FGO。カドぐだ♂。
相手の好みを把握しているのは、そりゃあ…ね?
2023年お疲れ様でした。2024年もどうぞ宜しくお願いします。
昼下がりの食堂は、賑やかなようで、意外と落ち着いていた。
最も混み合う時間帯を過ぎているから、居座っている者たちは案外少ない。そもそも食事を必要としない英霊がこの場に陣取るのは、単に雰囲気を味わいたいから、という理由が大きいのだろう。
だから気心の知れた者が去れば、そこに集っていた者達もまた各々が好きな場所へと帰っていく。
但しなんにでも例外はあって、汎人類史最後のマスターたる青年の周辺だけは、いつだって大人気。ただ今日に限って、彼の周辺は不思議と空っぽだった。
いつもなら一騎か二騎、気易く話しかけては、さりげなく椅子を引いて隣に陣取る輩が現れるのに。
不思議な面持ちで遠目に姿を確認して、カドック・ゼムルプスは眉を顰めた。
「まあ、あの顔じゃあ、仕方がないか」
食堂に居残っている面々を見渡して、もう一度藤丸立香へと視線を戻し、小さく肩を竦める。
見詰める先にいる黒髪の青年は、非常に苦々しい面持ちで、小型の携帯端末を睨み付けていた。
鉛筆代わりに握ったタッチペンで神経質に机を小突き、時折端末の画面を操作しては、また苦虫を噛み潰したような顔をして頭を掻き毟る。非常に苛立っているようで、落ち込んでいるようにも見えて、近寄り難い雰囲気が滲み出ていた。
「部屋でやればいいのに」
こんな大勢が集まる場所でレポートをやるから、皆の居心地も悪くなるのだ。
呆れ混じりに呟いて、カドックは空いているカウンターへ歩み寄った。
彼自身、昼食は予定より大幅に遅れてのものになった。原因は、あそこで藤丸がうんうん唸っているのと同じ理由だ。
先日ようやく片付いた極小特異点が原因のトラブルは、過去に度々起きた出来事と、似ているようでどこか違っていた。
その違和感の正体を突き止めようと、記録に残っているデータを漁って、まとめて、レポートを提出するように求められていた。
もっともカドック自身は、カルデアのマスターとして戦闘に参加した経験が限られている。自己の記憶に基づくものが少ないので、単に資料を見比べて、個々の相違点を書き出す程度にしかならず、存外早く終わらせることが出来た。
しかし多くの特異点を巡り、異聞帯を旅してきた藤丸は、そうはいかない。
単なる記録ではなく、記憶を遡る作業は、カドックよりも遥かに大変で、難しいようだ。
顰め面を崩さない藤丸は、随分と苦しげだ。
遠くにいても伝わってくる気配に苦笑を漏らし、彼は残っているランチメニューを確認した。
「ホットサンドイッチの、中身はAセットで。ドリンクはコーヒー。ああ、それと」
エプロンを着けた赤髪のサーヴァントにリクエストを伝え、言い終えてから小さく咳払いを挟む。
もうひとつ注文を付け足して、出来上がりを待つ間に後ろを窺えば、相も変わらず藤丸はひとりで頭を抱え込んでいた。
口を真一文字に引き結び、どことなく虚ろな眼で手元を睨んでいる。
先ほどまで忙しなく動いていた手元は、拳を形作り、机に据えられていた。
「火傷しないように、気をつけてね」
そのまま遠巻きに見守っていたら、後ろから声が掛かった。
見れば白色の四角いプレートに、出来たてのホットサンドイッチとドリンクが並べられていた。
シーザードレッシングがたっぷり掛かった青野菜中心のサラダに、こんがり焼いたベーコンとチーズのサンドイッチに食欲をそそられる。
カルデアに復帰して良かったと思った中に、この食堂で食べる食事が挙げられよう。
食材だって限られているのに、料理上手のサーヴァントたちにかかれば、どんなゲテモノだって一級品に仕上がるのだから、恐ろしい。その上たまに、本当にごく稀に、気まぐれが働いた新所長の手料理も五つ星ホテルに劣らないのだから、この艦の食環境は認めざるを得ない。
人間のやる気や、生命力を左右する重要な部分だから、叶うならこの先もずっと、こうであって欲しい。
若干賤しい気持ちに浸りながら盆を受け取って、カドックは軽く頭を下げた。
「ありがとう」
サーヴァント相手であろうと、敬意を表するべき時は、その通りに。
礼を受けた英霊はにっこり微笑み返して、ひらひらと手を振った。
「よろしくね」
そうして笑顔のまま告げて、カドックを送り出す。
一瞬意味が分からなかったが、手元に視線を戻して嗚呼、と頷き、彼はゆっくりと歩を進めた。
奇妙なことに、この場に居合わせた藤丸立香と契約する全ての英霊達の視線が、すべからく己に注がれていた。
そんなに大それたことをやるつもりはないのに、期待と羨望と嫉妬が入り交じった眼差しを向けられて、針の筵に座らされた気分だ。
こんな奴に気を向けてやるのではなかったと、今さらに後悔が過ぎった。
両手にずっしりかかる重みを投げ捨てたい衝動に駆られたが、それでは折角の昼食まで水の泡だ。こんなにも美味しそうなのに、ひとくちも食べないままダストボックス行きはあまりに哀しい。
激しく揺れ動く天秤を頭上に掲げながら、長くも短い距離を詰め終えて、カドックはやや乱暴に無人のテーブルに盆を置いた。
ガシャン、と騒々しい音が鳴り響く。
「うわ。……え、あ。おはよう、カドック」
「もう十四時前だぞ」
「うそ。そんなに?」
それでようやく向かい側に立つ存在に気付いたか、藤丸が顔を上げて目を丸くした。
余程集中していたのか、時間の経過をまるで把握していない。本気で驚いた様子で、彼はきょろきょろと左右を見回した。
ぽかんと間抜けに開いた口を閉じもせず、長らく丸まっていた背筋を伸ばし、ぼんやり天井の光を見詰めて、やがて力なく笑う。
「カドックは終わった?」
いかにも困っています、と言いたげな表情で問われた。椅子を引き、背凭れに深く身を預けたカドックは一寸迷った後、不敵に口角を持ち上げた。
「だいたいは。後は校正して終わりだ」
「え~~。いいなあ」
銀色のフォークを抓んで、グリーンサラダの上にあったミニトマトを転がしながら答える。藤丸は無駄に語尾を長く伸ばして、がっくり肩を落とし、そのままテーブルに突っ伏した。
照明が邪魔をして、彼の端末になにが表示されているのかまでは、きちんと読み取れない。いくつかのアプリを起動させているようで、小さくなったブラウザがあちこちに散らばっているのだけが、どうにか確認出来た。
彼が放り出したタッチペンがこちらに転がってきて、カドックはやむを得ず空いた手で受け止め、沈黙する端末の上に置き直す。
そのついでと言わんばかりに、手元に戻した指先で、白くて厚みのあるマグカップの縁をなぞった。
「ほら」
温かな湯気を放つそれは、サンドイッチとセットで頼んだ珈琲とは別物だ。
穏やかに波打つ液体は淡いキャメル色をして、カップの縁には小さな泡がいくつか浮かんでいた。微かに甘い香りを漂わせて、大きめの容器にたっぷり注がれている。
片手で持ち上げるには少々力が必要なそれを取り、広々としたテーブルに置いて、向かい側へと押し出す。
倒れないようゆっくり、陶器の底をゴロゴロ削りながら渡されたものを見て、藤丸は怪訝に目を眇めた。
のそっと身を起こし、まだ幾ばくか遠いそれに手を伸ばす。
待っていられなくて、カドックはミニトマトにフォークを突き刺し、口に運んだ。
瑞々しい皮に犬歯を衝き立てれば、そこからプチッと爆ぜて、爽やかな酸味が舌の上に広がった。
「そういえば、畑もあるんだったか」
この艦には、異様に広い図書館も存在する。花畑も、野菜を育てるための空間だって、魔術で拡張し放題だ。
生鮮食品が気軽に味わえる現実に感謝し、小さな感動を抱いていたところで、相対した席の男からも似たような吐息が聞かれた。
「おいしい」
「そいつは良かった」
ちらりと見れば、藤丸は重くて大きいマグカップを両手で大事に抱え込んでいた。
ひとくち飲んだ程度では、甘ったるいカフェオレの量は全く減らない。大容量サイズを前に相好を崩して、彼は久方ぶりに年相応の姿を取り戻した。
「ふふ」
さらにふたくち、三口と口を付けて、嬉しそうに声を漏らす。
サンドイッチに齧り付いたカドックは、なにか面白いことでも思い出したかと、興味深げに視線を投げた。
物言いたげな眼差しを気取ったか、藤丸が唇を拭い、マグカップを大事にテーブルに下ろした。
「俺、愛されてるなあ、って」
「は?」
そうして唐突に告げられて、危うく分厚いベーコンを取りこぼすところだった。
目が点になった、とは、こういう状況を指すのではなかろうか。
咬み千切った直後のベーコンをどうにか咥内に確保して、掌中に残ったサンドイッチを握り直す。唖然としたまま見詰め返した先で、藤丸はさも可笑しそうに、顔を伏して肩を震わせた。
右手の甲で口元を覆い隠し、必死に声を殺しているが、まるで堪え切れていない。
ククク、と漏れ出る息を数秒間聞かされて、カドックはじわじわ押し寄せてきた羞恥に、かあっと顔を赤くした。
きっと耳の先まで、朱色に染まったことだろう。
「なにを、根拠に。ふざけるのも大概にしろ」
まだ半分以上残っているサンドイッチに、くっきり指の痕が刻まれた。熱々のチーズが断面からだらりと垂れ下がって、危うく火傷するところだった。
「ええ~。だって」
歯を食い縛って、懸命に冷静を保ちながら吼えかかるが、藤丸は意に介さない。逆に満面の笑みを作って、飾り気のないマグカップを左右から抱え込んだ。
白い表面に指を這わせ、爪先を絡ませる。
幸せそうに細められた双眸は、キャメル色の水面に落ちた。
「俺の、好き、な、味」
訥々と、ぼそぼそと。
誰にも聞かれないように。ほかの誰にも聞こえないように。
カドックにだけ響く声色は、蕩けるように甘い。
言い終えた途端に誤魔化すように顔をくしゃくしゃにして、藤丸が一気にカフェオレを飲み干す。
さすがに多いだろう、と思ったが、見事にやりきった彼は、勢いのまま椅子から立ち上がった。
「お腹空いたから、俺もなにか食べようっと」
すっかりいつも通りのペースに戻って、遠くを見ながら、わざとらしく声を上げて。
ドタバタしながらキッチンカウンターへ向かう背中を見送り、カドックは無言でサンドイッチを齧り直す。
「あちっ」
たっぷり使われていたチーズは、まだまだ熱を保っていた。
ごろごろ入っているベーコンも相俟って、火傷どころでは済みそうになかった。
2023/12/31 脱稿
いかにせん 言はぬ色なる 花なれば 心のうちを 知る人ぞなき
風葉和歌集 1065