弁柄色

 珍しいところで遭遇した。
 それが最初に思った事だった。
「お」
「あれ」
 お互い顔を向き合わせた途端、そんな声が漏れた。うっかり驚いてしまって目を丸くして、日向翔陽は同じタイミングで出した手を引っ込めた。
 相手も空を掻いた手を握り、腕を引いて、回避された正面衝突に安堵の息を吐いた。
 まさかこんなところで会うなどと。
 しかも数ある休憩時間のうちの、この回に、ほぼ同時に。
 奇妙な偶然もあったものだ。開けようとした男子トイレのドアを前にして、日向は呆然と高い位置にある顔を仰いだ。
 向こうも、変な場所で会ったと思っているに違いない。そういう表情を見せられて、彼は暫く惚けた後、肩の力を抜いて嘆息した。
「小?」
「どっちだっていーだろ」
「んじゃ、大」
「小に決まってんだろ、ボゲ」
 同じ部活動に所属しているというだけで、クラスは違うし、生まれ育った環境もまるで違う。
 格別親しくはないけれど、かと言って仲が悪いとも言い切れない相手に軽口を叩けば、本気で怒鳴り返された。至っていつも通りの反応と罵り方に、日向は歯を見せて笑った。
 ちょっとからかっただけなのに、過剰なくらいに反応された。
 それが面白くて腹を抱えていたら、影山も勢いをつけすぎたと反省したか、気まずそうに口を尖らせた。
 不満げな目で睨まれても、今はもう、あまり怖くない。
 烏野高校排球部の天才セッターは、もう独善的で孤独な王様ではなかった。
 ほんのり頬を朱に染めて、身長百八十センチの大男は踵で床を蹴った。
「入んねーの」
「お先どうぞ」
「テメーこそ」
「いやいや、どうぞどうぞ」
 その上で憤然と問いかけられて、日向はどこかのお笑いグループの仕草で影山に道を譲った。
 もっとも、彼には通じない。きょとんとされて、苦笑するより他になかった。
 バレーボールに熱中するあまり、影山はバラエティ番組を殆ど見ない高校生に成長していた。
 放課後、芸能人の話題になった時、そのあまりの無知ぶりに驚かされた。一緒に喋っていた先輩たちも唖然としていて、本人だけが不思議そうに首を傾げていた。
 今を時めく人気女優も、可愛いと評判のアイドルも、彼は全く知らなかった。
 最近流行りのお笑いネタ、ヒットチャートを沸かせる楽曲、など等。
 あらゆる話を振ってみたけれど、聞いたことがない、見たことがないの一点張りだった。
 いったい影山家の食卓で、どんな話題が繰り広げられているのか。
 興味が湧いたが、夕飯は基本ひとりだと言われて、黙るしかなかった。
 日向には小学生の妹が居て、時事ネタはそこから入手することが多い。テレビを見る時も大体彼女と一緒なので、ゲームが原作のアニメにも、いつの間にか詳しくなっていた。
 本当に、寝ても覚めてもバレーボール一辺倒の男だ。
 内心呆れて目尻を下げて、日向は戸惑っているチームメイトに肩を竦めた。
「ちょっと通してー」
「ああ、ごめん」
 そこへ声が掛かって、彼は慌てて半歩下がった。
 トイレに用がある他クラスの生徒に進路を譲って、脇に流れた視線を正面に戻す。
 影山との距離は若干広がったが、誤差の範囲だった。
「なんか知らねーけど、時間なくなんぞ」
「うっせ」
 目が合った直後に嫌味を言われて、日向は相変わらずの態度に苦笑した。
 顎をしゃくり、トイレを示された。そんなことは言われなくても分かっていて、無いと分かっているのに時計を探して視線を泳がせ、手は閉まりかけていたドアを押した。
 再び隙間を広げてやれば、それを待っていたのか、影山がぴったり後ろについてきた。
 両手はズボンのポケットの中で、なんと図々しいのだろう。
 矢張り王様は王様かと悪態をついて、日向は壁際に並ぶ小便器の群れに向かった。
 窓は磨りガラスだが、空気の入れ替えの為か、半分まで開けられていた。
 もっともここは四階であり、建物の傍には背の高い木も植えられていない。外から覗き込むのはほぼ不可能であり、望遠鏡を使ってまで実行しようとする物好きも居ないだろう。
 吹き込む風の涼しさに目を眇めて、日向は気になる臭いを頭から追い出した。
「はー、ビバドンドン」
「それは風呂だろ」
「お、知ってた」
 先客は先ほどのひとりと、個室トイレに籠っている誰かだ。うんうん唸っている声は聞こえて来ないが、あまり長居すると嗅覚がダメージを負う危険があった。
 そうならないよう、早く用を済ませたい。
 手前から二つ目の小便器を選択した日向に、合いの手を入れた影山は三つ目のそれを選択していた。
 なにも真横に来なくて良いものを。
 うっかり見てしまいそうになって、日向は急いで意識を引き剥がした。
 もっとも、一緒に風呂に入った仲だ。合宿中に何度も、嫌になるくらい裸を見せられているわけだから、今更どうこう思うところはなかった。
 耳を塞ぎたい気持ちはあったけれど、流石にそれは難しい。
 我慢して己に集中して、身の丈百六十センチ少々のミドルブロッカーは安堵の息を吐いた。
 今すぐどうこうなるほど切迫していたわけではないが、授業中からずっと我慢していた。ようやく解放されたと心を穏やかにして、彼は洗浄のボタンを力強く押した。
 どうして緊張すると、トイレに行きたくなるのだろう。
 試合の前もそうだし、授業で次に当てられると分かっている時も、そうだ。
 結局巧く答えられなくて、クラス中から笑いを買った。恥ずかしくて消えたくて、穴があったら入りたかった。
「手ぇ、洗えよ」
「洗うに決まってんだろ」
 忘れかけていた記憶が蘇って、一気に憂鬱になった。暗い表情をしていたら隣から声を掛けられて、日向は咄嗟に牙を剥いた。
 荒々しく怒鳴り返して、下がっていたズボンのファスナーを引き上げる。身なりを整え終えたのは、影山の方が早かった。
 一足先に洗面台へ向かう背中を眺めて、日向はふと、首を傾げた。
 もしや彼は、あれで気を利かせてくれたのだろうか。
 話しかけられたお蔭で、落ち込みそうになっていたのが浮上した。下降していた気持ちが急角度で上昇に転じて、なんだかもう、どうでも良くなっていた。
 次は見返してやると心に決めて、三つしかない洗面台へと向かう。便器の数に比べると格段に少ない鏡の前に陣取って、日向は何気なく、傍らを窺った。
 影山は相変わらず何を考えているか分からない顔をして、銀色の蛇口を捻っていた。
「んなワケないよなー」
 ちょっとは良い奴かと思ったが、褒め過ぎだった。
 そこまで人間が出来ている男なら、中学時代にチームメイトから造反されたりしない。考えすぎだったと自分自身を笑い飛ばして、日向も隣に倣って蛇口を捻った。
 センサーなどという上等なものは整備されておらず、水は自動で出て来ない。細い管を通った冷水に指先を浸して、日向は砕け散る水滴に相好を崩した。
 どこかの学校には、ジュースが出てくる蛇口があるそうだ。
 別の学校では、お茶が出てくるところもあるらしい。
 夕飯時に見たニュースでやっていた話を振り返り、彼は思い立って眉間に皺を寄せた。
「烏野だったら、何が出てくんだろ」
「あ?」
「いやさ。うちの学校だったら、水の代わりになにがいいかな、って」
「何言ってんだ?」
 もし、名産品が蛇口から出て来るとして。
 何が一番嬉しいかと考えて、仔細を告げぬまま捲し立てて、不審がられた。
 当然すぎる疑問をぶつけられて、それで我に返った日向は嗚呼、と小さく頷いた。
 確かに、突飛だった。
 心の声は他人に聞こえないのを痛感して、彼は唾を飲み、濡れた手で蛇口を締めた。
 擦り傷の痕が目立つ手の甲には、大粒の雫が張り付いていた。
 指先にも湿り気が残り、このままだと触れるもの全てを濡らしてしまう。少しでも水気を払おうと手首から先を上下に振って、日向は散っていった水滴から目を逸らした。
 鏡を経由して影山を窺えば、彼は中途半端を嫌ってか、話の続きを待っていた。
「いや、さ。前にテレビでやってたんだけど。どっかの小学校で、地元の名産品のジュースが、蛇口捻ったら出てくる、っつう奴をさ」
「へえ……」
 どうやらこの話題は、初耳だったらしい。
 素直に驚いて目を見開いた男は、興味深そうに二度、三度と頷いた。
 ジュースなら、嬉しいに決まっている。味が一種類しかないのが難点だが、休憩時間の度にコップ持参で並んでも惜しくなかった。
 自動販売機で飲み物を買おうとしたら、財布がもれなく軽くなった。
 水ならタダで飲めるが、それで腹を膨らませても空しいだけだ。
「そんで、うちの学校だったら何が出てくるかなー、って」
「それを先に言えよ」
「悪かったって」
 そこまで説明して、ようやく話が繋がった。
 影山に馬鹿にされて頬を膨らませ、日向は中指に残っていた雫を三角形の蛇口に擦り付けた。
 まだ少し湿っているが、最初に比べれば随分マシになった。
 これならポケットに潜ませたハンカチを引っ張り出しても、ズボンはそれほど濡れないだろう。
「しっかし、太っ腹な学校があるもんだな」
「烏野もやってくんないかなー。牛タン、とか」
「固形物かよ」
「駄目か。んじゃ、ずんだ餅」
「それも固形物じゃねーか」
「ずんだシェイク……」
「それなら、まだなんとか」
「あっ、牛タンサイダー」
「炭酸はきつくねえか?」
 思いつくままに呟いて、間髪入れずに合いの手が返されて。
 意外に盛り上がるネタに破顔一笑して、日向は夏服のズボンを弄った。
 ポケットの割れ目に指を入れ、奥の方に詰め込まれていた布の塊を引っ張り出す。ざらざらする表面は歪な形状をしており、布本来の肌触りは失われていた。
 何度も使ううちに湿って、放置されて、固まってしまったのだ。恐らくは一週間近く、それはズボンの中で塊になっていた。
 ただ制服で拭くよりはずっとマシで、他に選択肢はなかった。今日こそ忘れず洗濯しようと誓って、日向はやっと出て来たハンカチに頬を緩めた。
 最初にポケットに入れた時は、アイロンが当てられて、綺麗な正方形をしていた。
 今となっては形は崩れ、真ん中で捻られて、表裏は滅茶苦茶だった。
 何かに似ていると思えば、蝶ネクタイだ。ちょうどこんな形だと笑って、日向は早速、広げようとしても広がらない布を両手で挟んだ。
 直後だった。
 くいっと、後ろから背中を引っ張られた。
「……あの」
「ん?」
 正確には、半袖の制服を、だ。
 飾り気のないシンプルな開襟シャツは、これといった特徴がない反面、私服としても十分通用するレベルだった。
 裾はズボンに入れず、外に出していた。丈はそれほど長くないので、尻の上半分が隠れるかどうか、というところだ。
 そんな地面に対して水平に、真っ直ぐに断ち切られた布が浮いていた。自然にそうなるとは考えにくい形状をして、日向の身動きを封じていた。
 腹の方のゆとりがなくなり、上にずれた衿が喉に食い込む。息苦しくはないが気になって、日向はかぶりを振って後ろに目を向けた。
 鏡越しに見える男は、さながら守護霊か、なにかだった。
 身長差の所為で、まるで日向の肩に首が乗っているようだ。生首を背負うホラーな趣味は持ち合わせていなくて、彼はぶるりと身震いすると、きょとんとしている影山に苦虫を噛み潰したような顔をした。
 下にTシャツを着込んでいるとはいえ、背中がスースーした。別の洗面台では見知らぬ生徒が手を洗っており、縦に並んでいるふたりを見て、必死に笑いを堪えていた。
 話し込んでいるうちに、影山が背後に回り込んでいた。
 気付くのが遅れたのは日向の失態だけれど、警戒していないところを狙った彼は、断罪されるべきではないか。
 湧き起こる怒りを堪え、日向は細い肩を震わせた。
「なにやってんだ、影山!」
 使い込まれたハンカチを握り締め、吼える。
 けれど鏡の中の男はぽかんとして、少しも悪びれる様子がなかった。
「なにって、手ぇ拭いてるだけだろ」
「何で拭いてるか、ってことだろーが」
 しかもいけしゃあしゃあと告げられて、堪忍袋の緒が切れた。
 こめかみに青筋を浮かべて小鼻を膨らませ、日向は勢いつけて身体ごと振り返った。
 もれなく、影山に奪われていたシャツも解放された。トイレに入る前は綺麗な白一色だった制服は、哀れにも皺だらけとなり、濃淡がくっきり表れていた。
 有り得ないところが濡れていた。
 日向が湿らせたわけではない。
 影山がタオル替わりに、丁度良いとそれで手を拭いたのが原因だった。
「おれの制服で、なにしてくれてんだ」
「別にいいじゃねーか。どうせすぐ乾くだろ」
「だったら自分ので拭けばいいじゃねーか」
「俺が濡れるだろうが」
「おれだって嫌に決まってんだろ!」
 怒りに任せて怒鳴るが、まるで話が通じない。影山の理屈は傲慢で、常識外れだというのに、本人にその自覚がないのが問題だった。
 人の服を手拭きの代わりに使うなど、どういう教育を受けて来たのか。
 バレーボール馬鹿、ここに極まれり。そんな事まで分からくなっているのかと、日向は頭を抱えたくなった。
「ふざけんな。ったく、もー……」
 腹が立ったが、哀しくもなって来た。
 あまりにも情けな過ぎて愕然として、彼は言っても聞かない男に肩を落とした。
「ンだよ」
「おれがもし、すんげー高い服着てたらどうすんだよ」
「そんな高級な奴、着ねーだろ?」
 溜息を吐いたら、臍を曲げられた。試しにたとえ話を振ってみれば、大前提を無視してあっけらかんと訊き返された。
「そうだけど。そうじゃなくてだな」
 もしも、の話だ。
 分かり易い例を出したつもりなのに、それすら影山には通用しなかった。
 彼が北川第一中学で仲間から避けられていたのは、プレイスタイル云々ではなく、この曲がりくねった天然な性格が原因ではなかろうか。
 他人の話を聞かず、理解しようとせず、我を押し通そうとしたから嫌われたのだ。
 そう考えると、今は青葉城西高校に在籍している彼の嘗てのチームメイトに同情せざるを得ない。
 さぞや大変だっただろうと肩を落として、日向は力なく首を振った。
 言いたいことは沢山あったが、全部面倒臭くなってしまった。
 どうせ言い聞かせたところで理解して貰えないだろうし、だとすれば無駄な労力だ。こんなところで余計な体力を使いたくない。動けなくなるくらいへとへとになるのは、体育館でだけにしたかった。
 脱力して項垂れた日向に小首を傾げ、影山はすっかり乾いた手をズボンに擦り付けた。
「別にいいだろ。こんくらい」
「お前にとってのこんくらいって、どんくらいだよ」
 今度、意趣返しで同じことをしてやろうか。
 だが影山を誘ってトイレに行くのも、それはそれで嫌だった。
 わざわざ他クラスに顔を出して、トイレに誘うのも馬鹿げている。友人のいない、寂しい奴と誤解されたくもなかった。
「ジュースじゃなかっただけ、マシだろ」
「ジュースでやったら、殴ってるって」
 水は無色透明で、乾けばシャツは元の白さに戻る。寄った皺は流石に消えてくれないが、洗濯をしてアイロンを当てれば、それもなんとかなる。
 オレンジジュースだったら、こうはいかない。
 中断していた会話を再開させた影山に肩を竦め、日向はハンカチをポケットに押し込み、引き抜いた手で彼を殴る真似をした。
 手の甲で空を叩いて、空気を押し出す。影山は一瞥しただけで、本気で殴られるとは最初から思っていなかったようだ。
 脅しにすらならなかった。
 どこまで傲慢なのかと頬を引き攣らせ、日向は彼が取っ手を引いたドアを潜った。
 入った時と逆だ。
 ドアを潜ってから気が付いて、彼は吃驚して目を丸くした。
「影山が、開けてくれた」
「文句あんのか?」
「いや。お前も、ちょっとは気の利く男だったんだな、と」
「喧嘩売ってんのか」
 振り向けば、影山が後ろ手に扉を閉めていた。
 偉い王様なら、絶対にこんなことはしない。素直に感心していたのだが、言い方が悪かったようで、睨みを利かせて凄まれた。
 もっとも、まるで怖くない。
 初めて出会った時から一年近くが過ぎており、彼の険しい目つきにもすっかり慣れてしまっていた。
 最初は気に入らなくて、どうしようもなくムカついて、嫌いだった。
 それが、どうしたことだろう。今となっては彼のいない生活は想像出来ず、彼と出会わなかった未来も思いつかなかった。
 たった数か月だ。同じ学校に入学して、同じ部活に所属するようになってから。
 だというのに既に数年来の付き合いがあるかのように、彼との日々は身体に馴染んでいた。
「金払ってくれんなら、いくらでも売るけど?」
「誰が買うか、ボゲ」
 軽口を叩けば、すかさず突っ込み返された。素っ気なく吐き捨てる様は自然で、だからこそ滑稽だった。
 若干焦り気味の言い方が面白くて、ツボに入った日向は歯を見せて笑った。右手で腹を抱え、廊下の真ん中でけたたましく声を響かせた。
 突然のことに周囲がざわめき、数人の生徒が振り返った。何事かと視線を向けられて、それに驚いた影山が慌てて日向の後頭部を叩いた。
「いでっ」
「チャイム鳴んぞ」
「おおっと。おれ、次、音楽だった」
 前のめりに倒れそうになって、大きくふらついて耐える。苦情を言う前に影山から忠告されて、思い出した日向は声を高くした。
 次が移動教室だから、その前にトイレを済ませておきたかったのだった。急がないと始業時間に間に合わなくて、彼は両手を叩きあわせ、その場で畏まった。
「んじゃ、放課後な」
「ああ」
 特に意味もなく敬礼して、額から手を離す瞬間に告げる。
 影山はいつも通り愛想なく返事して、おもむろに利き手を掲げた。
「ん?」
「居眠りしてんじゃねーぞ」
「お、おう」
 何をするかと警戒し、日向の大きな瞳が宙を泳ぐ。
 その瞬間、緩く握った拳をコツンと当てられて、彼は押し返された右腕を握りしめた。
 ハイタッチ、とは少し違った。
 だがそれ自体を知らなかった彼からすれば、凄まじい進歩だった。
 お前が言うな、と言いたくなる台詞を投げられたが、突っ込むのを忘れていた。惚けたままその場で硬直して、日向は猫背気味に歩き出した男を目で追いかけた。
 自分も急がなければならないのに、それも忘れて立ち尽くす。
「なんか、……変なの」
 影山がか、それとも自身がか。
 それすらも分からないまま呟いて、彼は直後、響き渡ったチャイムに飛び上がった。

2015/4/9 脱稿