まことの塵に 成ぬと思へば

 季節の変化を感じるのは、いつだってとても些細なところからだ。
「さむ……」
 地表を抉るように吹いた風が、竹箒を握る両手から熱を奪い、空を目指して駆けて行く。たまらず脇を締めた小夜左文字は、身震いついでに吐息を零した。
 凍えて赤くなっている指先に熱を与えてみるものの、焼け石に水でしかない。三度、四度と呼気をぶつけてみたが、意味はないと五度目は諦めた。
 恨めしげに空を仰げば、細切れの雲が徒党を組んで流れていた。
 地べたに這い蹲るしかない存在には一切関心を寄せず、鰯雲は素知らぬ顔をして、西から東に向かって泳いでいった。
「天気、崩れるのかな」
 澄み渡る青空は美しく、いくらでも眺めていられる。
 ただ上空を流れる風の速度が、少々気がかりだった。
 今のところ悪天候の兆しは見えないけれど、気をつけておくべきだろう。刀剣男士として顕現し、思いのままに動かせる肉体を得た中で学んだ知識を費やして、短刀の付喪神は竹箒を左右に踊らせた。
 ざ、ざっ、と乾いた地面を掻き回し、散らばっていた落ち葉を一箇所に集めていく。しかし一度掃いた場所も、しばらくすれば、見知らぬ落ち葉に占領されていた。
 やっても、やっても、一向に終わる気配がない。しかしこれくらいで挫けていたら、庭掃除などやっていられなかった。
「も~、いやだ。ああ、嫌だ」
 但し、諦観の境地に辿り着いているのは、小夜左文字だけ。
 一緒にやる、と言って聞かなかったもうひと振りの短刀は、気怠げに唸り、力なく竹箒にしなだれかかった。
 やり始めた時は血気盛んで、喜色満面とした表情は、今やすっかり萎びれていた。若々しかった顔付きは皺だらけになり、草臥れた草履の如くと化していた。
「太閤、別にもう、休んでも良いよ」
 最初のうちは張り切って、元気よく箒を振り回していた太閤左文字だが、時間が経つに連れて段々と静かになっていった。
 日向はまだ暖かいけれど、木陰に入ると一気に冷え込む秋の終わり。吐く息が白く濁るのはもうしばらく先だけれど、屋外での肉体労働は、顕現したばかりの刀にはかなり苦痛だった。
 寒風吹き付ける中、終わりが見えない作業を黙々と続けなければならないのだから、仕方がない。後はこちらに任せて、温かな室内に逃げ込むよう諭したのは、あくまでも親切心からだ。
 だというのに、言われた方は何故かムッとして、竹箒を握り直した。
「今、儂のこと、役立たずだって思ったでしょ」
 小鼻を膨らませ、目を吊り上げた太閤が、早口に捲し立てる。
 被害妄想甚だしいひと言に、小夜左文字は一瞬間を置いて、肩を落とした。
「……思ってない」
「うっそだー。ふんだ。儂だって、やれば出来るって証明してやる」
「好きにすれば?」
 正直に弁解したのに、信じてもらえない。八つ当たりにも等しい台詞を吐いて、彼は再び、勇ましく箒を振り回した。
 結果として、やる気を取り戻したのであれば、それで構わない。
 ぶつぶつ文句を言いながら傍に居られるよりは、こちらの方がまだ幾分ましだった。
 山になった黄色や赤、橙に、一部緑が残っている落ち葉をちり取りで掬い取り、籐で編んだ背負い籠へと放り込む。
 焚き火をしても良いけれど、火の始末は面倒だ。芋や栗を持ち込んで焼くのも、時間がかかるし、火力次第では美味しく出来上がらないのが難点だった。
 ああいうものは、もう料理上手の刀に、厨で作ってもらう方が良い。
 数年掛けて悟った事実にも肩を竦めて、小夜左文字は額に浮かんだ汗を拭った。
 気温は低いが、動き続けていたから、少し暑い。ようやく一段落ついた、と言えるところまで辿り着いた彼は、ふと思い出し、左右を見回した。
「太閤?」
 気がつけば、太閤左文字の姿が見えなくなっていた。
 少し前まで、熱心に地面を掃いていた。まるで親の敵であるかのように、庭に降り積もり落ち葉を掻き集めていたのに。
 またしても力尽き、もしくは飽きて、屋内に引っ込んでしまったのか。
「だったら、言ってくれても良いのに」
 これが終わったら、歌仙兼定に頼んでおいた大根餅を一緒に食べようと、誘うつもりだった。
 まだまだ本丸での生活に不慣れな彼のために、気を配るところは多い。人懐っこく、物怖じしない彼なら、心配ないと思ってはいるけれど。
「……捨ててこよう」
 居なくなったのならば、どうしようもない。
 彼自身が下した結果や、行動に深く言及するつもりはなかった。無関心を装い、集めた木の葉を焼却場へ運ぶべく、背負い籠の紐に手を伸ばした。
「おーい、小夜っち~」
 しかし身を屈めようとしたところで、遠くの方から馴れ馴れしく呼ぶ声がした。
 顔を上げて、見て確かめるまでもない。掃除道具はどこへやったのか、空の両手を振り回しながら駆け戻って来たのは、他ならぬ太閤左文字だった。
 黄金色の髪を左右に揺らし、息を弾ませて、表情は楽しげだ。小夜左文字の口角は常に下がり気味だけれど、彼は大抵の場合、それが上に向いていた。
 誰に対しても臆さず、過度に怖れない。初対面の相手にも過剰に謙ることなく、堂々と振る舞って、愛嬌を忘れない。
 前の主の影響を受けた刀は多いが、彼もまた、その典型だった。
「……なに」
 復讐に囚われた短刀とは、正反対の道を辿ってきた刀だ。正直あまり得意な相手とは言い難い。ただ同じ左文字のよしみもあり、無碍には出来なかった。
 その彼に小首を傾げ、木の葉で満杯になった背負い籠の前から離れる。
「こっちこっち~」
「え、ちょっと」
 途端に手を取られ、引っ張られた。たまらず握っていた箒を手放し、爪先立ちで跳ねるように地面を蹴った。
 転びはしなかったけれど、一瞬で息が切れた。目を丸くして前方を凝視すれば、悪戯が成功したと笑う太閤左文字と目が合った。
「いいもの見付けたんだ~」
 白い歯を覗かせ、得意げに言われた。こっちだ、と急かして地を駆る彼に半ば引き摺られる格好で、小夜左文字は仕方なく掃除道具に手を振った。
 距離が開きすぎないよう、かといって近付き過ぎないよう、丁度良い塩梅を保ちながら、握り締められた手首を見た。
 赤く染まった指先は小夜左文字の比ではなく、所々皮がすりむけ、血が滲んだ痕があった。
 痛いのなら、そう言えば良いのに。
 痩せ我慢しがちだった自分自身を棚に上げての感想は、乾いた風に攫われて、どこかへ消えていった。
「じゃーん。ねえ、どう? どう? きれいでしょう?」
 手を引かれて走った時間は、それほど長くない。
 合計で百歩にも届かないうちに辿り着いたのは、屋敷の縁側からでは見え難い、表門に繋がる道の裏手だった。
 冬場でも葉が落ちない常緑樹の茂みが広がり、反対側に目を転じれば、緑の向こう側に茶屋の藁葺き屋根が見えた。
 何振りか集まって話す声がして、馬の嘶きがそれを掻き消す。鹿威しが甲高い音をひとつ響かせて、呼応するかのように鳶の鳴き声が降ってきた。
 艶を帯びた緑の葉に埋もれる格好で咲いていたのは、鮮やかな赤色の花だった。
 一輪だけでなく、両手でも足りない程に咲き乱れていた。上にも、下にも、右にも、左にもだ。
 密集した枝は夏前に剪定され、その際の形を比較的維持していた。小夜左文字や、太閤左文字の背丈ならばすっぽり隠れてしまえる樹高で統一されて、満開の花の他に、蕾や、すでに散ったものが紛れていた。
 足元には真っ赤な花弁が敷き詰められて、さながら毛氈が広げられているようでもある。
「これが、いいもの?」
 上から下へ、そして再び上へと視線を動かし、小夜左文字は胸を撫でて息を整えた。唾を飲み、唇を舐め、傍らで得意げにしている太閤左文字に顔を向けた。
「だって、落ち葉ばっかりじゃ気が滅入るでしょ。綺麗だよね~、椿って」
「ああ……」
 訝しげな視線を受けて、彼は茶目っ気たっぷりに目を細めた。
 秋から冬に向けて木々を鮮やかに染める紅葉は美しいが、軒先で山積みになった落ち葉はただの厄介者だ。濡れれば滑るし、放置すれば景観の悪化に繋がった。
 儚くも美しい反面、煩わしくてならないものに目を向け続けていたら、心が磨り減るというもの。
 だからたまにはちゃんと美しいものを眺めて、心を慰める必要がある。
 両手を大きく広げて顔を綻ばせた太閤一文字の心遣いに、小夜左文字は成る程、と頷いた。
 彼の言い分は、一理ある。
 ただ、全部が全部、肯定は出来なかった。
「でも、太閤」
「うん? なに、小夜っち」
「これ、椿じゃないです」
「……え?」
 間違いは、早いうちに正しておかなければならない。
 満開の花弁を指差し、淡々と告げる。
 途端に太閤一文字の表情が曇り、固まり、瞳が宙を泳いだ。サッと顔色が悪くなり、唇が細かく震え、両手は空を掻き回した後、胸元に集められた。
 あれだけ自信満々に言い放っただけに、信じられないと言いたげな表情だった。
「違うの? だってこれ、どう見たって、椿――」
「これは、山茶花です」
「さざんかあ~?」
 口調も僅かに上擦り、心持ち早口だ。
 小夜左文字と常緑樹の生け垣とを何度も見比べ、首を捻り、目をぱちぱちさせて、最後は仰け反り気味に天を仰いだ。
 衝撃を受け、間違ってしまったのを恥じ入り、両手で顔を隠した。ただ覆いきれなかった耳朶は、先ほどよりずっと赤かった。
 日光東照宮で有名なあの三猿のひとつにそっくり、という感想は胸の内に留めて、小夜左文字は口元を綻ばせた。
「ほんとに? ほんとに、これ、山茶花? 儂を騙してない?」
 密かに笑っていたら、指の隙間から目を出した太閤が、疑わしげに問うて来た。
「だって、ほら。椿は花ごと落ちるけど」
 仕方なく一番分かり易い見比べ方を教えてやれば、思い出したらしく、彼はがっくり項垂れた。
 椿は、花首からぼとりと落ちることで有名だ。その為、首が落ちるのに繋がると、武士には忌避されがちだった。
 一方これに良く似た花を付ける山茶花は、花弁が一枚ずつ落ちて行く。今こうしている間にも、ふた振りの足元を、はらりと落ちた花びらがすり抜けていった。
「あっちゃ~~」
 論より証拠を示されて、太閤左文字は頭を抱えた。恥ずかしそうに身悶え、地団駄を踏み、その場に蹲って小さくなった。
 分かり易く落ち込んで、拗ねて、可愛らしい。
 思わず頭を撫でてやりたくなったが、手を伸ばすより先に、気配を呼んだ向こうが顔を上げた。
「うわ」
「じゃあさ、じゃあさ。あっちは?」
「あっち?」
 慌てて出しかけた右手を引っ込め、背中に隠した。動揺を悟られないよう表情を引き締め、急に元気になった太閤には眉を顰めた。
 立ち上がった彼が彼方を指差すけれど、具体的な説明がないので、よく分からない。
 怪訝に見詰め返していたら、痺れを切らした彼に、またもや腕を引っ張られた。
「こっち!」
 詳細は一切語らず、太閤が駆け出す。
「もう……」
 手首を取られた瞬間、警戒したので、今度は転びそうになることもなかった。勘を働かせ、彼が動くのに合わせて地面を蹴って、速度を揃えた。
 内心呆れつつ、彼が思いの外本丸内を探索し、見聞を広めていたのに驚いた。可能性を考慮し、もしやあそこだろうかと、想像を巡らせる。何箇所か候補地を頭の中に並べ立てて、予想が当たったのは嬉しかった。
 ひとりで悦には入り、にやりとしていたら、振り向いた太閤が訝しげに目を眇めた。
「どったの?」
「……べつに、なにも」
 変な瞬間を見られて、慌てて取り繕った。
 肌が冷えてしまったと誤魔化し、頬を手の甲で乱暴に擦って、小夜左文字は肩を数回上下させた。
 山茶花の生け垣を離れ、藁葺きの茶屋をぐるりと回り込んだ格好だ。瓢箪型をした池に掛かる太鼓橋を望む一帯には、転落を防ぐ目的もあり、竹垣が幅を利かせていた。
 そしてその竹垣は、池から離れた場所にも続いていた。茶室からの景色を調整すべく、後方には背の高い常緑樹が植えられていた。
 色が抜けてくすんだ風合いを出す垣に覆い被さる格好で、山茶花にも似た艶やかな緑が、一心に陽光を集めていた。
 花はまだ咲いていない。ただ蕾は膨らみ始めており、数日中には綻びそうだった。
「これは、椿です。太閤」
「……なにが違う?」
 樹高は、こちらの方がずっと高かった。太刀をも凌ぐ背丈があるが、複数の枝をひとまとめにし、全体として角形になるよう切り揃えている辺りは、山茶花と同様だった。
 ぱっと見ただけでは、両者の違いは目立たない。
 小夜左文字が先ほど教えた見分け方は、花が咲いていない夏場では使えなかった。
「葉の形が、少し」
 椿と山茶花の差など、戦いには関係無い。
 刀剣男士は、歴史修正主義者が目論む歴史改編を阻むために、審神者によって顕現させられた刀の付喪神。その役目は過去へ渡り、時間遡行軍を討伐すること。
 それだけのはずだったのに。
 いつの間にか、闘い以外の日常が、彼らを浸食していた。
 知らなくても良い事に、興味を持つようになった。必要ない知識を蓄え、無駄なことに手を伸ばすようになっていった。
 刀なのに、そうではないもののように振る舞い、時を重ねようとしている。
 だのにこの不要な積み重ねを疑うどころか愛おしみ、慈しむ刀が在った。時の移り変わりを喜び、些細なことにも関心を寄せ、刀らしからぬ行いに全力を尽くす付喪神が在った。
 五年も一緒にいた所為か、すっかり感化されてしまった。
 深く埋もれていた記憶が不意に呼び起こされて、小夜左文字はつい、頬を緩めた。
「……ふ」
「小夜っち?」
「いいえ。僕も、最初は、見分けが付かなかったから」
 自然と笑っていた。噴き出しそうになったのを左手で隠して、隣から注がれる不思議そうな眼差しには首を振った。
 気を取り直し、竹垣の向こうで勢力を保つ椿へ手を伸ばした。背伸びをして、艶を帯びた葉を一枚、引き千切った。
「椿の葉は、縁の鋸歯が浅くて、山茶花は深めで、ぎざぎざしてる。あと、山茶花はちょっと毛深い」
「儂は、毛深くないぞ?」
 説明しながら取った葉を顔の前に持って行き、太閤に示す。裏返して葉脈をなぞりながら続ければ、彼は随分と見当違いなことを口走った。
 猿は尻以外毛深いと、誰もそんなことは思ってもないし、言ってもいないのに、だ。
「知ってる」
 なんでもかんでもそこに繋げようとするのは、彼の悪い癖だ。
 しかし太閤左文字はきっと、永遠に、そこから抜け出せない。小夜左文字が復讐の二文字から逃れられないように。
「へえ~。結構、違うんだ」
「あと、花が咲くのも、山茶花の方が少し早い」
「なるほど。小夜っちの話は、勉強になるなあ」
 あっさり躱されたと知り、太閤左文字は咳払いをひとつした。気を取り直し、小夜左文字の手元を覗き込んで、押しつけられた葉を光に透かした。
 照れることを臆面もなく言い放ち、悪びれようとしない。
 彼の元の主は、そういうところで、多くの人を魅了したのだろう。
「あ、ねえねえ。小夜っち。あれ、なにかな」
 ちょっとした仕草ひとつにも愛嬌が溢れていて、一緒に居て嫌な気分にならない。振り回されてもさほど悪い気がしないのは、彼に宿る天性の素質が故だ。
 手にした葉をくるくる回していたその彼が、なにかを見付け、小夜左文字の袖を引いた。
「今度はなに」
「あれ。あれー。あの、葉っぱの裏の黄色いやつ。ごみ?」
 次は駆け出さないのだと、密かに考えつつ、指し示された場所に目を向けるが、分からない。
 ただ告げられた内容に思い当たる節があり、短刀は息を呑んだ。
「それ、一箇所だけ?」
 ぞわっと来た悪寒を堪え、心を落ち着かせようとするけれど、抑えきれない。早口に、若干大きめの声を響かせれば、太閤左文字は眉を顰め、顎を撫でた。
「えー、どうだろ。待って。……あ、あっちにもある」
 青々とした葉を指し棒代わりにして示された場所には、確かに彼の言うように、ふかふかとした毛玉のような、黄色い塊が存在していた。
 葉の裏に貼り付いて、風に揺れても落ちてこない。それが同じ木に複数箇所、散見していた。
「江雪兄様、呼んで来ます。太閤は絶対、その黄色いの、触らないで」
「へ? なんで江雪っち?」
「それ、茶毒蛾の卵です」
「えええー」
 鳥肌立った腕をなぞり、小夜左文字はかぶりを振った。庭木の手入れを一手に引き受けている長兄の名前を出し、理由を端的に告げれば、最初はきょとんとしていた短刀も一気に顔色を悪くした。
 茶毒蛾は卵にも、幼虫にも、毒がある。勿論成虫になった後もだ。
 直接触れなくても、抜けた毛が当たるだけでも赤く腫れ、痒みを呼び起こす。放置すれば発疹が広がり、熱が出たり、吐き気を覚えたりと、迷惑極まりない毒蛾だ。
 幼虫は食欲旺盛で、除去しなければ木が一本丸裸にされかねない。椿にとって、天敵とも言える存在だった。
「毒があるから、幼虫の駆除は大変だけど。でも卵なら、枝を落とせば済むから。太閤、お手柄です」
「え? ええ、そう? いや~、褒められると照れちゃうな~」
 偶然が偶然を呼んで、見落とされていた害虫駆除の目処が立った。
 行動を起こすのは早いに越した事は無く、今すぐにでも卵のついた枝は全て落とすべきだろう。ただそれには梯子が必要で、毒を浴びずに済む装備も欠かせない。
 太閤左文字のお蔭で、この椿は守られる。
 素直に称賛し、小夜左文字はだらしなく鼻の下を伸ばした短刀の手を取った。ぎゅっと握り、斜め下から覗き込んだ。
 そしてひと呼吸置き、真摯な眼差しで訴えた。
「というわけで、太閤。僕が兄様を呼んでくるまで、他にも卵がないか、調べておいて」
「はい? ちょ、ちょっと~。小夜っち~?」
 どうやら毛深い毒虫の卵は、彼の方が見付け易いらしい。
 そこに猿は関係しないはずだが、ここは上手な側が残るべきだ。力強く言って、即座に手放し、踵を返す。後ろから情けない呼び声が響いたが、小夜左文字は振り返らなかった。

2020/11/29 脱稿
あらし掃く庭の木の葉の惜しきかな まことの塵に成ぬと思へば
山家集 498