野分 第三夜

 ディーノか、と思ったが違う。女だ。それも、知っている顔の。
「さーーわーーーーーだーーーーーーーーー!」
 日頃はおしとやかで、実年齢よりもずっと大人びている長い黒髪の少女が、あろう事か長着の裾をはためかせ、身なり構わず走っていた。
 両手両足を大きく前後に振り回し、髪を振り乱し、物凄い形相で近付いてくる。さしもの雲雀もこれには驚かされて、相手が里の人間であると分かっていながら、思わず構えて拐に手を伸ばしかけた。
 彼女は綱吉の姓を声高に叫び、庭を南北に走る小川をも踏み越えて、庭を直進する最中に前に突き出した踵で溝を掘って停止した。ただ勢いを殺しきれず、呆然としている男三人の前を若干行き過ぎる。
 ぜいはあ、と肩で息をして、足首まで埋まった己の身体を泥の大地から引き抜いた様は、とても物々しく、雄々しい気配に満ち溢れていた。
「く、ろ……かわ?」
 京子の親友で、ハルとも仲が良い、綱吉と同年代の里の娘だ。
 冷静沈着で、綱吉たちが起こす騒動をいつも冷めた目で見ている。着ているものや身につける小道具も、可愛らしさを優先させる京子たちとは一線を画して、美麗さを追求していた。
 その彼女が、息せき切らして形振り構わず走って来た。
「沢田!」
 しかもいつになく声が大きい。興奮しているのか鼻を膨らませて息を吐いた彼女は、握り拳を胸の前で振り回し、思わず道を譲ってしまった雲雀の前を素通りして縁側の綱吉に詰め寄った。
 凡そ彼女らしくない態度に、綱吉も目を丸くした。
 麻痺していた聴覚は戻りつつあったけれど、間近から怒鳴られると頭が痛い。奥歯を噛んで両手で耳を塞いだ彼を見下ろし、綱吉の事情など全く関知しない黒川花は、髪を乱したまま勢い良く神社を指差した。
「あの人、誰!?」
 裏返った叫び声に、迷惑そうに獄寺が顔を顰めた。だが黒川は構う事無く綱吉ににじり寄り、縁側に両手を衝き立てた。
 叩かれた板敷きの床がいい音を響かせる。あまりの迫力に仰け反った綱吉は尻餅をつき、疑問符を幾つも頭に浮かべて首を振った。
 あの人、といわれても何のことだかさっぱり分からない。
「ちょっと、落ち着きなよ」
「五月蝿いわね、あんたには聞いてないわ!」
 綱吉が苛められるのは我慢ならず、間に割って入った雲雀だったが、押し退けようと肘で牽制した彼女の酷い言い様にむっと口を尖らせた。頭を抱えて痛みに耐えている綱吉を後ろに下がらせ、頭から湯気を立ち上らせている黒川を縁側から引き剥がす。
 もう一度落ち着くように訴え、事情を説明するよう求めたところで、たたらを踏んだ彼女はやっと引き下がった。
 いきなり現れたかと思えば、一方的に怒鳴って喚き散らすだけ。これでは綱吉たちも返事が出来るわけがないと、聡明な彼女だ、冷静になると同時に理解を示した。
「……そうね、ごめんなさい。取り乱しちゃって」
 何度か深呼吸を繰り返した末に緩く波立っている黒髪を掻き上げ、若干の苛立ちを残しつつも恥かしそうに彼女は呟いた。それに綱吉はほっとした様子で胸を撫で下ろし、獄寺は酷くなった頭痛に悪態をついた。
 奥からは奈々が様子を窺いに来て、山本も落ち着いたと教えてくれた。どうやら消えたリボーンは、彼の治療に向かっていたらしい。
「それで、……どうしたの」
 綱吉も幾分気分がましになって、咳払いの末に黒川に促した。だが、改めて訊かれた途端、彼女は急に真っ赤になってもじもじと身をくねらせ始めた。
 頬に両手を押し当て、気分が盛り上がるのを止められずにひとりはしゃぎ始める。傍目には挙動不審にしか見えず、獄寺が「けっ」と舌打ちして足を前方に投げ出した。
「だからー、沢田、あんな素敵な人を隠してるなんて、酷いじゃない。どうして教えてくれなかったのよ」
「……はい?」
「しらばっくれないで」
 前後の脈絡がまったく繋がらない彼女の言葉に、居合わせた三人の間でまたも疑問符が飛び交った。
 いったい彼女が誰の事を言っているのか分からず、互いに顔を見合わせ、三人揃って思い浮かんだ人物像に数秒してから頷く。
 どうにもだらしない性格が前に出て、情け無い人という印象が拭えないが、確かにディーノは、見た目だけなら充分麗しい。
「ああ、あの人は」
 彼が並盛神社をねぐらにするようになってから、まだ日が浅い。リボーンに、神としての能力の大半を封じられてはいるが、妖の類が一切見えない雲雀のみならず、霊力を持たない人にも視認出来るほどに、本来の彼が持つ力は強い。
 だから黒川にも、ディーノが見えるはずだ。
「ディーノさんなら」
「呼んだか?」
 ただ、故あって地上に留まっている神、と説明したところで、彼女は信じないだろう。果たしてどう言おうか迷って一瞬言葉を詰まらせた綱吉の耳元で、不意に生温い風が吹いた。
 耳朶を擽る甘く低い声に背筋が粟立ち、ぞぞぞ、と来た寒気に彼は座ったまま飛び跳ねた。
「ひあ!」
「うわ、いつの間に」
 獄寺もがまったく気付いていなかったようで、知らぬ間に綱吉の背後に立っていた黄金色の髪に派手な緋色の打掛を羽織った青年に吃驚仰天し、仰け反って倒れた。
 ひとり庭側に居た雲雀も出遅れて、一瞬惚けた後、綱吉から離れろ、と罵声をあげた。
「貴方という人は、また!」
「えー、いいじゃねーか、ちょっとくらい。んで、俺がどうかした?」
 其処に初対面の女性がいるというのに、ディーノは何の遠慮もなく彼は綱吉を後ろから抱き締めた。小柄な身体を膝に引き寄せ、胡坐を組む。話を中断させてしまったのは分かっているようで、続きを促して綱吉の顔を横から覗き込んでから、嫣然とした視線を黒川に目をやる。
 曲りなりにも神の位にある存在に、けれどある意味蔑むような冷たい視線を投げ返し、彼女は凍りついたディーノにふんっ、とそっぽを向いた。
「誰、この人。沢田、また取り巻き増えたの?」
 同じ里で育った彼女は、つまるところ綱吉の幼馴染でもある。彼が三浦の寺子屋に通っていた当時も知っているし、当時から綱吉にちょっかいを仕掛ける男子が非常に多かったのも知っている。
 山本と雲雀が常にべったり彼に張り付いていたのも、当然の如く。
 だから今更一人や二人、綱吉と懇意になる男が増えても、別段驚くに値しない。冷淡に言い放った彼女は、うんざりだと手を振って肩を竦めた。
「え……?」
 その態度に、ディーノを除く男達はぽかんと間抜けに口を開いた。
「黒川。……神社にいたのは、彼じゃ?」
 綱吉より一歩早く我に返った雲雀が、話についていけずに困っているディーノを指差して言った。だけれど彼女は首を横に振り、ディーノに至っては、
「俺、今日は山の岩屋にいたけど」
 昨晩の嵐は社殿ではなく、並盛山の神域の中で過ごしたと言い放った。
 その言葉に、黒川以外の三人が唖然とした顔で一斉に振り向いた。
 合計六つの眼で見詰められたディーノが、何故か照れ臭そうに頭を掻く。注目されるのが嬉しいような、恥かしいような、兎も角そんな顔をされて、やがて雲雀は深々と溜息を吐いた。
 獄寺も似たり寄ったりの反応を見せ、肩を落とす。綱吉は身動ぎ、ディーノの膝から脱出して縁側の端に戻った。雲雀に向かって両手を伸ばし、受け止めた彼に縋って庭に降りてしまう。
「神社には居なかった?」
 綱吉を奪い取られたディーノが悔しげにしてみせ、雲雀は意に介さず質問を繰り出した。彼は頬を膨らませて交差させた足首に両手を置き、背中を丸めて頷いた。
「ああ、岩屋からこっちに直接来た」
「じゃあ、黒川が見たのって」
「だーかーらー、さっきからなんなのよ、あんたたち」
 不貞腐れた声で言ったディーノから視線を外し、綱吉はひとり会話から置き去りにされて怒っている黒川を見た。腰に両手を当てた彼女は、居丈高に胸を張って眦を釣り上げた。
 怒髪天の勢いを感じ取り、引き攣り笑いを浮かべて雲雀の袖にしがみつく。
「ってゆーか、お前、最初から順番に話せよ」
 綱吉が雲雀に縋るのを快く思っていないのは、獄寺も同じだ。黒川が脅せば、怯えた綱吉は益々雲雀との距離を詰める。さっさと論議を終了させるのが第一と頭を切り替え、彼は銀髪を掬って耳に引っ掛けた。
 頭痛はどうにか治まり、聴覚も戻った。あんな痛い思いは二度と御免だと心の中で呟き、膝を叩いて黒川に怒鳴りつける。
 乱暴な言い回しの彼をきつい目でにらみ返した彼女だが、獄寺の言うことにも一理あると頷いた。
 胸の前で腕を組み、この場に居合わせる全員を順に見回して、肩の力を抜いて息を吐く。
「だから、今日はうちが当番だったでしょ?」
「なんの」
「あんた、本当に馬鹿ね」
 右手を広げて掌を上にした彼女に、獄寺がすかさず足りない語句を付け足すよう言い、呆れ返った眼差しを向けられて握り拳を作った。
 ここでいきなり話題が横道に逸れるとは思っておらず、綱吉が慌てて両手を振って割って入った。
「神社の掃除だよね、うん。今日は黒川ん家と、入江さん家の当番だったね」
「そうよ」
 並盛神社の神主は沢田家が代々受け継いでいるけれど、広い敷地を綱吉だけで掃除するのは大変だ。だから週に二度の割合で、村の家々にも持ち回りで作業を分担してもらっている。その当番が、偶々今日は黒川の家だった。
 昨夜の嵐で酷い有様になっているので憂鬱だったが、行かないわけにもいかない。そこで入江の末っ子と連れ立って、面倒臭いと思いながらも石段を登り、神社に出向いた。
「お前な、お役目を面倒だとかなんだとか、信じらんねえ」
「五月蝿いわね、面倒なんだから面倒って言ったまでよ」
「まあまあ、ふたりとも。獄寺君、ちょっと黙ってて」
 黒川が喋るたびに、気に入らないところがあると獄寺が直ぐ茶々を入れる。それを彼女は真正面から受け止めて、打ち返すものだから、話がなかなか先に進まない。
 焦れた綱吉にもう喋るな、と厳しい眼差しと共に釘を刺され、獄寺は敬愛する十代目に叱られたと半泣きになり、縁側から座敷に引っ込んだ。
「それで?」
「とりあえず私は水を汲んで、正一君は掃除道具を取りに裏へ回って」
 手水鉢の横にある桶に水を溜め始めた彼女は、直後響いた社殿の背後に出向いた入江のけたたましい悲鳴に驚き、桶を投げ捨てて走った。
 どうしたのかと叫ぼうとしたら、社殿裏は灰色の煙が濛々と立ち込め、視界が悪い。何かが焼けたような嫌な臭いがして気分が悪くなり、よろけて倒れそうになった。
 それを受け止めたのが、彼女の言う人物だ。
「……なに、それ」
「素敵な方だったわ。背が高くて、凛々しくて、愁いを帯びた瞳は円らで、とっても澄んでいて」
 綱吉がぽかんとする中、当時を思い出してか彼女はうっとりと目を細め、頬を紅色に染めあげた。両手を胸の前で結び、甘美な記憶に酔い痴れる。
 夢見心地の彼女を遠巻きに眺め、雲雀もディーノも、どう反応すれば良いか分からず、ひとり世界に浸っている黒川に呆然となった。
「あー、もう。信じられないくらいに格好良かったのよ。私の事をこう、さっと抱き締めて。だけどあの人は、名前も告げずに何処かへ行ってしまったわ……」
 煙が晴れると同時に、黒川を助けた青年は走り去ってしまった。とても驚いた様子で、狼狽していたと彼女は言う。黒川が手を伸ばして呼び止めても、振り返りさえしなかったそうだ。
「……なに、それ」
 ひと通り説明を終えた黒川の、蕩けきった表情に雲雀のひと声は冷たい。だが綱吉も、獄寺も、総じて同じ気持ちだった。
 神社の裏手にいたから、彼女は青年を綱吉の関係者だと思い込んでいただけだ。当然綱吉たちに、その青年に心当たりは無い。念のため再度ディーノの見間違いでは無いかと勘繰ったが、
「馬鹿言わないで。そんなおっさんに興味ないわ」
「おっさ……!」
 ぴしゃりと言い切られ、おっさん呼ばわりされたディーノは凍りつき、がらがらと音を立てて崩れていった。
 実年齢は不明だが、外見だけなら二十台半ばの彼をして、その表現はかなりきつい。まさか人間の、それも綱吉と同い年の少女に年寄り扱いをされたのは、相当衝撃だったはずだ。
 畳を叩いて咽び泣く彼の口からは世の中に対する恨み節に加え、最愛の蛤蜊家初代に縋るような言葉が沢山聞かれた。
 情け容赦ない黒川に、綱吉も愛想笑いを浮かべるのが限界だった。
 それにしても、と綱吉はまだ違和感が残る聴覚を気にして、耳朶を引っ張った。
「村の人じゃなかったんだよね」
「そうよ」
 疑問に彼女は深く頷き、里の方角を指差した。
 常々都の生活に憧れていると公言して憚らない黒川は、並盛の男達を泥臭い田舎者と散々にこき下ろしていた。雲雀や山本も例外なくそうなのだから、彼女の理想とする男性像はかなり難易度が高い。
 常に自分が恋心を抱けるだけの質の良い男を求め、行商人や旅芸人を事細かく観察している彼女が自信たっぷりに言うのだから、その青年は本当に並盛外の人間なのだろう。分からないのは、そんな人が何故神社にいたか、だ。
 嵐を避けて社殿で雨宿りをするにしても、山は村の入り口とは反対方向だ。
 並盛山には結界が幾重にも張り巡らされ、正しい経路を経なければ道に迷い、山の外に排出されてしまう。たとえ神社に行くだけでも、沢田家の敷地を通る以外では、百数段の石段を真っ直ぐ登っていかない限り永遠に詣でることは出来ない。そして石段へは、村の中を通らなければ辿り着けない。
 いつぞやのビアンキや骸のように、結界自体を破ってしまえばその限りではないが、今のところ異変が生じている様子はなかった。
 注意深く空を見上げれば、虹色の光がきらきらと陽光の中で輝いている。変化ないのを確かめた綱吉は首を捻り、眉間に皺を寄せた。
「あの、十代目」
「なに?」
 判然としない出来事の羅列に苦しみ、思考が纏められずにいる綱吉を案じて、黙っているよう言われていた獄寺が恐る恐る右手を挙げた。発言の許可を求めて受け入れられ、改めて縁側に座した彼が両手を丸めて膝に置いた。
 黒川をちらりと見て、
「その、こいつと一緒にいたっていう、入江っていう奴に聞いてみたら、どうでしょう」
 さっきから彼女の話題に出ているものの、この場にはいない少年の名前を口に出し、神社のある方に目を向ける。つられて首を左に回した綱吉は、続けて上を見て雲雀と目を合わせ、半眼した。
 黒川以外の目撃者は、彼女と共に神社に詣でていた彼しか居ない。獄寺の提案は理に適っている。
「正一君は?」
 だが肝心のその少年は何処に居るのだろう。答えを求めて黒川を見ると、彼女は人差し指を唇に押し当て、視線を泳がせた。
 それだけで、ある程度予想がついた。
 置いてきたのだ、神社に。
「な、なによっ」
 自分の欲望に忠実な黒川に肩を竦めていると、耳の先まで真っ赤になった彼女が「悪いか」と怒鳴った。
 好きになった人に夢中になって、他に何も考えられなくなったのだから、仕方が無いではないか。決して見捨てようとしたわけではなく、単に忘れていただけだから罪はない、と喧々囂々捲し立てる。
「あー、うん。……分かるけど、さ」
 ひとり責め立てられて、綱吉は視線を雲雀に流した。横目で見詰められて、気付いた雲雀が困った様子で顔を背けた。
 見ている方が恥かしくなるふたりのやり取りに憤慨し、獄寺が庭に降りて彼らの間に割り込んだ。ディーノは未だ座敷で打ちひしがれている。
 空気が固まってしまい、綱吉は気を取り直してわざとらしく咳払いした。
「兎も角、神社に行ってみようよ」
 なにか青年に関わる手がかりが残っているかもしれないし、正一が助けを求めているかもしれない。両手を広げていった綱吉に黒川が先ず頷き、続けて獄寺が同意した。
 雲雀だけが、他に気になることがあって返事を渋った。
「ヒバリさん?」
「さっきの雷」
「雷?」
 皆でまたぞろ神社へ行こうとする中、彼だけが動かない。三歩進んで足を止めた綱吉が振り返って呼ぶが、妙な事を呟かれて小首を傾げた。
 確かに昨夜は雷雨が激しかったが、それも日が昇る前に終わっている。空は澄み渡り、陽射しは眩しい。心地よい風が吹いて、白い綿雲が優雅に泳いでいる。
 雷鳴轟くなんて事は、ありえない。
「山本武の様子を見てくる」
「え、ヒバリさん。ちょっと、待って」
 鼓膜を破いてしまった彼だが、外に居た分、何かを見ているかもしれない。リボーンが言っていたことも気に掛かり、一緒に聞くつもりで雲雀は屋敷の玄関へ爪先を向けた。
 綱吉の後ろでは黒川が早くしろと叫んでおり、獄寺も雲雀が一緒に来ないと知って嬉しそうだ。
「君は神社に行っておいで」
「でも……」
「さっきみたいなことがまた起きたら、困るんだよ」
 分からないことを、解らないからといって、判らないままで終わらせておくわけにはいかない。綱吉の身体に悪影響が出ているのだ、放ってはおけない。
 若干苛立たしげに言った雲雀の口調から綱吉を思いやる心を感じ取り、胸の奥が甘く疼いた。頬がほんのりと紅色に染まり、見え隠れする気遣いが嬉しくて、彼はもぞもぞと身をくねらせた。
「あ、えっと。あの、じゃ、やっぱり俺も」
 急に離れ難くなって、神社に行くのは獄寺に一任してしまおうと綱吉は口を開いた。琥珀の瞳を細めて、雲雀の方へ駆け寄る。黒川の隣で獄寺が悲壮な顔をしたが、気にも留めない。
 最愛の人の胸に自ら飛び込んで、思う存分甘えた声で名前を呼ぶ。しがみついてきた綱吉を難なく受け止め、雲雀は咽び泣く男が増えた、と座敷と庭先で小さくなっているふたりを交互に見下ろした。
 誰に対しても分け隔てなく接するから、綱吉の周囲には人の輪が出来る。その綱吉が雲雀を特別扱いするから、雲雀は綱吉に懇意を抱く男達に怨まれる結果になる。
 それを綱吉は、自覚していながら常日頃は忘れている。
「綱吉」
 満面の笑みで胸に擦り寄ってくる少年の肩を押し返し、雲雀は軽く身を屈めた。膝を折って首を前に倒し、自分の体で綱吉の顔に影を落とす。
 薄暗くなった視界に目を瞬いた綱吉は、一瞬だけ驚いた風に瞠目し、直後蕩けそうな色で瞳を彩って瞼を伏した。
「ん……」
 此処が庭のど真ん中で、周囲に人がいるというのも忘れて、綱吉は唇から流れてくる温かく、それでいて甘い匂いに喉を鳴らした。雲雀の衿を掴む指先に力が入り、渋茶色に薄く灰の格子模様が走る長着に無数の皺が刻まれた。
 うっとりとまどろむ綱吉に目を眇め、透明な糸を千切って雲雀は舌を引き抜いた。濡れた唇を爪でなぞって湿り気を削ぎ落とし、手首を返してもっと、と強請ってくる綱吉の鼻を押す。
「む」
「今朝の分がまだだったからね」
 朝食代わりだと嘯き、雲雀はこれでお終いと宣言した。不満げな眼差しに肩を竦め、綱吉の頭を撫でて宥める。
「神社に行っておいで」
「えー」
「気になるんだよ」
 先ほどの衝撃波は、リボーンの言葉を信じるならば、神社を起点に発生している。黒川の言う白い煙というのも気に掛かるので、綱吉が調べてきてくれると助かるのだと雲雀は言うのだ。
 伝心で頼みながら、彼の指は蜂蜜色の髪を梳く。穏やかな微笑みを見上げ、綱吉は数秒の逡巡を挟んで下を向いた。
 両手を胸の前で絡み合わせ、もじもじさせてからコクン、と小さく頷く。
「ヒバリさんが、そう言うなら」
 彼はひとりで何でも出来てしまう人だから、綱吉に頼るのは稀だ。信頼されて、頼りにされているのがそこはかとなく感じられて、今なら嬉しさで空の彼方まで飛んで行けそうだった。
 頬を染めた綱吉の笑顔に目尻を下げ、雲雀は力強く彼の肩を叩いた。行くように促し、綱吉が従う。行って来ますと手を振ってかけていく彼を、待ち草臥れた黒川と歓喜に咽び泣く獄寺が出迎えた。
 昨日の嵐で幾らか水位が上がっている小川を渡り、三人は一塊になって神社に続く道を小走りに駆けて行った。先頭を行くのは気が急いている黒川で、獄寺が最後尾。彼らの背中が徐々に小さくなるのを見守り、雲雀も踵を返した。
 開けっ放しの引き戸の玄関を抜け、土間から直接居間に上がりこむ。山本は囲炉裏の手前に、頭を南に向けて寝かされていた。
 床に直接横になり、奈々が運んで来た上掛け布団を腰まで被っているが、意識はあるようで雲雀の気配に首を横に倒した。他のふたりに比べると顔色は格段に悪く、青褪めているものの、リボーンの治癒を受けたお陰か、出血は止まっていた。
「聞こえるか」
「なんとか、な。ちょっと、遠い、が」
 何も無い洞窟の真ん中に立っているようだ、と彼は今の状況を笑った。音が反響して、何重にもなって聞こえるらしい。それも全体的にぼんやりとして、はっきりとしない。
 自分の声さえも聞き取りづらいようで、お陰で呂律が回りきっていない。一言一句を細切れにして、息を吐きながら喋るので、短い問答にもいつもの倍近い時間がかかった。
 焦らなくて良いと、起き上がろうとした彼を制し、雲雀は彼の枕元にどっかり座した。
 向かい側には、ひと仕事終えて休憩に入っているリボーンがいた。奈々が用意立てた湯飲みで茶を楽しみ、満足げに笑っている。
「なにか見た?」
「いや……」
 自分から話し始めるつもりは無さそうだと、彼の飄々とした態度から察し、雲雀は視線を下向けて血色悪い山本に問いかけた。ゆるゆる首を振られ、そうか、と相槌ひとつ打ってお互い黙り込む。
 胡坐を組んだ彼は、浮き上がった膝に肘を置いて背中を丸めた。顎に手をやり、輪郭をなぞりながら眉間の皺を深くする。
「いきなり、だった、から、な」
 難しい顔をする彼を笑おうとして失敗し、山本は咳き込んで酷い頭痛を堪えた。
 あの瞬間、頭蓋が砕かれるような強烈な一撃を食らって、ふらつき、倒れた。延髄が激しく揺さぶられて眩暈がし、起き上がることが出来なくて頭を抱え込むと、指先がぬるっと滑って、見れば手が赤い。最初はどこが出血しているのか、さっぱり分からなかったという。
 屋内に居てもかなりの衝撃だったから、外に居た山本はその比ではなかろう。井戸の修繕を頼まれていたのは雲雀なのに、綱吉との仲を懸念した彼に気を遣わせてしまったが為に、こんなことになった。
 微かな後悔が胸を過ぎる。同時に、綱吉がこうならなくて良かったとも思っている。
 自分の浅ましさに怒りさえ覚えて、口惜しげにしている彼を見上げ、山本は大丈夫だと手を振った。
 治らない傷ではない、数日間は不便を強いられるだろうが。雲雀が思い悩まなければならない事ではなく、むしろ自分が外に居てよかったとさえ、彼は辛そうにしながらも言葉を重ねた。
「だって、よ。お前、行ったら、ぜってー、ツナ、追いかけ、っだろ?」
「……そうかもね」
 白い歯を見せて言った彼に、ようやく雲雀の心も解れる。苦笑を禁じえず、綱吉が巻き込まれなくて良かったと嘯く彼の心遣いに感謝し、雲雀は手詰まり感を抱いて頭を掻いた。
 山本は何も見ていない。とすれば、後は何処を探ればいいのか。
「なー、恭弥~」
「なに、まだいたの」
「俺って、俺ってそんなに歳食って見える?」
 すっかり忘れていた存在が、座敷に通じる通路から居間に顔を出した。
 思考の中断を強いられた雲雀が、振り向き様に不機嫌な声で蔑むが、ディーノは鼻をぐずぐず鳴らすと、情け無い顔をいっそう酷くした。足音を響かせて大股に駆け寄って、両手を広げて飛びついてくる。これが綱吉だったならもろ手を挙げて歓迎するところだが、雲雀は寸前でサッと身を翻し、彼の着地地点から逃げ遂せた。
「ぎゃふっ」
「おわ!」
 寝ていた山本の真横で、見事に金髪の青年が顔から床に落ちた。痛そうな音が高い天井に響き、リボーンが茶を啜る音が間抜けに場を飾った。空気を受けて膨らんだ緋色の打掛が、僅かに遅れ、哀れな主人の背中に沈んだ。
 ディーノは倒れ伏したまま、よよよ、と泣き崩れて、まるで子供のように両手両足をじたばたさせた。蹴られそうになった山本が、引き攣った笑い顔で身を起こし、距離を取る。
「なあ、……どしたの、この人」
 リボーンに力を封じられているとはいえ、ディーノは神。高貴な存在である彼がこんな有様になる原因が分からず、山本は困惑を浮かべて雲雀に訊いた。
 綱吉に要らぬちょっかいを仕掛けるのと、その他諸々の本能的な嫌悪が働いて、雲雀はディーノが好きではない。しかし一応、こんなでも、彼は育ての親だ。
「黒川花に、おっさん、と呼ばれてた」
「ああ、なる」
 男に対する評価がいつだって辛辣な幼馴染を思い浮かべ、山本は納得だと頷いた。
 毒舌で容赦ない彼女に掛かれば、ディーノもひとたまりも無かったという事だ。彼女とは出来るなら論議を交わしたくないと、雲雀と同じ感想を述べて、山本が床に座り直す。大丈夫なのかと目で問われた彼は、緩慢に笑った。
「寝転がってる方が、治りが悪そうでさ」
 安静にしていなければいけないと分かっているが、動いていないと身体が疼いて仕方が無い。頭はまだ少し痛むし、ディーノの泣き声もぼわわん、と膨らんで聞こえるが、平気だろうと自己判断して、彼はリボーンを振り返った。
「勝手にしろ」
「だってさ」
 山本を治療した男は既に匙を投げており、ぶつけられた山本は両手を広げて肩を竦めた。
 茶を飲み終えたリボーンが、黄色い頭巾を被り直してはみ出ていた黒髪を中に押し込んだ。形を整え、湯飲み茶碗ひとつを残してふっ、と姿を消してしまう。
 次の瞬間、
「ぎゃふん!」
 またもみっともない悲鳴が、ディーノの口から飛び出した。
 魂さえもはみ出ているのが見える。ふよふよと漂う半透明なものを見上げ、雲雀は神の一員である男の頭を踏み潰している、黄色い頭巾の赤ん坊に嘆息した。
 後頭部に巨大な瘤を作ったディーノが、赤ん坊が飛び退くと同時に情けない顔でめそめそ泣いてその場に座った。痛むのか左手は常に首にやって、右手は真っ赤になった鼻を押さえ込んでいた。
「ひでーよ、ひでーよ、リボーン」
 まだ今日が始まったばかりだというのに、散々な事ばかりだ。世を嘆く神の泣き言にリボーンはやれやれと嘆息し、空中から取り出した緑色の撥で、先ほど自分が踏みつけた箇所を思い切り、いい音を響かせて殴り飛ばした。
 堪えきれずに前のめりにまた倒れた彼を避け、雲雀が左に移動する。遠巻きに眺める山本は、さっきから苦笑するばかりだ。
「うるせーぞ、この駄目弟子」
「俺の頭は木魚じゃねーぞ!」
「これ以上馬鹿になることは無いから、安心しなよ」
 もう一発重ねて殴ろうとしたリボーンに怒鳴ったディーノの背中に、雲雀が冷たく言い放つ。きっ、と眦を裂いて睨み返した彼だったが、撥を片手にリボーンに凄まれて、渋々大人しくなった。
 頬に残る涙の跡を拭い、赤くなった顔を両手で叩いて気合を入れ直す。
「んで」
 右足を立てて左足は前へ、背中をやや後ろに倒して左腕一本で上半身を支えて座った彼は、さっきまでの泣きっぷりが嘘のような精悍さを取り戻していた。
 一応は、神。こんなでも、神。
 瞬時の変化に驚く山本を他所に、雲雀は屋根を支える柱の一本に背中を預け、胸の前で腕を組んだ。
「俺が居ない間に、いったいなにがあったんだ?」
「雷が落ちた」
「は?」
 音も、光もなかったが、あれは雷と思って間違いなかろう。緑色の撥を空中に消したリボーンも、同意してか不敵に口元を歪める。ただ山本とディーノの両名は、怪訝に眉を潜めて開放された北の庭に目をやった。
 何度も確かめている通り、外は明るく、快晴だ。奈々は洗濯物か、畑の手入れか、兎も角この場に居合わせてはいなかった。
 景色を存分に眺めたふたりが、不審なものを見る目で雲雀を振り返る。だがふと、思い当たる節があったのか、ディーノは急に目を見開くと考え込み始めた。
「えー、ああ。ひょっとして、それってさっきの……」
「神域にも響いたのか」
「びりっときたな、こう、足の先から」
 打掛に静電気が走り、吹き飛ばされそうになったが、一瞬だったので気にも留めなかったと彼が言う。鮮やかな緋色の上に咲く、大輪の牡丹の刺繍を撫でた彼は、雲雀たちと比べて色の白い足首を撫で、立てた膝に胸を寄せた。
「あれは多分……、そうか。雷の力が一気に外に放出されたんだ」
「どこから?」
 言われてみればそうかもしれない、と頭の中にある情報を素早く組み立てていく彼に合いの手を打ち、雲雀が柱から背中を浮かせた。若干話についていけなくなっている山本が、説明を求めて口を開く。だがリボーンに制されて、首を引っ込めた。
 顎を爪で掻いたディーノが、上向けた視線を泳がせて指を宙に向ける。最初は天井を向いていたそれは、数秒間漂った後に神社のある西を指し示した。
「ん? てことは、だ。あれか?」
「なに」
「いや、ほら。あるだろう、神社の裏」
「裏?」
 黒川の説明との奇妙な符合点に、雲雀の眉が片方持ち上がった。
 神社の裏、つまりは社殿の後方。木が鬱蒼と茂り、昼間から薄暗い場所。
 その先にあるのは聖域で、結界が張られているので村人は立ち入れない。進もうとしても、いつの間にか神社の入り口に戻ってしまうから、幼い子には不思議な場所として認知され、格好の遊び場になってはいるが。
 無駄に広い空間で、目立つものはない。唯一あるものといえば。
「……ああ」
 思い出し、雲雀は指の背で唇を叩いた。
 どうして忘れていたのかと、完全に失念していた事実を思い起こす。ふたりの間だけで話が完結してしまい、完全に置いていかれた山本が分かるように説明しろ、と今度こそ声を荒げた。
 大声を出すと頭に響く。自業自得に臍を噛んだ彼に目を向け、雲雀は腕を解き、腰に据えた。
「ご神木」
「神木? あ、ああ、前に雷で、倒れたって、……あれ?」
 自分で言って思い出し、山本も首を捻って一段高い声を出した。引っ掛かりを覚える単語にから事の繋がりを見つけ出して、両手を叩き合わせる。
 並盛神社のご神木は、樹齢五百年を軽く越える大きな楠だった。それが、雲雀がまだ此処に来るより前の出来事だが、落雷によって倒れてしまった。
 神木として長く里を見守ってきた楠とあって、片付けてしまうのも惜しい。それである種の記念的なものとして、今現在も、倒れた楠の幹は神社の裏に横たわっている。
 そうして、無事だった根からは新たな芽が育っていた。
 その若木に宿った精霊が、ランボだ。
「でも、だから、それが、なんだ、ってんだ?」
 確かにあの楠には雷がつきものだが、それ自体は無害だ。今までこんな異常現象が起きた事もなくて、衝撃波が生じた原因は不明のままだ。
 素朴な疑問を連ねた山本に、今度はディーノが口を開いた。
「倒れた大楠には、大きな洞があった。こいつは俺の予測でしかないが、昨夜の落雷の力が、そこに集められていたんじゃないか」
 雷は天から地上に派遣された、大いなる力。神木は性質上、それらを惹きつける。昨晩の凄まじい嵐を思い出した雲雀は、充分ありえる話だと中指の背を浅く噛んだ。
 リボーンからの反論もない。
 赤子から特に反応が生まれないのを確かめて、ディーノはただひとつ解らない、とぼやいて眉間に指を置いた。俯き、汗ばんだ肌をゆっくりと引っ掻く。
「どうしたの」
「洞の中に雷の力が蓄積されたってのは、間違いないとして。んじゃなんで、弾けたんだ?」
 この場に居合わせた誰にでもなく、自分自身に問うて、彼は少し赤くなった皮膚を叩いた。
 力が洞に集中しただけなら、時間を置けばいずれ揮発して消え失せる。霊力の高い人間がこれを用いれば、一時的にではあるが、力の増幅に繋がるかもしれないが。
 ただ黒川花には、退魔師の素質が無い。彼女が洞に集約された雷の力をどうこう出来るとは、雲雀にはどうしても思えなかった。
 別の要因があったと、考えざるを得ない。例えば洞の許容量を越えてしまったか、或いは。
「全く違う何かから干渉を受けた、か」
 それも霊力のある存在に限られる。とすれば、黒川が目撃した黒髪の男が怪しい。
「へえ、そんな事もあるんだな」
 黒川が来ていた理由を教えられた山本が、繋がりを見たふたつの事件に気楽な感想を述べる。これさえ万全だったらと、未だ本来の機能を取り戻せずに居る耳を撫で、呆れた顔をする雲雀に苦笑した。
 世の中は不思議なことだらけだと嘯き、北に開けた廊下の向こうを何気なく眺めやって、その姿勢で固まった。
「山本?」
「ん?」
 あまりに不自然すぎる一連の動きに怪訝にし、雲雀が再び腕を組んで同じ方角に目を向けた。ディーノも顔を上げ、小首を傾げながら右を見る。
 最後にリボーンが、男三人が凝視しているものを視野に入れ、黒い瞳を眇めた。
「あいつは……」
 奈々ではない女性がひとり、軒先の物陰から沢田家の居間を覗いていた。
 艶のある黒髪は長く、左右に分けて細い三つ編みに仕上げている。緋と白の二色の着衣は、雲雀たちが身につける長着とは違って上下で別れ、下穿きはゆったりとした筒状の物が腰の部分でひとつに繋がっている構造だった。上着の裾は長く、胸元三箇所が紐で固定されている。顔立ちは幼く、全体的に丸顔で、綱吉とは違う華奢さが際立っていた。
 そしてなにより、三人を注目させたのは。
「……誰?」
 最初に気付いた山本が、前を見たままぼそっと言った。
 その声にはたと我に返った雲雀が、真っ先に床を蹴って駆け出した。
「!」
 床板を軋ませて突っ込んでくる青年に慄き、十四、五歳と思しき少女が仰々しく肩を強張らせた。顔を引き攣らせ、即座に踵を返して軒先から庭へと飛び出す。
 僅かに遅れてディーノが続いたが、庭には母屋の影の切れ目に立つ雲雀だけしか居なかった。突然走り出てきた彼に驚き、さっきまで囀っていた鳥の姿も何処にも無い。当然、あの少女も。
 肩からずり落ちた打掛を引っ張り上げ、湿った地面に爪先を浮かせたディーノを振り返り、雲雀は若干乱れた黒髪を手櫛で整えた。
「村の人間じゃない」
「っていうか、あれ」
 里に住まう人で無いのは間違いない。そしてここ数日、旅人が村に入ったという話も耳にしない。
 混乱する頭を整理しようと唇を噛んだ雲雀を眺め、ディーノは言うべきかどうかで迷い、縁側にまで来ていたリボーンに目を向けた。難しい顔をしている彼の様子から間違いないと確信を深め、薄々雲雀も感じていた内容を口にする。
 この場で唯一、少女の逃げた方角を知る雲雀はずっと、北を睨んでいた。
 その先にあるのは。
「あの子さ、……人間じゃねーぞ?」
 しかも妖の類でもない。現に並盛山の結界は反応せず、彼女は注連縄が張り直されたばかりの結界石の間を素通りしてしまった。
 ただの人が、沢田の血筋と神格者以外受け付けないよう施された結界を越えられるわけがない。
「あのー。つまり、どういう事?」
 またも置いてけぼりを食らった山本が、最後に縁側に現れて右手を挙げて問うた。打掛の下で腕組みを解いたディーノが、返答に窮して視線を泳がせる。リボーンはまたしても、何も言わずにいきなり煙となって消え失せた。
 雲雀は光の下へ居場所を移し、易々と見知らぬ少女を許容した結界を睨みつけた。
「どうなっているの」
 呟くが、答える声は無い。