存記2

 電気が止まり、水道が止まり、都市機能は完全に沈黙していた。
 無事な建物はないに等しく、そこかしこから饐えた臭いが漂った。人間は消えても、それらが残した排泄物までは消滅しなかったらしい。下水から漏れ出る悪臭に眉を顰め、悠仁は捲れ上がったアスファルトを飛び越えた。
「よっ」
 軽い動作で着地して、勢いを殺すことなく前に駆けた。かつては大勢が行き交っていたはずの道路を横切り、明滅を忘れた信号の脇を抜けて、急角度で左に舵を取った。
 無機質なコンクリートの建造物が夥しい数で乱立しているけれど、隙間は至るところに存在する。
「どど、ど……どぶ、どぶ、たた、た、たたた――」
 音は発せども言葉を紡ぐ知能はない呪霊が、そんな空間からぬらりと顔を出し、全力で走る悠仁の前を塞いだ。
 異様に大きな頭部、複数ある口、短い手足は全部で八本。
 のっぺらぼうに子供が落書きしたような異形を目の当たりにしても、彼の速度はまるで緩まなかった。
「邪魔だ」
 短く吐き捨て、拳に力を込める。
 意味不明な音を発しながら近付いて来る呪霊を一撃で霧散させたが、動作の余波で僅かにスピードが落ちた。
「チッ」
 この程度の相手にと、まずは不甲斐ない己に怒りを抱いた。そうして心を乱しかねない感情は瞬時に消し去って、折角だからと、踏み出した足を路面へと強く叩き付けた。
 歩道に敷き詰められていたレンガに亀裂が入り、周辺が微震に襲われた。瞬間、軸足にした踵がガクン、と沈んで、反対側の爪先が浮き上がった。
 太腿の筋肉が膨張し、膝を支える健が負荷を訴えて鈍い痛みを発した。その抗議をあっさりと無視し、悠仁は前に進もうとしていた力を強引に堰き止め、乱暴に身体を反転させた。
 行き場を失ったエネルギーと、新しく生み出したエネルギーとを混ぜ合わせ、鬼ごっこの真っ最中だった一体に狙いを定めた。
「うっとうしい、ん、だ――よ!」
 人の居なくなった東京都心部は、今や呪霊の巣窟だ。そしてそれらは、一応は『人間』に分類される悠仁を見付けると、楽しい玩具を見付けたとばかりに群がってきた。
 廃墟となった街の外がどうなっているか、悠仁は知らない。知る術が無い。
 思い切り蹴り飛ばした呪霊は呆気なく弾け飛び、後方から迫っていたもう一体諸共、路肩に停まっていた車に激突した。
 凄まじい破裂音が辺りにこだまし、遠く、高く、長く響いて、やがて消えた。
「……ふう」
 周辺にあった忌々しい輩の気配は、これでひと通り片付いただろうか。
 自身を餌に引き寄せた呪霊を祓い、次を求めて移動して、また祓う。
 幾度となく繰り返した行いに終わりは見えず、どれだけ消し去ったところで呪霊は次から次に湧いて、留まることを知らない。
 それでも減らさなければ、増える一方だ。
 警戒は解かず、慎重に左右を確認して、頭を掻く。
「俺の出番はなしか、悠仁」
 その後頭部目掛けて飛んで来たひと言に、彼は先ほどまでとは異なる表情を浮かべた。
「助けてくれって、頼んだ覚えはないんだけど」
 意思疎通の叶わない呪霊と向き合っていた時は、ただ鋭く、それでいて底知れぬ悲しみと寂しさを抱えた眼差しだった。
 それが若干緩み、呪術師としてではない素の顔が、ほんの少し零れ落ちた。
 飛び散った破片を踏み、顔の中心部に入れ墨を入れた男が近付いて来る。その手には矢張り異形の、すでに朽ち始めている呪霊の骸が握られていた。
 ずりずりと引き摺り、途中で嫌になったのか、雑巾でも投げ捨てるかのように路傍へと放り出す。
 途端に砂が崩れるように瓦解した呪霊を一瞥して、悠仁は左唇の脇を擦った。
 悲愴的な決意が薄まり、露骨な苛立ちが表面に表れた。ゆったりと、それでいながら着実に距離を詰めてくる男に向かって空を蹴り、威嚇しながらじりじりと後退を図った。
「兄が弟を助けるのは、当然のことだろう」
「だから、やめろって。俺に兄貴はいないし、お前は敵だっただろ」
「確かに一時、敵対した時もあったが、あれは間違いだった。今なら分かる。お前は俺の弟だ。そして兄弟とは、助け合うものだ」
「あー、もう!」
 このやり取りを、もう何十回と繰り返したことだろう。
 まるで会話が噛み合わない。どれだけ説明しても彼は悠仁を弟と呼び、己は兄だと称して、逃げれば追いかけてきた。
 その発言は常軌を逸しており、度し難い。理屈は通用せず、道理は引っ込んだ。
 悠仁は彼に一度、殺されかかっている。悔しいかな、死の寸前まで追い詰められた。お蔭で意識を失い、宿儺に肉体の主導権を奪われた。
 赤の他人を指して頑なに弟だと主張するならば、あの時点で攻撃の手を緩めて欲しかった。そうすれば五条悟の封印こそ回避出来ずとも、今と違った未来があったかもしれないのに。
 キラキラした世界を空想しようとして、なにも浮かんでこなかった。
 真っ黒に塗り潰された、この曇天の空に等しい現実に、悠仁の顔がくしゃりと歪んだ。
「何を怒っている、悠仁」
 不意に涙が溢れそうになって、堪えたら余計に変な顔になった。上唇を噛み、鼻の孔を膨らませて耐えていたら、もう一歩前に出た脹相が右手を伸ばした。
「触んな。おまえみたいな奴と、喋りたくもない」
「お前、ではない。おにいちゃんだ」
「気色悪いこと言わないでくんない?」
 肩に触れようとした指先を払い除け、まるでへこたれずに再度挑んできた男から飛び退いた。背中にぞぞぞ、と湧き起こった寒気から自分自身を抱きしめて、悠仁は小股で距離を稼いだ。
 たとえ万が一、億が一、兄という存在が実在したとしても。
 思春期真っ只中のこの年齢で、相手を「ちゃん」付けで呼ぶのは恥ずかしすぎる。
 鳥肌が立ち、奥歯がカチカチ音を立てた。思い切り鼻を啜ればドブの臭いが嗅覚に突き刺さり、それに加えて頭が痛くなる濁った臭いが漂った。
 先ほど呪霊と衝突し、ひっくり返った車の辺りからだ。
 ガソリンが漏れているのかもしれない。火の気はないので引火して爆発、といったことは考え難いが、下手を打って不味い状況を作りたくなかった。
「ついてくんなよ」
「どこへ行く、悠仁」
「だから、ついてくんなってば」
 同じ場所に長居し続けるのも、愚策だ。近辺は一掃したとはいえ、呪霊がどこから発生し、寄ってくるか分かったものではなかった。
 だからと踵を返した悠仁に驚き、脹相が慌てて声を高くする。すかさず腰を捻って怒鳴るが、言葉は通じているはずなのに、思いは伝わらなかった。
 来るなと言っているのに、案の定追いかけてきた。速度を上げれば、向こうも駆け足になる。無人の建物の、割れたガラスから中に入って別の窓から外に出るが、レーダーでも内蔵しているのか、振り切ろうとしても出来なかった。
 これも昨日、一昨日と繰り返したことだ。
 学習しないのは自分か、向こうか。
 尽きる事を知らない呪霊の相手で肉体的にも、精神的にも疲労は積み重なっている。これ以上消耗するのは避けたいが、意味不明な発言しかしない男と長く一緒に居たくなかった。
「マジで、なんなの。あいつ」
 渋谷駅構内で遭遇した際での、脹相の殺気は本物だった。恐ろしいまでの執念を感じて、だからこそ悠仁は全力でぶつかって、負けた。
 祓えるものなら、祓ってしまった方が楽だ。しかし前に本気で戦って、勝てなかった相手だ。次こそ勝てるという保障も、根拠も、ありはしなかった。
 そもそも今の悠仁がやるべきことは、呪霊の数を減らすこと。その彼の意図を汲み取ってか、脹相は協力を惜しまなかった。
 実力は紛れもなく本物。術式の汎用性は高く、悠仁の直線的な動きに比べればずっと柔軟で、応用が利いた。
 使える駒なのだから、存分に利用すれば良い。頭では分かっている。しかし精神面で追い付かない。突然過ぎる脹相の方針転換が受けいれられないし、自身を指して『おにいちゃん』などと、照れもせずに言い放てる心理が理解不能だった。
 怖くはない。
 単純に気持ちが悪い。
 反面、この広々とした閉鎖空間に在って、あの男との会話に少なからず救われていた。孤独感が薄らぎ、罪悪感から来る心的疲労は薄まる。事実として、非常に認めたくないけれど。
「悠仁は足が速いな」
「……なんで此処に居るって分かった」
「俺はおにいちゃんだからな。そら」
 古びた雑居ビルの裏手、錆び付いた非常階段の四段目に腰掛けて息を潜めていたのに、易々と見付けられた。
 本当にGPSでも仕込まれているかと疑いたくなったが、現在身に着けている服は、無人となった店舗で適当に見繕ったものだ。
 汗と泥と、良く分からない臭いが染みついたシャツを引っ張り、伸ばされた手が握っているものに目を向ける。
 途中でコンビニエンスストアにでも寄って来たのか、渡されたのは透明なボトル入りの水だった。
 電気が来なくなり、まず冷蔵品、冷凍品がダメになった。
 最初のうちはパンや菓子類で飢えを凌いでいたが、この頃は缶詰が中心になりつつあった。飲み物もペットボトル飲料が主で、暖かい食事とはしばらく縁がなかった。
「あんがと」
 ずっと走り回っていたのに、喉の渇きすら忘れていた。
 ボトルの蓋に開封した形跡はなく、異物が混入された様子もない。断る気力はとうに潰えていて、悠仁は小声で礼を言った。
 受け取った水は、気のせいか、ほんのりとだけれど暖かかった。
「なにかした?」
「それから、これも。お前が食えそうなものを、適当に見繕ってきた。周りは俺が見ておくから、ゆっくり、しっかり噛んで食べろ」
 不審に思って問いかけるが、答えは貰えない。代わりにマイペースに喋り続けて、兄貴風を吹かせた男は懐から、袖から、色々なものを取り出した。
 袋に入れるという考えはないらしい。手品ではないが、思いがけないところから出て来た品々に呆気にとられ、悠仁は二度、三度と瞬きを繰り返した。
「……くはっ」
 不意打ち過ぎて、気がつけば声が漏れていた。
「なんだよ、それ。どこに入れ、っ、……どこに入れてんだよ。ははっ、だめだ。頭悪すぎんだろ」
 殊更面白いわけでもなかったのに、緊張で張り詰めていた糸がぷつりと切れた。弱っていた場所が予想し得ない場所から擽られて、悠仁は喉の奥を引き攣らせた。
 息を吐こうとしたのに吸ってしまい、横隔膜がピクピク震えた。腹筋が変な風に攣って鈍い痛みを発し、ひーひー言いながら飲み込んだ空気は不思議と甘く感じられた。
 脹相はなぜ悠仁が笑ったのか分からないようで、両手にガムやら、チョコレートやらを沢山抱えたまま、不思議そうに首を捻った。
 しかし惚けていたのも束の間、彼はふっ、と口元を緩めると、静かに前に出て、膝を曲げた。
 身を屈め、ボトルを握り締めている悠仁の膝元に、運んで来たものをひとつずつ転がした。無人となり、代金を受け取る者もない店から彼が掠め取ってきた商品の中には、クッキータイプの栄養補助食品も含まれていた。
 昨日だったか、一昨日だったか、悠仁がそれを、迷った末に棚から取り、封を切って口に入れたのを覚えていたのだろう。但し出て来るのが同じ味ばかりな辺り、学習能力は微妙に足りていなかった。
「まあ、あんがと」
 助けてくれとは頼んでいないけれど、この差し入れは正直、有り難かった。
 ひとりでいたら、きっと食事を忘れた。睡眠も最低限度で済ませて、体力の限界も巧く見定められなかったに違いない。
 呪いに指摘されるのは癪だけれど、嬉しかった。
 礼を言わない方が気持ち悪いと腹を括って頭を下げれば、両手を空にした脹相はその手をすっと、空に伸ばした。
 行方を追って目を向ければ、無表情な男はやおら悠仁の頭を、ぽすん、と撫でた。
「――え?」
 頭頂部から後頭部にかけて、広げた掌を押しつけられた。不躾に、やや乱暴に。首を折られると咄嗟に警戒したが、与えられた力は思うほど強くなかった。
 タワシみたいだと誰かに言われた毛先を押し潰し、擦り、梳いて、外見にそぐわない優しい指使いが、頭皮を弄った。
「なに。え、なんなの。ちょっと。やめろって、脹相」
 予想し得なかった展開に動揺し、困惑し、振り払うのが遅れた。
「はっ」
 上半身ごと大袈裟に揺らして仰け反り、物理的に脹相の手から離れれば、指に触れるものがなくなった男は短く息を吐き、背筋を伸ばした。
 空の右手を宙に残して、瞬きもせずに悠仁をじっと見詰め、それから己の掌を返した。血腥い指先を小刻みに震わせて、今し方自分がやったことが信じられないのか、複雑怪奇な表情を口元に滲ませた。
 溢れ出る感情を言い表す言葉を持たず、どう説明し、表現すれば良いか分からずに苦悶していた。
「……なんでだよ」
 些か不器用ではあったけれど、頭を撫でられた。
 当の脹相にその認識があったかと言えば、後の反応を見れば明らかだ。だというのにこの男は、悠仁の髪を慈しむ如く梳り、撫でた。
 無自覚に出た行動なのかもしれない。或いはこの男の受肉に用いられた、既にいない『誰か』の記憶が導いたものかもしれなかった。
 家族がいたはずだ。兄弟があったかもしれない。子供がいた可能性も、ゼロではないだろう。
 本来届くはずのない何者かの手が、今、憔悴しきった悠仁の頭を優しく撫でた。
 この世で血肉を得るために、ひとりの人間の命を犠牲にした男の手が、大勢を死に追い遣った悠仁を気遣い、愛おしんでいる。
 はね除ければ良かった。
 撥ね除けられたなら、どんなに良かったか。
「悠仁。俺は今、何をしたんだ?」
 言葉が見つからないのは、悠仁も同じだ。顔がくしゃくしゃに歪むのを耐え、歯を食い縛っていたら、困惑の極みに達した脹相が助けを求めて来た。
 他者の熱を残す手を、反対の指で指し示し、首を捻る。
 本気で分かっていない素振りに唖然とさせられて、降って湧いたのは怒りだった。
「分かんないんだったら、やんなよ!」
 衝動的に怒鳴りつけ、握った拳で階段の手摺りを殴る。
 圧力に屈して僅かに曲がった鋼材と、痛みを覚えてすらいない悠仁を交互に見て、脹相は眉を顰め、頬を掻いた。
「悪かった。悠仁がそこまで嫌がるのなら、もうしない。……しないよう、気をつけよう」
 軽く頭を下げられたが、途中から声の勢いは失われた。自信なさげに目を逸らしながら誓われて、悠仁は再び振り上げた拳の遣りどころを失った。
 肩を怒らせたままふー、ふー、と荒い息を吐き、横目で様子を窺ってくる自称兄を睨み付ける。
 その眼差しをどう解釈したのか、脹相は口の端をほんの少し持ち上げた。
 そうして行き場のない利き手を泳がせている悠仁に向かい、今一度手を差し伸べた。
「やめろって」
 反射的に繰り出された力の籠もらない攻撃を躱し、彼は長く、しなやかで、骨張った大きな指を目一杯広げた。肉厚で広い掌を下に向けて、淡い色合いの毛先に深く押しつけた。
 コシの強い髪質の抵抗をねじ伏せ、根本まで入り込み、掬い上げ、また押し潰した。短いくせに複雑に絡まった先端を丁寧に解きほぐし、引っ張られた分のダメージを慰め、悪戯に擽った。広範囲に亘って撫で回し、時折指の腹でトントンとリズムを刻んで、いきりたつ悠仁を宥め、気勢を殺いだ。
 言ったところで脹相が何ひとつ聞いてくれないのは、これまでのやり取りの中で散々学んでいた。
 どうせ拒んだところで、引き下がってはくれまい。
 早い段階で諦め、悠仁は流れに任せて頭を垂れた。俯き、目を閉じて、大きな手の動きを感覚だけで追いかけた。
 五条にも、こんな風に撫でてもらったことがある。
 脹相と同じで何を考えているかさっぱり分からなかったけれど、頑張った時はちゃんと褒めてくれる先生だった。
「悠仁は、こうされるのが好きか」
「好きじゃねえよ。……嫌いでもねえけど」
「そうか。では折を見て、こうやって撫でてやるとしよう」
「いらねえって。ふざけんな」
 そんな五条がいて、伏黒がいて、釘崎がいて、二年生の先輩達がいて、七海もいる。伊地知もいるし、あまり姿を見る機会はないものの、学長もいる。
 なにかと物騒だったし、嫌な気分にさせられる機会も多かった。それでも毎日が面白くて、楽しくて、退屈とは無縁だった。
 あの日々は、とっくに消えてなくなった。
 二度と手に入らないし、欲してはいけない。その資格は、悠仁の中から失われた。
 切り捨てたはずだった。
 それなのにこの身体は、心は、ひとかたの温もりに餓えていた。
「なあ」
「どうした、弟よ」
「弟じゃねえって。あのさ、あんたの、その、身体の。……その人は」
 尻窄みに声を小さくする悠仁の、脇へ逸れた視線の行方を目で追って、脹相は肘を引いた。余韻を残す指先を食い入るように見詰め、握って、開いてを二度ほど繰り返して、嗚呼と吐息を零した。
「そうか。これは、その記憶か」
 明確な答えは告げられなかったものの、器とされた男の魂はとうに消滅し、残っていないのだろう。
 どこかぼんやりした調子で呟いた脹相が、握り拳を胸に当てた。
 顔を伏し、瞼も閉ざして、まるで祈っているかのような仕草だった。
 もっともそれは犠牲となった存在に対して、ではなかろう。この男にそんな殊勝な心構えがあるとは、到底思えなかった。
「悠仁、食べたら移動しよう。ここは風が防げない」
「命令すんな。あと、触んな」
 ならば、何か。器となった肉体に辛うじて残る、誰かを思いやる行動というものを、絞り出しているとでも言うのか。
 数秒後に顔を上げた脹相が、淡々と言葉を刻む。
 昨日までとは若干異なる気遣いに反発して、悠仁は三度伸ばされた手を、今度こそはじき返した。
 けれど四度目、五度目、その先まで防ぎ切れるかは、分からない。
 からからに乾涸らびてしまった子供の心は、餓えている。たとえ欲するままに伸ばした手が掴んだものが、決して受け入れ難い成り立ちであろうとも。
 その熱を、優しさを。一度でも知ってしまった以上は――

2021/05/09 脱稿