着地地点は、最初に跳ぶ直前まで居た場所と全く同じ座標だったはずだ。
「綱吉?」
けれど立ち上がった雲雀が見たものは、誰かが踏み荒らした土の跡だけで、少し前まで此処に居た存在は霧の如く姿を消していた。
たった数分、離れただけに過ぎない。それが、戻ってみれば蛻の殻。
息を呑み、しまったと後悔しても遅く、見事に踊らされた自分の愚かしさに彼は奥歯を噛み締めた。
「綱吉!」
大声で名前を呼び、轟々と上空で渦巻く大気を気にしながら雲雀は一歩前に踏み出した。綱吉のものではない足跡を掻き消し、熱風吹き荒ぶ広い空間を見回す。
了平によって薙ぎ倒された村人のうち、遠くに居て影響を受けなかった何人かが千鳥足で村の中央に向かっていた。生気の失せた虚ろな目をしていながら、放たれる殺気は紛い物等ではなく、何も知らぬ輩が近付けばどうなるか、分かったものではなかった。
想像してぞっとして、雲雀は再度綱吉の名を呼び、懸命に彼の行方を捜した。
夜であるというのに火事の余波もあってか地上は明るく、大気は熱せられ、じっとしていても汗が滲む。状況は悪化の一途を辿り、延焼を始めた炎は収穫間近の田畑を目指して枯れ草の道を進んでいた。
どこかで食い止めなければ、村全体を巻き込む大惨事と化す。綱吉を見つけて避難させて、正気を失っている山本たちをどうにかして、火を消して回る。すべてが一度に出来るとは思えず、雲雀は自分の体がひとつしかないことを恨みながら赤焼けの空の下を走った。
微かに、細くはあるが綱吉の心は感じ取れた。場に漂う異質な気配による阻害も甚だしいが、弱々しい気配を捕まえてそちらに爪先を向ける。
移動しているようだ。
「追われているのか」
なにに、という事に関しては今は考えず、雲雀は一旦足を止めて呼吸を整え、探索の邪魔になるものを振り払って目を閉じた。
注意深く意識を研ぎ澄まし、綱吉だけを探して追跡する。一面の闇世界にぽっと浮かんだ蛍火は、右に左に蛇行を繰り返しながら此処から北の地点を、北西に向かって走っているようだった。
瞼を開き、雲雀は唇を噛み締める。己の未熟さを恥じて血の味を咥内に広げ、彼は狙い定めた地点への超速移動を実行せしめた。
ひゅっ、と空が切り裂かれ、枯葉が一枚だけその場に残される。瞬きの間も置かずに居場所を変えた雲雀は、先に感じ取った場所よりも若干出現地点がずれていることに舌打ちし、塊になっている人の気配を追って着地と同時に顔を上げた。
居た。
「いや、やだ! くるな、来ないで!」
甲高い声で拒絶を繰り返し、少年が息せき切らして懸命に走っていた。よほど怖い思いをしているのか、顔はぐしゃぐしゃに歪んで頬は涙に濡れ、何度も転んだらしくあちこち擦りむいて埃まみれだ。
その彼を追いかけているのは総勢三人、いずれもこの村に生まれ育った若者ばかりだ。
うち、真ん中を率先して行く男を確かめ、雲雀は露骨に顔を顰めた。
綱吉があんなにも必死に逃げ回っている理由も読み取れて、彼は息を吸うと同時に地面を蹴った。
日頃封じ込めている力を、枷が発動しない程度に絞って解放し、脚力を強化させて跳ぶ。一瞬で綱吉と男達の間に割り込んだ雲雀は、突然現れたように見えた男達が狼狽するのを一切無視し、握り固めた拳で力いっぱいその腹部を殴り飛ばした。
「ぐえっ」
蛙が潰れたような声を出し、先頭を行っていた男が数間後方の地面に沈む。一応加減はしたが、暫く起き上がれない程度の力は込めておいたので、骸の術が肉体強化を伴わず、精神解放だけならば、これで少しは時間を稼げるはずだ。
仰向けに転がり、ひくひくと痙攣していた持田は数秒後、泡を吹いて動かなくなった。
死んだわけではなく、単純に気を失っただけだ。雲雀の背に庇われる形で立ち、呆気に取られた綱吉がはっとして不安げに瞳を曇らせる。大丈夫だと合図を送り、雲雀は居残るふたりを威圧して睨みつけた。
よく見れば綱吉は随分と、特に襟元を乱されて白い柔肌が露出していた。無理矢理に引っ張られたのは明らかで、一秒でも彼をひとりにした事を悔い、雲雀は奥底に宿る人外の力まで危うく表にするところだった。
「だっ、め!」
びりびりと空気を細かく振動させる遠慮知らずの気迫に、綱吉が咄嗟に叫んで雲雀の腕にしがみついた。自分の体重も利用して彼を引っ張り、集中を邪魔して自分に意識を向けさせる。
けれど少々遅かったようで、正面から雲雀の眼力を浴びせられた男ふたりは次々に膝を折り、持田同様に白目を剥いて地面に倒れ伏した。
肺の中に残っていた息を全部吐き、思い切り吸った綱吉が両手を上に差し向ける。雲雀の頬を挟んで強引に自分の方に顔を向かせ、彼は放って置かれた事に対しての怒りも交え、思い切り雲雀の赤い眼をねめつけた。
爪先立ちになって背伸びをし、いきなりな綱吉に驚いて呆けている雲雀の口端をぺろりと舐める。赤い血が滲む傷口に一瞬だけ金色の光が輝き、すっと音もなく溶けて消えた。
「勝手、に……傷、作るの、禁止!」
息継ぎをひとつして、綱吉が赤い顔で怒鳴る。勢い余って唾まで飛んで、冷たいものを感じ取った雲雀は舐められた箇所に指を這わせ、生まれつき切れ長の瞳を丸くした。
面食らってぽかんとして、呆然と綱吉を見詰める。彼はぜいぜいと、走り回っていた時よりも激しく肩を上下させていて、握り拳を痙攣させると利き腕を持ち上げ、雲雀の胸を叩いた。
続けて左手も、爪が肌に食い込んで痛いだろうに、力いっぱい握り締めて雲雀の肩口に叩き込んだ。
姿勢が揺れて、雲雀が左足を僅かに後ろへずらして堪える。
もう一発、右手で鎖骨の真上を殴られた。
「綱吉?」
「こ……こわかっ、んだ、から!」
恐怖と興奮から発音もままならず、舌を噛みながら怒鳴った綱吉は更にもうひとつ、力任せに雲雀の胸元に拳を押し当てた。
新たに浮かんだ涙を頬に零し、思い出したのか唇を真一文字に引き結んで顔を伏す。額が胸郭の中央に当たって、雲雀の体は一際大きく揺らいだ。
突如沸き起こった人の悪意の波に巻き込まれ、恐怖に竦んで動けない綱吉を置き去りに、雲雀は自分の中に宿った怒りの感情を優先させた。責められるのも当然で、綱吉の癇癪を黙って受け止めた彼は、小刻みに震えている綱吉の肩に両手を置き、静かに背中へ下ろしていった。
優しく抱き締めて、ひくりとひきつけを起こした綱吉に心の中で大丈夫、と囁きかける。頬を寄せ、埃ですっかり汚れてしまった綱吉に詫びながら、お返しだと笑ってそっと触れるだけの口付けを落とした。
乾ききっていた唇に艶が戻り、綱吉は琥珀の瞳を潤ませて全身を戦慄かせた。
「ヒバリさんの、馬鹿!」
「ごめん」
「馬鹿、馬鹿! おおばか!」
思い切り怒鳴りつけ、ぽかすかと立て続けに拳を繰り出し、無抵抗な彼を殴りつける。ひとつずつの衝撃は軽いものだが、同じ場所を何度も殴られると、さしもの雲雀も少々痛い。
だが綱吉がこの数分間で感じ取った恐怖心を思えばこれしきのこと、耐えて当然の罰だと雲雀は自分を戒めた。
雲雀が骸に気を取られている間に、了平の衝撃波を回避した村人は外に向かって散っていった。暗がりに蹲っていた綱吉の真横でも、何人か通り過ぎて行ったのだが、彼らは何処を見ているのか、虚ろな瞳に綱吉は見えていないようだった。
しかし、ひとり。
彼に気付いた人物が居た。
「怖かった、怖かったんだからっ」
ぎょろりと死んだ魚のような目を向けられ、綱吉は竦み、悲鳴をあげた。
咄嗟にその場から逃げ出したのだが、相手は追いかけて来た。腕を伸ばし、綱吉の襟首を掴んで引きずり倒し、圧し掛かろうとしてきたので思わず蹴り飛ばしてまた逃げたが、綱吉の脚力ではそう距離を稼げなかった。
気がつけば人数が増えていて、その何れもが昔、綱吉が三浦の寺子屋に通っていた時に机を並べた旧友だった。
しかも三人とも、持田を筆頭に綱吉を苛めていた顔。綱吉が最も苦手とする村の若者たちだった。
ひとりを相手にするだけでも骨なのに、三人も揃われては綱吉の細腕で対抗する術が無い。捕まったら終わりだと必死に逃げ回って、気がつけば広場から随分と離れた場所に来ていた。
明るさは遠ざかり、近くを流れる川からは水のせせらぎが聞こえる。しかし蛙の声は無く、虫の気配も途絶えて恐ろしいまでの静けさだった。
橡の木の像が闇の中にぼんやりと浮かび上がっている。叫び疲れて押し黙った綱吉は、雲雀の胸に両手とも預けて全身を寄りかからせた。
「おいて、いかないで」
しっかりと自分を抱き締めてくれる腕の温もりと、肌を通して伝わる心音に安らぎを求めて、綱吉は掠れた声で哀願した。
「おいてかないで。俺のこと、ひとりにしないで」
雲雀の長着を握り締め、押し寄せる不安と恐怖と闘いながら告げる。言葉にあわせて雲雀の手に力が込められ、小さな彼を益々狭い場所に閉じ込めた。
「悪かった」
もう二度としないと誓い、心から謝罪して雲雀は綱吉の頬に頬を押し当てた。柔らかな感触を確かめて、熱っぽい吐息を零し、首を引く。
呼気が触れ合う近さで見詰めあって、先に綱吉が目を閉じた。
「置いていかない」
あんなにも約束したのに、簡単に破ってしまった。これでは信用が足りないと雲雀は自嘲気味に心の中で呟き、綱吉は彼を膝で蹴ってそれで済ませた。
「ひとりにしない」
雲雀も目を閉じ、転んだ時に作ったらしい額の擦り傷へ先にくちづけた。注意深く綱吉の内側を探り、負荷が掛かっている心臓を気にして、気付かれぬように僅かに眉を寄せる。
辛い感情を奥底へ隠し、雲雀は求められるままに彼の唇をそっと塞いだ。
重なり合った瞬間に、互いの熱が交じり合って融けて行く。
「ふっ……」
鼻に抜ける甘い声を漏らし、綱吉は雲雀の襟を手繰り寄せてもっと深くと無意識に強請った。自分から唇を開き、熟しきった舌を伸ばす。即座に応じた雲雀が綱吉にかぶりつき、呼吸さえ奪う勢いで彼を抱き締めた。
絡み合う濡れた音が脳内に響き渡り、言い知れぬ興奮に包まれて身体が熱くなる。背に回した腕を互い違いにずらした雲雀は、左手が勝手に綱吉の柔らかな臀部に伸びていると知って苦笑した。
背伸びをしている綱吉が身体を上下に揺らす。雲雀の腿を擦った熱に、彼らは多少の驚きと呆れを含んだ笑みを浮かべた。
最後にもう一度深く唇を吸い合わせ、舌を絡ませたまま顔を離す。見詰め合う濡れた瞳に、雲雀は綱吉の鼻先を啄んで彼を地面に下ろした。
「その様子だと、もう平気?」
「う、うるさいです!」
元気になりかけていた綱吉を揶揄して言った雲雀に怒鳴り返し、赤い顔を隠して彼は悔しげに唇を手の甲で拭った。
深呼吸を三度繰り返し、自分を落ち着かせてから足元に目を向ける。そのまま前に視線を流していけば、未だ気を失って天を仰いでいる男達の姿に行き当たった。
命に別状は無いが、きっと朝になるまで目を覚まさないだろう。直接雲雀の打撃を受けて沈んだ持田は彼の体力次第だが、龍の気を間近から浴びせられた残るふたりに関しては、少し心配だった。
龍の気は神の気。人が少なからず持ちえる霊気とは、純度も、濃度も、大きく異なる。
耐性の無い人間には強すぎて、毒にも等しい。圧倒され、押し潰されて、精神を傷つける。故にディーノは里へ来た時にリボーンに術をかけられた、その力を押さえ込む為に。
雲雀の力を封じているのは、綱吉。
左手で胸元を撫で、綱吉は気絶中の三人から顔を逸らした。
「綱吉」
「みんなは……」
自分が逃げるのに必死で、綱吉は広場での惨事の顛末を知らない。何が起きたのか、何故起きたのか、彼はまだ何も理解できていなかった。
冷静さを取り戻すと同時に、あの場に居合わせた多くの仲間が気になり始めた。人の悪意が渦巻く中、山本や獄寺、京子たちの行方はようとして知れない。了平が事を起こした事さえ、彼は全く関知していなかった。
詰問する視線を浴びせられ、雲雀は言葉をためらい、口を閉ざした。
「みんなは、どうなったんですか」
それでも尚答を欲して雲雀に訴えかけ、綱吉は彼の腕を掴んだ。揺さぶり、教えてくれるよう懇願する。
「分からない」
「嘘」
「了平が村人の大半を気絶させた。それ以外は、僕にも分からない」
何故、の部分には一切触れず、雲雀は目にした事実の一部分だけを綱吉に告げた。
どうして言えるだろう、すべての始まりが誰を起因にしているのかを。
既に辛い思いを何度もしてきている彼に、これ以上の負担をかけたくはなかった。真実を知らせることで彼がどれだけ傷つくか、雲雀は想像するだけでも恐ろしかった。
知らない方が良い、知らなくて良いことは沢山ある。
あの男のことは、特に。
「ヒバリさん」
心に蓋をして、綱吉を腕に閉じ込める。その形を、存在をしっかりと確かめて、雲雀は口惜しげに唇を噛み締めた。
絶対に渡さない、絶対に奪わせない。
もう二度と、失わせたりなどしない。
「ヒバリさん、痛い」
押し寄せる激しい感情に囚われ、力任せに抱き締めた所為で綱吉の骨が軋む。圧迫感に身動ぎし、綱吉は高い声で彼の行動を非難した。
二秒遅れて気付き、呼吸さえ忘れていた雲雀は慌てて息を吐き、筋肉の強張りを解いた。広げた腕の中で綱吉は俯き、何度か咳き込んでから新鮮な空気を肺へ送り込んだ。
恨めしげに睨まれて、雲雀が肩を落とす。
「すまない」
「ヒバリさん、さっきから……変」
「そうだね」
急に怒ったり、急に哀しそうにしたり。
綱吉の指摘に頷くと、彼の手が伸びて慈しむように雲雀の頬を撫でた。
乾燥し、煤で少々黒く濁っている表面に指を這わせ、掌で包み込む。自然と険しかった雲雀の表情は緩んで、自分を案じてくれている綱吉の気持ちを嬉しげに受け止めた。
「大丈夫」
自分の手をそこに重ね、頬との間に挟んで彼は瞼を下ろした。首に僅かばかり角度を持たせ、温かい肌に流れる血潮と息吹に安らぎを捕まえる。
「君を愛してる」
「え?」
不意に口を衝いてそんな言葉が飛び出して、綱吉は脈絡無い台詞に驚き、目を丸くした。
そういう会話をしていたのではないのに、前触れもなくいきなり言われては反応に困る。素っ頓狂な声をあげて凍りついた綱吉は、いやに穏やかな表情を浮かべている雲雀を怪訝に見上げ、瞬きをしてから重ねられている彼の手に視線を移した。
再度横へ動かし、優しい笑顔を向けている雲雀の澄んだ瞳を見る。
「愛してる」
嘘偽り無く、はっきりと響く声で告げられる。
どかん。綱吉の頭がまた爆発した。
「うえ、え、え……な、ちょっ、なんでそんな、ちが、ち、ちがうでしょ、今は!」
そもそも綱吉が聞きたかったのは、仲間たちの行方と安否であり、愛の告白ではない。いきなり言われても心臓に悪いだけで、急に上がった脈拍に眩暈がして、綱吉は雲雀の胸を乱暴に衝いて手を奪い返した。
左手で肌に残る雲雀の体温ごと握り締め、休まる暇の無い心臓を庇って息を吐く。
「うん、そうだったね」
「だったら」
「言いたくなったから」
赤くなったり青くなったり、忙しい綱吉を笑い、雲雀が涼しい顔をして呟く。
一瞬だけ遠くに思いを飛ばし、直ぐに戻して綱吉に向け、彼は澄み渡る声を紡いだ。
「君に、知っておいて欲しかったから」
「……ヒバリさん?」
「忘れないで欲しい」
彼がまとう空気がいつに無く透明で、何故だか近付き難い雰囲気を感じ取り、綱吉は眉を寄せて息を詰まらせた。
雲雀が綱吉を好きだというのも、大切に思ってくれているのも、すべて今更の事。綱吉は彼の感情を当たり前と受け止め、決して壊れない絆として認識している。敢えて此処で、言葉にしてまで確かめておかなければならないような事実ではない筈だ。
それなのに。
「忘れませんよ、そんなの。忘れるわけ、ないじゃないですか」
「うん。……そうだね」
胸の前で手を結び、指の背を撫でて綱吉が言い返す。雲雀は緩慢に頷き、頭をそっと撫でてくれた。
雲雀がおかしい。いつもと様子が違う。
同じなのに、少しだけ綱吉の知る雲雀との間にずれが生じている。愛しまれていると伝わってくるのに、微かな違和感が綱吉の胸の中にじわりと広がった。
不安が去来して、続く言葉が出てこない。
「ヒバリさん」
嫌な予感がする。名を呼び、綱吉は彼の袖を取った。引っ張って下向かせ、口付けを強請って爪先立ちになる。
彼は嫌な顔ひとつせずに応じて、何度も、何度も綱吉に触れた。額に、頬に、こめかみに、目尻に、鼻の頭に、――唇に。
「んぅ……んっ、んっ」
顎を下から支えられ、掬い取るように持ち上げられる。綱吉の不安をすべて奪い取らんとしてか、雲雀は強引なまでに綱吉を貪り、舌を吸ってその柔らかな肉に牙を突きたてた。
背筋に電流が走り、震えた綱吉が睫を涙で濡らす。水晶の粒を白い肌に零し、彼は必死に雲雀に縋って彼を追いかけた。
首に腕を回し、胸を寄せて相手の事だけを考える。淫猥な音を響かせ、息継ぎする暇さえ惜しんで彼らは互いの熱に酔い痴れた。
なにも見えない、彼以外に。
何も感じない、彼以外は。
腰をくねらせ、雲雀に脚を絡める。褥に潜り込む前の戯れに似せて、綱吉は熱い息を零すとぐっと背筋を伸ばし、雲雀の唇を唇で開かせた。
舌を潜り込ませ、歯列の内側をなぞって唾液を塗す。溢れた雫が顎を伝い、喉に零れてその冷たさに鳥肌が立つ。触れ合っている場所は焼け焦げるほど熱く、このままふたり一緒に溶けてしまいそうだった。
目を閉じ、懸命に情欲的な口付けを繰り返す綱吉を見詰め、雲雀は瞑目して溢れ出た唾液の川に口を寄せた。綱吉の右肩を抱き、左手は下向けて彼の手を取る。指を互い違いに絡ませて握り、再び舌で彼の唇を擽って啄んだ。
「は、あ……ふっ」
胸を上下させた綱吉の琥珀にうっとりと見入り、彼は赤く熟れた舌を咥内で捻らせた。
首を伸ばし、綱吉の鼻の頭を自らの鼻で小突いて口を開けさせる。遠慮がちに応じた彼に笑って、若干拗ねた色をした彼を宥め、幾度目か知れないくちづけを交わした。
舌を差し伸べ、筒状に丸めたそれを彼の喉へ押し込む。
「ん――?」
異変を察知した綱吉が、たっぷりの唾液とともに流れて来たそれを飲み込むと同時に雲雀を突き飛ばした。
「な。なに?」
ごろん、と細い管の内側を伝って落ちていったもの。力の塊。綱吉の体内で音もなく融けて、吐き出す間もなく消えてしまった。
目に見える変化は無い。一瞬過ぎて、綱吉にはそれがなんだったのかも分からない。
いつも雲雀から貰っている、命を維持するための霊気の補充とも違う。けれど気のせいか、人の悪意を間近から浴びせられた影響で感じていた、胸を締め付けられるような息苦しさは薄まった。
喉と胸に両手を並べて置き、綱吉が雲雀を見る。
彼は答えてくれなかった。
「ヒバリさん」
「お守り」
気にしなくて良いと嘯き、彼は誤魔化しに綱吉にくちづけて離れた。
そんな事を言われると、余計に不安になる。泣きたくなって、綱吉は顔を歪めた。
「雲雀、沢田!」
それを邪魔したのは、目敏く暗がりに立つふたりを見つけた、彼らも良く知る人物だった。