辛螺色

 合宿の朝は、早い。
 まず部員の中では誰よりも早く起き出し、眠っている間に蹴り飛ばした布団を速やかに回収して、綺麗に畳む。そして手早く着替えを済ませて部屋を出て、トイレに出向いて顔を洗う。寝癖の手直しは後回しにして、次に向かうのは食堂だ。
 部員の為に朝早くから食事の準備をしてくれている女性らに頭を下げて礼を述べ、断ってからコップの水を一杯。全て飲み干してまた礼を言い、その足で寝床に使っている柔道場へと戻る。
 その頃には何人かが起き出していて、布団の片付けに入っている部員へまずは挨拶を。続いてまだ眠っている数名を端から順に起こして行って、さっさと支度を済ませるように促していく。
「おはようございます、岩泉さん」
「おう。寝癖ひでーぞ、金田一」
「ゲッ。マジですか。やべー……」
 安眠を妨害された一年生も、状況が状況なだけに文句は言わない。むしろ指摘を受けて頭を押さえ込み、慌てた足取りで部屋を出て行った。
 らっきょの花が咲いたような髪型になっていた金田一を見送って、岩泉は両手を腰に当てた。
「さて」
 足は肩幅に広げ、背筋は真っ直ぐ、凛と伸ばす。誰が見ても威風堂々として主将然としている後ろ姿に、欠伸を噛み殺していた国見もはっと息を呑んだ。
 それ以外の部員達も、空気の変化を敏感に受け止めていた。
「朝飯、なにかな」
「俺、納豆だったら泣く」
「頑張って食えよ。栄養あんだから」
「え~~~」
 口々に好きなことを言い合って、大きな背中が続々と柔道場を出て行った。話し声が徐々に遠くなるのを背中で聞いて、岩泉は深々と溜息を吐いた。
 本来ならば慣れない部員を指導するのも、タイムスケジュールを管理するのも、部長の仕事だった。
 しかしそこに居る岩泉は、副部長だ。その立場はあくまでも主将の補佐役であり、一歩引いたところに控えているべきものだった。
 だというのに、何故か一手に仕事を引き受けている。やらなくても良い事に駆り出されて、気苦労が絶えない。
 それもこれも全て、ひとりの男が原因だった。
 青葉城西高校男子排球部、キャプテン。名前は、及川徹。
 合宿に参加した部員全員がとっくに身支度を終えているという中で、未だ白い布団に包まれて暢気に高鼾をかいているその人物こそ、岩泉の頭痛の種に他ならなかった。
「おら、起きろ」
 柔道場に敷き詰められていた布団は端へ集められ、緑色の畳が顔を出していた。しかし及川が眠る一画だけが依然白いままで、異質だった。
 手の掛かる幼馴染みは自宅から持ち込んだナイトキャップを被り、薄い枕を抱きしめていた。表情は締まりなく緩み、いったいどんな夢を見ているのか、時々気持ち悪い笑顔を浮かべていた。
 出来るものなら見たくないのだが、彼を起こさない事には何も始められない。下級生にも示しが付かないと肩を落として、岩泉は呼びかけにも反応しない男に舌打ちした。
 実は定められた起床の時間まで、もう少し残っていた。
 だけれど部は大所帯で、皆が一斉に行動を起こせば、狭い洗面所が真っ先にパンクする。だから早め行動を推奨し、時間に追われないよう指示を出しているのだが。
 よりによって部長であり、全部員の規範となるべき人物が一番遅く御起床とは。
「良いご身分だな、クソ及川」
「んぅ~……」
 他に言葉が思いつかない。心底呆れて悪態を吐き、岩泉は手ではなく、足を伸ばした。
 布団からはみ出ている肩を遠慮無く蹴り飛ばし、物理的に眠りを妨げてやる。だが反応は鈍い。加減をしたから、というのもあるだろうが、余程眠りが深いようで、眉間の皺が深くなった程度だった。
「チッ」
 もう少し力を強めるべきだろうか。だがヘマをして怪我でもされたら、それこそ一大事だ。
 ならば足ではなく、手で揺り動かすべきかもしれない。ただ熟睡中の及川の顔を間近で見ていたら、うっかり殴ってしまいそうだった。
「とっとと起きやがれっての」
 そうなったら、厄介だ。我慢出来る自信がないと愚痴をこぼし、先ほどと同程度の力加減で、今度は背中を小突いてやる。
 しかし結果は同じだった。
 及川は起きない。むしろ逆に眠りが深まったのか、むにゃむにゃ言って背中を丸めてしまった。
 完全に舐められている。馬鹿にされている気分に陥って、岩泉はむっと口を尖らせた。
「テメエな」
「ん~……岩ちゃぁん……」
「いいから起きろ!」
 沸々と怒りが湧き起こり、放たれた寝言で堪忍袋の緒が切れた。武道場全体に轟く大声で、彼は惰眠を貪る幼馴染みを思いきり蹴り転がした。
 足首に衝撃が走った。ずっしり重い石をゴールポストへ叩き込んだ錯覚に陥り、岩泉は一気に上がった心拍数にぜいはあと息を乱した。
 起きたばかりだというのに、汗が噴き出て止まらなかった。
 消化し損ねていた昨日の夕飯が胃袋の中でひっくり返り、食道を逆流した胃液に吐き気がした。それを堪えて口元を拭い、彼は一回転してこちらを向いている幼馴染みに口角を歪めた。
 及川は簀巻き状態で布団に包まれながら、何が起きたのか理解出来ていないらしく、ぽかんと間抜け顔を晒していた。
「よお、色男」
 その顔は、とても外に出せるような代物ではなかった。
 日頃から彼を追いかけ回している女子に見せたら、一帯どんな反応が得られるだろう。まず間違い無く、阿鼻叫喚が拝めるに違い無かった。
「写メっときゃ良かったな」
「あれ。んん、岩ちゃん……?」
 こんな時に限って、携帯電話を所持していない。惜しいことをしたと自分の荷物をちらりと見て、岩泉は未だ寝ぼけ眼の主将にがっくり肩を落とした。
 壁の時計を見れば、起床予定時間ぎりぎり三分前だ。今から準備をすれば、朝食時の点呼にもなんとか間に合うだろう。
 だというのに及川は布団にくるまったままぺたんと床に座り込むと、ぼんやりしながら首を左右に振った。
「なにやってんだ、テメーは」
「んー……ああ、岩ちゃん、だよねえ」
「他に誰がいるってんだ」
「ああ、うん。夢の中にも、岩ちゃん、いたから」
「……は?」
 あんなに派手に転がされておきながら、未だ眠気が抜けきらないらしい。緊迫感に欠ける緩んだ笑みと共に言われて、岩泉はきょとんと目を丸くした。
 何の話をしているのか、一瞬分からなかった。
「つか、勝手に人を夢に出してんじゃねーよ」
「そう言われてもなー」
「って、そうじゃねえだろ。早く準備しろってんだ」
 危うく、流されるところだった。
 本題を思い出し、腕を横薙ぎに払って怒鳴る。指で指し示した先にあるのは、だだっ広い畳の空間だった。
 他の部員は全員、起床を済ませた後だ。残るはただひとり、及川だけ。そして彼は、責任ある立場にあった。
 早く諸々の準備を済ませて食堂に行かなければ、飯が冷めてしまう。キャプテンが堂々と寝坊して遅刻するなど、あってはならない事だった。
 急かし、捲し立てる。けれど岩泉の力説を聞いても尚、及川は頭まで布団を被り、締まりなく笑うばかりだった。
「岩ちゃんは、夢の中でも、現実でも、厳しいなあ」
「蹴んぞ、クソ川」
「あはは。今の台詞、魔王様っぽい」
「あ?」
 暢気に言い放ち、威嚇で振り上げられた爪先を小突き返す。まるで臆しもしない及川に眉を顰め、岩泉は利き足を床へ下ろした。
 今、聞き捨てならない台詞を聞いた。空耳かと疑って目を眇めていたら、クスリと笑った及川が長く背負っていた布団を後ろへ滑り落とした。
 ナイトキャップは、最初に蹴り飛ばされた時点で外れていた。襟足の一部がくるりとカールしている頭を軽く撫で回して、彼は訝しんでいる幼馴染みに相好を崩した。
「夢の中でね、俺、大王様してたんだ」
「……何の話だよ」
「俺はね、偉い、えらーい、大王様で。そんで、国民はみんな俺を慕ってるんだけど、肝心の王子がすっごい生意気で。本気でもう、ものすんごーく、憎ったらしくてさ」
 人の話を聞かない奴というものは、存外身近にいるものだ。痛感して、岩泉は額を手で覆った。
 頼みもしていないのに、及川は勝手に夢の内容を語り出した。しかも喋っているうちに興奮してきたのか、そのうち身振り、手振りが混じり始めた。声も次第に大きくなり、滑らかな口上は芝居かなにかを見ているようだった。
 とても間に割り込める雰囲気ではない。ひと通り話せば満足するのかと諦めの境地に入り、岩泉は熱弁をふるう幼馴染みに溜息を積み重ねた。
「この王子ってのが、むかつくんだよね、ホントに。優秀なんだけど性格が出来てないっていうか、我が儘っていうか。偉そうだし。って、王子なんだから偉くて当たり前か。でも大王様の俺よりも偉そうにしてるのがほんっと、腹立つ」
「その王子が誰なのか、大体想像つくわ」
「でしょ?」
 きっと彼の夢に出て来た王子とやらは、黒髪で、背が高く、無愛想で笑顔が下手くそな男だった事だろう。別の高校に進学したかつての後輩を思い浮かべ、岩泉は今の同意がどこに掛かるのか、そんなことを真剣に考えた。
 夢の中でも、影山は及川に嫌われていた。大王と王子なら親子関係がありそうなのに、そういった部分は一切考えていないらしい。
 随分と都合の良い設定に苦笑して、岩泉は続きを促し、顎をしゃくった。
 大王に、王子に、国民たち。となれば、自分はどんな配役か。
 どうでも良い事とはいえ、少なからず気になった。当初の目的を忘れて楽しんでいる自分に気付きつつも見ない振りをして、足を崩し、立てた膝に肘をついた及川に目を細める。
 その彼は表情を一変させ、拗ねているのか、急に頬を膨らませた。
「及川?」
「そんでさ、その王子があんまりにも生意気で鬱陶しいから、どっか行っちゃえー、って、虐めてたんだよね。そしたら、魔王の岩ちゃんが現れて」
「魔王かよ……」
 余所を向きながら話を続けられて、一気に声が聞き取り辛くなった。そういえば最初の方でその役柄を聞いたのも思いだして、岩泉はこめかみに指を起き、軽く首を振った。
 及川のふて腐れようから想像するに、魔王が相対したのは大王の方だろう。王子は救われ、世界は平和を取り戻した。
 それは一見すると、奇妙な展開だった。
 しかし、所詮は夢だ。支離滅裂なのは当然で、話の筋が通っていない事の方が多い。
 けれどその夢を目の当たりにした及川が納得のいかない顔をしているように、岩泉も若干、釈然としないものがあった。
「魔王に蹴飛ばされて目が醒めたのかよ」
「……そう」
 及川が使っていた枕を回収し、真ん中の凹みを叩いて伸ばした岩泉が呟く。及川は間髪入れずに頷いて、マント代わりにしていた上掛け布団を膝へ移動させた。
 横に広げ、端を揃えて畳み始める。ようやく行動を起こす気になった彼に安堵して、岩泉は敷き布団へ手を伸ばした。
 ずれていたシーツを直し、畳むのを手伝ってやりながら、思うのは今し方語られた夢の内容だった。
「どうせなら、勇者にしとけよな」
「ん?」
「なんでもねえよ」
 もうタイムリミットは過ぎていた。良い加減現実に立ち返る必要があるというのに、上手く頭を切り換えられなかった。
 素っ気なく吐き捨て、恥ずかしい事を口にしたと後から赤くなる。それを盗み見て、及川が不遜に笑った。
「なに。岩ちゃんってば、勇者様のが良かったの?」
「う――っせえ。聞いてんじゃねえよ、このクソ川」
 配役は、あくまで勝手なイメージだ。そもそも夢なのだから、最初から誰をどの役に、と決めて作れる物語でもなかった。
 けれど敢えて不満を言うとしたら、悪道に落ちた大王を説教するのはやはり、魔王ではなく勇者であって欲しかった。
 それがファンタジーゲームの、基本中の基本ではないか。
 平和な世に突然現れた魔王と、魔王に攫われた王国の姫。助け出すのは勇敢なる若者で、魔王は無事討ち取られてめでたし、めでたし。
 てっきり聞こえていないものだと思っていた。しかしちゃんと、音は拾われていた。
 口が滑った。恥ずかしい。子供じみていると言われた気がして、岩泉は掴んだ枕を振り回した。
 ぶん、と風が唸った。及川は寸前で躱して、発想が可愛らしい幼馴染みに目尻を下げた。
「えー? いいじゃない、勇者ハジメ。なんかカッコイイ」
「黙れ」
「けど、それじゃあ、俺は大王様じゃなくて、お姫様だね」
「……随分と厳つい姫サンだな、おい」
 ピースサインを横倒しにして、目元に添えてポーズを決めながら言われた。一気に背筋が寒くなって、岩泉は腕を下ろしてかぶりを振った。
 左手で顔を覆いながら言われて、及川はむすっと口を尖らせた。しかしそんな顔をしても、可愛いくなれるわけがなかった。
 身長は百八十センチを越え、体重もそれなりに。肩幅は広く、上腕二頭筋は逞しい。
 一切の無駄を削ぎ落とした体躯は引き締まり、同じ男とはいえ、惚れ惚れする体型だった。だがそれはあくまでスポーツをやる上での話で、それ以外では別段、羨ましいとは思わなかった。
 世間的には二枚目と言われている顔立ちも、幼少期から一緒の岩泉にすれば、見慣れ過ぎていっそ見飽きた顔でしかない。女子が何故ああも黄色い歓声を上げ、彼を持て囃すのかも理解不能だった。
「勇者が助けに行かなくても、テメーで倒しちまいそうだ」
「そんなことないってー」
 及川を攫うなど、魔王は人選を誤ったとしか言いようがない。見る目がなかった。非常に、可哀相だ。
 当の本人は不服を申し立てたが、岩泉は聞き流した。四つに畳まれた上掛け布団を回収して敷き布団に重ね、上に枕を載せて持ち上げる。三点セットは軽くはないが、決して重くもなかった。
 ふらつきもせず立ち上がった彼を仰ぎ、及川は回収したナイトキャップを握り締めた。
「でもいいよね、ゲームは。攫われたお姫様を助けに、勇者が絶対現れるんだから」
 手元を見詰めながらぽつりと言われて、岩泉は歩き出そうと持ち上げた右足を下ろした。靴下で畳の目を擦り、滑らないよう踏ん張りを利かせて布団を掴む手に力を込める。
 魔王も、大王も、姫も、王子も。所詮、夢の世界の住人でしかない。ゲームの中で、設定されたプログラムに則って動くだけのコマに過ぎない。
 しかし。
「バカ言ってんじゃねーよ」
「……岩ちゃん?」
「大体、勇者が魔王倒して、それで終わりとか、ねーだろ。違うだろ」
 及川に背を向けたまま、岩泉は声を荒らげた。
 そうだ、違う。あり得ない。
 魔王ひとりを退治したところで、争い事が綺麗になくなるわけがない。今のこの世は平和だと言われているけれど、蓋を開けてみればあちこちで喧嘩が起こり、事件が発生し、警察が忙しく働いている。
 勇者などいない。守られるばかりの姫などクソ食らえだ。魔王とて、誰もが一匹ずつ心に飼っている闇ではないのか。
 朝だからか、頭がぐるぐる回って仕方がない。意味の無い事をあれこれ無駄に考えて、落ち込んで、腹を立てずにいられない。
「くそっ。全部腹が減ってる所為だ」
 及川がさっさと起きていれば、今頃食堂で、炊きたての白米に舌鼓を打っていただろうに。
 苛立ちの根本に立ち返り、八つ当たりに吐き捨てる。独白が聞こえたのか、顔を上げた及川が三秒後、突然狂ったように笑い始めた。
「ぶはっ」
 いったい何が琴線に触れたのか、さっぱり見当が付かない。吃驚した岩泉は慌てて振り返り、布団の山越しに見える光景に絶句した。
 及川は腹を抱えて悶絶し、畳に寝転がってじたばた暴れていた。
「なにやってんだ、お前」
 両足を交互に動かして床を蹴るものだから、埃が舞い上がって仕方がなかった。
 しかし今は両手が塞がっており、振り払うわけにもいかない。どうしたものかと嘆息ついて、岩泉は渋面を作って右足を振り上げた。
 直後。
「いたぁー!」
「いいから、テメーはさっさと着替えて、その汚ねぇ面洗ってこい」
 甲高い悲鳴が柔道場を駆け抜けた。
 一瞬で静かになった及川に、岩泉が冷たく言い放つ。踏まれた右足首を抱きしめて、涙目の大男は悔しそうに唇を噛んだ。
 その顔も、格別可愛くはない。だが嗜虐心はそそられて、急かす意味も込めて岩泉は再度、利き足を高く掲げた。
 流石に二発目は嫌だったらしい。及川はさっと避けると素早く身を起こし、正座して仰々しく頷いた。
 表情は、貶されたというのにどこか嬉しそうだった。
「及川?」
「やっぱ岩ちゃんは、勇者だなあ」
「頭でも打ったか?」
 それが妙に気になって、首を捻る。返答もちんぷんかんぷんで、ついついそんな憎まれ口を叩いてしまった。
 けれどバカにされても尚、及川はにこにこと屈託なく笑い続けた。
 そしてゆっくりと立ち上がり、惚けて佇む幼馴染みへ近付いた。
 及川のそれよりも少し横幅が広い背中に額を預ければ、その力強さと温かさが、なによりも頼もしかった。
 ゲームでは、勇者の血筋などというものもあるけれど、冒険に出るのは大抵なんの変哲もない村の子供だったり、自警団の若者だったり、士官学校の落ち零れだ。エリートは仲間として出て来る事もあるけれど、何から何まで優秀な人間は、あまり主役として輝かないらしい。
 大体の場合、主人公とは人間味に溢れ、他人に寄り添い、感情に起因する行動を優先させ、時に失敗し、ミスもするものの、最後は勇気と根性で困難を乗り越えていく。
 人生は冒険だらけだ。そして主人公の条件だけを照らし合わせれば、それに合致する人間はごまんといる。
「打ったのは足だけど」
「なら問題ないな」
「あるよ。痛いんだけど」
「自業自得だ。反省しろ」
「……魔王め」
「なんか言ったか?」
「いいえ、勇者様」
「言ってろ。クソ姫」
 勇者とは、人の心に向き合える人。間違った道に進もうとしていると知れば、力尽くでも引き留めてくれる人。
 例えるなら、後輩への暴力沙汰を起こしかけたのを、鼻血が出るくらいの頭突きで止めてくれたり。
 バレーボールは団体戦なのだから、チームで強い方が勝つ、と当たり前の事を思い出させてくれたり。
 エゴから来たミスをすかさず帳消しにした上に、しっかり見抜いて釘を刺してくれたり。
 そういう人を、きっと、勇者だと呼ぶのだろう。
 つれなく吐き捨て、岩泉はすたすたと歩き出した。迷いの無い足取りで布団を片付け、瞬時に踵を返して出口を目指す。
「早くしろよ」
「はいはい」
「もう待たねえからな」
「はいはいはーい」
「返事は一回でいい」
「はーい」
「死ね」
「ヤだ」
 そうして敷居の手前で催促して、笑顔で舌を出した幼馴染みに溜息を吐いた。

2014/05/15 脱稿