煤払 第一夜

 その鳥は、まるで彼の到来に時を合わせたかのように、屋敷に現れた。
 いつの間にかやって来て、卵を産み、雛を育て、共に旅立っていく。来年もまた来るようにとの願いを込めて、空っぽになった巣はずっとそのままにしておいた。
 けれど彼が里を出て行った年、あの鳥はやって来なかった。どれだけ待っても、喧しいくらいの雛の鳴き声は響かず、肩車をしてもらって覗き込んでも、中には枯葉が迷い込んでいるくらいで、舞い戻ってきた気配は少しも感じられなかった。
 別の、もっと居心地の良い屋敷を見つけたのだろうか。彼が去ったことで、下手に虚無感が増していただけに、哀しさと切なさは思ったよりも大きかった。
 今年は来るだろうか。まだ夜も明けて間もない、薄暗い空の下を潜り抜けて玄関から母屋に入る手前で、綱吉は頭上を見上げてそんな事を考えた。
「おはよう」
「おはよう。今日は玄関からなのね」
「一応、……行儀良く」
 敷居を跨ぎ、踏み固められた土間を真っ直ぐ突き進む。風除けで夏場よりも一枚増えた戸を引いて台所に顔を出すと、早々に朝餉の準備に入っていた奈々が竃の前に座っていた。
 煤けた竹筒を手に、燃え盛る炎の加減を調整している。こればかりは彼女の方が綱吉より何倍も上手で、余計な手出しは無用だ。片隅に積み上げられた薪の多さに肩を竦めて苦笑して、彼は乾いた木の爆ぜる音に耳を傾け、前方をぐるりと見回した。
 囲炉裏端には雲雀が居て、綱吉が戸を開けた瞬間に彼の方に顔を向けた。しかし手はずっと休まず動き続け、自在鉤に吊るされた鍋を丁寧に掻き回していた。
 白い煙が無数に立ち上り、天井に向かって揺れながら登っていく。動きを目で追い、微かに立ち上るおいしそうな味噌の匂いに喉を鳴らした綱吉は、残る居候の姿が無いのに気付いて首を傾げた。
「まだ寝てるよ」
「あらら」
 心の声を読み取った雲雀が、先手を打って答えを声に出して呟く。そうではないかと思っていたのだが案の定で、彼は両手を広げて胸の前で重ね合わせ、目を細めた。
 それにしても、珍しい。
「山本もですか?」
「そう」
 獄寺だけならまだしも、朝に強い山本までもが寝坊とは。明日は雨でも降るのではないかと、急ぎ足で沓脱ぎ石へ駆け寄った綱吉は、竃の前に設けられた換気用の小窓から外を窺い、肩を竦めた。
 降るとしたら、雨ではなく雪だ。
 雲雀が鍋をかき回す手を止めて、具の少ない汁を幾らか掬い、口に運んだ。神気を糧としている彼は本来人と同じ食事を必要としないのだが、昔からの習慣で、囲炉裏を囲んで毎日食べ物を口にしている。
 雲雀から霊気を分け与えられる事で命を繋いでいる綱吉も、同じだ。
「どうですか?」
「さあね」
 味付けを聞けば、曖昧な返事ではぐらかされてしまった。が、以前に綱吉が不完全な術を用いて彼をこの世に繋ぎとめた際、交じり合った魂の一部が、彼の感じた味さえもしっかりと伝えていた。
 心に思ったこと、感じたこと、目にした物さえも、包み隠さず相手に伝わってしまう。無論、扉を閉めて鍵をかけ、読み取られないようにする方法はある。でなければ、互いに与え合う厖大な情報に呑まれ、自分が誰で、どこにいるのかさえ、見失ってしまうことになろう。
 ただ綱吉はこの術が苦手で、彼の見聞きするものは大抵の場合、雲雀の中に無尽蔵に流れ込んで来た。
「ふたりを起こしてきてくれる?」
 奈々が釜の蓋を外し、たっぷり立ち上る湯気を相手に格闘している。朝餉の支度は着々と整いつつあったが、北の間に間借りしている居候二名は、未だ姿を現さなかった。
 冬至は過ぎたとはいえ、日が昇るのはかなり遅い上にゆっくりだ。降り積もった雪は山一面を覆い尽くし、並盛山の中腹に居を構える沢田家へ続く山道も、とうに閉ざされたあとだ。
 並盛の里は、四方を山に囲まれた盆地にある。水が豊かで緑に溢れ、秋になれば稲田に揺れる稲穂が、里一面に敷き詰められた黄金のようだった。
 しかし今年の秋、稲穂を刈り取る直前の祭礼の夜。里は稀に見る災厄に見舞われ、収穫を前にした田畑の殆どが灰燼に帰した。
 あれから数ヶ月、少しずつ復興の兆しが現れて村人の顔も明るくなり始めた頃、季節は変わり、本格的な冬がやって来た。霜が降り、雪が大地を覆い隠す。炎に呑まれて傷ついた大地を癒すかのように、並盛は真っ白に染まった。
 懸念された冬越えの厳しさは、里の者たちが総出で助け合い、なんとか乗り越えられそうだ。
 里長の蔵が解放され、近隣の農村も援助の手を差し伸べてくれた。田畑は全滅に近かったけれど、並盛にはまだ豊かな山がある。獣も多い。
 道程は険しいが、餓えることは無いだろう。けれど毎年、冬の寒さにやられて何人かが命を落とす。雪を甘く見てはいけない。
 綿入りの半纏に身を包み、防寒を心がけていても、まだ寒い。隙間風は何処からともなく屋敷の中に吹き荒れて、子供達の背中をひやりと撫でた。
 風邪を引いて床に臥せっている人がいるという話を聞くと、心が騒ぐ。もうじき正月が来るというのに、新しい年を迎えられぬ人がいるというのは、哀しすぎる。
 昨日まで元気だった人が、翌朝には冷たくなっている事もあって、一抹の不安を抱きながら綱吉は立ち上がった。
 あのふたりに限って、そんなことは無いと思いたい。乾いた唇を舐めて潤いを与え、ほうっと息を吐いた彼は床板を踏みしめ、北の廊下へと出た。
 ひんやり冷たい空気が肌を刺し、ぴりりと痛い。この時期、雨戸は全て締め切って昼間でも開ける機会は殆ど無い。故に光はこの時間でも無いに等しく、己の足元さえあやふやだった。
「寒……」
 爪先から登ってくる冷気に身震いして、鳥肌を立てた腕を袖の上からゆっくりと撫でる。歩く度に床板がぎしぎし音を立て、不安を煽った。
 灯りがなくとも歩き回るに不自由しないくらいに、家の中には慣れ親しんでいる。だのに余所様の屋敷に潜り込んでしまった気分になって、彼は温い唾を飲み、手探りで見つけ出した壁と障子戸の境目に指を置いた。
 隙間に差し込み、掌の半分ほどを向こうにやったところで握って右に押し出す。
 北の二間は繋がっていて、間を襖で仕切っている。此処を仮宿としているふたりは、日頃から仲が悪いものの、夏場は蚊帳の数に限りがある為、布団を並べて一緒に寝ていた。気温が下がるこの季節も、互いの暖を取る為と妥協して、というよりは獄寺が渋々同意して、一本足りない川の字で横になっているはずだった。
「あれ?」
 だのに、薄明かりの中で見えた布団は一組だけで、しかも中は空っぽだった。
 手前の部屋は山本が、奥は獄寺が使っている。まさかひとつの布団に枕を並べて、と妙な想像を働かせてしまったが、試しに隣に行くと、獄寺ひとりがいびきをかいて寝入っていた。
 どこにも山本の姿は無い。朝早く起きて、出かけたのだろうか。
「おかしいな」
 襖を開けっ放しにして首を傾げ、膝を折って布団に触れると既に冷たい。枕に敷布団、そして何枚も重ねられた長着。綺麗とは言い難いが一応片付けられているそれら一式を前に鼻を膨らませた彼は、後ろから聞こえた高いびきに驚き、苦笑した。
 膝立ちで隣の部屋へ移動して、呑気に寝入っている獄寺の枕元に座り直す。これだけ近くにいるのに、人の気配に鈍感なのか、彼が目覚める様子は欠片もなかった。
「おーい」
 戸は一日中閉ざされているので外の光は遠く、此処まで届かない。それでも人は、充分な睡眠を取れば自ずと目を覚ますものだ。
 口元に手をやり、最初は小声で呼びかけるが反応は鈍い。良い夢でも見ているのか、いつになく幸せそうな寝顔に嘆息して、綱吉は右膝を起こして姿勢を高くした。
 手を伸ばし、むにゃむにゃ言っている彼が被っている長着の束の、一番下の衿をむんずと掴む。
「お、きろー!」
 そうして大声を張り上げると同時に、勢いつけて彼から引っぺがした。
 熟睡していた獄寺も、流石に耳元で響いた大音響には驚いた。それに加えて、体を包み込んでいた温かな空気が一気に逃げていったのだ。急激に冷えた身体に震え上がり、彼は銀色の髪の毛を振り乱して飛びあがった。
「ひあっ、は……へ!」
 寝起きだからかまともに声すら出てこない。目を真ん丸く見開いて左右を見回した彼は、大量の長着を腰に被せて微笑む綱吉に気付き、右の頬をひくりと痙攣させた。
 屈託無い笑顔を浮かべる思い人のこめかみに、微かにだが青筋が立っているのが見えたからだ。
 目が笑っていない。表情だけを見れば朗らかなのに、彼から発せられるのは只ならぬ殺気だった。
「ひ、あ……あふ、じゅ、十代目。おは、おは、おはよ、う、うご、ご、ございます」
「おはよう、獄寺君。遅いよ?」
 朝餉の段取りはもうすっかり整って、後は全員揃って箸を手に取るだけだ。その前に、日々慎ましやかながらも食事が出来ることへの感謝を込めて、田の神、山の神に感謝するのも忘れてはいけない。
 折角寒い中、胃袋を温めてくれる食事が出来上がっているのに、このままでは冷めてしまう。にっこりしながら告げた綱吉に震え上がり、獄寺は寝間着姿で震えながら何度も首を縦に振った。
 大袈裟すぎる彼の反応に目尻を下げ、綱吉は奪い取ったものを纏めて獄寺に返した。夜の冷え込みから己を守る為とはいえ、結構な量を用いているので、一枚一枚はたいした事なくとも、結構な重みだった。
 雲雀に抱き締められていれば暖かい綱吉とは違って、彼らの苦労は半端ない。少しだけ可哀想に思いながらも、湯たんぽ代わりに雲雀を貸し出してやる気は毛頭なくて、綱吉は静かに立ち上がった。
 影さえ伸びない暗闇の中、直ぐに彼は立ち去るものと思っていた獄寺は、しかしなかなか動き出さない綱吉を怪訝に見上げた。
 着替えようとして帯に手を掛けたところで動きを止めて、綱吉が見入っている方角に自分も目を向ける。開けっ放しの襖の向こうが誰の部屋なのかは、今更確認するまでもない。
 無人の部屋を見詰める綱吉と、その部屋とを交互に眺め、獄寺はどうにも居心地の悪さを覚えて寝癖のついた頭を掻いた。
「あの野郎が、どうかしましたか?」
 聞くかどうかで迷ったが、気になったので結局口に出してしまう。それで我に返ったらしい綱吉は、肩を小さく震わせた後に静かに振り返り、なんでもないとは思えない顔をして首を振った。
 光に乏しく、輪郭がおぼろげに浮き上がる程度にしか見えないものの、人よりは闇に強い獄寺の眼には、確かにそう映った。
「何処行ったか、知らないよね」
「それは、まあ、……はい」
 今の今まで寝こけていた人に訊く話ではない。知るわけが無いと分かった上で疑問を投げかけてきた綱吉に、獄寺は申し訳無さそうに頷いた。
 冷える足元に長着の束を被せ、彼は首の後ろに手を当てて眉間に皺を寄せた。が、夢の中でも物音を聞いた覚えは無い。
「いないんですか?」
「うん」
「腹が減ったら、そのうち帰ってきますよ」
「そう、だね」
 動き回るのが大好きで、体格も良い山本は、大飯食らいだ。今までもひょっこりどこかに出かけて、なかなか帰って来ないことはあった。今日だってそうだろうと獄寺が楽観的に言い切って、綱吉も同意を示して頷いた。
 ただ、雪によって里まで降りる石段も閉ざされた今、出かける先はそう多くない。畑もこの時期は雪に埋もれてしまうので何の作業も出来ないし、庭だってそうだ。屋根の雪下ろしを買って出てくれているにしても、物音のひとつも立つだろう。
 それに、雲雀が知らないという事は、奈々も知らないという事だ。
 雲雀は、ふたりとも眠っていると言った。それはつまり、今日はまだ一度も彼と顔を合わせていない証拠だ。奈々だって、知っていたら先に教えてくれたに違いない。
 だけれど彼女は、何も言わなかった。
 誰よりも早く寝床を抜け出し、屋敷を出て何処に、何をしにいったのか。いつまで経っても空っぽのままだった鳥の巣を思い出して、綱吉は拳を左胸に強く押し当てた。
 山本が父親の元を離れ、退魔師の修行の為に沢田の屋敷にやって来た年に、あの鳥はやって来た。気がつけば玄関の真上に巣を作り、小さな卵を産んで、雛が孵り、屋敷も随分と賑やかになった。
 昨年の秋の暮れ、山本はリボーンから退魔師として一人前と認められた。何処かしら不完全な部分がある綱吉や雲雀を差し置いて、誰よりも早くこの地を巣立った。
 修行と称して各地を遍歴し、方々に蔓延る妖や悪鬼の類を退治する。誰の助けも借りずにひとりでやっていけるよう、経験を積む目的で並盛を離れた。
 彼が居なくなった次の春、渡り鳥はやって来なかった。
 代わりに獄寺がやって来たので、屋敷の賑わいはそう変わらず、むしろ騒々しくなったのは言うまでも無い。けれどぽつんと残された空の巣は、山本がもう戻って来ない現われでもあるように思えて、見上げるたびに切なくなった。
「十代目?」
「ごめん。先に戻ってるね」
 突っ立つ綱吉の物憂げな表情を見かねて、獄寺が手を伸ばす。しかし彼の指が触れる寸前、彼はその場を退き、襖の間を駆け抜けて行った。
 行き場を失った手を暗がりの中で揺らし、彼は足早に去っていく綱吉にではなく、不在の隣人に向かって舌打ちした。
 寝起きの獄寺を残し、居間にひとりで戻った綱吉を待っていたのは、膳を揃える奈々と、味噌汁を椀に注ぐ雲雀のふたりだけだった。
「山本……」
「居なかったみたいだね」
「はい」
 右から左まで見回した末にぼそりと呟いた綱吉に合わせ、手を休めた雲雀が顔を上げた。なんでもお見通しの彼に嘘をついて誤魔化すなど無意味で、綱吉は素直に頷き、左右結んだ手で臍の下を軽く叩いた。
 会話が聞こえた奈々もがふたりの方を見て、不思議そうに眉目を顰めやる。運ぼうとしていた膳を揺らし、戻すべきかどうかで苦慮している様子が窺えた。
 彼女の持っている膳こそが、山本の物だったからだ。
「お出かけしてるの?」
「みたい。知らない?」
「聞いてないわねえ」
 夜明け前から出て行く用件があるとしたら、昨晩のうちに奈々に伝えておくのが常だ。でないと今日のように、彼の分まで食事を用意してしまう。
 必要なのか、否か。冬のこの時期、食材は貴重だ。もし無駄になるようなことになれば、勿体無いだけでは済まない。
 首を右に傾けて視線を斜め上に投げた奈々のひと言に、綱吉はやっぱり、と重苦しい息を吐いて肩を落とした。
 玄関も、勝手口にも、基本的に鍵と呼べるものは無い。
「隼人君は?」
「起こした。でも、知らないって」
「そう」
 先ほどの北の間でのやり取りを簡単に説明し、首を振る。リボーンならば或いは何か知っているかもしれないが、彼の姿も、この時間だというのに依然現れなかった。
 神出鬼没で、出て来る時も消えるときも彼の気まぐれひとつ。見てくれは赤ん坊に等しいけれど、彼の力は底が知れなかった。
 なんでも知っているくせに、教えてくれることはほんの一握り。意地の悪さは雲雀のそれを軽く凌駕して、敵に回したくない存在の筆頭株だ。
「ひとまず、貴方達だけでも先に食べちゃいなさいな」
「でも」
 囲炉裏を囲む形で、三人分の膳は既に整っていた。空いた場所に雲雀が椀を添え、揃えられた箸は持ち主に早く座すよう無言で促している。
 奈々の言葉に躊躇して膝をぶつけ合わせた綱吉に溜息を零し、雲雀は鍋の底をひと混ぜしてから呟いた。
「雪靴はあった?」
「あっ」
 そういえば、そうだった。
 掠れるほどの小声だったが、耳元で囁かれたと同じくらいはっきりと聞こえた。彼の言葉に目を見開き、すっかり失念していた綱吉は勢い良く両手を叩き合わせた。
「見てくる」
「ツナ、ご飯」
「直ぐだからー」
 気が急いて、待ってなどいられない。悠長に食事を終えてから確認するなど無理で、綱吉は奈々の険しい声を撥ね退けると、足音喧しく響かせて玄関に繋がる戸に駆け寄った。
 立て付けが悪いのを押して右に滑らせて、出来上がった隙間に身を滑り込ませる。外に近付いた分空気は冷えていて、彼は身震いして奥歯を噛み鳴らした。
 このまま右に行けば三間続きの座敷に出て、下に降りて真っ直ぐ行けば玄関で、外だ。
 台所に通じる手前の土間には藁や、台所に入りきらなかった薪等が無造作に積み上げられている。その壁に、雨や雪を防ぐ為の笠や蓑が横並びに吊るされていた。
 うちひとつが、見当たらない。
 視線を足元に転じれば、案の定だ。藁で編んだ雪靴が一足、跡形もなく消えていた。
 寝起きしている離れから母屋に移動する際、綱吉は此処を通った。だのに全く気付かなかったと己の不注意さを恨めしく思いながら、彼は閉じられている板戸に肩を竦めた。
 夜明け前のまだ暗い中を、いったい何処へ行ったのだろう。雪は止んでいたが、降り積もった分で道程は険しかろうに。
「里に降りたのかな」
「どうかな」
 南を向いたままひとりごちれば、真後ろから声がした。振り返らずとも分かるその人の言葉に頬を膨らませ、けれど否定するだけの材料を持ち合わせても居ない綱吉は、ただ不機嫌に身を揺らすだけに留めた。
「綱吉」
 肩を抱かれて、耳元で本物の声が響く。首筋を擽る呼気がくすぐったくて顔を顰めると、逃げようとした彼を追いかけた唇が、寒さで赤くなっていた耳朶を舐めた。
「ひゃ」
「ご飯が冷めるよ」
 更に軽く牙を立てられて、身体の芯に熱が走った。
 腰をくねらせて懸命に囲いから逃げて、噛まれた左耳を両手で塞いで反転する。振り返った先の雲雀は相変わらず涼しい顔をして、居間に戻るよう言外に告げた。
 手招かれて、渋々従って戸を抜けて、閉ざす。大雑把に身なりを整えた獄寺が既に囲炉裏の左側に座っていて、奈々と一緒に綱吉たちを待っていた。
 幾らか湯気が減った味噌汁と、大根と一緒に炊き込んだ糧飯を前に、質素な食事が黙々と開始される。暫くは誰もが無口で、硬い雑穀を噛み砕くのに未だ慣れない獄寺が奏でる呻き声ばかりが響いた。
 最初に食べ終えたのが雲雀で、その次は奈々。いつもなら綱吉が最後なのだが、最近は獄寺がその役目を負う日が、かなりの確率で増えていた。