Sugary

 甘い香りに誘われるのは、なにも蝶や蜜蜂だけではない。
 鼻が先頭になって吸い寄せられて、足は後からついて行く感じだ。上半身が斜めに傾ぎ、前のめりの体勢をそんな風に表現して、ユーリは麗らかな日差しに目を細めた。
 味覚を刺激して止まない匂いは、サンルームの方から漂っていた。日光を燦々と集めて、冬場でも十二分に温かい空間だった。
 冷たい風を跳ね除け、日中であれば暖房要らず。勿論曇りの日や、雨の日は、そうはいかないけれど。
 普段は洗濯物が吊り下がっている場所も、今日ばかりは別のもので飾られていた。どこからか調達してきた樅の木の鉢植えが幅を利かせ、趣味の悪い電飾が明滅を繰り返していた。
 髑髏を模したオーナメントは、誰の趣味だろう。
 そもそもこんな代物を、いったいどこで購入してきたというのか。
 買う方も買う方だが、作って売り出す方もいかがなものか。
「イラッシャ~イ」
 入口を彩るけばけばしい照明に眉を顰めていたら、来店者に気付き、包帯まみれの男がひらひらと手を振った。
 よく注意してみれば、包帯で覆われた手と、チョコレート色のコートの袖が繋がっていない。本来あるべき手首の存在は無視されて、その向こう側が透けて見えた。
「パーティーには早くないか、スマイル」
「いいの、イイノ。気にシナ~イ」
 直前に見た柱時計の文字盤は、午前十時に届くかどうかというところ。今日が年に一度の特別な日とはいえ、騒ぎ始めるには些か早すぎだった。
 なにか企んでいるのかと訝しみ、ユーリは右手を腰に据えた。疑念の眼差しを隻眼の男に投げつけて、そのまま首を右に捻った。
 スマイルは鉄製の椅子に腰かけ、優雅に午前の茶を楽しんでいた。円形のテーブルには花柄のテーブルクロスが掛けられ、中心にはクリスマスローズを活けた花瓶が飾られていた。
 その丸型の花瓶を取り囲む形で、色とりどりの菓子が無数に並べられていた。
 アーモンドの香りが香ばしいフィナンシェに、ドライフルーツたっぷりのベラベッカ。シュークリームはミニサイズで食べやすく、干しブドウたっぷりのクグロフまで、全てが手作りだった。
 切り分けられる前のブリオッシュに降りかかった砂糖が、雪山の景色を描き出している。傍にはナイフが控えており、まだかまだか、と出番を心待ちにしていた。
 紅茶を淹れたポットはキルトのカバーで覆われて、熱が逃げないよう隠されていた。空のカップはあとふたつ用意されており、パーティーの主役の到来にそわそわ落ち着かなかった。
 サンルームいっぱいに飾られていた植物にも、クリスマス仕様の飾り付けが施されていた。昨日まではなにもなかったはずなので、一晩でここまで仕上げたのだろう。
「まったく」
 無駄なところで労を惜しまない透明人間は、さっきから電飾の明滅に合わせ、姿を消したり、現したりと忙しい。
 そういうところまで拘らなくて良いのに、と呆れて、ユーリは腰に当てていた腕を下ろした。
「アッシュは?」
「キッチンで、七面鳥と格闘中だネ」
 クッキーで作ったお菓子の家にはマジパン製のサンタクロースが舞い降りて、生クリームが雪の代わりに降り積もる。
 こちらも、いったいいつから用意を始めたのか。暇な時間を見つけてはせっせと台所に通っていたバンドメンバーを思い浮かべて、ユーリは納得だと頷いた。
「しかし、豪勢だな」
「クリスマスだしネ~」
 彼らの熱の入れようも、この日が特別だからだろう。
 数歩の距離を詰めて椅子に座ろうとしたら、先に立ち上がった男に背凭れを引かれた。床に敷き詰めた大理石がゴリゴリ削られて、城の主は力なく肩を落とした。
「別に構わんが」
「ン?」
「なんでもない。紅茶を一杯、いただこう」
「ヒヒヒ、特製ブレンドいっちゃう?」
「……カレー味なら遠慮する」
「ちぇー」
 細かな傷が入ったが、スマイルは全く気にしていない。逐一言っていたらきりがなくて、ユーリは諦めて椅子に腰を下ろした。
 座面にはあらかじめクッションが敷かれており、それ自体も温んでいた。
 吸血鬼は本来、日光を嫌うと言われている。けれどユーリはこれを平然と受け止めて、心地よさげに目を細めた。
「カレー味の紅茶があったら、毎日飲んじゃうのにネ」
 その向こうでは透明人間がいそいそと動き回り、白一色のティーポットを持ち上げた。細長い注ぎ口から飴色の液体を注いで、スプーンを添えて差し出した。
 シュガーポットとミルクは別に用意されており、欲しければ自分でやれ、ということだろう。さすがにそこまで甘える気はなくて、黙して受け取ると、ユーリは先に芳しい香りを嗅いだ。
 白い湯気をたっぷり吸いこんで、胸にすうっと溶け込む匂いに頬を緩める。
「誰か招いているのか?」
「なんデ?」
「こんなに、食べきれるのか?」
 カレー好きのスマイルは、どちらかと言えば辛党だ。一方でこの大量の菓子を作り上げた狼男は、見て分かる通りの甘党だった。
 ユーリはあまりこだわらないものの、甘すぎるものは苦手だ。辛いものも嫌いではないが、度が過ぎるものは避けて通っていた。
 さほど量を食べられる体質でもないので、この有り余るほどの菓子は不安要素でしかない。今宵はクリスマスディナーが待っているので、そちらのために胃袋を空けておく必要があった。
 七面鳥のローストだけでなく、豪華なケーキも準備中のはずだ。とてもではないが、昼前から食べ耽る余裕などなかった。
 アッシュは何事にも真面目に取り組み、手を抜かないのはいいが、些か極端すぎる。
 クリスマスツリーにも負けない鮮やかな緑髪の男を脳裏から追い出して、ユーリは誤魔化すように紅茶を啜った。
 前方ではポットを置いたスマイルが、空いた手でフィナンシェをひとつ取った。長方形の焼き菓子を半分頬張って、残り半分を優雅に寛ぐ吸血鬼に向けた。
「そんなに甘くないヨ」
 歯形が残る断面を見せてやり、呵々と笑って塊のまま口の中へ。
 透明人間が食べたものは、総じて透明になるのだろうか。眺めながらぼんやり考えて、ユーリは手始めにシュトレンへと手を伸ばした。
「美味しいヨ。さすがは、アッシュ君」
「そうだな」
 確かに店で売られているものより余程味わい深く、口当たりも良かった。ナッツの香ばしさにドライフルーツの甘味が良い塩梅に混じり合って、いくらでも食べられそうだった。
 いっそのこと、これらの菓子を昼食にしてしまおうか。
 女性ならば翌朝の体重が気になるところだが、吸血鬼には関係のない話だ。年末の仕事は、あとはラジオの収録が残るのみであり、多少増えたところで支障なかった。
「こっちは、どうやって作ったんだ?」
 アイシングクッキーで作られたヘクセンハウスが気になるが、壊してしまうのは惜しかった。
 あとで製作者に聞いて、許可が下りてから分解することにしよう。そう決めて、一旦出した手を引っ込めたユーリは、迷った末にクグロフを指し示した。
「ハイハイ」
 それだけで察して、スマイルは椅子を引いた。添えられていたナイフを、手袋のまま握りしめ、白い雪山の表面に雪崩を起こした。
 丁寧に切り分けて、横に寝かせた一枚を皿に盛り付けた。一緒に小さめのフォークをセットにして、恭しく差し出した。
「ドウゾ」
「ああ」
 畏まった御辞儀は滑稽だったが、ユーリは敢えてなにも言わなかった。目の前に供された焼き菓子に意識を集中させて、早速ひと口分を切り分けた。
 アッシュが作ったものは、なんだって美味しい。疑うことなく口に入れて、彼は蕩けるような笑顔を左手で隠した。
「カメラがあれば良かったネ」
「ネットなんぞにアップしたら、承知しないぞ」
「ブーブー」
 それを茶化し、叱られたスマイルが頬を膨らませた。子供じみた表情で拗ねて椅子に戻り、自分用に切りわけておいたクグロフを、塊のまま頬張った。
 豪快な食べっぷりに、口の周りが白くなる。
 青色の肌が一部斑模様に染まって、見ていられなかったユーリは自分の口元を指差した。
「スマイル」
「ウン?」
 名前を呼んで同じ場所を小突けば、最初はきょとんとしていた透明人間も、じきに状況を察した。嗚呼、と小さく頷いて、グローブの上から拭こうとし、寸前で止めた。
 腕を下ろし、紅茶を啜る。濡れた唇を一周させて、クロスの類は使わなかった。
 行儀が悪いと言いたいところだが、彼を躾けるのはユーリの仕事ではない。
 公の場でないのだからと大目に見てやることにして、彼は二杯目の紅茶を所望した。
「なんだ。もう先に始めてたッスか」
「アッシュ君も、イラッシャ~イ」
 そこに丁度、白い大皿を二枚抱えた男が近付いて来た。左右の手に一枚ずつ、肩の高さで掲げており、盛りつけられている料理は見えなかった。
 ポットを取るべく腰を浮かせていたスマイルが先に気付き、ひらりと手を振った。我が儘な王様をもてなしつつ、皿の中身を気にしてか、背伸びを繰り返した。
 そわそわ落ち着かないところは、まるで人間の子供だ。
 ロボットアニメが大好きで、台詞どころか効果音さえ暗記している。そんな透明人間に苦笑して、色黒の狼男は運んできた料理をテーブルに置いた。
 コトン、と小さな音を二度響かせて、料理自慢のコック兼ドラマーは胸を張った。
「スコッチエッグとパンケーキ、ッス。ユーリは、朝ごはん、まだッスね?」
「そうだな」
「スープもあるッス。持ってくるッスね」
「アッシュ君も、ひと休みすれバ?」
 スマイルの覚えている限り、彼は早朝からずっと台所に立っている。食事は、作りながら味見と称するつまみ食いで済ませているようだが、たまには座って、ゆっくり食べる時間も必要だ。
 慌ただしく働く男を労い、提案して、スープくらいなら自分で用意できると透明人間が席を立つ。
「スマイル」
「パンケーキ、あんまり好きじゃないんだよネ。だから、ヨロシク~」
 止めようとしたアッシュだが、先手を打って遮られた。出来立ての朝食兼昼食を譲られて、狼男はしおらしく椅子に収まった。
 恐縮したまま手を合わせ、気を利かせてくれた男へ感謝を述べた後、フォークとナイフをそれぞれに構える。
 ユーリはクグロフの残りとパンケーキを見比べて、温かい方を優先させた。
「半熟か」
「ソース代わりにどうぞ、ッス」
「いただこう」
 スコッチエッグを真ん中で割れば、とろりと黄身が溢れ出した。添えられていたアボガドと一緒に口に運べば、類い稀な幸福感が胸に満ちた。
 スープ皿も程なく運ばれて来て、テーブルの上はぎゅうぎゅうだ。これ以上並べる場所がない、という渋滞ぶりに、スマイルはやむを得ず立ったままスープを啜った。
 彼の分だけは、持ち手付きのカップだった。飲みながらクリスマスツリーや、趣味がよいとは言えないリースなどを眺めて回り、飲み終えると同時に椅子へと戻った。
 しばらくは食器同士の擦れ合う音ばかりが響き、会話はあまりない。
 先ほど注意された唇の汚れを思い出して、スマイルは透明な指で柔らかな皮膚を擦った。
「ン~~」
「スマイル?」
「辛いノ、食べたい」
 まだ残っていた白い粉と、それを上回る青色の塗料。
 キャメル色の手袋に残った二色をきゅっと握り締めて、彼は底抜けに優しい料理人に相好を崩した。
 どんな我が儘だって、たちどころに叶えてくれる。毎日美味しい料理を食べられるというのは、限りなく贅沢な話だった。
「ん、ッヒヒ」
「どうした、気持ちの悪い」
 彼らと出会うまでの日々が、不意に脳裏を過ぎった。あまりに膨大な記憶を一瞬に凝縮させて、スマイルは堪えきれずに噴き出した。
 突然身体を揺らしながら笑い出されて、食事中だったユーリも、アッシュも思わず手を止めた。けれどスマイルは答えることなく肩を震わせ、右手で口元を隠し、片方しかない目を瞑って息を絞り出した。
 横隔膜が引き攣って、呼吸が巧く続かない。
 何度か噎せて、咳き込んで、彼は不可解な縁に隻眼を細めた。
「だってネ~?」
 スマイルは最初からベースを弾いていたのではない。彼が各地を放浪していた時、携帯していたのは古びたギターだった。
 それほど巧かったわけではないが、下手でもなかった。聴衆がいなくとも気にならなかったし、好きなことを好きなようにやれる日々は楽しかった。
 けれどあの頃は、ひとりだった。
 朝起きて挨拶をして、毎日顔を合わせる相手を持ったことなどなかった。
 自分がいつ、どこで産まれたのかも分からない。
 気がつけば、世界の片隅に存在していた。
 己という存在を意識した時から、もう既にこの身体は透明だった。すれ違う人は大勢いたが、誰ひとりとして振り返ることはなかった。
 最初のうちは気がついて欲しくて、色々と頑張った。けれどそのうち疲れて、止めてしまった。
 自分とはこういうものなのだと認め、諦め、割り切ってしまえば、案外楽だと思えた。
 やがては心までもが透明になり、空に溶けて消えていく。
 なにも生み出せず。
 なにも遺せず。
 透明人間らしく、透明な終わり方を迎えるのだと信じて疑わなかった。
 ところが運命の女神というものは、存外に悪戯好きだった。ひょんなことから事態は大きく動き、ジェットコースターのような毎日が始まった。
 今は少しのんびりしているけれど、年が変われば、また忙しくなる。
「どうしてボク、ここにいるのかな、ってネ」
 どこかで何かが違っていたら、スマイルは今もひとりギターを抱え、寒空の下に蹲っていた。
 鳥の嘴に怯えつつ、色を持たない姿を不気味がられながら、透明なままで。
 空になったスープカップを抱きかかえ、名前通りのにこやかな笑顔で呟く。
 白い歯を見せてにっと口角を持ち上げた彼に、ナイフを置いた吸血鬼は深く長い息を吐いた。
 口元をナフキンで拭い、こめかみを二度叩いた。背凭れに深く身を委ねたかと思えば、おもむろに腕を伸ばした。
 紅茶に足す気なのかシュガーポットを取り、蓋を外し、中のスプーンを引き抜いた。
「掃除は、私がする」
「了解したッス」
「ン?」
 非常にゆっくりとした動きで、ユーリは上白糖入りのポットを鷲掴みにした。
 意味ありげな低い声に、アッシュが敬礼して畏まる。ふたりだけで通じ合っている状況に、スマイルは疎外感から眉を顰めた。
 直後だ。
「――ぶひゃっ」
 不細工な悲鳴を上げて、透明人間は叩き付けられた砂の痛みに飛び退いた。
 不意打ちも良いところで、避けられなかった。真正面から勢い良くぶつけられて、口どころか、目にも、鼻にまで入った。
「ぺっ、ぺっ」
 口の中は甘くてならず、全身がべたべたして気持ちが悪い。一部は服の表面を流れて落ちていったが、多くは残り、ボリュームたっぷりの髪の中に沈んでいった。
 粉雪ならぬ、粉砂糖が降って来た。
 犯人は言わずもがなで、しかも偉そうにふんぞり返っていた。
 暴挙を反省する様子は皆無で、得意げに胸を張っていた。
「ナニするのサ、ユーリ」
 吸血鬼が握り締めるポットは、見事なまでに空っぽだった。
 初めからそうするつもりだったと悟って泣き言を口にすれば、テーブルに頬杖ついたアッシュが苦笑した。
「今のは、スマイルが悪いッス」
「エエエ~?」
 満足げに笑っているユーリを庇い、被害者であるスマイルに原因がある、と彼は言う。
 それが理解出来なくて絶叫すれば、堪えきれなくなったのか、ユーリが先に腹を抱え込んだ。
「ふはっ」
「ぷふ、ふ……ふひっ、ははは」
 大切な仲間ふたりに笑われて、スマイルは訳が分からないと小鼻を膨らませた。地団駄を踏んで煙を噴き、髪の毛から零れ落ちた砂糖の粒に渋面を作った。
 ひとり蚊帳の外に置かれた気分で、面白く無かった。
 己の名前に反した表情をして、口をヘの字に曲げた。ぶすっと膨れ面で睨み付ければ、一頻り笑って気が済んだのか、アッシュが椅子を引いて立ち上がった。
「オーブンの様子、見て来るッス」
 本当はゆっくりするつもりがなかったので、火を点けたままだった。
 焼け過ぎていないか心配だと声を高くし、狼男は気忙しく走り去った。
 逃げた、とも言い換えられそうな後ろ姿に、スマイルの顔が益々渋くなる。それが尚更滑稽だと目尻を拭い、ユーリは空のシュガーポットをテーブルに戻した。
「馬鹿なことを言うからだ」
「ソウ?」
「そうだ」
 ユーリだって二百年間、城の地下で眠り続けていた。目覚めたのは偶然で、けれど振り返ってみれば必然と思えた。
 運命などという言葉は実に馬鹿らしいが、一理ある。そうでなければ辻褄が合わない出来事が、世の中にはごまんと溢れていた。
 彼らがバンドを結成したのだって、そう。
 ユーリがスマイルを見出し、アッシュを引き入れて、今日という日をこんな風に迎えているのだって。
 起きなかった未来を考えるのは、ナンセンスが過ぎる。もしも、の話をしたところで虚しく、つまらないし、興ざめだ。
「そっかァ」
「ああ、そうだ」
 せっかくのクリスマスなのだから、楽しまなければ勿体ない。
 湿っぽい話をした報いだと言い張って、ユーリは最後まで謝罪しなかった。むしろ良いことをしたと威張って、蟻が寄ってきそうな透明人間を遠ざけた。
「酷いなァ、ユーリ」
「なにを言う。こんなにも有能で、理知に富む吸血鬼は、ほかにないぞ?」
「美人で、スマートで、歌も巧くて?」
「ああ、そうだ」
「寝坊助で、ナルシストで、ちょっと服の趣味が悪くて、すぐ拗ねる?」
「さっさとシャワーを浴びてこい!」
 愚痴だったものが途中から煽てられ、最終的に落とされた。
 臍を曲げた吸血鬼は怒号を上げ、今度はポットの蓋を掴んで投げる動作に入った。
 さすがにこれは、当たればコブになる。痛いのは勘弁とやられる前から頭を庇い、スマイルは蟹歩きの要領でサンルームを出て行った。
 日当たりの良い一帯が、にわかに静まり返った。鳥のさえずりがどこからともなく聞こえて来て、砂糖まみれの大理石は歩くとじゃりじゃり音がした。
「まったく」
 つまらない話を聞いたと憤慨し、不機嫌な吸血鬼がぽつりと呟く。
「そんなもの、決まっているだろう」
 ユーリがいて、スマイルがいて、アッシュがいる、その理由。
「私たちが、Deuilだからだ」
 自信を持って声に出し、彼は残っていた紅茶を飲み干した。

2016/12/23 脱稿