白の版図

子供たちへ
 その道は非常に険しく、茨の道であろう
 辛く、苦しく、また悲しみに満ちた永い道となるだろう
 だが決して諦めてはならない
 己自身で決めた道であるならば
 最後まで貫き通す事を忘れてはならない
 はじめに、なにがあったのか
 さいごに、なにをもとめるのか
 答えなど見えなくて当然なのだ
 それは通り過ぎた道に残る春の残り香のようなものでしかない
 それに惑わされても、感傷に浸ってもならない
 後ろを振り向く事なかれ
 前のみをただその目でしかと見届けよ
 その先になにが待っているのか
 その向こうになにを見いだすのか
 己自身のまなこで確かめるのだ
 子供たちよ
 迷う事なかれ
 急ぐ事なかれ
 焦る事なかれ
 後悔する事なかれ
 ただ、願う
 茨の先に緑濃き豊かな大地が広がっていることを
 爾らの未来に、栄光のあらん事を

 闇の中に、その少年は立っていた。
 身の丈から推測するに、年の頃は14,5だろうか。だが松明によってもたらされる僅かな光源に照らし出された少年の表情は、まだ幼さの残る年代とはかけ離れた風貌を呈していた。
 暗く沈んだ瞳は、荒れ果てた大地に立つ少年を取り囲むようにして騎乗の人となっている、帝国軍の騎士たちを虚ろに映し出していた。皮肉げに結ばれた口元は、低い嘶きを繰り返す騎馬を見ても動じる様子がない。また、甲冑で身を固めた帝国兵に対しても、どことなく太々しさを全身から醸し出している。
 利発そうな顔立ちをしているが、それ故に外見にはおよそそぐわない大人びた雰囲気が少年を包み込んでいる。
 焼け野原となったかつては村だった跡地に、独り佇んでいた少年。古ぼけた外套で身を包み、手には同じくボロボロになった革袋が握りしめられている。外敵から身を守るための武器なのだろう、矢筒と弓が、外套の外にはみ出していた。
「何者だ」
 誰何の声を上げた年若の騎士を、下から剣呑とした表情で見上げた少年はうっすらと歪んだ笑みを浮かべて今は兜を外して顔を露出させている騎士に告げる。
「俺が敵に見えるのだとしたら、あんたの目はよっぽど節穴なんだな」
 俺みたいな子供を、都市同盟の兵士だと思いこむのならその辺の町や村に暮らす人間全部がアンタには都市同盟の連中に映るんだろうな。そう続けられた少年の言葉に、年若の騎士は明らかにそれと分かる顔色の変化を見せた。
「小生を侮辱する気か!?」
 この年で中央軍の士官入りを果たした騎士にとって、この戦いは最初の戦いでもあった。しかし緊張し、手柄を取りたいという逸る気持ちが彼にミスを呼び込み、結局この一戦で彼は一度も殊勲を立てることが出来なかった。その苛々が今になって目の前にひとり立つ少年に向けられようとしている。
「俺としてはそんなつもりはこれっぽっちも無かったんだけどな。そう聞こえたのだとしたら、それはアンタが自分に対して何か引け目に似た卑小さを持っていることを認めたって事だろ」
「愚弄するな!」
 両肩を竦めて首を振る少年に、騎士は我慢ならないとついに腰に吊された剣を抜いた。仲間の騎士の間にも、一瞬の間に緊張が走り抜ける。
 しかし少年は、薄明かりのもとに晒された白刃を見ても動じる様子を見せず、先ほどまでよりも尚一層騎士を馬鹿にした表情で立ち続けている。逃げる素振りも見せず、外見に似合わない冷たい視線で馬に跨る青年騎士を睨んでいる。
「なにをしている」
 今にも斬りかかりそうな騎士をはらはらと見守るだけの他の騎士たちは、背後から響いた太く、だが心地よい音を内包する声にほっと胸をなで下ろした。
 少年を囲んでいた騎士のひとりが振り返り、こちらに向かってくる栗毛の馬に跨る巨躯の男を確かめた。
「テオ様」
 安堵の表情はそれ以外の騎士にも現れ、騒動を聞きつけてやってきたテオに道を譲る。少年も、また抜刀していた騎士もテオの登場に気づきそちらを見やった。
 まず、騎士が決まりが悪そうな顔をしてテオから視線を逸らす。だが厳しい表情を浮かべたテオはそれを許さない。
「ヘルクラード、規範は私的理由による抜刀及び民間人に対しての暴力的行為を禁じていたのではなかったか」
「は、い…………」
 今にも消え入りそうな声を出し、がっくりと項垂れたヘルクラードと呼ばれた騎士が剣を鞘にしまう。鍔鳴りが耳に残り、俯いたまま馬を下りた彼を少年は黙って眺めている。物珍しそうに。
「ふぅん」
 だがさして興味を持たなかったのか、すぐに視線は新たに現れた巨躯のテオに戻った。鬱金色のマントを背に、年季の入った鎧で全身を固めている。腰にささる剣は他の騎士たちのものよりも幅があり、長い。落ち着いた空気が全身からにじみ出ており、表情は厳しいがその奥に優しさも感じられた。
「えっと……」
 少年が口ごもる。見上げて顔を見て話そうとしても高すぎて首が痛い。それに気づいたテオは、鎧板を鳴らして馬から下り立った。そうすれば、少しは少年と近い目線を持てることを知っていたから。
「なんだっけ」
 怖々と少年は近くなったテオを見つめ呟く。特に何かを言いたかったわけではないので、なかなか言葉が思いつかない。しかし声を上げたのは自分の方が先で、テオや騎士たちは自分が何かを言うのを待っている。
「あんたたちは、赤月帝国の兵士だよな?」
 確認するまでもないことだった。少年の目の前にいる騎士たちの鎧には、胸にしっかりと帝国の紋章が刻まれている。それに、遠くを見ればはためいている沢山の旗も、全て帝国側の図柄だ。時折それに混じり、軍隊別に与えられた文様が見えた。
「その通りだ」
 テオが答える。見た目に反しない太く力強い声に胸を響かされ、少年は質問に失敗したなと小さく舌を出した。
「なにしに、こんな辺境まで?」
「ジョウストン都市同盟の侵攻による領土内の被害状況を確認するためだ」
 短い言葉で完結に少年に問いかけに答えるテオのハキハキした物言いに、いつしか少年の心はいくらか軽くなっていた。長く信頼のおける大人に恵まれなかった所為で、彼がずっと人になじむことが出来ない生活を送っていた。
 しかし今目の前にいる男は、少年に対して他と同等の扱いを持ってくれている。それが素直に嬉しく思えた。
「ご苦労だな」
「まったくその通りだよ、少年」
 揶揄するつもりで言った少年に、真面目な顔つきで答えるテオがおかしかった。少年を囲んでいる騎士たちは、テオに対してまったく物怖じしない少年の変わらない口調が気に障っていたのだが、テオ本人が咎める様子を全く見せないものだから、口出しすべきかどうかで悩んでいる。
「少年よ」
 日は完全に西の空に沈み、ぼやけた月と星が支配する時間。青と紫の混じり合った闇の中で、テオは少年を見つめる。
「君は、どこから来たのだね」
 度の最中だと分かる格好をしていることを指しているのだろう。少年の前に歩み寄って膝を折り、目線を少年に合わせたテオが問いかける。
「ここは、数日前まで都市同盟の軍が駐留していた場所だ。住民は虐殺され村は焼き払われた。都市同盟軍は我々が撃退し北へ追い返したが、彼らが、死んだ村人のために墓を掘るとはとても考えられない」
 少年の肩にその大きな手を置き、テオは優しい顔で少年の顔を見つめる。慣れていないのか、少年はびくりっ、と全身を震わせてテオから離れようと身を捻った。
「君は、この村の生き残りなのかね?」
「ちがう」
 即答で返し、少年はテオから顔を逸らす。その返事はテオも予想していた範囲であり、むしろ当然の答えでもある。先にも言ったが、少年は旅姿でありそれもかなりの年季が入った外套を纏っている。一年や二年の旅で、あそこまで外套は痛まない。だから彼が数日前に襲われたばかりの村の住人であるのは考えにくい事だった。
 しかし、現に村の端にはいくつもの墓標が並び、野山に咲く小さな花が控えめに添えられていた。
 倒され、焼かれた家屋の廃材を使って組まれた十字架が、いくつもいくつも並んでいる。途中で廃材も足りなくなったのか、間を縫うようにして石の墓標も存在した。
「あれは、君がやったのかね」
 質問と言うよりも、確認のために。テオは後方に造られた墓を目で示した。
「……いけないか」
 立ち寄ったのは偶然だった。山越えをしている最中に夜なのに明るい方角があって気になったので近付いてみた。
 夜の空を照らしていたのは、あの日に似た炎だった。
 村を焼き、住人を殺していった惨き炎がそこにあった。フラッシュバックした遠い時代の記憶が、少年の右手に熱を読んだ。
 テオはひとつ勘違いをしている。この村を焼いた都市同盟の兵士たちはテオたちが追い払ったのではない。テオが軍勢を率いて都市同盟軍と決死の戦いを繰り広げていた頃、この名も知らぬ小さき村を焼いた小部隊はすでに全滅していたのだ。
 長く少年を苦しめてきた空腹感は、今はない。自分自身の過去を投影した炎の村は、虐殺者を退けたもののやはり生者を残しはしなかった。
 少年はひとりぼっち、誰も生き残ってはくれない。
 呪いの紋章よ、ソウルイーターよ。お前は、それで満足なのか?
 ぽつりと呟いた少年の顔が歪む。なにかに必死に耐え、決して弱みは見せまいとするそのけなげすぎる姿にテオは胸を締め付けられた。
 彼には、目の前の少年とほぼ同年代の息子がいる。彼は多くのものに愛され、慕われ、日々を健康に過ごしていた。よく笑い、泣き、怒り、余すことなく与えられた喜びを全身で受け止めている。幼き日に母に先立たれた寂しさは今も残っているだろうが、それに足してもお釣りが出るほどに、彼は周囲から大事にされていた。
 しかしこの、テオの前で懸命に涙を堪える少年はどうだ。
 ひとりきりで生きてきたのだろう。誰にも護られず、頼る相手を持たず、たったひとりで、この荒野を彷徨っていたのだろうか。
 その境涯と苦難を想像し、テオは哀れみの気持ちを持つと同時にその強さに感銘をうけた。
 この少年は、己が息子の持っているものの多くを持っていない。だが裏を返せば、息子が持っていないものを少年は多く胸に抱いている。誰かに与えられる強さではなく、自分自身で開拓していく強さを。
「少年よ」
 テオが、告げる。
「ひとりであるのならば、どうだろう。私と共に来ないか」
 手甲を付けたままの右手を指しだして言ったテオに、少年は怪訝な顔をした。
「私には、君と同い年くらいの息子がいる。息子と、……ラスティスと友達になってはくれないだろうか」
「テオ様!?」
 彼の言葉を聞き、周囲で見守っていた騎士たちから一生に非難の声が上がる。だが、それを巡らせた視線だけで抑え込んだテオは再び少年に向き直って、もう一度同じ言葉を繰り返した。すなわち、息子の友人として君を迎えたいと。
 テオは以前にも、都市同盟の侵略時に両親を殺された少年を拾っている。金色の髪をした細腰の少年は、今はテオの屋敷の使用人として立派にテオの息子ラスティスを世話している。もっとも、そろそろ少年と呼ぶには無理のある年齢に達しているのだろうが。
「なんで、そんなこと……」
 少年は、言ってしまえば身元不確かな戦災孤児に等しい。行く当てのない旅を続けることは苦痛で、いい加減ひとつの場所にしばらく落ち着きたいと思っていた矢先だったからこの申し出は少年にとっては、願ったり叶ったりなのだが。
「同情だったら、余計なお世話だ」
 優しさに裏切られた時の痛みは、嫌なくらいに体験してきた。下手な同情で優しくされたくはない。それくらいなら、一生ひとりでいる方がマシだとさえ思っている。
 だけれど、テオはまっすぐに少年の目を見つめて言う。
「同情ではない、これは頼みだ。君をひとりの人間として、我が邸宅に客人として迎えたい」
 この時少年はまだ、テオが赤月帝国の六将軍がひとりであることを知らなかった。テオの言葉の重みがどれほどのものかを、理解し得ていなかった。
 ただ、自分を認めてくれたのだというその気持ちだけは伝わった。
 嬉しかった。だから。
「……いいよ」
 ついそっぽを向いて素っ気ない返事しかできなかったけれど、少年は心の底から久しぶりの喜びを噛みしめていた。
「テオ様は、また…………」
 呆れたのは後ろに控えている騎士たちで、また人の良いテオ様の悪い癖が出たと口々に呟いている。しかし本気でそういっている人間は皆無で、誰しもがテオのその優しさと懐の深さを慕っていた。
「少年。君の名前を聞いても構わないか」
「ああ、そういえば言ってなかったっけ」
 親子の年齢差を軽く笑い飛ばし、口調を変えないでいた少年もテオの名と将軍であることを教えられると途端に敬語を使うようになったのだが、それはもうしばらく先の話。
「俺は、テッドっていうんだ」
 闇の中で、初めて少年は笑った。

 反乱軍が勢いを増し、兵力を整えて赤月帝国皇帝バルバロッサに刃を向けるようになって、しばらく経ってから。
 仮の執務室を訪れた法務官によって、その知らせはテオに伝えられた。
「もう一度……問う。それは本当なのか?」
 グレンシールの表情に焦りが浮かび、反対側に控えるアレンと顔を見合わせてふたりは揃って白髭の法務官に問いかけた。
 中央の樫の机に座る、巨躯の男は動かない。眉ひとつ動かさず、じっと腹心の部下たちと法務官のやりとりを聞いている。
「はい、間違いありません。トラン湖の古城を拠点として我々帝国に弓引く反乱軍を指揮しているのは、テオ様の御子息様本人であることが、確認されております」
 時折テオの顔色を窺いながら先ほどと全く同じ内容を繰り返した法務官に、アレンはこみ上げる怒りを抑えるのに必死だった。グレンシールも、普段の冷静さが感じられず動揺を隠そうとしない。
「テオ様……」
 グレンシールが振り返りテオに目線で問いかける。
 法務官の報告を信じたくはない。だが現実に、テオの一人息子ラスティスは数ヶ月前、帝国軍に逆らったとして追われ、グレックミンスターを出奔し行方をくらましている。ラスティスだけではない、その付き人であるグレミオと女性ながら勇ましい戦いぶりでテオの信頼も厚いクレオまでもが、ラスティスと共に帝都から姿を消していた。
 そして突然、降ってわいたラスティスが反乱軍を指揮しているとの報告。それはまさしく、帝国に仇なす行為に他ならない。
 ラスティスは父であるテオにあこがれ、テオが北方へ赴任する直前に帝国近衛騎士に任命された。その役目を誇り高く果たし、行く末はテオの跡を継ぎ将軍職にまで登り詰めるだろう事を周囲からも期待され、自身もそうなることを望んでいたはずの彼が。
 今は帝国をうち崩そうとする反乱軍を率いているなど。
 ラスティスの人となりを知るものが、そう易々と信じられるだろうか。
「でたらめを抜かすと、どうなるか分かっているのだろうな!?」
 アレンが脅してはないぞ、と剣の柄に手をやって法務官を強く睨む。だがそれを制止したのは、それまでずっと黙って見守るばかりだったテオ本人だった。
「アヴェンタール殿、その言葉に嘘偽りはないと誓えますな」
「諄いですな、テオ殿。これは紛れもなく、我が尖鋭を誇る帝国近衛騎士団が見いだした確固たる事実ですぞ」
 その近衛騎士団が調べた事自体が、充分虚偽を捏造している可能性を高くしているんだよ。アレンが誰にも聞こえない声で吐き捨てる。グレンシールも声には出さなかったが、アレンとほぼ同じ気持ちだった。
 腐敗の一途を辿る近衛騎士団の力量がいかなるものか、想像するに難くない。
「では問いましょう。我が息子ラスティスは、我が家の使用人であったグレミオと私の部下であるクレオと共にあるのでしょうか」
「はい、それは間違いないでしょうな」
 髭を撫でながら得意げに法務官が笑う。だがテオの強い視線に気圧され、直後誤魔化すように咳払いをすると視線を逸らした。
 ふう、とテオが息を吐く。
「ではもうひとつ。テッド君は、ラスティスと今も一緒なのでしょうか」
「テッド? はて、そのような輩はいたかのぅ……」
 テオが戦場から連れ帰った少年は、最初の屋敷で共に暮らすという申し出だけはやんわりと断ったものの、テオの望み通りラスティスと良い友達になってくれた。
 もともと父親の偉大さの所為で友人に恵まれなかったラスティスは、何の気兼ねもなく接してくれるテッドにいたく懐き、心を開くのにそう時間はかからなかった。テッドもまた、初めの頃は戸惑いを隠せずにいたが徐々に慣れ、本当の家族のように暮らすようになっていった。
 いつしか、テオの息子はふたりに増えていた。
 法務官が天井を見上げながら思い出そうとまたしても髭に手をやり、なにやらぶつぶつ呟き始める。だが結局、テッドに相当する人物を思い出せなかったらしい彼は小さく首を振った後、
「そのような名の人間は、反乱軍にはおりませんな。恐らく何処かで死んだのではないかと」
「…………」
 遠慮のない法務官の物言いに、聞いていたアレンが拳を血が滲むまで握りしめた。
 樫の机の上で、テオが重い表情のまま腕を組む。
「皇帝陛下は、どうおっしゃられておいでか」
 法務官の役目は、本当はラスティスの造反を知らせることではなかったはずだ。テオの動揺を微塵も感じさせない口調に、彼は顎から手を放し勿体ぶったようにアレンとグレンシールを眺めやった。
「そうでしたな、危うく忘れるところでしたわ」
 暢気に呟き、彼は懐から蝋印のされた封書を取りだしそれをテオに向かって差し出した。受け取り、テオが封を切って中身を取り出す。
 一枚の紙切れに書かれた文字は、バルバロッサのものではない。しかし最後に押された朱印が、紛れもなくこれが皇帝直々の決済だと教えている。
「陛下は、私をお疑いか」
 心なしかテオの声は震えていた。一体書面になにが書き記されていたのかとアレンとグレンシールは顔をつきあわせてそれからテオを見る。法務官は、最初から書簡に記されていた内容を知っていたらしい。嫌らしい顔つきをしている。
「念のためですよ、テオ殿。しばらく大人しくしていてくだされば、じきに疑いも晴れましょうぞ?」
 法務官の声と、テオが机にバルバロッサからの謹慎を命じる指令書を叩きつける音が重なった。
 テオの息子が反乱軍を指揮しているらしい。ならば、もしかするとその父親であるテオも造反する疑いがある。謀反を計画しているやもしれぬ。ならば、今しばらくは動きを封じて様子を見、確かめる必要がある。
 それが、赤月帝国中枢部が下したテオに対する処分だった。
「恥を知れ!」
 アレンが叫ぶが、にやりと笑った法務官に、
「それは、皇帝陛下への冒涜と受け止めても宜しいのかな?」
 皇帝バルバロッサの命令は絶対であり、逆らうことは許されない。法務官の言葉にぐぅと唸ったアレンは、悔しげに唇を噛み己の足下を強く睨んだ。
 なにも出来ない自分が心底情けなかった。
「用件も済みましたことですし、私はこれにて失礼させていただきましょう」
 なにぶん仕事が立て込んでおりまして、あまり時間を割いている余裕がないのですよと、勿体付けた言い方で法務官は退室の準備に取りかかる。
「グレンシール、門までお見送りしろ」
「かしこまりました」
 やり場のない怒りを必死で抑え込んでいるアレンを動かすことは出来ないと判断したテオが、反対側に立つグレンシールに命じて法務官を送らせる。一緒にアレンも退室し、ひとり残されたテオは重いため息をこぼすともう一度、机上のバルバロッサからの指令書を見つめた。
 そして、先の法務官の言葉を思い出す。
「一緒ではないのか……?」
 ラスティスと、テッド。ふたりは親友であり、仲間であり、家族であったはずだ。だがテッドは、今はラスティスの側にはいないらしい。
 何故だ? グレックミンスターでいったいなにが起きたというのだ?
 瞼を閉じ、椅子に深くもたれかかったテオは考える。
 だが、答えは出てこなかった。

 こどもたちよ
 その道は険しく、苦しく、哀しいものとなるだろう
 幾多の試練が爾らの前に立ちふさがるだろう
 だが決して諦めてはならない
 己が選んだ道を悔やんではならない
 すべては爾の願うままに、祈るままに
 道は数多の未来を示している
 どの道を行くかは爾の意志次第
 こどもたちよ
 この選択を強いることは酷であるかも知れない
 だが、この真白き版図を埋め尽くすには
 今、始めるしかないのだ
 晴れの日があれば、雨の日があるように
 楽しい日もあれば、哀しい日もあるように
 辛いこと、哀しいこと、嬉しいこと、悔しいこと
 多くの経験を積んでこの白の版図を埋め尽すのだ
 こどもたちよ
 我が愛しき子供たちよ――――