月読

 満月の夜に人間から獣に変身するのは、狼男だったか。
 ともあれ、昔から月というものには、不思議な魔力めいたものがあると言われている。ならばあの男にも、それが少なからず働いていると考えれば、月の明るい夜にばかり遭遇するというのも、納得できる気がした。
 本物の狼になられるのは、お断りだけれど。
「ぐはっ」
 右から接近を図った男を裏拳で殴り飛ばし、骨にまで響く衝撃に舌打ちして綱吉は思考を切り替えた。
 今はのんびりと、満月に関わる考察をしている場合ではなかった。無粋な襲撃者の半数はどうにか打ち倒したものの、まだ半分残っている。厄介だと歯軋りした彼は、顎を伝った生温い汗を拭い、鬱陶しそうに髪を掻き上げた。
「手伝え、馬鹿」
「お願いします、どうか手伝っていただけませんか、骸様、――ですよ」
 ついでに持ち上げた視線の先で、綱吉は己が立つベランダよりずっと高い位置にある屋根の上にしゃがみ込んだ男を睨み付けた。
 しかしにこやかな笑顔と共に、台詞の訂正を求めて手を振り返される。長く伸びた後ろ髪を風に揺らめかせ、悠々自適に微笑む様は、見ているだけで腹が立った。
 頭の天辺に近い後ろ髪の一部だけが逆向いており、それが棘のようにも映る。首の後ろで、黒に近い濃い藍色の髪を一本に束ね、両手には黒い手袋が。
 同じく闇に融けてしまいそうな濃紺のロングコートを羽織りながらも、下に着込むシャツは白一色。襟の無いシャツにネクタイを緩く結んで合わせるその格好は、正直どうかと思うのだが、意見したところで聞き入れられないのは目に見えている。
 綱吉は疲れた顔をして溜息を吐き、イクスグローブを装着した手で己の頬を叩いた。
 ぴしゃりと涼しげな音がひとつ響き、じりじりと間合いをつめていた男達が揃って警戒を強めた。
 闇夜に紛れて綱吉を強襲した彼らは、いずれも揃いの暗視ゴーグルを装着ていた。
 本拠地を遠く離れ、偽名を使ってまで宿泊したバカンス先のホテルで、よもやニ十人強はいる男らに命を狙われるとは、思いもしなかった。
 一般客が大勢いるというのに、お構い無し。これで民間人に負傷者が出ようものなら、またマフィアを撲滅せよ、との世論が勢いを増すのは確実だ。
 それはそれで良いと、穏健派の長たる綱吉は思うのだが、前提となる負傷者続出、というのは気に入らない。
 自然な成り行きで、マフィアが自らの存在を消滅させるのは構わない。
 だがその為に、罪も無い人たちを巻き込むのは許せない。
「本当に、大丈夫なんだろうな!」
「ええ」
 綱吉はもう一度なだらかな傾斜の屋根に佇む青年に怒鳴りつけ、苛立たしげに唇を噛んだ。
 現在このベランダは、骸の幻覚に囚われている。ホテルの中からベランダを見た場合、そこに綱吉たちは居ない。外に出ようとドアを開けても、何故か屋内に戻ってしまい、そして扉を開けた人はその事実に気付かない。
 シャワーを浴びて、ベッドに引きこもろうとした矢先、殺気を感じて外に出てみれば、案の定待ち構えていたのは武器を手にした複数の男達。どうしてこうもポコポコと、自分のスケジュールが敵対組織に漏れるのかと、身内に対して不信感を抱いてしまいそうだった。
 もっとも、ボンゴレ内部にも強硬派は皆無ではなく、綱吉のような生温い組織運営を嫌う勢力もあるので、疑えばキリがない。
「リングを使えば早いんだけど」
 ボソリと言って、綱吉は残る男達をぐるりと見回した。
 イクスバーナーを発動させれば、この迷惑な男達を一掃できる。しかし同時に、マフィアとは何の関係も無いホテルまで破壊してしまう。綱吉が最も嫌う、民間人を巻き込む事になる。
 匣兵器も強力すぎて、こんな狭い場所では使えない。折り重なった気絶中の男らを睥睨し、彼は腰を低くして構えを取った。
 結局は、長期戦覚悟の肉弾戦しかない。あちらにリングを扱えるだけの覚悟の持ち主が居ない事が、まだ救いだ。
 呼吸を整え、遠方から自分に標準をあわせている男を先ず先に睨みつける。ファインダー越しに目が合ったと分かったのか、物陰に潜んで銃口を向けていた男が一瞬怯んだ。
「シっ!」
 刹那、綱吉は気合の声を放って強く足元を蹴り飛ばした。
 炎の力を推進力に用い、一気に囲いを突破して襲撃者の背後へと回りこむ。標的を見失った狙撃手は、銃を構えたままぽかんと上を向き、直後地面にキスをした。
 ゴッ、と非常に痛い音がして、綱吉に肘鉄を食らった男はそのまま沈黙した。命を奪い取るまではしないが、これで三十分は脳震盪で気絶したままだろう。
 腕を引き、すかさず前に走る。男らは流石に訓練されているとだけあってすぐさま体勢を立て直し、右に、左に蛇行しながら走る綱吉に銃を向けた。
 火花が散り、火薬の臭いが鼻腔を貫く。南国を思わせる明るい色をしたタイルに、チュン、という音を立てて無粋な鉛の弾が当たって跳ね返った。
「綱吉君!」
 屋根上の骸が叫び、綱吉はハッとした。
「くう!」
 跳弾が綱吉を襲う。予想していなかったコースから飛んで来た一撃に彼は咄嗟に身を捻ったが、僅かに遅く、右の上腕に焼けるような痛みが走った。
 掠っただけだ。裂けた皮膚から血が飛び散ったが、肉を抉り、神経を破壊するところまではいっていない。綱吉は顔を顰めるだけに留め、額を伝った脂汗を弾いて地面に右足を突き立てた。
 その足に体重を集め、両手を結び合わせ即座に右肘を突き出す。左手で右腕を押し出す力も加え、眼前にいた男の腹に思い切り打ち込む。
「――ガ!」
 白目をむいた男は泡を吐き、仰け反って吹っ飛んでいった。味方に当たると銃撃を控えていた男らが一斉にトリガーを引いたが、その頃にはもう綱吉は上空高くに跳び上がっており、目的物を失った弾丸は一直線に闇に吸い込まれて消えた。
 荒く息を吐き、数秒だけ骸より高くなった視界から六道骸を睨みつける。彼は相変わらず穏やかな笑みを浮かべており、綱吉を苛立たせた。
「ちょっとは――」
「来ますよ」
 両腕を真上に伸ばして空気抵抗を減らし、下降に転じた彼の罵声を遮り、骸が事も無げに言う。指し示された方角を見て、綱吉は慌てて死ぬ気の炎を噴射した。
 落下する軌道をずらし、発射された小型の対空砲を慌てて避ける。
 だが、避けてはいけないことに後から気づき、綱吉は悲鳴をあげた。
「しまっ」
「仕方ありませんねえ」
 此処はホテルだ、大勢の人が宿泊し、今はひと時の夢を楽しんでいる。そんなところにロケット弾など落ちてみろ、大惨事だ。
 翌朝の新聞に掲載されるであろう破壊されつくしたホテルの写真を想像し、彼は青い顔をして慌てて追おうとグローブを嵌めた両手を下向けた。しかしそれより早く、骸がやれやれと肩を竦めて立ち上がる。
 彼は悠然と利き腕を振り、闇の中から何かを練り上げ、構築した。
 一本の細長い棒の先端が三つに分かれ、銀色の鋭い光を放つ。彼愛用の武器の姿を空中に見出し、綱吉は悔しげに臍を噛んだ。
「任せる」
「心得ました」
 短く言って、彼は空中で方向を変えた。空に浮かぶ綱吉を唖然と見上げていた男らに顔を向け、右腕を後ろに引いて構えを取る。後方はるか頭上では、夜を切り裂く愚かしい兵器が、何処からか現れた蓮の花に絡めとられ、小規模な爆発を起こして木っ端微塵に砕け散った。
 不可思議な現象を目の当たりにさせられた男らが慄くのが、この距離からでも分かった。
 不敵な笑みを崩さない男をちらりと一瞥し、綱吉は窄めた唇からふっと息を吐いた。半眼し、状況を整理しながら残っている敵兵力を観察する。
 琥珀色の瞳に僅かな影が走り、綱吉は第二射が放たれようとしている対空砲に狙いを定めた。
「どうぞ」
 彼がなにを気にしているのかは、骸に筒抜けだ。長い髪を肩から背中へ流した男は、三叉の槍の先端を地表に向け、くっ、と喉を鳴らした。
 目に見える大きな変化は無い。けれどロケット砲を構えている男の周囲に、微かな歪みが生じたのを綱吉は見逃さなかった。
 あの一帯の幻覚が強化されたのだと、無意識に悟って綱吉は奥歯を噛み締めた。ならば多少無茶をしたところで、周囲への影響は少なかろう。抜け目無い男だと心の中で感嘆して、彼は握り締めた拳の力を解いた。
 キィィ、と周囲の空気が嘶く。骸はスッと槍を体の前に滑らせ、僅かに後退した。
 藍色の闇の中に、日の出を思わせる鮮やかなオレンジの炎が沸き起こる。直視を拒む激烈な輝きに、暗視ゴーグルのお陰で瞳を焼かれた男達が、揃って足並みを乱して慌てふためいた。
 彼らの目には、最早暗闇しか映らない。それを一瞬だけ憐れみ、綱吉は悔いるように頭を垂れた。
 刹那。
 ――ド!
 耳を劈く爆音が周囲に轟き、吹き荒れる暴風と熱波に、銃を手にした不届き者たちはこぞって地上に別れを告げた。
 吹き飛ばされ、打ちのめされ、灼熱の炎に焼かれて悶え苦しみ、骨さえも消し炭となって消え失せる。断末魔の叫びを上げる暇さえ与えられず、彼らは膝を折り、涙と鼻水と涎を垂らし、鼻につくアンモニア臭を放って倒れ伏した。
 屋根に降り立った綱吉が、ばたばたと崩れていく男らを憐れむ目で見詰めて首を振った。
「骸」
「はい」
「……殺してないよな」
「どうでしょう、命を奪ってはいませんが」
 爽やかな笑顔を維持したまま、物騒な事を言い放った彼は、肩を竦めて広げた両手を天に向けた。
 ただの毛糸の手袋に戻ってしまったイクスグローブをポケットに捻じ込み、綱吉は膝を折って屋根の端からベランダを窺い見る。泡を噴いてピクピクしている男らは、どれも正気ではなく、わけのわからない悲鳴や雄叫びをあげていた。
 綱吉に殴られて気絶している方が、よっぽど良かったに違いない。精神崩壊に至っている数人の男を遠巻きに眺め、綱吉は身を引いた。騒ぎ声を聞きつけ、ホテルのスタッフがバルコニーに駆け込んできたからだ。
 けたたましい笑い声を響かせている男達が、果たしてどんな幻覚を見たのかは、綱吉には分からない――術師である骸が語らない限りは。どうせろくでもない死に様を見せられたのだろうと、生きてはいるけれど心を病んでしまった男達に改めて目を向け、彼は嘆息した。。
 相変わらず嫌らしい戦い方をする、出来れば二度と敵に回したくない。
 中学生当時の綱吉が、よくぞこの恐ろしい男に勝てたものだ。思い返すだけでもゾッとすると、鳥肌立った腕を撫でて彼はちらり、脇を見た。
 足元では喧々囂々たる騒ぎが広がり、宿泊客の中には眠そうに窓を開け、下の様子を窺う者も見受けられた。
 こんな場所にいては、見咎められる。誰かに気付かれる前に部屋に戻るのが無難で、綱吉は通れそうな場所を探し、視線を泳がせた。
「誰にも見えませんよ」
「部屋に来られたら困るだろ」
 客の無事を確認しようと、ホテルの人間が部屋をノックするかもしれない。外出した形跡が無いのに姿が無いようでは、疑ってくださいと言っているようなものだ。
 だからこっそり、誰にも見付からないように戻りたい。そう言葉少なに告げると、骸はやれやれといった風情で後ろ髪を掻き回した。
 その態度が気に食わず、綱吉は頬を膨らませた。
「骸」
「言ったでしょう、誰にも見えないと」
「……あ、ああ」
 なるほど、そういう事か。
 ようやく理解して、綱吉は小さく頷いた。
 試しに屋根の端に戻り、そろりと立ち上がって下を覗き込む。誰一人として目の前のことに必死で、上を向こうとはしない。それを確かめ、彼は思い切って庇の上から身を躍らせた。
 三メートルはあろう落差をものともせずベランダに舞い降り、ジーンと来た膝を叩いて身を起こす。すぐさま真横に骸が、ふわりと風に靡く花びらのように降り立って、面食らった綱吉は奥歯を噛み締めた。
「手際よすぎるだろ」
「そうですか?」
 このホテル全体が、既に骸の幻覚の中なのだ。
 綱吉も骸も、此処にいるというのに、人々の目には居ないものとして認識されてしまう。意識がその部分だけずれて、誤った情報に脳が踊らされる。客は百人以上、従業員も含めるとかなりの数に登るというのに、全員を難なく術中に落としてしまった。
 抜け目なく、奢りなく、淡々と己に出来ることをやる。だったら最初からそう言ってくれればいいものを、と綱吉は思うわけだが、彼の性根の悪さは今に始まったわけではないので、怒りは溜息に混ぜて吐き出した。
 そもそも彼は、何故此処に居るのだろう。
 真夜中だというのに煌々と明かりが灯る廊下のど真ん中を進み、綱吉は何故か自分についてくる男を盗み見た。
 綱吉が本日宿泊している部屋は、シングルだ。ベッドがひとつに、バス、トイレがセットになって、食事は別。値段は下から数えた方が早い。護衛は、つけなかった。
 獄寺は渋ったが、彼を含む守護者で連絡が取れる者全員、先約が入っていた。偶々綱吉の予定がぽん、と空いてしまった為に急遽計画された休暇なので、それも致し方ないことといえた。
 では別の者に護衛を、となっても、綱吉は下手なボディーガードよりも強い。襲われた時足手まといになられるくらいなら要らないと断った結果が、これだ。
 なにもかも、都合よく回りすぎている気がする。考えすぎだろうかと疲れた肩を交互に揉み解し、彼は悠然とした佇まいの男を見上げた。
 また背が伸びたのではなかろうか、髪も記憶にある最後より十センチ近く長くなっている。
「そうか、スケベだからだ」
「はい?」
「なんでもないよ」
 復讐者の監獄の奥底に囚われている彼の姿は、つまるところ幻覚だ。自由自在に形を変えられるから、幾らでも――やろうと思えば、二メートルを越える巨漢にさえなるのも可能だろう。それなのに少しずつ、まるで地上を生きる綱吉と歩みを揃えるかのように、骸はちょっとずつ、ちょっとずつ成長を遂げていた。
 本当の彼は今も水底で鎖につながれて、醒めない夢の中を漂っているというのに。
「どこまでついてくるの」
「怪我の手当てくらいは、してさしあげようかと」
 部屋までくっついてくるつもりの彼の言葉に、綱吉は自分の右腕に赤黒い傷跡があるのを思い出した。
 跳弾で擦られ、火傷にも似た傷が出来上がっていた。腕を上げて肘を捻れば、見た目はかなり痛々しい。
「ああ、忘れてた」
「君という人は……」
「なに?」
「いいえ、特には」
 指摘されて痛みがぶり返した綱吉に呆れたように呟き、骸は視線をふいっと逸らす。目が合う前に顔を背けられて、綱吉は赤いふかふかの絨毯を踵で踏み潰した。
 傷に直接触れぬよう、周辺に指を這わせて立ち止まる。そのまま骸は行き過ぎて、二歩半の距離を挟んで二人は向かい合った。
「綱吉君?」
「ってか、なんでさ、お前」
 綱吉が此処にいるというのは、ボンゴレ内部の人間しか知らない。そして骸は、厳密に言えばボンゴレの人間ではない。
 骸と、綱吉の守護者であるクローム髑髏は表裏一体、ほぼ同一の存在とも言える。けれど骸は、守護者ではない。
 彼はマフィアを憎み、これを滅ぼそうとする立場の人間だ。危険な思想の持ち主だ。間違っても綱吉に与する存在ではない。
「月が綺麗でしたので」
「はい?」
「クロームも最近疲れているようでしたので、休息を勧めただけですよ」
 にこにこと、屈託なく、裏のある笑顔を浮かべて、全ては偶然の産物だと骸は事も無げに言った。
 綱吉が居城を離れ、海辺の小さなリゾートホテルに滞在しているのも。
 綱吉を狙って、どこから情報を聞きつけたのか、ボンゴレの敵対勢力が襲撃を仕掛けたのも。
 其処へ偶々骸が現れて、幻覚を駆使して綱吉を援護したのも。
 全て、出来すぎた偶然らしい。
「ああ、そう」
「何か不満でも」
「そうだな、特にはないんだけど」
 ともあれ、彼の存在に救われたのは確かだ。その点だけは認めてやろうと、綱吉は寛容な心で頷いた。
 その横柄な仕草を見下ろして、骸は小首を傾げた。
「綱吉君?」
「お前の嘘は、いつもバレバレだよな」
「なにを言っているのか分かりませんが」
「なら、いいよ。一生分からなくて」
 どこまでも虚勢を張る彼に肩を竦め、綱吉は足を前に繰り出した。どこか憤然としている骸を置き去りに、廊下を早歩きで進む。
 そうして目的の部屋に到着し、ポケットから鍵を出そうとして、廊下からではなく窓から外に出たのを思い出し、彼は舌打ちした。
「開けられる?」
 ルームキーは、室内に残したままだった。これでは中に入れないと顔を顰め、そこにいる男を窺って瞳を上向ける。問えば彼は嫌そうに眉根を寄せ、胸の前で腕を組んで肩を怒らせた。
「君は僕を、なんだと思ってるんですか」
「ん、六道骸」
 開かないだろうかと薄い期待を込めてドアノブを回すが、硬い感触が指を伝うだけだ。押しても引いても動かず、綱吉は唇を舐めて呟いた。
 そういう切り返しは予想していなかった骸が、意外そうに目を見開く。その顔が面白くて、綱吉は声を殺して笑った。
「俺の情報を敵に売って、そんでその敵をこてんぱにして、俺に恩を売って」
「……なんの事やら」
「そうでもしないと、俺に会いに来られないような奴だよ」
 骸はまだ、綱吉に対して後ろめたいところがある。だから何か大きな理由でもない限り、堂々と姿を現すことが出来ない。
 もうとっくに許しているのに、好きな時に好きなだけ訪ねて来てくれても構わないのに。自分なりのけじめなのか、ポリシーなのか、兎も角綱吉が知る中で誰よりも素直で無い男だ。
「なんの事でしょうね」
「分からないなら、一生分からなくて良いよ」
 諦めきれずドアノブを回し、ガチャガチャ音立てる綱吉の蜂蜜色の髪を見詰め、骸は仕方なく人差し指を回転させた。
 カチリ、と軽い音を立てて錠が外れる。綱吉はつい、おお、と声を立ててしまった。
 ドアを開け、雪崩れ込むように中に入る。開けっ放しの窓からは涼しい風が吹き込み、揺れるカーテンがふたりを出迎えた。
 差し込む月明かりは、怖くなるほどに明るかった。

2009/08/02 脱稿