「人間?」
そんな事を今更持ち出してくるのか、とあまり期待せずに聞いていたディーノだったが、引っ掛かりを覚えて今度こそきちんと腰を捻り、後ろを向いた。
風はないのに朱色の幟が僅かに揺らめき、ディーノの視界奥で端を浮き上がらせた。その僅かに前方では、ロマーリオが膝をついたまま、神妙な顔つきで彼を見返している。
「続けろ」
「はい。人数は多くても四名、襲撃された火の宮の生存者から漸く確認が取れました。異能者は総じて年若き男で、ひとりは身の丈を越える柱を易々と持ち上げ操るような怪力、ひとりは獣の異形を宿した唐人に似た外見をしており、もうひとりは離れた場所からでも正確に心の臓を射抜く投擲の使い手、と」
曲げた指の背で下唇をなぞったディーノが、視線を浮かせて考え込む。
今ロマーリオが告げた内容そっくりそのままを、つい最近どこかで聞いたような気がした。けれど記憶は曖昧で、直ぐに思い出せそうにない。瞳に映る自分の金髪に目を細めた彼は、この件は一旦置いて後でゆっくり考えることに決め、まだそこに傅くロマーリオに先を促した。
先ほどから姿勢をまるで変えないロマーリオが、仰々しく頷いて言葉を脳裏に選び出す。一瞬だけ考え、
「前の宮を襲撃したのは、以上三名と考えられます。残り一名については容姿共々確認取れておりません」
「三人か。そんな少人数で」
上空から俯瞰した宮の構造を思い浮かべ、ディーノは自身の顎を撫でた。
山の奥に設けられた神殿は、前の宮、中の宮、後の宮に別れ、更に奥深くに奥の宮が置かれている。だが地上に住まう人間たちには、奥の宮の存在は知らされていない。そこに封じられているものの禍々しさ故に、余程強い精神力の持ち主でなければ、近づくだけで容易に取り殺されてしまうからだ。
だから周囲には厳重な結界が施され、外部から隔離された空間が地上に形成されていた。そう、並盛山に施された結界とそっくりそのまま、同じものが。
けれど今回、その強固な封印は呆気なく破られ、長い年月を暗い闇の中で過ごして来たものが解放された。
破ったのは誰か。奪ったのは何者か。
封印が破られた事実さえ長く気付かせなかった者達だ、余程の実力者なのだろう。希有な力を宿した妖異か、はたまた野に下って今は行方知れずのかつての神々か。不穏な空気は否めず、ディーノは唇をそっと舐めて息を潜める。
「どこ行きやがったんだ、火烏」
かつてこの世界を照らし、地表を焼き尽くし、それ故に落とされた太陽。その完全復活だけは阻止しなければならない、でなければディーノが守ると約束したもの全てが灰塵に帰してしまう。
忌々しく呟いた彼にロマーリオはやや意気消沈した表情を作り、俯いた。
このままいけば、彼奴を取り逃がしたディーノにも制裁が加えられるだろう。地上が再び混沌の時代に逆戻りしてしまう可能性も否定できない。だから是が非でも見つけなければならないのに、崩壊した火の宮を後にした襲撃者のその後の行方はようとして知れない。
神々の探索網を用いても、未だ気配さえ掴ませない相手はいったい何者なのか。
ただの人間とは考え難い、神々の造反だとも思いたくない。
ディーノがリボーンを頼らなければならないような状況にまで追い遣られている現実をどうにか変えてやりたいのだが、ロマーリオにはそれだけの力がなかった。
嫌な空気が漂っている。村人は何も知らずに祭りを楽しんでいるのに、彼らが元気付けようとしている、神たるディーノたちは、どんよりと重い空気を背負ってやるせなさに身を浸していた。
手を結び、頭を抱えたディーノが唸って奥歯を噛んだ。
さっきから引っかかっている、襲撃犯の特徴。それに似た話を確かにどこかで聞いたのに、思い出せない。記憶力には自信があったのに、綱吉の件でそこまで腑抜けてしまったのかと自分を叱責して、彼は拳でこめかみを一発殴った。
唐突に自傷行為に走った主に、ロマーリオが驚いて腰を浮かせる。加減しなかったディーノが痛みに呻いて神輿から落ちかかり、慌てて助けるべく駆け寄ろうした彼の背後で。
緋色の幟が唐突に裾を広げて大きく翼を広げた。
「なっ」
ぶわっと吹き荒れた風は現実で、突如沸き起こった嵐に、狂言に興じていた村人も異変を察して一斉に動きを止めた。神輿を囲む四方の御旗の様子が可笑しい事に誰もが気付き、声を失う。
逆向いた赤い幟が空を穿つ。ロマーリオに助け起こされたディーノの目にも、それははっきりと浮かび上がっていた。
燃え盛りとぐろ巻く炎、世の全てを嘲笑い誹る呪詛の声。嘗て血飛沫と共に崩れ落ちた華奢な体躯が不意に脳裏を過ぎり、ディーノは瞬きを忘れて眼前の光景に瞠目した。
交錯するふたつの時間が、今ひとつとなって彼の前に舞い降りる。
「馬鹿な――!」
南方を守護する朱雀を模る幟が火を噴き、蛇の舌をくねらせて青空を舐める。
「なんだ、どうした!」
「燃えているぞ」
「水を、誰か水をもってこい!」
絶句したディーノの周囲で、村人がにわかに騒ぎ出して口々に叫び声をあげる。頭屋の男は咄嗟に傍に居た男と協力して幟を結んだ柱を引き倒し、脱いだ法被で叩いて火を消そうとしたがなかなか巧くいかず、逆に手した布に火が乗り移った。
男自体を焼こうとする炎の触手から逃れ、野太い悲鳴があがる。近くの用水路から汲み上げられた水が桶からぶちまけられたが、地表を濡らされても炎はしぶとく生き残り、獰猛な獣の牙を剥き出しにして新たな獲物を求め続けた。
それまでの祭りの賑やかさが、水を打ったかのように急激に静まり返る。誰もが予期せぬ事態に混乱し、この後どうすればいいのかを迷っている。
「若、これは」
「分からない」
火の手が上がる気配は微塵もなかった。ロマーリオの問いかけに罅割れた声で返し、ディーノは背筋を伝う冷たいものに肝を冷やして額を拭った。
「なにが……」
自然発火にしては妙で、違和感が募り、彼は臍を噛んだ。胸の奥底でざわざわと何かが蠢き、正体不明の猛禽が彼を狙って鋭い爪を研ぎ澄ましている。そんな錯覚に囚われ、彼は錯乱した。
じりじりと首筋を焦がす熱が、彼から冷静な思考力を奪い取っていく。
神格者たるディーノに気取らせず、自在に炎を操れる存在などこの世にそう多くない。もしあるとするなら――
「まさか!」
嫌な予感が先走り、彼は背を向けていた方向に一転して顔を向けた。焦りが判断力を鈍らせるが、時にその逆も起こりえる。目を凝らし、場を取り巻く群集の中で幟ではないものを見ている存在を探し出す。
そして。
「まさか……」
人々から距離を置いた場所に佇む四人の影を見て、彼は今度こそ本当に言葉を失った。
クフフ、そう笑う声が聞こえる。
「気付かれてしまいましたね」
「なに、問題はありませんよ、千種。彼は何も出来ませんから」
黒髪に眼鏡、相変わらず感情を表に出さない千種が淡々と呟く。その右に立つ骸は深い紺の髪を揺らし、持ち上げた左手で顔の半分を覆い隠して低く笑った。
彼の足元に蹲った犬は未だ紛糾している祭りの場を退屈そうに眺めて大きく欠伸をした後、しっかりと神輿の上に立つディーノを指差して骸を仰ぎ見た。
「骸さん、あれと遊んじゃ駄目なんれすか?」
「ええ、犬。残念ですが」
喉の奥を鳴らして笑い、骸は暇潰しが出来そうな相手がいるのに待てを命じられている犬の頭を撫で、先走ろうとしている彼を再び戒めた。髪をかき回された犬は幾分不満げではあったが、骸の命令は絶対と弁えているため、渋々従って頷く。左側ではランチアが、彼らの行動に肩を竦めつつ、興味がない様子を装って彼方を見ていた。
彼らの姿をひとつの視野に納め、ディーノは戦慄を覚えて息を呑んだ。
「若」
ロマーリオがその袖を引き、忘我の境地にあった彼を現実へ呼び戻した。
はっとして、瞬きを連続させてやっとディーノが目の前の全てを受け入れる。忘れもしない記憶が揺り動かされ、彼は内心から沸き上がる怒りと憎しみに囚われそうになるのを必死に押し留めた。
「そういう事かよ……」
憎々しく唸り、拳を震わせて懸命に己を封じ込める。出来るものなら今すぐに飛び出して、その心臓を抉り出してやりたかった。
だが神たる彼にとって、それは許されざる行為。分かっているからこそ、骸は平然と彼の前に姿を現し、動けないディーノを嘲笑する。
絶対的な立場の壁に、ディーノは自身を呪った。
「貴様ぁ!」
その姿、その声、その瞳。二百年の時を越えてもなお色褪せることがなかった様々な記憶、憤怒が一斉に吹き荒れてディーノを苦しめる。
「僕を殺しますか? 出来ますか、貴方に。出来ないでしょう?」
空間を越えて届く声。
「貴方は今まで通り、何も出来ずにただ見ていればいいのです」
口元を愉快そうに歪めた骸が、犬を促して踵を返す。千種、ランチアもそれに続き、彼らは一時の宿として借り受けている笹川の屋敷へ向かって歩き出した。
逃げるつもりは無いとでも言っているのか、非常にゆっくりとした足取りで。
「若、奴は」
「分かってるさ!」
ロマーリオが急かすが、一歩も動けずにディーノは腕をただ横に振った。
「分かってるさ……」
握り締めた拳が痛い。だが構わずになおも力を込め続け、ディーノは苦々しい気持ちで言葉を吐き捨てた。
疑念は確信に変わり、疑惑は誇大に膨れ上がる。
最初から仕向けられた罠か、それとも偶然が重なり合った帰結か。約束された未来なのか、誰かの手によって紡がれた叙事詩だとでもいうつもりか。
しかし、そんなことよりも、なによりも。激しい憤りが容赦なく彼の胸を貫いた。
「見つけたぞ……火烏!」
噛み締めた唇から呻く声をあげてディーノは叫んだ。
御輿を中心として突如わき起こった暴風に、残る三本の旗がばさばさと音を立てて空に舞い上がる。村人は立て続けに起こった超常現象に声を失い、ついには我先にと蟻の子を散らすように広場に背を向けて走り出した。
騒動を後方に聞き、骸がうっすら笑みを浮かべて楽しげに肩を揺らす。
魂祭の夜まで、あと少し――
「そーれで? どれくらい思い出してるんだ、あいつ等」
「さあな。ツナの方は全然だろ」
黒い羽根を広げ、場の安定を図った烏が硬い嘴を器用に繰って人語を発した。
視線を向ける事無く合いの手を返したリボーンに、烏はまるで人そのものであるかの如く肩を竦める仕草を取って、停まっていた柵から危うく落ちそうになった。
何をやっているのかと笑われ、気まずげに丸い目を泳がせる。
「しょーがねーだろ。いつもお世話になってた奴は昨日、落とされちまったんだからよ」
言い訳がましい説明を口に出し、烏はカアと一声鳴いて場を誤魔化した。ばさばさと翼を広げ、社殿の欄干に腰を下ろしたリボーンに向かって風を起こすが、相手はそ知らぬ顔を続けて妙に白々しい空気が流れていった。
会話が横に逸れてしまったのを自分で戻すよう、大粒の目が無言で告げている。仕方なく烏は咳払いをひとつして、首を九十度に曲げて林の彼方を見た。
その方角にあるのは沢田の屋敷。但し時間的に、今頃は宵宮の為の禊祓を行っているはずなので、其処に居残っているとしたら獄寺と山本くらいだろうが。
円い目に複雑な色を浮かべ、烏を繰る男は黄色い頭巾を被った赤ん坊に向き直った。
「あんまり気持ちがいいもんじゃないだろうがな。自分じゃない奴の記憶なんざ」
知りもしない景色、知る筈のない人、交わした覚えのない会話。それらが一斉に己の中に流れ込めば当然、意識の混濁が引き起こされる。本当の自分を見失いかねない状況は、決して好感の持てるものではない。
されど既に引き起こされてしまっていることを今更云々相談しあったところで、状況が好転するとも思えない。
真実をありのままに伝えるには、彼らは幼すぎる。精神的に未熟なところに様々な人の世の暗部を見せつける事だって、あまり宜しい行為ではない。
それでも、時は既に動き始めている。彼らが手を加えてどうこう対処出来る段階をとっくに超えて、坂道を石が転げ落ちるように。
「家光の野郎は完全放棄かよ」
「あいつはあいつで、色々と忙しいんだ」
この件で深く関わっておくべき存在は未だ姿なく、今現在何処にいるのか、便りひとつ届かない。
自分の息子の一大事だというのに、それを放り出してまでやらなければならない事などあるのだろうか。リボーンの答えに釈然としない様子で烏は首を回し、わざとなのか、カァ、と一度鳴いた。
生温い風が砂っぽい境内を流れて行く。石畳と玉砂利で埋められたその敷地の中央に、祭事に使われた祭壇がそのまま残されているのは、明日も此処で神事が執り行われるからだ。
幼いなりに懸命に職務を全うしようとしている綱吉に、これ以上負担をかけてやりたくない。けれど時の流れという大きな波は、問答無用で彼らを巻き込み、飲み込もうとしている。
蜷局を巻いた闇が待ち受ける未来が見えているのに、それを回避させる術が何処にもない。己の無力さに臍を噛み、烏は黙り込んだ。
「……厄介なもんを、取り込みやがって」
「どんな様子だった」
「絶好調ぽかったぜ」
苦々しい口調で呟かれた言葉に問いかけを投げられて、烏が返す言葉は若干の皮肉を含んでいた。お陰さまでこの通り、と仰々しく黒に濡れた羽根を広げておどけてみせる。
リボーンは彼の仕草に僅かに顔を顰め、難しい表情をして彼方を見た。
「確かに、厄介だな」
「ありゃ完全に食っちまってるな、同化なんて生易しいものじゃないぞ。あれじゃあお上の連中が気付けなかったのも、無理はないだろ……見た感じは雲雀の野郎と一緒だな。しかも小僧はツナ坊の封印がなけりゃあの姿を保てないが、奴は違う。まあ、ちっと……違和感があったが」
微妙に含みを持たせた言い方に、リボーンが僅かに首を傾げて瞳を眇める。
「違和感?」
「ああ。巧く説明出来なくて申し訳ないんだが」
きっとそこに本人が居たならば、今は困った様子で肩を竦め、答えを求めて視線を泳がせているだろう。しかし烏如きではその感情の微かな揺れを表現出来る筈もなく、だからリボーンにもなかなか伝わらない。
ふむ、と視線を落とした赤ん坊は、そのまま小さな紅葉の手でふっくらした頬を撫で、人差し指で自身の小ぶりな鼻を小突いた。
「分かる範囲で」
「そうは言われてもな。俺だって死にたくなかったからよ」
「お前は死なないだろ」
「殺されれば死ぬぜ」
揶揄したリボーンに茶化して返し、烏は黒い羽を巧みに操ってリボーンの頭を軽く叩いた。
赤ん坊はその不躾な仕草を、眉間に皺寄せた程度で受け流し、難しい表情を維持して風に舞い上がった埃から両目を庇った。
殺されれば死ぬ、そして消える。裏を返せば殺されない限り逝く事もない。
自由に逝く事が出来ない。
「不便だな」
「手前が言うか」
呵々と声を立てて、この場合は烏の鳴き声に変換されてしまっていたが、笑った男が再びリボーンの頭を叩こうとした。が、今度こそ首を窄めて躱されてしまい、空振りをした烏はそのまま体勢を崩して欄干から転がり落ちそうになった。
慌てて両翼を広げて姿勢を維持し、おっとっと、と横に跳ねて踏みとどまる。その滑稽な仕草を見てリボーンはしてやったりと不遜に笑い、それから急に真顔に戻って頷いた。
「自分で選んだ道だろうが」
「まあな、その点はお前さんと違うしな。俺は、自分の生き方に概ね満足してるぜ」
自ら決めた、自ら選んだ。死から遠ざかる事で得られるものがあると知った時、躊躇無くその道に踏み込んだ。
例え輪廻から外れ、ひとたび命を失えば二度と転生の路に到達出来ないとしても。
歴史に残らぬ事で、歴史を見つめ続ける目があっても良いと――それが彼の願いであり、望みであり、目的であり、生きる意義だった。故に後悔はない。自身の歩みは他者の目には愚かしく浅はかで、意味の無い行為に見えるかもしれないが、例え誰に罵られようとも、彼には最後まで胸を張って、己を誇り続ける自信があった。
鳩胸ならぬ烏胸をふんぞり返した男に、リボーンは皮肉な笑みを口元から隠した。
「……おめーは、今の自分を後悔しているか」
「まさか」
「だな。後悔なんかしてたら、あんな計画、おっそろしくて思いつきもしねえ」
「その口、そろそろ閉じないと俺が塞ぐぞ」
今し方、殺されれば死ぬと言った本人に向かって切っ先鋭い視線を向け、リボーンは空中の霞から抜き出した撥を片手に握りしめた。相手が動くより早く、瞬時に形を細長い筒状に作り替えて先端を嘴へ押し込む。
握りの少し先に、指を引っかける出っ張りがある。幼い人差し指はそこに伸びていて、烏を繰る男は遠く離れた場所でひくりと頬を痙攣させ、首筋を撫でた生温い汗を大慌てで拭った。
「冗談」
「俺は大まじめだ」
ちょっと調子に乗っただけだろう、そう囁いてもリボーンは聞く耳を持たない。引き金に添えられた指に力が込められる様が如実に烏の目を通して伝わって、男は脂性の髪を乱暴に掻きむしり、降参だと見えもしない相手に向かって両手を挙げた。
男に勝算は欠片もなくて、俺はまだ死にたくない、と彼は小声で呟き、烏を後ろへ飛び跳ねさせてリボーンが持つ筒から距離を取った。
嘴の先端で硬い音を鳴らし、それから不意に南方から流れ込んだ異様な気配に姿勢を低くする。ばさばさと広げた翼の立てる音が、いやに乾いた空気に大きく響いた。
「動いたか」
「いや」
険しい顔と声で紡がれた烏の声に、リボーンもまた剣呑な表情を作って息を潜める。瞬時に己の気配を薄めて誰からも察知されないようし向けた彼らは、そんな状態からでも注意深く村の南へ意識を傾けて何が起こったかを捕らえようとし、瞳を眇めた。
判断はリボーンの方が速く、彼の手は握ったままだった筒を境内の半ばへ向けて引き金を引いた。
「くっ」
わき起こった砂埃に煽られ、烏が細い足をばたつかせて後ろへ身体を倒した。頭を下げて懸命に堪えるが頼りない三本の指で持ちこたえられるわけもなく、あっという間に天地を逆さまにして社殿の外回廊へ落ちていった。
予告もなく境内を襲った緋色の熱源に、地表を覆う砂利が高く舞い上がる。中央を走る石畳を抉って一直線に駆け抜ける熱塊は盛大な轟音を撒き散らかして一気に爆発し、社殿に佇むリボーンに襲い掛かった。けれど彼が撃ち放った高密度の霊気が熱源の中心をいち早く射抜き、事が成し得るより前に悪意に満ちた塊は相殺され、霧散して掻き消された。
鼓膜を破る勢いで音だけがその場に残り、肌を刺す熱気もまた沈殿して大地へ吸収される。遅れて空を覆った玉砂利が雨の如く地に降り注ぎ、転落の際に頭を撃った烏も危うく昇天しかかって、ぴくぴくと痙攣を起こした翼で板敷きの回廊を叩いていた。
「……俺を襲うたあ、良い度胸だ」
ふっ、と薄い煙を棚引かせる銃口に息を吹きかけたリボーンが不敵に笑い、楽しげに目を細める。
石畳の上に組まれていた即席の祭儀場もまた煽りを受け、削った木の柱を組み合わせただけの簡素さが災いし大きく形を崩してしまっていた。支柱は悉く折れて陥没し、四方を囲む聖域を現す幡もまた吹き倒されて砂埃にまみれ、上を覆っていた絢爛豪華な幕も同様の有様だった。
ちりちりと余熱で焼かれた布の焦げる臭いが鼻につき、彼は眼光鋭く燻っている火種を睨んだ。瞬間、ザシュッ、という空気が切り裂かれる音が地を奔り、黒く変色した布が弾け飛ぶ。
「リボーン!」