櫟実(前編)

 雲の向こうで、太陽が地平線に沈もうとしている。微かに赤みを帯びた西の空を仰ぎ見て、綱吉は目元を気にして頻りに手を擦りつけた。
 ディーノとは神社で別れた。彼の塒は並盛神社の本殿であり、神格である彼は人間のように食事を必要としないからだ。
 もう少しすれば夕餉の時間だった。ぺたんこの腹を帯の上から撫で、綱吉は喉の渇きにも似た飢えを覚えて無意識に唇を開閉させた。
 今では望めば自分で、好きな時に好きなだけ、神気を集めるのは可能だった。ただ慣れないのもあって、自分でどうにかしようとは思わない。昔のように雲雀に口移しで与えてもらうことで、彼は日々の糧を得ていた。
 周囲の目は気にならない。知らない人は最初吃驚するけれど、次第に見慣れていき、そのうち何も言わなくなる。
 だが最近は、自分でやるように、と雲雀が与えてくれない日が増えていた。
「おなか、ちょっと、空いた」
 昼間にディーノの腕の中で泣いたからだろうか、朝方に貰った分はすっかり消化されてしまっていた。
 朝餉の席で隣に座って、その後雲雀とは別々に動いていた。彼は冬に向けて薪を集める作業に没頭して、裏庭を凄い有様にしてくれた。総数を数えるのも面倒臭い。恐らくは雪が完全に溶ける季節になっても、まだ残っているのではなかろうか。
 一部を里の、働き手を失った家に譲るように進言してみようか。沢山あればそれだけ後顧の憂いは減るけれど、里では助け合いが基本だ。先だっての災禍で働き手を失った家は、かなりの数に登る。
 夕餉の後で提案してみよう。そんな事を考えながら積み上げられた薪の山から離れた綱吉は、もう一度目尻を交互に擦り、枯れ色が目立つ山並みを振り仰いだ。
「冷えて来た」
 風は殆どないが、空気は確実に冷たさを増している。身震いして皸の目立つ指を擦り合わせ、彼はそこにたっぷりと息を吹きかけた。
 摩擦熱を受けて血流が良くなったのか、指先に痒みが走った。だが迂闊に引っ掻けば傷を抉ってしまうので我慢して、身を縮こませるだけに済ませた。
 脇を締めて綿入りの半纏を体に密着させ、摺り足で砂地を駆け抜ける。途中井戸に寄って釣瓶を引き上げた彼は、汲み上げた冷たい水に傷だらけの両手を浸し、顔を洗った。
「つめっ、た」
 罅割れた指先もそうだが、浴びせられた顔面にも鋭い棘が突き刺さった。
 ばしゃん、と水が砕けて飛び散った瞬間にはもう顔を背け、逃げの体勢に入っていたのをどうにか堪える。ぎりぎりで踏み止まって転倒を回避した彼は、鼻に入った水を吹き飛ばすと、犬のように首を左右に振り回した。
 水滴を散らし、毛先から垂れ落ちる雫に向かって苦虫を噛み潰したような顔をして、肩を落とす。懐に濡れた手を入れて手拭いを探り当てると、彼は折り畳まれたそれを上下に振って広げた。
 細長い木綿の布を顔に押し当て、そのまま頭の後ろまで滑らせて行く。元気良く跳ね上がった髪の毛を揺らして、綱吉は一息ついたと言わんばかりに窄めた口から息を吐いた。
 この程度で誤魔化せるとは思っていないけれど、顔の一部分だけを赤くしているよりはいいだろう。湿った手拭いを四つに畳んで懐に戻した彼は、手早く身なりも整えて、直ぐ傍にある勝手口の戸に手を掛けた。
 分厚い一枚板を横に滑らせ、薄暗い屋内に爪先を滑り込ませる。土間は外との気温差も殆どなくて、半纏を脱ぐのは当分無理そうだった。
 竃には火がくべられており、大きな釜からは白い煙がもくもくと立ち上っていた。反対側に目を向ければ水瓶が三つほど並べられていて、それぞれに木作りの蓋が被せられていた。
 火の神を奉った神棚に黙礼をして戸を閉めると、暗さは一段と増した。
「ただいま」
「お帰り。遅かったのね」
 竃の火加減を調整していた奈々に声を掛けると、蹲ったままの彼女にそう言われてしまった。理由は口に出さずに曖昧に笑って返すに留め、綱吉は微かに湿り気を残す髪を掻き回し、居間に目を向けた。
 夕餉まではまだ当分時間が掛かりそうだ。なにより流し台に置かれた里芋はまだ丸々としており、皮むきもされていない。
 とはいっても、綱吉の空腹感はこういった食事では解消されない。手っ取り早く解決させるためにも、先ず彼がやらねばならないのは、雲雀を探すことだった。
「母さん、あの」
「なに? 恭弥君だったら、裏にいない?」
「いなかった」
 綱吉は神社から帰る際、裏庭を通って来た。もっとも、庭とは言っても屋敷と山との間に伸びる、細長い通路のようなものだ。
 もしかしたらと思って先にそちらを覗いてみたのだが、見事に誰も居なかった。積み上げられた薪の数を見て、雲雀が山を何往復したのかを想像したら、気が遠くなりそうだった。
 流石にこれ以上集めたら、裏庭が薪で溢れ返ってしまう。だから雲雀も、もう薪拾いを終えているはずだ。
 ディーノと内緒話をしていたのが余程気に入らないのか、あれ以後雲雀は、綱吉からの呼びかけに応えてくれなくなってしまった。伝心で語りかけても、届く前に跳ね返されてしまう。
「怒ってるのかな」
 彼には散々、ディーノには近付かないよう釘を刺されていた。過去に彼が綱吉に対して取った行動を、雲雀は未だに根に持っている。
 無論綱吉とて、あの出来事は忘れていない。兎に角怖かったと、思い出せば今でも鳥肌が立つ。
 さりとて、ディーノはもう充分な程反省している。たまにちょっかいを仕掛けてくるけれど、綱吉も彼のあしらい方を大分覚えてきた。二度とあんな事にはならないと、自信を持って断言できる。
 雲雀が心配し過ぎているだけだ。
「そーお? じゃあ、何処かしらね」
 竹筒を片手に小首を傾げた奈々が、唄うように呟いた。その様子から、隠し事をしているという雰囲気は感じられない。
 本当に知らないのだと頷き、綱吉は唇を浅く噛んで目を平らに引き伸ばした。
 会えないと分かると、途端に会いたくて仕方が無くなるのはどうしてだろう。直ぐに見付からなければ夕飯まで待つつもりでいたのに、彼女の返事を聞いたら居ても立ってもいられなくなってしまった。
 もぞもぞと膝をぶつけ合わせて身を揺らし、半纏の裾を握り締めた彼は蛸のように口を尖らせ、居間の方に目を向けた。
 囲炉裏の周囲にはまだ誰もおらず、自在鉤は引っ込められて高い位置にあった。鼎の上に鎮座する鉄瓶は沈黙しているので、どうやら朝方に炭の火を消して、そのまま放置されているらしい。
 山本や獄寺なら、知っているだろうか。手当たり次第探し回るのが大変なのは、先日の出来事で充分思い知った。村中を北から南まで歩いて巡った記憶を蘇らせて、綱吉は半纏を真下に引っ張った。
「分かんないなら、いいや」
「もうじきお夕飯だから。見つけたら戻るよう伝えてくれる?」
「分かった」
 奈々に頼るのは諦め、見切りをつけて歩き出そうとした綱吉の背中に、彼女の声が掛かる。肩越しに振り返って頷いた彼は、奈々が再び竃に向き直るのを待って、潜ったばかりの戸を通り抜けた。
 外に戻り、後ろ手に板戸を閉めて、誰も見ていないのを確認してからがっくり肩を落とす。一緒に溜息が零れて、綱吉は苦い唾を飲み込むと、垂れ下がってきた前髪をくしゃりと掻き回した。
「何処にいるんだろう」
 一年ほど前なら、綱吉が呼べば直ぐに、何処に居ても駆けつけてくれたというのに。
 獄寺が来て、山本が戻って来て、ディーノが来て。そして骸が来た。
 色々な人と関わりあいを深めていくうちに、雲雀との距離が遠ざかってしまったような気がしてならなかった。以前よりもずっと近くなったはずなのに、時々彼が、手の届かない場所に行ってしまったような錯覚に陥る。
 本当に彼が、綱吉の到底及ばない地に行ってしまった日々を思い出す。寒気を覚えた綱吉は、急ぎ己の肩を抱き、首を振った。
 閉めた戸に背中を預けて寄りかかり、暮れ行こうとしている空を見上げて奥歯を噛み締める。油断すると嗚咽が漏れそうで、奈々に余計な心配を掛けたくなかった彼は、足をもつれさせながら急ぎ場を離れた。
 右手の甲で口元を押さえ、泣く暇さえ作らないように駆け足で庭を東から西へ横断し、池に続く小川を飛び越えたところで、彼は砂利に足を掬われた。
 着地に失敗し、おっとっと、と片足で飛び跳ねる。どうにか冷たい霊水に身を浸すのは回避させ、冷や汗を拭った彼は、膝に両手を置いて息を整えて顔を上げ、其処に居た人物と目が合って凍りついた。
「……よ」
 向こうも急に駆けて来た綱吉に驚いたようで、数秒停止してから右手を肩の高さまで持ち上げた。軽い調子で挨拶をされて、綱吉の頬に朱が走った。
「ご、ごめっ」
「おいおい、謝んなって」
 恥ずかしいところを見られてしまって、呂律が回らぬまま咄嗟に謝罪の言葉を口走る。だがぶつかったわけでもなし、そんな台詞を吐かれる謂われは無いと笑って、山本は顔の横で手をひらひら揺らした。
 顔面を夕焼けよりも鮮やかに染めた綱吉は、それもそうだと苦々しい表情で頷き返し、一気に跳ね上がった心臓を宥めようと深呼吸を三度繰り返した。
 山本は肩に担いでいた藁の束を地面に下ろし、自分の方へ僅かに傾けた。倒れないように足で支えてやりながら、手で顔を扇いで熱を追い払う。
「急いでたみたいだけど、どうかしたか?」
 彼の腰まである藁の束は、簡単にばらばらにならないよう、細い縄で縛り上げられていた。
 走って小川を飛び越えるところからしっかり見られていたようで、綱吉は益々羞恥に頬を染めると、居心地悪そうに身を捩って胸元で両手を結び合わせた。
「いや、えっと、……あのさ、山本」
「雲雀なら、さっき畑の方に行くの、見たぜ」
「ぐ」
 自分から訊いておいて、綱吉が質問する前に山本が答えを口に出した。発しようとしていた声を飲み込み、口を閉ざした綱吉に睨まれて、彼は呵々と喉を鳴らして笑った。
「違うのか?」
「違わない」
「だろ」
 念のために聞いて、即座に頷き返した綱吉に、そら見たことかと山本は肩を揺らした。弾みで立てかけていた藁束が横倒しになりかけて、慌てて腰を曲げて上から押さえ込む。
 稲藁は、草履を編むのに使う。他にも蓑や、雪靴を作るのにも、格好の材料だった。
 村では毎年余る程出来る藁だが、今年はあの火事の影響で、他所の村から分けてもらわなければならないような状況だった。これも、その一部なのだろう。
 村との連絡役は、雲雀と山本にすっかり任せっぱなしだ。本来は綱吉がやらなければならない仕事も、気付いた時には彼らが片付けた後だった、なんて事は一度や二度では済まない。
 好意に甘えてしまっている。こんな調子ではいけないと思いつつ、雲雀などは「僕がやる方が早い」と言ってさっさと終わらせてしまうので、綱吉は立つ瀬が無い。
「山本、それ」
「ああ、これで最後」
 姿勢を保つ最中で反転したので、綱吉は今、東を向いていた。山本は指差された藁の束に視線を向けて、肩を竦めてそう言った。
 屋敷の中に保管しておくには場所を取る為、裏手に積み上げておくつもりらしい。そういえば神社からの帰り道で、これと同じものが裏庭に沢山置かれているのを見た。
 雲雀を探すのを優先させていたのであまり気にも留めなかったが、山本が運んでくれていたらしい。
「届いたのはいいんだけどさ、誰も動かしてなかったから」
「ごめんね、有難う」
 何百とある石段を登って、これを運ぶのも一苦労だ。そういう体力が必要な仕事は、とても綱吉ひとりではこなせない。
 素直に礼を述べ、頭を下げる。いやに他人行儀な挨拶に山本は面くらい、照れ臭そうに笑って手を横に振った。
「いいって。俺も、世話になってんだから」
 彼は父親から勘当を言い渡されており、ここ並盛の里の出身であるに関わらず、帰る家を持たない。沢田家に身を寄せる以外行く当てが無いのは、山本も獄寺も同じだ。
 高い霊力という、稀有な能力に恵まれて産まれてきたというのに、ふたりともあまり幸多いとは言えない幼少期を過ごして来た。山本はまだ良かったが、獄寺などはあちこちを盥回しにされた挙句、良いように使い捨てられてしまった。
 山本とて、もし別の里に生まれ落ちていたら、今とは全く違う人生を送っていたに違いない。並盛に代々退魔師を生業とする沢田家があったからこそ、彼は己の力を正しく使う術を身につけられた。
 血統をなにより重視する蛤蜊家において、退魔師の家柄に無い山本のような存在は、非常に稀だった。
 けれど本当は、彼のような存在こそが、蛤蜊家に集うべきなのかもしれない。
「…………」
「ツナ?」
 急に黙りこくった綱吉を見詰め、山本が怪訝に眉を寄せた。人の顔を物珍しげに眺めてくる彼に首を傾げ、どうしたのかと手を伸ばす。
 距離があるので触れはしないが、額を何かが掠めた気がして、綱吉ははっと息を飲んだ。
「山本って、退魔師になってよかったって、思う?」
「なんだ、薮から棒に」
 琥珀の目を瞬かせたかと思うと、いきなり質問を繰り出してきた彼に、山本は苦笑を浮かべた。だが思った事を率直に声に出すのは、綱吉の昔からの癖だ。慣れている山本は顎に手をやり、視線を浮かせて数秒考える素振りを見せた。
 やがて彼は腕を下ろして腰に添え、深く、力強く頷いた。
「ああ」
「ほんとに?」
「嘘じゃねーよ」
「なんで?」
「なんで、って……」
 本心を口にしたつもりだったのに、追求されて山本は口篭もった。
 霊力を持って生まれた所為で、そうではなかった親に自分を理解してもらえず、力に振り回された。見かねた綱吉の父親である家光が手を貸してくれて、制御の方法と、正しい使い方を学んだ。
 退魔師になった理由など、あまり深く考えた事が無かった。なるべくしてなったと、その程度の認識しか持っていなかったからだ。
 山本にとって、こうなるのは自然な流れだった。
 だが、この仕事を生業にしない道があったのも、確かだ。
 霊力を持ち合わせない人間は、居ない。ただ多くの人は、微々たる量しか持ち合わせていないので、その影響を受けない。
 退魔師という存在は、偶々内包する霊力が人より大きいだけで、ほかは市井の人々となんら変わる事は無い。大きすぎる力に翻弄されるのを嫌い、封じてしまう人も、数は少ないが実際に居る。
 山本にも、そうやって退魔師と距離を置いて日々を送る選択肢があった。
「なんで、か。なんでだろうな、そういや」
「嫌じゃなかった?」
「うん?」
「その、……」
 獄寺のように、退魔師の家系たる父親に引き取られた事で、そうなるよう仕向けられたのとは訳が違う。山本は自分の意志でこの道を選び、結果実父と大喧嘩をして勘当という憂き目にあった。
 そうまでしてこの職を選ぶ意味が、本当にあったのだろうか。
 尚且つ退魔師の総本家たる蛤蜊家は、非常に閉鎖的だ。外部から入って来た人間は、どれほど有能であろうとも不当な扱いを受ける。山本もその例に漏れない。
 本家に出向いた彼が嫌な思いをしたという話は、綱吉の耳にも届いていた。だのに彼は、この仕事を続けようとしている。
 彼ほど頼もしい友人は、他にいない。山本が近くにいてくれると、安心できる。だが心底不快な思いをしてまで続けて欲しいとは思わない。
「えっと」
「ツナ」
 自分で切り出しておいて、次に繋げる言葉に窮して綱吉は胸の前で両手を揉み合わせた。指を互い違いに組んで弄り、下を向いて足元の砂利を蹴り飛ばす。
 どう言えば良いのか迷っている彼に目を眇め、山本は助け舟になるかは分からないものの、胸に浮かんだ思いをありのままに音に乗せた。
「俺は、後悔してないぜ」
 一度として辞めようと思ったこともない。自信満々に言って白い歯を見せた彼に目を見開き、綱吉は直後、はにかんだ。
「ほんとに?」
「ああ」
 若干照れ臭そうにしながら重ねて問いかけてきたので、山本は鷹揚に頷き、己の胸を太鼓のように叩いた。
 どん、と力強い音が聞こえた気がして、綱吉は両手を背中に回すと指を絡めて握り締めた。
「そっか」
 不安に感じていた、形の無い何かが薄れ、消えていく。綱吉の質問に対する正しい答えではなかったが、背中を押してもらえたような気がして、嬉しくなった。
「ヒバリさん、探してくる。畑だったよね」
 今来たばかりの道を戻り、小川を跨いで越えた綱吉がすれ違い様に山本に確認する。さっきまで彼の後ろにあった仄暗いものが綺麗さっぱり取り払われているのに安堵して、山本はもうひとつ頷いた。
 正しくは畑の方に歩いて行く後姿を見かけただけだ。が、あの方向には他に何もないので、そう思っても良かろう。
 道場の前から続く細い道を抜けた先に、奈々自慢の家庭菜園が広がっていた。流石に米は里の人の援助を受けている沢田家だが、それ以外の作物は、基本的に自給自足だ。
 里には一応沢田家所有の田はあるが、耕作は完全に村人に任せていた。それに、あの田で収穫できる米は神饌であり、社殿に供える餅を作る為だけに用いるよう昔から定められていた。おいそれと人の口に入れるわけにはいかない。
 山本に礼を言い、手を振って別れた綱吉は、急ぎ足で道場前を駆け抜けた。腕を交互に振って、暗さを増していく空を振り切るように大地を蹴り飛ばす。
 目的地に到着した彼は竹で作られた囲いの内側に目を凝らし、背伸びをした。
 野生の獣に野菜を食い荒らされては困るので、入ってこられないように畑は柵で囲われていた。色が抜けて白くなった竹を撫でて木組みの戸を押し開くが、濃い茶色に覆われた大地は静かで、人の気配は皆無だった。
「む、う」
 畑の左手には山肌が迫り、柵の右手には樹木が密集していた。野菜類の収穫も殆ど終わっており、畑は閑散としていた。
 夏場には綱吉が埋もれてしまうくらいに緑が密集していたのに、この季節は驚くほどに何も無い。水分が抜けて枯れてしまった青葉が何枚か散らばっている、それくらいだった。
「いない」
 山本が嘘を言ったとは思いたくない。足元の土を蹴り飛ばして頬を膨らませ、綱吉はぐるりと周囲を見回した。
 念の為に果樹の間も探ってみるが、人が通った形跡はついぞ見つけられなかった。
 太い幹に巻きついた蔓草を掴んで引き千切り、苛々を発散させて踵を返す。奈々が知らず、山本に教わった場所にもいない。ではいったい雲雀は何処に消えたのか。
「……ん?」
 こうなったら絶対に探し出してやるという気持ちと、もう諦めてしまおうかと思う気持ちが半々に混ざり合い、綱吉の中で喧嘩を始めた。どっちつかずな気持ちのまま畑から出ようとした彼は、そこで不自然に折れている木の枝を見つけ、小首を傾げた。
 手を伸ばし、丁度目の高さにある枝に手を伸ばす。
 妙だと感じたのは、折れて覗いている断面が荒っぽかったからだ。