君がそこにいるその幸せ

 フラットに新しい仲間が加わった。
 動機はどうであれ、心強い仲間であることに違いはない。それにハヤトにとっては、彼――キールが一緒にいてくれることは正直ありがたかった。
 まだ、ガゼルは納得し切れていないみたいだけれど。でも日本に帰る手段を何一つ持たず、ヒントすら掴めていないハヤトにしてみれば、あの召還儀式の場で唯一の生き残りであるというキールだけがただひとつの手がかりなのだ。
 ただキールは人付き合いが苦手なのか、自室にこもりっきりであまり外に出てこない。呼びに行かなければ食事の席にも現れない始末で、なにかと世話を焼こうとするハヤトだったが、どうもキールはそれを煩わしいと感じている素振りがあった。
「もうちょっと分かり合えたらいいんだけどなー」
 キールの部屋の隣――自分の部屋でベッドに横になり、ぶらぶらと足を揺らしていたハヤトは木目のいびつな天井を見上げて呟く。
 今現在、キールの置かれている立場は非常に微妙だった。
 仲間として迎えられていながら、自分からその仲間達に交わろうとしない。言葉をかけてもろくな返事を返さず、一方的に会話を終わらせる。たぶん彼はとまどっているだけなのだろうが、無視をされた方は理解はしても心が追いついていない。特にガゼル、それに子供達。
 ぎすぎすした空気を肌で感じながら食事をすることは楽しくないし、味もおいしいと感じられない。
「慣れてくれたらいいんだけど、すぐには無理だろうな、やっぱり」
 日本では友人も多く、話題も豊富で誰とでも人見知りすることなく接してきたハヤトだったが、それでもすぐにキールは攻め落とせそうにない。今までにない難攻不落なキールの固い殻を、なんとかうち崩せないものか――。
 このままの状況が続けば、先に切れるのはガゼルだ。下手をすればキールが追い出されてしまいかねない。もっとも、そんなことをリプレが許すとは思えないが。
 だが、彼女も困っていることは確かだろう。ほとんど話をしたこともない相手を、そう簡単に信用出来るものではないから。
「難しいなぁ」
 少しずつ、ゆっくり、時間をかけて仲間達とうち解けて行くしかないだろう。だが、それだといつになるか分からない。
 なにか、小さくていい。何かきっかけがあれば――分かり合えるはずなのだ。
 今日の夕食の席でも、キールはなかなか現れなくてハヤトが呼びに行った。彼は部屋で本を読んでいて、ノックして入ってきたハヤトを見るとあからさまにいやな顔をしてくれた。特に何も言いはしなかったけれど、あれは完全に迷惑に思われている。
 ――本に夢中になるのはいいけど、みんなが揃わないと夕飯が始まらないっていうのも分かって欲しいよな。
 食事が終わればさっさと自室に戻ってしまう。家族(じゃないけど)団らんの時間を作ろうという気はさらさらないらしい。そんなに本の方が面白いのか? と考えて何故かハヤトは胸がむかむかした。
 自分が彼の読んでいる本に劣っているのだと、思いたくなかった。
「だーっ!! いらいらする」
 考え事になれていない頭を掻きむしり、ベッドの上でハヤトはのたうちまわった。だがそれにもすぐに飽きて、ぽてんと横になった彼は頭を抱えながらキールがいるはずの部屋と接している壁を眺めた。
 それほど分厚い壁ではないので、ひょっとしたら、今のハヤトの雄叫びがキールの耳に届いているかもしれない。そうしたら、また変なヤツだとか、迷惑だなぁ、とか思われてしまうのだ。
「はぁぁ」
 思いつきやその場の状況だけで事を判断し、先走りすぎだと仲間達からもよく言われる。考えるのが不得手だというよりも、考えるより先に体が動いてしまうのだ。喋るにも、喧嘩の仲裁にはいるのも、困っている人を見過ごせないのも。全部、深く考えてのことではない。
 それはいいことだけど、あまりよろしくないことだな、と中学時代の友人に言われたことがある。その時は彼のこの言葉の意味が良く理解できなかったけれど、今ならなんとなく、分かる。
 勢いで突っ走るのもいいが、それで後悔することだってあるのだと、彼は言いたかったのだろう。
 そういう意味では、彼はハヤトのストッパーだった。高校進学で学校が別れてしまい、会う機会がなくなってそれっきり疎遠になってしまったけれど。元気にしているだろうか、彼は。
「ちょっと、キールに似てるかな……」
 でも彼は話し掛ければちゃんと答えてくれたし、相づちを打って言葉を投げ返してくれた。キールの方がよっぽど難攻不落。
 夜もふけってきている。ともすればそのままベッドの上で眠ってしまいそうなハヤトだったが、木のドアが軽くノックされて呼ばれた。
「はーい、何?」
 返事をしてベッドから勢いづけて立ち上がり、ドアを開ければそこに誰もいなかった――というのは、冗談で。
 確かにハヤトの目線の高さには人の姿はなかったけれど、足元にはやんちゃ盛りのアルバがちゃんと立っていた。
「兄ちゃん、一緒にお風呂入ろ?」
 手にはちゃっかり大きめのタオルと着替えを持って、アルバはハヤトのズボンを引っ張った。
「風呂? ああ、忘れるところだった……」
 日本にいたときは毎日欠かさず入っていた風呂も、ここに来てからはルーズになったのか、それとも疲れているのか風呂に入ることをちょくちょく忘れてしまう。汗を拭くなら別に昼間水浴びをすれば済むことだし。
 田舎の風呂を思い起こさせる薪で沸かす風呂は、元孤児院のアジトの隅の方に、離れとして作られている。水道が完備されているわけではないから、少なくなった分の湯はつぎ足さなければならず、余計に燃料が必要とされるため、なるべく一度に数人が入るよう伝達されていた。
 もっとも、キールはそれを嫌っていつも一番最後に、残り湯にひとりで入っていたが。
「いいでしょ、兄ちゃん」
 物思いに耽っていたハヤトの返事を求め、アルバはまた彼の服の裾を引く。それに慌てて我に返ったハヤトは、ふとあることを思いついた。
「……あ、そっか」
 きっかけ、見付けた。
「裸のつき合いって言うもんな」
 ぽん、と手を打ちひとり頷くハヤトに、アルバは不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「え? あ、……な、アルバ。キールも一緒に入っていいかな?」
 膝を折り、アルバの視線に合わせたハヤトに問われ、一瞬きょとんとなったアルバだったが、すぐに話の内容を理解したらしく、元気良く頷き返した。
「うん、おいら構わないよ!」
 風呂は大勢で入った方がにぎやかで楽しい。そうここの子供達はインプットされているらしい。
「じゃ、俺はキールを呼んで行くから、アルバは先に行っててくれるか?」
 薪を新たにくべ、湯の温度も見なければ行けない。その辺は昔からここに暮らすアルバの方が手慣れている。持っていたタオルを振り回して喜びを表現するアルバを見送って、ハヤトは立ち上がると一旦部屋に戻った。
 中に入り、小さなチェストから着替えの服とタオルを取り出す。それを小脇に抱え、彼は隣の部屋に向かった。
 もしかしたら、聞こえていたかもしれない。
 ぴっちりと閉じられ、まるで外部からの接触の一切を拒絶しているようなドアの前に立ち、ハヤトは一度深呼吸をした。何故こうも毎度、ドアをノックするだけで緊張しなければならないのか、その理由もよく分からないまま。
 コンコン
 軽い音を立ててドアをノックする。返事がない。
「?」
 不審に思い、もう一度ノックしようかと悩んでいると、軋んだ音を立てながらそのドアは内側に開かれた。
 出しかけていた右手のやり場に困り、そのままの体勢で待っていると、中からキールが何事か、という顔を覗かせた。
 視線が交わる。
「……何?」
「え、あ……」
 どうしよう。言葉が出てこない。
 言うことは決まっていたはずだ。なのに、どうして。キールと顔をつきあわせただけで頭が真っ白になってしまうのだろう。
「えと、その……あれ、なんだったっけ……」
 本当に思い出せなくてハヤトは焦った。ほんの数秒前まではしっかりと、忘れないように脳裏に刻み込んでおいたはずの言葉がひとかけらも出てこない。つい癖で頭を掻き抱こうとして、持ち上げた腕の間から丸めたタオルが床に落ちた。
 ふたり、揃って視線を足元に向ける。
「あ、あは、あははは……」
 乾いた笑いを浮かべたのはもちろんハヤトの方で。怪訝な顔で下から上に目線を戻していくキールの顔は、明らかに呆れていた。
 だが。
「キール!」
 もうこうなっては後に引けない。後悔する前にまず動く、それがモットーのハヤトはあげていた腕を下ろすと同時に、キールのドアノブを掴む手を両手でしっかりと握りしめた。
「!?」
 突然のことに思わず足を強張らせ、反射的に後ろに下がろうとしたキールを強引に廊下に引っぱり出し、下からのぞき込むような体勢でハヤトは笑った。
「風呂、入ろうぜ?」
 瞬間、キールの顔がなんとも照れたような、困ったような、それでいてとても迷惑に思っているような複雑な表情になったのだが、彼は自分の顔を残っている方の手で隠してしまったため、ハヤトには見えなかった。
「……断っても君は無理矢理連れて行くんだろう?」
 ため息混じりに聞こえた声を承諾と受け取り、ハヤトは大いに満足そうに頷いた。

 風呂場は、はっきり言って広い。
 離れが丸々風呂場と脱衣所になっているのだが、その広さは、ハヤトの自宅にある風呂の倍以上。悠に4人は並んで入れる風呂桶を最初見たとき、ハヤトは感動したくらいだ。
 すでに何人かが入浴した後らしく、湯気が立ちこめて湿った空気の満ちる脱衣所は、床が湿ってじめじめしていた。
「兄ちゃん、多分今入るとちょうどいい感じだと思うよ」
 ハヤトがキールを半ば引きずるように離れに連れていくと、裏に回っていたアルバが戻ってきて言った。
「エドスがお湯加減調整してくれるって。ぬるかったら言えってさ」
「いるんだ、エドス」
「うん。薪くべてくれてる」
 こちらからは見えない裏手の窯に、どうやらエドスがいるらしい。ふうん、と目を細めて裏へ出る石畳を見やり、ハヤトはキールの手を握ったまま脱衣所の扉を閉じて中に入った。
 先に脱衣所に入っていたアルバはすでに、さっさとひとり身につけている服を脱ぎ始めている。すのこが湯を吸い、足の裏を濡らす。
 洗濯籠の中はすでに満タンで、乱暴に突っ込まれた衣服の持ち主を想像しハヤトは苦笑する。適当に空いてある小さめの籠に着替えとタオルを放り込み、彼は上着のボタンに手をかけた。
「お先に!」
 すでに脱ぎ終わっていたアルバがタオル一枚を手に、脱衣所と風呂場を仕切る扉を勢い良く開けた。
 むわっとした空気が流れてきて、白い湯気が立ちこめる。この感じだとぬるいどころか熱いんじゃないだろうか、と心配になったハヤトは首を回して風呂場を覗こうとしたが、その前にアルバに戸を閉められてしまった。湿気った空気だけがその場に残り、肌に水分がまとわりつく。気持ちが悪くて、ハヤトは一気にボタンを外すと上着を脱ぎ捨てた。そのまま下に着ているシャツも脱ぐ。次いで、ズボンのベルトに手を伸ばしかけて……動きが止まった。
「キール?」
 タオルを持ったまま突っ立っているキールが視界に収まり、そのままの体勢でハヤトは首を傾げた。
 多分、キールの視線の先にいるのは自分――のはず。
「え?」
 呼ばれてようやく我に返ったのか、キールは焦点の定まらぬ目でハヤトを見た。どことなくうつろで、ボーとしている。珍しく、顔も赤い。
「もしかして体調悪いのか?」
 熱があるようなら風呂に入るのはよくない。近づいて手を伸ばし、キールの前髪をすくい上げて額に触れると、ひんやりとした感触がハヤトの指先に広がる。だがきちんと計る前に、ふいとキールが顔を背けてしまった。
「……なんでも、ないよ……」
 かすれたような声が聞こえ、ハヤトは顔をしかめる。出した手を引っ込め、しばらくキールを見つめたが彼はハヤトの方を向こうとしないので、終いに諦めて自分の脱いだ服を入れてある籠の元に戻った。
 だがその背中を、ちらりとキールが盗み見たことをハヤトは知らない。
 はあ、とため息が聞こえた。振り返ると、ようやく観念したのかキールが上着のボタンに手を伸ばすところだった。だが手元がおぼつかないのか、なかなか最初のボタンが外れてくれないでいるようだ。
 ――何をやってんだ?
 キールらしくない、と思いハヤトはズボンのベルトを抜き取りながらその光景を眺める。
「?」
 それから、妙なことに気付いた。時々キールがハヤトを見ていること、そしてすぐに視線を逸らしてしまうこと。
 今、キールはようやく三番目のボタンに指をかけた。ハヤトは、ズボンの留め具を外して片足を脱いだところ。
 ひんやりした空気が肌をかすめ、思わず身をよじらせた彼はまだしつこくボタンに手間取っているキールを見て頭を掻いた。こんな調子では、アルバが上がる頃にキールが入ることになってしまう。
「キール」
 たまりかねて、ズボンを籠に押し込んだハヤトは彼の名を呼んだ。指でこっちに来るように指示するが、顔を上げた彼は不審げな表情を作ったので仕方無しにハヤトの方からまた近づいて行くしかなかった。
 軋みをあげてスノコが揺れる。
「仕方がないなぁ」
 呟き、ハヤトはキールの手をどけて彼のボタンを指で挟んだ。
「ハヤト?」
 一体何のつもりか、と問おうとしたキールだったがハヤトの手がどうにかボタンを外そうと動いているのを見て、出かかっていた言葉を呑み込んだ。そのまま、自分の胸元で必死に小さなボタンと格闘しているハヤトを見下ろす。自然と表情が柔らかくなっていることに、キール自身、気付いていない。
「あれ? おっかしいなぁ……」
 見た目以上に複雑な構造をしているキールの服は、正しい順序で解いていかないと脱げなかったりする。そもそも彼の着ているローブは、布地に召喚術を強化する魔法が込められていて、更に防御力強化も加わっているものだから、作りが複雑化してしまうのはどうしても仕方のないことだった。
「なんで……あれ? あれれ?」
「あ、そこは……」
 違う、と言い掛かったキールがはたと口を押さえる。
「?」
 顔を上げたハヤトは、天井の方を見上げて視線を泳がせているキールを見つめる。だが一緒に手を動かそうとしてくい、と引いた瞬間キールが眉間に皺を寄せた。
「……あ、ごめん」
 キールのマントを留めている組み紐が、何故かハヤトの手首にからみついていたのだ。それに引っ張られ、キールの首が少し締まったらしい。前につんのめるような形で、キールの顔がハヤトに迫った。
 吐息が鼻にかかる。ほんの一瞬だったが、確かに彼の唇がハヤトの鼻の頭に触れた。
「…………!!?」
 心臓の鼓動が一気に早まり、顔を朱に染めたハヤトが身を引こうとした。だが、彼の手にはまだキールの紐に絡まったままで。
「うわっ!?」
 これ以上首を締められたら息が詰まるキールが一緒にハヤトにくっついて前に出てきたものだから、尚更驚いてしまったハヤトはその瞬間、後ろに退いた右足に何かを引っかけた。
「!?」
 ふたり、派手な音を立てて脱衣所の床にもみくちゃで倒れてしまう。
「いてて……」
 だが言うほどダメージは大きくなくて、衝撃で閉じていた目を開いたときハヤトはそれが何故か思い知った。
 真下にキールがいる。
「あ、ごめん!」
 心臓がドキドキいっている。顔も赤いし、風呂に入る前なのに体が火照っている気がする。やたらと耳にやかましい心音がすぐ下で自分を支えてくれているキールに聞こえるのでは、と急に不安になってハヤトは大慌てで彼から離れようとした。
 だけど。
「え?」
 ぐい、と上に行こうとしていたハヤトの腕を、下からキールが引っ張った。
 とすん、と大した抵抗もないままにハヤトの体ははだけているキールの胸に納まる。触れた彼の肌はやはり白くて、でもその割に意外なほどに余分な肉のない引き締まった体に驚く。
 ――あ……
 キールの胸もドキドキいっている。
 ――なんだろう、この感覚……
 さっきまでの不安とかが一気に吹き飛んで、安らいでくる。キールの心音がとても心地よい。
「ハヤト……」
 耳の横でキールのささやき声が聞こえて、その瞬間だけまた拍動が速まる。キールの上に収まっているハヤトの両脇で何かが動く気配がして、それが何かを理解する前に抱きしめられた。
 ハヤトの体は小さいながらしっかりと鍛えられており、日に焼けてキールよりも少し浅黒い。だが服を脱いでしまうと予想以上の白さが目立ち、その所為でまだ新しい傷跡が赤い線を残していて、痛々しかった。剣を持つには不釣り合いな手はまめだらけで、所々潰れて赤く腫れあがっている。
 キールはそんな彼の手を取って、軽く甲に口づけた。
「キー……」
 ちゅっ、という音がやけに耳に響き、ハヤトの顔はますます赤くなる。
 上向けば彼と目があった。
 逸らせない。まっすぐに見つめて来る瞳の奥に見え隠れする感情を、知りたくて。
「ハヤト」
 胸の奥にダイレクトに彼の声が届く。それだけで心臓は更に高鳴り、もっと呼んで欲しいと心が叫び声をあげる。
 ――なんで、俺、こんな……
 キールの息が顔に触れる。抱きしめられる腕に力が込められ、抵抗を封じているみたいだとどこかで思った。逃げないと、という思いはまるで起こらない。いや、むしろずっとこのまま彼の腕の中で過ごせたら、とさえ感じている自分に気付いてしまう。
 ――俺、もしかして……
 真下にいるキールがわずかに身じろいだ。ハヤトは目を閉じる。その行為に何の疑問も抱かずに。
 すぐ側にキールがいる。肌が触れ合っている。それだけがハヤトの心を満たしていく。もっと、欲しくなる。
 だが。
「兄ちゃんたち、おそーいっ!」
 ガラガラ、と風呂場の扉が開かれ、白い湯気と一緒にアルバの大声が脱衣所に飛び込んできた。
「!」
 はっ、と我に返るふたり。脱衣所の床で抱きしめあい、もう少しで互いの唇が触れ合いそうになっているこの体勢に気付いて……赤くなり、ぱっと離れた。
「あ……ごめん……」
「いや、僕こそ……」
 背中を向けあって、お互いに顔を見合わせることが出来なくて。真っ赤になっている自分をなんとか抑えようと必死になっている彼らに、風呂場から顔を覗かせたアルバは不思議そうな視線を向けた。
「兄ちゃん達……なにしてるの?」 
「………………なんでもないよ……」
 子供は知らなくていい、きっと、……多分。
「入るか、風呂」
「そう、だな……」
 長い間止まっていた脱衣作業を再開して、ハヤトとキールはさっさと風呂に入るとさっさと上がっていった。
 結局疲れをとるとか、そういった付加価値を求めることは出来なかった。その割に、何故かのぼせるぐらいにふたりとも赤くなって湯に浸かっていたけれど。

 ほかほかと薄く湯気をまといながら、風呂上がりのハヤトは思う。
 ――あれ、やっぱ、そういう事なのかな……
 足の先まで真っ赤になり、あれ以後一言も言葉を発しなかったキールは自室に戻り、ベッドの上に力無く倒れ込む。
「なにをやっているんだ、僕は……」
 ふたり、物思いに耽りながら夜は過ぎていく。