煤払 第二夜

「ご馳走様でした」
 茶碗と小皿の中身を全て空にして手を合わせ、一礼した綱吉は、満腹だと頬を膨らませて息を吐き、親指の爪で唇に残っていた汁気を拭った。
 右斜め向かいではまだ獄寺が悪戦苦闘中で、味噌汁はすっかり冷めて湯気は一本も登っていなかった。
 まだまだ時間のかかりそうな彼に微笑み、膳を片付けに入る。
「あらあら、まだ食べてるの?」
 そこへ不意打ちで奈々の声が響き、彼は思わず前のめりに倒れそうになった。
 獄寺までもがぶっ、と口の中にあったものを噴き出して、ぱんぱんに膨らんだ口を手で押さえこんだ。残りを吐き出さないよう懸命に足掻き、顔を赤くしたり、青くしたりして苦心の末に全て飲み込む。
 飛んで来た唾を避けた奈々は、顔面蒼白で今にも死にそうになっている彼に肩を竦め、苦笑した。
 日頃の彼女は、どんなに食事に時間をかけようとも、怒らない。きちんと残さず食べるのが大事だと説いて、急かす事は殆どなかった。
「母さん」
「ちゃっちゃと食べちゃってね」
「うぷ……、はい」
 それなのに今日に限って、彼女はまだ椀に三分の一ほど残している獄寺に向かって言い、手前にいる息子にも目を向けた。
 彼の膳が綺麗に片付いているのを確かめ、満足げに頷く。表情はあくまでもにこやかだが、有無を言わせない迫力がそこには宿っていた。
 この家で最も怒らせてはいけない存在は、奈々だ。彼女が居なくなりでもしたら、沢田家はあっという間に傾き、全員が餓死してしまうに違いない。
 細い棒の先に、それよりも細く切った襤褸布を何本も巻きつけた叩きを片手に握る彼女の前で小さくなって、綱吉はそそくさと膳を片付けに土間へと降り立った。後ろでは獄寺も、椀を大きく傾け、口の中に残りを掻きこみ始めていた。
 綱吉よりも先に土間に降りていた奈々はと言うと、息子達以上の慌しく歩き回り、台所の高い位置に向かって布の束を差し向けた。
 角に張られた蜘蛛の巣を取り払い、煤を払い、汚れを下に落としていく。埃を顔に浴びせられた綱吉は、途端に噎せて咳き込み、苦しげに身を丸めた。
「もう、邪魔よ」
「先に言ってよねー」
 両手を口元にやって立ち止まっていたら、横向きに歩いていた奈々にぶつかった。
 急いで逃げたのだが、気がついた時にはもう手遅れで、避け切れなかった。ふらついた彼女に途端に睨まれて、綱吉は掃除を始めるのならひと言欲しかった、と恨めしげに言い返した。
「ご馳走様でした!」
 台所での母子のやり取りを他所に、ようやく食べ終えた獄寺は元気良く叫んで両手を叩き合わせた。
 白湯を飲んで口の中を漱ぎ、頬についていた米粒も抓んで奥歯で擂り潰す。雑穀ひと粒にも神が宿る、並盛に来てから食事の度にそう言い聞かされて来た手前、迂闊に残すことも出来なかった。
「戸、開けるわよ」
「はい?」
 彼が手早く食器を片付け始めるのを見て、待ち構えていた奈々が振り返って言う。無視された綱吉は頬を膨らませて拗ねていたが、窄めた口から息を吐くのと一緒に怒りも外に追い出して、彼女を手伝うべく、食事中は閉じていた窓の障子戸を横に滑らせた。
 刹那、まるで外で準備していたかのように、一斉に冷たい風が台所のみならず居間にまで、唸り声を上げながら飛び込んできた。
「ひぃ!」
 構えていた綱吉はまだしも、家の中は暖かいもの、と勝手に決め込んでいた獄寺にとって、これは脅威以外のなにものでもない。それでなくとも急いでいた為に薄着だった彼は、ものの見事に冷風の被害に直面し、手にした椀を放り投げた。
 木を削り、中身をくりぬいて作ったものだったので、落ちても割れることは無い。綺麗に弧を描いて床に落ちたコン、という音にまで竦みあがった彼は、振り返った綱吉にその現場を目撃され、真っ赤になって顔を伏した。
「大丈夫?」
「へっ、平気、っす。これくらい、男獄寺、なんてことは、は、は……っくしょい!」
 一気に体温を奪われ、全身に鳥肌が立った。それでも綱吉の前で格好悪いところは見せられないと痩せ我慢を試みるものの、全部を言い切る前に鼻がむずむずして止まらず、盛大なくしゃみが飛び出した。
 唾と鼻水を撒き散らした彼に苦笑して、綱吉は土間の手前まで転がって来た木椀を拾い上げた。
「片付けはやっておくから、羽織っておいでよ」
「面目ないです、十代目」
 爪先立ちで震え上がっている彼があまりにも哀れで、同情を示して綱吉は居間に膝で上がりこんだ。草履を履いたまま、擦らぬように脛から先を持ち上げて、後退した獄寺の膳を四つん這いのまま引き寄せる。
 行儀の悪さは承知の上だが、脱いで、履いて、をやる手間が惜しかった。
「武君、戻らないわね」
「……だね」
 使った食器を水の張った盥に沈め、膳は逆さまにして台所の片隅の棚へ。ひとつだけ天地を正しくして収まっている分を見やり、綱吉は奈々の何気ないひと言に頷いた。
 朝飯も食わずに、何処を歩き回っているのだろう。
 誰よりも早起きの奈々が気付かなかったのだから、かなり暗いうちから出て行ったことになる。綱吉が起きた時間にはもう雪は止んでいたけれど、昨晩寝入る前はかなり風が出ていた。
 吹雪く中、月明かりも期待できない闇の中を出歩くのは危険極まりない。彼は並盛生まれの並盛育ちだから、雪には慣れているとはいえ、心配だ。
 雪靴に蓑、笠とひと通り装備して出て行ってはいたようだが、雪で覆われた足元は地面を見失い易い。
「困ったわね。納戸の整理、恭弥君ひとりにさせるのは大変だし」
 右手を頬に添え、はたきを持った左手は忙しく動かしながら、奈々がちらりと息子を見た。
「悪かったね、非力で」
「誰もそんなこと、言ってないわよ~」
 直ぐに逸らされた視線と口ぶりから邪推して、綱吉がぱんぱんに口を膨らませる。唇を噛み締めている彼の愛らしい横顔に目を細め、奈々は拗ねてしまった息子の頭を撫でた。
 まだまだ小さいものの、少しずつ成長している。背を抜かれるのも時間の問題で、こうやって背伸びも無しに撫でてやれるのも、きっと今のうちだけだ。
 林檎のように色付いた頬を凹ませ、どうにか溜飲を下げた綱吉はいい加減鬱陶しいと母を追い払うと、戻って来た獄寺に手を振って合図を送った。
「今日は、なにかあるんですか?」
「ん、事始」
 急いで来たのだろう、少しだけ息を乱した彼が羽織の紐を結びながら問う。忙しなく動く色白の手を見やってから、綱吉は背後で埃を撒き散らしている奈々を振り返り、言った。
 しかし耳慣れない言葉に獄寺は首を傾げ、衿を整えながら目を平らにした。
「お琴でも、習われるのですか?」
「……そういう発想が出来る獄寺君は、凄いと思うよ」
 都に居た時は、町の娘らが手習いで琴の先生の家に通っているのも、たまに見かけた。しかしあれは女性がやるものだと思っていたので、目の前に佇む少年となかなか結びつかない。
 蛤蜊家を継ぐに当たって、教養を身につける必要があるのだろうか。と、そんなところまで考えて、当人からの曖昧なひと言に、自分の推理が外れだったと知る。
 褒められたのかどうなのか、線引きが微妙な台詞に苦笑して、獄寺は照れ臭そうに頬を掻いた。
「えっと……」
 そうして正解を欲し、改めて綱吉に目を向けた矢先だ。
 玄関の方から大きな物音がした。
「なに?」
 一瞬びくりとした綱吉が肩を強張らせ、獄寺も身構えて素早く板戸に視線を走らせた。
 玄関と居間とを繋ぐ廊下は、現在板戸で遮られている。光も通さず、故にその向こう側の様子を知る方法は無い。
「雲雀ですか?」
「ヒバリさんは、今は道場の方に」
 この場に居合わせていない人物かどうかを綱吉に問うが、彼は首を振って東の方角を指差した。伝心によって傍に居ずとも心の中だけで会話出来るふたりだ、綱吉の言うことは信用に足る。
 雲雀は今も其処にいると告げた彼に頷き、獄寺は冷えた板敷きの床を、摺り足気味に歩き出した。
 綱吉も草履を履いたまま、やや早足の獄寺を追って戸口へ向かった。
「誰だ!」
 そうして、玄関に断りもなく入って来た人物目掛けて怒鳴り、獄寺は勢い良く一枚板の戸を右に滑らせた。
「うおっ」
「うわ」
 獄寺に遅れる事二秒。同じく土間を仕切っていた板戸を左に走らせた綱吉もまた、獄寺と一緒になって、いつの間にかそこに出来上がっていた巨大な雪だるまに目を白黒させた。
 玄関の戸まで全開で、外からの風が轟々と吹き込んでくる。居間の寒さとは比にならない寒さに綱吉は両手で己を抱き締め、獄寺は歯を食い縛って垂れそうになった鼻水を堪えた。
 奥歯をかちかち言わせ、竦みあがってその場で足踏みする。
「なっ、な……」
「やまもと?」
 気温の低さの所為でまともに声が出ない獄寺に代わり、雪深い冬に慣れている綱吉が前に出た。硬い足元には外から運ばれて来た雪が散らばり、溶けて所々が濡れていた。
 覚えのある体格に眉根を寄せて、怪訝に問いかける。彼がその人名を声に出した瞬間、高い位置にいた獄寺がぎょっとした顔をした。
「え、は?」
「悪い、ツナ。ちょっとこれ、頼む」
 真っ白い雪を被っている人物が、自分達の良く知る青年だとはとても思えない。しかしむっくり起き上がった雪だるまから聞こえて来たのは、間違いなくあの山本の声だった。
 幾らか鼻声であるものの、元気そうだ。彼は目深に被っていた笠を持ち上げて頭上にあった大量の雪を後ろに流すと、胸に大事に抱え込んでいたものを綱吉に差し出した。
 ただ、こちらも存分に雪を被っている。細長く、ひょっとすれば綱吉の背丈よりも長いかもしれない青笹には、この季節でも枯れずに残った葉がわさわさと繁っていた。
 受け取ろうにも、このままでは濡れてしまう。瞳を上に下に動かし、戸惑いを表明した綱吉を見て、縁側にいた獄寺がようやく寒さから立ち直り、声を張り上げた。
「山本、手前、何処行ってやがった」
「ん? ああ、悪い」
 とても悪いとは思っていない明るさで返事をして、彼は綱吉が動かないのを見て仕方なく抱えていた笹を、そこに積まれていた薪の山に預けた。
 振り落とされた雪が綱吉の爪先に散らばって、彼はおっかなびっくり足を引っ込めた。
「笹……」
 その一方で視線は、今し方山本の手から離れたばかりの青笹に向いた。どこから切り出してきたのかは分からないが、随分と立派だ。
 ぎゃんぎゃん吼え続ける獄寺を無視し、山本は笠を外すと笹の上に載せ、次いで背中を覆う蓑を外しに掛かった。前で結んでいた紐を解き、真後ろに落とす。大量の雪を張り付かせていたにも関わらず、下から現れた彼の長着は、殆ど濡れていなかった。
 雪靴を脱ぎ、尻っぱしょりを外して股引を隠す。大雑把に身繕いを整えた彼は、最後に大きく息を吐き、肩を交互に叩いた。
 その間に綱吉は彼の脇をすり抜け、開けっ放しだった玄関の戸を閉めた。風が大幅に軽減されて、獄寺がひと際安堵の表情を浮かべて乱れた銀髪を掻き回した。
「なんだって、お前は」
「山本、もしかして」
 綱吉と獄寺が殆ど同時に言葉を発し、重なり合った互いの声にふたりして吃驚して、次に発しようとしていた言葉を飲み込んだ。両者共に相手に優先権を譲ろうとして遠慮を顔に出し、中途半端な質問に困った山本が、蓑の雪を払い落としながら首を傾げた。
 渋い顔をする綱吉を横目に見て、獄寺は仕方なくわざとらしい咳払いをした。
「どこ行ってやがった」
 蓑と笠を土壁の、固定の場所に吊るす段取りに入った山本の背中に向けて、ぶっきらぼうに言い放つ。腕を伸ばしながら首から上だけで振り返った彼は、吊り下げるのに失敗して手を空振りさせ、誰にも聞こえない音量で舌打ちして、作業を諦め先に説明を済ませようと体を反転させた。
 蓑を両手に持ったまま、上下左右に軽く揺らす。湿った藁が波を打ち、間に紛れていた水滴が落ちていった。
「何処って、笹、取りに」
「だから、なんだってこんな時期に」
「使うからに決まってんだろ。な、ツナ」
「え? あ、うん」
 左胸に手を押し当て、山本と横たわる青笹とを交互に眺めていた綱吉が、急に話を振られて吃驚した顔をした。間を置いて頷き、機嫌悪そうに口を尖らせた獄寺を上目遣いに見やる。
 困った顔の彼に見詰められ、獄寺は自分が悪いでもないのに責められている気分になった。
 怒られるべきは山本なのに、理不尽だ。口にはしないがそう心で思っていたのがばれたようで、綱吉に両手を合わされて彼は慌てた。
「いえ、十代目」
「あのね、さっき俺、言ったよね。事始め。大掃除なんだ、今日」
 あと半月もすれば、正月がやって来る。年の変わるその日のために、家の隅々まで綺麗にして、汚れを取り除き、歳神を迎え入れる準備を整える。
 その手始めたる日が、今日だ。
 しかしそうは言われても、青笹と掃除が直ぐに結びつかない。使うと言われても用途が思い浮かばなくて、彼は不思議そうに雪が残る笹の葉を見た。
 眉間に皺が寄っている彼に苦笑して、綱吉は人差し指を天井に向けた。くるりと円を描くように動かして、山本に顔を向ける。
「煤払いに、ね」
「そうそう」
 同意を求められて頷き、山本は今度こそ蓑と笠を壁に吊るし終えて両手を空にした。二度柏手を打って悴んだ指先に血を巡らせ、まだ怪訝にしている獄寺の理解の悪さを笑い飛ばす。
 彼は拗ねた顔をして、綱吉に縋る目を向けた。
「十代目」
「ほら、囲炉裏の上とか、煤が溜まってるでしょ。でも手を伸ばしたくらいじゃ、届かないから」
 自分だけ知らないのは悔しいと声を荒げた彼に落ち着くよう促し、綱吉は暗がりの向こうに続く居間を指示して言った。
 確かに天井は高く、この中で最も上背がある山本でも、奈々の持っていたはたき程度では届かない。一年間囲炉裏で火をくべ続ければ、煤も相当な量になる。
 正月前に一年分の汚れを取り払うのだと言われて、ようやく彼も納得した顔で頷いた。
「都じゃ、やらなかったのか?」
「うるせぇ、馬鹿」
 正月前に家の中が騒々しくなるのは知っていたし、大勢が集まって一斉に何かやっていたのも気付いていた。が、そもそも彼は屋敷の中でも扱いが特別で、皆腫れ物に触るような扱いしかしてこなかった。
 煤払いに参加しろ、などとは、きっと誰も言えなかったに違いない。
「じゃあ、はい。獄寺君の分」
「はい?」
「頑張って、綺麗にしてね」
 光景を想像し、綱吉は重くなりそうになった気持ちを振り払うべく、明るい声を出した。山本が集めてきた笹を一本手に取り、葉に残っていた雪を落として、やおら獄寺に差し出す。
 いきなり顔の前に突きつけられ、彼は面食らった。
 冬になっても尚青い葉の隙間から笑顔を覗かせた綱吉に逆らいきれず、つい受け取ってしまうが、がこれをどうすればいいのかが分からない。答えを求めて視線を右往左往させるが、自分で考えろとでもいうのか、綱吉も山本も知らぬ顔だ。
 奥からは奈々も顔を出して、其処に在った山本の姿に手を叩き合わせて喜んだ。
「武君、丁度良かったわ。瓶を動かしたいの、手伝ってくれる?」
「分かりました」
 力仕事は細腕の奈々や、綱吉では手に余る。そして雲雀にも仕事があって、彼にばかり頼るのは申し訳ない。
 山本が居てくれれば百人力だと褒め称え、早く来てくれと手招き頼む奈々に、獄寺は物憂げな表情を浮かべて手元を見た。
 獄寺もそれなりに腕力はあるのだが、山本に比べればずっと非力だ。戦い方からして接近戦ではなく、一定の距離を保った上での呪符に拠る遠隔攻撃が主体なところからして、自分でも分かっているのだろう。
 肉弾戦など粗忽者がやるものだと、己の欠点を棚上げにしてきた結果が、この有様だ。
「ちぇ」
 面白く無さそうに呟き、獄寺は手の中の笹を揺らした。
 葉が擦れあい、がさがさと喧しい音を立てる。これを使って掃除をしろ、というのだから、つまるところ高いところをこれで払えばいいのだ。真下にいたら落ちてくる煤や埃を被ってしまうから、斜めに構える必要がありそうだ。
 さほど太くなく、しかし軟らかすぎず簡単に折れそうにない笹をしっかり握り締め、彼はどこから手をつけようかと、後ろを振り返った。
 囲炉裏のある居間、そして竃のある台所。それらに通じているこの土間と、一度手をつけ始めると、終わりが知れないほどに掃除する場所は多い。途中からは邪魔になる銀髪を頬被りで押さえ込んだ彼は、昼を過ぎる頃には屋内をひと通り終わらせるのに成功した。
 昼食の蕎麦掻をさっと胃に流し込み、彼は午後からは雲間から太陽が覗き始めた屋外にまで、手を伸ばすことに決めた。
「ん……?」
 そして真っ先に取り掛かった玄関に、妙なものを見つけて首を傾げた。
「お疲れ、獄寺君。どうかした?」
 薄日が差す中、庇の先に残る雪が溶けて、時折水滴が落ちてきた。冷たい雫を受けぬよう注意を払いながら立ち位置を考えていた彼は、どう見ても無駄と思えるものが其処にあると今頃知って、変な顔をした。
 この屋敷に来て既に十ヶ月近く。春が来て雪が里から消える頃になれば、一年になる計算だ。
 にも拘わらず、今日になるまでこんなところにこんなものがあるとは、知らなかった。
 見る者に違和感を抱かせないくらいに、見事に景色に馴染んでしまっている。最初は蜂の巣かと思ったが、そんな物騒なものをあの雲雀が放置するわけが無い。
「十代目、こいつは」
「ん?」
 獄寺同様、跳ね放題の髪の毛を手拭いで押さえつけ、耳まですっぽり覆った綱吉が水を汲んだ桶を抱えて後ろから声をかけてきた。立ち尽くしていた彼は道を譲る途中、ついでだからと話を向け、四本目の笹を片手に上を指し示した。
 煤を払えば、笹が汚れる。洗っても、先に葉が駄目になってしまう。だから何本も担いで帰って来たのだと、山本の行動の意味を、獄寺は後から自ずと理解した。