火輪

 頭の上で星が回っている気がする。目を開けているのも辛くて、時折吹く風が体温を浚っていってくれるのだけが救いだった。
 凭れ掛かっている校庭の木は枝ぶりも見事で、いっぱいに茂った葉の隙間から落ちてくる日差しは少しだけ柔らかい。薄目を開けると、目を閉じていた時の薄暗さと相反する眩しさに眩暈が再び襲ってきて、恐々と息を吸い自分を落ちつけさせる必要があった。
「沢田、どんな具合だ?」
 僅かに残っている力を左腕に集め、それを柱にして身体を起こす。未だ立ち上がるのは難しそうだったが、思ったよりも平衡感覚は戻っており、全身を覆う気だるさは相変わらずだけれどなんとか、座りなおす事は出来た。
 その様子を見て、ゆっくりと体育教師が近づいてくる。
 半袖のシャツから伸びる腕は筋骨隆々と言い表すには若干貧弱であるが、大人への階段を登り始めたばかりの綱吉からしてみれば十分立派な体格の男性教員に声を掛けられ、綱吉は薄目を開けてそちらを見る。
 まだ授業中の為に、教員の向こう側には動きを止めてこちらを見守っている生徒が何人かいる。皆揃いの体操服を着て、綱吉に興味が無い生徒はサッカーボールを追いかけて走り回っていた。綱吉を心配そうに見ている獄寺や、山本の姿も見える。
「……すみません、なんとか」
 大丈夫です、とまでは言えなかった。立ち上がろうとしたものの足がふらつき、危うく前転するところだった綱吉の頭を片手で止めた教師を上目遣いに見上げ、綱吉は自分の体調がまだ不完全だと思い知る。
 心休まる日が少なかったのもあるし、無理に身体を動かして使い慣れない筋肉を行使した影響もあるだろう。日々確実に体調は本来のものに戻りつつあるけれど、完全とまではいかず、ついに今日は体育の授業中に倒れてしまった。情けないと、思う。
 もうちょっと体力に自信があったならば良かったのにと、か細く頼りない己の腕を見つめて綱吉は溜息をつく。
 こんな腕のどこに、あんな力が宿っていたのだろうかと、今でも不思議に思う。彼を殴り飛ばした瞬間の拳の痛みは今も綱吉の胸に残っていて、燻り続けているのもまた事実だ。
 もっと他に、道があったかもしれない、と。
「無理はするなよ。辛かったら保健室で休んで来い」
 俯いて黙ってしまった綱吉をどう思ったのだろう、教師は肩を軽く二度ほど叩き、授業に戻っていった。首から提げた笛を咥えて大きく音を響かせ、てんでバラバラに動いている生徒を集める。
 まだはっきりとしない意識で、繰り広げられているサッカーの紅白戦を眺めると、時々獄寺がこちらを気にしているのが分かった。あまりにこちらを見すぎて、山本がパスにと蹴ったボールを顔面に受けて怒鳴っている。終始和やかで、穏やかな空気がその場に流れ、これが現実なのだと綱吉に教える。
 平穏な時間が戻ってきたのだ。
 出来ればあんな風に誰かが傷つくのを見るのも、傷つけようとする輩を相手にするのも、あれが最後にしたい。けれどそれを許さない環境が綱吉の周囲にはあって、教師に怒られている獄寺をクラスの男子が一斉に笑っている輪にも、混じれない。
 深く関われば彼らを傷つけてしまうだろう。目の前で仲の良い友や大切な人が傷つくのだとしたら、血の涙を流すのは自分だけで良い。
 などと格好つけたところで、自分だって怖いものは怖いし、極力危険は回避したいのが本音。
 額に手をかざし、頭上から燦々と降り注ぐ陽光を遮る。白っぽい土に覆われたグラウンドは埃っぽくもあり、日差しを反射して眩しかった。
 山本の蹴り上げたボールがゴールポストに当たって跳ね返り、そこへ飛び込んだ獄寺が頭で合わせてゴールを決める。普段は喧嘩(主に獄寺が一方的に絡んでいるだけだが)が多いふたりであるけれど、こういう状況だと息はぴったりで、羨ましい。
 綱吉だとどうしても、天性の不器用さが先立ってミスを連発し、却ってチームに迷惑をかけてしまうだろう。ダメツナと呼ばれる所以でもある。
 今日だってサッカーの授業中に、貧血と熱射病とがあわさった格好で倒れてしまった。獄寺は大騒ぎだし、山本までも狼狽して救急車を呼べ、だの叫んで一時騒然となったけれど、ただの貧血で学校に救急車は恥ずかしすぎる。辛うじて意識はあったから、それだけはやめてくれと懇願して、校庭の隅にある木の根元、今現在の居場所である日陰へ避難となった。
 休んでいれば気持ちも楽で、最初はぐったり、という表現がお似合いだった綱吉も、今はどうにか身体を起こしていられる。
 ちらちらとこちらを盗み見ている獄寺に肩を竦め、自分がここにいると彼も授業に集中できないだろうかと思い直す。次の授業もこの調子だと、ちゃんと受けられるか怪しいもので、ここはやはり大人しく保健室に行くべきだろう。
 問題は、シャマルはベッドを貸してくれるだろうかで。
 件の人物はそれで良いのかと思うくらいの女好きで、女生徒ならば無条件だろうけれど、男には非常に厳しい。男が貧血で倒れてるんじゃない、などと不条理なコメントを残して保健室から蹴り出される覚悟も必要か。
 ともあれ、行ってみなければ始まらない。
 綱吉は立ち上がると頼りない足取りで、白線の引かれた校庭の一角に立つ教諭の傍まで進む。獄寺の視線も同時に動いたので、彼に気づいた体育教師が振り返り、近づいてくる綱吉に向き直った。
「大丈夫か?」
 他人から見ても危なっかしく思えたのだろう。やや腰を曲げて視線の高さを落とした教諭の顔は心配げで、綱吉は曖昧な笑顔で頷き、それから小さく首を横に振った。
「保健室に、行ってきます」
「そうだな、そうした方が良い」
「十代目、俺もいきます!」
 うんうんと腕組みをしたまま頷く教諭の背後から、勢い良く手を挙げて獄寺が叫ぶ。無駄に元気なのはいつも通りで、彼のその有り余る体力が綱吉には羨ましかった。
 他の生徒も一様に動きを止め、綱吉を見守っている。一斉に注目を受けて、綱吉は乾いた笑みを浮かべるしかない。
「どうする、獄寺についていってもらうか?」
「いえ、大丈夫です。ひとりで行けます」
 ここは普通保険委員がついていくものだろう、と冷ややかに心の中で思いつつも口には出さず、綱吉はやんわりと断って授業を幾度も中断させてしまったことを詫びた。それから次の授業も、恐らくは受けられないだろうからと学級委員に告げて、その場を離れる。
 断ってもついてきそうな獄寺も、静かにひとりでいたいという綱吉の心情を察した山本がどうにか押し留めてくれており、胸をなでおろして綱吉は校舎に向かって歩き出した。
 日差しの下を行くのは厳しいので日陰を選んで進むものだから、校庭を横断する直線コースより少し大回りになり、大分時間がかかってしまう。授業が終わる前にたどり着ければ良いやと、背後からしつこく付きまとう視線を振り切って彼はコンクリートの校舎に入った。
 日中でも影になっている空間は涼しく、綱吉の全身に纏わり着いた汗を適度に奪い去っていってくれる。ホッと息を吐いた綱吉は、額に張り付いていた前髪を梳き上げ、保健室へ通じる廊下をゆっくりとした調子で更に進んだ。
 どこも授業中なので、校舎内は至って静か。まだ日も高く明るいのに、夕方放課後の校舎を歩いている気分になる。
 いつもは誰かと一緒で注意して見るのも稀だった中庭の光景を窓越しに眺めつつ、角を曲がる。開け放たれた窓から、元気いっぱいに輝く太陽の光が綱吉の顔に落ちてきた。
 平時ならば顔を顰め、目を細めるだけでやり過ごせただろう。だが今は体力も弱まり、気分も優れない。角膜を焼く勢いで飛び込んできた光の強さに耐え切れず、膝の力が抜けてその場に崩れてしまう。
 倒れるのだけは、壁に左手を縋らせてどうにか防いだ。しかし膝どころか身体全体に力が入らず、意識も朦朧として今自分がどんな体勢をとっているのかさえ把握できない。吐けたら良いのに胃の内容物を外に押し出す力もなくて、胸の高い位置で気持ちが悪い感覚が絶えず上下している。目の前が暗転しているのに、瞳の奥は光が不機嫌なまでにチカチカと明滅して何も見えない。目は開いているのか、閉じているのか。そこにあるものが見えていても視覚で認識できず、広がる無限の闇に綱吉は息を呑んだ。
 壁に這わせた手の平から伝わる冷たさに、辛うじて自分がまだ現実世界に引き止められているのだと理解する。どこかのクラスで誰かが騒いでいる喧騒が、地平の彼方の出来事のようだ。
 荒く肩を揺さぶって、息を吐き、吸い込む。埃っぽく湿った空気に僅かに咳き込んで、もう一度呼吸を繰り返す。飲み込んだ唾だけでは急激に発生した喉の乾きに対応できず、しかし乾いてしまった咥内で新たな水分を補給するのは至難の業。喘ぐように空気を吸い込んでいると、不意に、最初から暗かった視界が、もう一段階暗くなった。
「……?」
 気配だけを感じ、顔を上げる。しかし暗転したままの視界には人影がぼんやりと浮かび上がるだけで、それが誰であるのかどうかが分からない。
 きっと綱吉は今にも死にそうな顔をしていたのだろう、彼の傍らに現れた人物は膝を折って綱吉の汗ばんだ額に手を添えた。長い指で髪を払いのける。その冷たさが、心地良い。
 思わずほぅ、と息が漏れる。広げられた手の平が左の頬全体を包み込むようにして添えられて、思わずそちらへ首を傾け、甘えるように目を閉じた。
 その冷たい手の持ち主が、猫のような綱吉の様にクスッと笑む。調子に乗った手が悪戯に綱吉の顎を撫で、喉仏の辺りに親指を置く。最初はひんやりとした指の感覚が気持ちよかった綱吉も、急所の一部を無防備に晒すことには強く反応した。
 目を見開く。光と闇が入り混じった視界に、うっすらと浮かぶシルエット。最初は誰かといぶかしんだ綱吉でも、目が馴染むと見覚えのある輪郭にハッと生唾を飲んだ。
「雲雀……さん」
「今日は珍しく大人しいと思っていたけれど、気づいてなかったんだ?」
 どこか人を小馬鹿にしたような口調で、雲雀が再度笑う。彼の左手は依然綱吉の顎と喉元に添えられたままで、もう片手は脇に垂れている。その右腕が持ち上げられてもし両側から綱吉を拘束したならば、抵抗する余力もない今の彼はひとたまりもないだろう。
 否、綱吉がたとえ健康な状態であっても、きっと雲雀に抵抗出来ない。
「体育をずる休みとはね。どこに行くつもりだったの?」
 雲雀の手が動き、首筋を撫でる。綱吉の高めの体温を受けて温まった指の動きに、ぞわりと背中に悪寒が走った。
「離して、くれませんか」
「君こそ逃げたらどうだい?」
 綱吉が脱力してしまっていて、動けないのに気づいているのだろう。完全に廊下にへたり込んでいる彼を前に膝を折っている雲雀は余裕綽々といった風情で、綱吉の睨みもまったく意に介する様子が無い。どこまでも不遜で、尊大で、人を見下して。
 それでも目が離せず、這い蹲れば距離くらいなら置けるし首を振れば手を払いのけられるだろうに、そうしない。それが綱吉には出来ない。
 何故だろう、といつも思ってしまう。この目の前にいる人は、いつだって綱吉の心臓を鷲掴みにしていく。
「逃げないの?」
 彼はそれが分かっているのだろうか。底意地の悪い笑みを浮かべ、重ねて問いかける。綱吉は心の中で舌打ちして、力の入らない膝に己の手を重ねた。
「出来るものなら、そうしてます」
 つまり自分は動けないのだと、言外に雲雀に告げて顔を背けた。雲雀の手は離れていって、微かに残る冷たさが徐々に消えて薄れていくのが、とても寂しく感じられる。
 顔を壁に向けたまま瞳だけを動かして雲雀を窺うと、彼は相変わらず薄い笑みを口元に浮かべて綱吉の次の一手を待っていた。目が合って、慌てて逸らすと今度は声を押し殺して笑われる。
 構わないでいてくれていいのに、そもそも何故彼は此処にいるのか。
 今は授業中の筈で、綱吉は保健室へ向かう途中で、と道筋を立てて考えていると、ふと目に留まった反対側の壁に架けられているプレートの文字。とてもとても雲雀がここにいる理由が理解できて、綱吉は穴があったら入りたい気分にさせられた。
 この位置は、雲雀のテリトリーである応接室の斜め前だ。常から授業を受けているところを見たこともなければ、想像も出来ない雲雀が、今綱吉の目の前にいるのも無理ない。恐らく綱吉が倒れこむ際に、窓を打った音に気づいたのだろう。
 保健室に行く手前に応接室があるのを、完全に失念していた。ずーん、という効果音が似合いそうな背景を背負い、綱吉は頭を垂れて酷く落ち込む。壁に押し付けたままの左手だけが、異質なもののように彼の頭上に取り残されていた。
「で?」
 ひとりで勝手に赤くなったり、青くなったりしている綱吉を楽しげに見守る雲雀だったが、そろそろ飽きてきたらしい。声の節々にそう感じさせる気配を漂わせ、綱吉に先を促した。促されたところで、綱吉は何と答えればよいのか分からないのだけれど。
 時折こうやって雲雀は綱吉を試すものだから、いつだって雲雀との会話は緊張感に満ちている。
 いい加減左肩から先も血流が悪くなってだるくなってきた為膝に降ろし、綱吉はまだクラクラしている頭を軽く揺らして目頭を押さえた。少しだけ落ち着いた頭に、身体はまだ完全にリンクしていないものの、立ち上がろうと思えば立てそうな気がする。授業が終わるまでに保健室に行って、ベッドに倒れこんでしまいたい。そうでないと獄寺に捕まって、静かに療養するどころではなくなってしまうだろうから。
「保健室に……」
 綱吉が体調不良なのは見て分かるだろうから省略し、目的地を告げて綱吉は顔をあげる。真っ直ぐに見つめ返してくる雲雀の瞳は漆黒で、吸い込まれそうな闇に綱吉は僅かな安堵を胸に抱く。
「まだ戻らない?」
 不意に問われた内容の真意をつかめず、綱吉は数回瞬きをして首を傾がせる。雲雀の手がまた伸びてきて、今度は彼に警戒を抱かせないよう注意深く、優しい動きで綱吉の頬を撫でた。
 冷えた彼の指先に、綱吉の体温が溶けて行く。
 心地良さに目を閉じてしまいたくなるのを限界で押し留め、綱吉は雲雀を真正面から見返す。何か言うべきか迷って、唇が開閉したものの音を発する前に再び閉じられた。
 雲雀の指先が綱吉のこめかみ近くをさ迷う。少しだけ新しい肉が盛り上がった箇所に爪先が掠めると、彼は少しだけ大きい動きで指を止め、避けて通り過ぎ去らせる。
 ああ、とここに至ってようやく綱吉は得心した。雲雀が聞いているのは、あの日の出来事だ。あの日の、あの事件で負った傷と消耗した体力、精神力、そういったものが完全に戻ってきていないのかを、聞いているのだ。
「だいぶ……戻りました」
 緩やかに首を振り、答える。今度は雲雀の手は逃げていかなかった。
「そう?」
「雲雀さんこそ」
 まだ全く大丈夫とは言えないと揶揄した声に、綱吉の声が重なる。
「怪我、酷かったのに」
「僕は平気」
 さらりと綱吉の心配を受け流した雲雀の手が、綱吉の右瞼に触れる。促されるままに目を閉じると、空いていた方の手が綱吉の頭をそっと撫でた。
「だけど……」
「あれは僕が、僕に売られた喧嘩」
 だから綱吉は関係なくて、綱吉が雲雀の怪我や身体を心配するのは筋違いだと、そうとでも言いたげに、雲雀の手は優しく綱吉を撫でる。
 しかし綱吉が巻き込んだのは紛れもない事実であり、気にするなと言われてもそうはいかない。結果的に勝てたから良かったものの、もしあそこで雲雀が立ち上がらなかったらどんな結末が待っていたのか、今となっては分からないままだけれど。
 綱吉も、雲雀も、きっと今みたいにこうしては居られない。
「そうかもしれませんけど」
 口ごもり、まだ言い足りない綱吉を悟って雲雀の手が彼の顎を掴む。僅かな力を加えられて斜め上に向けられ、掠め取るように触れて去っていったのは指の腹か。
 一瞬では理解出来なかった綱吉は、雲雀の横柄な態度に頬を膨らませると同時に、僅かに朱を走らせた。目を開けてもろくに彼を見返す事が出来ず、俯いて黙り込む。
 こうしてまんまと綱吉を黙らせるのに成功した雲雀は、少し気分が良くなったようで、綱吉の頭をぽんぽんと二度叩き、白い項に指を遊ばせて手を離した。
「ひゃっ」
 あまりの冷たさに、綱吉が声を上げて身を竦ませる。カラカラと今度こそ声を立て、雲雀は上機嫌に笑った。
「親父臭い保健室に行くくらいなら、こっちへおいで」
 病人には優しいんだと、心の底から思っていないだろう事をさらりと口にし、雲雀は綱吉へ手を差し出した。広げられた手のひらには、注意深く見れば無数の傷跡があると解る。
 そのうちのどれくらいが、綱吉と出会ってから彼の負った傷なのだろう。
 綱吉は彼の手を取った。見た目以上にがっしりとした力強い手に握られ、軽い仕草で持ち上げられる。抵抗する暇も無く雲雀に抱えられた綱吉は、照れくさそうに周囲を伺い、誰も見ていないのを確認してホッと息を吐いた。
 恐らくもうじき授業が終わる。この一角は教室もないので人通りは元から少ないけれど、いつ誰が通るかも解らない。誤解を受けるような状態だというのは自覚している、だから人に見られると困ってしまうわけで。
「特別に冷たい麦茶を出してあげるよ」
 そんな綱吉の心配を知ってか知らずか、雲雀は至ってマイペースを崩す事無く軽々と片腕で綱吉を抱え、くるりと踵を軸にして身体を反転させた。
 まあ、いいか。たまに、本当に偶にでしかないけれど、こうやって甘やかしてくれるうちは、甘えておくのが良さそうだ。彼の機嫌も今日は随分と良いようで、だからむしろ、逆らって彼の機嫌を損ねる方が恐い。まだ少しくらくらした頭で考えて、大人しく彼の腕に身を預けた。
 それに、少しだけ嬉しいと思っている綱吉が、雲雀の胸に顔を半分埋めながら、笑う。
 頭上遠く、天井に設置されたスピーカーから授業終了のチャイムが甲高く鳴り響く。がやがやという生徒達がまき散らす騒音が大きくなり、校舎全体がざわめきに包まれて、誰かが全速力で廊下を走る音も聞こえた。
 そんな騒々しさを外に、応接室のドアがぴしゃりと閉じられる。
 貧血は、まだ当分、治まりそうにない。