Silhouette

           ゆうやけこやけで ひがくれて

 どこかから歌が聞こえてきた。

           やまのおてらのかねがなる

 近いようで、遠い。遠いようで、近いような、そんな曖昧な距離で、子供達が歌っている。
 何人かが、きっと手を繋ぎあっているのだろう。帰り道か、小学生くらいだろうか。

           おててつないでみなかえろ

 夕闇がそこに迫っていた。正確な時間はわからないが、もうすぐ日も暮れて、夜になる。早く帰るんだよ、そう心に呟いて、足元をふっと見下ろした。

 そこにのびる、長い影。
 顔を上げ、振り返った先には住宅の屋根を染めつくす真っ赤な夕日。
 右手に持った買い物袋が少しだけ、軽くなったような錯覚。自分も早く帰らなければと思うのに、もっと眺めていたいと思ってしまう。
 いつだったかに言われたことばが自然と胸の中によみがえった。

           『君の瞳は、夕焼けの色ダネ』

 赤ん坊を怖がらせてしまうような強い赤の瞳が、それまで嫌いだった。けれど初めてそんな風に表現されて、重そうな前髪で隠しているのは勿体無いと言われてからは、以前ほどこの色を嫌いだと思わなくなった。
 やはり勇気がなくて、常に素顔をさらけ出せずにはいるけれど、彼の――彼らの前でなら、平気なくらいになってきた。
 いつか、夕焼け色だと言われたこの両目を、もっと好きになれるだろうか。

           『なんで、隠してるノ?』

 初対面で、不躾に近づいてきて手を伸ばして。下から覗き込みそれで見えなかったからか、濃緑の前髪を断りも無く持ち上げて間近から見つめてきた。
 彼の瞳もまた、自分とは少し色合いの異なるものの、赤。
 それまで殆ど正面から誰かと向き合うことも無かったため、かなり驚いてしまい、情けなくも後ろ向きに倒れてしまったのを昨日のように覚えている。その時庇って胸に抱きこんだ彼の身体が、見た目以上に細く華奢だったのに、更に驚いたことも。
 突然天地の向きが変わった為に彼もびっくりした様子だったが、間もおかずケタケタと楽しそうに笑い出したのが印象的だった。確かに彼の身体は成人男性なのだからかなり重かった筈なのに、中にぎっしり食材が詰め込まれている、この買い物袋みたいに、あまりそうだとは思わなかった。
 気持ちが楽に、心が軽くなった為だろうと今なら考えられる。
 あの瞬間、彼はたったひとことで長年自分が縛られてきたものを取り払ってしまったのだ。
 地面に落ちた自分の影を踏む。さっきよりもまた長く伸びたそれを追いかけながら、住むべき場所へ向かい、ゆっくりと歩を進める。
 この道の先には、自分の帰りを空腹抱えて待っている人がいる。早く戻ってやらなければ、玄関を抜けた瞬間ブーイングの嵐に遭遇しかねない。
 
              ゆうやけこやけでひがくれて

 無意識にリズムを口ずさみ、歌っている自分に気づくが構わない。

              やまのおてらのかねがなる

 もう聞こえない子供達の声は、明日も元気に空の下に響くだろう。

              おててつないでみなかえろ

 早く、帰ろう。日が暮れるより早く、待つ人がいる場所へ。
 そこで自分に微笑みかけてくれる、あの笑顔に今すぐ会いたいから。