ふわふわと地面が揺れている。
柔らかく、白い、綿菓子にも似た雲の大地だ。地平線の向こうまで、永遠に続いている。
見上げた空は蒼く、きらきらしていた。太陽は何処にもないのに、とても明るくて眩しい。
足場は不安定だけれど、不思議と怖くない。今にも穴が開きそうなのに、絶対に大丈夫だと根拠も無く信じられた。
ふかふかの布団に寝転がっている気分に近い。ジャンプして着地すれば、反動で彼の体はぽーん、と高く舞い上がった。
笑い声が自然と溢れ、笑みが零れる。楽しくて仕方が無くて、何度も飛び跳ねてケタケタと喉を鳴らした。
こんなに面白い事を自分ひとりが独占していては勿体無い、是非ともみんなに教えてあげなければ。誰か他に、知り合いでもいないだろうか。ふと胸に浮かんだ思いに、綱吉は首を捻って周囲を見回した。
白と青に埋め尽くされた世界には、彼しかいない。雲に伸びる影は彼の爪先から伸びるひとつきりで、意識した瞬間、ゾッとする寒気に襲われて綱吉は両手で身体を抱き締めた。
撫でさするが、ちっとも温かくならない。
こんなにも広くて、楽しい場所なのに、ひとりきりだという事実が恐怖を募らせる。竦みあがった彼は、今更足元不如意な状況に思い至り、助けを求めて悲鳴をあげた。
早く此処から脱出しなければ。しかしどうやって此処に来たのかさえ分からないのに、出口が何処にあるのか分かるわけが無かった。
嫌だ、と首を振る。すっかり怯えた彼は声も出ず、膝を折るとその場でしゃがみ込んだ。
冷静な判断力が残っていたとは到底思えない、綱吉は手に触れた地盤である白い雲を、唐突わし掴んだ。
腹に力を入れ、思い切り握った分を引き千切る。もう片方の手も使い、厚いのか薄いのかも不明な雲を掻き分け、彼は穴を掘り始めた。
前後左右に脱出口が見付からないのなら、自分で作れば良い。一心不乱に細切れになった雲を放り投げ、次第に前のめりになって、すり鉢状に凹んでいく穴の中心に頭を突っ込んだ。
どれくらいの時間が過ぎたのか。
不意に、硬くも柔らかくも無かった雲を突き破って指が宙を泳いだ。
はっとして、彼は疲れた腕を叱咤して周辺一帯の雲を掻き毟った。横に払い除け、視野を広げる。
やっと出られる――そう思ったのは一瞬で、再び視界を埋めた真っ白い景色に綱吉は呆然とした。
終わりが見えない。
脱力し、がっくりと雲の上に崩れ落ちた綱吉の上半身がふらりと泳いだ。抗う意思はなく、揺れるに任せて綿雲に身を投げ放つ。蜂蜜色の髪が触れた瞬間、あんなにも苦労して穴を掘った彼を嘲笑うかのように、周辺の雲がパッと晴れた。
半径一メートル近い円が瞬時に生まれ、彼を飲み込む。咄嗟に動けず、綱吉は急に軽くなった自身に驚いて目を見張った。両手両足が煽られ、今や彼は四つん這いをひっくり返した姿勢で急降下の真っ只中にあった。
反射的に悲鳴をあげる。だけれど唸る風に攫われて自分の耳にも届かない。
助けて、と叫ぶ。
怖い。このままどこまでも落ちて行って、粉々に砕けてしまう自分を想像して綱吉は奥歯を噛み締めた。
硬く瞼を閉ざし、白一色の景色を黒に塗り替える。瞬間脳裏に現れた姿に、彼は我武者羅に腕を伸ばした。
その時だった。
右肩が外れるかと思うほどの衝撃を受け、落下が終わった。今度は逆にふわりと浮き上がり、下向いていた背中が天地に添って垂直に切り替わった。
爪先は相変わらず空中を滑るが、頭が持っていかれそうなあの風の呻き声は聞こえない。静かになった状況に理解が追いつかず、真っ暗闇に取り残されていた綱吉は、それが目を閉じている所為だとワンテンポ遅れて気がついた。
そっと瞼を持ち上げれば、彼を取り囲むのは矢張りあの、白い綿雲の世界だった。
けれどひとつだけ、さっきまでと大きく異なる事実があった。
綱吉は驚きに、そして喜びに顔を染め、自分を受け止めてくれた人に向かって満面の笑みを浮かべた。
それは先ほど、暗闇の中で伸ばした綱吉の手をしっかりと握り返してくれた人に他ならない。
冴え渡る黒水晶の瞳が綱吉に真っ直ぐ向けられる。淡い笑みを浮かべる彼に心躍らせ、綱吉は嬉しさのあまり彼に強くしがみついた。
矢張りどんな時でも、自分を救い出してくれるのは彼なのだ。心からの感謝を、興奮の所為で早口に叫ぶ綱吉を黙らせようとしてか、顎を伝った彼の指が、歓喜に震える桜色の唇をツ……となぞった。
至近距離から無言で見詰められ、それ以上言葉を並べられなくなった綱吉は僅かに身を引き、恥かしげに頬を赤く染めた。上目遣いに見やれば、意味深な視線が琥珀を覗き込んでくる。
ふっと前髪に息が吹きかかり、そちらに気を取られて意識を逸らした綱吉の目を盗み、彼は胸に抱く華奢な身体を引き寄せた。
間近に迫った唇が聞こえない音を刻み、そして――
「つーなーよーしー!」
「ぶわっ!」
ドアを開けて突撃してきた奈々の攻撃により、布団ごとひっくり返された綱吉は枕と一緒に床へ落ちた。
ごちん、と実に良い音が響き、目を白黒させて星を散らす。逆さまになった視界では、白い天井を背景にした奈々が、両手を腰に当てて鬼の形相で睨んでいた。
一瞬で睡魔は飛び去り、残されたのは冷たい現実ばかり。怒髪天を衝く勢いで怒鳴る奈々に促されて見上げた壁時計の長針は、数字の「1」を指し示していた。
ちなみに短針は、「8」の位置を少し通り越したところに。
瞬間、彼女の怒りの原因を理解した綱吉は顔を真っ青にして飛びあがった。
「ひえぇぇぇぇ!」
完璧に寝坊だ、それも相当の。
どうしてもっと早く起こしてくれなかったのかとパジャマを上下同時に脱ぎながら訴えれば、落ちた布団を拾い上げた奈々が頬を膨らませた。
「起こしたわよ。起きなかったのは、ツっくんでしょ」
「そんなぁ~」
何度も呼びかけたのに、都度「もう起きる」と返事をしていたらしい。そんな覚えはなくて、制服に袖を通しながら彼は情けない声を出した。
奈々は先に台所へと戻ってしまった。脱ぎ散らかした衣服をひとつにまとめ、奇跡的に昨日のうちに時間割を合わせてあった鞄を片手に、綱吉は慌しく部屋を飛び出した。尚、リボーンのハンモックは、当然空だった。
鞄を玄関に投げ捨て、洗面所へと直行。ガタガタ動いている洗濯機横の籠に汚れ物を押し込み、蛇口を捻った彼は勢い良く噴出す水に顔を曝した。
実に男らしく顔を洗い、嗽をして、タオルを首に巻きつけたまま食堂へと。既に準備が整って、しかも幾分冷めてしまった朝食を急ぎ胃袋に押し込み、喉に詰まったトーストは牛乳で強引に押し流す。咀嚼もろくにしない綱吉に溜息を零し、奈々はご馳走様と手を合わせた綱吉の頭を小突いた。
「歯は磨いていきなさい」
「えー」
そんな時間は無い、と台所で足踏みして唇を尖らせるが、怒らせると誰よりも怖い母親には逆らえない。綱吉は渋々、空になった食器を彼女に預けて洗面所へと戻った。
鏡の中に映る綱吉の頭は寝癖もそのままで、普段の爆発を上回って酷いことになっていた。彼はタオルを外すと脇に置き、自分用の赤い歯ブラシを取って水に濡らした。練り歯磨き粉をたっぷりと搾り出し、急いで左の奥歯から磨いていく。
今日も遅刻だとしたら、これで三日連続だ。そろそろ風紀委員の目が恐ろしく、まさに一刻一秒を争う事態に呑気に歯磨きをしている暇などない。
だが。
「……ぅ」
口の周りを汚す白い泡を鏡の中に見ているうちに、今朝見た夢の内容を思い出してしまって、手の動きは段々と鈍くなっていった。
綿雲と青い空に包まれた場所から真っ逆さまに落ちる自分を助けてくれた人。とても怖い夢だったけれど、最後はとても幸せで、夢のようだった――実際夢だったわけだが。
気がつけば頭がボーっとして、ブラシを握る手も止まっていた。洗濯機が洗浄から脱水に切り替わるメロディーでハッと我に返り、綱吉は慌てて前屈みになって歯磨きを再開させた。
口の中を泡だらけにし、しつこいくらいに丁寧に、隅々まで汚れを落としていく。普段は一分程度しか時間をかけないのに、既にその三倍以上を要していた。
「ツナ、何やってるの。遅刻するわよ」
いつまでも弁当を取りにこないのを心配した奈々にまで、声をかけられるくらいだ。泡まみれになっていた彼に呆れ果て、彼女はいやに熱心に咥内衛生に務めている息子に首を傾げた。
時間の経過をすっかり忘れていた。磨きすぎた歯茎も赤く、微かな痛みを発しており、しまったと彼は急いで嗽を済ませ、素早く髪に櫛を入れて廊下を駆け出した。
靴に爪先を突っ込み、鞄を抱え込む。濡れたままの口元はブレザーの袖で拭い、奈々が後ろから差し出してくれた弁当箱を持って、
「行ってきます!」
勢い良く玄関を開けた。
時計を見る余裕は無かったが、猶予が残されていないのは確実だ。どうしてあんなところで詰まってしまったのだろうかと、明らかに時間の無駄遣いだった歯磨きを悔やみながら、綱吉はピカピカの奥歯を噛み締めた。
なんとなく、気になったのだ。あんな夢を見た所為で、口の中をばい菌だらけにしたままでいたくなかった。
「くっそー、間に合え!」
息せき切らせ、額に汗して通学路を急ぐ。心臓が爆発しそうな勢いでポンプを動かし、全身が熱い。酸素を求めて口を大きく開閉させ、肩で息をして綱吉は遠く見え始めた中学校の校舎に唾を飲んだ。
チャイムが聞こえる。
「まずっ」
ゆったりとしたリズムの鐘の音に、綱吉は頬を引き攣らせて裏返った声を出した。もう校舎を取り囲む白壁は目の前だというのに、正門が遠くて仕方が無い。
これは予鈴だろうか、本鈴だろうか。予鈴ならばまだぎりぎり間に合うけれど、本鈴だったらお陀仏だ。
罰としてトイレ掃除一週間、いや、裏庭の清掃一ヶ月を言い渡されても可笑しくない。仕事とプライベートはきっちり使い分ける風紀委員長の不敵な笑い顔を思い浮かべ、彼は気弱になりたがる心を奮い立たせた。
予鈴か本鈴の区別がつかない以上、馬鹿正直に正門に回るのは愚の骨頂。登校した生徒で賑わう中学校と綱吉の現在地を遮るのは、薄く、しかし背高の壁が一枚だけ。
そうと決まれば、行動は早い。彼は右肩に担いでいた弁当入りの鞄を下ろし、丸みを帯びた底部に両手を添えて頭上に掲げた。
二メートル程の高さがあるブロック塀の向こうは見えない。しかし校舎裏に相当し、人も滅多に立ち寄らない場所なので、間違っても誰かにぶつけてしまう心配は無いと判断した。
「よっ、と」
彼は掛け声ひとつあげ、膝の屈伸運動を利用して持ち上げた鞄を壁目掛けて放り投げた。
綱吉の手を離れた鞄は放物線を描き、上辺ぎりぎりのところを乗り越えて敷地内へ侵入を果たす。地面に落ちた時にちょっとだけ嫌な音がして、弁当が無事であるか心配になるが、食べられる状態であればもう何でも良かった。
後は綱吉がこの壁を乗り越えるだけ。ただ、これが一番の難問だ。
周囲を見回し、人目が無いのを確かめて両腕を真っ直ぐ上に伸ばしてみる。身長百六十センチにも届かない彼なので、鞄のように易々とこの障害物を飛び越えるのは不可能だ。
足場に出来そうなものは何もなく、腕を上げたまま飛び跳ねるが爪の先が掠める程度。だが諦めるわけにはいかない。
「く、この!」
何度もジャンプを繰り返し、しつこく挑んでは失敗の繰り返し。どことなく朝の夢を思わせる動きに、綱吉は乾いた唇を舐めた。
肺に息を溜め、丹田に意識を集中させる。奥歯を噛み締めて足を肩幅程度に広げた彼は、これが最後の挑戦と決意を固め、深く折り畳んだ膝の力を爆発させた。
「てやぁ!」
掛け声一発、右腕を肩が抜けるまで伸ばして跳び上がる。掌で冷たく硬いものを掴み、握り締めた瞬間、思い切り壁を蹴って左肩を前に繰り出した。
両手でブロック塀にしがみつき、息を止めて顔を真っ赤にさせて靴底で垂直の壁を繰り返し蹴り、腕の力だけで体を持ち上げる。上半身が塀を越えてしまえば後はこっちのもので、全身の血液が沸騰する感覚に喘ぎながら、固くを目を閉じた綱吉は前屈みにコンクリートブロックに胸を預けた。
まるでベランダで干される布団のようだ。両腕をだらんと真下に垂らし、犬みたいに舌を出して呼吸を整えた彼は、まだ外側に残っている下半身を引きずり込もうと背筋を伸ばした。
顔を上げ、遠くに視線を走らせる。思った以上に、高い。
「うっ」
登ったはいいが、此処から降りなければいけないという事を今更思い出し、綱吉は冷や汗を額に滲ませた。
分かっていたのに、いざ目の前にすると恐怖心が募って表情を引き攣らせるが、後ろに戻るのも無理だ。下を見て高さを実感するのを嫌い、彼は前方に視線を固定したまま、恐々と右足を持ち上げた。
ただ目で確認していなかった所為で、塀を乗り越えるべき膝が届かない。ごんっ、と硬いものがぶつかる感触を受け、彼は頬を引き攣らせた。
「え」
上半身は膝がブロック塀の狭い上辺に到達するのを期待して、前のめりになっていた。しかしはみ出た部分を支えるべき右足が想定した場所に至らず、逆に背を後ろへと反り返らせる。
「う、ひゃっ」
咄嗟にバランスを取ろうと左手を塀から離してしまったのが、更に状況を悪化させる。足場が無い両足はじたばたと上下に泳ぎ、制服越しに硬いコンクリートの角を押し当てられる腹筋は痛みに悲鳴をあげた。
目の前が地震を起こして激しく波打つ。十センチ近い幅があるブロックを右手で握り締めるのも、そろそろ限界だった。
「ヒッ」
このままでは、落ちる。
時間にしてものの五秒にも満たない。ずり落ちた右足が塀を叩き、助けを求めて伸ばした左手が虚空を掴む。視線が自ずと下を向いて、瞬時に沸いた涙で歪んだ世界に綱吉は息を呑んだ。
黒が全てを埋め尽くす。
「飛び降りろ!」
矢のように鋭い声に、彼は呼吸を止めて右手でブロック塀を押した。
夢の再現に怯え、頭を抱え、歯を食いしばる。ガリガリと制服の布がコンクリートを削る音を聞きながら、前に崩した重心が地球に惹かれるままに、彼は空中へ身を躍らせた。
衝撃は一秒とせずにやってくる。
「ぐ――」
「ぎゃぴ!」
低くくぐもった声が直ぐ近くで聞こえ、ワンテンポ遅れて綱吉が奇怪な声をあげた。
一瞬だけ解放された重力が戻って来て、塀に擦った身体の節々が痛みを発して襲いかかってくる。地面に落ちた衝撃よりもそちらの方が遥かに辛く、全身を痙攣させた綱吉は、自分が下敷きにしているものの存在も忘れて身悶えた。
右手は皮膚が裂け、赤い血が滲む。
「いっつ、ぁー……」
「痛いのはこっちだよ」
手首を掴んで胸に抱きこみ、涙を堪えて唇を噛みしめる。そんな綱吉を押し退け、至って不機嫌な声が真下から響いた。
しゃがみ込んだままでなかったなら、きっと肩を衝かれた時点で斜め前に吹っ飛んでいた。幸いにも背中を丸めていたお陰でふらついただけで済んだ綱吉は、非常に耳に馴染んだ声に息を呑み、落下直前に見た姿に目を瞬いた。
口から息を吐き、身体ごと振り返る。
綱吉を脛の辺りに乗せ、制服や黒髪に土を塗した雲雀が、僅かに表情を歪ませて其処に、居た。
何故、と間抜けな顔をして綱吉が呆ける前で、彼はもう一度綱吉を押して足から退かせた。脱げた靴を拾って履き、汚れを軽く払い落として身繕いを整える。学生服を羽織り直し、彼は天地を逆にして転がっている綱吉の鞄を拾った。
その間、綱吉はひと言も音を発せず、ただ茫然自失と彼の行動を見送った。
「はい」
「あ、……りがとう、ござい、ます」
差し出されて受け取った頃、やっと意識が身体に馴染んでくる。素早く瞬きを繰り返した綱吉の不思議そうな目に、雲雀も笑い返す余裕が戻って来たらしい。
「なんとなく、ね」
このあまりに出来すぎた偶然に肩を竦めた。
「君が落ちてくる夢を見たから」
「俺が?」
「そう。だから、なんとなくだよ」
まさか本当に落ちてくるとは思わなかった。前髪を梳き上げて額を晒した彼の言葉に、地面に座り込んだまま立ち上がれない綱吉は大きく目を見開いた。
零れ落ちそうな琥珀色の瞳が驚愕に染まる。彼の表情の変化を見た雲雀は、腕を下ろして腰にやり、首を傾げた。
「なに」
「おれも」
どうかしたかと問えば、綱吉は掠れる声で呟き、小刻みに震える左手で自分自身を指差した。
「俺も、落ちて。それで、ヒバリさんに」
貴方に助けられる夢を見たと言えば、彼もまた細い目をいっぱいに広げて綱吉を凝視した。
ふわふわの綿雲の上を散歩していたら、穴に落ちて真っ逆さま。抱きとめてくれたのは、他ならぬ。
今此処に――綱吉の目の前にいる人。
「まさか」
口元を手で覆い隠し、視線を横に流した雲雀が信じられない様子で呟く。
もしかしたら、ふたりして同じ夢を見たのかもしれない。そう思うと妙に気恥ずかしいような、嬉しいような、複雑な気持ちになって、綱吉は下を向いた。
赤く腫れた傷口の周囲をそっと撫でて、赤い顔を隠す。
本当にそうだとしたら。
あの夢が正夢なのだとしたら。
この後は。
「ねえ」
雲雀が膝を折り、綱吉の前で屈んだ。俯いている彼に呼びかけ、手を伸ばす。
頬をなぞられ、触れた冷たい指先に胸が高鳴った。
耳朶を包み、蜂蜜色の髪を梳いて雲雀の手が後ろへ流れる。合わせて綱吉の顔も自然と上向き、近い距離から相手の顔を見詰めて呼吸を止めた。
雲雀が少し意地悪に笑って、目を細めた。
「この後、どうしたっけ」
綱吉を抱き締めて、それから。
夢の続きで、ふたりは。
「……知ってるくせに」
顎をなぞる彼の指を意識の片隅で追いかけ、綱吉は不貞腐れた声で言い返し、そして。
くちづけを待ち、そっと目を閉じた。
2009/01/25 脱稿