Caramel Ribbon

 高らかと宙を舞ったボールが、楕円の軌道を描いて地面へと沈んでいった。
「だあー!」
 トン、と地面に落ちて弾んだ後に草場の中に転がっていく。間もなく見えなくなった球体を目で追って、日向は悔しそうに地団太を踏んだ。
 ドスドスと大地を蹴り付けて憤っている彼に視線を戻し、影山が呆れた表情で肩を竦めた。本日二度目の特大ホームランにいい加減辟易している、と態度が物語っていた。
「へたくそ」
「ぐぬぅぅ」
 ボソッと吐き捨てた彼を上目遣いに睨みつけ、動きを止めた日向は思い切り口を尖らせた。
 本当なら文句のひとつやふたつ、言い返したいところなのだが、下手糞なのは本当だ。どうせ反論したところで言い負かされるのがオチで、彼はぐっと堪えて腹に力を込めた。
 臍の辺りに意識を集中させて、かっかと燃え上がる感情に冷水を浴びせかける。白い煙を立てて炎が鎮まるのを辛抱強く待って、日向はちりちりと焦げる胸を撫でた。
 俯いて下唇を噛むチームメイトを眺め、左足を退いた影山が爪先で固い地面を叩いた。
 両手は腰に当て、晴れ渡る空を仰ぐ。白い雲が悠々と頭上を泳ぎ、陽光を反射した窓ガラスが眩しく輝いた。
 人の往来で踏み固められた大地に追加で一歩を叩き込んで、影山は転がっていったボールを求めて瞳を左に流した。
「さっさと取りに行けよ」
「わーってるっての!」
 その一方で口を開き、突っ立ったままの日向を急かす。目標から大きく逸れた場所にボールを放ったのは彼だから、探しに行くのも当然彼の仕事だった。
 ぶっきらぼうに言われ、日向は乱暴に言葉を吐き散らした。細い肩を怒らせて、牙を剥いて影山に怒鳴り返す。
 けれど残念ながら、あまり迫力がない。少しも怖いと思えない表情に苦笑して、影山は早く行けと手をひらひら揺らした。
 犬猫を追い払う仕草をされて、日向が益々腹を立てる。しかし昼休みの残り時間はあと僅かであり、いつまでも口論を繰り広げている余裕は無かった。
 思い出して気持ちを切り替えて、彼は乱暴な足取りで地面を蹴った。
 大股でずんずん進み、自分から動こうとしないチームメイトの脇をすり抜ける。影山はそれを目線だけで追いかけて、雑草生い茂る空間に嘆息した。
 長い冬が終わり、春が来て、植物も一気に生気を取り戻した。花壇に植えられている花のみならず、どこから種が来たかも分からない野花もそこかしこに根を下ろし、けなげに陽射しを集めていた。
 白や紫の小さな花を咲かせるものは可憐だが、彼奴等の生命力は兎角半端なかった。
 それらはたった一日放っておくだけで、恐ろしいほどに成長を遂げた。引っこ抜いても根の一部が残っていたらまた伸びてくるので、手入れをする側からすれば厄介この上ない存在だった。
 だからなのか。第二体育館傍の草むらはいたちごっこを嫌って放置され、最近人の手が入った形跡がなかった。
 目を凝らせば、誰が捨てたか分からないゴミが大量に転がっている。立派に葉を茂らせた雑草が目隠しの役目を果たしており、これ幸いと放置していく生徒がいる証拠だ。
 そんな連中の仲間にだけは加わりたくないと嘆息し、影山は雑草を掻き分け進んでいく日向を静かに見守った。
 ふたりとも動くのに不便な学生服は脱ぎ、白のワイシャツ姿だった。
 日向などは袖を捲り、肘どころか上腕まで晒していた。ズボンも膝まで折り返して、拗ね毛のない足を惜し気もなく露わにしていた。
 無駄な肉を持たない細い脚は、野山を駆け巡る野生動物を思わせた。鹿やバンビといった健脚の持ち主をふと思い浮かべて、影山は一瞬置いて首を横に振った。
「まだか?」
 愛くるしくデフォルメされた映像が脳裏を過ぎった。それをうっかり『可愛い』などと思ってしまって、自分に慌てた彼は誤魔化すように声を荒らげた。
 第二体育館の裏手は雑草に覆われて、その先には古びたフェンスがあった。更にその向こうには背の高い木々が生い茂っており、近付くとむっとする土臭さが鼻についた。
 学校の敷地はこのフェンス手前までで、雑木林は私有地だ。当然立ち入り禁止なのだが、ボールが金網を越えてしまっていた場合はその限りではない。
 なかなか戻ってこない日向を気にして、影山は身体を揺らした。
 背伸びをして遠くを窺うが、視界が悪くてよく見えない。仕方なくゆっくり近付いていけば、バレーボール選手としては小柄な部類に入る同級生は軽く膝を曲げ、中腰になって草むらを覗き込んでいた。
 手は膝頭に添えており、明らかにボールを捜している風ではない。そこまで確認して、影山は眉間に皺を寄せた。
「おい」
「うひゃぉっ」
 昼休みに練習に付き合ってくれと頼んできたのは、日向の方だ。苦手なレシーブを克服すべく、少しでも空き時間を利用して腕を磨きたいと言っていた。
 それなのに彼の方から特訓を放棄している。つき合わされている側の身など一切考慮していない後ろ姿には、怒りしか沸いてこなかった。
 だからつい、声が大きくなった。凄みを利かせた呼びかけに、案の定油断していた日向は変な悲鳴を上げて竦みあがった。
 その辺も、微妙に動物っぽい。大袈裟にブルっと震え上がってからしなしなと小さくなった彼に嘆息し、影山はずり落ちてきた左袖をたくし上げた。
 これ以上下がっていかないよう布を何度も折り返している彼を振り返って、身を屈めた日向は一瞬の躊躇を挟み、立てた人差し指を唇に押し当てた。
「ン?」
 それは静かに、というポーズに他ならなかった。
 飛んでいったボールを探すのに、黙る必要はない。無論無機物たるボールに呼びかけたところで返事があるわけではないので、喋る必要もないのだが。
 訳が分からなくて混乱して、影山は小首を傾げた。怪訝に目を眇めて日向を観察し、再び前に向き直った彼に肩を落とす。
 傍にいくしかないと腹を括って、影山は仕方なく雑草生い茂る草むらに足を向けた。
 その耳に、微かに。
 愛らしい鳴き声が紛れこんだ。
「うん?」
 どこかで聞いた覚えのある声に、背筋がぴんと伸びた。思わず耳を澄ませた彼を笑って、日向も身体を起こして肩を撫でた。
 特に汚れてもない場所を無意味に払って、改めて腰を折って茂みの只中にしゃがみこむ。利き手を伸ばして低い位置を擽った彼に、影山は急く心を留めて息を飲んだ。
 にゃあ、という小さいけれど甲高い声が聞こえて、疑念は確信に変わった。
「おー、来た」
 そこに日向の感極まった声が混ざって、背筋がざわめく。思わず腹の辺りに手を押し当てた影山は、抱き上げられて顔を出した猫の姿に四肢を戦慄かせた。
 茶トラだった。あまり大きくない日向の両手から少しはみ出るサイズで、尻尾は短い。手足も短く、肉球は綺麗なピンク色だった。
「お、おい」
「ひゃー、ちっせえ。なんだ、お前。どしたー? 迷子か?」
 突然のことに動揺を隠せない影山を無視し、日向は慣れているのか子猫の頭を梳くように撫でた。ピンと立っている耳の後ろを人差し指で擽り、落とさないよう胸に引き寄せてから辺りを見回す。
 だが左手で背中から腰を、右手で頭を支えて猫を抱く彼の視界に他の獣の姿はなく、いるのは妙に鼻息が荒くなっている天才セッターだけだった。
 両手は変に高い位置にあり、見えないクッションでも握っているのか指が不自然に曲がっていた。分かり辛いが興奮しているのが感じられて、今にも飛び掛ってきそうな雰囲気に、日向は気味が悪いと背筋を寒くした。
 猫はといえば抱き上げられても嫌がらず、むしろ撫でる指が心地よいのか、自分から日向に擦り寄っていった。
 ごろごろと喉を鳴らし、安心しきって心地よさげに目を瞑る。かなり人に慣れており、野良ではなく飼い猫である可能性が高かった。ただ首輪をしていないので、どこかから逃げ出してきたのではなく、家と家を渡り歩く半野良であるパターンだとも考えられた。
 栄養状態はよく、肉付きも悪くない。目やにも出ておらず、子猫は健康そのものだった。
「どっから来たんだー、お前」
「ひ、ひなた。それ」
 高く抱き上げて問いかけるが、言葉を持たぬ猫が答えてくれるわけがない。聞くだけ無駄だったと苦笑していたら、後方からやや舌足らずな台詞が飛んできた。
 猫をしっかり抱き直し、日向は振り向きもせず、足元に転がっていたボールを拾うべく再度膝を折った。
「んー? ボール捜してたら、いた」
 右手と肩で猫を支え、左手と脚を使って球体を脇腹に抱え込む。途端に腕を伸ばした子猫に首をカリカリ掻かれ、爪を出さない攻撃に彼は苦笑した。
 痛くはない。ただくすぐったくて笑っていたら、どこからともなく黒々しいオーラが漂ってきた。
「っ!」
 寒気を覚えて総毛立った日向の視界に、草むらの一歩手前で佇む影山が飛び込んでくる。なんとも言い表し難い表情で睨みつけられて、彼はさっきからどこか可笑しいチームメイトに苦笑した。
 子猫などに気を取られていないで、さっさと練習を再開させろ、と、そういうことだろうか。とことんバレーボール馬鹿な彼に目尻を下げて、日向は子猫を肩に置いたまま慎重に足を運んだ。
「ン」
 そして茂みから出たところで、待ち構えていた影山に手を伸ばした――バレーボールを渡すために。
 ただこの小さな手では掴めないから、広げた掌に乗せて差し出す。しかし彼はぽかんとして動かず、切れ長の目を丸くしてカタカタ震え続けた。
「影山?」
 望むものを渡されたというのに、反応が鈍い。なかなか受け取ろうとしない彼に日向は首を傾げ、高い位置にある漆黒の瞳を覗き込んだ。
 その最中、ボールを乗せていた手がぐらりと揺れて、傾斜に誘われた球体が宙を舞った。
「あっ」
 折角拾ってきたものが、トン、トン、と弾みながら体育館の方へ走っていく。慌てて追いかけようとした日向だが、制服越しに爪を立てられてハッとした。
 前に出かかった身体を戻して子猫を肩から引き剥がす、その最中も、影山は指一本動かさなかった。
 彼のことだから、転がっていったボールを追いかけて走っていきそうなものだ。だというのに微動だにせず、漆黒の瞳は食い入るように日向を見詰めていた。
 否。視線の先にあるのは日向であって、日向ではなかった。
「影山? もしもーし、かげやまさーん?」
「……っ!」
 合いそうで合わない視線に眉目を顰め、両手にすっぽり収まるコンパクトな子猫を抱く。もしや、と過ぎった可能性に賭けて、彼は短い前足を抓んで左右に揺らした。
 ピンクの肉球が視界で踊る。瞬間、騒然となった影山に呼応したか、大人しかった子猫が急に身体を硬直させた。
「フシャー!」
 何に怯えたのか分からないが、突然威嚇の声を放って牙をむき出しにする。それまで成すがままだったのにいきなり豹変されて、日向も驚いて咄嗟に手を放してしまった。
 慌てるが、保護が間に合わない。空中に放り出され、猫の身体は宙を舞った。
 けれどさすがは獣、というべきか。茶色の毛玉は見事なバランス感覚を発揮して、空中でくるりと一回転してから四本足で着地した。
 尻尾はピンと伸びて、毛が逆立って倍の大きさに膨らんでいた。逃げはしないが変わらず空気砲を発射して、目の前の巨大な生物に果敢に挑もうとしていた。一方で明確な敵意を向けられた方は大いに戸惑い、中途半端なところにあった右手を握ったり、広げたりしていた。
 行き場のない利き手を右往左往させて、影山は助けを求める形で日向を見た。しかし日向だって猫の変貌ぶりに驚かされるばかりで、どうしてこうなったのか、さっぱり想像がつかなかった。
 何もない場所で停止したボールと、尻尾を逆立てて身を低くしている子猫とを交互に見比べて、最後に呆然としている男を見る。コート上の王様とも揶揄されてきた青年はずーんと暗い顔をして、目に見えて落ち込んでいた。
「お前、……なんか、した?」
「してねえよ!」
 ひょっとしてこの子猫と過去に面識があり、嫌われるような真似をしたのではないか。真っ先にそれを疑った日向だったが、影山は瞬時に反論し、握りこぶしを固くした。
 力いっぱい否定されて、唾まで飛ばされた。顔の前で手を振って避けて、日向はならば何故だと天を仰いだ。
 子猫は未だ警戒心を露わにし、影山から距離を取って後退した。
 不用意に手を出せば噛まれそうだ。小さいくとも獣なのだと認識を改め、日向は全身を使って唸っている生き物にそっと、手を伸ばした。
「おい」
「大丈夫、だいじょーぶ」
 身を低くして、子猫を後ろから抱き上げる。引っかかれたり、噛み付かれたりするのではと危惧した影山に笑いかけ、慎重に、大事に命を抱き上げる。
 その温もりが伝わったのか。最初は嫌がって暴れていた子猫も、次第に元の落ち着きを取り戻して大人しくなった。
 そんなに彼の手が心地よいのかと、影山は自分の手を何気なく見た。掌を広げ、親指で人差し指の腹を擦る。皮膚は固く、関節部分も日向のそれと比べると格段に太かった。
「好きなの?」
「え!」
「ネコ」
 そこへ不意に話しかけられて、影山は素っ頓狂な声を上げた。思わず万歳した彼に首を捻って、日向は甘えて擦り寄ってくる子猫をあやしながら重ねて問うた。
 迷いのない真っ直ぐな瞳から、質問に格別深い意図はないと知る。影山はホッとしたような、がっかりしたような良く分からない心境に至り、言葉を濁して視線も逸らした。
「……あ、ああ。そっちか」
「んー?」
 歯切れの悪い彼を怪訝がり、日向は眉を顰めた。
 いつもズバズバ物を言う彼らしくない。そっちがそのつもりなら、と詰め寄って問い質してやろうかとした矢先、腕の中の子猫がまたシャー、と威嚇を始めた。
 先ほどよりは大人しめながら吃驚させられて、日向は大急ぎで傾がせた身体を戻し、おっとっと、と片足立ちで後退した。
 体勢を整えてからホッと息を吐き、前に向き直る。影山は訳が分からず困惑しており、弱りきった表情を浮かべていた。
 それがあまりに可笑しくて噴き出して、日向はケラケラと声を響かせた。
「お前さ、もしかしなくても、動物に嫌われるタイプ?」
「うっせ」
 いつも強気で人の気持ちなど顧みない男が、子猫一匹相手に苦戦している。これといった出来事が何もないのに吼えられている影山を見ていると、根本的に動物から嫌われているとしか思えなかった。
 訊けば、案の定素っ気無いひと言が返って来た。
 肯定はせず、しかし否定もせず。思い当たる節があるのか顔は背けたままで、笑う日向を一度も見ようとしなかった。
 猫が好きかどうか問うた時の反応からして、嫌悪感は抱いていない様子だ。彼が小さな生き物をぞんざいに扱い、心無い態度を取るとも思いたくない。とすれば、単に相性が悪いだけだろう。
 たまに居るのだ、生き物に無条件で嫌われている人が。
 何故か怖がられ、嫌がられてちっとも触らせて貰えない、という人が。
 しかも世の中は理不尽なもので、そういう人に限って動物が好きだったりする。もしや影山もそのクチかと口角を歪め、日向は口惜しげにしている彼に目尻を下げた。
「へ~?」
「ンだよ。つーか、どうすんだよソイツ」
 いつも偉そうで、傲慢な王様の意外な弱点を知ってしまった。当分このネタで遊べそうだとほくそ笑んでいたら、嫌な予感を覚えた影山が声を荒らげて横薙ぎに腕を払った。
 局地的な突風が吹き、子猫が迷惑そうに顔を顰めた。フー、と鼻から息を吐いて唸るのを撫でて宥めて、日向は考え込んで口を尖らせた。
 学校で飼うわけにはいかないだろう。家に連れて帰るにしたって、放課後まで預かってくれる存在が必要だ。しかし学生は午後も授業がある。となれば大人に頼るしかないが、先生にバレでもしたら保健所へ直行だ。
 家猫が逃げ出したのだとしたら、きっと飼い主が探している。せめて首輪をしてくれていれば判断もつき易かったのに、どれだけ触っても身元を明かす品は発見できなかった。
 喉を擽ってやりながら考え込むが、結論は出ない。渋い表情で奥歯を噛んだ彼を見下ろして、影山は数秒の躊躇を挟み、恐る恐る右手を伸ばした。
 緊張に顔をこわばらせ、ゆっくり、ゆっくり猫へと差し向ける。
 今なら触れるかもしれない。日向の胸に抱かれて油断している隙に、と小賢しいことを考えて行動に出た彼だったけれど。
「ふみゃあ!」
 一体全体、どういう理屈なのか。
 長い指が細い髭に触れるか否かというタイミングで、それまで大人しくしていた子猫が獅子の如く、高らかと吼えた。
 鋭い牙を覗かせて相手を威嚇し、驚く日向の手から飛び降りる。するりと身体をくねらせ信じ難い運動神経を発揮して、茶色い毛玉は瞬く間に緑の茂みへと消えていった。
 雑草の海は暫くがさがさ揺れて、やがて静かになった。一瞬の出来事であり、気配が完全に途絶えるまでものの五秒と掛からなかった。
 ぽかんとして、影山はやり場のない諸々の感情を利き手で握り潰した。日向は不自然なポーズで硬直している彼に嘆息し、一気に軽くなった両手を制服にこすりつけた。
 布に絡み付いていた猫の毛が、温い風に煽られて揺れていた。それを抓んで息を吹きかけ、彼はなんとも言えない表情の影山を笑った。
「ざーんねん」
「うっせえ」
「うひゃっ」
 あと少しのところで逃げられた彼をからかえば、悪態ついた男の手が無造作に伸びて来た。いきなり短い爪で喉仏の上を擽られて、頭まで撫でられた日向は途端に竦みあがった。
 上下から挟まれて、首を振って逃げるが間に合わない。飴色の髪もぐちゃぐちゃにされて、急所を掻かれた少年は恐怖を覚えてヒッ、と頬を引き攣らせた。
 それでも影山はお構いなしで、目の前で緊張に震える同級生を好きなだけ撫で回し、淡い色の毛を梳いた。
 大きな手が上下左右に動き、柔らかな頬を抓んだり、押し潰したりもする。一方的に弄られるのは我慢ならなくて反抗に出るが、影山は鼻で笑って攻撃を回避した。
 振り払おうとした日向の動きを読み、先手を打って肘を引っ込める。逃げられて、空振りした少年は悔しそうに地団太を踏んだ。
「むがー!」
 憤慨して喧しく喚くものの、影山は相手にしない。両手を振り上げてじたばた暴れるチームメイトを呵々と笑い、彼は満足げに胸を張った。
 腰に手を当てて鷹揚に頷く男を睨み、日向はぶすっと頬を膨らませて口を尖らせた。
 そしてやおら息を吐き、気持ちを切り替えて可愛らしく小首を傾げた。
「にゃおん?」
 軽く握った拳を高く掲げ、招き猫のポーズを真似てみる。
 瞬間。
「ぶおっふ!」
 盛大に噴き出した影山が大慌てで口を塞ぎ、額に汗を流して真っ赤になった。
 その過剰過ぎる反応ぶりをけらけら笑い飛ばして、日向はどうだ、と言わんばかりに破顔した。

2013/08/18 脱稿