面白い場所を見つけたのだと言った、その顔はまるで穢れを知らない子供だった。
男としては大きすぎる瞳を悪戯っぽく細め、皆には内緒だと人差し指を唇へと押し当てる。首を竦めて意味もなく小さくなり、クスクス笑う彼を見て、行きたくないとはとても言えなかった。
久方ぶりに訪ねたボンゴレの居城は、積み重なる数多の歴史を忍ばせて、この日もどっしりと小高い山の峰に聳えていた。
最初からボンゴレが使用していたのではなく、どこぞの貴族から買い取ったと聞いている。所有者は時代の変遷と共に変わり、増改築が繰り返されるうちに原型を失った。お陰で今や、ちょっとした迷路と化していた。
構造が複雑で、入り乱れているものだから、慣れないと直ぐに迷う。慣れていても、稀に道を見失う。
だから無駄に広い城の中で、平素から使用されている区画は限られていた。
まだ築年数が若い区間に設けられた執務室を出て、そろそろ十分を過ぎようとしていた。カツカツと響く足音は、遠くの壁にぶつかって、二重になって彼らの耳を打った。
「ねえ」
前を行く背中にぶっきらぼうに問いかけるが、弾むようにリズムを刻む足取りは少しも緩まなかった。
「こっちです」
呼びかけを無視して右前方を指差して、薄茶色の塊はもれなくそちらに進路を取った。二方向に分かれた廊下は、先ほども通ったような気がして、そうでない気がした。
周囲の景色に目を配り、忘れないよう特長を頭に叩き込むものの、容量はオーバーしかけている。あとどれくらい歩くのかと、肩を竦めて嘆息して、雲雀は先導者に僅かに遅れて角を曲がった。
「……?」
顔を向けた先は、真っ直ぐな通路だった。分岐点もなければ、身を隠す障害物も無い。
壁に据えつけられた年代物のランプは、火が灯されることもなく埃を被っていた。どれくらい掃除されていないのか、かなりの量が積み重なっていた。
人気が途絶えた薄暗い空間に見入り、雲雀は呆然と立ち尽くした。
「草食動物?」
「こっちですー」
いったい何処へ消えてしまったのか。呆気に取られて恐る恐る呼びかければ、思いも寄らぬところから、呑気極まりない声が飛んできた。
幅一メートルちょっとの通路、その両脇には大判の絵が飾られていた。高い位置に等間隔で、明り取りの窓が作られているので、日が出ている間は足元に不安を覚えなくても良い。だが絵画鑑賞には、少々光源としては心許なかった。
そんな場所から、ひょっこり手が伸びている。
構えていなかったら、お化けか何かかと勘違いしてしまいそうだ。
「君ね」
壁からぬっと突き出ている腕に歩み寄り、雲雀は肩を竦めた。呆れ混じりに呟いて、額縁を模して作られた扉を覗き込む。
子供のサイズに作られた隠し扉の向こうで、ボンゴレ十代目を継承したばかりの青年は悪戯っぽく笑った。
内開きなので、その奥の暗がりが目隠しの役目を果たしていた。上を見れば明り取りの窓も、この壁周辺には光が届かないように設定されていた。
城を建てた人間は、いったいどういう目的で、こんな凝った仕掛けを用意したのだろう。
想像を巡らせて、雲雀はひっそりと微笑んだ。
この島は海路の要所であり、東側は豊かな穀物地帯だ。古くより土地の奪い合いが起こり、数え切れないほどの戦乱が繰り広げられてきた。
今となっては平和極まりない長閑な光景が広がるばかりだが、歴史を紐解けば幾らでも血生臭い話が出て来る。一見して煌びやかに見える城内も、汚れを払い除ければ大昔の戦士の血痕くらい、残っているだろう。
非常時の脱走用通路か、或いは隠し部屋への抜け道か。
湿っぽく黴臭い通路に首を突っ込んで、雲雀は灯された懐中電灯に目を細めた。
「足元、気をつけてください」
白い光の輪が床を這い回る。辛うじて見える綱吉の足に肩を竦め、雲雀は乾いた唇を舐めた。
天井は低く、歩き辛い。頭が擦りそうで前屈みの体勢を取らざるを得ないのだが、綱吉は背筋をピンと伸ばし、まるで意に介していなかった。
「伸びすぎるのも、時に不便、か」
「なにか言いました?」
「なにも」
十代の頃は一センチでも高くなりたかったが、実際百八十を越えるようになると、こういう狭い空間に身を置いた時に不便だ。自宅の鴨居に額をぶつけることになろうとは、当時は想像もしなかった。
振り向いた綱吉にはぐらかし、雲雀は鼻腔を擽る埃っぽい空気を手で追い払った。
目的地はまだなのか、遠くを窺うがまるで見えない。
そうしているうちに綱吉が立ち止まった。危うくぶつかりかけて、雲雀は慌てて仰け反って避けた。
「あ、ごめんなさい」
先に言えばよかったと反省を口にして、彼は懐中電灯を持った右手を揺らした。光の波が闇に踊る。壁の凹凸が見えた。
よくぞこんな不気味な場所を、探検しようと思ったものだ。マフィアのボスという職業は、雲雀が思う以上に暇なものらしい。
嫌味たらしい目を向けるが、当人は気付く様子が無い。左手で壁を探り、何かを押す。ゴゥン、と奥の方で大きな音がした。
「……よくやるよ」
ゴゴゴ、と低い音が続く。程無くして、通路の左手にぽっかり穴が開いた。
嘆息交じりの呟きに苦笑して、綱吉は分厚い石の門を潜った。
通路よりも低いので、こればかりは彼も屈まずには通れない。続けて雲雀が、ぶつからないように注意しながら隠し通路を進んだ。
道は、上り坂になっていた。
「まだ?」
「もうじきです」
暗闇に神経を尖らせながら進むのは、かなり疲れる。屈強な精神力を持つ雲雀でも、苛立ちを抱かずにいられない。
前を行く綱吉の言葉など、信用になるものか。そう唾棄に伏そうとしかけた彼の目に、遠く、細い光が見えた。
懐中電灯のものとは違う、天然の明かり。それは歩を進めるに連れて徐々に大きく、強くなっていった。
「見えた」
綱吉の声が弾んだ。声変わりを経てもまだ高い音色に胸を高鳴らせ、雲雀も彼に続き、歩みを速めた。
「なに、ここ」
到着した先は、またもや石造りの建物の中だった。
天井が高い、筒状の建造物だ。内壁に沿って階段が、螺旋状に巡っている。
そこが、ボンゴレの居城から程近いところにある山の中の塔だと気付くのに、雲雀は数分を要した。
古くは物見櫓として使われていたそうだが、今となっては何の役にも立たない骨董品だ。
そもそも城の中心部からはかなり離れたところにあり、出向くには森を突っ切らなければならない。急峻な山道を行くには、かなりの危険がつきまとう。
そんな場所に好んで行きたがる輩はいない。だから塔は長年手付かずで、放置されていると聞いていた。まさか城から道が通じていようとは、誰も思うまい。
「よく見つけたね」
「でしょう?」
感心して呟くと、綱吉は懐中電灯片手に胸を張った。
褒めていないのだけれど、と心の中に呟くに留め、雲雀は誇らしげにしている青年の脇を一歩、前に進み出た。
建てられてから数百年が過ぎているが、今すぐ崩れ落ちそうな雰囲気ではない。分厚い石の壁を叩いてその冷たさに舌を巻き、天辺を確かめようと目を細める。
階段の行く果てには、何があるのだろう。不思議そうにしていたら、ライトを消した綱吉が雲雀を追い越して歩き出した。
「君」
「大丈夫ですよ」
螺旋階段の一段目に足を置いた彼が、手摺り代わりに壁を撫でて振り返る。一度登ったが平気だったと言われて、雲雀は盛大に溜息をついた。
どこまで豪胆なのだろう。心臓に毛が生えているのではなかろうか。
「暇なんだね」
しみじみ言われて、綱吉はムッと口を尖らせた。栗鼠のように頬を膨らませ、雲雀を無視してさっさと登って行ってしまう。
見るからに不安定な足場をものともせず、一段ずつ、しっかりと。もっとも彼は、死ぬ気の炎の噴射で空さえ飛べるのだから、万が一滑り落ちたとしても怪我のひとつもしないだろう。
綱吉が塔の半ば辺りまで到達したところで、雲雀も観念して階段を登り始めた。
降り積もった埃が、一歩進む度に舞い上がる。最初こそ楽な道程だったが、此処に至るまでの経路で精神力を磨耗していたのもあり、後半はかなり厳しかった。
見えない背中を追い求め、最後の一段を踏みしめる。切り抜かれた床を抜けて広い空間に顔を出した彼は、思いの外明るく、涼しい空間に目を瞬いた。
額の汗を拭い、途中で脱いだ上着を抱え直して肩で息を整える。呆然としていたら、壁際の机に寄りかかっていた青年が目を細めた。
黄金色の髪をして、琥珀の瞳を輝かせて。
「っ――」
「ヒバリさん?」
縦縞のベストを着た青年に、彼はハッと息を吐いた。呼びかけられて瞬きをして、改めて前を見詰める。不安げな顔をした沢田綱吉が、慌てた様子で駆け寄ろうとしていた。
白昼夢でも見た気分だ。しかもあの瞬間、自分は別の存在になった錯覚を抱いた。
額に手を翳し、半眼する。頭の片隅に残る不愉快な感覚を追い払い、雲雀は苦笑した。
「どうかしましたか?」
「なんでもないよ。それより、此処って」
いつかの遠い昔にも、自分はこうやって愚痴を零しながら石積みの階段を繰り返し登って、下りた。ありもしない記憶が胸を過ぎり、動悸を産む。
暗い階段の最中で抱いた焦りにも似た感情が、赤の他人の追体験であるわけがない。そう思うのに、そうではない、と言いたがる自分が確かに存在して、彼を惑わせた。
振り切りたくて首を振り、四方に開けた空間に見入る。歴史を思わせる古い佇まいの癖に、塔の最上階に位置する部屋の窓には、分厚いガラスがはめ込まれていた。
石積みの塔にあって、木製の枠は異質だ。恐らくは後から追加されたのだろう。並べられている家具が運び込まれたのと、同時期に。
簡素だが粗末ではない机がひとつ、そして書棚がふたつ。椅子は二脚あり、片方は机に向けて置かれ、もう片方は反対側の壁に沿うように置かれていた。どちらもクッションは無く、飾り気にも乏しかった。
寝台はないので、誰かが此処に引き篭もっていたのとは違うようだ。配置等から想像して、雲雀は床に落ちていた本を拾い上げた。
「うっ」
表面の埃を払い落とそうとしたら、一気に舞い上がってこられた。直撃を食らった雲雀を笑い、綱吉は踵を返して並べて置かれている書棚のひとつに歩み寄った。
手を伸ばし、中から何かを取り出す。
「誰かの、秘密基地だったみたいです」
「けほっ。誰か、って?」
「さあ。誰だろう」
知っていて黙っているのか、それとも本当に知らないのか。読みきれない綱吉の表情に怪訝にして、雲雀は黄ばんで読めない本を閉じた。
干乾びている羽ペンに、ガラスの空き瓶に、遠眼鏡らしき筒。気球の模型、絵葉書らしき古びたカード、その他諸々。
何に使うのかも分からない物も大量に転がった机に本を置き、古びた椅子の背凭れに上着を預ける。空になった両手を持て余して意味も無く腕を撫でさすって、雲雀は綱吉が大事に手にしているものを見た。
それは、箱だった。
「なに?」
「えへへー」
指差して問うと、彼はしまりの無い顔で笑った。頬を緩め、嬉しそうに目尻を下げる。
表情からして、雲雀を此処に連れて来た一番の目的はその箱にあるのだろう。ならばそれだけ塔から持ち出して、城の執務室で見せてくれれば良かったのだ。
愚痴を言いたくなったが、雲雀は堪えた。
「変な顔」
この秘密の部屋から持ち出したら、箱は粉々に砕けてしまう。そんなわけが無いのに、そんな風に感じた。
誰かの思い出、記憶、歴史。そういったものが部屋中に満ち溢れている。ひとつでも欠けてしまったら、途端に色濃く残っていた過去の遺産は形を失い、二度と元に戻らない。
ぽつりと呟いた雲雀に一寸だけムスッとして、綱吉は他の品よりも埃が少ない箱の蓋を撫でた。
そうっと開く。密閉されていたので外気に触れず、直射日光も遮られていたお陰だろう、転がり落ちていた本や絵葉書に比べれば、中身の劣化はあまり見られなかった。
収められていたのは、手紙だった。
「ふふ」
含み笑いを零し、綱吉がにんまりする。
丸みを帯びた頬をふっくら膨らませた彼に怪訝にして、雲雀は試しに一番上にあった封筒を手に取った。
名前、住所がきちんと記されている。勿論切手も。
切り取ってそれなりのところに出せば、小遣い程度にはなるかもしれない。そんな失礼な事をふっと考えてから、紙面に記された流暢なイタリック文字に目を走らせる。
住所は、恐らくは此処。宛名は。
「嗚呼」
なるほど、と納得して、彼は深く頷いた。
綱吉が、悪巧みが成功した顔をして首を竦めた。こみ上げる笑いを押し殺している青年の頭を小突き、視線を下へずらす。
差出人についての詳細は無かった。ただひと言、イタリア語で雲を意味する単語ひとつを除いて。
「誰かさんと違って、筆まめだったみたいですねー」
嫌味たらしく言って、綱吉は箱を机の端に置いた。収められていた多数の手紙を次々に取り出して、几帳面に並べていく。
どれもこれも、宛先は同じだった。文字の癖もまったく同じなので、差出人も同一人物と容易に知れた。
嬉しそうにしている青年にひっそり嘆息し、雲雀はペーパーナイフで綺麗に切り裂かれた封筒に指を入れた。中身に触れると、カサリと音がした。
「あ」
「ねえ、中は見たの?」
「そんな。失礼じゃないですか」
即座に反応して、綱吉が顔を上げた。その前で雲雀は折り畳まれた便箋を引き抜き、右手に揺らした。
いくら初代ボンゴレとその守護者のやり取りとはいえ、勝手に盗み見てよいものではない。こんな、簡単に見付からないような場所にこっそり隠されていたくらいだから、きっと人に見せたくなかったに違いないのに。
他人のプライベートにずかずか踏み込めるほど、綱吉はデリカシーがない人間ではない。そっぽを向いた彼に目を細め、雲雀は遠慮なく、便箋を広げた。
現れた黄ばんだ紙に、思わず笑う。
「ヒバリさん」
「筆まめ、ね」
雲雀が知る限り、初代雲の守護者であり、門外顧問創設者たる人物は、誰かに手紙をしたためる性格をしていない。
案の定だと嘯いて、腹を立てている綱吉の前に、ひらりと紙を振り向ける。
最初は見ないようにしていた彼も、最後は好奇心が勝った。恐る恐る覗き見て、予想外の結末に唖然とする。
顎が外れんくらいに口をあんぐりさせた彼を笑って、雲雀は折り目が固い便箋を裏返した。罫線すらない紙面は、見事に真っ白だった。
インクが蒸発して消えてしまったわけではない。最初からこの便箋には、なにも書かれていなかった。
「え、……ええ?」
「こっちは、と」
素っ頓狂な声を上げた綱吉を無視し、雲雀は別の封筒に手を伸ばした。抓んで広げ、中身を引き出す。こちらは白紙ではなかったが、たったひと言しか記されていなかった。
しかも、その書かれている文字が酷い。
「黙れ、……って」
達筆なイタリア語であるが、綱吉でもこれくらいは読めた。命令形の素っ気無い一文に絶句して、瞳を泳がせる。その間も雲雀は止まらず、次々に過去、この場所に存在した人々の歴史を紐解いていった。
五月蝿い、であったり、分かった、であったり。
便箋は二枚重ねになっているのに、記入されている文字はどれもこれも短く、簡素だ。
ボンゴレの創設者は本当にこんな、子供の喧嘩のようなやり取りをしていたのか。しかも悪戯としか思えない手紙を、後生大事に抱え込み、隠したとは。
幾度か邂逅した事のある人物を振り返り、綱吉は唇を掻いた。
「なに考えてたんだろ」
「さあ」
手紙はジョット宛ばかりで、その逆はない。対になる手紙がないので解釈に苦しむが、予想としては、大量の文面がしたためられていたのではなかろうか。
でなければアラウディが五月蝿いだの、黙れだの、わざわざ書いて送り返してくるわけがない。
「誰かさんみたいだね」
「うぐ」
ちくりと言われ、綱吉は押し黙った。
昨今は手紙に頼らず、電話やメールといった手法で楽に連絡が取れる。そして綱吉が雲雀に送るメールは、まるで日記かと言わんばかりの容量だった。
皮肉はそこまでにして、雲雀は残り僅かとなった手紙を広げた。
二つ折りの紙を広げる。錯覚か、ふわりと花の香りがした。
「っ!」
間に何かが挟まっていた。直後に気付いた雲雀は、慌てていたのもあり、それを勢い良く叩いて閉じた。
パンッ、と固い音がそう広くも無い空間を突き抜けていく。綱吉も驚いて目を見張り、何事かと瞬きを繰り返した。
「…………」
一方で雲雀は渋い顔をして、薄いものを木っ端微塵に砕いてしまった感触に奥歯を噛んだ。
息を殺し、そろりと紙を開く。思った通り、中にあったものは粉々になっていた。
最早原型を留めていないが、封筒にうっすら残っていた痕跡から探るに、恐らくこれは。
「押し花」
綱吉がぽつりと呟き、筋目に集まる欠片を見詰めた。
花びららしきもの、茎らしきものはあるけれど、何の花なのかまでは分からない。それでも、押し花に込められた密やかな思いだけは、充分過ぎる程ふたりに伝わった。
「なんだ」
「なに?」
「ヒバリさんと一緒か」
「……」
やがて綱吉が苦笑と共に呟いて、雲雀はムッと口を尖らせた。
欠片を零さないよう注意して、便箋を封筒に戻す。まだ何通か残っていたが手は出さず、雲雀は散らかり放題の机に腰を預けた。ケラケラ笑っている綱吉を仏頂面で手招いて、自分の膝を二度、叩く。
埃を落とす仕草とは違う。綱吉は三度ばかり瞬きして、それから意味も無く爪先立ちになって、床を蹴り飛ばした。
「おっと」
飛びかかってこられて、雲雀は身体全部で軽い体躯を受け止めた。離れていかないよう素早く腰に腕を回し、その柔らかな髪に頬を押し当てる。
綱吉もまた彼の背中に手をやって、薄手のシャツを握り締めた。
花とは違う、温かな匂いがふたりを包む。幸せそうに笑って、綱吉は猫のように喉を鳴らした。
甘えて擦り寄る彼に苦笑して、雲雀は目を閉じた。癖だらけの髪の毛に触れて、繰り返し梳いて、最後に広げた掌で包み込む。
上を向くよう合図を送られて、綱吉はクスクス笑った。瞼を下ろしたまま、手探りで雲雀の腕に触れ、肩に触れ、首に触れ、黒髪に触れる。
握れば指先から逃げて行く艶やかな黒髪をかき回して、背筋を伸ばす。爪先立ちになる。
雲雀が机に預けていた腰を、少しだけ奥へずらした。
「ご先祖様が見てるかもしれないよ?」
触れ合う直前、雲雀が意地悪く囁く。
綱吉は小さく噴き出し、緩く首を振った。
「見せてあげてるんですよ」
秘めたる思いを胸に、力強く告げる。
どれだけの時を経ても、空は雲と共にある。
未来永劫、その法則は変わらないことを。
嬉しそうに目を細め、背伸びをしてちょん、と唇を小突く。悪戯な彼に肩を竦めて瞑目し、雲雀は陽だまりの匂いを胸いっぱいに抱き締めた。
2011/03/25 脱稿