ドスン、バタンの騒ぎは、学校中に響き渡っていた。
「こら、ランボ。やめろって」
「へっへーんだ。こっこまでおいで~、だもんね!」
折角平和になったというのに、綱吉の周囲は依然なにかと騒々しい。いつになったら落ち着けるのかと心の中で切に嘆き、彼は廊下を走る幼子を追いかけた。
奈々の目を掻い潜って沢田家を飛び出して来た六歳児は、中学校にやってくると、何を思ったかいきなり暴れ始めた。どうやらここにリボーンがいると信じ、今日こそ奴を倒す、と息巻いているらしかった。
彼ほどに、成長が見られないキャラも珍しい。初めて並盛町に現れた時から一貫して、ランボの目的はただひとつだった。
何度負けても、泣かされても、絶対に勝てると信じて諦めない。その根性は見上げたものがあるが、いかんせん、事を起こす場所が問題だった。
幸い既に放課後に入り、部活動中の生徒を除けば大半が帰宅済みだ。しかしまだ大勢の学生が校内におり、駆け回る子供と綱吉の姿に、何事かと首を傾げていた。
しかもこの牛小僧の頭髪には、碌でもない火器がごまんと隠されていた。
ダイナマイトを持ち歩く獄寺も相当アレだが、まだ話が通じる分、彼の方が幾ばくかマシだ。ランボはその幼さもあって、重火器に対する恐怖心もなければ、周囲への被害に対する懸念も持ちあわせていなかった。
いったい誰が、あんな思慮分別のない子供に武器を持たせたのだろう。
いつまで経っても引取りに来ないランボの育ての親に思いを馳せつつ、綱吉は必死の形相で床を蹴り飛ばした。
「ランボ、待てって!」
今や、彼は目的を見失っていた。最初こそリボーンを探してこてんぱにすると言っていたくせに、綱吉との鬼ごっこが楽しくて、すっかりそちらに夢中になっていた。
こういう日に限って、補習を言い渡されてしまったのが辛い。小テストの点数が一桁だった為に、放課後に居残ってやり直すよう言われたのが災難の始まりだった。
炎真も似たような点数だったので、ふたりで一緒に頑張っていた。だというのに耳慣れた笑い声に触発されて、綱吉だけが教室を飛び出した。
放っておけば、どんな面倒なことになるか、分かったものではなかった。
以前にも何度か、この問題児は中学校に忍び込んだことがあった。家に居ないリボーンを探してやって来て、目標を発見するや否や手榴弾を爆発させたのは記憶に新しい。
火力は通常のものより低めだったので事なきを得たが、爆風で窓ガラスが数枚割れた。別の時では、掃除用具入れの扉が吹き飛んでいる。そしていずれの時も、風紀委員に見つかって弁償させられた。
実行犯はランボだけれど、監督責任だと言って綱吉に罰が与えられた。リボーンは知らぬ顔を決め込んで、助けてもくれなかった。
思い出すだけで腹が立って、同じくらい哀しくなった。
「べー、っだ。ランボさん、ツナなんかにつかまらないよー、だ」
歯を食いしばり、階段を駆け上がる。息を切らして肩を上下させていたら、十メートルほど先にいたランボがくるりと振り返り、あっかんべーと舌を出した。
馬鹿にした台詞を吐き、尻を叩く仕草まで見せ付けられた。露骨な挑発を受けて、綱吉は大人気なく拳を固くした。
「ランボ!」
早く教室に戻らないと、再テスト提出の時間はどんどん迫っている。問題は半分程度しか解けておらず、このままでは再々テストを言い渡されかねない。
炎真も、流石にそこまでは付き合ってくれまい。苛立ちを大声で発奮させて、彼は振り上げた拳で空を殴った。
怒りの波動が届いたのか、六歳児がぴょん、と跳ねた。そして瞬時に踵を返し、本校舎から伸びる渡り廊下を駆け出した。
既に何回、階段を登ったり、降りたりさせられただろう。膝は限界に近く、追いかけようとしたら足が滑った。
「ぐっ」
もう少しで顔面から床に飛び込むところだった。
咄嗟に右手を壁に押し当て、踏ん張って持ちこたえる。肝が冷えて、腋から嫌な汗が出た。
じっとりと湿った感触に臍を噛み、綱吉は顔を上げた。その頃には小さな背中はより小さくなっており、簡単に見失ってしまえそうだった。
今は鬼ごっこだけれど、これがかくれんぼになったらもっと悲惨だ。
置いてきたと奈々にバレたら、超巨大な雷が落ちる。見つけ出すまで家に入れてもらえないのは確実で、想像したら寒気がした。
夏場ならばまだしも、この季節で屋外に放置されるのは辛い。身震いして奥歯を鳴らし、綱吉は大きく鼻を啜り上げた。
最悪の結末を回避するためにも、一刻も早くランボを確保しなければならない。覚悟を新たに、彼は通路を駆け出した。
これだけの騒ぎになっていながら出てこないところからして、リボーンは学校に来ていないようだ。アルコバレーノの呪いから開放されて以降、外出が増えている彼はいったいどこで、何をしているのだろう。
もっとも、どうせ碌でもないことに決まっている。知って後悔するくらいなら、知らぬまま穏やかに過ごしたかった。
前も後ろも地獄だが、ひとまず今は目先のことを考える。廊下を曲がったランボを追い、綱吉も同じ場所で左に舵を取った。
走りながら、彼は学校の見取り図を頭に広げた。現在地を拡大表示して、周囲の配置を思い出す。
「しめた」
直後に頭上のランプが点滅して、綱吉は目を輝かせた。
この先は、行き止まりだ。非常時に避難するための外階段ならあるが、そこに出る為には重い扉を開けなければならない。
教室などのドアと比べると、頑丈さは段違いだ。それに、一メートルに満たないランボの身長では、ジャンプしなければドアノブに手が届かない。
ノブを掴んで、回して、押す。この三つの仕草が一度に出来ないあの子が、外へ出られるわけがなかった。
それを証拠に、綱吉の目に白と黒の牛柄が飛び込んできた。行き場をなくした子供は右往左往して、迫り来る足音にビクついて盛大に竦みあがった。
「ぴゃっ」
「いい加減にしろよ、ランボ」
これで長い、長い追いかけっこは終了だ。後はビアンキにでも連絡を入れて、迎えに来てもらえばミッションコンプリートとなる。
散々走りまわされて、綱吉は息も絶え絶えに捲し立てた。語気を荒らげ、両手を広げて少しずつ距離を詰めていく。
逃げ場を失い、幼子は震え上がった。今にも泣きそうな顔をして唇を噛み締め、怖い顔で睨んでくる兄代わりに嫌々と首を振った。
けれど綱吉は許さない。過去に幾度となく辛酸を舐めてきている彼だから、最後まで気を抜かなかった――のだけれど。
「ツナなんかキライだあ!」
ついに我慢が利かなくなった幼児が泣き叫び、両手を頭に突っ込んだ。嫌な予感を覚えて反射的に後退した綱吉の前で、ランボは引き抜いた何かの栓を抜き、ぽーん、と宙に放り投げた。
しまった、と思った時にはもう遅い。それは強い閃光を放ち、爆風を引き連れて綱吉に襲い掛かった。
「ぐあっ」
子供向けだからと効力は弱めながら、手榴弾であるのに変わりはない。至近距離で吹っ飛ばされた綱吉は右肩から廊下に倒れこみ、身体を打った衝撃に息を詰まらせた。
泣きじゃくる声が一度近付き、すぐに遠くなった。呻き声を上げて咳き込み、彼は起き上がろうとして肘で床を削った。
「あ、の……ヤロ」
手加減してやっていたら、これだ。始末に終えないと唾を吐いて、綱吉は転んだ際に摺った頬を擦った。
濛々と立ち込めていた煙はすぐに晴れ、火薬臭さだけがその場に残った。数回噎せて唾を飲み、綱吉は無傷のドアや壁にホッと息を吐いた。
こんなことで、借金を増やしたくなかった。
風紀委員の取立ては、超絶、厳しい。出世払いでやり過ごせるのも、恐らくあと数回だろう。
「まだ出て来るなよ」
あちらも、そろそろ騒ぎに気付いている頃だ。今の爆発音は、彼を出動させるに十分すぎる引き金になったはずだ。
鉢合わせは避けたい。並盛中学校を統率する最大派閥であり、権力をほしいままにしている男とだけは、出来る限り会いたくなかった。
もっとも、呼ばずとも出てきてしまうのがあの男だ。並盛中学校が大好きで、思考の頂点には常に学校がある風紀委員長は、学内で起こった騒動を見過ごしてくれるほど優しくなかった。
たとえ相手が旧知の間柄だとしても、容赦はしない。振りおろされるトンファーの破壊力は、桁外れの凄まじさだ。
真っ二つにされる自分を想像して、綱吉は全身に鳥肌を立てた。嫌な予感しかしなくて、歯の根が合わない奥歯がカチカチ音を立てた。
「早くしないと」
補習もあるし、炎真を待たせているし、ランボは逃げるし、雲雀も現れそうだ。
こういう悪い出来事は、連鎖反応的に起こる。鼻を刺す痛い臭いを手で追い払い、綱吉は消えたランボを探してきた道を戻った。
注意深く左右を見回しながら、あの子が行きそうな場所を想像して視線を泳がせる。だが首は二往復したところで停止し、瞳は大きく見開かれた。
「はなせ。はーなーせー!」
探し人は存外あっさり見つかった。
但し、探してもない人と一緒だった。
「やあ、小動物」
じたばた暴れる子牛の首根っこを捕まえて、学生服を羽織った男が涼しげに告げた。
一気に汗が引いて、綱吉は青くなった。心臓はきゅっと縮まり、命じてもないのに十本の指が一斉に反り返った。
攣りそうな痛みで辛うじて我を保ち、彼は廊下の真ん中に佇む青年に唇を震わせた。
「ひ、ひば、ひっ」
「はなせってばー、はなせー。あっ、ツナ、ツナー。たすけろー」
よりにもよって、彼にここで出会おうとは。想定していた中で最悪の展開に眩暈がして、綱吉は泣いて呼ぶ声も無視してかぶりを振った。
頭痛を堪え、重い溜息をつく。ここまで不幸が続くのも稀で、逆にお目出度い気分になってくるから不思議だった。
肩を落とし、彼は顔を上げた。ランボは猫の子のように吊るされて、短い手足をばたばたさせていた。
「なんだって、もう……」
いっそ見捨てて帰ってやろうか。そんな考えがちらりと頭に浮かんだ。危うく自分に頷きそうになって、綱吉は追加の溜息で胸元を湿らせた。
散々好き勝手していた幼子は、並盛中学校を統べる男の手の中にあった。
相手が誰なのか、知らないわけではなかろうが、ランボはまるで気にしていなかった。自分に無体する奴はすべて敵、と言わんばかりの態度で楯突いて、必死に逃れようと身じろいでいた。
十年後の彼と違って、こちらは随分と諦めが悪い。知らない、ということは実に恐ろしいことだと緩慢に頷いて、綱吉は上手い言い訳を探して瞳を泳がせた。
けれど、学年最下位の知能指数などたかが知れている。ものの見事に何も思い浮かばなくて、引き攣り笑いで誤魔化すしかなかった。
「あの、その。ヒバリさん」
「これ、君の?」
胸の前で人差し指を小突き合わせ、上目遣いに擦り寄る。話しかけられた青年は瞬時に反応し、右手にぶら下げたランボを、置物かなにかのように持ち上げた。
少なくとも、生き物を扱う仕草ではない。手を放せば六歳児は床に真っさかさまで、想像した綱吉は顔面蒼白になった。
もっとも雲雀も、流石に鬼ではない。揺さぶられたランボが怯えて大人しくなったのもあり、彼はそれ以上の悪さはしなかった。
ホッと安堵の息を吐き、綱吉は胸を撫で下ろした。
憎たらしいところが多いランボだが、あれで可愛いところもある。押しかけ居候ではあるが、今ではすっかり家族の一員だ。
彼が怪我をするところは、もう見たくなかった。事情を知らぬ奈々が憔悴していく姿は、二度と御免だった。
忘れかけていた決意を取り戻し、綱吉は眼力を強めた。急に迫力を増した後輩を前にして、並盛中学校風紀委員長は楽しそうに微笑んだ。
「うちのランボが、失礼しました。反省してるみたいですし、もう放してやってくれませんか」
口を開けば、意外なほどすらすらと言葉が出て来た。
一年前だったら、有り得なかったことだ。あの雲雀恭弥に、面と向かって意見するなど、ダメダメのダメツナとは思えない行動だった。
正面切って向かってきた綱吉に、男は目を眇めた。続けて右手にぶら下げた角のある子供を一瞥して、彼は何を考えているのか口角を歪めた。
「ダメ、って言ったら?」
低い声で、淡々と言葉を紡ぐ。しかし表情はどこか嬉しげで、綱吉を嘲笑っているようだった。
告げると同時に腕を引き、彼はランボをより高く掲げた。地面から遠ざかり、落ちる恐怖に六歳児が悲鳴を上げる。甲高い金切り声に、綱吉も四肢を戦慄かせた。
「ヒバリさん」
「廊下は走らない。基本だろう?」
現行犯で捕まえたこの子は、過去にも幾度も違反を起こしている累積犯だ。
仏の顔も三度まで、という言葉もある。小さいからと見逃してやれる回数は、もうとっくに越えていた。
涼しげに言われて、綱吉は総毛立った。
「ちょっ」
雲雀の目は笑っていない。彼は至って真剣で、本気だった。
寒気がした。血まみれで倒れるランボを想像してしまって、綱吉は唇を戦慄かせた。
あまりにも酷い。いくら彼が雲の守護者であり、幾度となく綱吉を助けてくれたとしても、こればかりは許せなかった。
怒りが沸き起こり、胸の中で渦巻いた。爪が刺さる痛みを堪えて拳を作っていたら、見越していた雲雀が一層楽しそうに笑った。
「それとも君が、代わりにお仕置きされてみる?」
「……ぐ」
本当の目的は、そちらだったのだろう。歌うように問いかけられて、途端に綱吉は凍りついた。
問題児揃いの守護者の中でも、雲雀が一番戦闘ジャンキーだった。
彼が綱吉に興味を持つのも、リボーンに接近するのも、ディーノに食って掛かるのだって。すべて、本気で闘いたいが為だった。
通常モードの綱吉は何もないところでも転べるダメっぷりだが、ひと度死ぬ気状態に入れば、他者を寄せ付けない圧倒的な強さを誇った。もっとも綱吉自身は喧嘩が嫌いだし、理由はどうであれ、人を殴るのに抵抗があった。
明確に敵対する相手ならまだしも、仲間なら尚更だ。だから雲雀と殴りあうのも、出来れば遠慮したい。しかしあちらはそれが不満らしく、なにかにつけて綱吉に噛み付いた。
またこの展開かと脂汗を浮かべ、綱吉は回答を渋って口を開閉させた。
「トイレ掃除、とかなら……」
「冗談」
苦心の末に搾り出した代替案は、呆気なく却下された。
左手を腰に回した雲雀が、素早くトンファーを取り出した。いったいどこに収納されているのかは謎だが、カシャッ、という固い音を響かせ、それは瞬時に細長い棒状のそれに形を作り変えた。
見慣れた武器を片方だけ構えられて、綱吉は思わず半歩下がった。両手を顔の前にやり、ぶんぶん首を振って拒否を表す。
勿論、それで許してくれる男ではない。
「さあ。どうする?」
回答を迫り、彼はランボを前方に突き出した。喉仏にトンファーを差し向ける真似はしないけれど、激しく揺らされた幼子は堪らず涙を流した。
短い足で空を蹴り、鼻水が垂れた汚い顔で綱吉を見詰める。助けを求めるいたいけな眼差しは、胸に迫るものがあった。
かといって身代わりに己を差し出せるほど、綱吉も肝が据わっていない。
「ヒバリさん、悪役っぽいですよ」
「僕は僕の味方だよ」
試しに自尊心に訴えてみるが、敢え無く一蹴されてしまった。
彼は彼の正義を信じ、揺るがない。たとえ手段が最悪だと罵られようとも、望む結果を得るためならば、雲雀は一切妥協しなかった。
その覚悟が、彼の強さの源だ。到底真似できないと感嘆の息を吐き、綱吉はベストの上から胸を掻き回した。
紺色の毛糸が指に絡みつき、身動きを封じてくる。雁字搦めにされて、彼は自分の決断力のなさを嘆いた。
苦悶に歪む表情を見て、ランボがひっく、としゃくりあげた。大粒の涙を目尻に浮かべ、呆然と開いていた口をきゅっと引き結ぶ。
六歳児の決意を知らず、大空の守護者こと沢田綱吉は降参だと白旗を振った。
「一発だけで、お願いします」
「反撃してくれていいんだけど?」
「しませんよ、そんなこと」
ランボが殴られるのを黙って見ているくらいなら、自分が痛みを引き受ける方がまだ幾ばくかマシ。
逡巡の末に決意して、綱吉は一歩、雲雀へと近付いた。
あちらとしては、本気の殴り合いに発展するのを期待している。けれど思い通りにはさせないと息巻いて、彼は更に一歩、残る距離を詰めた。
ランボは依然、空中に踊らされていた。手を伸ばせばぎりぎり届く位置まで来て、綱吉はもしもの時の為にと両手を広げた。
落ちる彼をいつでも受け止められるよう構え、息を呑む。緊張で強張る彼を見て、雲雀は釈然としない顔で瞳を揺らめかせた。
戦わないと先に宣言されて、面白くない。表情がそう語っていた。
一年前なら気付けなかった微細な変化を笑い、綱吉は深呼吸を二回繰り返した。心を鎮め、穏やかな気持ちでその時を待つ。これから殴られようとしているのに、意外なほど落ち着いていた。
これもまた、少し前までなかったことだ。
なにも変わっていないようで、着実に成長しているのが分かる。照れ臭さにはにかんでいたら、雲雀が変な顔をした。
「まあ、いいけどね」
長い葛藤の末にそう呟いて、彼は残念そうに肩を落とした。
望んでいた展開にはならなかった。しかしトンファーを引っ込める真似はしない。罰は罰として、ちゃんと与えるつもりなのだろう。
綱吉も意図を解して、腹の奥底に力を溜め込んだ。
緊張に顔が強張った。どきん、どきんと心臓が騒ぎ立てる。色々な場所から汗が滲み出て、湿った掌に指が滑った。
拳を作り直し、綱吉は覚悟を決めてぎゅっと目を瞑った。
直後だった。
もぞもぞ動いていたランボが、奥歯を噛み締めると両手を頭に突っ込んだ。ブロッコリーと見紛うアフロヘアーをまさぐって、何かを探して掴み取る。
現れたのは、物理法則をまるで無視した巨大な砲身だった。
いったいそのサイズの代物を、どうやって頭部に収納していたのか。四次元ポケットかと言いたくなる有様に唖然として、顔を上げた綱吉は惚けて立ち尽くした。
お陰で反応が一歩遅れた。我に返った時にはもう、ランボは身構えた後だった。
「なに――」
「ツナをいじめるなー!」
ぶら下げた幼子が不穏な動きを見せているのに、雲雀も目を瞬かせた。刹那、泣きじゃくるランボがトリガーを引いた。
「うっ」
爆音、そして爆風。
吹き飛ばされそうになった綱吉は咄嗟に目を逸らし、煽られるままに壁に激突した。両手は顔の前でクロスしており、指先にちりちりと熱を感じた。
「ケホッ、うぇっふ」
これまでにも何度となく経験した爆発に噎せ、変な声が出た。一緒に飛び出そうになった唾を堰き止めて口を拭っているうちに、濛々と立ち込めていた煙は徐々に薄れていった。
完全に消えるにはまだ時間がかかりそうだが、曇っていた視界は辛うじて確保出来た。
「くっそ。ランボの奴」
思わず悪態をつき、彼は煙の先にいるだろう牛柄シャツの優男に臍を噛んだ。
今し方炸裂したのは、十年バズーカだ。
この一撃を食らうと、何故か十年後の自分と入れ替わるのだ。被害者は主にランボ本人だが、時折イーピンが巻き込まれ、その度に大騒動に発展した。
綱吉たちが未来へ飛ばされたのも、アレが原因だった。もっともその時の使用者はランボでなく、入江正一少年だったのだけれど。
そんなどうでも良いこともつぶさに思い出して、綱吉は最後までトラブルしか起こさない相手に苛立ちを募らせた。
姿が見えたら、文句のひとつでも言わないと気が済まない。雲雀に殴られる覚悟も、彼の所為ですっかり消し飛んでしまっていた。
しかし。
「……ぴゃっ」
可愛らしい悲鳴がひとつ聞こえた段階で、その決意までもが彼方へと旅立った。
反射的に下を向いて、綱吉は目を見開いた。表情は驚愕一色に染まり、唖然として言葉のひとつも出てこなかった。
そこにいたのは、十年後の世界に行ったはずの幼子だった。
床に落ちて座り込んだ彼もまた、バズーカを手に呆然としていた。驚きすぎて涙は止まったらしく、ぽかんとした表情はなんともいえない間抜けさだった。
彼は確かに、トリガーを引いた。バズーカを発射した。砲弾は間違いなく何かにぶつかって、炸裂した筈だ。
故障中でなければ、奇天烈な効果は発動している。ではいったい、誰がその被害に遭ったのか。
「……まさか」
この場に居たのは綱吉と、ランボと、あとひとり。
残る一名の所在をまだ確認していなかったと思い出し、彼は冷たい汗を流した。
唾を飲む音がやけに大きく響いた。緊張に足が震えて、壁に寄りかかる身体が数センチ下がった。
このままずるずる沈んでいきそうなのを堪え、怯える眼を右へと流す。煙はほぼ晴れていた。ただ一点、砲火を浴びた中心部以外は。
「まさか」
唇を震わせ、綱吉は目を凝らした。
疑念が確信に変わるのに、そう時間はかからなかった。
「……うん? ここは」
聞き慣れたものよりも幾ばくか低い声を響かせ、男がかぶりを振った。
目にしみる煙を手で追い払って、数秒前とは一変した景色に驚嘆の息を吐く。現れた壁に数回瞬きを繰り返して、彼はゆるりと辺りを見回した。
「ひゃっ」
真っ先に目が合ったランボが、蹲ったまま飛び跳ねた。バズーカを大事に抱きかかえて、自分が引き起こした現象に顔を引き攣らせる。
と思えばいきなりスクっと立ち上がって、すたこらさっさと走り出した。
「ら、ランボさん、しーらないっ」
「ちょ、こらあ!」
幼児特有でもない無責任な捨て台詞を残し、綱吉を放って逃げていく。思わず手を伸ばした少年は、虚しく空を掻いて項垂れた。
行き場をなくした腕を戻し、恐る恐る、斜め上を仰ぐ。たった十年で十センチ以上背を伸ばした男は、低い位置に居る綱吉に気付いて意味深に微笑んだ。
黒いスーツに、黒のシャツ。ネクタイは濃い紫色で、磨きぬかれた靴は光を反射し、輝いていた。
「君の仕業?」
問われ、綱吉は大慌てで首を振った。
口調は淡々としていたが、裏側には笑みが隠れていた。
無愛想で感情の起伏に乏しい男とは違い、状況を楽しんでいるのが感じられた。物珍しげに周囲を観察して止まず、同時に、綱吉まで逃げ出さないよう視線で釘付けにするのを忘れない。
たった十年、されど十年。その間に彼の身にどんな変化があったのか、綱吉には全く想像がつかなかった。
「ヒバリ、さん……?」
「うん。小さい君とは、久しぶりだね」
掠れる小声で名を呼べば、つい先ほどまで中学校の風紀委員だった青年は、風紀財団のトップとなって楽しげに微笑んだ。
見るものをゾクリとさせる笑顔に、綱吉も背筋を粟立てた。心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受け、意図しないまま鼓動が跳ね上がった。
中学生の雲雀とは明らかに異なる笑みに、勝手に顔が赤くなる。十年経てば雲雀もこんな風になるのだと教えられて、その凛々しさに動悸が止まらなかった。
元々、彼は格好よかった。誰にも流されず、強情なまでにわが道を行く姿は、周囲に影響されがちな綱吉にとって、憧れだった。
ただ彼は性格が少々歪んでおり、コミュニケーションを嫌った。群れるのを嫌がり、単独行動を好んだ。
そういったマイナス面が大きく削ぎ落とされ、洗練された男が目の前にいた。大人になって多少丸くなった雲雀は、まさに綱吉の理想が形を成したものに等しかった。
二十五歳の雲雀なら、無闇に喧嘩を売ってはこないだろう。その点にも安堵して、彼はまだ残っていた煙を手で払った。
「ここは、並中かな」
「……すみません。ランボが、迷惑かけちゃって」
「別に構わないよ。でも、ああ。こっちの僕、大丈夫かな」
「え?」
中学生の雲雀よりも、話が通じるのも嬉しい。ホッとして頭を下げた綱吉は、不安になる独白を聞いて目を丸くした。
見た感じ、雲雀は仕事中だったようだ。上等なスーツを上品に着こなしており、誰彼構わず噛み殺していた頃とは完全な別人だった。
その彼が、十年後に飛ばされた幼い自身を心配している。いったい直前まで、雲雀はどんな現場に居たというのか。
顔色が悪くなった少年を見下ろして、男は目を眇め、口元を左手で覆い隠した。
「まあ、死にはしないよ。腐っても僕だしね」
「あ、あは。あははは……」
もしや硝煙立ち込める戦場の中にあり、今まさにトンファーを手に闘い始めようとしていたのか。格好からは想像がつかない状況を連想して、綱吉は自信満々な男に苦笑した。
自意識過剰なところは、今と少しも変わっていなかった。
もし五分経って満身創痍の雲雀が戻ってきたら、せめて保健室に連れて行くくらいはしてやろう。シャマルは嫌がるかもしれないが、見捨てて帰るのも気が引けた。
「あと、四分くらいか」
十年バズーカの効果は、五分だけだ。それが過ぎると、入れ替わった時間が元に戻る。この大人びた雲雀と会話できるのも、あと少しだった。
袖を捲くった彼が、腕時計を見ながら呟いた。それで綱吉もハッとして、どこかへ姿をくらましたランボに肩を落とした。
「ヒバリさんは、その。大丈夫なんですか?」
「それは、どっちの?」
「そりゃ、……」
早く時間が過ぎろと思いつつも、もっと長く続けば良いのにとも思う。その矛盾を指摘されて、綱吉は答えに迷って口篭った。
大人の雲雀が変なことを言うから、中学生の雲雀が心配だった。
ただあと四分過ぎれば、今度は大人の雲雀が戦場へと連れ戻される。それが本来の、正しい形だったとしても、戦地に出向く相手を心安らかに見送れるわけがなかった。
だから、どちらか片方だけが心配、というのではない。ようやくそこまで答えが出たところで、綱吉は頭上に落ちた影にビクッとなった。
顔を上げた先に、雲雀がいた。壁に衝いた腕を支えに、身を乗り出していた。
もれなく距離が狭まって、圧迫感に息を呑む。否応無しに緊張が高まり、綱吉は背中に隠した手を握り締めた。
「ヒバリさん?」
「ところで、小さい僕はこんな場所で君と一緒だったわけだけど。小さい僕は、君とここで、なにをしてたのかな」
「へ?」
時間は放課後、場所は特別教室棟。
周囲には誰も居ない。ランボも雲隠れして、人の気配は皆無だった。
耳を澄ませば野球部らしき掛け声が聞こえるが、それもあまり気にならない。邪魔する無粋な輩は不在で、まさにふたりきり、という環境だった。
その上で、退路を塞がれて迫られている。なにやら嫌な予感を覚え、綱吉はバクバク言う心臓に竦みあがった。
「な、なにって。えっと」
ランボが学校に乱入したので、捕まえようと追いかけていた。そこへ雲雀が現れて、幼児を先に捕獲された。
六歳児を無事開放する代わりに、殴られる覚悟を決めた。
別に疚しいところはなにもない。後ろ暗い部分だって、ひとつも存在しない。
それなのに悪いことをしていたようで、人に知られては困る内緒話をしていた気分にさせられて、綱吉はしどろもどろに口籠もった。
赤い顔を上向かせたり、俯かせたり。琥珀色の瞳は左右に泳ぎ、一向に落ち着かなかった。
動揺している彼を眺め、雲雀はひっそりほくそえんだ。
過去の教訓を生かし、少し突っついて急かしておこうと画策する。自覚するのは早いほうが良かろうと、後で怒られそうな計画を思いついて、相好を崩す。
「もしかして、僕に噛み殺されるところだった?」
「どきっ」
訊ねられて、図星だった綱吉は殊更真っ赤になって呻いた。
トンファーで殴られる寸前だったのは確かだ。十年バズーカが炸裂して回避されたが、あと数分したら、結局痛い想いをしなければならない。
それを思い出して脱力した彼を笑い、雲雀はクスリと声を零した。
「じゃあ、さ」
「ヒバリさん?」
腕の位置を低くして、肘も壁に擦り付ける。一段と姿勢を低くした男に、綱吉は目をぱちくりさせた。
間近で見る男の顔は、冴え冴えとして整っていた。
黒髪は短くなり、中学時代は隠れていた額が露わになっている。骨格はより逞しくなり、肩幅が広くなって、全体的にがっしりした体格に変わっていた。
長い脚が綱吉を壁際へと追い詰める。曲げた膝に膝頭をぶつけられて、避けようとした瞬間、間に割り込まれた。
「え……?」
隙間に潜り込んだ左足が、まるで撫でるように押し付けられた。太腿の内側を擽って、明確な意志を持って上を目指して進んでいく。
腰が引けて、綱吉は壁に寄りかかった。それ以上いけないところまで下がって、不穏な気配を撒き散らす男を慌てて覗き込む。
その双眸は黒く澄んでいた。頬は僅かに紅潮し、歪められた口元は感情をむき出しにしていた。
愉しげな表情だが、綱吉にとっては薄ら寒い恐怖を抱かせるものだった。
「ひ、ひばっ」
慌てふためき、急いで彼を突き飛ばそうと手を動かす。しかし雲雀相手に出し抜くなど不可能で、行動はあっさり読まれて封じられた。
細い手首を掴んだ彼は、そのままぐっと引っ張って綱吉を壁から引き剥がした。
「折角だし、代わりに僕が噛み殺してあげるよ」
「ええええ、遠慮、しま、っす!」
「そんな哀しいこと言わないでよ。傷つくな」
「だって、ちょっと。待って。なに、なに!」
耳元に顔を寄せ、男が秘めやかに囁く。吐息は熱を含んでおり、生温い感触まで与えられて綱吉は竦みあがった。
声を裏返し、懸命に逃れようと足掻く。けれどなにをやっても無駄でしかなく、逆に身の自由をどんどん奪い取られた。
雲雀が何のつもりでこんな真似をするのか、さっぱり分からなかった。
再度壁に追いやられ、前を完全に塞がれた。至近距離から覗いてくる双眸は、まるで獲物を前にした獣のようだった。
直視できなくて顔を背けても、内腿を擽る脚は消えない。追い払いたくて力を込めれば、逆に膝で抱き込む形になってしまった。
「あ、やっ」
「へえ。君ってこの頃から、こんなに大胆だったんだ?」
「ちが、……って。それ、どう――」
柔らかな肉で雲雀を挟み込んだ途端、それが上に滑った。緊張で萎縮している場所を掠められて、触れた雲雀が驚いたように笑った。
反射的に否定しようとして、変なところで言葉が途切れる。意味が分からなくて戸惑っていたら、瞳を泳がせた男が誰に向かってか、弁解を口にした。
「どうせあっちの君も、小さい僕をつまみ食いしてるだろうから。僕だって、ちょっとくらい齧っても良いよね」
「だから、なに言って……」
彼が何を言っているのか、ひとつも分からない。呆気に取られてぽかんとしていたら、隙を見た雲雀が右手を広げて脇腹を掴んだ。
「ひゃ、ふぁっ」
と思えば肋骨に沿う形でなぞられて、予告もなく背筋がざわめいた。
足の先から震えが来て、立っていられなくて雲雀に縋ってしまう。咄嗟に伸ばした手が彼の上腕に行き当たり、そのまま掻き毟れば男が笑った。
大人びた表情で見詰められて、動悸が激しさを増した。頬がかっと熱くなり、全体が鮮やかな朱に染まった。
雲雀がなにを目論んでいるかは見当がつかないけれど、このままでは不味い、というのだけは直感で知れた。かといって振りほどくには力が足りず、スーツを引っ掻くくらいが精一杯だった。
不意打ちを狙おうにも、相手は百戦錬磨の猛者だ。なにか策はないかと考えをめぐらせるが、元から綱吉は頭が悪い。妙案が浮かぶわけがなく、次第に追い詰められていった。
擽られた脇腹が、くすぐったい以外のなにかを発して内側から彼を攻め立てる。そんなところを弄られたことなどなくて、今し方発した声の高さにも驚き、綱吉は不安げに男を窺った。
上目遣いの眼差しに、雲雀は声を殺して笑った。
「覚えておきなよ。ああ、ついでにあの子にも教えてあげて。君は此処と、あと、ココ」
「ひゃあっ」
「好きだろう?」
言いながら、伸ばした舌で首筋をぺろりと舐める。触れられた瞬間、耳たぶを噛まれた時に似た感覚が一気に腰辺りから這い上がってきた。
訊かれても、答えられない。好きか否かというレベルではなく、今はとにかく、そこをこれ以上どうにかされたくなかった。
離れた後も、彼に舐められた感触が肌に残って消えない。本来不快であるべきなのに、そう断じることは何故か憚られた。
「ひばり、さ……なに。俺に、なに」
彼は噛み殺すと言っていなかったか。それが、どうしてこうなるのか。
これではまるで、性的な関係を迫られているようなものだ。
少ない知識をフル動員して導き出した答えに、身体の芯が熱を発した。爆発しそうな心臓にも眩暈がして、綱吉は呆然と雲雀を見詰めた。
心持ち潤んだ眼差しに、彼は愉しそうに舌なめずりした。
「つまみ食い、かな。でも相手は君なんだから、浮気にはならないよね」
「え……?」
惚けている間に、顎を抓まれた。くい、と下から掬う形で持ち上げられて、無理矢理視線を合わせられた。
彼が何を言っているのか、本気の本気で、分からなかった。
浮気、とはどういうことか。相手が綱吉なら浮気に当てはまらないということは、つまり、十年後の世界で自分たちは――
「えええ?」
天地がひっくり返ったような衝撃に、頭がくらっと来た。目玉をぐるぐる回した少年に、雲雀が堪えきれずに噴き出した。
「残念。時間切れ」
言って、彼は綱吉の頬に軽く触れた。ちゅ、と音ばかりが大きいくちづけをして、周囲に立ち込め始めた煙に肩を竦める。
キスの直前、反射的に目を瞑った綱吉も驚いた。唖然とし、煙に包まれていく男に発作的に手を伸ばした。
けれど指は何も掴まず、空を掻き毟って終わった。
「ヒバリさん!」
「またね、小さい君。小さい僕によろしく」
そう言い残し、人を振り回すだけ振り回して男が相好を崩した。どことなく嬉しそうに目を細め、煙の中へと消えていく。
ポンッ、と乾いた炸裂音の後には、まるで嵐にでも遭ったかのように、呆然とした雲雀が残されていた。
学生服は肩からずり落ち、艶やかな黒髪は変な方向を向いてはねていた。ズボンからシャツがはみ出して、ベルトは外され、挙句ファスナーまで降ろされていた。
見るからにズタボロの風紀委員長に、綱吉は絶句し、前に伸ばしていた腕を慌てて引っ込めた。
支えは失われ、笑う膝が限界を訴える。堪らずストンと腰を落とすと、しゃがみこんでいた雲雀と目線の高さが揃った。
彼は数回の瞬きの末、そこにいる綱吉をようやく認識して頬を引き攣らせた。
「……あの、ぅ」
「君、なんなの。破廉恥にも程があるよ!」
「俺じゃないですぅぅぅぅ!」
恐る恐る問いかければ、案の定大声で怒鳴り散らされた。反射的に涙声で応じて、綱吉は大人の雲雀が言い残した台詞を頭の中で繰り返した。
向かうところ敵無しの風紀委員長を捕まえて、こんな風に着乱れさせられる人間がこの世に居るのだとしたら。
その人物は、余程この男を熟知していると思われた。
今頃、未来に戻った雲雀はその人物を手玉にとり、或いは取られ、愉しい時間を過ごしているのだろうか。
とんでもない爆弾を落としていってくれた。ランボを見つけたら、逆さにして一晩くらい屋外に吊るしておきたいくらいだ。
「君、どういうつもりなの」
「俺だって分かんないですってば」
いきなりこんなことになり、あんなことを言われ、そんな風に迫られても困る。頭は全く追いついておらず、綱吉は半泣きで息巻く男に首を振った。
両手で顔を覆えば、その手を掴んで引き剥がされた。十年後と比べると幼さが際立つ表情は赤く熱を帯びており、噛み締められた唇が苦々しさを表現していた。
強い眼力で睨まれて、胸の鼓動は高鳴る一方だった。
「ヒバリさん」
「とりあえず」
名を呼べば、目を逸らされた。しかし視線はすぐに舞い戻り、正面から綱吉を射た。
突き刺さる眼差しに、身動きが取れない。呆然としていたら、言いかけて止めた雲雀が数回咳をした。
わざとらしく噎せてから、気持ちを切り替えて唇を引き結ぶ。
「大人しく、噛み殺されなよ」
囁きの直後、本当に噛み付かれた。
いったい誰に教わってきたのか。彼が触れたその場所は、誰かさんが舐めた場所に他ならなかった。
2013/09/23 脱稿