過午

過午(Non so)

 学内放送での呼び出しは、今に始まったことではない。
 いったいどういう理由からか分からないのだが、兎に角自分は彼に、いい意味でも悪い意味でも気に入られてしまったようだ。あまりにも傲慢で尊大で、不遜なこの中学校の支配者たる人物に。
 今日もまた、午後の授業と授業の合間に設けられた短い休憩時間、騒がしい教室に無常に鳴り響く呼び出しの声。
 たかだか一生徒の暴走を止められない学校もどうかと思うのだが、抵抗すれば教師であろうと校長であろうと、教育委員会から出向して来た役人であろうと、お構いなしに力技で叩きのめしてしまう彼。その権限は彼の背後にあるらしい彼の親という存在も相まってか、最早黙認状態にある。
 いいのかなぁ、と思いながら綱吉はざわめきの波が引いた教室で溜息をついた。
 自分を見る周囲の目線が同情を含んだものに変わっているのにも気付いている。週に一、二回は応接室へ呼び出しを受けている綱吉が、その場所で何をしているかを正確に知るクラスメイトはひとりも居ない。わざわざ話す必要性が無いからであるが、戻ってきた綱吉が大抵の場合、どこかを赤く腫らしたりしているので、憂さ晴らしにつき合わされているのだな、と皆思っていることだろう。
 そうじゃないんだけどな、と心の中で再度溜息を零し、綱吉は自席から立ち上がる。獄寺の心配そうな顔と目が合った。
「なに?」
「いえ、なんでしたら俺もご一緒に」
「いいよ、平気だから」
 もごもごとしながらもそう申し出る獄寺にあっさりと言い返す。平気、という根拠は無いけれど、皆が思っているほど綱吉は雲雀に酷い目に遭わされているわけではない。身体のどこかに残る傷だって、前日にリボーンが無茶な特訓を仕掛けてきたり、または自分が廊下で勝手に滑って転んだ時の怪我だったりと、直接雲雀が関与しているものは実のところかなり少なかったりする。
 どちらかと言えば、彼には手当てを受けさせられている。
 ――どこで見てるかわかんない人だしな……
 獄寺にも気付かれなかった服の下の怪我まで、目敏く発見されてしまった日はさすがに驚いた。同じ様に校内放送で呼び出され、いきなり服を脱げといわれた時は絶句した。
 どうにもあの人は、やる事成す事他人の誤解を受け易い。
 ――悪い人じゃない、とは思うけど。
 自分が思いたいだけかもしれないが、口には出さず綱吉は歩き出す。教室を出て階段に差し掛かったところで始業のチャイムが鳴った。下から教師がテキストとチョークを入れた小箱を手に登ってくるのが見えて、すれ違う。
 これから堂々と授業をボイコットするというのに、校内放送は職員室にも響いていたのだろう、誰も咎めない。それどころか学校の支配者への人身御供、子羊の行く末を哀れむ目で見送られてしまう。
 階段を終え、応接室へと向かう。足取りは重くもなく、軽くもなく。今日は目立った怪我もしていないし、呼び出しを受けるようなへまもしていないのにな、とここ数日の自分の行動を省みつつ進んでいく。保健室の前を通り過ぎるところで、話し声が聞こえてきた。
 女子生徒、聞き覚えの無い声ではあるが、泣いている。それを宥めているシャマルの声が合間に。声を殺してすすり泣く、とは正反対の、声を荒立てて痛みを訴えて泣くその声音に、綱吉はつい足を止めてしまった。
 泣き声に混じってなにやら話す声もするが、途切れ途切れで実に聞き取りづらい。しかし断片的な単語を拾い上げてみると、さっきから妙に「風紀委員」とかいう単語が多く登場する。首を捻り、さてどうしたものか、と綱吉は逡巡した。
 しかし今保健室に入って行っても、自分に出来ることは恐らくない。それに雲雀の呼び出しを無視することになる。既に放送から五分はたっぷり経過してしまっており、急がなければ彼の機嫌を損ねるばかりだ。
 自分で殴られる理由を作るのも馬鹿らしい。綱吉はまだ泣きじゃくっている女生徒が早く元気になるように祈りつつ、ついでにシャマルが彼女に変なことをしないように願い、足早に保健室の前を去った。
 教室が並ぶ上階の廊下とは違い、印刷室や校長室などが並んでいるこの区画はとても静かだ。廊下の窓はグラウンドとは反対側に向いているので、体育の授業による喧騒も遠い。開け放たれた窓からは音楽室の合唱が静かに流れ込んでくる。
 中学校に居ながら別空間に迷い込んだ錯覚に綱吉は首を振り、やっとたどり着いた応接室のドアを遠慮がちにノックした。間髪入れずに「どうぞ」と室内から声が返される。
「失礼します」
 中にいるのは自分と同年代の生徒のはずなのに、未だに応接室に入る時はそうやって挨拶をしてしまう癖が抜けない。控えめに自分が通れる幅だけ扉を押し開け中に滑り込む。室内は明るく、窓も開放されていて空気の流れが感じられた。廊下で聞いた合唱もまだ聞こえる。
 部屋の中央には高そうな応接セット、テーブルを挟んで向かい合うソファの左側が大体いつもの雲雀の定位置なので真っ先にそちらに目を向ける。誰も居ない。
 あれ、と思う間もなく、てんで見当違いの方向から声が飛んできた。慌ててドアの前で居住まいを正し、右側に立っている雲雀の横姿を見やる。
「コーヒーと紅茶と、ほうじ茶と、どれが良い」
「は?」
 前ふたつはまだ分からなくもないが、よもや雲雀の口からほうじ茶なる単語が飛び出すとは夢にも思わなかった。つい反射的に素っ頓狂な声を出してしまった綱吉だが、同じ質問が再度雲雀から繰り出され、これが現実だと思い知る。
 ほうじ茶、似合わない。そう率直な感想を述べるわけもなく、少し迷った末に「紅茶」と返す。雲雀は目の前にある小型の電気ポットにコンセントを繋ぎ、綱吉には瞳の動きで座るよう促した。逆らう理由もないので、綱吉は大人しく右側のソファ、いつも自分が腰を落ち着けている場所に回りこんだ。
 柔らかなクッションを背中と太ももに感じ、身体がゆっくり沈んでいく。広い空間に学内で恐れられている雲雀とふたりきり、この状況に慣れつつある自分を静かに受け止め綱吉は苦笑した。
 なんだかなあ、と思う。
 群れるのを嫌い、孤高を好むくせに、妙に自分には構いたがる。それを気に入られている、と許容している自分もまた奇特な人間なのだろうか。分からない。けれど人から気に入られるのは、決して悪い気分ではない。
 そうこう考えているうちに、雲雀が後ろから戻ってきた。
 そのまま前に座るのかと思いきや、手前で一旦足を休めて腕を伸ばす。何だろうかと構える綱吉の手前、雲雀によってテーブルに積み上げあれたもの。
 テレビのコマーシャルなんかで期間限定を謳い、女性から絶大な人気を誇るスナック菓子の箱。
 綱吉が生まれる前から社会的地位を手に入れていたらしい、年代を問わず愛され続けているポテトチップスの袋。
 これまた定番のビターチョコレートの薄い箱に、これだけが開封済みのイチゴ風味のチョコレート菓子。
「……なんですか、これ」
 ほうじ茶以上に雲雀恭弥という男には似つかわしくないものの登場に、綱吉は目を丸くする。心持ち問いかける声がかすれていた。
「お菓子」
「それは、見れば分かります」
 淡白に返された単語をぴしゃりと言い返し、これらがどうして此処にあるのかの説明を求めて顔を上げる。雲雀は視線を受け流し、ゆっくりとした足取りでまた綱吉の後ろへと戻っていった。
 陶器が硬い板に角をぶつける音が小さく響く。
「持ち物検査で没収したんだけど」
「……ああ」
 なるほど、と思わず納得してしまった。同時に、保健室での泣き声も思い出す。まさかな、と背中に冷たい汗が伝った。雲雀は、例え相手が女子供であろうとも容赦しない性格をしているから。
「風紀委員内じゃ誰も食べないしね」
 言いながら戻ってきた雲雀の手には、一対の白いティーカップ。片方に注がれた湯気立つ液体の色は薄く、もう片方は濃い。更に薄い色をしている方には白い紐が伸びていて、底の部分にティーバッグが沈んでいた。スプーンは添えられていたものの、砂糖とミルクは無い。
 彼は紅茶を綱吉の前に、コーヒーのカップは自分が座る席の側に置いた。どっしりと腰をソファに沈め、まだ熱いだろうそれを涼しい顔をしてひとくち啜る。
「あの、ヒバリさん」
 この部屋で飲み物を供されたのは初めてだった。無論、食べ物も。いや、それ以前に生徒からの没収品を同じく生徒である綱吉の前に転がす事自体どこかおかしくはないか。
 だがこのままティーバッグを沈めておくとどんどん味が濃く、苦くなるばかりと分かっているから、綱吉は先にそれの汁気を絞ってソーサラーに預けた。せめて砂糖くらいは欲しいのだが、言い出せる状況でもない。恐縮した姿勢のまま、綱吉は目の前で寛いでいる男を見る。
 目が合った。薄く濡れた唇が歪められる。
「なに?」
「いえ、これ……つまり、俺にどうしろと」
 食べろ、という事だというのはいくら鈍い綱吉でも理解出来る。だが状況がまだ把握出来ない。誰かから没収されたものを今ここで、自分が口にするというのも気が引ける。
 そもそも、何故自分に?
「捨てるよりは良いかと、思ったんだけど」
 雲雀はといえば綱吉の問いかけが逆に不思議だったようで、問い返されてしまう。言葉につまり、綱吉は背中からソファに沈み込んだ。
「君が食べないなら、捨てるよ」
 それを言われると、勿体無く思えるから我ながら殺生だ。誰から没収したのかを聞きだして、持ち主にこっそり返してあげれば自分はヒーローになれるのではないか、とも考えた。けれどこれらが没収される前の持ち主を雲雀が知っているとも限らないし、まだ授業中であるこの時間帯、お菓子を抱えて教室に戻ることを雲雀が許容してくれるとは思えない。
 食べるか、否か。
 改めて目の前に並べられている菓子類を眺める。コマーシャルを見て「美味しそうだな」と思っていたものが含まれていて、誘惑に駆られる。綱吉は生唾代わりに紅茶が温くなる前に湯気を吹いてひとくち含むと、遠慮がちに手を伸ばした。
 これを買った人、ゴメンナサイ。でも自分にはどうしても我慢が出来……いやいや、食べ物を粗末にすることが出来ませんでした。
 顔も知らない相手にひたすら謝罪しつつ、封を開けて中に小分けにして入れられている袋を抜き出す。ぎざぎざにカットされた上部に指を沿え、上下に引いて端を破り取る。そしてたった三本しか小袋に入っていないスティック状の菓子を抓んで引っ張り出す。
 クッキー生地の中心にチョコレートをコーティングしているそれは、年を追うごとに厚みが増している気がする。確かにこれも美味しいのだけれど、自分はやっぱりシンプルな味の方がいいな、と自分で選んだくせに文句を思い浮かべながら綱吉は先端を口に含んだ。弱い力で、梃子の原理で菓子は簡単に真ん中近くでふたつに折れた。
 紅茶に砂糖がない分、こちらの甘みで緩和してみよう。まだ熱い紅茶と交互に口に運びながら綱吉は息を吐く。雲雀の視線に気付いて目を向けると、彼は組んでいた脚を交換して綱吉が食べている菓子の外箱を見た。
 派手に飾られた、実物よりずっと艶があり美味しそうに演出された写真。封を開けて中身を取り出すと、買った人の半数が実物との差異に愕然としそうな勢いだ。コマーシャルでもその派手派手しい外見を強調していたけれど、実際不味くはないが、感動する味でもない。
 ただ開封してしまった手前、小袋の中身くらいは全部食べないと居心地が悪い。
「ところで、ヒバリさん。俺ひとりでこの量全部は、幾らなんでも無理ですよ?」
 ポテトチップス一袋、今食べているものと同じ系統のものがもうひと箱、板チョコ系が二種類。どれもほぼ手付かずの状態。明らかに、ひとりで消化しきれる量を超えている。
 確かに綱吉はこういうスナック菓子系統は好きだ。好きだが、限度がある。友人とわいわい雑談をしながら食べるには十分な量だけれど、雲雀はさっきから一切菓子に手を伸ばそうとしない。
 あまり甘いものが好きでないのだろう。
「そう?」
「ヒバリさんは普段食べないだろうから知らないかもしれませんけど……多いですって」
 綱吉は半分まで齧ったポッキーを手に揺らし、渋い顔を作る。この人は本気で、この量をひとりで食べきらせるつもりだったのだろうか。彼は涼しい顔のままコーヒーを飲み、ふむ、と頷く。
「そもそも、なんで俺なんですか。校内放送で呼び出されたから、何かと思いましたよ」
 風紀委員は食べないと言っていたが、家に持って帰るなりなんなりすれば済むだけではないか。それとも彼の家の人は、彼同様スナック菓子に興味がないのか。
 相変わらず渋い表情のままの綱吉の台詞に、雲雀はカップを置いて小首を傾げた。眉間に皺が寄っている。
「……さあ」
 曰く、こういうものを食べそうな相手、と考えて真っ先に思い浮かんだのが綱吉なのだと言う。言われた当人にしてみれば、なんだそれは、と言いたくなる返事だ。
 そんなことで思い出されたくはないのだけれど、と憎まれ口を叩きつつ綱吉は残っていたポッキーを口に入れて噛み砕いた。だが、結局なんだかんだ言いつつ、二本目に手を伸ばしている自分も同罪か。美味しく頂いています、ともう一度頭を下げて袋から抜き取る。
 僅かに鼻腔を擽る甘い匂い。消費者としてメーカーに踊らされていると知りつつ、新味が発売されると買わずに居られない自分が情けない。少しは、こういった甘いものを前にちっとも動じない雲雀を見習った方が良いかもしれない。
 しかし、本当に、食べたことがないのだろうか?
「ヒバリさんも、食べませんか」
 試しに話を振ってみる。綱吉は取ったばかりのポッキーを手に、先端を揺らしながら言った。ちらりと視線だけを持ち上げた彼は、さしたる興味も示さぬまま、ああ、と頷いて返す。
「いいよ、僕は」
 さっさと食べてしまいな、と言葉を続けられ取り付く島もない。なかなかの強敵だ。だがこれで挫ける綱吉ではない。尚もしつこく食い下がり、美味しいですよ、と水を向けてみる。
 ほら、と手にした分を、腕を伸ばし彼の鼻先寸前までつきつけても、彼の不機嫌そうな、そうでないような表情は変わらない。もうちょっと表情に幅があればいいのにな、と眺めていて思う。折角綺麗な顔をしているのに、勿体無い。
「僕は要らないって、言ってるだろう」
「でも、ひとりで食べるのって、なんだかつまんないんですよ」
 どうせ食べるのなら、誰かとわいわい談笑しながらがいい。食事の時も、おやつのときも。ひとりぼっちでテーブルについてご飯を食べるのは、そりゃあ寂しいものだ。
 綱吉はまだ中学に入学したての頃、友人も出来ずにひとりで昼休みを過ごしていた頃を思い出す。家では母親とふたりきりで、会話も少なくとても静かだった。
 少ししんみりした顔になっていたのだろう、雲雀が頬杖をついて綱吉に見入る。ふうん、という相槌に我に返り、綱吉は照れ臭さに頭を掻いた。彼にこんなことを言っても仕方ないのに、何をやっているのだろう、と。
 今は今で、居候が増えて毎日が非常に騒がしい。友人も増え、ひとりきりで居られる時間の方が少なくなってしまったほど。この環境に不満は無いが、だからこそ時々胸を去来するひとりきりの自分に、切なさが募る。
 もし当時の自分に手紙が出せるなら、親友も仲間も大勢出来るから元気を出せと伝えてあげたい。
「だから、ヒバリさんも。チョコレート、ビター味だったら少しくらいは平気でしょう?」
 ほら、と綱吉はテーブルに並ぶ薄い箱を指差す。雲雀は促されてそちらに目を向けるが、矢張り反応は芳しくない。愛想のない表情に、そろそろ機嫌を悪くして爆発する境界線に近いだろうかと彼の許容量を測りつつ、綱吉は右手のポッキーを揺らした。
 食べようと、手首を返す。雲雀が動いた。綱吉が大きい目を丸くする。
「そこまで君が言うなら、いただくよ」
 やった、と心の中でガッツポーズをするのは、正直、早過ぎた。
 彼の腕が緩やかに伸び、綱吉の右手首を握る。胸元に引き戻そうとしていた綱吉は動きを封じられ、反射的にそちらに目線を落とした。雲雀が腰をソファから浮かせる、羽織っている学生服の袖がテーブルの端を擦ってポテトチップスの袋を撫でた。
「ヒバリさ……ん……?」
 引き寄せられる。黒真珠の如き瞳が眼前に迫る。呆気に取られ、身動き出来ない。しまりのない表情で、閉じきらない唇から吐息が零れる。吸い込まれる。
 触れる、柔らかなもの。
 驚愕に見開いたままの瞳が、間近に雲雀の端正な顔を映し出す。距離にして五センチもない向こう側に、彼が居る。
 笑う気配。伸ばされた舌が綱吉の唇を舐めて隙間から内側に潜り込む。本能的に閉じようとした歯が柔らかい感触のものを噛んで、雲雀が肩を揺らした。それに驚いて顎の力が抜ける。
 クッキー生地の欠片でざらついた舌の表面を撫でられる。反射的に綱吉は目を閉じて肩を強ばらせた。腰が引けて身体を後ろに逃がしたいのに、右手を掴む雲雀はそれを許してくれない。逆に彼の右腕が腰に回され、余計に動きを封じ込められる。
 呼吸が出来なくて、苦しい。
 何がどうなってこうなっているのか、分からない。
 ただ、雲雀から与えられる熱が甘く綱吉を溶かしていく。
 壊れる、壊される。そう思った直後。
「ん……」
 綱吉を甘く噛んだ唇が離れていく。
「はっ、ぁ……んっ」
 最後まで綱吉の舌に絡み付いていた雲雀のそれが、引き離される瞬間に先端を擽って去っていく。更に完全に離れる直前、口の端についていた食べ滓を舐めて取っていった。
 身体を引いた雲雀が、濡れて妖しく光る唇を親指の腹で拭った。やっとのことで新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ綱吉は、涙目になりつつ片手をテーブルについて身体を支えながら反対の手の甲で口元を覆い隠す。鏡を見なくても、自分の顔が真っ赤に染まっているのが分かった。
「ヒバリさん、今、なに……」
「食べて欲しかったんだろう?」
 意地悪く目を細め、そう言い返す目の前の男に、呆然として。
 そんな意味で言ったんじゃない。言い返したかったのに声が出なくて、綱吉は赤くなったままソファに身体を沈めた。反動で持ち上がった右手にまだポッキーを持ったままだというのを思い出し、もそもそと口に含む。
 穏やかな午後、甘い筈の御菓子。
 だのにどうしてだか、ちっとも味が分からなかった。