空語

 派手な花火がどーん、と天高く打ちあがり、闇夜にパッと鮮やかな花が咲いた。
 次々に打ちあがる大型の花火に、見守る人々からも大きな歓声が沸き起こった。威勢の良い掛け声に、子供達のはしゃぐ声、カメラのシャッターを何度も押す人もいれば、瞬きも忘れてうっとり見入る人もいる。
 河川敷は、大勢の人でごった返していた。
「凄いねー」
「ほんとだね」
 感嘆の息を漏らした京子に頷き、綱吉は目尻を下げて微笑んだ。
 薄桃色に紙風船の図柄をあしらった浴衣を着た彼女は、いつも下ろしている髪もひとつにまとめて結い上げており、印象がかなり違っていた。隣を行くハルもまた、水色に金魚が泳ぐ涼しげな浴衣姿だ。
 ふたりは下駄をカラコロ鳴らし、綿菓子と林檎飴を手に持って、散っては咲く花火に見とれて頬を紅色に染め上げていた。
 ゆっくり座って見物するには集合が遅すぎて、場所取りは間に合わなかった。だから仕方なく、よく見える場所を探して全員が団子になって、通行止めされた河川敷沿いの車道をうろうろしている。道端には沢山の出店が出ており、無数に灯る照明が明るくて、まるで昼のようだった。
「はぐれないようにね」
「分かってます、十代目」
 これだけの人出だと、一旦はぐれたら合流するのも難しかろう。先頭を行く綱吉が振り返って言うと、右後ろにいた獄寺がニカッと笑って白い歯を見せた。
 左後ろには山本がいて、彼らの間に京子とハルがいる。彼女らは日頃履き慣れない下駄なので、通行人にぶつかって転んで怪我をしないようにとの配慮だ。男三人に囲まれて、少女ふたりもまんざらではない顔をしていた。
 花火がまたひとつ、砲台から打ち上げられた。
 ひゅるるる~、とちょっと間抜けな音が耳を打ち、僅かに遅れてドンッ、と腹の底に響く重低音が轟く。咄嗟に耳を塞いだ綱吉の前で、大輪の花が一斉に咲き乱れた。
「うわー」
 思わず全員が足を止め、そちらに見入る。幸い道行く人も花火に気を取られ、彼らを咎める声は聞かれなかった。
 今年は例年にない不況の所為で、規模が縮小されたとも聞いている。しかし実際目の当たりにすると、本当に数は減ったのかと信じられないくらいの素晴らしさだった。
 目を見開き、闇夜に輝く花火を瞳に焼き付ける。夜遅いし人も多くて危ないからと、子供達は留守番だ。帰ったらどんなだったか、身振り交えて教えてやらなければ。
 ふふふ、と含み笑いをして胸弾ませていると、向かいから来る人が集団で固まっている彼らを見て、心底嫌そうに顔を歪めるのが見えた。
「ごめんなさい」
 道を塞いでいたのは自分たちなので、綱吉は慌てて謝罪して左にずれた。女子らも気付いて綱吉に続いたが、自分より年上は全て敵、と公言して憚らない獄寺だけは、大人しく道を譲るのを嫌がって顔を顰めた。
 気付いた綱吉が、事を起こす前に両手を伸ばして彼を押し留める。こんな大勢が密集している場所で、ダイナマイトを爆発させようものなら、それこそ一大事だ。周囲にはプロパンガスといったものも、沢山あるというのに。
「駄目だって、獄寺君」
「ですが、十代目」
「喧嘩は駄目。分かった?」
 折角みんなで花火見物を楽しんでいるのに、水を差すようなことはするな。やや強い口調で咎めると、獄寺は叱られてしゅんとして、小さくなった。
 誰に対しても強気なくせに、綱吉にだけは頭が上がらない。相変わらずの彼を女子が笑う中、山本は若干複雑な顔をして光景を眺めた。
「お、また打ちあがったぞ」
「え?」
 屋台と屋台の間にある僅かな空間に陣取り、談笑していた綱吉の肩を叩いて注意を惹く。振り向いた少年を前に、親指で空を示せば、滝の形を模した花火が対岸の川辺を見事に染めあげた。
 獄寺も顔を上げ、京子が思わずといった風情で手を叩いた。拍手する彼女につられて、ハルも顔をほころばせた。
「たーまやー」
 林檎飴を握る手を口元に添え、お決まりの文句を声高に叫んで満足げに鼻を膨らませる。興奮気味の彼女に笑いかけた綱吉は、先ほどまでの不機嫌を吹き飛ばした獄寺にも声を掛けられて、そちらに顔を向けた。
 折角自分に注意を引きつけたのに、また直ぐに持っていかれて、山本は僅かにムッとした。
「十代目、今のは」
「ナイアガラだよ」
「へ~、色んな形があるんスね」
 そんな事も知らないのか、と内心あきれ返りつつ、獄寺の質問に笑っている綱吉を見下ろす。あまりにじっと見詰めすぎていたのだろう、視線に気付いて彼は急に振り返った。
「なに?」
「え?」
 こちらを見ないかと、少なからず願ってはいたけれど、こうも前振り無しでされると焦る。不思議そうに見上げられ、山本は挙動不審に目を丸くした。
 獄寺が睨んでいるのに気付いて、無意識に笑みが零れる。
「いや、さ。ツナもなんか食べるか?」
 綱吉が彼よりも自分を優先してくれたような気がして嬉しくなって、声が自然と弾んだ。問いかけに、琥珀の目を細めた綱吉は一瞬考え込み、どうしようかと視線を泳がせる。
 顎に指をやった彼が見つけたのは、たこ焼きに、焼きそばに、お好み焼きといった様々な出店の列だ。
 花火見物が目的で、夕食は既に家で済ませてある。それは他の皆も同じはずだが、京子もハルも、食べ足りないのか、道すがら綿菓子等を購入していた。
 実は綱吉もさっきから食べたいものがあった。けれど自分ひとりの為に皆を立ち止まらせるのは申し訳ないし、恥ずかしかったからずっと言えずにいた。
 だけれど山本から話を振ってくれたのだから、言わずにいるのは勿体ない。頭の中で色々考え巡らせて、彼は照れ臭そうに頬を染めた。
「えっと、じゃあ、……タイヤキ」
「オッケー」
「それなら、俺が買って来ます!」
 一匹くらいなら入るからと、誘惑に負けた綱吉が呟く。山本は途端に相好を崩し、タイヤキの屋台は何処にあるかと背伸びをした矢先、茶々が入って唇を尖らせた。
 元気良く右手をあげた獄寺の図々しさに悪態をつき、頭を掻きむしる。
「邪魔すんなよ」
 自分にだけ聞こえる音量で呟き、綱吉を独占しようとする帰国子女を鬱陶しそうに睨みつける。だが獄寺は気付きもせず、少しでも綱吉に良い格好を見せようと躍起になっていた。
 綱吉は、自分と喋っているのだ。それなのに獄寺達といると、彼の注意はすぐ他所を向いてしまう。
 折角一緒にいるのだ、独占したい。けれどお邪魔虫が数人まとわりついている限り、それは叶わぬ願いだ。
 どす黒い感情が胸の奥底から沸き起こり、ヒタヒタと迫って飲み込もうとする。いっそ攫っていけたらいいのに、と考えて、背後で響いた花火の音に山本はハッとした。
「ツナ。……何匹?」
 獄寺はまだ騒いでいる。ハルが自分の分も買って来いと言って、彼がそれを拒否した所為だ。お陰でふたりの間に嫌な空気が漂い、間に立たされた綱吉が困惑していた。
 それを笑い飛ばして、山本が大声で問いかけた。
 一瞬きょとんとした綱吉は、眦を強めた獄寺が何かを怒鳴る前に、ぴょん、とその場で跳ねた。
「え、えっと、俺と、ハルと、京子ちゃんは? えっと、三匹!」
「俺の分足して四だな。獄寺は?」
「うっせえ。要るかよ、ンなもん」
 視線を右から左に流し、むすっとしている獄寺で止めて聞く。彼がそういう返事をするのは予想済みだったので、四匹、と頭の中で何度か繰り返し、山本は胸を叩いた。
「んじゃ、ちょっくら行って来るな」
 獄寺のように綱吉一辺倒ではないと印象付けて、山本は頭の横で軽く手を振った。踵を返し、ゆっくりと流れて行く人の群れに身を躍らせる。
 止める暇もない早業に、綱吉は出し掛けた手を引っ込めて唇を舐めた。
「お金、後でいいよね」
「山本さんて、ほんと、良い人ですねー。誰かさんと違って」
「ンだと、こら」
 両手を胸の前で小突き合わせた綱吉の独白に続き、ハルが獄寺への嫌味を込めてチクリと言う。すかさず銀髪の青年は拳を作って反応したが、京子が指差した鮮やかな花火に話は途中で途切れ、彼らは暫く、誰にも邪魔されずに絢爛豪華な夜空の花を楽しんだ。
 最初の二分は、山本の事など忘れていた。
 五分経って、少し不安を感じるようになった。
 十分を越えて、綱吉は十秒に一度の頻度で携帯電話に目を向けた。
「遅いね」
「うん」
 十五分を過ぎる頃には流石に全員が不審に思い、何かあったのではないかと額を寄せ合った。
 京子の呟きに頷き、綱吉は沈黙する携帯のディスプレイに目を落とした。
 連絡のひとつでも寄越せばいいのに、何の音沙汰もない。迷子になっているのではないか、とは獄寺の弁だが、それにしたってメールのひとつでも鳴らしてくるはずで。
「電波が混んでるんですかね~」
 ハルもまた自分の携帯電話を広げて、画面を眺めて呟く。そちらも矢張り、うんともすんとも言わない。
 刻々と時間ばかりが過ぎて行って、焦燥感に駆られて綱吉はその場で足踏みした。
「どうしよう、探しに行ったほうがいいのかな」
 何かあったのかという問いかけのメールは、既に打ってある。けれど返信が無い。二分前には電話を鳴らしたが、ざわめきと花火の音で聞こえなかったのだろうか、繋がらなかった。
 下唇を噛んだ綱吉の言葉に、獄寺は顔を顰めた。
「あの野郎、十代目をこんなにも心配させやがって」
 帰ってきたら一発くらい殴らないと気がすまない。そんな事を嘯いていた矢先、唐突に彼の右側で軽やかな音楽が流れ始めた。
 最近チャート急上昇中の歌手の歌声に、綱吉が慌てすぎて携帯電話をお手玉した。広げた状態で手の上で踊らせ、しかっと握って右耳に押さえつける。同時に左耳を塞いで外部の音を極力減らして耳を澄ませば、がやがや言う声が鼓膜を震わせた。
「もしもし!」
『あ、あー、もしもし? おーい』
「もしもし、山本? もしもし! 今、何処にいるの。もしもし!?」
 声が遠く、聞こえづらい。
 ボリュームを上げて、ほぼ叫び声で呼びかけた綱吉に、彼を窺っていた三人も一斉に身を震わせた。心配そうな眼差しを浮かべる京子とハルを他所に、獄寺が忌々しげに舌打ちする。綱吉は彼らに気を向ける余裕もなく、左耳に指を差し込んで右耳に意識を集中させた。
 ノイズと、雑踏と、山本の声。どこか元気が無いように聞こえるのは、気のせいだろうか。
『ツナ、わりー。ちょっとしくった』
「え? なに、どういうこと。山本!」
『それがさー』
 電話から聞こえてくる声が、全て空笑いに聞こえる。辛うじて拾い上げた辿々しい説明に、綱吉の顔は見る間に青褪めた。
 血の気の引く音が聞こえて、獄寺は怪訝に眉を寄せた。
「十代目?」
「山本、そこにいて。今行くから、じっとしてて」
 どうしたのか、と聞こえない会話にやきもきして獄寺が手を伸ばす。それを寸前で弾き飛ばし、綱吉は怒鳴った。
 直後通話を切り、彼は居ても立ってもいられない様子で奥歯を噛み締めた。
「ツナさん?」
「山本、押されて川原に落ちて、怪我して動けないって。俺、行って来る」
「十代目、待ってください。だったら俺らも」
「いい。折角の花火なんだし、三人は楽しんでて。ごめんね!」
 獄寺の訴えを退け、綱吉は駆け出した。取り残された三人は顔を見合わせ、それぞれに意気消沈した表情を作った。
 綱吉はああ言ったが、五人のうちふたりも欠いた状態で楽しめなんて、無理な注文だ。山本が無事であるかどうかもわからないというのに。
「くっそー、あの野郎」
「大丈夫でしょうか」
「だと良いんだけど」
 獄寺はガシャガシャと長めの髪を掻き毟り、ハルは不安げに眉を寄せた。京子は萎れかけている綿菓子に目をやり、食べる気力も失せたと項垂れた。
 花火はもうじき、〆の一発が打ちあがる。それを見て、全員揃って並盛に帰る段取りだったのだが、予定は大幅に狂ってしまった。
 彼らの沈黙を嘲笑うかのように、大きな花火が立て続けに空を飾る。パッと咲いて散る大輪の花を見上げ、人気の少ない橋の下に陣取った山本は、遠くから駆けて来る少年の姿を視界に収めると、綱吉の死角に当たる物陰に身を潜ませた。
 電話で伝えられた場所に到着した綱吉は、出店の列を大きく外れた地点に立って肩で息を整えた。石造りの橋は駅への道順から外れている所為か、人通りは疎らで、照明も無く、かなり薄暗かった。
 タイヤキを買いに行った山本が、何故こんな辺鄙な場所にいるのか。そもそも此処だと、人ごみに押されて転落、なんて事は起こり得ない筈で。
 どういう事かと周囲を見回し、それらしき人の姿が見えないことに不安を抱え、彼は短い間隔で呼吸を繰り返した。
 場所を間違えたかと、手にしたままの携帯電話を見下ろす。
「ツーナっ!」
 電話を掛けるべきかで迷い、逡巡していた思考を突き破って、山本の声が高らかと響き渡った。
「はい?」
 思わず素っ頓狂な声を返した彼の目の前に、隠れていた山本が飛び出した。両腕を広げ、問答無用で抱き締める。
 腰の骨がゴキッと言って、考えていなかった出来事に彼は目を回した。
 山本はタイヤキを買いに出て、帰る途中に人にぶつかられて河川敷に落ちて、怪我をして動けないのではなかったのか。だからなかなか皆のところに戻ってこなくて、痛みを堪えるのに必死だったから連絡が遅くなって、今は綱吉の助けを待っているはずで。
 だのに当の本人はピンピンして、人気も乏しい場所にいて、綱吉を力いっぱい抱き締めている。
「やまも、っと?」
「おう」
「山本、怪我は!」
 念のため本人かどうか確かめて名を呼べば、威勢の良い返事がひとつ。それでハッとして、彼の腕を掴んで引き剥がした綱吉の真剣な眼差しを下から浴びて、山本は申し訳無さそうに微笑んだ。
 頬を掻き、目尻を下げる。
「悪い。あれ、嘘」
「……は?」
「だってよー」
 綱吉だけを誘ったつもりが、あれよあれよという間に話は広まって、結局総勢五人の大所帯。ふたりきりになれるタイミングなど、あるわけが無い。
 折角の年に一度の花火大会、楽しみたいのに、つまらなくて。
「それで、……って、そんな事の為に」
「俺にとっちゃ、大事なことなんだけど」
 そんな事、と言われると若干傷つく。
 みんなでわいわいやるのも楽しいが、矢張り好きな人は独り占めしたいではないか。そうはっきりと言いきった山本に対し、綱吉は納得しかねると唇を震わせた。
「そりゃ、嘘ついて騙したのは悪いと思ってるさ」
「……ほんとに、怪我してないんだね」
「ああ」
「そう」
 山本とて、全く反省していないわけではない。嘘を疑いもせずに信じて、必死の形相で走ってくる綱吉の姿に、チリリと胸が痛んだのは本当だ。
 ハルや京子も、獄寺だって、嫌いではない。ただ今日は少しだけ、存在を邪魔に感じただけで。いなくなってしまえとか、そんな風には思っていない。
 頷いた山本に、心底安堵した様子で溜息を零した綱吉は、数秒間その姿勢で停止した後、額に指を置いて顔を上げた。
「ふたりが良かったなら、最初からそういえばいいのに」
「ツナが獄寺達にまで言うから」
「だって、山本、なんにも言わなかったじゃない」
 花火大会があるんだ、と日程と場所を教えられて、行かないかとだけ言われた。頷いて、偶々獄寺にその話をしたら、自分も行くと言い出して。
 けれど、山本は何も言わなかった。人数が増えるたびに分かったと頷いて、笑っていた。だから綱吉も、大勢の方が楽しいし、これでいいのだと思い込んでいた。
 気まずい空気が流れ、綱吉はもうひとつ溜息を零した。
「後で、みんなにちゃんと謝ろうね」
「分かってる」
 嘘をついて皆を騙したのは、良くない。それだけは確かで、綱吉は携帯電話を広げると、短縮ボタンを押して登録してある番号を呼び出した。
 三コールと待たず、電話相手が応答した。
『十代目!』
「獄寺君? うん、大丈夫。見つけたよ」
 遠く、川の向こう側で花火が打ちあがる。皆を待たせている場所はまだまだ賑やかで、声は若干聞き取りづらい。綱吉は息を殺している山本をちらりと見て、早口に捲くし立てる獄寺に頷いた。
 心の中で小さく舌を出し、電話を握り締める。
「それでね、うん、うん。山本の怪我、そんなに酷くないんだけど、心配だから電車が混む前に先に帰るよ。花火終わると、混むでしょ。うん、そう。ごめんね、ハルたちにも謝っておいて」
「ツナ?」
 怪我をしたのは嘘だと、綱吉は知っている。山本はかすり傷ひとつなく、ぴんぴんしている。
 だのに、聞こえてきた彼の台詞に、山本は目を見開いた。やや上擦った声で名前を呼べば、黙れと人差し指を唇に押し当てられた。闇に映える琥珀の瞳が、悪戯っぽく細められる。
 刹那、山本の身体の内側から、ぶわっと何かが溢れ出した。魂が震えるとは、こういう事を言うのだろうか。身震いして、彼は心臓を服の上から握り締めた。
 綱吉は繰り返し謝罪の言葉を口にして、電話を切った。携帯電話を畳み、仁王立ちしている山本を仰ぎ見る。
「これで俺も、共犯」
 そうして惚けている彼に向かって、可愛らしく笑った。
「ツナ」
「みんなと電車の時間、ずらさないとね」
 名前を呼ぶのがやっとの山本に肩を竦め、駅の方角に目を向ける。降りた駅は大分遠く、ひとつ先の駅まで歩いた方が、もしかしたら近いかもしれなかった。
 続けて綱吉は上を向いて、河川敷の上に伸びる石橋を指差した。あちらの方が、見晴らしが良さそうだ。
「山本、花火、あっちから見ようよ」
「あ、ああ」
 早く、と急かされて山本は駆け出した綱吉を追いかけて河川敷を駆け上った。身を隠すのに使った、川へ流れ込む水の量を制限する機械の横をすり抜け、アスファルトの道から橋の上へ。
 瞬間、ひと際大きな花が夜空を奔った。
「うわあ……」
 何も無ければ黒々しいだけで薄気味悪い夜の川面にも、色鮮やかな花火が映し出された。
 ふたつ並んだ大輪の花に、綱吉が両手を叩き合わせて歓喜の声をあげた。
「ツナ、俺」
「ああ、そうだ。あのさ、山本」
 欄干に寄りかかり、身を乗り出した綱吉が不意に横を向いた。照れ臭そうに微笑み、山本へ手を伸ばす。
 言いかけた言葉を呑んだ愛しい人を前に、彼は堪えきれずに噴き出した。指を絡めとり、自分の方へ思い切り引っ張る。
 つんのめった山本に背伸びをして、その耳元で。
「ふたりだけになりたいなって思ったの、山本だけじゃないからね」
 悪戯っぽく囁いた。

2009/07/29 脱稿