実を言えば、父親が少し苦手だった。
沢田の家に通うようになったのも、あまり快く思っていない様子が窺えたし、なによりも自分が退魔師になるのを反対したから。
いや、違う。根底はもっと深い、別の場所にあるのだと思う。
あの人は微妙に、そう、巧く言い表せないものの、自分に対してどこか余所余所しく、父親でありながら他人行儀な部分があったからだ。
母親の記憶は、あってないようなものだ。ぼんやりと靄がかかって、全体的に霞んでいる。大事にされていたし、悪戯をした後では特にこっぴどく叱られた。それなのに、どうしてだか顔が思い出せない。
小柄な人だった。お前は父さんに似たからちゃんと父さんの子だね、と幼い頃に何度も言われて、それが今でも妙に心の縁に引っかかって残っている。
あれは、どういう意味だったのだろう。両親には浮ついた話は一切なくて、誠実で謙虚な夫婦だと言われ続けていたというのに。
ただ、長い間子に恵まれなかったというのは、本当だ。自分は父の、かなり遅い子だった。
それに関して思い悩み、若かりし母が随分と苦労したというのは、ご近所のおばさん連中から色々と聞かされている。子沢山の家を訪ねては腹帯を譲り受け、何々を食べたら懐妊したという話を聞けば、それを取り寄せて、と。
最終的に、長年の夫婦の夢が叶って自分は生まれて来たのだが、それとこれと、何か関係があるのだろうか。
山本武は虚ろな心で闇を彷徨い、踏み荒らされた畦を渡った。
思い返そうという意思は無いのに、様々に記憶が蘇り、過去へ遡っていく。一歩進むたびに季節は巡り、野を駆け回る幼い自分に戻っていく。
人が見えぬものを視る目とは非常に稀有であり、それでいて厄介なものだった。
幼少期はそれが人なのか、そうでないものなのかの判別が出来なくて、何もない空間に話しかけては笑い、何も無い場所に手を伸ばして、触ろうとしては高い場所から落ちる、なんてことが日常茶飯事の、非常に危なっかしい子供だったらしい。
もし退魔師の家系である沢田の一族がこの村に居なければ、自分は狐に憑かれた子供として扱われ、今頃干乾びて骨だけになっていた可能性が高い。朽ち果てた己を思い浮かべて嗤い、山本武は足の裏で乾いた大地を踏みしめた。
救い主は、沢田家の当主とその息子だった。
あまりにも不可思議な子供という事で、物心がつくかつかないかの頃に両親につれられ、あの石段を登った。幼子には辛く長い道筋で、途中でぐずって父親に負ぶわれたらしいのだが、その辺りはまるで覚えていない。
ところがおかしなもので、その直後に沢田綱吉と初めて邂逅した記憶だけは未だ鮮明で、昨日のことのように思い出せた。
彼の存在は眩しかった。
自分が他の人間と――両親とは違うものではないかと思い悩んでいただけに、出会いは強烈で、綱吉は不安定だった山本武の自己というものが確立するのに、過分なまでの役割を果たしてくれた。
けれど、今改めて考える。
何故当時、自分は、両親と己が異なる存在だと思ったのだろう。
誰かに言われたのか。お前は人間では無いと、そんな言葉を投げかけられたのか。
覚えていない。けれどひょっとすれば、思い出したくないだけなのかもしれない。
家を出たのは、あの赤ん坊に退魔師にならないかと誘われたから、というのもある。折角他人には無い貴重な力なのだから、無駄にするよりは有効活用して、世間の役に立ててみたいではないか。だのに何故か父親だけが強固に反対して、そこまで言うのなら一人前になるまで帰って来るなと、殴り合いの大喧嘩をしでかした。
住居が壊れるのではないかという大立ち回りを展開して、身一つで沢田の家に転がり込んで、以後本当に生まれ育ったあの家の敷居は跨いでいない。同じ村に住んでいるのだから姿を見かけることはあっても、気軽に挨拶を交わせるようになったのはこの一年ほどだ。
一応赤ん坊からお墨付きを貰い、一人前の看板を背負っているが、実力はまだまだだと弁えている。本当に父親に認められるような人間に成長してからでなければ、あの家の敷居は跨げない。
違う。
入りたくない。
帰りたくない。
父親の顔など、見たくもない。
ギリ、と彼は奥歯を噛んだ。澱みなかった足取りが急に鈍り、遅く、重くなる。埃っぽい地面に踵を押し当てて歩みを止め、彼は前方を憎々しげに睨みつけた。
東にある村はずれの広場を起点とする炎の壁は、今や里を南北に分断し、地表を飲み尽くさんとばかりに奇声を上げていた。騒ぎを知って軒先に立った村人は何事かと不安に顔を曇らせ、炎を背景にして広場から戻った家族に、その首を絞められた。泡を吹いて倒れる家人を前に正気に戻った何人かが、己が犯した罪の重さに耐え切れずに発狂する声が方々から響き渡る。
地獄絵図そのままだった。
家族を、友人を、恋人を、その手で殺める。親しい人の手に掛からずとも、襲い掛かる炎に飲まれて生きながら絶望の淵に追いやられ、焼かれ、息絶える。血生臭い悪臭が漂い、空を焦がす赤以外の赤で大地は濡れた。
熱風が吹き荒れ、短い黒髪を煽られて彼はふと足を止めた。
ちょろちょろとか細く流れる水の音が周囲を包んでいる。分不相応な静寂と湿り気に満ちた空間に眉を寄せ、彼は初めて周囲への警戒心を露にした。
村長である笹川の家からすれば北西方向に当たり、並盛神社へ参詣する通り道に面した区画。並盛川の本流から外れた小川が近くを流れ、水の音はそちらから響いていた。
いつもなら五月蝿いばかりの蛙の声はなく、余計に場の静けさが違和感を引き立てる。なにか目に見えぬものが空間を包み込んでいる気配に、彼は細い目をより眇めて何処かからか放たれる鋭い視線の源を探った。
誰かがじっと自分を見て――否、観察している。一挙手一投足、興味深げに、慎重に。
存在は感じられるのに姿は闇に紛れ、輪郭さえ掴めない。知らず首の裏に汗が滲み出て、流れ落ちる感触に山本は短く息を吐いた。
指の先に繋がる筋の一本まで緊張で強張り、自然と腰は落とし気味に低くなって油断なく構えを取る。武器が無いのは難点だが、最初の一撃さえ回避してしまえばどうとでもなる自信はあった。
息を殺し、呼吸の間隔を徐々に狭めて丹田に意識を集約させた。神経を研ぎ澄まし、水の音に誤魔化されている僅かな呼気を感覚で探し出す。
僅かに前に出た右手が、ひくりと痙攣した。
「――!」
刹那だった。
暗がりから何かが飛び出し、山本に踊りかかる。彼は吐き出そうとしていた呼吸を止め、瞬時に地を蹴って後方へ跳躍した。両腕を頭上に掲げ、高い位置から自分を狙った存在を知覚しようと目を凝らす。
だが探っている隙など与えないと言わんばかりに、一撃を放った相手は即座に踏み込んで前に出た。
「うっ」
咄嗟に頭を後ろに倒して仰け反り、背中から崩れそうになった身体を両手両足で支える。肘を曲げて発条の代用にし、一旦引っ込めた腹から盛大に息を吐く。後頭部が地面に着くまで身を沈め、彼は両足の裏で力いっぱい地面を叩いた。
反動で浮き上がった爪先が空中で半円を描き出し、数秒遅れで彼が先程板場所に細長い棒状のものが突き刺さる。柔らかな土を抉った形状には覚えがあり、山本は着地と共に右膝を落として屈んだ状態のまま、闇に浮き出た姿を睨み付けた。
忌々しげに唾を吐く。
相手方も同じような、眉間に皺寄せた険しい表情を作り、山本を睥睨した。
「情けないな」
淡々と紡がれた言葉に感情は篭もらず、だからこそ山本は苛立たしげに臍を噛んで体を起こした。両手についた泥を叩き落し、乱れた長衣の裾も気にせずに右肩を引く。丸めた左拳を体の前面に構え、彼は耳鳴りを呼ぶ静謐の中の水流に奥歯を噛んだ。
短く髪を刈り上げた頭に白い鉢巻、青鈍色の着流し。帯に挿した刀は日頃、家の質素な床の間に堂々と、或いは分不相応に飾られているものだ。
まだ若かりし頃、剣術大会で優勝した時に領地の殿様から褒美として頂戴したものだと、自慢げに語っていた顔が脳裏に浮かんだ。
鞘の中身は現在空洞、納められていたものは右手の中に。眩き白の輝きを纏い、一点の曇りもなく澄み渡る艶を惜しげもなく晒す姿は、優美としか言い表しようが無い。
「……親父」
苦々しい声で呼び、山本は乾いた唇を舐めた。
山本剛はひとり、道の央に立って真っ直ぐに片刃の日本刀を構えていた。切っ先は愛息子に向けられ、その瞳に迷いは無い。
じり、と地面を草履の裏で削り、山本は頬を引き攣らせて無理に笑おうとした。だが叶わず、ぎこちなく不恰好な表情にしかならなくて、彼は仕方なしに肩の力を抜き、両手を広げて構えを解いた。
「おいおい、何やってんだよ、親父。俺だって」
大袈裟なくらいに大きな声を出して、自分を主張する。薄暗い所為で見えなかったのだろうと、無防備を装って彼は父親へと歩み寄ろうとした。
剛の握る刀が、ぴたりと山本の動きに合わせて揺れ動く。彼はそれ以上退かず、常に何かしらの一手に備え、警戒を怠らない。鋭く尖った気配を放つ父親に山本は露骨に顔を顰め、大股で二歩分の距離を狭めたところで足を止めた。
呆れたと嘆息し、尚も父である剛に呼びかける。
「俺だって、俺。あんたの息子の武だよ。まさかもう耄碌したか?」
そんな歳ではなかったはずだが、とからかう声を上げ、自分で言って可笑しくなって山本は腹を抱えて笑った。
笑って、反応が皆無なことに腹を立てて、背筋を伸ばして柳の如く体を揺らした。瞳に込める剣呑な空気を強めて、状況に一切流されない目の前の男を思い切り睨みつける。
「なにやってんだよ、親父」
返事は無い。代わりに、右に動いた彼に従って、構えられた刀の切っ先だけが少しだけ左にずれた。
軸の位置は変わらない。余分な力はまるで加えられず、変な気負いもなければ躊躇も無い。静かで、不気味なほどだ。
それが己の息子に向ける態度かと山本は尚も怒鳴ったが、暖簾に腕押し状態でまるで手応えがない。一瞬この男は幻か何かかとも考えた山本だが、先ほど自分を襲った攻撃は現実で、足元には彼が飛んで跳ねた時に出来た盛り上がった土の痕が残されていた。
草履で踏み潰して均し、山本がカチリと奥歯を鳴らした。
「冗談きつ過ぎるぜ、親父」
兎に角その物騒な物を下ろせ。いつまでも骨さえ一太刀で切り落とす刀を向けられていては心休まらず、山本は顔の前で両手を振って詰めたばかりの距離を半歩、後ろへずらした。
今度は前へ、剛が摺り足で出る。
間合いは動かない。
「親父」
「お前なぞ」
山本が苦し紛れに呼びかけを続ける。
久方ぶりに発せられた父親の声は、しかし思いの外低く、冷たかった。
頚部を撫でた汗の生温さに息を呑み、山本は実父が腰の柄から左手を外す様をつぶさに見送った。引き締まった筋肉が覆い、余分な肉とは無縁のしなやかな腕が闇の中、黒い刀に触れた。
そこで初めて、山本は、彼が刀を二本挿していた事を知った。
実父が二刀流の使い手だったという話は聞いていない。知らないだけで、実はそうだったという可能性は否めないが、わざわざ隠しておかなければならないような話でもなく、違和感が募る。
怪訝に眉を寄せたのが伝わったのだろう。彼は初めて表情らしい表情を口元に浮かべ、不遜な態度で薄く笑った。
「ほらよ」
そしてやおら、彼は山本に向かって鞘ごと抜き取った刀を放り投げた。
刀身は脇差よりも長く、ニ尺以上ある。存在を感じなかったのは、鞘のみならず鍔、柄に至るまで黒で統一されていたからだ。
宙に躍り上がり、山本の爪先僅かのところで横向きに落ちる。跳ねる事無く、むしろそこに最初からそうあるべきだったかのように静かに、音もなく着地を果たした。
「……」
訝った山本が目を眇め、真意を探ろうと闇に意識を研ぎ澄ます。けれど剛は企みなど無いと言いたげに不意に笑い出し、自分の腹をひとつ叩いた。
狸であるでなし、音などしない。だが場の空気が僅かに波打ち、山本は戸惑いながら父親と、その手を離れた見慣れぬ打刀とを交互に見比べた。
初めて見るものだ。左膝を引いて屈み、父親を窺いながら注意深く打刀に手を伸ばす。何か仕掛けでもあるのかと最初は恐々だったが、指で小突いても殊更変化は無くて、彼の用心深さという蓑を被った恐怖心に、剛が呵々と声高に笑った。
「どうした。恐ろしいか」
遠くでは轟々と燃え盛る炎が唸りを上げ、村ひとつを丸ごと飲み込もうとしている。だのにこの場は嫌になるくらいに静かで、剛のよく響く声に山本は舌打ちし、五本の指を広げると大地に伏す刀を一息に掴み取った。
肩を引けば、ずっしりと来る重みが腕の筋肉を圧迫する。けれどそれは、山本によく馴染んだ、覚えのある感覚だった。
腕がもう一本増えたような錯覚に、身震いする。同時に、ざわりと胸の奥底に沸き起こったどす黒い感情に四肢が絡め取られる幻覚を見て、山本は頬の筋肉を引き攣らせた。
ぞくぞくと背筋に鳥肌が立ち、気分が高揚していくのがはっきりと感じられる。この世の頂点に立った感慨にさえ浸って、彼は全身を戦慄かせた。
一部始終を見守り、剛が細く小さな目を静かに閉じた。首を振り、脇に垂らしていた刀を再度構える。
「俺がなんで、お前に切っ先向けてるか、分かるか」
滔々と流れ落ちる水のように言葉を紡ぎ、問う声を発した父親を仰ぎ見て山本はゆっくり立ち上がった。
恍惚に色めいた瞳は正気を失い、与えられた餌を前に涎を垂らす野生の獣のそれに等しい。ことばすら理解できているかどうか疑問を抱かずに居られない彩で、実際山本は父親の語りかけは一切届いていなかった。
渡された黒塗りの刀、失われていた肉体の一部が今やっと戻って来た――そんな感慨を抱かせる武器を手に、試し切りをしてみたいという欲望が彼の心に渦巻く。そして彼の双眸は、これほど最適なものはないと、目の前に佇むひとりの男を捕らえた。
理性の箍が外れ、獰猛な本性が顔を出す。人を殺してみたいと、この手で血祭りに上げてやりたいと求めて止まない。
たとえそれが、自らを育て慈しんだ実の親であったとしても。
「情けないな」
濁った気を漲らせる息子を見詰め、剛が僅かに首を右に倒して言った。
山本が地を――蹴る。
「うおぉぉおぉぉぉぉぉおぉ!」
雄叫びを上げ、彼は左腰に押し当てた鞘から鍔鳴りを響かせ刀身を引き抜いた。水が弾け、闇を横一文字に薙ぎ払う。
手応えは無い、一瞬前まで其処に在った剛の姿は彼の視界から掻き消えた。何処へ、と視線を浮かせた彼の左手が、鞘を握ったままの腕が無意識に反応した。
直後。
ギンッ!
硬い衝撃を肘から上腕に受け止めて、左の指が痺れた。手放しかけた鞘を懸命に繋ぎとめ、辛うじて防いだ一太刀に山本は顔を顰め、急ぎ後方へ跳んだ。
「うっ」
だが上空から凄まじい圧力を感じ取って、慌てて着地地点を変えて彼は膝を崩した。
勢いだけでずるりと踵が後ろへ持っていかれ、土を抉る。溝を掘った彼は仰け反った姿勢を寸でのところで支え、軸にした右足を捻ると、身を低くしたまま右に握った抜き身の刀を力任せに左へ叩き付けた。
何かに掠めた気はしたが、感触は薄い。殆どないと言って過言ではなく、彼はたった数秒の間に噴き出た汗と乱れた呼吸に喘いだ。
休んでいる暇は与えてもらえない。
間合いを詰めた剛が眼では追いきれぬ速さで攻撃を繰り出し、山本は防戦一方に追い込まれてなかなか身を起こすことさえ出来ずにいた。けたたましい剣戟の音が耳を劈き、闇夜に轟く。迫り来る赤い炎に照らし出された父親の姿は悪鬼の如くあり、彼はひゅっ、と息を吐くと渾身の力を込めて頭上で受け止めた斬撃を押し返した。
「ぐぅ!」
腹の底から息を吐き、力任せの反抗の末に漸く立ち上がる。貧血を起こしてくらりと頭が揺れたが構わず、山本は途中で手放した黒塗りの鞘を拾って腰の帯に挿した。
肩で息を整える。その間、剛は攻め込む事無く再度正眼に構えを取った。
山本の剣術の師は、父親だ。しかしそれは幼い頃の話で、勘当を言い渡されてからは一度として刃を交えた試しは無い。真剣勝負も、思えばこれが初めてだ。
沢田の家に居候するようになってからはほぼ独学で、故に癖が強く出る。自分でこうした方が良いと改良を加えた剣術は、基本の型をも彼から見失わせていた。
「どこの田舎剣道だ。腕が落ちたな、武」
それでは折角の刀が泣く。嘲笑うかのように剛が言い放ち、呼吸の間隔を徐々に長くした山本は汗を拭って彼を睨み返した。
「うるさい!」
実際、ここまで実力差があるとは思っていなかった。
日々の鍛錬は欠かさなかったし、体は大きくなって、一撃の重さだって以前の比ではなくなっているはずなのに。
何故こうも易々と懐に入られ、攻められるのか。そしてこちらの攻撃を簡単に読み解かれ、躱されるのか。
体格的な差は殆どない。ならば後に残るのは、単純明快。
経験則と、基本の型の反復量――そこから生じる純粋な力量の差。
「ぶった切ってやる!」
憤りに気を吐き、彼は怒号一番、下段に構えを取って猪のように突っ込んで行った。
影が奔り、黒の閃光が追随する。しかし今度も空を切った切っ先に彼は臍を噛み、伸び上がった身体を強引に左へと捻った。腹の中に溜まった息をその場に押し留め、右足の腱が悲鳴を上げるのも構わずに左の腿を振り上げ、草履の裏に巻き込んだ土を蹴り飛ばす。
横から散った目潰しに剛が呻く声が聞こえ、しめた、と山本は狂気を孕んだ目を爛々と輝かせた。
頭を下げて左手で目元を覆っている父親を視界の中心に据え、口角を歪めて高らかに嗤い声をあげる。これで終いだと天に衝き立てた黒い刃を煌かせ、彼は蹲った父親目掛けて躊躇なく斬撃を繰り出した。
「――!」
されど、尚。
切っ先は地を穿ち、硬い石に当たった感触だけが神経に響いただけに終わり、山本は目を剥いた。
「っつぁ!」
びりっとした電流が右人差し指に走り、握りが甘くなったところに横っ面へ膝を叩き込まれた。
完全に柄から手が外れ、山本の巨体が弾き飛ばされて畦から乾燥した畑へと転落する。砂埃を巻き上げて四尺ばかりある段差を滑り、頭から地面に叩きつけられた彼はくぐもった声を吐いた。
舌を噛んでしまい、喉の奥から迫り上がった吐き気にも同時に襲われて、逆さまになった世界に赤い炎を見る。
こうも完膚なきまで叩きのめされるのも、久しぶりだった。
「いっつぅ……」
「どうした。この程度か」
目が覚める思いで、山本は仰向けに大の字になった身体を起こし、ぶつけた頭を労って首を振った。
段差の上から見下ろす剛の顔は険しく、鬼気迫る気配をまとって真剣さが滲み出ている。一歩誤れば息子を死に追いやりかねないというのに、遠慮など欠片も感じさせない攻撃は、父親を通り越して武人のそれだった。
温い汗を振り払い、口の中に入った土を唾と一緒に吐き出した山本は腹の奥がカッカと燃え盛るのを感じた。興奮に心臓が高鳴り、全身の血液が五月蝿いくらいに駆け回っている。堪えきれない笑みが口元に浮かんで、楽しくて仕方が無いと彼は肩を回した。
剛が転がっていた黒の打刀を拾い、下方にいる山本へ放り投げる。硬い地面に難なく突き刺さった刀身の鋭い輝きに彼は短く息を吐き、呼吸を少しずつ整えながら余裕の態度を崩さない父親を仰いだ。
「その高い鼻、へしり折ってやる」