刹那な日常

 レイクウィンドゥ城は、古い。
 とにかく、古い。あちこちは叩けば崩れるし、壊れる。最初の頃よりはだいぶ改善されてあまり目立たなくはなっているものの、人目に触れにくい場所は後回しにされてそのまま、なんて事が未だにある。
 それにここはもともと、要塞だった。今も、だけれど、今以上に本格的な要塞としての役目を持っていた。まさしくここは、最後の砦だったわけだし。
 そんなわけで、探しようによっては当時の隠し通路や、秘密の抜け穴なんかを見つけだすことが出来る。そしてそれはもっぱら、好奇心旺盛な子供達の役目だった。
 子供だけの秘密、特権。大人になったら出来ない、でも今大人になってしまっている人達も子供の時一度は体験した、楽しいこと。宝探し、探検ごっこ、そんなわくわく出来る事がレイクウィンドゥ城には溢れている。
 楽しまないのは、損でしょう?

 発見者は、フッチ。
 城の周囲に広がる森を散歩中、抱いていたブライトが突然暴れ出したらしい。フッチの両手から逃げ出した白い竜の子供は、柔らかい草と腐葉土の中をちょこちょこはい回って、飼い主にその穴を教えた。
 いや、実際の所は枯れ葉に隠れていた穴に、ブライトが落っこちかけただけなのだが。
「でー……、これがその穴?」
 穴が単なる自然に出来た──モグラか何かが掘った穴だったら、間違いなくフッチは無視しただろう。危ないから、と穴を土で覆い隠すぐらいはやっただろうけれど。だけどそれが人工的に、明らかに誰かが手を加えたものだと分かったら?
 放って置くはずがないのが、彼の友人達だろう。
「そうだよ?」
 サスケの一言に頷き、フッチは草で隠して置いた穴……もとい、古井戸跡のような入口を皆の前に示した。
 赤茶色のくたびれた色をした煉瓦が、明らかに人の手によるものと分かる形で綺麗に並べられている。ただ、井戸にしては場所が森の中の人が滅多にやってこないような地点だし、釣瓶も何も見当たらない。長年の風雨にさらされて腐って崩れてなくなった、という風でもない。それに、
「なにこれ。蓋?」
 面白そうに穴の回りを眺めていたセレンがとある事に気付き首を傾げる。しゃがみ込んで穴をのぞき込んでいた彼の後ろに回り込んだルックは、セレンが指で示すそれを見て、形の良い眉をひそめた。
「蓋と言うよりは、扉だったもの、のようだね」
 煉瓦の端にわずかに残っていた気のクズと鉄の欠片に指で触れ、ルックは穴の底をのぞき込む。深くてとても底まで見えなかったが、よくよく眼を細めてみると、少し地上部分から下がった辺りに、梯子のようなものが見えた。
「秘密の抜け穴だったんでしょうか……」
 キニスンが後ろの方から控えめに言うと、途端にサスケの眼が爛々と輝き出す。
「抜け穴? ひょっとして、宝の隠し場所に通じてるとか!?」
「そこまで一気に飛躍させられる、君の頭が羨ましいよ……」
 サスケの脇でフッチが呆れた顔で呟いている。
「行ってみようか」
「……言うと思った」
 わくわくして振り返るセレンに、中腰から背を伸ばして体勢を戻したルックが諦めた口調で言う。
「言って置くけど、何かあったときに怒られるのは僕なんだよ?」
「怒られないようにすればいいじゃんか」
「……君に言った僕が愚かだったよ」
「むかっ」
 軽く頭を掻きながらこぼしたルックの台詞を聞き逃さなかったサスケが握り拳を作ってルックを睨む。だが当のルックはまったく気にする素振りも見せず無視を決め込んでいて、それがますますサスケの癇に障った。
「前々から言おうと思ってたんだけどさ、お前、むかつく!!」
「はいはい」
「この辺で一回勝負しておく必要があると、断然おれは思う!!」
「それで?」
 意気込んで叫ぶサスケと、気のない返事で受け流す一方のルック。見ている3人にしてみればいつもの不毛な喧嘩だ。
「もー、ルックもサスケも、止めようよぉ」
「そうそう。どうせやっても無駄なんだし」
「あはははは……」
 呆れ顔で仲裁に入るセレンとフッチを、まだどうもこの喧嘩に慣れられずにいるキニスンは乾いた笑い声を立てながら眺めている。サスケのプンスカした感情はまだ収まっていないようだが、フッチに巧みに言いくるめられて握り拳を下ろした。
「行くんでしょ?」
「……分かってるよ」
「サスケが行きたくないんだったら、止めるよ? 僕は別にどっちでもいいんだから」
「分かりました。行くよ、行くってば!!」
「うむ。よろしい」
 ぽんぽん、とサスケの肩を叩き、フッチは満足そうだ。一方のルックの方も、セレンが例の如く、
「駄目だよ、ルック。もうちょっと相手のことを考えて言わないと」
「…………」
「あんな風に言われたら誰だって怒るよ。ルックだって、嫌でしょう?」
「…………」
「聞いてる?」
 返事のないルックを下からのぞき込んで、セレンは怪訝な表情を作る。だが、いきなりしたから伸びてきた手にわしゃわしゃと髪を掻き回され、彼は「わひゃぁっ!」というよく分からない悲鳴を上げた。
「何するの!」
「別に。君に説教されたのが面白くないだけだよ」
「なにそれ!!」
 普段の立場が逆転して、少し面白くなかったらしい。それが分からないセレンは澄ました顔でいるルックに牙を剥くが、慌てたキニスンになだめられ、頬を膨らませてはいるものの、大人しくなった。
「それで、行くの? 結局」
「おう!」
 入口の横に立ったルックの言葉に、ガッツポーズで返事をするサスケ。彼の後ろでフッチも苦笑いを浮かべながら頷く。
「セスは?」
 振り返って訊くと、彼はまだ拗ねていたが、
「どうするの?」
「……行く」
 重ねて尋ねられて、渋々と言った感じながら頷いた。そのセレンの頭を撫でてやっているキニスンも、ルックの視線を受けて和やかに頷く。
「それで、ルックは来るのか?」
「仕方ないだろう。君たちだけじゃ、何をしでかすか分かったものじゃないしね」
「いちいち気に障る言い方をする奴だな、お前って」
「今頃気付いたのかい?」
「こいつ殴っていいか?」
「勝てないからやめておいた方がいいよ」
 こめかみに青筋を立ててサスケはフッチに言うが、フッチは諦めろと小声で囁いて彼の方を力無く叩いた。
「それにしても、深い穴ですね。どこに繋がっているんでしょう?」
「それを今から確かめにいくんだろう」
 下手に城の地下なんかに繋がっていたら、そしてそれがハイランド側に知られてしまったら、ここを通って侵入者が現れるかもしれない。以前暗殺者が城に忍び込んだことがあってから警備はいっそう厳重になったが、こういう抜け道までは人手を割けずにいるのが現状。
「このことはシュウ軍師には報告したんですか?」
「まだ」
 キニスンの素朴な問いに即答で否定したのは、ラストエデン軍リーダーのはずの、セレンだった。
「まだって……」
「ここが隠し通路かどうか、まだ分かんないし。ゴールがどこか調べてからにしようって」
「それにさ、あいつ等に言ったらここ閉鎖されて、俺達入れなくなるじゃん?」
 セレンの台詞をサスケが引き継ぎ、あっけらかんと言ってのける。キニスンは少し、頭が痛くなった。
「気持ちは分からなくもないですが……」
「じゃ、いくぜ! 俺いっちばーん!!」
 まだ何か言いたげなキニスンを置き去りに、一番身軽なサスケがあっという間に地面にぽっかり空いた暗闇の底めがけて飛び込んで行ってしまった。
「じゃあ、お先に」
「一度に行くと梯子が崩れないかな」
 フッチがそれに続き、ぎしぎし言っている梯子の音を不安げに聞くセレンが穴に潜る。人ひとりが通るので幅がいっぱいの穴は、実に滑りやすい苔がいっぱいに生えていた。
「やれやれ」
 ぬめり感を確認し、ルックは自分に風の魔法をかける。そして彼もまたキニスンに声をかけることなく穴の中に入ってしまう。但し彼だけは梯子に手を触れず、空中を浮かぶ要領でゆっくりと地底世界に沈んでいった。
「滑るな、結構」
 穴は存外に深かった。崖の上に建てられた城だから、もしかしたら絶壁の真下の海岸線に出るかもしれない、と思いながら慎重に梯子を下りていたサスケだったが……。
 ぱらぱらと頭に粉のようなものが降ってきて、一瞬不安に駆られた。
「まさか、な……」
 いくらなんでもそれはないだろう、と思って声に出すが、思いの外その声は枯れていた。そう言えばさっきから妙に梯子が揺れているし、みしっみしっていう音も大きくなってきているし……。
「うわ!!」
 遙か頭上で、でも反響してくる所為で意外に大きくセレンの悲鳴みたいなのが聞こえた。直後、サスケは上を見て絶叫。
「くるな、馬鹿!!」
「ひょええええええーーーーーーー!!!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!?」
 セレンと、フッチと、ふたりが折り重なるようにしてサスケめがけて降ってきた。逃げ場は、ない。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
 苔で足を滑らせ、バランスを崩したセレンに追い打ちをかけるようにして3人分の体重を支えきれなくなった梯子が切れた。そのまま彼の下にいたフッチとサスケは団子になり、穴の底へまっしぐら。
 ばしゃーーーんっっ!!!
 だが、幸か不幸か穴の底は長年降り溜まった水が結構な量で敷き詰められており、水に衝撃を吸収されたおかげで3人ともびしょぬれになったものの、怪我はなかった。ただひとり、一番下になったサスケはもろに水面に顔を打ち付けてむせ返っていたけれど。
「げほ、げはげはげは!!」
 鼻から水が入ったらしく、つーんとした痛みに耐えて咳き込むサスケ。その背中をさすってやりながら、フッチはかなり広い地下空洞を見上げた。入ってきた穴がとても小さく見える。
「なにをやっているんだか」
 真上から声がして頭を上げると、空中に停止したルックが呆れ顔で全員を見下ろしている。
「あ、ずるい」
 ひとりだけ、と文句を口に出して彼につかみかかろうとしたセレンだったが、するりと空中を移動されて逃げられ、悔しそうに水面を叩く。
「大丈夫ですかー!?」
 遠くから声が響いてきて上を向くと、入口の穴でキニスンがのぞき込んでいるのが小さく見えた。
「へいきー」
「でもつべてー!」
「上がればいいじゃないか」
 犬のように頭を降って水気を飛ばすサスケに、ルックがほら、と自分の右手を示す。すり鉢状になっているらしい地下空洞の壁面近くは、水から出て歩けるようになっていた。
「あそこ、通路になっているみたいですよ」
 フッチが更にその奥を指さし、声を上げる。確かにこの暗がりで見えにくいが、どこかへ通じているのか、道があった。見渡す限り、どうもそこ意外に道はなさそうだ。
 するすると細いロープが下りてきて、しばらくするとそのロープを伝ってキニスンが下りてきた。彼は水面の直前で手を止めて、体ごと大きく左右に振ると勢いをつけて地面に降り立った。
「ずっけー」
「落ちる方が間抜けなんだよ」
 濡れ鼠のサスケの言葉に、ようやく下りてきたルックがすかさずいらぬ突っ込みを入れる。
「くしゅっ」
 セレンが小さくくしゃみを一つして身を震わせると、直後どこからともなくタオルが降ってきた。少し遅れて、フッチとサスケの頭にも同じようにタオルが落ちてきたのだが、何故かサスケの分だけが濡れタオルだった。
「なんでー!?」
「…………」
 ルック、無言。おそらくわざとではないのだろうが……。
 水に落ちた組3人が体を拭き終わるまで待ち、5人揃って再出発。準備がいいキニスンが手際よく火をおこし、落ちていた枯れ枝(結構古そう)に灯してそれを頼りに、一行は進んで行く。
「人の手で整備された跡があるけど、基本は自然に出来た洞窟みたいだな」
 こういう場所は得意なのか、サスケが興味津々で壁を触りながら呟く。
 彼の言うとおり、天井にまでは手が施されていなかったが、明らかに床部分は歩きやすいように補正されている。これを引き抜くと洞窟自体が崩れてしまうような大きな岩はともかくとして、小さなものはほとんど見受けられない。一体どれだけの年月放置されてきたのかは分からないが、大して朽ちた様子もなく、洞窟はしっかりと存在していた。
「自然の力でしょうか」
 フッチが感心したように言い、セレンも不思議そうにきょろきょろと辺りを見回している。
 と、突然先頭を行っていたキニスンが止まった。
「どうしたんですか?」
 フッチが尋ねると、キニスンは何も言わず松明の火を前方に向けた。小さな明かりに照らし出されたその先は、どこまで続くか分からない底知れぬ闇ではなく、赤い炎を反射してやけに明るく輝く壁だった。
「行き止まり!?」
 セレンが大声を上げ、ルックが眉をひそめる。
「じゃ、なに? 俺達って濡れ損?」
 サスケも唇を尖らせて文句を言うが、こればっかりは仕方がない。壁が何かの拍子に崩れ、それまであった道が塞がってしまっているのだとしたらまだ救いはあったかもしれないが。
「どうします? 戻りましょうか」
 松明を持つキニスンが皆を見回して尋ねる。だがその横を、いくらかいぶかしみの表情を作ったフッチが通り過ぎた。そしてなんのつもりか、道を閉ざす壁の前に立ち、まじまじと観察を始めた。
「フッチ?」
 セレンが彼の名前を呼ぶが反応がない。腕組みをしたルックも動きはしなかったが、黙って壁を睨み付けている。
「あれ?」
 サスケが首を傾げる。とてとてと小走りに駆けてフッチの横に並び、高い壁を見上げた。手を伸ばしてそっと触れ、それから両サイドを囲む壁に目を向ける。
「あれ?」
 もう一度首を傾げ、サスケは唸った。
「なんか、この壁だけ土質が違う」
 こっちの壁は磨かれたようにすべすべしているのに、これまで歩いてきた道の両脇の壁はざらざらしていた。炎の反射率も違う。
「どう言うこと?」
 分からないらしいセレンが答を求めてルックを見た。ため息混じりに彼を見返し、ルックは腕をほどく。
「つまり、この壁は人工的なもので……まだ先に道は続いている可能性が大きい、って事だろうね」
 恐らくどこかに壁を抜ける為の隠し扉か、仕掛けがあるはずだと続けると、途端にセレンの表情に光が宿った。
「なんだか、わくわくしてきた」
 ますます探検らしくなってきた、と嬉しそうだ。はしゃぐセレンを見て、キニスンが苦笑する。と、その時。
「こいつか!」
 サスケの楽しそうな声が響き渡る。だが。
 ゴゴゴゴゴゴ………………
 低い轟音を上げ、現れたのは壁を抜けるための道ではなかった。
 ぽっかりと、彼らの足元に空洞が出現。
「へ?」
 一瞬、誰もが事の成り行きを理解できず眼をぱちくりとさせて凍りついた。
「ひょええええええええーーーーーー!?!?!?!?!?」
 絶叫の五重奏が地下深くに消えて行く。
「またーーー!!!!?」
「サスケの馬鹿――――!!!!」 
「俺の所為じゃねーーーっっ!!」
「…………まったく…………」
「……あはははははは………………」
 五人五様の叫びを上げながら、全員が抜けた床から落ちたのを見送り、それまで床だった天井はぱたん、と閉じられた。誰も気付いている余裕なんてなかったけれど。
「風よ!」
 さっきの時とは比べものにならない深さで、このままではもし地底に水が溜まっていたとしても無事では済まされないとルックは判断した。その瞬間、彼は早口に呪を紡ぎ、落下する5人を包み込むように風を呼び込んだ。
 ふわり、と言う感触が全身を包み込みいくらか落下速度が緩まる。だがさすがのルックもこの状況で5人まとめて浮かせることは無理だった。速度は緩まったものの、落ち続けていることには変わりなかった。
「うわぁっ!」
 どっぼーーーーんっっ!!!
 巨大な水柱が高くまで立ち上り、水泡がわき上がる。
「ぺっ、ぺっ」
「つめたーっい!!」
「いってーー!」
 それぞれ好き勝手な事を口にしながら水面に頭を出す。深さはさっきとはやはり比べものにならないほどに深い。水の冷たさと透明度も同じく。
「なんなんだよ、もう……」
 水を吸って重くなった髪を掻き上げ、ルックがひとりごちる。あまり泳ぎが得意でない彼に、側にいたセレンはすかさず助けの手を出す。サスケもフッチも、周りを見回してここがどこかを探ろうとする。
「波が立っている……?」
 キニスンが呟き、波が押し寄せてくる方向を見て眼を細める。
「外だ!」
 サスケが叫んだ。
「ここ、……デュナン湖ですよ」
 天高くもう見えない天井を見上げてから、明るい光を射し込ませている岩の透き間を覗いてフッチが言う。まだ水に浮かんだままの残り四人は、そろいも揃って「へ?」と言う顔を作った。
「なんで……?」
 訳分からん、と言うサスケにキニスンが少し考え込んで、
「そうか。ここは抜け道は抜け道でも、脱出用の道だったんですよ」
 城が万が一敵の手に落ちてしまった場合、安全に脱出できるようにこの道が造られたのだ。自然にあったものを出来るだけ利用して。
「だとしても、少し乱暴なコースだな」
 呆れ顔で言い、ルックはさっきと同じ呪文を唱えて自分を支えているセレンごと水中から脱出した。波に削られた岩の上に降り立ち、服の裾をつまんで絞る。
「ルック、タオル」
「僕は便利屋じゃないよ」
 セレンにそう言われ両手を差し出されて、不満げに答えたものの自分にも必要だからと空中からタオルを取り出す。きっと今頃、城の洗濯物干場ではタオルが一気に行方不明になって小さな騒ぎになっていることだろう。
「風邪ひきそう」
「馬鹿は風邪ひかない……ああ、これは間違いだったんだっけね」
 両手を抱えて震えながら水から上がったサスケに、ルックが以前の事を皮肉って言った。
「こっちから出られそうですよ」
 キニスンが戻ってきて岩の上に上がる。洞窟の出入り口を覗きに行った彼は、この先に湖へ通じる穴があったことを教えてくれた。
「崖沿いに行けば、船着き場に着けそうです」
 タオルを受け取って顔をふいたキニスンが言った。
「結局、宝の隠し場所じゃなかったんだな」
「またそんなこと言って……。そういう感じじゃなかったでしょ?」
 つまらなそうに言ったサスケにフッチが突っ込み、皆して岩場から陸地に降り立つ。狭い通路でない道を壁にへばりつくようにして進み、風がざわめく外にでたときにはもう、太陽は西の空にだいぶ傾いていた。
「もうこんな時間なんだ」
「暗闇の中だと時間の感覚が狂うって言うからね」
 感心したセレンの言葉をルックが補う。キニスンに導かれて波が打ち寄せてくる岩場をしばらく行くと、見慣れた船着き場が見えてきた。
「なんか、あっけない幕切れだよな」
「もうちょっと一波乱あってもよかったのにね」
 頷きあうサスケとセレンをため息ついたルックが眺めて、フッチの苦笑を買う。
「まあ、いつものことですから」
「これ以上のことをされたら、僕の身が持たないよ」
「そう言うなよ。俺達のお目付役なんだろ?」
「ちゃんと責任持ってついてきてよー」
 好き勝手言うふたりに一瞥を与え、ルックは空を見上げた。
 平凡ではないけれどいつも通りの日常が今日も過ぎていく。明日は何があるのだろう? 考えて、ルックは頭を振った。恐いから、考えないでいよう、と。
「あ、タイ・ホーだ!」
「おーい、こっちこっち!!」
 船に乗った漁師の姿を見つけ、セレンが大きく両手を広げて叫ぶ。その声に気付いて、小舟がこちらに向かってくるのが分かった。待っていればこれ以上歩かなくて済みそうで、足元を襲ってくる波から逃げるように岩場に背を貼り付ける。
 夕暮れを背景に小舟がいくつも波間に浮いている。
 今日が終わり、また明日がやってくる。
「明日はどうしよっか?」
「そーだ! 俺この前、面白いところ見つけたんだ」
 子供達の日常には、退屈なんて存在しない。
 明日もまた、大騒ぎ。