苦甘

 コーヒーなど、ただ苦いだけの飲み物だと思っていた。
 口をつけた瞬間に広がる、あの酸っぱい臭いも苦手だった。コップに注がれた際の豊かな香りは好きなのだけれど、冷ましているうちに酸味が増してしまうのは厄介だった。
 猫舌であることに加え、苦みに対する抵抗感が強い。沢田綱吉にとって、長らくコーヒーというものは、好んで飲みたいと思わない飲料のトップスリーに堂々とランクインしていた。
 他に嫌いなものといえば、青汁と、薬。
 子ども向けの甘い味付きのシロップならまだしも、風邪を引いた時などに出される液体タイプのドリンクが駄目だった。身体が辛いのを押して病院まで行ったのに、注射を打たれて痛い思いをして、挙句に不味くて仕方がない薬まで飲まなければならないなど、苦行以外のなにものでもなかった。
 ともあれそういう事情があり、長い間、コーヒーに手を出すことはなかった。
「うげ、まっず」
「まあ、失礼しちゃう」
 それなのにほんの数週間前から、なんとか一杯だけでも飲み干せるように努力している。
 今日もその一杯を食後に求めて、用意してくれた奈々に憤慨されてしまった。
 ミルクや砂糖を入れないブラックコーヒーは、一見すると泥水のようだ。黒く濁り、底が見えない。
 その外見からまず拒否反応が起こって、舌を焼く熱さに二の足を踏まされた。
 市販されているインスタントコーヒーだから駄目なのかと、わざわざ専用のマシンで煎れて貰ったというのに、この有様。
 高かったのに、と最近流行りのマシンを撫でて、二十代にも見える沢田家の大黒柱はぷんすか煙を噴いた。
 自宅でお手軽本格コーヒー、という謳い文句に踊らされ、彼女がこの機械に手を出したのが約三週間前のこと。
 現在沢田家にはイタリア出身者が複数人居候中なので、丁度良いと思ったのだろう。そこにひとり息子である綱吉が興味を示して、苦手を克服すべく、修行が始まった。
「嫌なら、飲まなきゃいいのに」
「でも、折角煎れてくれたんだから、……うぐぐ」
「これくれーで、だらしねえぞ。ツナ」
「うるさいな。ほっとけよ」
 白いカップを前に百面相している息子を眺め、奈々が呆れた顔で溜息を吐く。
 頬に手を添えて呟いた彼女に綱吉は顎を軋ませ、合いの手を挟んできた赤子にはむすっと頬を膨らませた。
 彼の斜め向かいの席には座布団が数枚重ねられて、その天辺にスーツ姿の赤ん坊が座っていた。屋内でありながら帽子を被ったままで、彼の隣には赤い唇が魅力的な女性が控えていた。
 彼らの前にも、綱吉が睨んでいると同じコーヒーが置かれていた。
 もっとも片方は既に飲み干され、もう片方も残りあと僅かだ。ミルクポッドに手が付けられた形跡はなく、ふたりとも何も入れないブラックを愛飲していた。
「とっても美味しいわ、ママン。また腕を上げたんじゃない?」
「あら、そう? ビアンキちゃんに言われると、本当に上達したみたいで嬉しくなっちゃう」
「お世辞じゃないわ。ね、リボーン?」
「ああ、そうだぞ」
「機械が全部やってくれるんだから、誰がやっても同じだろ」
「ツーナー? なにか言った?」
「べっつに~~?」
 褒められて上機嫌になった奈々に小声で悪態をつけば、しっかり音を拾われた。
 瞬時に目を吊り上げて鬼の形相になった母に素っ気なく吐き捨てて、綱吉はとても美味しいとは思えない液体に渋面を作った。
 恐る恐る縁に唇を当て、ほんの少しだけ咥内へと流し込む。
「うっ」
 途端に眉間の皺が深くなり、呻き声に似た音が鼻から飛び出した。
 両目はきつく閉ざされ、見ている方が息苦しくなるくらいだった。だというのに彼は懸命に抗って、我慢の末にコーヒーを喉へと押し流した。
 鼻を抓みたくなるのを堪え、ちびちび飲むから辛いのだと自分に言い聞かせて。
 ひと息のうちに飲み干してしまうのが吉、と己を鼓舞し、急き立てて。
「う、うぅ……んぐ、っはー」
 そうしてごくごくと喉を鳴らし、まるで風呂上りのビールを楽しむ父親の如き声をあげ、カップをテーブルへと叩きつけた。
 ガンッ、とかなり良い音がしたが、本人は意に介さない。
 周囲の三人が揃って呆然としているのも構わず、綱吉はやり遂げた感満載の表情で胸を張った。
 ブラックコーヒーを飲めた程度で何を偉そうに、と言ってしまえばそれまでだが、当人にしてみれば偉大な一歩だ。
 この調子で、いつか得意になれたらいい。そんな風に意気込んで、表情は晴れ晴れとしていた。
「ごちそうさま」
「はいはい、お粗末様でした」
 濡れている口元を拭い、椅子を引いて立ち上がる。
 夕食後の一杯を堪能し終えた息子の言葉に、奈々は肩を竦めて苦笑した。
 リボーンとビアンキも、顔を見合わせて笑っていた。そのやり取りがどうにも意味深であり、艶っぽさを含んでいるのもあって、思春期真っ盛りの十四歳は不満げに口を尖らせた。
「なんだよ」
「いーや?」
「そうよ。ブラックコーヒーが飲める男は格好いい、なんて思ってないわよ?」
「――どうせ、オレはカッコ悪いよ!!」
 直後、からかわれて真っ赤になり、声を荒らげる。
 突然怒鳴り声を上げた少年に、空のコップを片付けていた奈々は吃驚して飛び上がった。
 隣の部屋でテレビを見ていた子供たちも、ドアを開けて様子を窺っていた。何事かと目を丸くして、不思議そうな顔で兄代わりの少年を見詰めた。
 家に居る全員が、台所に集まった。大勢から一斉に視線を向けられて、綱吉は地団太を踏んで奥歯を噛み鳴らした。
「もう寝る!」
「歯、磨きなさいよ。あと、お風呂も」
「分かってるってば」
 ひとり癇癪を爆発させて、騒々しく足音を響かせながら台所を出て行こうとする。
 その背中に奈々が言えば、彼は猫背を酷くして鼻を愚図らせた。
 最後まで格好がつかなかった。どうして家の連中はこうなのか、と心の中で愚痴を零して、彼は口の中に残る苦みをなんとかすべく、唾を飲みこんだ。
 けれどなかなか漱ぎきれず、取り払えない。
 自室へ向かう足取りも自然と鈍って、綱吉は階段の三段目で深く溜息を吐いた。
 左手で手摺りを掴み、憂鬱を振り払おうと首を振る。
 だがその程度で消えてくれる悩みなら、とっくに解決出来ている筈だった。
 どうにもならない感情を抱え、彼はのろのろと残りの階段を登った。半ばを過ぎた辺りで階下を窺えば、話が盛り上がっているのか、台所から楽しげな笑い声が聞こえて来た。
 そこに混じれなかった悔しさと、混ざらなくて良かったという想いが拮抗していた。最終的には後者が辛勝して、少年は鼻の穴を膨らませた。
 荒々しく息を吐き、残っていた階段を一気に駆け上る。
 どうせ今頃、母たちは急にコーヒーを飲み始めた綱吉を笑っているのだろう。これまで見向きもしなかったものに突然関心を寄せて、周囲がどれだけミルクを勧めようと、頑なにブラックに拘る彼に呆れているのだ。
 だが、仕方がないではないか。
 思ってしまったのだ、あんな風に格好よくありたいと。
 放課後、呼び出された応接室で。
 本来は校長が座るべき席に位置取り、書類を処理しつつ悠然とカップを傾ける男を見た。
 忙しく働きながらも時折手を止めて、ごく自然とコーヒーを啜る姿が実に様になっていた。
 映画のワンシーンを見ているようだった。
 武器を握らせれば誰よりも強く、横暴極まりない理論を振り翳す暴君と知っていながらも、見惚れてしまう凛々しさだった。
 同じ男なのに、こんなにも違う。
 憧れを抱くには充分だった。形だけなぞっても無意味なのは承知の上で、真似をせずにはいられなかった。
 匂いは苦手ではないのだから、毎日飲み続けていれば、いつか舌が慣れてくれる。
 そう期待して、今日でそろそろ二十日。
「うげえ、まだ苦い」
 依然として変化が見られない味覚に顰め面を作り、綱吉は頬に感じた風に首を傾げた。
 見れば、部屋のドアが開いていた。それも全開ではなく、中途半端に少しだけ。
 夕食で呼ばれた時、ちゃんと閉めた筈だ。それとも力加減が緩くて、きちんと閉まり切っていなかったのか。
 有り得そうだと鼻の下を擦り、彼は何もない空を蹴った。
 さっきからケチがついてばかりだと床に八つ当たりして、この一時間ほど無人だった部屋へと入る。
 室内は暗く、足元ははっきりしなかった。
 手探りで壁のスイッチを押し、天井の照明を点す。そうして進路を塞いでいた漫画雑誌を拾って、綱吉は食事前との違いに眉を顰めた。
 なにも変わっていない気がするけれど、なにかが違っている気がする。
 直感が働いた、とでもいうのだろうか。しかし泥棒に入られたとは思えず、彼は頼りない感覚に口を尖らせた。
 ひと通り室内を見回し、開けたまま放置した窓のカーテンか、と当たりを付けてそちらへ足を向ける。
 何もなければそれでいいと、臆病な心を奮い立たせて、室外機が置かれている狭いベランダへと手を伸ばす。
「――うわっ」
 直後、白い布が躍った。
 他ならぬカーテンが風に膨らんだだけだが、予想していなかった綱吉は大袈裟に驚いて悲鳴を上げた。
 中身が空気の布に押されて後ろへ倒れそうになり、たたらを踏んで飛び跳ねる。
 手はじたばたと宙を泳ぎ、唐突に動きを束縛されて止まった。
 同時にぐい、と乱暴に引っ張られた。それが却ってバランスを崩す原因となり、後ろから前に姿勢を転じた綱吉は、そのまま膝を折って崩れ落ちた。
 身体を支えきれず、膝頭を思い切り打ちつけた。彼を引っ張っていた力も同時に消えて、右腕はだらりと脇に垂れ下がった。
 視界を塞いでいたカーテンも、浜辺の波のように引いて行った。だがそれは真っ直ぐにはならず、異物を探知して不自然な凹凸を作った。
「……え?」
 シャッ、とカーテンレールに布が走る音がした。
 邪魔だと横に押し退けられ、抗議するかのようにカーテンが激しく波立った。
 綱吉の部屋があるのは、二階だ。南に面しており、眼下にあるのは隣家ではなく、猫の額よりは広い庭だった。
 登ってくる手段など、そう多くない。外階段など当然ないし、梯子が架けられているわけもなく、縄がぶら下がっているわけでもなかった。
 だのにそこに、人がいた。
 開けっ放しの窓から侵入を試みて、片足を窓枠に置き、男がひとり、佇んでいた。
「ひ……ばり、さん!?」
 外はすっかり暗くなり、月のない夜は不気味だった。星の光も殆ど見えず、道路を挟んで向かいの家の灯りが浮き上がっている程度だった。
「やあ、小動物」
「沢田綱吉、です」
 そんな夜闇に乗じて、訪問者があった。
 玄関から来てくれればいいのに、何度言っても耳を貸してくれない。
 そのうち近所の人から通報されかねないと肩を落として、綱吉は悠然としている青年に訂正を試みた。
 もっとも、それで応じて貰えた過去例は存在しない。彼は一度これと決めると、滅多な事では撤回しない強情な男だった。
 綱吉が通う並盛中学校の風紀委員長にして、ボンゴレ十代目の雲の守護者。まだ年若いが既に歴代最強とまで噂されており、その強さはリボーンの折り紙つきだった。
 味方にすれば頼もしく、敵に回せば恐ろしい。
 芯が強く、一本気で、何があっても決して折れない。
 妥協せず、譲歩せず、己を押し通して周囲に媚びない。
 綱吉とは正反対と言っても良い。だからこそ憧れて、隣に並びたいと願った。
 彼に見合う人間になりたくて、不格好な自分を恥じて、近付けるよう頑張っていた。
 雲雀恭弥にはなれずとも、せめて遜色ないように、必死になって。
 だが今のところ、努力が実ったとは言い難い。コーヒーだって気合いを入れ、覚悟を決めないと、飲み干せなかった。
「り、……リボーンなら、まだ下にいますけど」
 それと同じように、雲雀を前にするにも覚悟が必要だった。
 こんな風に突然やって来られたら、心の準備が間に合わない。顔は引き攣って、動揺は声にも表れ、震えて上擦ってしまった。
 緊張して、巧く喋れなかった。思わず握った手を胸に当てて、綱吉は床を蹴った足元を見つめた。
 彼が訪ねてくるなど、聞いていない。
 約束があるなら先に言っておいて欲しかったと、彼は家庭教師役を務める赤ん坊に奥歯を噛み締めた。
 握り拳を作り、恐る恐る前方を窺う。
 雲雀は窓枠の上で器用に身を屈め、百面相する綱吉を面白そうに見つめていた。
「なっ、なんです、か」
「ううん。今日は赤ん坊じゃなくて、君に用があったんだけど」
「オレに?」
「そう」
 頬杖をついて、抜群のバランス感覚を披露していた。綱吉が試せば一秒としないうちに落ちるだろう危うい場所で、彼は淡々と言って頷いた。
 首を縦に振り、もっと近付くよう合図を送る。
 そういえば倒れそうになった時、彼に一度助けられているのを思い出して、綱吉は消えかかっていた感覚に臍を噛んだ。
 手首を掴まれた熱は霧散して、殆ど残っていなかった。
 気付くのがもっと早ければ、違う対処も出来ただろうに。
 まるで役に立たない超直感を足の裏で踏み潰して、綱吉は右膝を起こして立ち上がった。
「なん……でしょう」
「うん。今日はずっと風紀委員の巡回で、歩き回って疲れたからね」
 恐々尋ねれば、雲雀は至って普通に返事をくれた。機嫌が良いのか饒舌で、いつもより口数が多かった。
 もっとも語られる内容は、事情を知っていれば実に血腥い。
 彼に見つかり、粛清された不良はどれくらいの数、いるのだろう。風紀違反者を沢山取り締まれたからこその上機嫌かと、綱吉は内心冷や汗を流した。
 それでも、顔を見せてくれたのは嬉しかった。
 とすれば、これから帰るところだったのか。確かに沢田家は、学校と繁華街の中間に位置しており、立ち寄るのに遠回りする必要はなかった。
 本当は躍り出したいくらいなのに、表に出ないように隠して表情筋に力を込める。その所為で逆に変な顔になっているとも気付かずに、彼は摺り足で窓辺に歩み寄った。
 足元に落ちていた、一昨日着て脱ぎっぱなしだったパジャマを蹴散らし、首を捻って上を向く。
 並盛中学校を支配する暴君は、一応は上司に当たる大空の守護者であり、次期ドン・ボンゴレを眼下に収め、口角を持ち上げて不遜に笑った。
 その意図を計りあぐねて、綱吉はきょとんと目を丸くした。
「ヒバリさん?」
 彼は疲れたと言っていたが、まず間違いなく嘘だ。
 この男の体力は、底が知れない。唯一ガス欠に陥ったのが六道骸との一戦だが、彼はその前に部屋に閉じ込められて、碌に食事も与えられていなかった。
 万全の状態だったなら、勝負は違っていた。
 過信し過ぎている自覚はあるが、ともあれ雲雀は、町の不良を駆逐した程度で倒れたりしない。確実に何かしら裏があると勘繰って、綱吉は警戒を露わにした。
 けれど、既に遅かった。
 この距離は雲雀の間合いであり、一度得物と定められた以上、逃げられるわけがなかった。
「良く言うだろう。疲労回復には、甘い物――だって」
「は、い?」
「だから、はい」
「うわわっ」
 意味ありげに告げられて、その意味するところを知る前に。
 雲雀の手が問答無用で綱吉の手首を縛り、力技で引き寄せた。
 不意をつかれてつんのめり、咄嗟に反抗した身体が後ろへ傾ぐ。だがそれすらも見越した上で、雲雀は仰け反った綱吉の腰に腕を回した。
 くの字になった体躯を招きよせ、再び、今度は壁で膝頭を打った少年の涙は意に介さない。
 あくまでも自分のペースを貫いて、雲雀は苦悶に歪んだ綱吉の顎を掬い上げた。
 避ける暇などなかった。
 目を瞑るのさえ、許してもらえなかった。
「んんんっ!?」
 何が起きたのか、正直なところ、まるで分からなかった。
 口を塞がれた。
 口で塞がれた。
 行き場を失った息が鼻腔から溢れ、ぬるっとした感触が唇の継ぎ目に襲いかかった。
 生暖かくてぬめぬめした物に舐められて、熱は一瞬にして遠ざかった。あまりに近過ぎて視界がぼやけて、瞬きして焦点を定め直した時にはもう、雲雀の顔は遠ざかった後だった。
 夢にまで見たくちづけに、艶っぽさなど微塵もなかった。
 それはむしろ味見であり、獲物に対する舌なめずりの延長だった。
「ひ、ひば、……ひっ?」
「あれ。おかしいね、君。少し苦くない?」
 反射的に突き飛ばそうとしたら、狙ったかのように手を離された。束縛から解き放たれた身体は勢い余って後ろへ向かい、尻餅をつくのは必然だった。
 衝撃は凄まじかった。
 大の字になって転がってから這うように後退を図った綱吉だが、雲雀には動揺の欠片すら見当たらなかった。
 平然としつつ、今しがた人を舐めたばかりの舌で唇を濡らす。
 挙句に不思議そうに問いかけられて、顔を真っ赤にした少年は頬を引き攣らせた。
 ついさっき、コーヒーを飲んだところだ。
 歯は磨いておらず、嗽もしていない。口の中も、唇も、まだ苦くて当然だった。
 言い当てられて、彼は思わず膝を閉じた。背筋を伸ばして床の上で座り直して、綱吉は右手で感触が残る口元を覆い隠した。
「そ、そん……え。ええ? だっ、てか、いいいい、今、いま。おれに、ヒバリさん」
「駄目だよ、小動物。君は甘くないと」
 訳が分からなかった。
 雲雀が何を言っているのか、半分も理解出来なかった。
 頭の天辺から声を放ち、目玉をぐるぐる回しながら考えるが、分からない。体温は一気に四十度近くまで上昇して、心拍数は限界値を大幅に更新した。心臓は今にも破裂しそうで、両耳からは勢いよく湯気が噴き出した。
 パンク寸前に陥っている綱吉を眺め、雲雀は思っていた味と違った少年に肩を竦めた。
「君は、僕のデザートなんだから」
 やっと見つけた、美味しそうな相手。
 最後の楽しみにとっておきたい、蕩けるくらいに甘い子は、予想よりも苦かった。
 つまみ食い、ならぬ味見をして良かった。
 熟し切るには、もう暫くかかりそうだ。
 あれこれ想像して、雲雀は口角を持ち上げた。不敵に笑って綱吉を指差して、宣告と同時に後ろへ跳ぶ。
「ヒバリさん!?」
 慌てた綱吉が窓へ駆け寄ったが、その姿は闇に紛れて見えなかった。但し悲鳴や、嫌な音はなにも聞こえてこなかったので、彼のことだからきっと無事なのだろう。
 近所の犬が、何かに驚いたのか、激しく吼えていた。飼い主に五月蠅いと叱られても止まない声に苦笑して、綱吉はそのままずるずる膝を折った。
 窓を支えに身を沈め、額を冷たい窓枠に擦り付ける。
「なんなんだよ、いったい」
 唇に残る微熱が、夢や幻ではなかったのだと教えてくれた。
 けれど依然、なにがなんだか分からない。
 ただ言えるのは、思っていたよりも柔らかくなかったこと。
 そして。
「ヒバリさんは、苦すぎます」
 綱吉が甘いデザートだとしたら、彼は食後のコーヒーか。
 もう二度と飲めそうにないドリンクに苦虫を噛み潰したような顔をして、彼は頭を抱えて丸くなった。

2015/06/14 脱稿