寂寞(Va la)
二日ほど並盛町の頭上に鎮座した雨雲は、鬱陶しいばかりの湿度を残して漸く姿を消した。
降り始めた日にずぶ濡れとなった綱吉は暫く体調が優れない事もあったが、概ね元気に日々を過ごしていた。その雨の中で見つけ出した子猫たちの貰い手もどうにか見付かり、ホッとひと安堵した翌日が、すこぶる快晴。まるで心配事が消えた綱吉の心を象徴しているようでもある。
「んー」
だからか、珍しく目覚まし時計が鳴り響く前に目が覚めた。文字盤を見るとまだ起床予定時刻まで一時間も残っている。いつもの彼ならば二度寝を実行し、予定時間を過ぎて目覚めて大遅刻というパターンを実践するのだけれど、この日ばかりは違っていた。
首元まで被っていた布団を押しのけ上半身を起こし、両腕を頭上高くに逸らして伸びをする。軽く鳴った骨に肩を揺らし、首を一回りさせてから湧き出た欠伸を手で覆い隠して目尻を擦った。まだ若干眠気は残っているものの、再び布団の中へ逆戻り、という気分にはなれない。
もうひとつ欠伸をして、綱吉はボサボサになっている頭を掻き乱しながらベッドを降りた。足の裏にひやりとした冷気を感じて背筋が無意識に真っ直ぐになる。窓から差し込む光が眩しく、カーテンを開けると太陽と目が合った。
振り返り、改まった気持ちで室内を見回す。天井近くに張られたハンモックではリボーンが鼻ちょうちんを膨らませながらまだ眠っていた。整理整頓が出来ていない、ゴミ箱をひっくり返したような部屋を眺めて、綱吉はカーテンを開けて窓の鍵を外した。出来るだけ音を立てぬように横にスライドさせる。頬をまだ冷たい朝の風が撫でていった。
「いい天気」
ずっと雨か、降らなくても雲が空を覆い隠していたので、こんな風に朝から地表に光が差し込むのも久しぶりの光景だった。同じ気持ちを感じている人がいるのか、家の前の路上に目を向けるとランニングをしている人の姿が見られた。犬を連れている人も何人かいる。皆、傘を持って家を出なくて済むのを喜んでいるようだ。
綱吉は窓辺でもう一度のびをすると、胸いっぱいに外の空気を吸い込んで大きく吐き出した。
朝寝坊ばかりだけれど、たまには早起きするのも悪くない。すっかりどこかへと消え去ってしまった眠気を、それでも少々もったいなかったかな、と思いながら、綱吉はベッド脇に戻ると役目を果たす前にお役ご免となった目覚まし時計のスイッチを解除した。
もぞもぞと動いてパジャマを脱ぎ捨てる。手早くアイロンのかかっているシャツに袖を通し、制服姿に着替えて綱吉は脱いだ分をひとつに丸めると胸に抱きかかえ、部屋を出た。
パタンと小さな音を残し、ドアが閉められる。階段を転ばぬように慎重に降りると、すでにこの時間でも起き出していた母親が台所で忙しなく動き回っていた。
「あら、早いのね」
珍しい、雨が降るんじゃないかしら。自分の息子に向かってかなり酷い事を、平然と笑いながら言った奈々が本当に包丁を動かす手を休め、窓から外を見上げた。
「悪い?」
「んーん? 雨は降りそうにないわね……」
自分でトースターに食パンを押し込み、タイマーをセットすると洗濯物を片づけに綱吉は洗面所へと向かう。そして顔を洗って、無駄と知りつつも跳ね上がっている髪の毛を濡らし、効果の薄いムースで髪の毛全体を包み込んで、櫛を通しドライヤーを当てる。そうこうしている間に遠くからトースターの音が響いて、奈々の呼ぶ声がそれに続いた。
「はーい」
ドライヤーを置いて返事をして、濡れた洗面台を簡単に拭ってから再びキッチンへ。綱吉のために用意された朝食を素早く片づけ、昨晩の余り物を詰めた弁当箱を渡されて、部屋に戻ると授業の用意を詰めた鞄を持ち、家を出る。リボーンはまだ眠っていた、無論ランボやイーピンも。ビアンキは先日から新たな食材を探すと言って、どこかへ出かけている。
家の中は、だから静かだった。リボーンが家に来る前の、ふたりきりの生活を久しぶりに感じた。そしてこんなにも静かだったろうか、と自分の家ではないような気がして僅かに不安になった。
門を出たところで振り返り、日差しに照らされる住み慣れた自宅を見上げる。父親が建て、母親とふたりで守ってきた、今や予想外に住人が増えてしまった小さな家。
「行ってきます」
空が晴れたからだろうか、心まで晴れやかな気持ちになって綱吉は呟くと、足早に踵を返して学校へと向かった。
始業時間のチャイムまで一時間は余裕がある学校は、しかし早朝練習のある部活で既に一部が賑わっていた。
体育館からは剣道部のかけ声が聞こえ、グラウンドでは野球部がノックの真っ最中だった。それを傍目に、邪魔にならぬよう端を通り抜け、見つかってしまった山本には手を振って挨拶を済ませ校舎へと飛び込む。
シンとして薄暗い廊下。昼間の、授業中に抜け出した時とはまた異なる空気に一瞬だけ気圧され、綱吉は不安を隠そうと肩から提げた鞄を抱きしめた。
無意識に足が通い慣れた学校に向かっていたのだけれど、遠回りをしてどこかで時間を潰してくれば良かったか。つい左右に視線を流し、周囲を窺うけれど教職員もほとんどが出勤していないようで、一歩進む度に自分の足音ばかりがいびつに響き渡る。
外は明るいのに、お化け屋敷を歩かされている気分だ。生唾を飲み込み、綱吉はどうしようかと悩んで結局は、自分の机がある教室を目指す事にした。
しかし。
「あれ?」
僅かに鼻先を掠めた覚えのある匂い。そんなのが分かるものか、と人に言えば反論を食らいそうではあるが、本当に感覚的に感じ取った他人の気配に綱吉は思わず眉根を寄せた。首を傾げる。
「こんな時間に」
人のことは言えないくせに呟いて、綱吉は足を止めたまま気配が過ぎていった方向を見やる。無人の廊下が続くばかりで、誰もいない。しかし妙に冴えた感覚が、今のは錯覚ではないと綱吉の背中を強く押した。
どうせ、授業が始まるまですることもないのだ。誰かと過ごせるのであれば、こちらとしても願ったりかなったり。……あちらとしては、ありがたくもないかもしれないが。
教室へ向かおうとしていた爪先の方向を変える。靴の裏で堅い廊下を踏みしめ、自分の起こす音を断続的に聞きながら、綱吉は自分の呼吸が少しだけ乱れているのに気づいた。緊張している。
そりゃあ、そうだろう。なにしろ今自分は、この中学校の実質的支配者が君臨する部屋に向かおうとしているのだから。
風紀委員長、雲雀恭弥。彼の名前を知らない生徒はこの学校にはおらず、彼を恐れて誰も彼に自ら望んで近づこうとはしない、同じ風紀委員でもない限りは。風紀委員自体もちょっと特殊であり、一般生徒からは遠い存在だ。
その暴君たる風紀委員長の主室と化している応接室は、ひっそりと空気も冷えた校舎の一角に設けられている。ただ、この数日間だけはこの部屋が過去例にないほどに賑やかだったのを、綱吉は知っている。
彼が雨の中で拾った子猫3匹が居たからだ。
家につれて帰るわけにもいかず、飼い主がなかなか見つからなくて、結果あの猫は貰い手が決まるまでこの部屋を仮の宿としていた。拾われた当日はかなり弱っていた猫たちも、綱吉の手厚い看護があってゆっくりとだが回復していた。
猫をもらっても良いという声は、幸運にも複数からあって、その度に綱吉は応接室へ飛び込んで胸に猫を抱き、校舎の端の教師に見つからない場所まで連れて行った。出入りの激しい綱吉を辟易としながらも、雲雀は最後まで何も言わずにいてくれた。そしてようやく昨日、三匹とも引取先が決まった。
綱吉は肩の荷が下りて、だから今日の目覚めも健やかだったのかもしれない。
「まだお礼言ってなかったし、いいよね」
猫を守ってくれた事、文句も言わずに耐えてくれた事。雲雀への直接の感謝を、そういえばすっかり忘れていた。それどころではなかったし。
まだ来ていないかもしれない相手を思い浮かべながら、綱吉はここ数日で何度潜り抜けたか分からないドアの前に立った。室内に人の気配は感じられないが、雲雀自身が気配を消すのも容易くやってのける相手であるから、深く考えないままに綱吉はドアを二回、連続してノックする。
返事はない。
おや、と思いながらもう一度、丸めた手の甲でドアを叩いた。
「誰?」
聞こえてきた声はどこか不機嫌で、顰め面をしている雲雀が即座に綱吉の脳裏に浮かび上がった。
「あ、と……俺です」
続けて叩きそうになっていた手をドアに触れる直前でどうにか停止させ、綱吉は若干どもりながらどうにか回らない舌を動かした。そして告げてから、自分が名乗っていない事を思い出し、冷や汗を背中に流す。
だがどうにか、声だけで雲雀は相手が誰だかを察してくれたらしい。数秒の間をおいて、綱吉の目の前が唐突に開けた。
「……なにか、用?」
開けた瞬間に塞がれた視界で、変わりなくどこか機嫌が悪そうな声が上から降ってくる。黒の学生服で縁取りされた白いシャツに覆われた世界で、綱吉は今度はこめかみに汗を流しつつ、相手の気迫に負けないように腹に力を込めた。
見上げた先には、闇よりも濃い漆黒の髪に、夜よりもなお暗い闇を思わせる双眸。吸い込まれそうな湖面の静けさに息をのみつつ、綱吉は懸命に精一杯の笑顔を浮かべ、雲雀を見つめ返した。
「おはよう御座います」
我ながら陳腐だと言わざるを得ない挨拶を口に出し、とりあえずはそれで場を凌ぐ。彼は「ああ」と短く相槌を打っただけで、会話はそこで遠慮なく途切れた。
緩慢な沈黙が場を支配する。思わず俯いてしまった綱吉は胸元にある自分の手と、その向こう側にのびる雲雀のまっすぐな両足を眺めながら、この後どうしようか必死に考えた。謝礼を述べに来たのに、どうにも今の雲雀にはそれを言わせない気配がする。しかし、では他に彼とかわすべき会話があるのかと言えばそうではなく、だから綱吉はひたすらに困ってしまう。
「えと、あの……」
「入れば?」
誰が入り口で仁王立ちしていたのか、そんな苦情は一切受け付けない態度で雲雀が唐突に踵を返した。左右の指を絡ませて人差し指をくねらせていた綱吉は、一瞬間の抜けた顔を作ってから、急激に明るさを増した眼前に瞬きを繰り返した。
既に雲雀は応接室内部に居場所を移している。黙ったまま立ち尽くしていては、彼の機嫌がますます損ねられるのは明白であり、綱吉はワンテンポ後れ、右手と右足がほぼ同時に前に出るぎこちなさのまま応接室に足を踏み入れた。
ドアを閉める音が耳に大きく響く。手探りで探し当てたスイッチを押すと、それまで自然光だけだった室内が人工の明るさに包まれた。
雲雀は応接セットではなく、奥にある机の前に歩を進め、ソファよりもさらに重厚な作りの椅子にどっかりと腰を下ろした。肘当てに腕を広げて肘を置き、胸の前で優雅に両手を絡め合わせる。
「で?」
何の用? そう告げる瞳の圧力に足踏みし、綱吉は冷や汗そのままに頬を掻いた。どうにか形作った笑顔もぎこちなさに溢れている。
「いえ、だからその、特に用事があるわけでは……」
「こんな時間から学校に来たくせに?」
用事もないのに一時間も早く学校に来る必要はないと、雲雀も分かっているのだろう。だったらなぜ貴方もこんな時間から学校にいるのでしょうか。聞き返したい台詞をぐっと飲み込み、綱吉は視線を宙に浮かせて言葉を探した。
天井を、壁との接点である角を、トロフィーが飾られている棚を、塵一つ落ちていない床を。まるで授業中に設問を当てられ、答えられずに右往左往しているみたいだ。雲雀は教師よりも圧迫感を抱かせるから、綱吉の気持ちを落ち着かせなくするにはその瞳で見つめるだけで十分な効果を発揮する。
無論、それだけが理由ではないと本人も理解しているものの、この場合、その条件はどうにも当てはまりそうにない。
「早く来たのは、だから……早く目が覚めただけで、別に意味はないです、特に」
「ふぅん」
今度は机に肘をたてて頬杖をついた雲雀が、興味なさそうに呟く。眉間に刻まれた皺は深く、ちょっとやそっとでは取り除けそうにない。綱吉は悟られぬように嘆息し、再度視線を床に這わす。
そして部屋の隅、風に当たらず、また通行の邪魔にもならない位置に置かれている段ボール箱に気づいた。それは数日前からこの部屋に加わった備品のひとつであり、中には白の小皿と古いバスタオルが、片づけられていなければそのままになっているはず。
ただ、昨日まで中に居た子猫は、もうそこにはいない。
綱吉の視線が動き止んだのに雲雀も気づいたらしい。その行方を確かめ、彼は頬杖の片腕を解くとそっぽを向く格好で壁に目線を移し替えた。
雲雀本人は、あまり文句も言わなかったけれど、泣きじゃくる猫を多少うるさいと叱ったりした以外、概ね、猫との関係は良好だった。特に綱吉に似ていると彼が評した茶色の子猫は、よく段ボールから脱走して雲雀の足下にじゃれつき、彼に軽く蹴られてもくじけずにその膝に登ろうとしていた。
本人も足を動かすだけではあったが、彼なりに猫を遊んでやっていたようにも思われる。体調の優れない猫から貰い手を探すのに躍起になっていた綱吉は、そんな雲雀と猫を微笑ましく、また少しだけ妬ましく思いながら見ていた。
その彼のお気に入りだった子も、昨日ついに新しい飼い主に引き取られていった。
空っぽになった段ボール箱だけが残され、応接室は以前と同じ静寂に包まれている。それが綱吉には、少しばかり息苦しい。
同時に、雲雀の不機嫌さの理由が少し、理解出来た気がした。
「ヒバリさん、ひょっとして寂しいんですか?」
ガタン、と椅子が揺れて大きな音が響き渡る。雲雀は即座に座り直したので、彼が体勢を崩した瞬間を残念ながら綱吉は見逃した。勿体ない、とは流石に思わなかった。思うだけで彼に殴り飛ばされてしまう。
横を向いていた雲雀が、姿勢をそのままに鋭い目つきだけを綱吉に向けた。奥の机と入り口のすぐ前、距離はあるが迫力に差は生じない。ゾッと背筋が泡立ち、綱吉は、あはは、と今の自分の発言をどうにか笑ってごまかそうと試みる。
無駄に終わった。
「何を言ってるんだ、君は」
「で、ですよね~」
本当、俺ってば何を言ってるんだろう。頭を掻きむしりながら綱吉は、内心の焦りと動揺を必死の思いで笑いに押し潰す。
だけれど、予想に反して、雲雀の不機嫌なオーラが少しばかり緩んだ気がした。
それは多分、彼がずっと張りつめさせていた空気を、彼本人が息を吐き出す事で、少しだけ容積を広げて密度が薄まったからだろう。
綱吉は腕をおろし、意を決すると壁際の段ボールへと歩み寄る。膝を折ってしゃがみ込み、半分閉じられている蓋の部分を開く。空洞だ。
使い古された布、薄汚れた皿。散らばる数色の毛と、綱吉が持ち込んだおもちゃのボール。生き物が居た形跡は確かにあるけれど、悲しいほどに段ボールの中は空っぽだった。
ああ、そうか。そうだ。分かった。
寂しいのは、雲雀ではない。自分だ。
朝、早くに目が覚めたのも。寄り道もせずに一直線に学校へ来たのも。お礼を言うと自分に言い訳をして応接室に足を向けたのも。
全部、あの子猫たちと別れてしまった自分が、なによりも寂しさを感じていたから。そしていくら寂しく思っていても、これが現実だと、自分に教える為に。
「いなくなっちゃったんだなー」
ぽつりと呟いて、そこに体温が残っていないかと手を伸ばす。指が触れた段ボールの底面は、雨の日の名残さえも感じさせずに乾いていた。
自分が寂しいから、きっと雲雀も同じ気持ちでいるはず。そんな甘い考えもどこかにあったのかもしれない。彼が珍しく好意的に綱吉を受け入れてくれていたから、孤高を好む彼が自分と同じ高さまで降りてきてくれたのだと、勝手に思いこんでいた。うまく彼に視線を合わせられなかったのは、考えが間違っていた事と、それに今頃気づく自分が恥ずかしかったからで。
しんみりとした気持ちのまま動くものが何もない段ボールを眺めていると、背後から近づいてくる気配がして、瞬間、頭を上から押さえつけられた。
「わっ」
ガシガシに広げた片手で頭を乱暴なまでに掻き回される。折角人が努力してどうにか形にした髪型を、遠慮の欠片もないままに乱し、最後に痛くない程度に数回、叩かれた。
この手の主が誰であるか、確認するまでもない。
「ヒバリさん……?」
「だったら、自分で飼えば良かったじゃないか」
「それが出来れば、こんな気持ちになったりしませんよー」
跳ね上がった髪の毛を両手で押さえ、しゃがんだまま振り返る。間近に迫る雲雀の左足を下から上へと見上げ、唇を尖らせて反論するものの、あまり効果はない。
実際子供も多く、面倒ごとが多い綱吉の家庭では、子猫を飼う余裕は微塵も残されていない。だから他に貰い手を探したのだ。
「いっそヒバリさんがこのまま此処で飼ってくれれば良かったのにな」
つまらない愚痴を零し、おろした右手で段ボールを閉じる。これはもう用済みだからゴミ捨て場に置いて来なければならない。それはそれで、中身は空っぽなのに寂しいな、とぶつぶつ呟いていると、また頭を撫でられた。
今度は少しばかり力加減がされていて、妙に動きも優しい。
「何を言い出すかと思えば」
「駄目ですか?」
「ああ」
即座に、それでいて淡々と頷いて綱吉の申し出を却下して、彼は意地が悪い笑みを口元に浮かべた。
綱吉が立ち上がる。並ばない視線、仰ぎ見た相手は不遜な態度を崩さないまま綱吉の顎から喉を曲げた人差し指の背で撫でた。それは猫をあやす仕草にも似ているが、人間である綱吉にとっては、あまり気持ちよいものではない。
「僕は、とっくに、手間のかかるのを飼ってるからね」
「俺は猫じゃないですけど」
「似たようなものだろう?」
誰にでも尻尾を振って、騒がしく泣きわめき、かと思えば毛を逆立てて敵に飛びかかり、寂しがりでいつでも誰かの側に居たがって。
「本当、そっくり」
「むぅぅ」
同じ場所を何度も繰り返し撫でられて、綱吉は下から雲雀を睨み付けささやかな抵抗を見せる。しかし一部に同意は出来ぬものの、一部はそっくりそのまま自分に当てはまってしまって、反論が出来ない。
実際、自分は子猫が居た数日を懐かしみ、子猫が居なくなった今を寂しいと感じている。同時に、雲雀がいる応接室へ訪れる理由が消え失せ、再び自分から彼に会いに行くのにあれこれと理屈をつけなければならなくなってしまった不満が。
頬を膨らませていると、笑った彼の指が柔らかな肌を小突く。
「じゃあ、だったら」
いっそ、売り言葉に買い言葉を。
雲雀の指が綱吉の顎を持ち上げた。直線上で重なり合った瞳を挑発的に睨み付け、綱吉はぐっと奥歯をかみしめた。
「なに?」
「最後まで責任もって、ヒバリさんが面倒見てくださいよね!」
半ばやけくそな気持ちで叫んだ台詞に、雲雀が一瞬だけきょとんと目を丸めて驚いた顔をする。だが綱吉自身、自分がいかに恥ずかしい事を言っているのか十分過ぎるほどに理解している為、恥ずかしさが先に立って目を開けてもいられない。
顔が、耳の先端まで赤く染まっていくのが鏡を見なくても分かる。顎にあった雲雀の指が不意に離れていった。鼻の頭に、笑いをこらえている気配が掠め通る。
「……何を言うのかと思えば」
そんな事、と低い声でささやいて、彼は。
拗ねたように尖らせた綱吉の唇を舐めて、傲慢な王者の笑みを浮かべた。
「言われなくても、分かっているさ」