貫く。
「ごめん、ラス。俺……お前を不幸にするかもしれない」
 聞こえないと知りながら、テッドは親友に向かって告げずにはいられなかった。
「でも、守るから。絶対、お前だけは守るから。だから……俺を許してくれ」
 空に赤い星が輝く。禍々しく、それでいて神々しい輝きが空に踊っている。
「許してくれ……」

 夜明けが、近い。