山猫

 呼び出しを受けて出向いた屋敷、広大な敷地を持つ古い建物の中は驚くほど静まり返っていた。
 人はいるのに、誰もが息を潜めているかのよう。忙しそうにシーツを抱えて走るメイドも、極力足音を控えているようだった。
 恐らくは、この屋敷の主に据えられた男が昼寝中か、なにかなのだろう。誰も彼もあの男に甘い顔をしているのを思い出し、アラウディは柳眉を寄せた。
 整った顔が幾らか気難しげに顰められて、前を通り過ぎようとしていたまだ若い女中が驚いた顔で竦みあがった。二秒後に我に返り、失礼を詫びて深く頭を下げて去っていく。
 慌しい背中を嘆息と共に見送って、彼はカツリ、靴音を響かせた。
 目的地を目指して歩き出した彼を咎める者はない。屋敷に勤める人間とは既に顔馴染みだった。
 それだけの時間を、屋敷の主と過ごして来た証拠でもある。
「我ながら……」
 どうかしている。言いかけた言葉を途中で飲み込んで、アラウディは立てたコートの襟を弾いた。
 迷うことなく辿り着いた部屋の扉、見事な彫刻が施された芸術作品を前に息を潜め、内部の様子を窺う。だが人が動く気配は、予想通り感じられなかった。
 矢張り昼寝中かと、出直そうか迷って眉間の皺を深くする。だが呼んだのは、あちらだ。わざわざ足を運んでやったのだから、遠慮して出直してやる義理はない。
 一応の礼儀としてノックをして、ドアノブに手を伸ばす。真鍮製の丸い取っ手を握って右に回せば、抵抗もなくドアはすんなり開いた。
 無用心にも程があると、その無用心さを利用して室内に入ろうとしている自分を棚に上げて敷居を跨ぐ。
 だが室内は、見事に蛻の殻だった。
 会議用の長机も、奥の大きな執務室も。来客用のソファも、仮眠用のベッドですら。
 ひと通り見て回ったが、誰もいない。さっきまで人が居たという感じもまるでしなかった。
「ジョット……?」
 窓は開けっ放しで、全ての目撃者であるカーテンは我関せずの顔をして揺れていた。寝息など当然聞こえるわけがなく、部屋の中央に戻り、アラウディは呆然と立ち尽くした。
 名前を呼んでも返事はない。慌てて踵を返し、戸も開けっ放しにして廊下に出る。急ぐ足が次に向かったのは、ジョットにこの屋敷を提供した大地主の息子の部屋だった。
 乱暴にドアを、ノックもなしに開けたアラウディに、ランポウは吃驚仰天と顔に書いて椅子から転げ落ちた。
 居眠りの真っ最中だった子供を捕まえてジョットの居場所を問うが、彼は知らないと首を振った。昼寝仲間と言われている年若い青年が目ぼしい情報を持っていないと知り、アラウディは舌打ちひとつで思考を切り替え、さっさと次を目指して歩き出した。
 だが次も、空振りだった。
 洋風の邸宅の中で、ひと際異彩を放つジャポニズムに満ちた空間で、雨月は優雅に笛を奏でていた。
 演奏を聴きに来てくれたのかと喜んだ男に違うと否定し、自分を呼び出した男の居場所を尋ねる。だがジョットは此処にもいなかった。次に出向いた、屋敷の角に作られた懺悔室。聖書を胸に抱いた男もまた、ボスたる男が何処にいるのか知らなかった。
 見るだけで殴り飛ばしたくなる髪型の男は敢えて無視し、最後の砦だと言い聞かせ、アラウディは慎重にドアを叩いた。
「どうぞ」
 間髪いれずに返事があり、思わずホッと息を吐く。額に浮いていた汗を拭ってノブを回せば、ドアの正面に目の醒めるような赤髪の男が立っていた。
 白い布を右手に持ち、左手には狙撃用の銃が。銃口は天井を向いており、アラウディを狙っていたのではなく、単純に掃除をしていただけのようだ。
 咥え煙草のまま視線だけを来訪者に投げて、怪訝に眉を顰める。まさか来客が彼だとは、直前まで予想していなかったらしい。
「珍しいな。どうかしたか?」
「ジョットを探している」
 視線を左右に揺らしながら問いかけて、返事を待つ。幼馴染の名前に一瞬目を丸くしたGは、忙しく手を動かしながら肩を竦めた。
 笑われて、気分が悪い。
「知っているなら」
 答えを急かし、足を踏み鳴らす。かなり苛立っている彼に苦笑して、Gは綺麗に磨けたと満足げに布を下ろした。
 黒光りする銃器をテーブルに置き、もったいぶるかのように鼻歌を歌ってアラウディを焦らす。次はどれを手入れしようかと、来客を堂々と無視して自分の勝手を押し通す。
 当のアラウディは怒りをより増幅させて、やがて昂ぶった感情をまとめてどこかに放り投げた。
「知らないならいいよ」
 癇癪を爆発させるではなく、一瞬で凍りつかせて手を振る。身体を反転させて部屋を出て行こうとする背中に、テーブルに腰を預けたGが呵々と笑った。
「俺は見てないが、どうしてもっていうなら、猫にでも聞いてみろ」
「猫?」
 閉めたばかりの扉を開けようとしていたアラウディが、鸚鵡返しに呟いて怪訝に振り返った。
 なにかの暗号か、揶揄か、はたまた言葉通りの意味なのか。
 真相を問おうとしても、Gはもう二度と彼を見ようとしなかった。愛器の手入れに没頭して、他者の介入を許さない。
 次は銃口を向けられても可笑しくない雰囲気に肩を落とし、アラウディは大人しく探し人の右腕たる男の部屋を辞した。倒れてしまったコートの襟を直して、戻って来てはいないかと再びジョットの部屋へ向かう。
 だが相変わらず、そこに人の気配はなかった。
「人を呼び出しておいて、自分は雲隠れとはね。いい度胸をしてる」
 見つけたら、ただではおかない。そう嘯いて窓から外を見下ろした彼は、ふと耳朶を擽る甘い声色に目を眇めた。
 意識を研ぎ澄まして発生源を探り、視線は下へと。屋敷は広大な庭で囲まれており、一角には見事な花畑が作られていた。
 中央に六角屋根の東屋があるが、遠目にもそこに人はいないのが分かる。その代わりにといってはなんだが、甘そうな蜂蜜色の毛並みをした猫が一匹、屋敷の影を悠然と歩いていった。
「ねこ……」
 Gの言葉が不意に蘇って、アラウディは眉を顰めた。
 そういえばあの男は、妙に動物に好かれていた。
 鼠避けに猫を飼う家は多い。野良も大量に生息している。そのうちの一部が、屋敷の残飯を狙って潜り込んでいるのだろう。
 窓から身を乗り出し、アラウディは虎猫の行方を確かめた。壁から突き出た装飾の上を飛び越えて、緑濃い茂みに頭から突っ込んでいった。
 ガサガサ言うのが聞こえるものの、姿はもう見えない。何かを呼ぶような、切ない鳴き声ももう響いてこなかった。
「猫に訊け、か」
 そんなわけが無いと思いつつ、Gの言葉が引っかかった。
 あのふたりは幼馴染だ。恐らくGは、アラウディ以上にジョットの事を知っている。
 真に受けるのは癪だが、他に頼るべき情報もない。確かめて来るだけだと自分に言い聞かせ、彼は窓辺を離れると、屋敷の間取り図を思い浮かべながら廊下を突き進んだ。
 表に出て、広大な庭に迷いながら道を行く。
 バラ園の垣根を越えたところで、猫の鳴き声がした。しかも複数の。
「こっちか?」
 集会が開かれているのか、と思えるくらいの賑わいだ。屋敷の者たちは気にならないのか、不思議でならない。
 もっとも、思っていても声に出して言えないだけかもしれない。なにせ雨に濡れて可哀想だったから、と言って後先考えずに拾ってくるのが、屋敷の主人その人なのだから。
 道を歩いていたら、いつの間にか動物の行列が出来ている。猫、犬のみならず、ウサギやら羊やら、節操が無い。牛が徒党を組んで押しかけて来たときは、流石に絶句した。
 酷い目に遭った過去を振り返って寒気を堪え、アラウディは目の前に広がる薮に手を伸ばした。指に傷を作らぬよう注意しながら、棘のある葉を押し退けて隙間に身を滑らせる。
 途端、彼の乱入を咎めるかのように猫の威嚇する声が響き渡った。
 足元を見れば黄色や白に、ピンクといった色鮮やかな花が咲き乱れていた。
 可愛らしい花びらが精一杯背伸びをしている中に紛れ、虎柄やら雉柄やら、真っ白だったり、真っ黒だったりと、多種多様な模様の猫が彼を睨んでいた。
 金に近い複数の眼が、アラウディを敵と見定めて今にも跳びかかってきそうな雰囲気だ。だが動物的本能が、彼の実力の高さを気取り、慎重にしていた。
 一触即発の事態を冷静に観察して、アラウディは毛を逆立てている猫たちから顔をあげた。遠くを見詰め、東屋の存在を確認して歩き出そうとする。
「フシャー!」
 瞬間、鼻息荒くした猫が一匹、彼の足につかみかかってきた。
 もう少しで踏み付けてしまうところで、寸前で気付いたアラウディはたたらを踏んだ。倒れないようバランスを取り、ついでに飛びかかって来た獣を振り払う。
 四本足で着地を決めた虎猫は、まるで何かを守るかのように身構え、目を吊り上げた。
 見れば他の猫達も、足並み揃えて彼の前に立ちはだかった。
 大きいのから、小さいのまで。まるで猫の展示会場だと肩を竦め、アラウディはそう遠くない草葉に埋もれて横たわる存在に深々と溜息をついた。
 目を見張る程の艶やかな金髪に、陶器の人形にも負けに白い肌。薄紅色の頬はふっくら柔らかそうで、小粒の鼻が時折ヒクヒクと動いた。瞼は閉ざされ、長い睫が縁取りを飾っている。
 唯一、だらしなく開かれた口から涎が垂れているのがマイナス点。
 右腕を投げ出し、左腕は胸元に。
 いったいいつから此処にいたのだろうか、彼は。
 これだけの猫が騒いでいるのに、全く目覚める気配が無い。余程深い夢の中にいるようで、たまに「ふへ」などと奇妙な声を発し、笑った。
 見ていると、怒りも哀しみも、なにもかもどうでも良くなってしまいそうな寝顔だ。くすんだ銀髪を掻き毟り、アラウディは未だ敵愾心を向けてくる猫を左から順に見詰めた。
 手を伸ばし、寝こけるジョットを起こそうと動く。途端、横から鋭い爪が飛んできた。
 白い靴下を履いた虎虎が、眠る姫を守る騎士宜しく立ちはだかる。此処は通さぬと言いたげな目で見詰められて、人間の男は降参だと手を挙げた。
「分かったよ。起こさなければいいんだね」
 異種族にまでこうも好かれる人間は、あまりいないのではなかろうか。
 命じられたわけでもなかろうに、ジョットの安眠を守ろうとする野良猫たちに問いかける。言葉が通じたかどうかは不明だが、代表として礼のトラ猫がにゃん、と鳴いた。
 空向いて伸びる尻尾を優雅に揺らして、値踏みするようにアラウディの周りをうろうろする。観察されているのを感じながら、彼はコートのボタンを外し、腰紐を解いた。
 袖を抜き、黒い布を広げる。風を受けて膨らんだそれをゆっくり地面に下ろせば、ジョットの傍に居た猫達が一斉に逃げていった。
 降り注ぐ陽光は穏やかで心地よく、空を泳ぐ雲は真っ白で穢れを知らない。
 硝煙の臭いも、血生臭い話もこの場所までは届かない。咲き誇る花々に囲まれて、猫の騎士に守られた青年は静かにひとり、夢の中。
「仕方が無いね」
 気持ち良さそうに寝入っているのを起こすのは忍びない。諦めの境地で呟いて、アラウディは日陰を選び、腰を下ろした。

 蕩ける甘さのジェラートに、卵たっぷりのプティングは頬が落ちそうなほど。
 掌サイズのマカロンは不可思議な触感で舌を魅了し、アーモンドの粉で作った揚げ菓子はサクサクして香ばしいことこの上ない。
 口の中いっぱいに広がる甘みは、幸福の極みだった。粉砂糖をたっぷり塗したカンノーロを頬張っていると、明日死んでも良いとさえ思えて来るから困る。
「むにゃ……もっと、ぉ……」
 テーブルの上にはまだまだ大量に、それこそ山のように魅惑的な菓子類が並べられていた。
 復活祭や謝肉祭の時にだけ食べる季節限定のものまで、皿の上でおしくらまんじゅう状態だ。一年かけても食べきれないかもしれないと、ジョットは涎を垂らした。
 なんとも嬉しそうに顔を綻ばせ、自分ばかりがこんなに美味いものを食べていては不公平だとふと思い出す。
 大切な仲間や、町の人たちにも食べさせてやろう。そう考えて、勢い任せに椅子を引いて立ち上がる。
 瞬間、両手を突き立てたテーブルが音もなく消え失せた。
「うわ」
 体重を支えていたものが消滅して、彼の身体は一気に前に沈んだ。でんぐり返りをしようと構えるが、地面さえもどこかに行ってしまい、暗闇に一直線に沈んでいく。
 山盛りだった菓子も闇の中に飲み込まれて、このままどこまでも落ち続けるのかと恐怖に身が竦んだ。
「――!」
 咄嗟に顔を両手で庇い、悲鳴をあげた。声にならぬ自分の声に何より驚いて、ジョットは汗だくのままカッと目を見開いた。
 温い風が頬を撫で、血の気の引いた肌を擽った。陽射しを遮る軒が、ぼやけた視界の中で何故か身じろいだ。
「……う?」
「ジョット?」
 此処が何処なのかが一瞬分からなくて、混乱したまま低く呻く。頭上から降って来た声には覚えがあるのに、誰なのかも直ぐに思い出せなかった。
 瞬きを繰り返すうちに滲んでいた世界が光を取り戻し、クリアになった視界に銀が混じった。
 ほっそりとした顔立ちに、サファイアの双眸が心配そうに輝いていた。しなやかで長い指が伸びて、額に触れた。前髪を払われて、ジョットは肩で息をしながら逆さまに映る青年を凝視した。
 知った顔。
「ア――!」
「ぐっ」
 これは夢の続きかと驚き、前動作無しにいきなり起き上がろうとしておでこが固いものに激突した。突然のことに避け切れなかったアラウディもまた、激痛に呻いて赤くなった顎を抱え、仰け反った。
 白地に紺の縦縞模様が入ったシャツを着て、袖は二重に折り返している。肘から先が表に出ており、引き締まった体躯の一部が垣間見えた。
 愛用しているコートは何処へ行ったのかと涙目で探せば、知らぬ間に自分にかけられていたようだ。跳び起きた際に弾き飛ばされて、今は花の上に不貞腐れた顔で横たわっていた。
 未だズキズキする額をなぞり、涙を呑めば、足元で茶色い塊がもぞりと動いた。長い尻尾が揺れて、愛らしい顔をした猫が機嫌よさそうに鳴いた。
 見回せば他にも、十匹近い猫が徒党を組んでふたりを囲んでいた。
「……集会かなにかか?」
「君を守る騎士たちだよ」
 来た時にはこんなにいなかった。ぼそり呟いたジョットに呆れ混じりに言って、アラウディは役目を終えたコートを回収し、羽織るではなく畳んで膝に置いた。
 その布の上に、ここぞとばかりに子猫が前足を置いた。よじ登り、甘えた声を出して頬擦りする。
 ジョットの目覚めを待つ間にすっかり仲良くなった猫の頭を撫でてやり、彼は肩を竦めた。
「魘されてるからどうしたのかと思ったけど、元気そうだね」
「ああ。そうだ、聞いてくれ。菓子が消えたんだ」
「……そう」
 とても楽しい夢を見ていたのに、終わり方は最悪だった。こうなるのならもっと食べておけばよかったと、食い意地の張ったコメントを呟いたドン・ボンゴレに、アラウディは凍りつきそうな冷たい目を向けた。
 愛想のない相槌にむっとして、ジョットは頬を膨らませた。ぷくぷくしていかにも柔らかそうな色艶に、空色の瞳がスッと細められた。
「甘いものばかり食べてると、考え方まで甘くなるよ」
 穏やかな笑顔で棘のあるひと言を口にされて、ジョットの顔が怒りに膨らんだ。口を尖らせ、唇を突き出して目を吊り上げるのだが、彼が力を入れれば入れるほど、表情は滑稽さを増していった。
 肩を揺らして笑い、アラウディは膝をカリカリと削っていたサバトラの喉を擽った。
 ゴロゴロ言いながら気持ち良さそうに目を細め、猫がごろりと腹を出して寝転がった。ちょっかいを仕掛けようとする手にじゃれ付いて、全力で甘えている。
 他にも何匹かの猫が、彼に絡んでいた。膝の上はいつの間にやら三匹が場所を取り合って喧嘩をしており、身軽な子猫が胸ポケットを経由して肩によじ登っていた。
 彼はこれらの猫を、ジョットを守る騎士と表現していたが、この光景を見る限り、どう考えてもアラウディに遊んで欲しそうな幼稚園児だ。
 立派な茶虎だけが、裏切り者を睨みながらジョットのそばで大人しく控えていた。
 但しそれはただの痩せ我慢で、本音を言えば頭を撫でて欲しくてうずうずしているようにも見えた。
 微動だにしないトラ猫から目を逸らし、ジョットは面白くないと唾を吐いた。
「大体、貴様、何用で来たのだ?」
「呼び出したのは君でしょ」
「……そうだったか?」
 再び冷たい視線を投げつけられて、彼は天を仰いだ。頬を掻いて誤魔化し、記憶の引き出しを漁り回す。
 すっかり忘れているらしいジョットに腹を立てるより呆れて、アラウディは足を崩した。二本とも前に投げ出して、膝にいた猫を地面に転がす。
「一秒でも早く来ないと死ぬ、だとかなんだとか」
「ああ!」
 肩を竦めて呟かれた台詞に、ジョットはピンと来るものに行き当たって手を叩いた。
 甲高い声をひとつ発して、背筋を伸ばす。それまでの不機嫌さを一瞬で何処かへ吹き飛ばして、彼は屈託なく笑った。
「あれは、だな」
「あれは?」
「……嘘だ」
 人差し指を天に向けてくるりと回し、言い渋ったところで急かされて、真相を吐露する。
 掻き消えそうなくらいの細い声に、アラウディは嘆息した。
「だろうね」
 そんな気はしていたと嘯き、抗議の声を挙げて五月蝿い猫の頭を順に撫でてやる。小動物に向けられる表情は、ジョットに向けられるものと大きく違っていた。
 優しげな目つきにムスッとして、ジョットは足を組んでそっぽを向いた。
「仕方が無いだろう。貴様ときたら、普通に呼んだら絶対に来ないのだから」
「狼少年にならないよう、程ほどにしなよ」
 でないと本当に危篤状態に陥ったときも、自分はいつもの嘘だと決め付けて、来ないかもしれない。
 ちくりと突き刺さる嫌な台詞に、ジョットは俯き、膝を抱え込んだ。
 小さく丸くなって、拗ねた目で男を睨む。アラウディは涼しい顔で受け流し、のっそり動き始めた茶虎に手を伸ばした。
「裏切り者」
 気持ちよさげに喉を鳴らす猫にジョットが吐き捨てて、上唇を噛んだ。心底悔しそうにしている彼に肩を竦め、アラウディは艶やかな銀髪を風に流した。
 目を細めて微笑み、茶虎の頭をあやすように撫でて、手を浮かせる。
「それで? そっちの一番大きな猫は、どうして欲しいのかな」
 嘘をついてまで人を呼び出しておいて、いつまでも拗ねていられていては困る。
 不遜に問いかけた男にきょとんとして、ジョットは苦虫を噛み潰したような顔で頭を差し出した。

2011/08/16 脱稿