天竺葵

 休み時間の学校は忙しなく騒がしいけれど、体育館から教室へ向かう廊下は目的が同じ生徒しかいないので人気もなく、静かだ。
 お揃いのジャージ姿のクラスメイトが、それぞれに集団を作ってがやがやと歩いていく。綱吉の隣にはお決まりのように山本の姿があるが、もうひとりのお約束である獄寺の姿は、今は無い。
 グラウンドでのサッカーや陸上競技ならばまだしも、体育館での地味なマット運動は彼のお眼鏡にかなわなかったようだ。そんなちんたらした事はやっていられない、という言葉を残し、着替えもせずに教室を出て行ったから、恐らくは今頃屋上でいびきをかいていることだろう。
 その様を想像して、綱吉はつい顔を綻ばせる。ひとりで肩を震わせて笑っていたら、隣を行く山本に怪訝な顔をされてしまった。
 きっちりとファスナーを首元まであげている綱吉に対し、彼は前を全開にして下に着込んでいる白い半袖シャツを露にしている。長い脚はすらりと細く、男から見ても惚れ惚れするような整った体躯。短く刈り込んだ髪の下には人懐っこい色の瞳がふたつ並んでいて、それが今は綱吉を見下ろしていた。
「どうした?」
「あ、いやー……獄寺君、次の授業ちゃんと起きて出てくるのかな、って」
 若干しどろもどろになりながら、綱吉は自分の頬を引っ掻いて呟く。苦笑が混じった彼の言葉に、山本も即座に綱吉と同じ光景を思い浮かべたのだろう、なるほどな、と相槌を打ってから同じように噴き出した。
 次は四時間目で、それが終わればお楽しみの昼休みだ。彼の事だから昼休憩に突入するまで居眠りしていそうだが、新学期が始まって間もないのに単位を危なくするのも得策ではない。彼の場合、テストで多少挽回できるかもしれないが。
「そうだ、ツナ。獄寺の奴が次の授業出てくるかどうか賭けしねえ?」
 外した方はコーヒー牛乳奢りな、と弾んだ声で唐突に提案してきた山本に、綱吉は目を見開いて彼を凝視する。いきなり何を言い出すのかと呆れ気味の感情が胸の中に沸き起こるものの、そういうところが彼らしくあって、憎めないんだよな、と自然と笑みが浮かんだ。
「いいよ。……俺はサボる方ね」
「じゃー、俺もサボる方に一票」
「……山本」
 獄寺が聞いたら怒り出しそうだが、綱吉の発言の直ぐ後に、山本までもが同じ選択肢を選び取って声を立てて笑った。これでは賭けにならないではないか、とげんなりした表情を作り出す綱吉だったが、ひょっとしたら彼は、こういう結果になる事を分かった上で、賭を提案してきたのだろうか。
 そう思うと、余計におかしい。
 お互い笑い合いながら喋りこんでいるうちに、他のクラスメイトにすっかり置いていかれてしまったらしい。綱吉はシンと静まりかえった廊下をぐるりと見回し、急に、この場に自分と山本のふたりだけしかいない、という状況に気付いてしまった。
 意識した瞬間顔が赤くなるのが分かって、綱吉は足元に視線を落とした。早く教室に戻って着替えなければ、獄寺云々以前に自分たちが次の授業に遅れてしてしまう。
「あの、やまも……」
「いたー、山本君!」
 そろそろ行こう、と彼の袖を引くべく腕を持ち上げた綱吉だったが、廊下の向こう側から聞こえて来た甲高い女生徒の声に、びくりとして中途半端なところで止まってしまった。行き場を失った指先が、虚しく宙を掻く。狭い廊下に反響する声に驚いたのは山本も同じで、いったい何事かと彼は自分を呼んだ女生徒の方に向き直った。
 どたどたと騒々しい足音を響かせて、数人の女子が隊列を組んでこちらに迫りつつある。思わず逃げ腰になったふたりに構わず、息せき切らせた彼女達は綱吉そっちのけで山本を取り囲んだ。
 バレンタインの時にも感じたが、彼は非常に女子にモテる。誰にでも平等に笑いかけ、対等に扱う上に、スポーツ万能で美形。人を笑わせるのも好きで、本人も常に笑顔を浮かべる。人の輪の中に居ても存在感を感じさせる彼の人柄に、好意を寄せない人間の方が少ないくらいだ。
 かくいう綱吉もその一人だと自覚している。彼のような人気者が自分のような卑小な存在の隣に居てくれるのはとても嬉しく、また、釣り合いが取れていないようで時に哀しい。
 女生徒は皆、興奮した面持ちで背丈のある山本を見上げていた。手にはそれぞれ、大なり小なり箱や袋を抱えている。
 今日は何か、特別なイベントがあっただろうか。何も記されていなかった筈のカレンダーを思い浮かべた綱吉の前で、集団の代表格らしき茶髪の女子がはい、と自分が持っていたものを山本へと差し出した。
「山本君、お誕生日、おめでとう」
「おめでとうー」
「おめでと~」
 彼女の第一声を皮切りに、次々と祝福の言葉が雨あられとなって廊下に降り注がれる。綱吉が目を丸くして驚く、山本も困惑を隠せぬまま彼女たちを見返した。だが女生徒は一向に構う様子もなく、戸惑っている山本を余所に次々と、自分たちが持ってきたプレゼントとおぼしきものを彼へと押しつけていった。
「へ?」
 彼女らが何を言って、何をしているのかが分からなくて、綱吉は頭が混乱したまま人垣の中心に立つ山本を見上げる。
「あ……ああ。……ありがと。サンキュな」
 彼は一瞬言葉に詰まってから、思い当たる節を見つけたのかひとつ頷くと、手際よくプレゼントを胸に抱え直していった。中には人ごみの外から投げるように渡してくる女子も居て、綱吉が視線を向ければ慌てて逃げるように走り去っていく背中が見えた。
 誕生日おめでとう、の大合唱は数分間続き、ふたりが呆気に取られているうちに嵐のように過ぎ去っていった。
 後には、両手に山のようなプレゼントを抱えた山本と、女子の勢いに完全に圧倒された綱吉が残される。
 頭上では、虚しくチャイムが鳴り響いていた。
「授業……始まっちゃった、ね」
「ああ」
 あっという間に騒動は納まり、彼女らは各自教室へ戻っていった。恐らくは教室に渡しに行こうとして当人の姿が見付からず、あちこち探し回っていたのだろう。彼女らのエネルギーには閉口させられるばかりだ。
 それだけ人気がある証拠なのだろうな、と綱吉は山本の腕から零れ落ちそうになっているプレゼントを横から支えてやり、肩を竦める。
「ツナ?」
「うん、えっと、ごめん。今日誕生日だったんだ」
 きっと彼女達は、数日前からどうやってプレゼントを渡そうかと必死になって考えていたに違いない。だのに自分は、忘れていた。思い出しもしなかった。すっかり、頭の中から抜け落ちていた。
 こんなんじゃ山本の隣に居る資格なんてないよな、と自分に呆れながら呟いて、綱吉は顔を俯かせる。
「ツナ……?」
「ごめん。俺、何も用意できてないや」
 色鮮やかなプレゼントの山を前にして、自分の不甲斐なさが痛いくらいに実感できた。
 彼の隣に当たり前のように居すぎた所為で、感覚が麻痺していたのだろうか。折角の彼がこの世に生まれて来た記念日なのに、自分は欠片も思い出しもしなかった。
 山本に呆れられても仕方ないよな、と自嘲気味に唇を歪める。急に泣きたくなって、でも泣きたくなくて、綱吉はそのまま下唇を口腔に巻き込んで噛み締めた。
 だが、上から降ってきた声は、
「あ、いいって。俺も、……忘れてた」
「――は?」
「そういや今日、二十四日だったっけか」
 両腕に抱えたプレゼントを揺らしながら、遠くへと視線を飛ばす山本を反射的に見上げて、綱吉は驚く。自分の誕生日など、本来は本人が一番覚えていそうなものなのに。
 こうもあっけらかんといわれてしまうと、開いた口が塞がらない。だが言われてみれば確かに、女生徒に取り囲まれた時の山本も最初、状況が飲みこめていない様子だった。
 訝しげに視線を投げつけると、彼は困ったように笑って肩を揺らす。弾みで上に載っているだけだった紙袋がずり落ちて、角が彼の腕に引っかかって止まった。
 綺麗にリボンが巻かれた袋、皺がないように丁寧に包装紙で包んだ箱、透明な袋に入れられた手作りらしき御菓子、など等。誕生日おめでとうと書かれたカードが外にぶら下がっているものもあり、彼女達が本当に山本を好いているのだな、と思い知らされる。
 授業が始まってしまっている学校は、何処もかしこも静かだ。開け放たれた廊下の窓からは風さえも流れてこず、グラウンドから微かに笛の音が響いてくるくらい。大量のプレゼントを持て余し気味の山本は、困ったな、と苦笑しながら呟いて綱吉に紙袋でも持っていないかと聞いてきた。
「職員室で聞けば、あるんじゃないかな」
「俺、あそこ苦手なんだよな~」
 残念ながら綱吉は、そんな気の利いたものを持っていない。代替の提案に遠い目をした山本へ、仕方が無いなと嘆息しながら崩れそうなものだけ幾つか自分の腕に引き取ってやった。
 教室に運ぶまでくらいなら、これらを用意した女子も許してくれるだろう。
 本当は、投げ捨ててしまいたい衝動に、たまに、駆られるけれど。
 ……もし、自分が。
 彼の誕生日をちゃんと覚えていたとして。
 彼の為に何かを用意しようとして。
 でも、果たして自分は、彼の為に何が出来ただろう。
 大事に、思いの込められたプレゼントを抱えなおした綱吉は、そこまで考えて不意に目の前が真っ暗に沈んだ気がした。
 何が出来る、何を贈れる?
 山本本人が、自分の誕生日を忘れていたというのは救いにならない。綱吉は結局、彼に与えられるばかりで、彼に何も返せていない。
「あー……」
 矢張り自分には、彼の隣に立つ資格など、無いのだろうか。
「ツナ?」
「え?」
 急に至近距離から名前を呼ばれ、瞬きをしたその先に山本の黒い瞳が浮き上がる。思わずどきりと心臓が跳ねて後ろに飛びずさってしまった、姿勢を戻した山本が、若干傷ついた顔をする。
 けれどいきなりそんなに顔を近づけて名前を呼ぶのが悪いのだ、そう言いたげに奥歯を噛んだ綱吉に、彼はにっと白い歯を見せて笑った。
「なー、ツナ」
 屈託なく笑う彼が眩しい。
「ツナは、言ってくれねーの?」
「え……?」
 思わず「何を?」と聞き返しそうになって、はたと気づいた彼は山本の顔を正面から見返して口を噤んだ。
 この場合、この状況。山本が欲しがっていることばは、ひとつしかない。
 けれど、そんなもので本当に、いいのだろうか。
「ツナ?」
「けど、俺、何も用意出来てない」
 腕の中のものがずっしりと重い。実際にはそれ程重量があるわけではないだろうに、鉛の塊を抱えている気分だった。
 視線を伏した彼の様子に、山本は小さく溜息を零して肩を落とす。彼にしてみれば、綱吉が何をそんなに気に病むものがあるのだろうと、そんな気持ちだ。
 気にしてくれるのは嬉しい、けれど気にしすぎるのは良くない。彼女らと綱吉は違う、自分の中にある存在の大きさも、重みも、重要度も。
 伝えたはずなのに、伝わっていなかったのは哀しい。
「言いたくない?」
「そんなことない!」
 問いかけると、即座に顔を跳ね上げた綱吉が大声で否定する。けれどまた直ぐに顔を伏してしまって、日に透けた茶色の髪に大きめの目が隠されてしまう。
 山本はその綱吉の頭を撫でてやりたい気持ちに駆られるのに、両手が塞がってしまって出来ないのがもどかしい。
 今すぐ抱き締めたいのに、行動に移れない自分がじれったい。
 こんなもの、窓の外に投げ捨ててしまおうか。今一番欲しいものは、腕の中に抱き留めたいものは、こんながらくたじゃない。
「ツナ、言って」
 山本は首を窄めて少しだけ背中を丸めると、下向いている綱吉の額に自分の額を押し付けた。触れ合う瞬間だけ目を閉じたが、瞼を持ち上げると髪の毛の隙間から綱吉が不安げに瞳を揺らして見上げているのが分かる。薄く開かれた桜色の唇が、何かを言いかけて閉ざされた。
 コツン、ともうひとつ彼の額に額をぶつける。痛くないように力加減を調節しながらの仕草に、最初は戸惑いばかりだった綱吉が少し照れたように頬を染めた。
 緩められた口元が、微笑みを形作る。
「おめでとう、山本」
 やっと言えた言葉が、ふたりの間で弾んで消えた。
「誕生日、おめでとう。あと、ありがとう」
「ツナ?」
「山本に、出会えてよかった」
 上目遣いに見詰められ、山本の頬にもサッと朱が走った。
 間近に金色の瞳が輝いている。どんな宝石よりも、黄金よりも、尊く貴重な、山本だけの宝物が、そこにある。
「ツナ……」
 どうしようもないくらいに嬉しくて、山本の表情が見る間に晴れ渡って行く。明るい色に染まる彼が綱吉も嬉しくて、自分で言った言葉に照れた彼は最後に「なんてね」と小さく舌を出した。
 その唇に、一瞬だけ、熱が宿る。
 顔に落ちた濃い影に、数秒の間を置いて綱吉は瞼を下ろした。僅かに顎を上向かせれば、再び重なった唇に甘い吐息が舌の先を掠めて行った。
「ん……」
 鼻から漏れた声が恥かしくて、耳の先まで赤くして即座に俯く。最後に人の鼻の頭まで舐めていった男は、からからと楽しげに笑いながら綱吉の額を額で小突いて離れた。
「赤い」
「……うるさい」
 プレゼントを落とさないように注意しつつ、腕を伸ばした山本の手が綱吉の耳に触れる。言われなくても分かっている、とそっぽを向いて小声で言い返すと、柔らかな耳朶を擽って山本はまた小さく笑った。
 彼の笑顔に、陽光が降り注ぐ。雲の切れ間から覗いた太陽までもが笑っているようで、綱吉は若干拗ねた顔つきで唇を尖らせていると、耳朶を離れた山本の手が、今度はその唇に押し当てられた。
 緩く曲げた人差し指の背で、少しばかり湿っている表面をなぞられる。
「俺も、さ」
 噛むわけにもいかないので下手に口を開けられず、ただ睨み返すしかなかった綱吉は、山本が、急に真剣な表情を作って呟く様を間近に見てしまい、顔を赤く染めた。
 表面上は穏やかなのに、瞳からは強い思いが痛いくらいに伝わってきて、鼓動が勝手に早まっていく。思わず息を飲んでしまった綱吉は、恥かしいのに顔を逸らせなくて困ったように眉尻を下げた。
「俺も、ツナに会えてよかった」
 親指の腹で唇を押され、その上からまたキスをされて、綱吉は一瞬自分の頭が恥かしさのあまり爆発するのではないか、と思った。ボッと顔から火が噴いて、焦って何も言い返せない。山本の顔さえまともに見返せなくて、殆ど振り払う格好で彼の手から逃れるとそのまま彼に背中を向けてしまった。
 首まで赤くなっている、とからかう声が聞こえてきても、何もいえない。泣きたいくらいに嬉しいのに、素直に表現できない自分の未熟さが情けなかった。
「あ、そだ。ツナ、もうひとつ、いいか」
 いっそこのまま教室に戻るか、昼休憩まで適当に時間が潰せる場所まで逃げるか、どっちかしてやろうと考えていたところを、山本の急な明るい声で中断させられた。綱吉が振り返る、見上げた先の彼は、既にいつもの飄々とした彼に戻ってしまっていた。
 それはそれで寂しいな、と思いつつ、自分も気を取り直し、綱吉は彼に向き直る。腕の中で角張った箱が揺れた。
「もうひとつ、だけ、さ。いいか」
「なに?」
「来年の――来年の今日も、さ。言ってくれよ、さっきの」
 綱吉の唇を撫でた指で頬を掻き、視線を浮かせて天井付近に彷徨わせながら、彼は言った。
 一瞬何のことだか分からなかった綱吉だけれど、直ぐに自分が言った台詞が頭の中に蘇って来て、咄嗟に返事が出来ずに綱吉は言葉を詰まらせる。困った顔をしてしまったのだろうか、見下ろしていた山本が少しだけ寂しげに表情を翳らせ、それでもどうにか笑みに近い顔を作った。
「いやか?」
 来年も、そのまた来年も、そのまた次も、その次も。
 一年に一度だけなんかじゃない、ずっとずっと、傍に居て。隣に居て。
 同じ事を言って欲しい。それが恥かしいというのなら、一年に一度、今日という日だけでも構わない。
 来年の今日も、今みたいに一緒にいられるように。
 約束が、欲しい。
 言葉少なに告げた彼の、真摯な思いが伝わってきて胸が熱くなる。
 お前は特別なんだと言われているようで、嬉しくなる。彼の隣に居ても良いのだと、思えてくる。不安に感じていたのを見透かされていたようで、安心すると同時に気が緩んだのか、綱吉の目尻に予想していなかった涙が浮かんだ。
「ツナ?」
 まさか泣くとは思っていなかった山本が、驚いたように目を見開かせてから不安げに眉間に皺を寄せる。大丈夫、と首を振ると余計に涙が零れ落ちて、綱吉の頬を濡らした。
「ごめん、違うんだ。なんでかな、嬉しいってだけで、涙って出るもんなんだ」
 知らなかった、と無理矢理笑おうとして、失敗する。泣き笑いの表情は過去類を見ないくらい綱吉的には格好悪かったのに、山本は矢張り今まで見たこともないくらいに嬉しそうに破顔して、思い切り彼を、両腕で抱き締めた。
 抱えて持っていたものがバラバラと音を立てて床に落ちていく。形を崩し、もしかしたら中身が割れてしまったものもあったかもしれない。綱吉の方が驚いて、なんて事を、と彼を叱責する声をあげてしまったのに、山本はまるで意に介する様子もなく綱吉を問答無用で抱き締める。
 締め付けは苦しかったけれど、痛くなかった。
「山本?」
 背中に回された腕が、力強く綱吉を引き寄せる。自分の手の中にあるものまで落としてしまうのは流石に悪いだろうと気が引けて、綱吉はすぐに彼を抱き返せなかった。
 けれど、思いは伝わっただろうか。困惑気味に名前を呼ぶと、綱吉の肩口に顔を埋めていた彼はそっと顔を上げ、黒髪の隙間から覗く瞳を静かに細めた。
「ツナ……言ってくれないか」
 猫のように頬を寄せられ、くすぐったさに表情を緩めた綱吉が肩を揺らす。今更言うのは照れくさかったから、最初は渋ったものの、しつこいくらいに山本が顔へキスの雨を降らせてくるものだから、仕方がないな、と珍しく甘えてくる彼に瞳を眇め、綱吉はお返しにと自分から背伸びをした。
 触れるだけのキスをして、そっと囁く。
「好きだよ、山本。来年も、その来年も――」
 一緒に居よう、と。
 言いかけた言葉はキスに飲み込まれて音にはならなかった。
 

2007/4/24 脱稿