煤払 第三夜

 もっとも獄寺の扱いが手荒だから、という理由も当然あったのだが、彼はそれについては一切意にかけなかった。
 頭上に向けられた指の先に目をやり、獄寺が何を気にしているのか直ぐに察して、綱吉は嗚呼、と頷いた。
「巣だよ」
「巣?」
「うん。燕の巣」
 球体を四つに切り分けたような形をしたものが、土壁にへばりついている。泥の間から藁が顔を出し、庇の下なので雪の被害にも遭っていない。
 籠を置いているようだと思ったが、その印象はあながち間違いでなかったようだ。
 燕、と聞いて長い尾をして、腹の色が白い鳥が直ぐに思い浮かんだ。流石にそれくらいは知っていた獄寺だが、その鳥の巣を見るのはこれが初めてだった。
「へえ……」
 物珍しげにしながら感嘆の声を漏らし、真下に回りこんでしげしげと見詰める。何百回と真下を通っていた筈なのに、今初めて知った様子の彼が可笑しくて笑っていると、不意に獄寺が甲高い声を発した。
「でも、居ないんですね」
「ああ、うん」
 含み笑いを手で誤魔化していた綱吉は、最初笑ったのを拗ねられたのかと思って身構えた。が、純粋な興味から疑問を口にした彼の視線に気付いて肩を竦め、答えを濁し、唇を舐めた。
 屋敷の周囲にも雪は積もっているが、生活範囲内の分は退かされていた。門へ通じる道に、母屋と離れを繋ぐ空間も、雲雀が朝からせっせと運び出してくれたお陰で、歩き回るのに不自由しなくなっていた。
 屋根に層になっていた分も、大半は落とされた後だ。載せたままでいると、雪の重みで家が潰れてしまう。無論、そう簡単に壊れるほど、軟弱な構造はしていないのだが。
 文句のひとつも言わず、肉体労働を買って出てくれている雲雀に心の中で感謝して、綱吉はむき出しの地面に爪先を突き立てた。
 湿った地面に浅い穴を掘り、重い桶を置いて揺れる水面に自分の影を落とす。
「今年は、来なかったね」
 ぼそりと掠れる声で呟かれて、聞き取りづらかった獄寺は振り返り、そこで初めて綱吉の変容に気がついた。
 さっきまで明るく喋っていたのに、今は急に憂鬱そうに、それでいてどこか哀しげに顔を伏している。冷たい水を扱っていた所為で赤くなった両手を背中で弄りながら、しつこいくらい地面に穴を掘り続けていた。
 話しかけるのを躊躇するような彼の態度に、触れてはいけないことだったのかと獄寺はひとり慌てた。
「……」
 まだ里に来て一年と経っていない彼は、言ってしまえば無知だ。村人が触れてはならないものとして、見て見ぬ振りをしている約束事項についても、不思議に思った途端に口に出して、場の空気を凍りつかせることしばしばだった。
 今回もそうなのかと、己の迂闊さを呪い、唇を噛み締める。
 指先にも力が入り、持っていた青笹が波を打った。先端が桶の縁を叩き、穏やかになろうとしていた水面に波紋が走った。
「あ」
 見るとも無しにそこに見入っていた綱吉がはっとして顔を上げ、獄寺の存在を思い出し、肩の力を抜いて鼻から息を吐いた。
 歯を食い縛っていると分かる表情から、彼が考えている内容を推測する。そんなに大袈裟なものではないのだと、綱吉は首を振った。
「違うんだ。何年か前から毎年、多分同じつがいだと思うんだけど、春先に飛んできてたんだけどね。今年はついに来なかったから、どうしたのかなーって、思っただけで」
 しかし改めて口に出して言うと、実際は随分と重い話になってしまった。
 顔を上げた獄寺は、自分で言った内容に些か衝撃を受けている綱吉に眉目を顰め、白っぽい光が照らす頭上を仰ぎ見た。
 去年まで毎年のようにやって来た燕が、何故今年はこなかったのか。まさか自分の所為かと勘繰り、苦い記憶を振り返って、彼は頭に巻いた手拭いの上から銀の髪を撫でた。
 里に来て暫くの間、彼はこれを黒に染めていた。その染料に、人に害を及ぼす毒が含まれていた。
 村人が次々に倒れ、奈々も床に伏せた。人ですらそうなのだから、動物が嫌うのも当然といえば当然だ。
「……すみません」
 獄寺とて、蛤蜊家に巣食う一部の強欲な人間に騙された被害者だ。しかし知らなかったとはいえ、己の犯した罪を帳消しには出来ない。
 頭を垂れて反省の弁を述べた彼に驚き、綱吉は目を見開いて、すぐに苦笑に転じた。
「違うよ。獄寺君の所為じゃないから」
「ですが」
「ううん、本当に。獄寺君が里に来るより前に、飛んでくるはずだったから」
 彼のもたらした毒が原因で、燕が飛来しなかったのではない。雪解けを待って、あの二羽は毎年里にやって来た。獄寺が里を訪ねたのはそれよりも遅い、桃の花が咲くような季節だった。
 だから気に病む必要は無いのだと重ねて声に出し、綱吉は土のついた爪先で桶を軽く蹴り飛ばした。
 水面が波立ち、飛沫が散る。冷たい水滴を向けられて、獄寺は慌てて後ろに退いた。
「おっと」
 そうして丁度、外に出ようとしていた山本にぶつかった。
 厚みのある胸板に支えられて、咄嗟に出た手に肩を抱かれた獄寺が、相手が誰かを悟ると同時にまたも飛びあがった。
「うわ、気色悪いことすんな!」
 山本からすれば、後ろ向きにたたらを踏んだ彼を好意で助けてやっただけなのに、酷い言われ様である。振り向き様に肘を出され、彼は慌てて獄寺から手を離し、万歳の体勢を取った。
 一方の獄寺はというと、急に支えを失ってまたも倒れそうになり、懸命に姿勢を立て直そうと片足立ちでぴょんぴょん跳ねた。
「わっ」
 そうして足元にあった水の張った桶を、盛大に蹴り飛ばした。
 近くに居た綱吉が、急激に大きな波を立てた木桶に驚き、自分の方に倒れてくると知って急ぎ右に逃げた。それはぐらぐらと不安定に円を描き、やがて糸がぷっつり切れたかのように力を失い、凛と冷えた水を大量に撒き散らして南を向いて転がった。
 幸いにも逃げ足だけは速い綱吉は水を被る事なく、凍える思いをしないで済んだ。が、折角井戸から汲み上げてきたのに、全て地面に吸い込まれてしまった。
「あー、あぁ」
「すっ、すみません十代目!」
 一連の流れを見ていた山本が、獄寺の失敗を嘲笑って白い歯を見せる。獄寺も自分の手酷い失態に悲壮感たっぷりの表情を浮かべ、前に出した両手で頻りに空気を掻き回した。
 だが、所詮は水だ。零したところで、どうという問題は無い。また汲んでくればいいだけの話で、悪気があってやったわけではないと知っている手前、彼を責めることなく、綱吉は肩を竦めるに留めた。
「いいよ、気にしないで」
 修理したばかりの釣瓶を掴む手は悴み、縄を上げ下ろしするにも力が要るが、毎日やっている事だ。それに一回分の手間が増えたところで、雲雀の仕事量には到底及ばない。
 働き者の愛しい人を思い浮かべながら手を横に振った綱吉を遮り、不意に獄寺が大声を出した。
「そうだ。俺、汲んできますね!」
 妙案だと思っているようで、目が輝いている。あまりの迫力に呆気に取られて咄嗟に返事が出来ず、綱吉は目を右往左往させながら、やや間を置いてから頷いた。
 無理矢理頷かされたようなものだが、そうとは考えずに了承と受け取った獄寺は、諸手を挙げて喜びを表現し、横倒しになったままの桶を拾うと颯爽と走り去っていった。
 上ばかり見ている仕事に疲れただけのような気がすると、置き去りにされた青笹を見下ろし、綱吉は苦笑した。
「どうかしたのか?」
「ううん。獄寺君に、燕の巣、聞かれたから」
 玄関先でふたりが突っ立って、何をしていたのか。疑問に思った山本の言葉に、綱吉は拾った笹を抱いて上を向いた。
 表に出て来た山本もまた、綱吉と同じ方向に顔を遣って、そこにある泥を固めて作られた巣に頷いた。
「来なかったんだってな」
「うん」
 春先に並盛に飛来し、卵を産んで雛を孵す燕たち。桜が咲く頃にはぴぃぴぃと、喧しすぎるくらいに何匹もの幼鳥の、餌を強請る声が響いていた。
 けれど、今年はそれがなかった。別の場所で巣を作ったのか、それとも。
「なんだか、さ」
 濡れた笹の葉を撫で、綱吉は鮮やかな緑に指を走らせた。
 視線も合わせて落とし、山本が夜明け前から集めてきてくれた笹を抱き締める。結果だけを言えばどうという事はなかったけれど、彼が黙って屋敷を抜け出したと知った時は、とても怖かった。
「うちに初めて燕が来た年に、山本もうちに来たから」
「……だっけか?」
「そうだよ」
 父親と大喧嘩をして勘当を言い渡されて、他に行く宛てが無いからと沢田の家を頼った。退魔師としての能力を幼い頃より顕現させていた彼は、この力を封じるのではなく、弱きを助けるために使いたいと考えた。
 人の目に映らぬものを見て、言葉を交わす彼の力を、只人である両親は早い段階から持て余していた。
 幸いにも里には、代々退魔師の家系である沢田家があった。山本がそういう考えに至れたのも、力の正しい使い方、制御の仕方を教えてくれる存在があったからに他ならない。
 退魔師は、血脈を重視する。その家系に産まれたものでなければ、どれだけ強い力があろうとも、退魔師として一人前になるのは難しい。
 故にその血筋に無い者が類稀なる霊力を有した場合、己の力に苦しみ、或いは溺れ、人間として堕落してしまう者が非常に多かった。力の扱い方を知らず、周囲からは畏怖され、厭われ、肉親からも見捨てられて行き場を失った人間の、なんと多いこと。
 霊力を悪事に利用する輩を、退魔師崩れと言う。元は蛤蜊家を頂点とする退魔師一族の中からはぐれ出た者を指しての言葉だったが、時代が下るに連れて、それは退魔師の家系になく、庇護下にも無い、強い霊力を有する者の総称として使われるようになっていった。
 彼らは、蛤蜊家に存在を認められていない。居てはならぬ者として嫌悪され、処罰の対象とされた。
 山本武がそういった退魔師崩れにならずに済んだのも、ひとえに沢田家の現当主である家光、及びリボーンの尽力あっての事だ。
 ただ、其処に至るには紆余曲折があった。
 山本の母親は、数年前に亡くなっている。息子の事を最後まで案じていた彼女は、彼が退魔師になるのに反対の立場だった。
 村で鍬を持つのとは違って危険が付きまとう仕事であるし、血筋が重んじられる世界なのでとても閉鎖的だ。野から出た彼が辛い思いをするのではと、心配だったのだろう。
 けれど親の反対を押し切って、山本はこの道に入った。父親と流血沙汰の喧嘩までして、二度と敷居を跨ぐなとまで言われても、決意は揺るがなかった。
 そうやって、あちこち擦り傷、打ち身だらけの襤褸雑巾状態で、彼が綱吉のところに転がり込んできた年の春。燕が沢田家の軒先に巣を作った。
 数年間に及ぶリボーンからの、血反吐を吐くほどの辛い特訓の末に一人前と認められ、最後の仕上げとして各地をひとり旅して修行を積むよう命じられたその翌年の春、燕はやって来なかった。
 だからこの空っぽの巣を見る度に、綱吉は山本を思い出す。
「俺は、帰って来たじゃん」
「うん」
 燕の雛が巣立ちを終えた季節になって、山本は雨と一緒に里に帰って来た。
 努めて明るい声を発した幼馴染みに琥珀の目を向け、綱吉は遠慮がちに頷いた。が、漠然と抱く不安は消えず、胸の中にしこりとなって残った。
 また彼が何処かへ行ってしまうのではないか、そして今度こそ戻って来ないのではなかろうか。
 暗闇の中、綱吉の手の届かない場所に消えてしまいそうで、怖い。
「ツナ?」
「なんでさ、山本は」
 無意識に手が伸びて、綱吉は山本の袖を掴んだ。引っ張られた彼が怪訝に眉根を寄せて、半歩前に出る。庭を彩る松の木から、音を立てて雪の塊が落ちた。
 冬場であっても青々として色を失わない笹を握り、綱吉はそれを彼の前に突き出した。
「夜明け前に、出て行くなんて。危ないよ」
 がさがさ言う笹を眼前で揺らされて、面食らった山本が出したばかりの足を引っ込めた。追いかけて綱吉が前に出て、強く睨みつける。
 怒りを懸命に堪えていると分かる艶を帯びた双眸に、山本は下唇を噛むと東を向いた。
 物音がする。恐らくは獄寺が、井戸から汲んできた水を桶で運ぼうとして、悴んだ指で巧く持ちあげられずにいるのだろう。
「危なくなかったぜ、別に」
「でも、何かあったらどうするのさ」
「なんもなかったから、いいじゃねーか」
 心配しすぎだ。そう言って呵々と笑い飛ばし、山本の大きな手が綱吉の頭を撫でた。
 はぐらかされ、誤魔化された。そうと分かるのに、追求する暇を与えてもらえない。
「お待たせしました、十代目」
 額から汗を滴らせた獄寺が、重そうに桶を引きずりながら母屋の角から現れたのだ。いったいどれだけ大量に汲んできたのか、彼が動く度に桶の縁からは透明な水が飛び跳ねて、地面の色を濃く染め直していた。
 ふぅふぅ言いながら近付いて来る彼になんとも言えない顔を向け、綱吉は楽しげにしている山本の手を叩き落した。
「山本」
「そうだ、ツナ。お前に用があったんだ」
 綱吉は獄寺が煤払いを済ませた場所に箒をかけ、その後雑巾で汚れを完全に取り去る作業の途中だった。桶の水は雑巾を洗う為のもので、汚くなって来たから交換しに行って、ここで獄寺と鉢合わせした。
 笹の葉を揺らした綱吉に頷き、山本は今し方彼が出て来た母屋を顎で杓った。
「納戸の整理さ、頼まれたんだけど。俺ひとりじゃどれが要るのか、要らないのか分からねーから、見てくれると助かる」
 そういえば奈々も、朝方にそんな事を言っていた。過去に数年間、この屋敷に厄介になっている山本であっても、必要か否かの判断は家人の判断を仰ぐ必要がある。
 自分の勝手な思い込みで処分してしまって、後から奈々に必要だったと言われたら、元も子もない。
「母さんは?」
「おばさんは、奥座敷の方の整理」
「そっか。分かった」
「あの、十代目。これは……」
 しかし納戸の整理となると、責任重大だ。出来るならやりたくないが、奈々も手が離せない状況であるならば、やむを得ない。
 承諾の意を表明した綱吉の横で、獄寺が懸命に運んで来た木桶を前に、遠慮がちに右手を挙げた。
「ごめん、獄寺君。廊下の床磨き、お願いしていいかな」
「はい?」
「煤払いばっかりじゃ飽きるでしょ。居間と、北の廊下は終わったから。後は南の座敷と縁側ね」
 丁度良かったとばかりに綱吉が振り返り、雨戸も全開にしてある南に面した三間続きの座敷を指差した。
 綱吉が使っていた雑巾も、其処にある。早口に捲くし立てる彼にろくすっぽ反応出来ぬまま、獄寺はぽかんと間抜けに口を開き、頷いた。
 彼に任せた、と言われたら、承服しないわけにはいかない。じわじわと腹の底からやる気を呼び起こして、彼は最後、力強く己の胸を叩いてみせた。
「はい。男獄寺、見事十代目のご期待に応えてみせます」
「あはは。じゃあ、よろしく」
 実際のところ、綱吉は冷たい水で雑巾を洗うのも、腰を曲げて汚れを削り落とすのにも疲れていた。良い代役が見付かったと内心安堵して、彼は先に屋内に戻った山本を追いかけ、土間を越えて台所に入った。
 午前中に奈々がみっちり時間をかけて掃除していたので、見違えるほど、とは言いすぎだが、明らかに朝に比べて綺麗になっている。竃の煤汚れも取り除かれており、次に料理をして汚すのが勿体無い感じがした。
 一足先に草履を脱いだ山本が、既に準備していた行灯に種火を移し変え、明かりを灯した。薄い和紙一枚を隔て、淡い橙色の炎がゆらゆらと当て所なく揺らめく。
 松脂の焦げる臭いが鼻腔を刺して、綱吉は靴脱ぎ石に草履を並べながら顔を顰めた。
 納戸は、居間に奥ある。北の間と、南の間の間を横切る形で設けられており、昼間でも一切光が入らないのでかなり暗い。幼い頃は悪戯をしたお仕置きとして、家光によく閉じ込められた。
 暗くて、湿っぽくて、古いものが多いから何か出そうで怖かった。大丈夫だと分かっていても幼心に闇は恐怖で、わんわん泣いて謝って、やっと出してもらえたものだ。
 ほろ苦い記憶を呼び起こし、ひとり照れ笑いを浮かべた綱吉に首を傾げ、山本は種火を戻して行灯を持ち上げた。
 火が消えない注意しながら、床板を軋ませて歩き出した彼を追い、綱吉も急いで飴色も濃い板戸の前に移動を果たした。
「でも、整理って言ってもなあ」
 昨年からあまり物は増えていない。増えたとすれば、冬越えのために貯えた食糧くらいだろうか。
 それも着実に量を減らしてきている。大飯食らいがふたりもいるのだから、当然といえば当然だ。
 愚痴を呟いた綱吉をちらりと見やり、山本は何も言わずに壁と一体化している戸に手を掛けた。行灯を下ろし、開けるのにちょっと力が必要な引き戸を左へと動かす。
 一旦持ち上げて、押し出すようにしてから横へ。途中、カコン、と何かが外れる音が綱吉の耳にも届いた。
「よっ、と」
「ありがと」
 戸が行き着くところまで押して、道を切り開く。現れた暗闇に行灯を翳すと、低い位置から照らし出された内部に影が伸びた。
 外から吹き込んだ風に埃が舞い上がり、湿っぽさに紛れて黴臭さが鼻をついた。
「相変わらず、なんていうか、な」
 窓のひとつも無い空間は、いつからそこにあったのか分からない空気が沈殿して、どうにも重苦しい雰囲気に充ち満ちている。両手を腰に当てて肩を竦めた山本の後ろから中を覗きこんで、綱吉も彼の言いたい事を大まかに察し、頷いた。
 此処にあるものは、つまるところ沢田家の歴史だ。
 手前の間には古い家財道具に、生活用品などなど。そして屋敷のほぼ中心に位置する奥納戸には、古い書や巻物や、術の発動に必要な呪符の類が、殆ど無造作に近い状態で積み上げられていた。
 もし獄寺に見せてやれば、きっと涙を流して喜ぶに違いない品だらけだ。が、其処にあるものを扱っていいのは、沢田家の人間だけ。裏手にある結界同様、二間続きの納戸の、奥側に入室が許可されるのは、沢田家の血脈に限られる。
 本来、退魔師の技術は一子相伝。そういう面に置いて、山本が不利であるのは否めない。
 そういうわけで、奥の間に山本は入れないが、手前側はそうではない。古びた行李が並べられ、隙間を縫うようにして色々なものが置かれている。一番目立つのは、機織機だ。