熾火

 風が冷たい。
 北から吹き付ける強い風に煽られて、綱吉は膨れ上がった髪の毛を両手で押さえ込んだ。
 毛糸の手袋のモコモコとした感触は柔らかくて、暖かい。ついでに耳も包んで温めて、彼は雲に覆われて低い空に溜息をついた。
 鼻を啜って音を響かせ、乾燥してカサカサしている唇を舐める。両側を壁に覆われた屋内であっても、隙間風を完全に防ぐのは難しく、学校の廊下は充分過ぎるくらいに冷えていた。
「誰だよ、窓開けっ放しにしたの」
 幾ら換気の為とはいえ、放置は宜しく無い。今日が土曜日だからといっても、通学している生徒はいるのだ。
 その、土曜日に学校に出て来ている数少ない生徒のひとりである綱吉は、またしても大きく鼻を啜って口から息を吐き、冷風が流れ込んできている箇所を探して視線を巡らせた。
「うー、寒い」
 じっとしていると、凍り付いてしまいそうだ。腕を下ろして耳を澄ませた彼は、またもや首筋を撫でた冬の風に身震いし、己を抱き締めて足踏みを開始した。
 肩に担いだ鞄を落とさぬ程度に揺らし、奥歯を噛み締めてゆっくりと歩き出す。
 学力があまりにも情けないレベルに到達している綱吉は、少しでも上向きに転じられるように、との教諭陣の配慮から、毎週土曜日が補習の時間に設定されてしまっていた。
 体育館からは、剣道部だろうか、威勢の良い掛け声が響いていた。グラウンドは、教室から見下ろした限りでは、誰も使っていなかった。
 野球部もサッカー部も、試合だと言っていた。山本に応援を要請されたが、補習があるのでいけないと断ったのを思い出し、肩を竦める。
 もっともこの寒い中、屋外で数時間じっとしているのは苦行だ。もし補習がなかったとしても、綱吉はあれこれ理由をつけて行かなかったはずだ。
 月曜日に学校で会ったら、試合の結果を聞こう。きっと大活躍しているだろう友人の顔を思い浮かべ、彼は正面玄関に通じる廊下を急いだ。
 今日の分の講習は終わっている。かなり手間取らされて、予定時間を大幅にオーバーしたけれど。
「発見」
 進行方向に開け放たれた窓を発見して、綱吉は高い声を響かせて駆け寄った。
 アルミサッシの窓枠もすっかり冷えており、これがもし素手だったなら、触れるのにかなり勇気が必要だった。だが今日の綱吉は、手袋を装着済みだ。
「マフラーもしてくればよかったな」
 言って、彼は屋内が外気温と等しくしている原因となっていた窓を閉めるべく、腕を伸ばした。
 その鼻先を、煤けた臭いが通り抜けていった。
「ん?」
 吸い込んだ空気が喉の奥の粘膜に引っかかり、留まり続けるような、そんな感覚に眉を顰める。中途半端なところで停止した手を窓ガラスに張り付かせ、今度は焦げた臭いの発生源を探し、彼は視線を彷徨わせた。
 煙草を吸っている人が近くにいるわけでもない。それにこれは、シャマルが漂わせているような脂臭さとは種類が異なる。
「なんか、……燃えてる?」
 過去に覚えがある臭いに眉目を顰め、彼は考え込んで鼻を手で覆い隠した。
 空気が汚れているからだろう、息がし辛い。口に物を入れたわけでもないのに苦い味が舌に広がって、彼は何度も唾を飲み、苦虫を噛み潰したような顔をした。
 人が騒ぐ声は、聞こえてこない。並盛中学校には綱吉以外にも、部活動の為に生徒が何人も登校しており、教諭も数人が出勤しているというのに。
 誰も気付いていないのだろうか。
 剣道部の声は変わる事無く続いていた。ただあちらは体育館で活動中なので、外でなにかが起きていても直ぐには反応出来ない。
「待って。これって、やばくない?」
 長い廊下にひとり佇み、綱吉はハッとして息を飲んだ。
 こうしている間も、何かが燃えて、焦げる臭いは広がり続けていた。
 思い切って窓から身を乗り出し、首を左右に振って外を確かめる。爪先立ちになった彼の視界に、校舎右手の物陰から濛々と立ち上る煙が飛び込んできた。
 間違いなく、あれが臭いの発生源だ。
「マジで?」
 それでもまだ信じがたくて、綱吉は声を上擦らせ、姿勢を戻して後ろにふらついた。
 並盛中学校で、火事。それも理科室で実験中に事故が起きたなどではなく、燃えそうなものがなにも無い場所から煙があがるなど。
 不審火を疑わざるを得なくて、彼は狼狽し、真っ青になった。
「どうしよう。どうしよう、どうしよう」
 真っ先に消防署に通報する案が浮かんだけれど、隠し持っていた携帯電話の番号を押そうとして、彼の指はそこで停止した。
 番号が思い出せない。一一○番か、一一九番かの二択で詰まってしまって、どちらかひとつを選べない。
「うぅ、もう!」
 間違った方にかけて怒られる自分を想像したら尻込みしてしまって、結局彼はダイヤルするのを諦めて携帯電話をポケットに戻した。そして大人の手助けを借りるべく、職員室へ向かって駆け出した。
 だが勢い良く飛び込んだ部屋は、あろうことか無人だった。
「嘘だろ」
 綱吉の補習を担当した教諭まで、机に居ない。ひとりくらい居残ってくれても良かろうに、タイミング悪く全員が出払ってしまっていた。
 待っていたら誰か帰って来るだろうけれど、それが何時になるのかは想像がつかない。戸口で足踏みして、綱吉は痺れを切らして職員室を後にした。
 こうなったら、頼れるのは自分だけだ。
「なんだって、こんな事に」
 折角の土曜日を補習で潰しただけでも憂鬱なのに、並盛中学校で火事という憂き目にまで遭遇するとは。
 とことん不運な自分を怨みつつ、綱吉は風紀委員も恐れずに廊下を駆けた。
 先ずは火災現場を確かめる必要がある。なにが燃えているのか、どれくらいの火勢なのかを調べて、今度は番号間違いも恐れずに消防車を呼ぼう。
 そう決めて、綱吉は先ほどあけたままで放置していた窓前まで戻り、再び上半身を外に送り出して状況を確認した。
 黒っぽい煙が一筋、風に煽られながら空に向かって一直線に伸びている。物が焦げる臭いは先ほどよりもずっと強くなっており、深呼吸した途端にうえっ、となって、綱吉は慌てて廊下に戻った。
 ツンと来た鼻を押さえ、自然と浮いた涙で目を洗ってかぶりを振る。
 少し前までの綱吉だったら、学校が燃えてなくなるかもしれないと知ったら喜んだに違いない。
 学校は嫌いだった。勉強も運動も苦手だし、友達もいないし、皆の足を引っ張るだけの存在でしかない自分も嫌いだった。
 けれど今は、こんな自分でも良いのだと思えるようになった。
 友人が出来た。大切な存在が増えた。勉強も運動も相変わらずダメダメだけれど、以前ほど学校に通うのが苦痛ではなくなった。
 此処は、綱吉にとってかけがえのない場所だ。獄寺や山本、京子たちと共に楽しい時間を過ごせる、なによりも失い難い場所だ。
 必死に走る彼の脳裏に、もうひとり、別の人物の顔が浮かび上がる。黒髪の、黒い制服を肩に羽織った青年は、綱吉以上にこの学校を大事にしていた。
 緋色の腕章を左袖に装着した風紀委員長は、この真っ黒い煙と喉に張り付く嫌な臭いに気付いていないのか。
 そんなわけが無いと思いつつ、綱吉は煙の発生源に一番近い通用口に辿り着き、上履きのまま重い扉を押し開けた。
 駆けずり回ったお陰で、鞄は何度も肩からずり落ちた。その度に担ぎ直すけれど、段々それも面倒臭くなって、綱吉は寒風吹き荒ぶ屋外に出たところで持ち手を大きく広げ、リュックのように背中に負ぶった。
 身を揺すっても簡単に落ちていかないのを確かめて、気合いを入れて冷たい風を耐える。
 手袋がひとつあるだけでも心強さは大分違って、彼は制服の上から腕を撫でさすった。
 通用口の直ぐ傍には、用務員が使っているのだろう、銀色の蛇口の水道とホース、そしてバケツが置かれていた。
 如雨露も見える。ここで水を汲んで、学校内の植物に水をやっていると想像がついた。
「丁度いいや」
 もし火勢がさほど酷いものでなければ、綱吉の手でも消せる。小火を消し止めたとあの人が知れば、褒めてくれるかもしれない。
 そんな邪なことも考えて、綱吉は水色のバケツに手を伸ばした。
 出火元を確かめてから此処に取りに戻って来るのは、時間が惜しい。バケツの一杯分くらい持ち運ぶのにも困らないと判断して、綱吉は硬く絞められた蛇口を捻った。
 飛沫が飛び散る。慌てて飛び退いて避けて、六分目くらいまで水が溜まったところで、彼はバケツを持ち上げた。
 雫を滴らす蛇口をそのままにして、一目散に駆け出す。
「確か、多分……こっち」
 煙の存在を確かめた窓の位置、校舎の配置、そして自分の現在地を照らし合わせ、大雑把に場所の見当をつける。走るたびにバケツが上下に揺れて、細かな水滴が幾つも地面や、足に飛び散った。
 上履きが汚れるだとか、そんな事は微塵も考えなかった。スラックスを濡らす水の冷たさも、急いでいたので殆ど気にならなかった。
 きな臭い臭いが鼻腔を刺激する。息をするのも辛くなって、綱吉は頭を低くして口の中いっぱいに唾を溜め込んだ。
 早く。
 一刻も早く、火を消さなければ。
 人の話し声が聞こえた。どうやら学校が燃えているのに気付いた人間が、綱吉のほかにもいたらしい。
「よかった」
 消火活動を手伝ってくれる人が多ければ多いほど、火の勢いも早く弱められる。焦っていた心に少しだけ余裕が産まれて、綱吉は顔を綻ばせた。
 そして。
 窓から覗いた時は木立が邪魔をして見えなかった火元に大外から回りこんで、凍りつく。
 ぱしゃん、とバケツの水が元気良く音を響かせる。場を取り囲んでいた黒服の男達の耳にもそれは届いて、彼らは一斉に振り返った。
 庇のように長いリーゼントに、地面に着きそうなくらいに長い学生服。だぼだぼのズボンはどう見ても規格外で、左の袖には揃いの腕章が輝いていた。
 後ろで手を結び、気をつけのポーズで腰を捻った彼らの視線にビクッとして、綱吉は笑顔のまま、頬を引き攣らせた。
「……え?」
 何処からどう見ても、風紀委員だ。
 並盛中学校を恐怖と暴力で支配する、あの委員会のメンバーだ。
 彼らはただ突っ立っているだけで、消火活動に励んでいる様子はなかった。応接室を根城にしている連中がこんな場所にぞろぞろと居座っているのも疑問だが、燃え盛る炎を前にして微動だにしないもの不思議だった。
 雲雀が大切にしている学校が、灰になるかもしれないのに。
「沢田?」
 硬直して動けなくなった綱吉の耳に、聞き慣れた声が響く。途端に黒服の男連中が途端に左右に分かれて道を作り、出来上がった花道の真ん中に、ひとりの青年が現れた。
 此処に向かう道中、その姿は何度となく綱吉の脳裏を過ぎり、現れては消えていった。
 並盛中学校に万が一の事が起きたら、彼が哀しむだろうし、激しく憤るだろう。彼の感情を揺さぶるようなことにしたくなくて、綱吉は全力疾走も厭わなかった。
 だのに、どうして。
 その人がこの場に居るのだろう。
「どうしたの」
 部活に所属していない綱吉が、土曜日の学校に、制服を着て立っている。その事に真っ先に驚いた雲雀は、目を瞬いて周囲の人垣に手で合図を送った。
 下がるように指示を出して、自分は綱吉の元へと歩み寄る。その彼の斜め後方には、こんもりとした落ち葉の山があった。
 黒っぽい灰色の煙は、そこから立ち上っていた。
「……あれ?」
 予想していた光景と、かなりの落差がある。もっと轟々と、炎が勢い良く噴出しているところを想像していたのに、実際に目の当たりにしてみれば、それはただの、焚き火だった。
 乾いた空気を唾と一緒に飲み込んで、綱吉は右往左往してバケツを振り回した。慌てて隠そうとして背中に遣って、歩み寄る雲雀から距離を取るべく後退する。
「沢田?」
 それを見た雲雀が不思議そうな顔をして、徐に右手を伸ばした。
 捕まるのを恐がって、綱吉は竦みあがり、そこに落ちていた小石に踵を乗り上げて大仰に身を強張らせた。
 たった数ミリの段差に驚いて、水色のバケツが宙を舞うのを見て綱吉は悲鳴をあげた。
 雨でもないのに宙を踊る無数の水滴が、キラキラと宝石のように眩しく輝く。
 直後に起こるだろう大惨事を脳裏に思い浮かべ、その場にいた全員が首を竦めて身を震わせた。

「ふぁっくしゅ!」
 盛大にくしゃみをして、綱吉は素肌に羽織った学生服の上から、己の両腕を撫でさすった。
 摩擦熱を呼んで身体を温めようとするものの、なかなか巧く行かない。ごわごわした生地の感触が指の腹を通して全身に広がって、彼は鼻先を擽った微かな匂いにほんのりと頬を染めた。
 硬い襟のカラーに顎を擦りつけ、ソファの上で居心地悪そうに身を捩る。足を伸ばしているとその分寒いからと、膝を胸に寄せて三角座りをしている彼を遠くから眺め、雲雀は呆れたように肩を竦めた。
 窓の外は夕焼けに包まれ、西日の大半を遮るカーテンもうっすら緋色に染まっていた。
 そちらに一瞬目を向けて、雲雀は椅子を引いて立ち上がった。机を回りこんでソファへと歩み寄り、俯いて落ち込んでいる頭をぽんぽん、と叩く。
 指に絡みつく髪の毛はまだ湿っていた。
 持って来たバケツの水を頭から被った綱吉は、全身濡れ鼠となって風紀委員長に捕縛された。
 濡れたままでは風邪を引く原因になる。すぐさま応接室に連れ込まれ、衣服を脱がされた彼は、雲雀が貸してくれた学生服に袖を通し、寒さを堪えていた。
 辛うじてトランクスだけは無事だったが、上着も、スラックスもびしょびしょだった。どちらも今頃は焚き火に翳されて、乾かされているに違いない。
「早とちりもいいところだね」
「うぅ」
 呆れ口調で呟かれて、綱吉は上唇を噛み締めた。低い声で唸り、益々小さくなって自分の殻に閉じこもる。
 並盛中学校には、樹木も沢山植えられている。本格的な冬が到来し、その木々の葉も一斉に地面に落ちた。それらは放っておけばいずれ雨と一緒に側溝に集められ、水はけが悪くなる原因にもなる。
 だから今日、学内の落ち葉をまとめて処分していたのだという。
 もっとも、集めたのは清掃委員会のメンバーらしいが。
 風紀委員長立会いの下で行われた今回の件は、土曜日も活動している部活には通達を出していたけれども、補習で登校する綱吉にまでは、連絡は行っていなかった。
 勘違いも甚だしくて、恥ずかしい。先走った自分を激しく後悔しながら、綱吉はぶすっと頬を膨らませた。
 顔は見えずとも雰囲気からどんな表情をしているのかを察して、雲雀は肩を竦め、もう一度癖だらけの髪を梳いてやった。
「でも、学校の為を思って行動してくれたことには、感謝するよ」
 立ち上る煙を見て、逃げ出すことも出来た。何か事件が起きていても、関わりたくないからと、見てみぬ振りをする人間だって多い昨今だ。
 綱吉は勇敢にも消火に挑もうとして、事を起こした。その事実が嬉しいと囁き、雲雀は相好を崩した。
 目を細めた彼を盗み見て、綱吉は腕に頭を埋め直した。
 耳まで赤くなっている彼に、雲雀が笑みを零す。ノックされたドアに即座に反応して、凭れ掛かっていたソファから離れる。
 綱吉はハッとしてから慌ててソファの上で身じろいだ。扉に背を向ける格好で座り直し、首も竦めて訪問者の視界に入らないよう膝を抱えて丸くなる。
 ドアノブを回した雲雀を待っていたのは、前髪を庇のように長く固めた、強面の男だった。雲雀よりも背が高いので、余計にリーゼントが前に突き出しているように見える。
 なにやら話し込んでいるふたりの様子を窺って、綱吉は外から紛れ込んでくる冷気に鳥肌を立てた。
 息が白く濁るような事にはならないが、室温が少し下がった気がした。暖房を入れてもらってはいるものの、一度冷えた熱はなかなか戻って来ない。
 むき出しの脛を擦って息を吹きかけ、綱吉はドアが閉まる音を背中で聞いた。
「乾いたよ」
「ホントですか」
 草壁は中に入ってこなかった。綱吉が振り返った先に立っていたのは雲雀ひとりで、彼の手には言葉通り、折り畳まれた並盛中学校指定の制服が重ねられていた。
 アイロンまできちっと当てられている。家庭科室を借りたのかもしれない。
 いったい誰がこんな器用で面倒見の良い事をしてくれたのかと考えて、綱吉はまだ仄かに暖かい制服を受け取った。
「あれ?」
 そして一番上に、見慣れない代物が置かれているのに気がついた。
 くしゃくしゃのアルミホイルの上に、焼け跡が残る新聞紙が置かれている。一部が炭化して黒ずんでいるそれは、二十センチほどの長さがある楕円形だった。
 首を傾げた綱吉を見下ろして、雲雀が堪えきれずにぷっ、と噴き出した。
「ヒバリさん」
「学校を守る為に尽力してくれた君に、風紀委員からのご褒美」
「へ?」
 思いも寄らぬ一言に目を瞬かせ、綱吉はマジマジと手元の丸い物体を見詰めた。
 微かに甘い匂いがする。鼻腔を擽る香りには覚えがあって、正体に目星をつけた綱吉はゴクリと唾を飲み込んだ。
 幼い喉仏が上下するのを確かめて、雲雀は口元を手で覆い隠したまま自分の席へと戻った。
「いいんですか?」
「構わないよ」
 承諾を得た綱吉が、目を輝かせて今日初めての笑みを雲雀に投げた。大急ぎで、まだ少し暖かい制服を着込み、ソファの上で居住まいを正す。
 ボロボロになった新聞紙が床に落ちぬよう、アルミホイルの上で注意深く剥いでいけば、直ぐに中からもわっとした湯気が溢れ出した。
「うわ……」
 ちょっとした感動を覚え、綱吉は琥珀色の目を細めた。
 コロコロと変わる表情を眺め、雲雀までもが何故か嬉しい気持ちになる。机に肘をついて頬杖をついた彼は、顔を出したサツマイモの思わぬ熱さに苦戦している綱吉に笑みを浮かべた。
「火傷しないようにね」
「ふぁーい!」
 早速皮を剥いてひとくち頬張った綱吉が、しまりのない返事をして頬を緩めた。
 こんな幸せなひと時を味わえるのなら、学校の為にたまには奔走するのも悪くない。
 そんな事を、考えながら。

2010/12/07 脱稿