Jealousy

 日が沈むとこの城は一気に闇に包まれる。確かに夕食の時間帯はまだシャンデリアの明かりも煌々と室内を照らしてはいるが、それが片づき各々が自室に引きこもり始める頃になると本当にあっという間に、沈黙と闇がすべてを支配する。
 普段よりも約一名、それも前もって招くことを約束していたわけではない突然の来訪者を加えての夕食の席は、微妙に重苦しい空気に満ちていた。
 テーブルに並べられる食事は唐突な来客であったに関わらず、どういうわけか全員分、普段と同じだけの量が用意されていてスマイルとユーリに首を捻らせた。並んでアッシュの、嬉しそうな顔を眺めながらやはり反対側に首を捻るものの原因を問うたところで自分たちに分かるような回答を得られるとも思わず、結局謎は謎のまま処理された。
「どうっスか?」
 アッシュに興味は専ら、料理の味付けなど殆ど感知しないで平らげるだけのふたりではなく新参者、と呼ぶ事も出来ない黒髪の少女に向けられていた。
 上品に音を立てず食器を操る姿は、彼女の育ちの良さを伺わせる。小さな唇に吸い込まれている細かく刻まれた料理を数回咀嚼して嚥下し、彼女はアッシュの問いかけに微かに頷いた。
「美味しい」
「そうっスか!」
「本当のこと言ってあげても良いんだヨ?」
 テーブルに肘をつき、逆手に持ったフォークを揺らしながらスマイルが茶々を入れ、アッシュに睨まれた。ユーリは我関せずを貫き、会話には混じってこない。一方の少女も問われれば返事をするが必要以上に口を挟まず、黙々と食事を片付けている。
 奇妙に浮かれた、そして一部は不満そうな食事会が済めば、あとは各自個人の時間。アッシュは後片付けに台所に籠もり、ユーリは早々に自室へ引っ込んだ。スマイルは本来ならば、リビングで大音響に包まれながらテレビ鑑賞が常なのだが今日ばかりはそうもいかない。
 少女を連れ帰って来たのは彼だから、彼女の面倒を見るのも必然的に彼の役目となってしまうからだ。
 少女の家族に電話はした、連絡も付いた。
 しかし、迎えは出せないと言われた。帰りたければ自分で帰ってこいと、そう伝えられた。それが出来ないからこうして連絡をしているのではないか、と言い返すけれどもその前に電話は切られてしまった。
 がちゃん、と乱暴な音を立てられて耳が暫く痛み、そして茫然となってしまう。親というものを知らないスマイルだけれど、もう少しましなものだと思っていた。彼女は電話の内容を伝えられても感情を表には現さず、「そう……」と小さく呟いただけだった。
 あるいは、帰りたくなかったのかも知れない。
 仕方が無く、今夜は城に泊めて明日の朝に送っていくことになったのだが、問題なのは彼女が泊まる部屋だった。
 ユーリの城は広い、無駄とも思われるほどに。しかし使用されている部屋の数は限られており、それ以外の部屋は片付けも掃除も為されていない状態。付け加えておくと、来客用のベッドさえ、ないという状態なのだ。
 まさか彼女を床の上に寝かせるわけにも行かず、どうするか食事前に論議が交わされて最終的な結論は。スマイルが、自分のベッドを明け渡すというものだった。
 しかしこの案に頑固に反対したのが、少女本人だった。
 空きベッドがない以上、スマイルは彼女にベッドを譲った場合必然的に彼はリビングかどこかで眠ることになる。けれど自分のために彼をそんな場所で眠らせるわけにはいかないと、いつになく言葉数を多くして主張する彼女に、三人の大人は困ってしまった。
 最後には、一緒に寝れば問題ないから、とまで言い出す始末でユーリは飲んでいた紅茶を吹き出してしまっていた。
 彼女の言い分としては、一緒に昼寝をしたときと同じような感覚のようだったが、いくらなんでもベッドで並んで眠るのはダメだろう、という事で速攻却下された。その代わり、スマイルは自分の部屋で余っているシーツを敷いて眠る、という代替案が提示されてようやく、少女は納得してくれた。
「アッシュ君、お風呂どうなってる?」
「大丈夫っス……って、まさかスマイル……」
「その目は何さ」
「いや、一緒に入るつもりっスか?」
「…………アッシュ君までぼくを犯罪者にしたいわけ?」
 にっこりと微笑み返しているが、スマイルの隻眼は細められて怒りが満ちていることを察知し、アッシュは人型の時は出ていないはずの尻尾を股間に挟み込んで怯えた顔をし、何度も激しく首を振った。分かれば宜しい、と言いたげにスマイルは笑んだまま頷き、だが間を置かず困ったように顔を顰めさせた。
 問題は、パジャマその他の着替えだろうか。
 大体この城には野郎しかいないので、女性ものの着替えなどあるはずがない。さて、どうしよう。
「じゃ、新しいTシャツでも下ろすっス」
「下は?」
「と、トランクスで良いッスか……?」
「それはぼくに聞かないで」
 全員が全員、女の子をまともに相手にしたことがないのである。まるで腫れ物を扱うような対応で、スマイルは自分の頭を押さえながら溜息混じりに返した。
 リビングに戻ると、ソファに座って待っていた少女が手持ち無沙汰そうに、周囲を見回しながら足をぶらつかせていた。黒のワンピースから覗く肌は透けるように白いが、病的な白さとは違っていて柔らかそうだった。
「お風呂入っておいで、案内するから」
「わたしだけ?」
「……君までそういう事言うわけ……?」
 いくらなんでも、それはダメだろう。疲れた調子でスマイルは首を振り、彼女を促して歩き出した。
 途中、階段を下りている最中のユーリに出会って表情が固まったけれど。
「犯罪者め」
「だからそれは誤解だってばー!」
 ちらり、と少女を見てからスマイルを見直してユーリが告げ、彼は怒鳴り声で返す。まったく城に帰ってからは散々犯罪者扱いを受け、彼もかなり疲れてしまっていた。こんな事になるとは思ってもみなくて、どうしたの? と問いかけてくる少女に曖昧に微笑みを返すけれど溜息までは誤魔化すことが出来なかった。
「わたし、迷惑?」
「違うよ。単に、みんな慣れてないだけ」
 来客にも、自分たちよりも遙かに幼い存在にも、そしてなにより女の子を相手することに。スマイル以下全員が、慣れていない。だから迷惑に感じる前に、どうしても扱いに困ってしまって態度が冷たくなってしまう。
 約一名は、違う理由を含んでいるような気もするが。
 ふっと難しい表情を顔の隅に浮かべてスマイルは首を振った。ユーリが消えていった方向、今自分たちが出て来たばかりのリビングを振り返って小さく肩を竦める。
「君は、こっちね。ゆっくり浸かっておいで、疲れたろう?」
「良いの?」
「なにが」
「あのひと……怒ってるみたいだった」
 少女――かごめもまた、ユーリが消えていった扉を振り返りながら呟く。
「君に怒ってるわけじゃないから、気にしないでいいよ」
 あれは単に、多分、拗ねているだけだろうから。心の中で付け足して、スマイルは彼女にまで見抜かれてしまっているユーリの不機嫌さに苦笑し歩き出した。
 あれもなんとかしておかないと駄目かな、と思いつつ。

 本当に彼女は、スマイルを眠るまで離そうとしなかった。
 自分だけが彼の部屋を占領してしまうのが嫌なのか、単にこの闇一色の室内が嫌だったのかは分からないけれども、彼が何処かに行ってしまわぬよう、眠りにつくまでずっと彼女は彼の手を掴んで放さなかった。
 寝入るまで何度も、彼に「どこにも行かないよね」と問いかけ続け、その度に彼は頷いて返していた。けれど穏やかな寝息が響きだした頃を見計らい、彼はそっと、気づかれぬように自分の右手を掴んでいる少女の指を解いてしまう。
 蒲団からはみ出していた線の細い肩に毛布を被せてやり、安らかな寝顔にオヤスミ、と小さく呟いて彼はベッドサイドから音を立てぬように遠ざかっていった。気配を消すのは得意中の得意であり、やはり音を立てることなく扉を開いて出来上がった隙間から身体を滑らせ、廊下に出て閉める。
 泥棒も顔負けの動きに、吐息をついたのはけれど彼ではなかった。
 天井の高い玄関ホールを囲むようにして広がっている個々の部屋、それを繋いでいる廊下とホールとを遮っている手摺りに凭れ掛かるようにして立っていたユーリが、組んでいた腕を解きながら彼を睨む。スマイルも、まさかここにユーリが居るとは思ってもみなくて意外そうな顔を向け、首を捻った。
 その顔が「なに?」と彼に問いかけている。
「一緒に眠ってやるのではなかったのか?」
「まさか」
 どこまでも人を犯罪者にしたいらしいユーリの物言いに、いい加減にしてくれと彼は大仰に肩を竦めさせてユーリを見返した。軽く睨み付けてやると、ユーリの方が先に視線を逸らしてしまう。
 掴んだ腕を覆っている服に皺が刻み込まれていた。
 俯き加減のユーリに一瞥を加えてから、スマイルは髪を掻き上げるとくるりと方向転換させた。自室でもなく、ユーリの方向でもなく反対側――階下へ行くための階段に向かって歩き出す。
 弾かれたようにユーリが顔を上げ、背中に問いかけた。
「どこへ?」
 最初の一歩を階段に落としかけたところで、スマイルは緩慢な動作で振り返る。
「決まってるでショ」
 右手を手摺りに置いて、丹朱の目を細める。告げたことばに、ユーリは意外そうな顔をしてそしてまた、視線を外し床を睨んだ。
「寝るんだよ、リビングでね」
 それは予測できたはずのことばだ。けれどユーリは考えてもいなかったようで、俯きながら口元に指をやり、それを浅く噛んだ。
 スマイルは待たず、さっさと階段を下りる作業を取り戻した。後ろから、ユーリが追いかけてくるのが分かる、けれど彼は声をかけられない限り振り返らないと決めていた。
「何故」
「決まってるじゃない」
 三階から二階へ。踊り場はない曲線を描く緩い階段を下り終えてようやく、スマイルは両手をズボンのポケットに突っ込んだ体勢で階段半ばのユーリを振り返った。
 これで分からなかったら、ユーリのこと、嫌いになりかねないな、と厄介な事まで考えながら彼は笑う。
「誰かさんに、これ以上犯罪者呼ばわりされたくないし」
 ポケットの中で手が無意識に、煙草を求めて蠢いていた。そこに隠されているわけではないというのに、指先になにかが触れて欲しくてしつこく動かしてしまう。見上げた視線は即座に外し、スマイルはまた姿勢を戻して歩き出した。
 煙草を掴むことが出来なかった手を出して、ひらひらと振る。
 けれど、その手が。
 背後から強引につかみ取られ、力任せに引っ張られたものだから。
「――――っ!」
 右足が滑って身体が大きく後方へ傾いだ。悲鳴を上げる事も出来ぬ瞬間技で、どうにか身体を反転させて腰を打つというような状況だけは回避するものの、目の前に見えた景色に驚愕して落下を防ぎきることは出来なかった。
 なんとか膝を強引に曲げて自分の身体と階段の最上段との間に隙間を作るが、しこたま角に膝の皿を打ちつけてしまって痛みに、全身が痙攣した。声を出そうにも喉まで痙攣してしまっているようで、呻くような短い息が吐き出されただけ。
「……ったぁ……」
 奥歯を噛みしめて痛みを堪えながらスマイルが零す。彼の下敷きになりながらも、潰されるのだけは回避されたユーリが、これ以上階段から身体が落ちていかないように後ろ手で身体を支えながら眉間に皺を寄せる。怪訝な表情は、しかし見る間に怒りに溢れていった。
「誰が、犯罪者だ!」
「ユーリがそうぼくに言ったんじゃないか!」
 夜間の怒鳴り声は驚くくらいによく響く。
 互いに反響し合う自分たちの声を耳にして慌てて口を噤み、息を潜めて音が消えていってくれるのを待つ。滑稽な時間をそうやって過ごし、スマイルは未だ傷む膝をずらして立ち上がろうとした。
 だのに、下側にいるユーリが彼の襟首を掴んで放さないから出来ない。
「ユーリ」
「本当になにかやったのか」
「なにを、さ」
「あの娘と、お前が」
「だから、あの子にはなにもしてないし、するつもりもないってば」
「だったら」
 スマイルにはユーリがなにをムキになっているのかが分からない。ユーリはスマイルがどうして分からないのかが、分からない。
「どうして」
 お前は、あの娘を連れ帰ってきたのか。普段なら他人などに殆ど興味を示さないし、どうでも良いと見捨てる傾向にさえあると言えるスマイルが、今日に限って、あの人間を連れてきた。追い出そうともせず、保護してその上自分の寝床まで提供してみせる。
 スマイルの胸ぐらを掴んだまま、ユーリは歯がゆい想いを噛みしめながらスマイルを睨み付けていた。
「お前は、あの娘が」
 “好き”なのだろう?
 次にユーリの口から飛び出たことばに、スマイルは一瞬目を見開いてことばを失った。
 随分と飛躍したようにも思われるユーリの台詞に、だがそれもこれまでの自分を思い返してみれば仕方がないかも知れないと思われて、スマイルは吐息を零した。
 ようやく合点がいって、掴まれる一方だった胸元に手をやり、ユーリのそれに重ね合わせる。
「確かにね」
 指を一本ずつ解いていきながら、彼は短く言った。ユーリが、そらみろ、という顔をしてからふいっと視線を横向けた。背中が当たる段差が痛いのか、表情も険しい。
 スマイルはそんなユーリの背にもう片手を添えて軽く力を込めて自分の方へ引き寄せた。見る間にユーリの表情が訝みに満ちていく。苦笑を浮かべ、スマイルは自分と一緒にユーリを階段に座り直させた。
 服の埃を手で払ってやり、自分は彼よりも二段分低い位置に膝をついて、座っているユーリを向く。曲げた膝の上に肘を置いて頬杖を付き、企むように笑っている顔は油断無い。
「好きだよ、あの子の事は」
 きっと、数ある人間の中では上位ランクに位置するだろう。そう人間の知り合いが多いわけではないので一概に比較も出来ないが、その他大勢の中では抜きんでているはずだ。あの特徴的な容姿や透明な心、底の見えない深い闇の色をした瞳には、魅せられている事を自覚しなければならないだろう。
 ユーリの表情が厳しくなり、そしてどこか哀しげに歪められる。
 スマイルは頬杖を解いた。
 お互いに出来ていた距離を一段分、詰める。ユーリは逃げるように階段からずり上がろうとした。
 けれどその手前で、スマイルは彼の手を掴み取った。
「好きだよ、あの子も……アッシュも、みんな。大好き」
 掴んだ手の冷たさにスマイルは顔を顰めた。いったい彼はいつから、この廊下に立っていたのだろう。その不器用さがおかしくて、嬉しく思えてしまう。
「アッシュ……?」
 今まで話題にも上らなかったもうひとりのメンバーを唐突に提示され、ユーリは目をしばたかせた。
 うん、とスマイルが頷く。
 距離が更に狭まる。吐息が掠め合う距離で見つめ合って、触れるだけのキスを彼に贈った。
 見開かれたユーリの紅玉色の宝石を見つめながら、彼は丹朱の瞳を細める。
 それからもう一度、くちづける。
「ん……」
 ユーリは拒まなかった。恐る恐るではあるが、せっつくように舌で上唇を押し上げると彼は自ら唇を開いて、彼を招き入れた。口腔内に濡れた音が小さく響く。
 自分から招いたくせにユーリは逃げ回るので、スマイルは追いかけねばならずそれが余計にくちづけを深くさせて追い上げられる方のユーリが途中、苦しそうに首を振った。弾みで外れた唇の隙間から赤い舌が覗いて、直視できなかったユーリがパッと顔を背け彼を押し返した。
 表面が濡れているユーリの唇にもう一度舌を伸ばして湿り気を奪ってから、スマイルは離れて行く。わざとらしく音を立てての彼のキスに、ユーリは軽く彼をねめつけた。
 しかしまったく気にした様子をみせず、スマイルは引き剥がされた分の距離を一層狭めてユーリの肩に己の額を押しつけた。
「ね、ユーリ。分かんない?」
 今彼が言ったことばの、正しい意味。
「ああ、分からん」
「分かってよ、それくらい」
 素っ気ない彼の物言いに、スマイルは苦笑を禁じ得ない。本当に分かってくれていないのか、それとも分かっているけれど自分に言わせようとしているのかまでは掴めない表情で彼は、真下にいるスマイルを見返していた。
 どことなく、その表情は楽しげにも映る。
 多分後者だろうな、と勝手に解釈してスマイルははっきりと分かる溜息をついた。
 結局自分はどこまでも彼に勝てないのだろう、永遠に。
「本当に分からない?」
「くどい」
 下から覗き込んで問いかけるが、ユーリの返事はつれなくてスマイルはむぅ、と頬を膨らませた。
 いっそこのまま言わずにいてやろうかとさえ思ったが、そんなことをしたらユーリがまた拗ねそうで、自分の首を絞めるだけだからやめておいた。
「だからさぁ……」
 分かってよ、ともう一度彼の耳元で呟いて。
 スマイルはユーリを抱き寄せた。
 抵抗もみせず、ユーリは大人しく彼に引き寄せられる。お互いの顔さえ見えない距離に、心音が重なって耳にうるさかった。
 けれど、嫌じゃない、こんな感覚も、気持ちも。
「ところでさっきのアレ、ヤキモチって思っても良いワケ?」
「…………誤魔化すな」
 肝心のことばを告げる前に間を置いて、スマイルはクスクスと笑いながらユーリの耳に息を吹きかけた。彼は居心地が悪そうに身体を揺すり、不機嫌な声を出して彼を小突く。それが尚更彼を笑わせて、ユーリは益々不機嫌を募らせていく。
「ユーリだけだよ」
 だからあんまり彼を怒らせてしまう前に、スマイルは笑ったままの声で言った。
「ぼくが、“好き”じゃないのは」
 分かってよね?
 もう一度、しつこく同じ単語を繰り返して彼はそっと、ユーリの頬に口付けた。
「ユーリだけだから、ね?」
 ゆっくりと視線が重ね合う場所に移動して、スマイルは隻眼で微笑んだ。
 薄暗い闇が包み込む廊下で、けれど階段に座ってスマイルに抱きしめられているユーリの頬が赤くなっていくのが分かる。もう一度その、赤い頬に口付けるとユーリは「そこじゃない」と聞こえるか聞こえないかギリギリの境界線上にある音量で呟いた。
 スマイルが顔を離し、ユーリを見返す。
「分かった?」
「…………聞くな」
 ぶっきらぼうに返し、ユーリは瞳を伏せた。
「キスして良い?」
「言うな」
「俯いてたら、キス出来ないもん。ね、していい?」
「だから、お前という奴は……」
「なに?」
 にこにこと微笑みながら、照れもせずにユーリに問いかけるスマイルを彼は恨めしげに、上目遣いにみやった。開き直ったとも思われる彼の態度の変化に、ユーリですら呆れ返ってしまう。
「きらい、だ。ばかもの」
「あ、ひどーい」
 わざわざ“嫌い”のひとことを強調してユーリが舌を出し、スマイルは傷ついた顔をして頬を膨らませた。
 そして直後、ふたりして声を出して笑って。
 もう一度、キスをした。
「ユーリだけだから、こんな事したいって思うの」
「分かっている」
「ね、ユーリはどうなのさ」
 重ね合わせるだけの軽いキスの合間に囁き合って、唇をぺろり、と舐める。問われたユーリはふっ、と表情を緩ませた。
「さあ、どうであろうな?」
 意地悪い口調で告げて、スマイルがなにかを言い返すよりはやく自分から首を曲げ、顔を寄せて口付ける。
 驚いたらしく、隻眼を見開いた彼に微笑みかけると、彼は「ちぇっ」と悔しそうに一度舌打ちをした。
 狡いよ、それ。
 呟きは、キスに紛れて声にならなかった。