赤心

 ガチャガチャと五月蝿く音を立てる鍵が、行く手を阻んでいる。
「ああ、もう!」
 沢田綱吉は、どう頑張っても強情に開こうとしない保健室の扉を前にして、右足を高く持ち上げて踵を床にたたきつけた。
 柔らかな靴裏のお陰で多少ダメージは軽減されたものの、軽い痺れが骨を伝って太腿辺りにまで登って来る。苛立たしさに、知らず右手親指の爪を噛んでいた。
 もう一度、腹立ちの勢いのままに爪先で目の前の閉ざされたドアを蹴る。合板の厚い板が揺れただけで、鍵が壊れたり外れたりする偶然は生まれてこなかった。
 どこかの女生徒にちょっかいを出しに行ったのか、放課後のグラウンドで汗を流している部活動を眺めに行ったのか。男子生徒にはとことん冷たいあの変態は、職場である保健室の鍵を閉めてどこぞに遊びに出ているらしい。誰かが――もっと大怪我をした生徒が駆け込んできたらどうするつもりなのだろう。
「いてて……」
 叫んだからか、奥歯がズキンと痛んだ。綱吉は他の肌と比べても明らかに赤黒くなっている左の頬を押さえ、溜息をつく。
 先ほどの勢いは何処へやら、すっかりしぼんでしまった気持ちは行き場も無く足元をさ迷う。
 さて、どうしよう。
「このまま帰ったら、母さんに心配かけるよなあ」
 更に溜息を零し、ついでにひとりごちる。だが言葉とは裏腹に真っ先に思い浮かんだのは、綱吉の家庭教師だと自負する赤ん坊、リボーンの顔。彼に今の醜態を見られでもしたら、なんと言われ何をされるか分からない。
 言い訳は、考えておいた方がいいだろう。本当の事を言っても別段構わないのだが、馬鹿だろう、情けないだの色々と責め立てられるのは明らかだ。
 出来るだけ目立たなく、地味に、地味に生きてきたつもりなのに、昨今の彼の周囲は本人が望む、望まないに関わらず騒々しく、すっかり賑やかなものに変わってしまった。友人が増えたのは心強く、憧れの女性と言葉を交わす機会も出来て万々歳ではあるが、反面、厄介なトラブルも後を絶たず、その為に生傷も絶えない。
 気がつけば綱吉の名前を知らない生徒は所属する中学の中にはいないほどで、裏を返せば出来る限り名前を知っていて欲しくない、お付き合いもお断りしたい面々にも顔が知れ渡ってしまっているという事。彼らは、この学校を実質的に仕切っている風紀委員の長でさえ、綱吉を買っているのが気に食わないらしい。
 いつもは綱吉の隣には誰かしら、特に彼を十代目と呼んで憚らない獄寺が付きまとっているのだが、不運な事に彼は今日、外せない用事があると行って先に帰宅してしまっていた。もうひとり、クラスメイトで特に仲の良い山本も、本日は部活動。ツナは居残りを命じられ、教室にひとり残って課題のプリントを提出させられていた。
 それが漸く終わって、階下の職員室へ提出しようと階段を下りていた最中、上級生で、俗に不良と呼ばれる素行に問題ありの生徒とすれ違った。二人組み、着崩した制服で、構内では禁止されているガムを噛み下から嫌な目つきで彼らは綱吉を見上げたかと思うと、避けようと左に寄った綱吉の前までわざわざ移動してきたのだ。
 仕方なく右に寄ろうとすると、もうひとりがすかさず進路を塞ぐ。左に戻ろうとすれば、もうひとりが身体を使って綱吉の視界をどうあっても遮ろうとする。
 いったい何がしたいのか、何が楽しいのか綱吉にはさっぱり分からないのだが、両者ともニヤニヤと笑いながら綱吉を嘗め回すように見ている。正直気分が悪いし、何よりも気持ちが悪い。
 彼らに絡まれたのはこれが初めてではないが、大抵獄寺などがどこからか駆けつけてくるので今まで特別目立ったトラブルは起きていない。
 だが今日は、その獄寺はいないのだ。
「あの、通してくれませんか」
 覚悟を決めて、一段下に立っていても綱吉より上背がある上級生を見上げる。それでも泳ぎ気味に視線のまま、頼むと、目の前の二人組みは互いに顔を見合わせてニヤリと笑うだけ。ガムを噛む音が耳に張り付いて気持ち悪い。
「すみません、時間がないんです。通してください」
 笑うばかりで一向に道を譲る気配の無い彼らに内心舌打ちしつつ、教室を出る時に見上げた時計の針の位置を思い出す。早く帰らなければ、子供達がきっとまた騒ぎ出す。幼子は好き勝手にさせる傾向にある母親に任せておいたら、自分の部屋は帰る頃には魑魅魍魎の巣と化しているに違いない。遊んでもらえなかった時の子供達の、持て余されたエネルギーは、綱吉の想像を遥かに越えて恐ろしい以外の何物でもない。
 職員室はもうすぐそこだというのに、このままでは担任まで先に帰ってしまいかけない。その場で足踏みをしながら、どうにか彼らを抜く方法を考えるのだけれど、向こう側も綱吉が焦っているのが分かっているようで、しつこく進路を塞いでは悔しげに顔をゆがめる綱吉を笑っている。
 本当に、何が楽しいのだろう。
 別の階段を使えば済むだけの話だが、自分は何も悪い事をしていないのに迂回させられるのも釈然としない。
「通してください」
 語気を強めて尚も訴えかけるが、聞き入れられる様子は皆無。いっそ間を強引に抜けて行ってしまおうか。
 丸めて持っていた解答用紙が、いつの間にか皺だらけになっている。力を入れて拳を握りすぎたらしい、無意識の自分の行動に更に舌打ちしながら、綱吉は隙を窺う。
 そうして、左右に身体を揺らしてタイミングを計る間に、次はどちらへ動くか推し量っていた目の前の男達の間が少しだけ開いた。
 人一人がギリギリ通れるかどうかの幅でしかないが、元から小柄の綱吉ならば大丈夫。迷っている暇があったら走れ、と頭の中で叫ぶ声に促されるまま、綱吉は身体をやや斜め向きにして男達の間に割り込んだ。そのまま、一気に抜け出してしまおうともがく。
 だが、それもどうやら相手の思惑通りだったらしい。
 トン、と肩口に何かが当たる。腕ではない、恐らくどちらかの上級生の肩だ。
 それはさして力を込められたものではなかったように思う。だが無理に身体を隙間にねじ込ませていた綱吉はこの時既に危うい体勢になっていて、そこに外部から余分な力が追加されたのだ。
 後ろから、前に向かって。
 上から、下に向かって。
 あ、と思った時にはもう既に綱吉の身体は宙にあった。
 上級生が薄ら笑いを浮かべながら見下ろしている。中空をもがいた手から、握りつぶされた答案用紙がすり抜けていった。灰色の天井が真上に見える。右肩に衝撃。
「うっ、あ!」
 腹の底から溢れた息は悲鳴にもならず、雄叫びに近い状態で空気をかき乱す。右肩の次は腰、重力が狂ったように身体をかき回して綱吉を翻弄する。臀部が階段の角に直撃し、反転して左肩が地を滑った。左の頬に連続した衝撃が続き、目の前が真っ赤になった後真っ暗になる。あちこちが軋むように痛み、衝撃が止んだと気づくのに随分と時間がかかった。
 一瞬だけ意識を失っていたらしい。左側を下にして倒れた綱吉の真横を、げらげらと声を立てて上級生が通り過ぎていく。上に行くんじゃなかったのかと、遠ざかっていく踵を踏み潰された上履きを眺めながら思った。掌に、宙を舞っていた答案用紙が落ちてくる。
 薄暗さが増すばかりの廊下で通りかかる生徒も教員もおらず、開け放たれたままの窓から時折部活中の生徒の掛け声が聞こえてくる以外はとても静か。夕日が差し込んで西日が眩しく、綱吉の目の前に濃い影を作っている。 
 彼は長い時間をかけ、ゆっくりと身体を起こした。
 手抜きの掃除しか成されていないようで、廊下は砂埃だらけだ。全身についてしまったそれらを軽く払い落とし、まだぼんやりとしている頭を振って意識の覚醒を促す。同時に頬が痛み、更に肩がずきずきとして腕が上手く上がらない。
 先ほどの上級生を追いかける気力はもう無い。さっさと諦めて迂回してしまえばよかったと、心の底から悔やんでいる。何故あんな強気な態度に出たのだろうと振り返れば、周囲にいつも自分を守ってくれる誰かが居たからだというところに至った。
 ならば、自分はひとりきりではとても、とても無力だ。
 ぐずっと鼻を鳴らし、目頭が熱くなりそうなのをギリギリで堪えて立ち上がる。膝が笑って手すりにすがらなければならなかったが、深呼吸を繰り返すうちに少し落ち着いてくれた。
 落とした答案用紙を広い、皺を伸ばす。綱吉はその後、あちこち痛む身体を懸命に動かして職員室へたどり着き、課題を提出すると同時に、案の定その顔はどうしたのかと質問を受けた。だから階段から落ちたのだと素直に答えると、帰る前に保健室に寄っていくように勧められた。
 あの上級生に関しては、言わなかった。言ったところでどうにかなるわけでもなく、彼らもきっと、肩をぶつけてきた綱吉が勝手に落ちたのだと主張するだろう。目に見えて負ける喧嘩に、手は出したくない。
 提出を終え、一礼して職員室を辞する。本当はそのまま教室に戻りたかったのだが、頬の痛みは一向に引く様子がなくて、仕方なく保健室へと向かった。
 そして、保健室の鍵が閉まっている現実に絶望している。
「どうしよう、もう……」
 今からシャマルを探すのか、どこにいるかも分からないのに(想像はつくが)。
 頬の痛みがまだ続いている、どこか切れているようで血の味がうっすらと舌に乗っかってくる感じだ。
 鏡を見ていないから今自分がどんな顔になっているのかも分からないけれど、担任の反応を見る限りそれなりに腫れてしまっているようだ。自分で触れても、なんとなくそれが分かる。
 歩けるから、骨に異常はなさそうだ。肩を交互に回す、多少痛みが残っているけれどこちらも動く、大丈夫。咄嗟に受身を取ったらしく、その辺だけはあの恐ろしい家庭教師の教育の賜物だろうかと自分で納得した。
 しかし今日の出来事と、仕事を放棄しているシャマルには納得出来ない。
 もう一度右足で保健室のドアを蹴り飛ばす。大きな音が静まり返る廊下に響き渡った。
「器物損壊」
 余韻さえも残さない静寂の中に、不意に、静かなテノールが綱吉を直撃する。
「公共物器物損壊」
 淡々とした話口調、聞き覚えのある声。綱吉に否応がなしに緊張が走り、身体が硬直してしまった。
 いったいいつの間に、と思う。存在を気取らされないように接近し、標的を一撃で粉砕する彼の特性を忘れていたわけではないが、予想だにしなかった存在に綱吉の背筋に冷たい汗が流れた。
 泣く子も黙る風紀委員長、雲雀恭弥。
 錆びたブリキ人形のようにぎこちない動きで、首から上だけを後ろに向かせる。綱吉の目に逆光を受けてシルエットだけ浮かび上がらせた存在が映った。間違いない。
 間違えようが無い。
 昔は遠巻きに見るしかなかった。黙って立たせておけば女生徒が放っておかない整った顔立ち、しかし口を開けば毒舌が飛び出し、自分の意に沿わない相手に対しては絶対的な暴力によって屈服させる。彼に逆らってこの中学で無事卒業を迎えられた奴は居ないとまで言われ、しかし教員達からの信頼は厚い(単に腫れ物に触りたくないだけかもしれないが)。
 綱吉にしてみれば、彼が何にこだわっているのかもさっぱり分からない。
 だがある事件で彼と思いがけず接近する機会を得て、その後なんだかんだで、馴れ合いとはまた違う緊張感のある関係を築いている。
 但しそれは、殆ど学外での話しだ。学内では単純に、綱吉は一生徒であり、彼は風紀委員。綱吉のような生徒を取り締まる立場にある。運が悪いことに、保健室のドアを蹴り飛ばしていた瞬間はしっかり見られている。
「君」
 見下ろされて、目が合った。西日の明るさにも慣れて輪郭以外の部位もちゃんと見えるようになる頃には、雲雀の顔が不満げに歪んでいるのが見て取れた。
 手が伸びてくる、反応する前に左頬に触れられた。
「いたっ」
 まともに傷に指を押し当てられ、悲鳴が漏れる。向こうとしては撫でたつもりだったかもしれないが、他者から与えられる感触は自分で自分に触るよりもずっと鋭敏に受け止めてしまう。実際はそれほど痛みを感じて居なくても、だ。
 短くあげられた声に、雲雀は更に眉目を顰める。綺麗な顔なのに勿体無い、とどうでも良い事を見返しながら考えていたら、手が離れていった。
 なんとなくではあるが、薄れていく他者の体温が寂しい。
「閉まってるんだ」
 綱吉の横に並ぶようにして立ち、彼はドアの取っ手に指を引っ掛けた。開こうとするが、鍵は掛かったままなので当然適わない。綱吉が響かせていたよりもずっと大きくドアを揺するけれどやはり反応は芳しくなく、二度三度確かめて彼は肩を竦めて扉から離れた。左右に首を振り、廊下の端から端まで見回すけれど、鍵の持ち主の姿は欠片も見当たらない。
 もしや風紀委員特権として保健室の鍵を持ってはいないだろうか、と淡い期待を抱いてしまった綱吉であるが、今の雲雀の態度からしてそれはなさそうだ、と落胆する。それはそれで、風紀委員に対しての、強いては雲雀恭弥に対しての偏見でしかないのだが、溜息交じりに肩を落とした綱吉を見て、彼はなんと思ったのだろう。
「それ」
 二人分の爪先を見下ろしていた綱吉の頭に、声が降る。
「どうしたの」
 相変わらず感情を読みにくい、淡々とした口調。顔を上げた綱吉の視線と、保健室のドアを睨む雲雀の視線は絡まない。
「えっと、階段から……落ちました」
「そう」
 答える瞬間に雲雀は綱吉の方を向いたが、今度は綱吉が先に視線を脇に逸らしていた。西日を受けて廊下の床に、窓の影がいくつも無機質に並んでいる。雲雀の返事もまた、素っ気無い。
 本当の事ではあるが、事情は省略しておいた。事細かに彼に語る道理はないし、喋ったら喋ったで、その後どんな展開になるか予測がつかなくて恐ろしい。
 雲雀は仕返しにでも行くだろうか。だが自分達はそこまで親しい間柄でもなく、雲雀にだってそんな無駄でしかない行動に出る義理もないだろう。
 だから結局、黙っているのが一番良いに決まっている。
 綱吉はそっと息を吐いた。奥歯の辺りが痛む、歯が抜けたというわけでもないが、変なぶつけ方をしたかもしれない。
 そっと掌全体で頬を包むように押さえ込む。と、黙っていた雲雀が唐突に歩き出した。置いていかれる、直感的にそう思って、その考え方は可笑しいと一秒後に気づく。
 だって自分が彼と一緒にいる必要性だって、本当はないじゃないか。
 だのに置いていかれると感じたのは何故か。胸の奥がざわざわして、落ち着かない。触れられた頬から指が離れ、体温が遠ざかっていた時に去来した寂しさが蘇る。
 空っぽの右手を握り締める。自分は、帰らなければならないのだ、こんな場所で時間を潰している暇はないのだ。雲雀がドアを蹴っていたのを見逃してくれるなら、それはそれで十分ではないか。
 無理矢理に自分を納得させ、彼とは反対側へ歩き出そうとする。教室へは少し遠回りになってしまうけれど。
「綱吉」
 それなのに、折角気持ちを片付けて背中を向けようとしていたのに、雲雀は。
 彼は、呆気なく、綱吉の決心を打ち砕く。
「おいで。その顔で帰る気?」
 足を止め、彼は綱吉を見ていた。左手を差し出し、手招いている。
 表情は逆光に霞んで殆ど見えない。笑っているのか、怒っているのか、抑揚のない声だけでは綱吉には分からない。
 しかし。
「あっ、はい!」
 ほぼ脊髄反射で綱吉は頷いていた。先ほどまでの決心は一瞬で霞となって掻き消え、跡形も残らない。
 思わず走り出そうとしていた彼は、自分の身体が平時とは違って負傷しているのを忘れて危うく転びそうになり、雲雀に寸でのところで抱きとめられて本日二度目の、床との抱擁を免れた。
「う……」
 どうしよう、とてつもなく恥ずかしい。
 瞬間湯沸かし器のように顔が真っ赤になり、頬が熱くなっているのが見なくても、触れなくても分かる。きっと耳の先まで赤くなっているに違いない、そう思うと情けないやら格好悪いやらで、顔を上げることさえ出来ない。
 綱吉は雲雀の、胸元を支えている腕にしがみつき、顎が喉にくっつくくらい顔を伏せた。呆れたような吐息が、襟足を通り過ぎていく。
「これ以上怪我増やすつもり?」
 案の定冷たい口調で言われ、身体を引き起こされる。二本足で立たされ、まだ笑っている膝を思わず叩いた。そうしている間に雲雀は離れていって、勝手に歩き出す。今度は立ち止まって振り返ってもくれない、どんどんと距離は広がっていく。
 綱吉は慌てた。まず、追いかけるべきか、否かで。
 そして追いかける選択肢を選び取った後、次に浮かんだ疑問が、どこへ行くかだった。
 保健室はここだ、鍵は閉まっているが。シャマルを探しに行くのだろうか、だけれどそれだったら、綱吉はここで待っていても別段問題ないはず。
「あの、雲雀さん。どこへ」
 行くんですか、と。
 追いかけながら背中に問いかけるが返事は無い。すたすたと綺麗な姿勢で廊下を真っ直ぐに突き進んでいく。わが道を行く、彼の性格をそのまま現したかのように。
 綱吉は遅れないように、転ばないように注意しながら彼を追いかける。そうしてふと、この道順でたどり着く先がどこなのかを思い出した。階段は登らず、保健室のある一角から少し離れた地点でようやく、雲雀の足が止まった。
 頭上のプレートには、応接室と書き記されている。と言っても現在この部屋は来客が使用する部屋ではなくなってしまっているので、表札だけが残されているのはある意味滑稽だった。
 綱吉は扉の前で佇む雲雀から一歩半の距離をとり、同じく立ち止まる。困惑の表情のまま見守っていると、鍵をポケットから取り出した雲雀は迷いもせず錠を外し、引き戸を開いた。中の照明は消されており、西日が斜めに差し込んで半分だけが明るい。
 雲雀はやはり何も言わず、綱吉を促しもせず自分だけがそこにいるかのように、部屋に入って行った。慌てて開け放たれたドアの前まで移動するが、入っていいものかどうか分からず綱吉は更に混乱してしまった。
 おいで、と言われたからついてきたのだが、果たして彼のテリトリーに自分が足を踏み入れていいものか、どうか。何かの罠じゃないかと勘繰りさえもして、しかし入室を無言で許可されているのかもしれないと考えると心臓が張り裂けそうな程拍動が速くなる。
 綱吉はぎゅっ、と胸の前に当てた手を握り締めた。拳で口元を覆い、中に入って出てこない雲雀を薄暗い中から探し出そうとする。
「なにしてるの」
 やや不機嫌に彩られた声が室内から飛んで来て、反射的に肩が強張った。びくっ、と大げさに震えてしまい、反応が遅れる。
「おいで」
 声だけしか聞こえない。姿が見たくて、足を一歩前に出した。だけれどまだ見えなくて、更にもう一歩、前へ。
 上履きの底がレールを跨ぎ、乗り越える。廊下とはまた違った薄暗さの室内に動く影、雲雀の姿を見つけた時綱吉は何故かほっとした。
 彼は部屋の中央に置かれた分厚いテーブルに、何かを並べているところだった。西日の照り返しで何とか輪郭だけが見える。乳白色の小瓶と、白い布のようだった。
「電気」
 綱吉の後方を指差し、雲雀が呟く。指摘されてハッとなった彼は、慌てて振り返って扉近くの壁に設置されたスイッチを押した。
 急激に部屋の中が明るくなり、眩しさに目を細める。振り向いたついでにもう恐らくは誰も通らないだろう扉を閉めて身体の向きを戻すと、準備が終わったらしい雲雀にまた手招きされた。指の動きだけで座るように指示される。
 生徒が座るべきものではないだろう、重厚な革張りのソファ。座ってみるとふかふかで、身体が沈みそうになるのを、肘置きに捕まって防ぐ。
 雲雀は膝の裏で重そうな丈の低いテーブルを押しやり、綱吉が座ったソファとの間に空間を即席で作った。小瓶の蓋を開けて小さく切ったガーゼを口に押し当て、斜めに倒す。
「沁みるよ」
 小瓶の向きを戻してテーブルに置いて、彼は低い声で言った。
 まるでこの部屋は学校の中にあって、学校という空間から切り離された場所のようだ。窓は締め切られていて、太陽の光に暖められた空気が充満しており、座っているだけでも汗ばんでくる。グラウンドで部活動中の生徒の声は遠く、時々硬球を打ち返す甲高い打撃音が聞こえてくる。
 ああ、山本もこの無数の声の中に混じっているのだなと、ぼんやりしていたら、不意打ちが左頬を襲った。
「っ!」
 沁みる、どころではない。傷口を焼かれたような痛みに綱吉は悲鳴さえあげられず、肘置きに乗っていた指先が左右十本揃って跳ね上がった。
 生理的な涙まで浮かんできて、綱吉はいつの間にか目の前に立っていた雲雀を恨めしげに見上げる。頬に押し当てられたガーゼから、小瓶に保存されていたと思しき消毒液の臭いが漂ってくる。じんじんと、一時期忘れかけていた頬の痛みが此処に来て倍増した。
 心構えが出来ていなかっただけに、余計に痛く感じる。
「沁みる、って言ったよね」
 けれど雲雀はちっとも悪びれた様子もなく、擦らないように力加減を調整しながら、綱吉の左頬にガーゼを走らせた。
「こんな、の」
 そのあまりの優しい手つきと、不遜な態度とのギャップに困惑を隠せないまま、つい綱吉は、
「舐めてれば、治ります」
「どうやって?」
 強がりを言って顔を逸らし、ついでに頬からガーゼを遠ざける。だが冷ややかな問いかけを直後に返され、ぐうの音も出ず押し黙るしかなかった。
 自分の頬を自分で舐めるなんて、不可能だ。よっぽど舌の長い人でもない限り、は。
 己の失言に恥ずかしくて顔を再び真っ赤にし、綱吉は今度こそ大人しく消毒を受け入れた。ある程度の覚悟をしておけば、痛みもさほど感じずに済む。奥歯を噛み締めてガーゼの動きを感覚で追いかけ、最終的に彼は目を閉じた。
 消毒が終わると、雲雀はまた別の小瓶を新しいガーゼに押し当てて液を染み込ませる。薄目を開けて確認した綱吉だったが、準備を終えて雲雀が向き直ると、咄嗟に目を閉じて背筋を伸ばし、居住まいを正して待ち構えてしまった。殆ど反射的に出た行動であり、斜め上から笑っている気配が漂ってきて、余計に恥ずかしくなった。
 本当は俯きたかったのだが怪我をしている箇所が箇所なのでそうもいかず、顎を引いて耐える。
 雲雀はガーゼを軽く、何度かに分けて擦り切れた頬の上に押し当ててきた。押される時に痛みはあまり無いのだが、同時に肌に浸透してくる液体が痛い。左の奥歯ばかりに力が入って、何度も拳が膝を叩いた。
「暴れない」
 厳しい声で諭され、その度に動きは止まるのだけれど数秒もすればまた勝手に、脳が命じていないのに動いてしまう。最後は苦笑されるばかりで、もう何も言われなかった。
 薬剤を塗布された後は、傷口が覆いかぶさるくらいに新しいガーゼを切って、何枚か重ねたものを頬に載せられた。半透明の細いテープで、落ちないように固定して終了。手馴れた作業に綱吉は感心しつつ、手は無意識に左頬に触れようとする。
「触らない。他に怪我は?」
 だが寸前で怒られてしまい、慌ててまた膝に手を下ろした。
「えっと……肩の後ろとかが、少し」
 肩を竦めた際に僅かに感じた痛みを正直に告げる。着ているシャツが変に動いて肌を擦ると痛いらしく、じっと椅子に座っている分にはなんら問題ない。
 言われた雲雀は眉根を寄せ、薄汚れている綱吉のシャツを見下ろす。それから先は何も起こらない。
 ただじっと見下ろされるだけで言葉をかけられるわけでも、シャツを剥ぎ取られるわけでもなく、綱吉は居心地の悪さだけを感じて雲雀の前で小さくなるしかなかった。
「で?」
 ようやく声が聞けたかと思えばそんな愛想の欠片もないひとことだけで、どうして欲しいとか何かをしろとかも言わずにいる。借りてきた猫のように大人しくしている綱吉は、蒸し暑い室内にいる為ではない汗を額に浮かべ、それからふと、気づいた。
 自分からどうして欲しいのかを、主張すればいいだけの話なのではないか。
 顔を上げると目の前の青年は不機嫌さが増しているオーラを放っている。紛れも無くこれは自分が行動に出ない為のものだろう。雲雀を今以上に苛々させて、不用意に怒らせたくはない。
「えっと、だから、あの、すみません。背中も……御願いします」
 上ずった声で慌てて首を振り、シャツのボタンを外していく。彼の前で素肌を晒したくはないのだが、そうも言っていられない。
 布が傷口に当たらないように慎重を期してシャツを脱ぐ。袖から腕を抜くと、それまで蒸し暑いと感じていた空気が急に冷たく感じられた。
「見せて」
 鳥肌を立ててフルっと身体を震わせると、雲雀が膝を僅かに曲げて顔を近づけてきた。間近で見つめ返せなくて、不自然な目の逸らし方をした綱吉は彼に背中を向ける。自分では分からなかったが、かなり赤黒く腫れた皮膚は痛々しく、擦り切れた部分は血が滲んでシャツの内側にこびりついていた。
 雲雀の整った眉目が歪む。例に素手で触れてみると、
「いたっ」
 綱吉が瞬間的に叫んで身体を強張らせた。涙目で恐々と雲雀を振り返り、少しだけ唇を尖らせる。
 雲雀は肩を竦めるしかなかった。
「誰にやられたの」
「……階段から落ちました」
 消毒薬の臭いが応接室に充満する。
 保健室前で聞かれた質問を繰り返され、綱吉も同じ回答を口にする。多めに液を染み込ませられたガーゼの、肩口に投げるように押し当てられて冷たさと痛さに、綱吉は息を詰まらせ悲鳴を飲み込んだ。
 背中を向けているので表情は分からないが、雲雀がまた機嫌を悪くしたのが肌にひしひしと伝わってくる。
「僕は、誰にやられたの、と聞いたんだけど」
 淡々と、語尾を上げることなく、問い直される。
 ゆっくりと動かされる右手はガーゼを肩に置かれた時とは違い、頬を消毒してくれた時のように優しい。傷口に沁みて痛いのは変わらないが、首の付け根辺りの傷が無い辺りに置かれた左手のぬくもりも、なんと言い表しようが無い程暖かく、心地良かった。
「言わないと、ダメですか」
「そうだね、噛み殺されたくなければ」
 左手の爪を襟足に突き立てられる。さして力を加えられたわけでもないのに、ゾッと悪寒が背中を駆け抜けた。
「どうする?」
 爪が皮膚に食い込んでくる。彼なら本気で肉に突き刺してきそうだ。肉食獣を前に無抵抗を強いられている草食動物の気持ちが分かる、己を捕らえた罠はきっと死ぬまで自分を放さないだろう。
 喉が渇く、唾を飲み込む音が嫌に大きく耳に響いた。
「な、名前は……知りません」
 だが上級生、恐らくは最上学年だ。顔と体型と、制服の着崩し方を覚えている限り、時折呂律が回らなくなりながら告げると、漸く納得したようで雲雀の左手は綱吉の首根を開放した。更に新しくなったガーゼが左肩に落ちてくる。
「あの、その人たちって」
 少なからず同情を覚えそうになった自分に綱吉は驚きつつ、恐々雲雀を見上げる。端正な顔立ちが思いもかけず間近にあって、勝手に頬が赤くなった。
 雲雀の鋭く切れながら目が、笑っている。薄い唇を舌で舐め取る姿に、綱吉は背徳的な何かを感じてしまって慌てて視線を逸らした。
「校内の風紀を乱す輩は、きちんと教育しないとね」
 貴方の言う教育とは懲罰の事ですか。喉元まで言いかけて、堪えた。
 自分に下手なちょっかいをかけてきた為に、風紀委員長の目に留まってしまうとはなんたる皮肉か。顔を覆いたくなって手を持ち上げようとしたが、消毒が終わった傷口に薬剤の塗布を開始されて肩が跳ね上がった後、脇に落ちていった。
 彼らから恨みを買わなければいいが。これで復讐などを狙われたらたまったものではない、自分は被害者なのに。
 最近は本当に、望んでいないのに周囲がまず騒がしく、自分は巻き込まれて結局最後は騒ぎの中心にいたりする。平穏だった日常が遠い過去のようで、あの頃に戻りたいのだけれど、戻ってしまうときっと、寂しく感じるのだろう。
 トントンと叩くように薬剤を傷に塗られる。かなり広い範囲だ。どんな落ち方をしたのか自分でも思い出せないが、頭を打たずに済んでよかったと心底思う。
 薬が塗られた瞬間はヒヤッと肌が冷えるが、離れていくと周囲からじんわりと熱が広がっていく。痒い。
 何度かガーゼを交換して薬を塗られる。会話はない、淡々と時間だけが過ぎていく。
 今頃子供達は何をしているだろう、帰らない自分を心配しているだろうか。部屋は無事だろうか、今夜寝る場所が確保できると良いのだが。
 ぼんやりと考える。窓の外はさっきよりも大分陽も落ちて、部活中の掛け声ももう殆ど聞こえなくなっていた。この部屋に時計はないのか、気になって首をぐるりと回す。
 と、作業が終わったのか唐突に雲雀の手が離れた。後ろから支えられていたのが無くなり、バランスを崩して椅子から倒れそうになる。
「っと」
 咄嗟に何かに捕まって傾いた身体を支えたが、掴んだものは柔らかく暖かい。右の頬を押し当てるようにしていた体勢で気づくのが遅れたが、綱吉は、雲雀の腰に両手を回してしがみついていた。頬に触れるのは雲雀のシャツ、丁度胸の辺り。
「え……っと」
 恐る恐る顔を上げて自分を見下ろす雲雀の視線に、綱吉は慌てて両手を広げてソファに戻った。背もたれに折角薬を塗ってもらった傷口が擦れて、痛みに声が漏れる。切れていた口の中で、また傷口が開いたらしく血の味が舌に広がった。
 雲雀は不機嫌になるかと思いきや、笑ったようだった。
「怪我、治す気無いの?」
 鉄の味がする唾を飲み、苦虫を噛み潰した顔で俯く綱吉に雲雀は軽い調子で言い、その癖っ毛な頭に手を置く。
「ああ、そういえば」
 彼は膝を曲げた、座っている綱吉と目線の高さが揃うように。
 整った顔立ちが目の前に現れて、綱吉の視線が僅かに泳ぐ。何かを企んでいるのが知れる瞳の色に、何をされるか分からない恐怖心が綱吉を包んだ。逃げようにも、彼の手はまだ綱吉の頭の上、ゆっくり滑って左の耳に触れ首元に添えられる。親指は喉仏の上、そこに力を込められればどうなるか、喧嘩など殆どしない綱吉にだって分かる。
 ごくりと唾を飲み込むと、一緒になって雲雀の指も上下に動いた。
 しかし綱吉の緊張を知ってか知らずか、雲雀は彼の喉仏を数回指の腹で撫でるだけに留まる。重なった視線、綱吉の表情に戸惑いの色が浮かんだ頃、雲雀は口角を歪めて笑った。
「君は、舐めておけば傷は治るんだっけ」
 すっかり忘れていた先ほどのやり取りを、掘り返される。一瞬何を言われたのか分からなかった綱吉だが、視線の先で雲雀の首から上がすっと滑ったのに気づき、直後眼を見張る。
 肩口に顔を伏せた雲雀が、消毒を終えた綱吉の肩の傷に舌を這わせたのだ。
「……っ」
 生温い柔らかい感触が肌に伝う。ねっとりとした室内の空気も手伝って、全身から汗が噴出した。
 直後に感じた僅かな痛みは、多分歯を立てられたのだろう。
「ひばりっ、さん!」
 金縛りになったように身体が動かない。辛うじて回る舌で懸命に名前を呼び、混乱する頭で必死に現在の状況がどのようなものなのか、把握しようと考える。
 生暖かい柔らかいものが、傷がある肩口から離れて首筋をツ……と伝った。顎の手前まで辿って、遠ざかる。
 綱吉の潤んだ瞳に舌先だけを覗かせた雲雀の唇が映し出される。それが辿ったとおぼしき箇所は暖かさに触れた後空気によって冷やされて、感じたくないのに、その場所だけが他と違うと、綱吉に教えている。
 はぁ、と綱吉は息を吐いた。赤くなった顔が示す通り、その息も普段よりずっと熱を帯びている。上半身に何一つ羽織っていないのに寒さを感じないのは、部屋が元から暖かかったからなのか、それとももっと違う理由があるのか。
 綱吉は下唇を浅く噛んだ。何故か根拠もなく、「狡い」と思った。
「怪我、治るんじゃないの?」
 雲雀は悔しくなるくらいに涼しい顔で、綱吉の赤い顔を面白そうに見下ろす。出していた舌で上唇を舐めて、ククっと喉を鳴らして笑いを堪えて綱吉の斜め下を向いている頭を何度か撫でた。
「他はもう無さそうだね」
 手が離れていく。逃げる体温に、寂しさを隠せなくて綱吉は唇を尖らせた。
 雲雀は使った薬品を片付けに入っている。山になっていたガーゼをゴミ箱にまとめて放り込み、消毒薬の瓶の蓋を閉めて。綱吉の表情にも気づかない。
 舌の上にザラっとした感覚。そういえば口の中も切れていた。
「あ、えっと」
 まだ、傷は残っている。言おうかどうか迷って言葉が浮かばない。綱吉の半端な声に雲雀は片づけの手を止めて振り返る。目が合って、首を傾げられ、綱吉は余計に困った。
 どうしよう、言おうか。でも、言ってどうする。
 だって、これは、この感情は、おかしい。
 おかしいのに……
 赤い頬を隠せない。綱吉は俯いて、頬に宛てられたガーゼの冷たさに少しだけ救われながら、胸の前で結んだ手を開いては閉じる。
「なに」
 雲雀の、変わらない声。あと十秒もしたらきっと不機嫌に彩られてしまうだろう、気まぐれな彼。
 正直言って、彼がどんな人なのか未だによく分からない。だけれど、多分、きっと、嫌いではないのだ。
 むしろ、気になる。
「えっと、あの、まだ、あります」
 キッと眼を見開いて、顔を上げる。雲雀の顔が逆光のお陰で輪郭ばかりが浮き上がり、まともに目を合わせずに済んだのが綱吉にとって救いだった。
 真正面から見つめ合っていたら、多分、こんな事言えない。
「口の中、まだ……切れて、て、……その、血が、出てます」
 もごもごと最後は口籠もりながら小声で告げる。自分でもどうしてこんな事を言ったのかよく分からない。けれど、幾度と無く感じた雲雀の、冷たそうな外見に似合わない暖かな感覚を、手放したくなかった。
 耳の先どころか指の先、足の先まで真っ赤になっているだろう綱吉は、ぎゅっと膝の上で拳を握りしめ、硬く目を閉じる。
 きっとバカにされる、冷たく突き放されるに決まっている。言った傍から後悔しきりの綱吉の眼には映らないところで、雲雀は言われた内容に僅かな驚きを覚え、目を見開き、それから思案するかのように己の顎を細い指で撫でた。切れ長の目は細められる。
「ふぅん」
 相槌を打つ、雲雀の抑揚の感じられない声。綱吉は殴られる事も覚悟して、奥歯を噛みしめた。その硬い顎を、冷たい指が撫でる。
 え、と思い綱吉は目を開けた。至極近い場所に、雲雀の顔がある。
「どこに、あるって?」
 細められた目で、問いかけられる。
 綱吉は足先から自分の身体が硬直していく気がした。メデューサの視線で石にされた人間の気分で、乾いた唇がぱくぱくと息を吸おうと無駄に動く。
「え……」
「見せて」
 雲雀の手が綱吉の顎を掴み、顔を上向かせる。逆らえなくて喉元を晒した綱吉は、続いて問われた内容に、再び目を閉じる事を余儀なくされた。
「で? その傷、どうして欲しい?」
 薬を塗れない位置だとは、雲雀だって分かっているだろうに、わざわざ言葉にして問いかけて。彼は笑いながら、親指の腹で綱吉の下唇を撫でた。
 ぞわりと背筋が泡立つ。
「う……」
「まぁ、いいけどね」
 くすっと雲雀が笑った。
 太陽が間もなく西の地平線に沈もうとしている。窓から差し込む明かりは低い位置から、彼らを照らしていた。
 長い影が室内に伸びる。薄暗い中、ふたつの影が重なり、やがて消えた。