晦日

 のっぺりとした青空に、飛行機雲の白い軌跡が東に真っ直ぐ伸びていた。
 天空を二分する細い筋を目で追いながら、少し小走りに道を行く。立ち止まると冬の寒さが身に沁みて、凍えてしまいそうだった。
「はー……」
 鼻から吸った息を口から吐いて、目の前に沸き起こった白い靄に顔面を突っ込ませる。寸前で目を閉じ、首を振った彼は、寒空の中で身を寄せ合っている雀の群れを電線に見つけ、朗らかな笑みを零した。
 こげ茶色の厚手のコートに、オレンジ色のマフラーと手袋、そして耳当て。これで目出し帽でも被っていたら完璧だが、流石にそこまでする勇気はなかった。
「よっ、と」
 右手に持った袋をガサガサ言わせ、道路の真ん中にあったマンホールの蓋を飛び越える。どこかで猫の鳴き声がしたが、俊敏な獣の姿はどこにも見出せなかった。
 それを少し残念に思いながら、彼は手にしたスーパーの袋を揺らし、肩を竦めた。
 中身は、窓を磨くための専用の洗剤だ。
 年の瀬が迫り、あと少しで新年がやってくる。冬休みは短く、間にあるイベントも間隔が狭いので、夏に比べると妙に慌しかった。
 賑やかなクリスマスが終わってから、まだ片手程の日数しか過ぎていないというのに、もう一ヶ月以上前のことのように思える。不思議な気分で、胸を撫でて彼は苦笑し、先ほどよりはペースを緩めて道を歩き出した。
 暇を持て余していたら母に見付かり、家中の窓掃除を命じられた。ところが肝心の洗剤が、途中で切れてしまった。
 折角、珍しくやる気を出して始めたのに、こんなところで躓いてしまうのは悔しい。なにより片方だけ綺麗で、片方だけ汚れている窓は見た目が非常に宜しくない。
 だから、と作業を一旦中断して、安売りをしているスーパーまで足を伸ばして買って来たのだ。
 早く帰って続きをやろう。こんなにも掃除に夢中になるなんて、昨日は考えもしなかった。
 弾む心を抑え、人通りも疎らな道を進む。他にも大掃除の真っ最中らしい家が、道中にちらほら見受けられた。窓を全開にして、一所懸命に磨いている男性の背中が幾つもあった。
 背が高い人は得だ。脚立を使わなくても、窓の天辺まで手が届くのだから。
「俺も、もうちょっと伸びないかなー」
 逆立つ髪の毛を含めても、百六十に届くかどうかというレベルだ。来年こそは、成長期らしくぐんぐん伸びて欲しい。
 手袋を嵌めた手を後頭部にやって、蜂蜜色の髪の毛をくしゃりとかき回す。押し潰された分だけ凹んだ身長が、なんとも悔しかった。
 乾いた唇を舐め、知り合いの顔を順番に思い浮かべては消していく。女子は兎も角、男子は誰も彼も背が高く、スタイルも良い。フゥ太に追い抜かれるのも時間の問題だと、同居中の年下の男の子の顔を脳裏に描き出したところで、彼は視線を浮かせた。
「うん……?」
 前方遠くを見据え、首を傾げる。
 人がいる、と一瞬思ったのだが、違う。何か大きなものが、歩道にはみ出て置かれていた。
「なんだろう」
 車道を挟んで右手には住宅が軒を連ねるが、左手は景色が違っていた。灰色のブロック塀がずっと先まで続き、視界を遮っている。
 だけれど彼は、この向こうに何があるのかを知っている。今は休み期間だから別だが、少し前までは毎日のように通っていた中学校のグラウンドだ。
 その学校の正門前に、ずんぐりむっくりしたものがあった。冬休みに入る前にはなかったから、その後に設置されたのだろう。ゴミだったら風紀委員が見逃すわけがなく、直ぐ撤去してしまうはずだ。
 だから何か意味があるものだと予想をつけて、好奇心を刺激された彼は小走りに歩道を駆けた。
「門松だ」
 塀が途切れ、鉄製の門が現れる。その左右、対になる形で見覚えのある緑色の物体がどかん、と並んでいた。
 中心には斜めに切った竹を三本、その両側に緑濃い松を配し、前面には赤色の南天やキャベツのような薄紫の葉牡丹が形良く整えられていた。下部は藁で覆われており、注連縄から白い紙が垂れている。
 風が吹く度に厳かに揺れる紙垂を見下ろし、彼は設置されている物と場所とのミスマッチぶりに笑みを零した。
「なんで、学校に?」
 大きな会社の正面玄関に飾られる光景は、テレビでも見る機会があったけれど、学校、それも中学校に、という例は聞いた事が無い。ただ誰が置いたのかは、楽に想像が出来る。教員がわざわざ、正月が近いからと用意するわけがない。
 だから、十中八九風紀委員の仕業だ。それも、恐らくは頂点に君臨するただひとりの意向で。
 緑色が瑞々しい竹は、中央の一本が抜きん出て背が高い。胴回りも太く立派で、抱え上げるにはかなりの力が必要だろう。
「俺と、同じくらい……」
 目線の高さまである青竹に渋い顔をして、彼は赤色が鮮やかな南天の実を戯れに小突いた。
 学校の門は人がひとり通り抜けられる幅を残し、閉じられていた。運動部の声も聞こえない、流石に年末過ぎて部活動もお休みなのだろう。けれど校門に鍵がかかっていない以上、中には誰か居るはずだ。
「居るのかな」
 白い息を吐き、ぼそり呟く。思い浮かべた途端に切なさが胸に渦巻き、会いたいと願う心が震え始める。
 冬休みに入ってからまだ一度も顔を合わせていない人の姿が、このままでは記憶から掠れて消えてしまいそうだった。
 潜り込んでみようか、学校に。そんな考えが頭の片隅に浮かんで、弾けた。
「ヒバリさん」
「なに?」
 頬を寒さ以外の理由で赤く染め、琥珀の瞳を僅かに潤ませて名前を呼ぶ。
 返事は、真後ろからだった。
「へ?」
「呼んだ?」
 耳慣れた、そして心臓を鷲掴みにする低音に思考回路の一切が停止した。脊髄反射で振り返り、真ん丸い目を限界ぎりぎりまで見開く。飛行機雲の消えた青空をバックにして、黒一色の青年が佇んでいた。
 飛びあがらんばかりに  実際はぴょこん、と髪の毛の先が揺れた程度だったけれど  驚き、身を強張らせた彼の前で、青年は不機嫌に顔を顰めた。
 問うたのに返事がなく、ダンマリを決め込まれたのが気に食わないらしい。そんなつもりがなかったのに、と睨み下ろされる側は慌てて首を振って、心を鎮めようと左胸に右手を押し当てた。
 ビニールの袋がガサガサ言う音が、やけに五月蝿く響く。気付いた青年は眉目を顰めたまま、冴えた黒い瞳をそちらに流した。
 視線が外れたのにほっとして、上唇を舐めて思い切り息を吸う。二秒止めてから吐き出して、綱吉は左手を前に出した。
「窓の」
「ああ」
 右手も使って袋の口を開いて、中身を見せてやる。下向いた雲雀は緩慢に頷き、表情を緩めた。
「大掃除?」
「はい!」
 即座に首肯して、元気良く返事をする。弾んだ声に雲雀も目尻を下げて、楽しげに顔を綻ばせた。
 会話も殆どしていないに関わらず、褒められた気がした。優しい笑顔を浮かべる彼に胸はドキドキして、背中に羽根が生えたみたいに身体は軽やかだった。
 照れ臭さを覚えて、朱色に染まった頬を手袋で包み込む。これは絶対に、家に帰ったら掃除を頑張らなければ。そんな事を心の中で呟きながら、綱吉は真冬には少し寒そうに見える雲雀の格好に相好を崩した。
 手を伸ばし、手袋の表面で彼の腕に触れる。気付いた雲雀は腰を屈め、身を寄せてきた。
「寒くないですか?」
「平気だよ」
 上腕を撫で、徐々に上に辿らせて肩からその上へと。厚みのある毛糸の手袋越しに触れた頬は、冷気の所為か強張っているように感じられた。
 直接素手で触れた方が感触はよく分かるけれど、それで寒がられたら元も子もない。ぐっと腹に力を入れて我慢し、綱吉は彼の返事に口を尖らせた。
 拗ねた表情を間近に見て、雲雀がクスリと笑った。
「君のお陰で、温かいよ」
 右手の上に左手を重ねられた。目を細め、閉じた彼の言葉に心臓が跳ねた。ドキドキが加速して、恥ずかしくてまともに顔を見られない。
 赤みを強めた肌色を彼の前に晒して、綱吉はもごもごと口を開閉させた。
 雲雀の手が離れて、自然綱吉も腕を下ろした。居住まいを正して、向き合う。されど視線は絡まず、黒水晶の瞳は綱吉の後方をじっと見据えていた。
 彼が何を見ているのか気になって、腰を捻る。直ぐそこでどん、と構える門松の存在を思い出して、綱吉は門を挟んで反対側にある同じものに首を捻った。
「ヒバリさん」
「うん?」
「門松なんて、去年……あ、今年か。置いてましたっけ?」
「ううん」
 もう一年近く前のことだから、思わず去年のこととして処理してしまいそうになった。途中で言い直し、両手で袋を握り締めた綱吉の質問に、雲雀は素早く首を横に振った。
 記憶違いではなかったと安堵して、胸を撫で下ろす。こんなにも立派な門松、前回の正月にも此処に設置されていたなら、絶対忘れるわけがない。
 良かったとホッとすると同時に、何故急に今回から、という疑問が沸いた。
 真ん丸い瞳を彼に向けると、怪訝にしているのが伝わったようで、雲雀は口元を緩めて息を吐いた。綱吉の脇を抜けて門松の横に回り込み、長さの違う青竹を撫でる。
「今年は随分、色々あったから」
「は、あ……」
「厄払いも兼ねて」
「うぐ」
 意味ありげな視線を投げられて、綱吉は言葉を喉に詰まらせた。
 色々、などという簡単なひと言で片付けられないくらいに沢山の事が、今年の秋から冬にかけて、彼らの身に起きた。波乱万丈と言えば聞こえは良いが、命を賭けた闘いの連続で、こうして無事に、この時間に帰ってこられたこと自体が、奇跡に等しい。
 一時期はもう駄目かと思ったが、皆の協力もあり、どうにかこうにか、勝つ事が出来た。同じ事をもう一度やれ、と言われてもきっと出来ない。あれはあの時の、あの瞬間だったからこそ叶ったのだ。
 思い返し、綱吉は無意識に拳を作っていた。雲雀に遭遇した時とは違うドキドキが、胸を埋め尽くす。
 は、と短く息を吐いて、綱吉は視線を感じて上を見た。雲雀が物言いたげな表情を浮かべていたが、目が合った瞬間にそれは掻き消えてしまった。
「ヒバリさん?」
「鬱陶しい跳ね馬から解放されて、戻ってみれば校舎は壊れてるし。人の学校で好き勝手暴れてる連中はいるし。挙げ句、体育館なんか全壊だろう」
「あ、あははは……」
 代わって現れた不機嫌な目つきに、綱吉は乾いた笑いを零した。
 それはもう、十年近く昔のように感じられる思い出だ。ボンゴレリングを巡るヴァリアーとの闘いも、思い返してみれば確かに今年の事件だった。
 あの永遠に続くように思えて、あっという間だった日々が過ぎ、ようやく平穏無事な生活が戻って来ると思っていた直後、十年後の未来に呼ばれた。何がなんだか分からぬまま巻き込まれ、白蘭との壮絶な戦いを経て、戻って来た世界は驚くことに、旅立った日からさほど時が過ぎていなかった。
 十年後の世界で過ごした数ヶ月は、非常に密度の濃いものだった。
 指輪争奪戦で破壊の限りが尽された中学校も、今はすっかり元通りだ。綱吉達が未来に行っている間に、ボンゴレの本部が突貫工事で修復作業を済ませてくれたらしい。
 未来に思いを馳せる最中、年齢を重ねた雲雀の事を、少しだけ思い出した。
「沢田」
「はい」
「……なんでもない」
 ちらりと傍らを見れば、中学生の雲雀恭弥が立っている。名前を呼ばれたので返事をしたが、雲雀は格別言葉を重ねることはなく、緩く首を振るに済ませた。
 その寂しげな、ひとり置き去りにされてしまったような横顔が、十年後の彼に重なった。
 思わず手を伸ばして、彼の小指を捕まえる。毛糸に肌を擦られた雲雀は一瞬ビクリとし、不安げな眼差しを投げる綱吉に苦笑した。
「しょうがない子」
「え?」
「いいや」
 また、なんでもない、と囁いて彼は瞼を下ろした。綱吉が丸い目を細める中、今度は照れ笑いを浮かべて手を握り返して来た。
「来年も、今年みたいに校舎が壊れたりするのは、御免だからね」
 そうして急に話を戻して、青々とした松葉を撫でた。
 以前よりちょっとだけ綺麗になったように見える校舎を仰いで、綱吉も頷いた。
 体育館が一撃で粉砕されたり、図書館が爆風で無茶苦茶になったり、屋上に雷が落ちたり、グラウンドに特設リングが設置されたり。そういう事は、金輪際御免だ。
 雲雀は殊更学校が大好きで、大切だから、余計に強く感じているのだろう。もう二度と、学校に妙な不幸が舞い降りませんように。その願いがこの門松には込められている。
「だからせめて、験担ぎに。歳神の目印を立てておこうと思ってね」
 肩の力を抜き、空に向かって彼が言う。つられて青空に目をやった綱吉は、直後瞬きを繰り返し、きょとんとした面持ちで傍らの人物を見上げた。
 聞き慣れない単語に小首を傾げ、口をヘの字に曲げて眉間に皺を寄せる。振り向いた雲雀が、分かっていない彼の素振りに肩を竦めた。
「としがみ?」
「知らない?」
 神様であるというのは、名前からも想像が出来た。しかしあまり、耳に馴染まない。
 並盛神社に祀られている神様とは、また違うのだろうか。あそこにどんな神格が奉られているのか、綱吉は知らないけれど。
 天照大神や、素戔嗚尊といった有名どころならば、昔話に聞いた中で覚えている。けれどその中に、雲雀の言ったような歳神というものは存在していない。
 神とあるので、何かご利益があるのだろう。神も仏も関係なく、閻魔大王だって気に入らなければ咬み殺してしまいそうな雲雀が、信心深いというのも不思議だった。
 琥珀の目を丸くしている綱吉の思考回路を読み取って、雲雀は浅く皺が刻まれた眉間を突いた。
「いちっ」
「なにか失礼なこと、考えてない?」
 咄嗟に右手で庇った上からもう一発お見舞いされて、綱吉は渋い顔をして唇を舐めた。
 首を横に振ったものの、思っている中身は表に出てしまっている。ただ雲雀は、それ以上追求して来なかった。
「歳神っていうのは」
「はい」
「元を辿れば、道教の神で」
「どう、きょ……?」
「いや、いい。忘れて」
 説明を始めるポイントを間違えた。
 日本に伝わる八百万神仏は、実に多種多様な出身地を持っている。無論、日本古来の神々も多いが、七福神として知られる毘沙門天や弁財天も本を正せばインド発祥であり、寿老人は中国に伝わる仙人が由来だ。
 様々な国から伝わった神や仏が、嫌われもせず、当たり前のようにこの国に根付いた。来るもの拒まずの精神は、何処かの誰かに通じるところがある。
 話を途中で切ってしまった雲雀に、綱吉は不満そうな顔を向けた。頬を膨らませて子供じみた表情をする彼に肩を揺らし、雲雀は耳当てに部分的に押し潰されている、跳ね放題の髪の毛を掻き回した。
「歳神は、うん、どう言えば良いのか。……端的に言えば、年の初めにやってくる神」
「そのまんま、じゃないですか」
「そうだよ」
 新しい年が始まったその日にやってくる、神様。ふらりとやってきて、その家に一年分の福をもたらし、ふらりと去っていく、まれびと。
 門松はその旅する神に、此処に寄って御行きなさいな、と誘う目印。依り代だ。
「う……ん?」
 具体的に想像がつかないらしい。綱吉は口を曲げる角度を強め、こめかみに指をやった。洗剤の入った袋を揺らし、自分の太腿を叩いてしまって痛さに悲鳴をあげる。
 ひとり芝居に興じている彼を笑い、雲雀は門の向こう側にある対の門松を見た。
 その年の幸を運ぶ歳神と、その目印たる門松。昔はそこかしこで見られた正月飾りも、今では出す家は稀だ。環境問題だなんだとうるさくなって、また毎年新調しなければいけない手間も嫌われた要因だろう。
 玄関先に吊るす注連縄飾りも、あまり見かけなくなった。地区で行われていた餅つきも、騒音の苦情の多さから規模は年々に縮小傾向にある。正月の初詣は皆で参拝するくせに、人々の常からの信仰心や、目に見えぬものたちへの畏敬は薄れる一方だ。
 険しい横顔を見詰め、綱吉は打ったところを撫でながら、思い浮かんだ光景に目を眇めた。
「神様って、神社にいるだけじゃないんですね」
 今年の夏祭りも、随分と遠い日の出来事だ。町内の出店を手伝って、不良たちともひと悶着を起こして。雲雀と共に戦ったのは、思えばあれが最初だった。
 あの花火を、来年も皆で一緒に見ようと約束した。その誓いがあったから、綱吉はどんなに辛く、苦しいことがあっても、乗り越えられた。
 ポツリと呟いた彼の声に我に返り、雲雀は控えめな笑みを浮かべた。学生服の袖を撫で、風紀委員の腕章の縁を掴む。
「そうだね。この国に於ける神は、本来どこにでも存在するものだったから」
「……う?」
「今は人が神社に詣でるけれど、元々は逆。人が神を招く。神は人の求めに応じてやってくる。そして用が済めば去る」
「う、ぬぅ」
 遠くを見据えた雲雀の声は、なにかしらの呪文のようだった。理解が及ばず、頭の上にクエスチョンマークを乱立させた綱吉に苦笑し、雲雀は逆立っている髪の毛を大きな掌で押し潰した。
 膝を曲げて堪え、上目遣いに睨みつけるが、効果は乏しい。
「俺にも、分かるように」
「君は何故、年末に大掃除をするか知ってる?」
「え?」
 雲雀の黒い瞳が、皺だらけのビニール袋を射た。彼の手を払い除けた綱吉は一瞬黙り込み、顎を撫でてからひとつ柏手を打った。
 思い起こされる、すす払いの光景。テレビ中継でも良くやっている、大仏が被った一年間の埃を取り除く作業。
「一年分の汚れを取り払うため、じゃないんですか」
「それもあるね」
 無論だと雲雀が深く頷く。半分正解で、半分不正解。口ぶりからそう判断した綱吉は、嘴のように唇を窄ませて靴の裏でコンクリートの歩道を蹴った。
 他にそれらしい答えが思いつかない。今まで何度となく年末の大掃除は実施してきたけれど、前の年の汚れを翌年に持ち越さないように、という程度にしか考えた事がなかった。
 雲雀の影を踏みつけた綱吉の、風船のように膨らんだ頬を指の背で撫で、雲雀が声もなく笑う。学生服を羽織った肩を揺らし、彼は切れ長の目を一層細めた。
「ヒント」
「さっき教えたよ?」
 駄々を捏ねると、口角を歪めて雲雀が言った。いつの間に、と綱吉が目を見張る。遠ざかる人差し指が校門脇を指し示して、振り向けば冬場でも緑が眩しい門松が凛々しく控えていた。
 中学校前に仰々しく鎮座する正月飾りに目を瞬き、綱吉は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「門松」
「うん」
 苦々しい思いで呟くと、雲雀が間をおかず首肯した。
 これそのものがヒント、というわけではあるまい。ならば雲雀が先ほど話してくれた、門松にまつわる話の中に紛れていると思ってよかろう。
 洗剤入りの袋ごと腕を組んで、綱吉は短く呻いた。
 が、悩んでも分からない。救いを求めて視線を浮かせると、雲雀は両手をスラックスのポケットに押し込み、肩を竦めた。
「考えてもご覧。正月なのに掃除をしていたら、折角訪ねて来た歳神まで払ってしまうだろう」
 塵や埃と一緒に、歳神をも箒で家から追い出してしまいかねない。今風に言えば、掃除機に吸い込んでしまう、といったところだろうか。
 想像して、雲雀はひとりクスクス笑っている。綱吉はどうにも釈然としないまま、袋の形を歪にしている窓用洗剤を見詰めた。
 不機嫌さを顔に出し、隣に立つ人を軽く睨み付けて頬を膨らませる。火に炙られた餅のような彼にちらりと視線を流し、雲雀は風に煽られた学生服の裾を掴んだ。
 緋色の腕章がゆらゆらと揺れる。小首を傾げられて、綱吉は爪先を地面に叩き付けた。
「お正月って、じゃあ静かにしてなきゃいけない、ってことですか」
「そうだね」
 心持ち低い声で訊ねれば、雲雀は淡い笑みと共に頷いた。
 綱吉にとって正月とは、皆で賑やかに、わいわいと、炬燵を囲んでテレビを見たり、蜜柑を抓んだり、そうやって過ごすものだ。お年玉を貰って、おせち料理やお雑煮に舌鼓を打つ。双六や福笑いといった遊びに興じて、外では凧揚げの高さを競いあう。
 そこに厳かな雰囲気は、微塵も感じられない。
「けれど、御節だって、元々は年初めから台所を騒々しくしない為のものだよ?」
 日持ちするように食材を加工し、謹んで食す。竃もこの日ばかりは火をくべず、休ませる。
「鏡餅は歳神への供え物だしね」
「むぬ、う」
 聞けば聞くほど、綱吉が思い描く楽しみな正月が遠ざかっていく。なんだかケチをつけられた気分で、彼は奥歯を噛み締めると喉の奥で唸り声を潰した。
 口を尖らせている、中学生なのに子供っぽさが抜けない彼に肩を竦め、雲雀は長い指で白色の袋を指し示した。
「大掃除も」
 爪先を向けられて、綱吉は袋を少しだけ持ち上げた。中身は重く、そろそろ肩が疲れて来ていた。
 掃除はまだ途中で、彼が帰らないと先に進まない。午前中は子供達も手伝ってくれたが、ランボなど特に飽き易く、帰宅後の協力を望むのは無駄だろう。
 夕方になれば気温も下がって、外も暗くなってしまう。だからさっさと終わらせたいのだが、そうする為には先ず雲雀との会話を終了させなければいけない。
 折角会えたのに楽しい話題はひとつも出て来ない、それが不満だった。
 残り十日を切った冬休みの、なにかしらの約束をひとつでも取り付けられたらと思い、願っていたのに、叶えられる見込みは、この調子では無きに等しい。
「本当は、二十八日までに終わらせておかないと」
「ええー?」
 ひとり悶々と考えている横で、雲雀は言葉を続けて吐いた。
 伸びていた人差し指が引っ込む。入れ替わりに綱吉は大声を張り上げ、零れ落ちそうなくらいに目を見開いた。
 鮮やかな琥珀いっぱいに、忍び笑いを零す雲雀が映し出された。
「誰が、いつ。そんなの決めたんですか」
「ずっと昔の人」
「今日って、三十日ですよ」
「そうだね」
 明日は大晦日で、明後日がいよいよ元旦。毎年恒例の歌番組を見て、年越し蕎麦を啜って、除夜の鐘を聞いて。夜更かしの後は頑張って早起きをして、出来るならば初日の出を拝む。そういうスケジュールが、綱吉の頭の中には随分前から出来上がっていた。
 奈々は年内のごみ収集の日程から、もっと早く大掃除を済ませて欲しかったようだ。けれど根っから無精の綱吉は、直前にならないと動かない性質故、今日になってようやく重い腰を上げた。
 今日が大掃除という家も、道すがら眺めた限りであるが、結構な数あったように思う。
 緩慢な相槌をひとつ打った雲雀を前に、綱吉は広げた両腕を脇に垂らした。
「それも、神様が、ですか?」
「そう」
 何度も例に出ている歳神を招くのに、正月直前に掃除をしていたのでは慌しすぎると雲雀はいう。大急ぎで、とってつけたようにやるのは、訪ねて来る相手に対して失礼だろう、と。
 まさしく今の綱吉そのもので、彼は気まずそうに唇を噛んだ。
 ならばこの門松はどうなのだろう。終業式の日、門を潜る時はこんな大きなもの、なかった。
 横目で緑の正月飾りを見やった綱吉の思考を読み、雲雀が堂々と胸を張る。勝ち誇った表情をして、不敵な笑みを浮かべた。
「これは、一昨日の朝のうちに」
「うぐ」
「君みたいに慌てたりしないよ、僕は」
「それはどうも、悪う御座いました」
 馬鹿にされて腹が立ち、返事もついぞんざいになってしまう。目を閉じ、そっぽを向いた綱吉の台詞に雲雀は一瞬きょとんとしてから、堪えきれず声を立てて笑った。
 高く響く彼の珍しい笑い声に、綱吉の頬にカッと朱が走った。
 琥珀の瞳を揺らめかせ、僅かに潤ませながら睨みつける。だけれど元々母親似の童顔なので、そう迫力は出ない。子供が拗ねている表情にしかならなくて、彼は悔しさに地団太を踏んだ。
「ヒバリさん!」
「なにをそんなに、拗ねてるの」
 ずい、と顔を寄せてこられて、思わず尻込む。勢い任せに怒鳴りはしたが、後が続かないどころか、雲雀の質問にも答えられなかった。
 目を泳がせ、頻りに唇を舐めて、最後は下を向く。コートの裾をぎゅっと握り締めた彼は、もやもやしてならない胸の内を的確に表現できる言葉を捜し、黙り込んだ。
 冬休みに入ってから、雲雀とは一度も会っていなかった。電話すらしてない。
 クリスマスは一緒に過ごせなかった。綱吉は獄寺や山本たちと一緒に、大勢でパーティーの予定があったし、雲雀は風紀委員の活動でそれどころではなかった。
 短いメールが一通あっただけ。本当は夜の、一時間でもいい、共に居たかった。だけれど我が儘を言って困らせるのは嫌で、我慢した。
 会いたいとどれだけ願っても、なかなか叶わない。今日の偶然に、どれだけ感謝しただろう。だのに話したいことは一切話せず、口を開けば神様だの、なんだのと。
 ちっとも面白くない。
「別に、拗ねてなんか」
 頬を膨らませたまま反論を試みるが、雲雀は信じようとしない。実際に拗ねているのだから言葉はそれ以上続かず、綱吉はもぞもぞと左右の膝をぶつけあわせた。
 居心地悪そうに身動ぎ、出て来そうで出ない涙に鼻を鳴らす。
「沢田」
「……俺、もう行かないと」
 名前を呼ばれると胸がぎゅっと苦しくなって、振り切るように綱吉は言った。
 窓掃除を始めてしまった以上、最後まで責任持ってやりとおさなければいけない。たとえ雲雀が言うように、大晦日直前に慌ててやるのは宜しくないとしても、だからと言って半端なところで放置して年を跨ぐのも、歳神に失礼だ。
 タイムリミットは刻々と迫っている。早く帰ればその分だけ、作業は早く終わる。年末に発売された新作ゲームの続きだってやりたいし、宿題も0手付かずのまま。時間は有限で、だからこそ無駄にするのは惜しい。
「さわだ」
 雲雀の横をすり抜け、立ち去ろうとしたらいきなり後ろから腕を引かれた。振り向けば雲雀が若干機嫌を損ねた顔をして、綱吉の細い手首を掴んでいた。
 コートの上からぎゅっと握られて、骨が軋んで痛い。咄嗟に振り払おうとしたが出来なくて、綱吉はいよいよ泣きそうに顔を歪めた。
「やだ、ヒバリさん」
「なにが」
「わかんないんだったら、もういい!」
 苛立ちのままに問われて、綱吉は今度こそ彼の腕を、力任せに押し退けた。どん、と胸を叩いて突き飛ばし、雲雀が後ろにたたらを踏むのを見て、どきりと鼓動を跳ね上げる。
 彼は転ぶ事無く踏み止まり、ずり落ちかけた学生服を掴んで肩に引き上げた。雲雀のことだから大丈夫だと分かっていても、一瞬肝が冷えて、綱吉は冷たい汗を背中に流した。
 三度ほど肩で息をして、睨まれて顔を背ける。
「沢田」
「や、……だって、ヒバリさんが」
 急に掴むから吃驚したのだと、半分嘘で半分本当の言い訳を口にして、寒くも無いのに両手で己を抱き締める。身なりを整えた雲雀が、後ろで溜息をつくのが聞こえた。
 振り返りたいが、出来ない。顔を合わせるのが怖い。
 はっ、と口から息を吐く。白く濁りもせずに溶けて消えた呼気を追いかけ、綱吉は反対側の門前に設置された門松を何気なく見た。
 見た目も立派な、神を招く目印。これだけ大きいのだ、どんなに年老いた神様であっても、見落とすことはなかろう。
 だから来年の並盛中学校には、多くの幸が訪れるに違いない。けれど果たしてそれが、綱吉にとっての幸運となるかどうかまでは、分からない。
 三月が来て、桜が咲く季節がくれば、今度は年度が替わる。綱吉は最高学年に、三年生になる。そうして今の三年生は、この学校を去っていく。
 口をいっぱいに開けて、酸素を舌で掻き集めて飲み込む。だのに胸が苦しい。息が出来ない。引き裂かれそうなくらいに、身体のあちこちが痛くて仕方が無い。
「さわだ」
「俺、まだ大掃除、部屋のも全然、終わってなくって」
「沢田?」
 もう読まない漫画本や、不要になったプリント類や、サイズが小さくなった服や、破れた靴下や。そういったものの片付けも全然進んでおらず、むしろ終わる目処がたたない。
 きっと正月の間も部屋はゴミ屋敷で、リビングでは一日中子供達が大騒ぎだ。零れたパン屑やお菓子の滓を片付けるのに、元旦でも掃除機は大活躍で、喧しいことこの上なかろう。
 なにも特別ではない。普段と変わらない。
 歳神様も、こんな五月蝿い家は嫌だろう。
 皮肉を口ずさみ、顔を歪める。後ろで聞いている雲雀の表情が険しくなるのが、見えなくても分かった。
「いいんだ、どうせ俺の家なんか、貧乏神しか来ないだろうし」
「そんな事」
「それに、神様が来たって、俺、分かんないよ」
 目に見えない神など、要らない。祈ったところで、願いは叶わなかった。いるかどうかも分からない不確かなものに縋るなど、なんの意味もなさない。
 早口に捲くし立てている間に、感情が堰を切って溢れ出した。堪えていた涙が目尻の防波堤を決壊させて、頬に伝い落ちる。一滴でも流れたら、もう止められない。次々に透明な雫を零して、彼はしゃくりをあげた。
 雲雀が息を呑んだ。綱吉は鼻水を啜って瞼を擦り、顔をぐしゃぐしゃにした。
 出し掛けた手を半端なところで泳がせ、脇に垂らした雲雀はふと目に留まったものに僅かに眉目を顰めた。青々と繁る緑を抓み、思い切って腕を伸ばす。
 綱吉はひっく、と肩を上下させてから、後方で動いた気配に吸い寄せられるまま、首を後ろ向けた。
「さわだ」
「えっ」
 涙で滲む視界に黒が踊る。名を呼ばれて何かを差し出され、反射的に彼は両手を揃えた。
 重い洗剤入りの袋が揺れる上で、緑色の物体が一度だけ弾んだ。瞬きを繰り返して焦点を合わせ直し、歪んでいた輪郭を整える。けれどそれが何であるか、直ぐには分からなかった。
 ちょっと癖のある植物の匂いが、鼻水の詰まった鼻腔を刺激した。
「なに、これ」
「松の枝」
 正体不明の物体を怪訝に見詰めていると、雲雀が指に残った松葉を落としながら呟いた。言われてみれば確かに、針状の緑の葉や、中心部に伸びる細い枝も、松の木の一部だった。
 どこから、と左右に巡らせた視線が、中央に竹を三本並べた門松で停止した。周囲を飾るのは赤い南天の実に、葉牡丹と、松。
「……毟ったんですか」
「それ、飾りなよ」
 記憶に残る五分前の門松と比べると、ほんの少しだけ枝の形が歪になっていた。こんもりしていたものが、欠けてしまっている。全体的にバランスが悪くなって、大した違いはない筈なのに、かなり不恰好だ。
 綱吉の手の中にある枝は、二本。即ち、一対。
 質問には答えずに、強めの語調で告げた雲雀に不満顔を向けて、綱吉は松の枝を転がした。手袋の隙間に松葉の先が潜り込み、肌に突き刺さる。ちくりとした痛みが、胸にまで及んだ。
「ヒバリさんが言ったんじゃないですか」
 大掃除も、正月飾りの準備も、晦日に至る前に終わらせておくべきものだと。
 腹の奥底でふつふつと煮え繰り返っている感情を声に出し、膨れ面のまま言い返す。空気を蹴り飛ばす仕草をした彼に、雲雀は盛大に肩を竦めた。
 そんな表情をされる謂れは無い。益々眉間に皺を寄せていると、額を小突かれた。
「君が言ったんだよ」
「む」
「たとえ過ぎていても、やらないよりはやった方が良い、って」
「そりゃ、……言いましたけど」
 中途半端なところで止めるくらいなら、最後までやり通した方が良いに決まっている。揚げ足を取られて、綱吉は口篭もった。
 改めて手の中の松の小枝を見下ろす。力任せに千切られたからか、切れ目の部分が痛々しい。
 雲雀の手も無事では済まなかったはずだ。それを証拠に、彼は綱吉に松を渡した後は、両手とも背中に回して隠してしまっている。
「でも、俺、神様なんか」
「信じられない?」
 視線を雲雀の腰元、胸、そして顔に移して、目が合った瞬間にパッと下を向く。頭上から降って来た問いかけには、黙って頷いた。
 信じられない。信じたくない。祈ることでしか望みを叶えられない世の中なんて、ちっとも楽しくない。
 俯いたまま動かない綱吉に、雲雀はふっと力を抜いた。柔らかく微笑み、じくじくと痛む右手を緩く握り締める。
「僕が言うことでも?」
 皮肉を込めた台詞に、弾かれたように綱吉は顔を上げた。
 琥珀の瞳を波立たせ、直後にまたゆっくり視線を伏す。本当は松葉も握り締めたかったのだが、それでは潰れてしまうし、鋭い葉が今以上に掌に突き刺さるので、止めておく。
 こんなちっぽけな枝、神様だって気付かずに素通りしてしまうかもしれない。飾るにしても、家の玄関にテープで固定しようものなら、奈々に見咎められて剥がされるか、ランボの悪戯の餌食になるかのどちらかだ。
 沈黙し、じっと冬場でも緑濃い枝を見詰める。
「……っ」
 不意に、サァァッ、と風が吹いた。
 咄嗟に首を竦め、小さくなって寒さに耐える。首に巻いたマフラーやコートの裾、なにより逆立った蜂蜜色の髪の毛がバサバサと煽られた。
 目を閉じて砂埃を躱し、周囲が静かになったところでホッと息を吐いて強張りを解く。雲雀もまた乱れた黒髪を手櫛で整え、怜悧な瞳を空に投げていた。
 その端正な横顔を見上げて胸を高鳴らせ、綱吉は降って沸いた思いに首を振った。
「こんな、ちっちゃいの。見つけてくれるわけないですよ」
「見付かるよ」
「でも」
「たまには、信心深くなるのも悪くないんじゃない?」
 意味深な視線と台詞を浴びせられて、彼は息を飲んだ。閉じた唇を震わせて、戸惑いに瞳を揺らす。思考が沈んで、胸の深い部分を打ち鳴らした。
 ざわざわする。雲雀の意図が見えるようで、見えない。
 あと少し、ひとつでいい。ヒントがあれば、分かりそうなのに。
「それに、歳神は求められて、望まれて、招かれる客人だ」
 綱吉の逡巡を読み取ったのか、雲雀が朗々と言葉を紡ぎ出す。
「あ……」
「どんなに騒がしかろうが、目印が小さかろうが。君が望む限りは」
 必ず。
 そう言外に告げて、彼は切れ長の目をスッと細めた。
 ぱちりと頭の中の泡が弾け、溢れ出した思いに綱吉は瞠目した。左胸に左手を押し当てて、ドドド、と怒涛の勢いで脈を打つ心臓をその場に留める。ちょっとでも油断すると飛び出してしまいそうで、音が周囲に響いてしまいそうで、怖かった。
 唇を戦慄かせ、さっきまでとは正反対の意味で膝をもじもじさせて、視線を落ち着きなく彷徨わせる。何か言わなければと思うのに、なにも思いつかない。全身を巡る熱にうかされ、じっとしていられなかった。
「俺、おれ……掃除、続き、しなきゃ」
「うん」
「窓拭いて、ゴミ出して、あと、あと……いっぱい」
「うん」
 空の手でコートのボタンを弄り、足踏みを徐々に大きくさせて呟く。雲雀が相槌を打つ。顔を上げると、彼は笑っていた。
 松の枝を潰さぬように袋に入れる。棘が薄手のビニールを突き破って穴が開いた。
 深く頭を下げる。しまりの無い顔で笑って、踵を返す。袋が空中分解する前に帰り着こうと、駆け出す。
 曲がり角の手前で振り返ると、雲雀はまだ其処に立っていた。大きく手を振ると、遠目に肩を竦められた。
 小さく、振り返してくれたように思う。
 走りながら、綱吉は歌いだしたい気分に駆られた。

 もういくつ、寝ると?

2009/12/23 脱稿