蛍火

 暗闇の中、薄ぼんやりとした光を放ちながら飛ぶその頼りなさに、胸が疼いた。
 目の前に立ち、闇に光の線を描く虫たちを見上げている背中をそっと窺い見る。僅かに上気した頬がその興奮具合を如実に伝えている。彼の住む場所ではこんなにたくさんの蛍は飛ばないから、もしかしたら生まれて初めて見る光景なのかもしれなかった。
 蛍など珍しくないと言ったら驚かれて、田舎に行けば普通に飛んでいると教えてやると彼は心底驚いていた。イタリアにだって蛍はいるのだと、妙に感心されてしまって、逆にこちらが面食らう。
「なんだか、親近感が沸くね」
 だけれどそう言われて、少し、嬉しくなった。

 
 夏休み、皆でどこか遊びに行こうかと計画を立てるべく集まっていた中に強引に割り込んだハルが、自分の親戚が住んでいる田舎に遊びに行かないかと言い出したのは数日前。聞けばそう遠くなく、ハルの父親が車を出してくれるという。ただ日帰りでは難しいので幼稚園児以下はお断り、中学生以上だけでの小旅行は実に呆気なく決定した。
 人の荷物を放り出して鞄に潜り込み、一緒に行くと最後まで粘ったランボを奈々に押し付け、一泊分の着替えなどを手に車に揺られること数時間。まだ本格的な帰省ラッシュも始まっておらず、道も空いていたので予定より早く到着した先は本当に、田舎という表現がぴったりと当てはまった。
 実家というものを持たず、小学校時代も同級生が「田舎に帰るんだ」と言うのを羨ましく聞いていた綱吉は素直に感激し、車を降りた先で呆然としていたものだから、獄寺や山本は蒸し暑い車内で数分間ほど待たされてしまった。気付いた綱吉が慌てて飛びのき、山本が彼をからかって獄寺が怒る。先に外へ出ていたハルと京子が楽しげに笑って、今晩の宿を紹介してくれた。
 綱吉は茅葺屋根の家を想像していたが、実際は瓦葺の平屋建て。流石に茅葺は無いですよ、とハルに言われて照れくさそうに綱吉は笑った。出迎えてくれたハルの親戚は綱吉たちの祖父母の年代で、子供たちも皆独立し今はふたりだけで生活しているという。一気に子供が五人も押しかけるのは迷惑ではないかと心配されたが、むしろ逆で、にぎやかになるのは嬉しいと両手を挙げて歓迎してくれた。
 ハルに似て人懐こく、大らかな人たちで、最初は緊張していた綱吉たちも一時間としない間にすっかり打ち解けた。ただひとり、獄寺だけがやや距離を取っていた。
 元々育った環境からして家族と仲良く過ごす、という精神に欠けている彼だから、戸惑いがあるのかもしれなかった。こうやって初めて会う人たちの家に泊めてもらうというのは、ホテルに泊まるのとは大きく違う。そこには他人がこの場所で日々生活しているという、特有の匂いが立ち込めている。おじいさん、おばあさんは自分の家だと思って、と言ってくれているが、実際そこまで馴れ馴れしくはなれない。
 日の高い時間帯に到着した五人に、彼らは豪華な昼食を用意して待っていてくれた。素麺に散らし寿司、地元で採れた野菜を使った天麩羅など等。とても食べきれない量だと思われたが、成長期の男子三人の敵ではなかった。
 食後の休憩を挟んで荷物を整理し、一軒家の周囲を歩いて回る。畑と田んぼに囲まれて、隣の家までは数百メートルの距離。蝉の鳴き声が遠く、近く響き、鳥の鳴き声と共に巨木の枝が揺れる。用水路を走る水も綺麗で、冷たそうだと足を踏み入れた綱吉は悪戯好きの山本に背中を突き飛ばされて、そのまま水に落下した。深い場所ではないので危険ではなかったが、着ていたハーフパンツからシャツまでずぶ濡れになり、今度は獄寺に突き飛ばされた山本が水飛沫をあげる。そこへ更に下から足を引っ張られた獄寺が髪の毛まで水に浸り、離れた場所で見学のハルと京子が実に楽しげに笑い声を上げ、近くを通りかかっていた村の人にまで笑われた。
 遊びに来ているのだと説明すると、土産だと言って大きな西瓜をひと玉貰ってしまったりもした。若い子が集団で歩いているのが珍しいのか、わざわざ家から出て話しかけてくるお年寄りもいた。何故か一番山本に人気が集中していた。綱吉もかわいがられた。獄寺だけが、やはり少し離れた場所で遠くを見ていた。
 大量の野菜や果物を手土産にハルの親戚の家に戻ると、今度はバーベキューの準備が出来ていた。近所の人も集まってきて、いつの間にか宴会になっていた。
 このままこの村の子供になっちゃいなさい。そう言われて綱吉は丁寧にお断りした。京子が「うちの息子の嫁に」と言われて、言った人が「それは犯罪だから」と突っ込まれていた。ハルが試しにとビールを飲んで、一口で酔っ払った。暑いとわめいて服を脱ごうとするから、綱吉は止めるのに大変だった。その横で、当たり前のように酒を飲みながら語らい合っている山本は、将来大物になると予想された。
 獄寺は、ひとり離れた場所に座って外を見ていた。
 どんちゃん騒ぎがひと段落着いて片付けも終わり、周囲が闇に包まれた頃、風呂から上がって、家中を探したけれどどこにも獄寺は居なかった。外にいるのだろうかと縁側から庭を覗き込んでみたが、それらしき人影を見つけ出す前に、先に風呂を終えていた女子二名とおばあさんに捕まってしまい、綱吉は広い座敷に連れ込まれる。
 十数分後、同じく風呂後に拉致された山本とお互いの格好を見てひとしきり笑ってから、綱吉は姿をまったく見かけない獄寺を探しに出た。聞けば夕食が済んでから誰も見かけていないという。
 どこかに出かけたとしても、初めて来た村、訪ねる人など居ない。街灯も無いので外は真っ暗闇、コンビニエンスストアなんていうものだって当然存在していない。不用意に出歩くのは危険だと、おばあさんも心配を隠せない。
 探しに行こうかという話も出たが、勢い的に村中の人が集まって山狩りになりそうな雰囲気がしたので、綱吉はこちらも丁重にお断りした。獄寺だってもう小さな子供ではない、危険な場所を嗅ぎ取る嗅覚だって人より優れている。綱吉に黙ってそう遠くへ行ったりはしていないはずだ。
 それに、と綱吉は思う。
 濃い茶色の下駄を貸してもらい、縁台から土の庭に下りる。家の明かりが漏れているので、庭先はまだ視界が開けているけれど、垣根の辺りからはもう真っ暗で何も見えない。空を見上げると星月が輝いている。町で見えるよりもずっと数も多く、光も強い。
 矢張り自分の住んでいる町の空気も汚れているのだな、と初めて見た天の川に感動しながら綱吉は庭先を少し歩いた。慣れない下駄の歯が凹凸の多い地面に時々引っかかる。それでも親指と人差し指との力を入れ、下駄がすっぽ抜けていかないよう気をつけながら進んでいるうちに、少しはコツがつかめてきた。
 ちょうど垣根の切れ目、位置的には家の裏手に出たところ。胸の高さまでしかない木製の扉があって、閂が外されていた。誰かが押して開いた後が窺え、綱吉は立ち止まって暫く考え込む。
 家の中に獄寺はおらず、半周した庭にも誰も居なかった。そして半端に開いている門。もしかしたら昼か、夕食の時にご近所さんが出て行ってそのままなのかもしれないが、心に引っかかりを覚えた綱吉は迷わず扉を押した。抵抗をせずにすんなり出来上がった隙間から外に出る。
 月明かりで足元は辛うじて見えるけれど、十メートル先は闇。自宅ではまず考えられない環境に、車が飛び出してきたらどうしようと背筋が震えた。考えてみればそこは細いあぜ道で、車が通り過ぎられる幅も無いのだけれど。
 庭よりも多少歩きやすくなっている道を、足を踏み外さないようにゆっくりと歩く。住居の明かりが背後に小さくなり、道の両側に広がる景色は緑濃い稲穂の海。秋になれば一面が黄金色に輝くのだろうなと視界を揺らしながら進んでいると、前方に小さな灯りが見えた。虫の鳴き声に混じり、水の音が僅かにする。
「あれ?」
 小首を傾げたのはその灯りに揺れるものが見えたからで、まさか幽霊では、と反射的に足を止めたが、どうも様子が違うようだ。再度首を傾け、綱吉は闇に目を凝らす。土と緑に覆われている村でそこだけが異質に思える、地下水を汲み上げる機械を収めた、コンクリートに覆われた小規模な施設がそこにはあった。
 昼間、綱吉たちが遊んだ用水路の出発点。そこだけは夜でも小さな照明が灯り、休まず水を汲み出して水路を潤している。その向こう側は深い森と山で、綱吉が見た影はその四角いコンクリートに腰を下ろしていた。
「獄寺君」
 他に思い当たる人物はいない。綱吉は声をあげ、段差の上にいる人影の方へ歩き出した。ぼんやりとしていた獄寺が、数秒後、足元を登ってくる綱吉に気付き慌てて手を伸ばす。
「ありがとう」
 慣れない格好で苦戦していた綱吉が、獄寺の横に引っ張りあげられる。そのまま彼の脇へ座り込み、裾を叩いて乱れていた部分を整えていると、獄寺の唖然とした顔が視界に収まった。咥えていた煙草が落ちそうになっている。
「十代目、その格好」
「ああ、似合う?」
 指差して聞かれ、綱吉は照れくさそうに笑いながら両袖の端を抓んで手を広げた。紺色の縞しじま、それよりも深みのある紺の帯。素足に下駄で、鼻緒が当たる親指の付け根周辺が少し赤くなっている。
 初めて見る綱吉の浴衣姿に、獄寺は目を瞬かせた。
「どうしたんですか?」
 似合うかと聞かれているのに、答えられない。思わず聞き返してしまい、綱吉は軽く笑いながら両手を膝に乗せた。右足を真っ直ぐに伸ばして宙を蹴る。
「お風呂上りに捕まっちゃって。獄寺君の分もあったよ。山本なんか、丈が短すぎておっかしいの」
 あのお爺さん、お婆さんの子供や孫が着ていたものだそうだ。今回皆が遊びに来ると聞いて、長くしまい込んでいたものを引っ張り出してきてくれたらしい。数年来袖を通されていなかった浴衣だが、虫食いも無く綺麗そのもの。綱吉は少し丈が長く、腰のところで大目に布を取って折ってある。逆に山本は背が高すぎて、一番大きな浴衣でも膝下サイズ。お古だから致し方ない。
 女性陣も揃って浴衣に袖を通し、みんなで花火をしようと盛り上がっていた。早めに戻らないと、冷やしてある西瓜も食べ損ねてしまう。
「浴衣、ですか……」
 しかし獄寺は少し意外そうにしながらも、困った風に眉根を寄せただけで反応は芳しくない。おや? と綱吉が瞳を細めると、彼は曖昧に笑って視線を遠くへ飛ばした。薄明かりに照らし出される彼の横顔が、どこか悲しげに見えるのは綱吉の気のせいであろうか。
「獄寺君?」
 声を沈め、綱吉は彼との距離を詰める。右手を伸ばし、冷たいコンクリートの上に置き去りにされた獄寺の左手をそっと握った。
 瞬間、びくりと彼が震える。だが恐々と視線を泳がせて綱吉の瞳を見た彼は、逃げ出さずに浅く唇を噛んだ。
「なんていうか、俺、その……こういうのは、苦手で」
「うん、そうみたいだね」
 昼間の、ちょっと距離を置く姿勢を見ていればそれはすぐに分かった。そうして思い出す、彼は元々一匹狼の性質が強かったことを。
 今でこそ綱吉を中心に大勢の人間と共に行動をしているが、日本に来る前の彼に同年代の友人と呼べる存在はいたのだろうか。初めて出会った時の鋭い視線を思い出し、綱吉は肩をすくめて苦笑した。
「その、皆は気を悪くしていませんでしたか」
 鼻の頭を掻き、煙草を咥え直した獄寺が小さく問う。悪戯をして、叱られるのが怖くて逃げ出した子供が、けれど悪戯をした後がどうなったのか気になって、近づきたいけれど、近づけない。そんな状態を想像させて、綱吉はなんだか微笑ましい気持ちになる。
「大丈夫だよ。それより、獄寺君がどこにも居ないから、みんなで心配してた」
「……すみません」
 だからこそ綱吉が探しに出てきたわけであり、恐縮しながら獄寺は頭を下げた。しおらしく謝る彼にもう一度、大丈夫だと綱吉は告げる。
 詳しくは聞いていないけれど、獄寺の生い立ちは少々複雑だというのは綱吉も理解している。彼の腹違いの姉であるビアンキとは仲がとてもよいとまでは言わないものの、一応家族らしい関係はある。ただそれ以外で家族揃って団欒していたという姿は想像し難い。祖父母の類と田舎でのんびり、というのも似合わない。
 どう接して良いのか分からないのだろう。今までに無かった環境、状況。この場所は都会の喧騒とは程遠く、あまりにも静かで平和だった。
 だからこそ余計に、雑多な空気に馴染んで横を歩く人にさえ警戒を抱いてしまう獄寺にとって、穏やかで人を疑うことを知らない人が集うこの村は、異世界そのもの。綱吉たちはすっかり和んでしまっていたけれど、彼には戸惑いの方が大きかったのだろう。
 そして獄寺はそのことをきちんと理解していて、自分の素っ気無さで親切にしてくれている人たちが悲しんでいないかを気にしている。気付けているのなら、次はきっと大丈夫。悲しげに見えたのは落ち込んでいるからだろうと綱吉は勝手に結論付けて、左手を伸ばし右側に座っている獄寺の頭を撫でた。
 驚いた顔をする彼の口から、灰の長くなった煙草がポロリと落ちる。
「あっ」
 ふたりの声がほぼ同時に、重なり合って闇に消えた。まだ火が燻っていた煙草も同じく、青草の間へと吸い込まれていく。慌てて用水路の蓋から飛び降りた獄寺が、周囲に火が燃え広がる前に煙草を探そうと膝を折った。綱吉も続こうとしたが、下駄のままだと思い出し一瞬躊躇する。
 程なくして獄寺が立ち上がり、ホッとした顔で火の消えた短い煙草を綱吉に示した。火勢を失っていたそれは落下と同時に火も消えていたらしい。延焼の様子は見られなかったが、念の為と獄寺は周囲を靴で踏み均す。煙草は、胸ポケットの携帯灰皿へ。
「びっくりした」
「それは、こっちの台詞です」
 胸を撫で下ろす綱吉を見上げ、獄寺は下りられずにもぞもぞしていた綱吉に手を差し出した。しかし綱吉の手は獄寺の手をすり抜け、彼の頭へ再び降りていく。よしよし、とランボをあやす時のように、優しい動きで撫でてやる。
 獄寺が複雑そうな顔をした。
「あの、十代目?」
「んー?」
 頬杖を着いて目尻を下げ、楽しそうに笑みを浮かべている彼に文句も言えず、獄寺は押し黙って大人しく撫でられることにした。綱吉の側から積極的に触れてくる機会もなかなかないので、折角甘えさせてくれているのだからとことん甘えてみようか。などと不埒な考えを察したのか、綱吉はフッと手を離すと身体を捻りながら用水路から自分の力だけで降りてしまった。
 着地は若干失敗して、尻餅をついていたけれど。
「何をやっているんですか」
 呆れながらまた手を差し出すと、今度こそ掴んで返したので綱吉を引っ張り起こす。拍子で躓いた綱吉が倒れてきたので、身体全体で受け止めると微かに石鹸の匂いがした。首筋を撫でた綱吉の髪の毛も、大分乾いているけれど、根元の方はまだ僅かに湿っている。
 それを証拠に、綱吉が獄寺の腕の中で小さくくしゃみをした。
「戻りましょうか」
 夏場とはいえ、夜間は冷える。皆も心配しているだろうし、長居は無用だろうと綱吉の背中を撫でるが、返事がない。怪訝に思って視線を落とすと、彼はあらぬ方向に瞳を走らせていた。瞬きするのも忘れて見入っているので、なんだろうと獄寺もそちらを向く。腕の力を抜くと、綱吉の身体はするりと抜け出ていった。
 空っぽになった胸元と遠ざかる体温に、獄寺は言い表せぬ寂しさを覚える。綱吉がふらふらと数歩踏み出した先で、淡い光が複数個舞い散っていた。
 瞳を細めた獄寺が、乱舞する光に過去の記憶を呼び覚ます。葡萄畑の迷路から見上げた幼い日。月が妙に大きかった。
「lucciola……」
 無意識に紡いだ単語に、振り返った綱吉と目が合って獄寺がハッと我に返った。しまった、とでも言いたげな顔をして片手で口元を覆い隠す。うまく聞き取れなかった綱吉が、首を傾げた。
「ルッチョ……何?」
 純朴な目で問いかけると、立てた人差し指で頭を掻いた獄寺が視線を流し、闇の中で光の線を描いて飛ぶ蛍の群れを示す。続けて綱吉も、身体が向いている方角へ頭の向きを戻し、前後に並んだ彼らは同じものを眺めた。
 水辺を飛び交う、蛍。
「珍しいですか?」
「うん、生で見るのは初めてかも」
 獄寺君はそうじゃないの? と顔も見ずに問いかけられ、小さく肩を竦め獄寺は首を振った。
「イタリアじゃ、珍しいものでもないですし」
「え、イタリアにも蛍っているの?」
 今度こそ振り返って驚きを露にした綱吉に、獄寺の方が面食らって目を大きく見開いた。
「ええ、lucciolaって言って……あんまり良い意味でもなかったりしますが」
 後半はぼそぼそと、綱吉になるべく聞こえないように言って獄寺は足元を見た。なんだかその単語を口にすると、やましい気持ちになるから困る。しかし綱吉は気付かず、ふーん、と相槌を打ってまた前を向いた。
 やや興奮気味に、蛍の光を見つめている。上気した頬がほんのりと赤く染まり、目を輝かせて光の行方を追いかけている。
 薄ぼんやりとした蛍の光はどこか儚げで、闇の中に浮き上がる綱吉の背中と一緒に眺めていると、彼までもが儚い夢の中へ消えていってしまいそうな気がして、獄寺は胸が疼いた。今のうちに捕まえておかなければ、彼は明日にも息絶えてしまうかもしれない。そんな焦燥感に、獄寺はハッとなる。
 改めて綱吉を見つめ直すと、彼はちゃんと両足があって地面に立っている。朧げに消えてしまいそうな様子も無い。ただうっとりと夢見た様子で蛍を眺めている。
「十代目」
「そっか。イタリアにも蛍っているんだ」
 腰の辺りで手を結んで、リズムよく前後に動かしながら綱吉が笑う。
 笑って、獄寺を振り返る。
「なんだか、親近感が沸くね」
 とても遠い国だと思っていたけれど、実はそれほど、この国と違いはないのかもしれない。
 一瞬間の抜けた顔をしてしまった獄寺だったけれど、綱吉の言わんとしている意味を噛み砕き、胸の奥にそっとしまいこむ。蛍の光のような、暖かさがそこに宿る。
「そうですね」
 はにかんだ笑みを浮かべ、獄寺もまた前に出た。綱吉の隣に並ぶ。いつもと違う石鹸の匂いがふわりと浮かび上がりってくる。傍らから見下ろすと、綱吉もまた顔を上げて目が合った。
 互いになんだか照れ臭くて、また笑った。
「綺麗ですね」
「うん。綺麗だね」
 脇に垂らした腕、空を掻く指の背が綱吉のそれに触れた。そろりと動かして彼の指を取ると、自然と指同士が絡み合って繋がりが生まれる。
 仄かに、暖かく。
 淡い光がふたりを包み込む。
「今度は、イタリアの蛍を見にいきましょう」
「うん」
 楽しみにしてる。
 綱吉の声は闇に溶け、静かに消えた。