神渡 第五夜

「十代目」
 落とし気味の声で言われて、頭を垂れられる。
 獄寺があまり対人関係を得意としておらず、口下手で、客商売には不向きな性格をしているのは、誰もが知っている事だ。それなのに面倒な仕事を押し付けてしまったのを、深く反省している。
「嫌だよね、やっぱり。でも、うち、今本当に火の車で。このままじゃ年を越せないかもしれなくて。だから」
 日々の食事も夏場や秋口に比べると格段に質も量も落ちて、奈々の節約志向が窺えた。雲雀が毎日のように山の幸を集めて来てくれてはいるが、それも雪が降れば途絶える。
 今のうちに少しでも現金での収入を増やして、懐を温めておかなければならないのは、獄寺も承知している。
「こんなこと、獄寺君にしか頼めなくって」
 俯いて顔をあげようとしない綱吉が、細々と蚊の鳴くような声で言う。いつもは元気いっぱいに跳ねている薄茶色の髪の毛までもが、心持ち元気を失ってしな垂れていた。
 遠慮がちに手を伸ばせば、綱吉は弱々しく握り返して来た。
「十代目……」
「ごめんね」
 重ねて謝られて、獄寺は胸が張り裂けそうになった。
 綱吉が自分を頼っている。雲雀ではなく、この自分を。
「そんな、十代目。顔を上げてください」
「獄寺君」
「ご心配には及びません。男獄寺、十代目のたっての願いとあらば、全身全霊をかけてその望み、叶えてみせましょう」
 脆弱で細い指を力いっぱい握りしめ、獄寺は自信満々に己の胸を叩いた。背筋をぴんと伸ばして普段よりも自分を大きく見せて、鼻息荒く捲くし立てる。
 薄ら涙さえ浮かべていた綱吉が、琥珀の瞳を輝かせて照れ臭そうに微笑んだ。
「うん」
「十代目が丹精こめて作った護符です。そのご利益の高さに、町の連中もさぞかし吃驚することでしょう」
 興奮に声を上擦らせながら、右手を広げて上下に落ち着きなく振り回す。あまりの必死具合がおかしくて、綱吉は堪えきれずに噴き出した。喉を鳴らして愛らしい笑い声をいくつも零し、周りにいた奈々や京子たちも、揃って目を細めた。
 雲雀の肩に座っていたリボーンが、不機嫌にしている彼の頭を軽く叩いて宥める。変に茶々を入れぬようにと牽制されて、雲雀は不承不承で頷いた。
「これ、この辺りの地図。ヒバリさんはこっちの町を回って来るから、獄寺君はこっちの方面を、お願い」
 綱吉が懐から取り出した紙を広げ、獄寺に示した。受け取って覗き込み、指差された位置に目をやって、獄寺がふんふんと頷く。
 中央部に並盛山と里が記され、下に向かって街道を示す線が延びていた。それは途中で左右、つまりは東西に分岐して、幾つもの町の名称の間を抜けて地図の端まで達していた。
 雲雀は西に進み、北西の方面を巡るという。獄寺の担当はその反対方向、東から北東方面だ。
「街道の分岐点まで道はひとつだから。そこまでヒバリさんと、一緒に行く?」
 簡素な地図を畳んで胸に仕舞った獄寺が、綱吉に問われて首を振った。
「いいえ。あんな奴がいなくても、俺ひとりで充分です」
 横目でリボーンと話し込んでいる雲雀を睨み、獄寺は敵愾心を剥き出しにして吐き捨てるように言った。
 実際、彼が旅をするのはこれが初めてではない。蛤蜊家本家からの命令に従い、今年の春にこの地にやって来た時も、彼はひとりだった。
 あの時の心細さに比べれば、これくらいどうって事は無い。心配なのは空模様だけで、これからの季節、雪が降り続くと道が塞がってしまって、簡単には帰ってこられなくなる。
「暫くは晴れの日が続くと思うけど、気をつけて」
「分かりました」
 力強く頷いて、獄寺は心配性の綱吉に笑いかけた。
 奈々が用意してくれた食事は、凡そで三日分。これが尽きた後は、宿場などで適時補給していかなければいけない。野宿は厳しい季節なので、寝床の確保も重要だ。
 路銀は奈々から既に預かっている。少なくは無いが、多くもない。足りなくなる前に、護符を全て売り切って帰ってこなければいけない。
「ああ。あと、これと」
 荷物の全てを肩に担ぎ、出立の準備を整えたところで、綱吉が思い出したように軒先から何かを持って駆けて来た。
 差し出されたのは細い竹筒で、振ると中に入っているものがさらさらと音を立てた。砂でも入っているのかと目で問うと、綱吉は獄寺の目をじっと見詰めて、言い出し難そうに唇を噛んだ。
「十代目?」
「黒の、染料。毒になるようなものは使ってないから」
 搾り出すように紡がれた言葉に、獄寺は目を見張り、手の中の竹筒に視線を落とした。
 鬼と人の間に産まれた獄寺の髪の色は、冬の朝に凛と冷えた空気のような銀色だ。それは町に暮らす数多の人々との、決定的な違いのひとつだった。
 里の人々はもうすっかり見慣れてしまって、今更口喧しく言うこともないが、初めて彼を目にする人々にとって、その色はあまり喜ばれるものではない。不吉だと口さがなく罵る人も、中には居るだろう。
「使うかどうかは、獄寺君に任せる」
「大丈夫ですよ、十代目」
「念の為、持っていって」
 内心の動揺を表に出さぬよう心がけ、獄寺は努めて明るく言った。しかし押し切られ、荷物のひとつに加える事で落ち着いた。
「では、行って参ります」
 見送りに来てくれた全員に恭しく頭を下げ、彼は自信に満ちた表情で勇みよく門を潜って出て行った。
 綺麗に晴れた空には筋雲が走るばかりで澄んでおり、風は冷たいが歩くのに支障が出る強さでも無い。旅立ちの日としてはすこぶる恵まれた天候で、彼を歓迎しているかのようだった。
 九十九折の石段を下り、里の南に通じる道を行く小さな点が把握できなくなるまで見守った綱吉は、最後に小さく溜息を零した。
「では、俺達も帰るか」
「ツナ君、またね」
 了平の号令で、京子とハルもぞろぞろと連れ立って山を下っていく。山本もまた、里での用件を片付けるべく、彼らと一緒に出て行った。
 最後に残ったのは奈々と、リボーン、ディーノ、そして旅姿の雲雀だった。
「じゃあ、僕も行くよ」
 縁側に置いたままだった大きめの葛篭を肩に担ぎ、雲雀が抑揚に乏しい声で言う。不機嫌と分かる口調に綱吉は顔を上げ、数歩の距離を小走りに駆けて詰めた。
「ヒバリさん」
「なに」
 背中に手を回して結び、ちょっと前屈みの姿勢から顔を覗き込む。だがふいっ、と逸らされてしまい、視線は絡まなかった。
 昨日からずっとこの調子で、拗ねている。暫くは一緒に居られないのだから、もう少し甘えさせて欲しいのに許して貰えなくて、綱吉は頬を膨らませて口を尖らせた。
 だのに雲雀はそっぽを向いたままで、ちっとも彼に構おうとしない。
「お手柄だったぞ、ツナ」
「リボーン」
 そんな雲雀に代わって綱吉の胸に飛び込んできたのは、黄色い頭巾の赤ん坊だった。
 黒目も大きな瞳をくりくりさせて、にんまり笑って綱吉の肩を叩く。珍しく褒められているのにあまり嬉しくなくて、綱吉は彼を抱きかかえながら肩を竦めた。
 獄寺にやる気を出させ、辻売りに是が非でも行かせるのが綱吉の仕事だった。
 彼の事だから、他の面々がどう訴えたところで首を縦に振らなかったに違いない。綱吉の頼みだからこそ彼は引き受け、意気揚々と出かけていった。
「なんだか、騙したみたいで……」
「だが、奴を里の外に出させるには、これしかなかった」
 巧く口車に乗せられただけとも知らず、獄寺は純粋に綱吉を信じた。後ろめたい気持ちは否めず、唇を舐めて彼は下を向いた。
 リボーンの言い分も分かる。なにより、彼を病に伏している実母の元へ行かせようと主要したのは、他ならぬ綱吉自身だ。
 鬼の隠れ里は、並盛村よりも東、やや北にずれたところにある。
 地図を見せた時、彼が気付いた様子はなかった。けれどそう時を経ず、獄寺は自分で思い出すだろう。
「獄寺君、どうするかな」
「さあな。こればっかりは、あいつの心次第だ」
 結果がどう転ぶかは、まだ分からない。此処に帰って来るか、それとも二度と並盛の地に足を踏み入れないか。
 獄寺のあの性格で、辻売りが巧く行くわけがないというのは、全員が認識している。そして頑固で一本気な彼の事だから、絶対に護符を全て売り切って現金に替えない限り、里に帰ろうとはしないはずだ。
 帰りたい、帰れない。
 そんな時、人はどんな選択肢を取るのか。
「綱吉」
 獄寺のことで頭がいっぱいの綱吉の背中に、雲雀がそっと呼びかける。弾かれたように顔を上げた彼は、久方ぶりに目が合ったのを嬉しく思い、同時に気恥ずかしさを覚えてもぞもぞと膝をぶつけ合わせた。
 さっきまで脳裏を占拠していた銀髪の青年が見事に何処かへと消え去り、胸の裡まで雲雀で埋め尽くされる。紅色に頬を染めた彼は伸びてきた手も拒まず、顎を取られて唇をきゅっ、と引き結んだ。
 急に泣きたくなって、鼻を膨らませて堪える。額にくちづけられて、髪を撫でられた。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
 獄寺の倍以上の護符を担いだ彼もまた、おおよそ客商売には不向きな性格だ。綱吉の為ならば嘘偽りも平然とやってのけるとはいえ、数日でこの量を売り歩くのは、かなりの忍耐を強いられそうだ。
 しばしの別れを惜しむふたりを遠巻きに眺め、ディーノはいつの間にやら戻って来たリボーンを肩に置き、口をヘの字に曲げた。
 此処に自分が居るのもすっかり忘れて、彼らは手を取り合い、何度もくちづけを交し合っている。綱吉が幸せそうにしているとはいえ、気持ちは少々複雑だった。
「気をつけて、とは言ってくれないの?」
 獄寺には繰り返していた台詞を、綱吉は雲雀には告げない。それが少々気に入らない様子で、綱吉はくすくすと声を殺して笑った。
「だって、ヒバリさんなら気をつける必要、どこにもないじゃないですか」
「そう?」
「ヒバリさんは、絶対に大丈夫ですから」
 道中盗賊に襲われても、彼の実力ならば返り討ちは容易だ。冬篭りを前に餓えている野生の獣も、決して彼を襲わない。人よりも獣の方が、雲雀の本性を気取りやすいからだ。
 人の姿を借りていても、彼は龍。捨てたとはいえ、本来は神の座にある存在だ。
 額を小突き合わせ、笑う綱吉につられて雲雀も淡い笑みを浮かべる。目を細めて見詰め、その姿を瞼にしっかり焼き付ける。
「でも、早く帰って来てくださいね」
「分かった。明日には戻る」
「はい。待ってます」
 囁きあい、最後にもう一度くちづけて、ふたりは名残惜しそうに手を離した。
 地獄耳を働かせたディーノが、雲雀の大それた発言に眉目を顰めた。彼が怪訝にする前で、雲雀は綱吉に手を振って見送られ、忽然とその場から姿を消した。
 旋風が走り、砂埃が高く巻き上げられて少しずつ薄れていく。リボーンのような瞬間移動ではなく、目に見えぬ程の高速で地上を駆け出しただけだ。
「瞬地かよ。ずりー……」
 確かに雲雀の脚力を持ってすれば、遠く離れた場所にもあっという間に辿り着ける。獄寺のようにちんたら歩いて移動するよりは、ずっと効率的だ。
 卑怯だが、あの足であれば都まで行っても往復に一日掛からない。が、あの量の護符を売りさばくには相応の時間が必要だ。移動時間がどれだけ短縮されようとも、明日帰って来るのは難しい。
 幾ら綱吉を安心させる為とはいえ、見え透いた嘘をつくのは宜しくない。
 そう思っていたディーノであったが、あろうことか雲雀は、本当に翌日の昼前に、荷物を空にして帰ってきた。
「……嘘だろ」
 袋に入った大量の貨幣を奈々に手渡し、旅装束を解いた雲雀に、かける言葉が見付からない。綱吉は嬉々として彼の手土産を広げている。護符が詰め込まれていた葛篭は、見事に空だった。
「どうやったんだよ、お前」
 撒いて捨てて来たのなら、金は手に入らない。幾ら雲雀が営業用の仮面をつけてにこやかに売りさばいたところで、一日で片付く分量ではなかった。
 唖然としたまま訊いて来たディーノをちらりと見て、雲雀は脚絆を解きながら縁側に腰を据えた。
「どうって、ちゃんと金に替えてきただろう」
「いやだから、どうやってあれだけの量」
 両手を広げ、答えをはぐらかそうとする彼に詰め寄り、ディーノは頬を引き攣らせた。不当な手段で入手した金でないのは、どうやら間違いなさそうだ。無理矢理脅し取ったり、買わせたりしようものなら、それなりの怨念が貨幣にこびり付く。しかし奈々が抱えていった袋には、そういった人の悪しき感情は、一切含まれていなかった。
 むしろ人々の、神に対する敬虔な祈りが感じられて、清々しいほどだった。
「簡単だよ」
 足の裏に紛れ込んでいた砂粒を払い除けた雲雀が、不敵な笑みを浮かべて金髪の青年を見上げた。黒く冴えた瞳が、何故分からないのかと告げており、ディーノは面白くなさそうに腰に手を当てた。
 緋色の打掛が肘の分だけ外向きに広がって、裏地の蘇芳が見え隠れする。肩を怒らせて、どこか威張っているようにも見える彼にほくそ笑み、雲雀は瞬地の負担をまともに受けて傷ついた足を労った。
「うちと懇意にしている幾つかの社寺を廻って、引き取ってもらっただけだよ」
「……うん?」
「彼らは、並盛山の霊山としての価値を十二分に理解しているからね。諸手を挙げて歓迎されたよ」
 並盛神社の宮司を努める沢田家の当主が、護符作りに精を出したのは、何もこれが初めてではない。むしろこの時期では毎年の恒例行事で、家光も度々こうやって年越しに必要な現金を稼いでいた。
 しかし彼が家を出てしまい、久しく途絶えていた。だから数年ぶりの護符の入荷に、雲雀が立ち寄った神社はどこもかしこも大喜びだった。
「えっと?」
「向こうがどんな値段をつけているかまでは、興味がないから知らないけどね。なに、本気で僕が町に降りて売り歩くとでも思ってた?」
 行商するのではなく、卸して来ただけ。信頼できる神社だけに任せてきたので、並盛神社の名が穢れることもない。
 並盛村は山深い場所にあり、冬場は雪に閉ざされて陸の孤島と化す。街道も整備されていないので、霊験あらたかと言われていても、なかなか己の足で訪ね行くのは難しい。
 だから護符だけでも手に入れたい、と願う人はそれなりに多い。もっともそれは、都に連なる西の地方独特の傾向であって、東の地方では並盛山の名前は、実はさほど知られていないのだ。
 雲雀の揶揄に首を縦に振り、ディーノは渋い顔をした。
「ずるくねえ?」
「ずるくないよ。昔からやってたことだからね」
 獄寺は、この事実を知らない。誰も教えなかったし、彼も聞こうともしなかった。
 ふたりの会話を聞いて、座敷に居た綱吉は顔を上げた。
「心配?」
「そりゃ、ちょっとは……」
「飛ばそうか、式」
 気がかりで無いと言えば、嘘になる。言い難そうに口篭もった綱吉に、護符の売上が思ったよりも良かったのが影響してか、いつもより上機嫌の雲雀が珍しく自分から切り出してきた。
 素早く取り出した、一枚の白い紙切れ。雲雀の式は、彼と同じ名前を持つ小鳥の姿を取る。小回りが利いて、町中で飛んでいても誰も変に思わない。
 鬼の気配を辿れば、簡単に獄寺が今何処に居るのかも探し出せるだろう。言外に告げた雲雀の目をじっと見詰めて、間を置いて綱吉は首を振った。
「いい」
「そう?」
「ヒバリさん、ちょっと楽しそう」
 拒否すると、雲雀は意外そうにして紙を折り畳んだ。
 今頃獄寺は、慣れない行商に悪戦苦闘しているはずだ。
 幼少期から周囲が敵だらけだった彼は、居丈高に構えることで周りの者達を牽制し、威嚇し、己を守ってきた。
 そんな態度では、当たり前だが人は寄って来ない。客商売とは、買い手を得てこそ成り立つというのに、彼は最初の段階から躓いている。
 誰にも相手にしてもらえず、今頃どこかの辻で泣きべそをかいているのではなかろうか。雲雀の考えている中身が丸々伝わってきて、綱吉は不愉快だと鼻を膨らませた。
 露骨に拗ねてみせる彼を笑い、雲雀は宥めようと手を伸ばした。
 最初こそ跳ね返した綱吉だったが、二度、三度と繰り返されると抗いきれない。大きな手に頭をくしゃくしゃに掻き回されて、離れていた時間分の寂しさは一気に消えて行った。
「甘えん坊」
「そうですよー、だ」
 昨晩は独り寝が耐え切れず、珍しく母屋で奈々と枕を並べて眠った。その事を思い出していたら伝心で覗き見られて、恥ずかしさから綱吉はべー、と舌を出した。
 少し前、雲雀が遠く離れた場所に行ってしまって、二度と戻らないかもしれないという状況に陥った時に比べれば、良い傾向だ。当時の綱吉は眠るのを怖がり、寝床に入っても身体を休めるどころではなかったから。
 ぽんぽん、と優しく頭を叩かれて、引き寄せられる。雲雀が本当は、獄寺の事を少なからず案じているのを知っているので、綱吉もそれ以上何も言わなかった。
 里が炎に包まれた夜、獄寺が綱吉を守る為に命を張って闘ったのは、間違いない。口にこそ出さないが、雲雀は彼を、同志としてきちんと認めている。
「帰って来るかな、獄寺君」
「さあ、僕にも分からない。でも」
 しな垂れ掛かってくる綱吉の肩を抱き寄せ、雲雀が言いかけた言葉を途中で切った。仲睦まじいふたりを羨ましげに見詰め、ディーノも縁側に座し、綱吉の隣に並んだ。
 空気は冷えているが、陽射しがあるのでまだ温かい。南を向いて横一列になった彼らは、夏に比べるとかなり低い位置にある太陽に目を眇め、遠い地で孤軍奮闘しているであろう仲間を思った。
「でも?」
 待っていても喋りださない雲雀に焦れて、綱吉が肘で彼の脇腹を小突く。身体を揺さぶられて、黒髪を風に流した青年は意地悪く微笑んだ。
「でも、君を悲しませるようなことをしたら、許さない」
 肩を抱いていた手を上に転じ、綱吉の頭を抱えて引き寄せた雲雀が囁く。跳ね放題の髪の上からこめかみにくちづけた彼の言葉に、綱吉は目を丸くして、直後に嬉しそうにはにかんだ。
 結局、なんだかんだと邪険に扱いながらも、雲雀だって綱吉と同じ気持ちでいるのだ。
 獄寺を母親に会わせてあげたい。けれど、彼には帰ってきて欲しい。
 相反する想いを胸に、綱吉は東の空に視線を投げた。