刹那の永遠

 作戦会議は嫌い。
 みんな、ぴりぴりしている。空気が重くて息苦しい。
 ボク、なんでここにいるんだろう?
 よーし、今日はさぼっちゃおうっかな。

 日々の修練が嫌い。
 やらなくちゃいけな事だとは分かっているけれど。
 俺、なんで毎日こればっかりやってるんだ?
 いいや、たまにはさぼっちまえ。

  空は晴天。雲ひとつなく青空がどこまでも広がっている。こんな日に、議場にこもって朝から晩まで会議だなんて、もったいなすぎる。
「どうしてみんな、分からないのかなぁ」
 時間になっても議場に現れないラストエデン軍リーダーを捜して回る人達の足音を聞きながら、茂みの陰に身を隠していたセレンはため息をついた。
 見付かったらまたあの重苦しい会議に連れ戻される。折角逃げ出してきたというのに、それだと意味がない。けれどまさかこんなにも早く手配が回るとは思わず、セレンはレイクウィンドゥ城の庭から出るに出られなくなってしまっていた。
「シュウってば……」
 融通の利かない軍師を思い出し、またため息をつくと彼はほふく前進でひとまずそこから離れることにした。酒場に近い茂みではいつか発見されてしまう。それよりも人があまり近づかない池の方に行けば、どうにかなるかもしれないと考えたのだ。
「みんなしてボクをいじめるんだもんなぁ。ボクだってたまには遊びたいし、一人になりたいよ」
 ぶつぶつ愚痴を呟きながら、セレンは手元ばかりを見ていた。だから、すぐ近くに迫ってきていた危機にこれっぽっちも気付いていなかった。

 上空は見渡す限りの青空で、気温も寒くなく暑くなく、ちょうどいい感じ。こんな日に、朝から晩まで道場で修行だなんて、つまらない。
「ったく、やってらんねえぜ」
 時間になっても道場に現れない、年若だが一応村では期待の星の少年忍者を探し回るモンドから隠れながら、サスケはため息をついた。
 見付かってしまったら、またあの暑くてしかも汗くさい道場に連れ戻され、しかも罰として道場の床拭きを一人でやらされることは確実だろう。それでは苦労してモンドやカスミの目から逃れてきたのか分からない。
「あー、くそうっ」
 絶対に逃げ切ってやる、と彼は胸に誓い匍匐前進で前に進み出した。一刻も早くこの道場前から逃げ出さなければ。モンドにいつ発見されるしれない。城さえ出てしまえれば、モンドの目だって届かないはずだ。
「俺だって遊びたいし、のんびりしたいんだ」
 子供扱いされるのは嫌いなくせに、こういうときに限って自分が子供であることを主張する。
 彼の意識は身を隠している茂みの向こうを通る人の方に向けられていたため、すぐ前から迫ってきていた危機にはまったく注意を払っていなかった。

ごちぃん!!

「いったーー!」
「いってぇーー!」
 ちょうど池の前辺り。茂みに隠れながら進んでいたふたりが頭部を正面衝突。そして反射的に叫んでいた。
「?」
 池の側にいた通りすがりの人が振り返り、首を傾げる。はっきりと声がしたのに、はて?と。
「きのせいかな?」
 周囲を見渡しても他に人の姿はなく、目に入った物見の塔の頂上に人影が見えたので、彼はシドがまた何かやったんだろうと一人で納得して去っていった。
 足音で気配が去っていくのを確認し、セレンの口を手で覆っていたサスケはホッと息を吐き、サスケの口を手でふさいでいだセレンは脱力して肩を落とした。
「ふー。あぶなかったぁ」
 ふたりの声が重なり合う。両者とも、冷や汗をかいていた。
「あっぶねえな。もっとちゃんと前見ておけよ」
「それはこっちの台詞だよ。なんでサスケがこんなトコにいるんだよ」
「そっちこそ。会議じゃなかったのか」
「サスケだって修行があるだろ。こんな所でさぼってて……むぐっ!」
 お互いぶつけ合ったおでこを押さえながらの応酬だったが、つい大声になりかけたセレンの口を、またしてもサスケが問答無用で押さえ込み自分ごと草むらの中に体を沈めさせた。
「いたか?」
「こっちには来ていないって。どうするの?シュウ兄さん」
 シュウとアップルの声がすぐ間近から聞こえ、セレンは硬直した。
「しいっ。黙ってろ」
 身を動かしかけたセレンをしっかりと抱き込んで抑え、サスケが息を殺しふたりの動向をうかがう。頭をがっちり掴まれているために目玉しか動かせなくなっていたセレンは仕方なく年下のはずのサスケの言うがまま、体を小さくして可能な限りで自分の気配を殺し、待った。
「裏庭の方かもしれん。行くぞ、アップル」
「あ、待って。シュウ兄さん!?」
 この辺りにはいないだろうと判断したらしい。ようやく諦めて別の、まったくもって見当違いな場所に行ってくれたシュウ達の足音が完全に聞こえなくなってから、サスケはセレンを解放した。
「苦しかったー」
 ようやく胸いっぱいに空気を吸い込んで、後ろ向きに草の上に倒れた。
「なにやったんだ、セレン」
 シュウがアップルを引き連れてセレンを探している。これは何かをやらかしたからに違いない。そうサスケは感じた。
「何って……会議が嫌だから逃げてきただけだよ」
 あんな風に血相変えて探し回られるほどのことではないと、セレンは頬を膨らませて言った。それから、
「サスケこそ。こんな所でなに、こそこそ、と……」
「…………」
 すねたような表情でそっぽを向いた彼に、セレンはピンと来た。
「なんだ、サスケも逃げてきたんだ」
 道場はいつ行ってもモンドやワカバ達が修行している。その中にサスケの姿もよくあった。けれどワカバと比べてもあまり楽しそうな顔をしていなかったから、きっと無理矢理やらされているんだな、と思っていたけれど。
 まさか本当にそうだったとは。
「うるさいなー、お互い様だろ?」
 逃げ出してきたのは。
「けど、まさかセレンが逃げ出すなんてな。なんか、意外な感じがする」
「どうして?」
「どうしてって言われても……なんてーのか、あんまり反抗的じゃないと思ってた」
 人からリーダーであることを求められ、そうあってきたセレンをサスケは見てきた。そこに「リーダーの責務を放棄する」姿は微塵も感じられなかった。そう言うとセレンは少し不満そうに唇を尖らせて、
「そう?ボクだって人間だから、たまには嫌になることだってあるよ。それに……こう毎日毎日会議ばっかりじゃ肩が凝るし、ボクじゃなくても逃げたくなるってば。なんなら今度、ボクのかわりに出席してみる?」
「ヤダ」
 即答で首を横に振り、サスケはセレンの提案を太陽の向こうにけっ飛ばした。セレンがくすくす笑う。
「ほらね、やっぱり」
 自分が嫌なことは他人にとっても嫌なことなのだ。連日の軍議に嬉々として参加している者はいないだろう。いるとしたら……筆頭軍師のシュウぐらいか。その下にいるクラウスやアップルも、さすがに少々疲れが溜まっているようだった。
「軍師殿か……俺、あの人苦手だな」
 人を見下したような態度、自信満々な物言い。確かにそうあるだけの実力を持っている人ではあるが、それが逆に、サスケのような年若の仲間には取っつきにくい印象しか与えていないのもまた事実。
「そう嫌わないであげて。シュウだって一所懸命なんだよ」
「……それを今、お前が言うのか?」
「あはははは……」
 懸命にラストエデン軍を切り盛りしている軍師から逃げ出してきたのはどこのどいつか。セレン、返す言葉もなくただ笑って誤魔化すだけ。
「さて、と。これからどうすっかなー」
 忍び装束のサスケが大きくのびをして空を見上げる。相変わらずいい天気で、ポッカポカの日溜まりが気持ちいい。
「いつまでもここにいたら見つかっちまうだろーし。どこに行くかな……」
 城の外はうっそうと茂る林だ。一部が開墾されて畑になっているが、奥の方はまだ手つかずのまま。狩りをしにハンターが入って行くぐらいで、滅多に人は訪れない危険区域もある。モンスターも、少なからず出現するし。
「そうだ。ね、サスケ。一緒に行かない?」
 隠れるのに絶好のスポットがあることを思い出し、身を乗り出したセレンが言った。
「何処ヘ……って、聞くまでもないか」
 お互い人目をはばかりたい者どうし。ここは仲良く共闘するのも、悪くない。
「よーし、行くか……と、その前に」
 ぐぎゅるるるぅ~~~~。
 サスケの腹が大合唱。一瞬セレンは惚けてしまった。
「俺、朝から何も食べてないんだよな」
「え、そうなの?」
 お日様は既に空高く。どちらかと言えばそろそろお昼ご飯の時間帯だ。それなのに朝を取っていないと言うことは……ずいぶん前から逃げ回っていたらしい。
「しょうがないだろ。俺達、朝が早いんだから」
「そっか」
 ねぼすけなセレンとは違い、サスケは日の出と共に起き出して朝食前にも軽く体を動かすのが習慣になっている。その時点から隠れていたのだとしたら、時計の針が一回りするよりも長い時間、彼は食べ物を口にしていないことになる。そりゃあ、腹の虫も鳴るだろう。
「じゃあ、どうしようか。食堂に行って何か作ってもらう?」
「見つかっちまったらそこでお終いだろー」
「見付からなければいいんだよ。ボクもお腹空いてきたし、ハイ・ヨーにお弁当作ってもらおう。シュウだって、食堂に堂々とボクがいるなんて考えないと思うし。厨房に隠れてればいいんじゃない?」
「けど……」
 サスケが躊躇を見せ、口ごもる。セレンも彼が何を危惧しているのか分かるから、あまり強くは言い出せない。
 要するに、問題の食堂までどうやって発見されずに行くか、という問題が残っているのだ。
 食堂は、そのまんまだが食事をするところだ。そしてこれからはちょうど昼食時。人で込み合っているだろうし、セレンが逃げ回っていることを知る人もいるかもしれない。そういう人がシュウに報告に行きやしないか、という不安だ。
「ビッキーに頼んで……」
「そこに行くまでに誰にも会わないって保障もないぜ」
 ビッキーは城の入口を抜け、倉庫の前を通った先にいつも立っている。そして倉庫には常に誰かが見張り番として立っているだろうし、酒場が近いこともあって人の出入りは殊の外多いのだ。
「そっか、そうだよねー」
 しかし何も持たずに出かけては意味がない。この空腹を満たしてくれるのは、どう考えてもハイ・ヨーの作った食事なのだ。
 ため息しかでない。その間もサスケの腹の虫は定期的に鳴くし、セレンだっていい加減空腹に耐えられなくなりそうだ。人の腹の虫を聞いていると、自分の方も鳴き出しそうに感じてしまう。
「どうする……」
「むー……」
 二人して腕を組み、頭を抱えて考えるが良い案は一向に浮かんでこない。そうこうしている間にも貴重な時間はどんどん消費されていくのに。
 ちりり、とセレンの右手が軽い痛みを発し始めたのはちょうどそんなときだった。
 ふい、と顔を上げて茂みの向こうを見る。
「なに、やってるの」
 そんなところで、と面倒くさそうに訪ねてきたのは。緑の法衣を身に纏った、黙っていたら他に類を見ないほどの美少年──ルックだ。
「え……あ、いや……」
 何をしているのかと問われても、すぐに解答が出てこない。あくせくしているとルックはあからさまに訝かしみの表情を見せた。だが、ふっと右手の痛みを思い出し、セレンの頭に妙案が浮かんでくる。
「ね、ルック」
 にっこりスマイルを向けられて、ルックはぎょっとして半歩下がる。だが、その前にセレンの考えを聞かずとも察したサスケが彼の腕を掴んで引っ張り、茂みの中に問答無用で引きずり込んだ。
「うわっ!」
 予想もしていなかったサスケの行動に、ルックはたいした抵抗もできないまま茂みに頭を突っ込んだ。巻き込まれた哀れな低木は頂の部分の枝を数本失い、奇妙な形にへこんでしまった。
「へへー、ルック捕獲完了!」
 なにがなんだか分からないまま、左右の腕をセレン、サスケにがっちり掴まれ、ルックは枝でこすった時に出来た傷の痛みも忘れて混乱する頭を抱えたくなった。
「……捕獲って……」
 人を獣みたいに言うな、と愚痴をこぼしつつ、彼はひたすらに彼らに話し掛けたの事を後悔した。

 偶然通りかかったルックをつかまえ、テレポートで誰にも発見されないまま食堂の厨房に行くことに成功したセレンとサスケは、いきなり現れた彼らに快く昼食のお弁当を作ってくれたハイ・ヨーに感謝しつつ、またルックを使って今度は城の外に飛び出した。
「さぼり魔コンビ……」
 巻き込まれてしまったルックがボソッと呟くのも機嫌がいいので聞き逃し、サスケは嬉しそうに大風呂敷の中にしまわれた弁当に頬ずりする。
「なんだか、こういうのってすっごく久しぶり」
 友達とピクニック。キャロにいた頃はナナミやジョウイと一緒に裏山に探検に行ったりして、夜遅くなるまで遊んでいたこともあった。もともと山育ちであるため、セレンは石で固められた冷たい壁の城よりも、木々のぬくもりを肌で体感できる森の中の方が安心できて好きだった。
「いい加減、僕は帰りたいよ」
 城はもうだいぶ遠くなった。ルックの役目は彼らが森に入った時点で終了している。なにもこの先ずっと一緒にいる必要はない。しかし、ため息に乗せたルックの呟きは、
「えー!いいじゃん、一緒に行こうよ。ハイ・ヨーのお弁当、ルックの分も入ってるんだから」
 食事時の忙しい時間帯に無理な注文をしたというのに、ハイ・ヨーは少しも手抜きしないで彼らのためにお弁当を用意してくれた。その量は半端ではなく、とてもセレンとサスケだけでは食べ切れそうにない。ルックが加わったとしても、彼は色が細いからそれでも残してしまうかもしれないのだ。
「張り切ってたもんな、ハイ・ヨー」
 天気がいいから外へみんなでピクニックに行くのだ、と説明したら、ハイ・ヨーは「それはとてもいいことネー!」と言って想像していたよりもすごいお弁当を作ってくれた。風呂敷に包まれた重箱の中身は、何故か中華だが。
「5人分くらいはあるよね、これ」
「心配しなくても、俺が全部食べてやるって」
「…………」
 3人、仲良く森の木漏れ日の下をゆっくりと進んでいく。先頭はセレンだ。行く先は以前キニスンに教えてもらった見晴らしの良い丘。
「あれ?」
 しんがりをとっていたサスケが、右手前方で何かを見つけ、立ち止まった。じきにセレンとルックも彼が何に気付いたのかを知り、足を止める。向こうもこちらに気付いたようで、進む方向を変えて近づいてきた。
「なにやってるんだ?」
「……そちらこそ」
 サスケが代表して声をかけると、白い竜の子供を胸に抱いたフッチが3人を順に眺めて小声で呟く。
「僕は散歩の帰りですけど……珍しい組み合わせですね」
 セレンと、ルックと、サスケ。まったく共通点がなさそうな──ともすれば仲が悪そうな(特にサスケとルック)人が集まってどこかに行こうとしている。フッチでなくとも、奇妙に思うだろう。
「そうだ。ね、フッチもおいでよ。これからお昼なんだ」
 両手で抱えた風呂敷包みを示し、セレンが言う。
「ボク達だけじゃ食べ切れそうになくって。お昼ご飯まだなんでしょ?」
「え……そうです、けど……いいんですか?」
 ここからだと、城に戻るよりも風呂敷を広げる場所の方が近い。そう提案するセレンにまだ迷っている様子のフッチ。
「かまわないって。行こうぜ、な?」
「城に戻って君たちに会ったと報告されても困るしね……」
 サスケの誘いの台詞に続き、ルックがどこか遠くの方を見ながら言う。
「は……?」
 しっかりと聞いていたフッチが、何事、と怪訝な顔になったが、セレンがなんでもない、と慌てて首を振ったのですぐにいつもの表情に戻った。
「どうしてそーゆー可愛くないことをいうかな、お前」
「年下に『お前』呼ばわりされる筋合いはないね」
 ぼそぼそと後ろの方でサスケとルックがにらみ合っているのに苦笑いを浮かべ、セレンは「先に行くよ」と言い残しフッチを連れて再び歩き出した。
「待てって。場所知ってるのセレンだけだろー!」
 セレンに置いて行かれたら、森の中で迷うしかない。喧嘩を中断させて、サスケは急いで走り出した。でもお弁当は落とすまいと必死に抱きしめているが。ルックも、サスケほどではないにしろ多少急ぎ足で枯れ草の積もる大地を踏みしめ、歩き出す。
 程なくして、彼らは森を抜けた。
 緑濃い丈の低い草が地表を覆う、湖に突き出るようにして立つ丘。白い清楚な花が咲き誇るそこは、レイクウィンドゥ城からまっすぐ西に進んでいけばたどり着くことが出来る。ただ、そこに行くまでにはモンスターの巣がいくつか確認されており、あまり人に知られていない場所でもあった。
「すっげー。気持ちいー!」
 丘にたどり着いたとき、まずサスケが叫んだ。ルックとフッチも、吹き抜ける風の暖かさと緑の匂いを感じていた。
「ね、良いところでしょ?」
「よくこんな場所、知ってましたね」
 お弁当を草の上に置き、風呂敷をほどきながら嬉しそうに言うセレンに、手伝っていたフッチが感心したように言った。
「教えてもらったんだ、前に。他にもこんな場所がいくつかあるんだけど……ここは特にお気に入りかな?」
 5段の重箱がふたつ。飲み物もちゃんと用意してきている。重かったが、運んできてよかった。おまけで言うと、確かに広げたときの重箱の中身のボリュームは、フッチがいなければ食べきれないであろう量だった。
「いっただっきま~~っす!」
 箸を取り、両手を合わせて食前の挨拶を済ませたサスケが、まず我先にと好物を求めてさまよい出す。
「サスケ、お行儀が悪いよ」
 重箱を突っついて、あれでもないこれでもないと箸を巡らす彼に、セレンは呆れた声で叱る。
「ちゃんと、どれを食べるか決めてから箸をつけなきゃ。はい、お皿」
 取り分けようの小皿を各自に手渡し、それからようやくセレンも重箱に箸をのばす。
 ハイ・ヨーの料理の腕は、今更分かり切ったことを言うようで申し訳ないが、天下一品。どれも味はくどくなく、また軽すぎず、舌の上で転がすと何とも言えない味わいが広がって行く。何を食べても「まずい」としか言わないルックも、空の下で食べる食事はやはり違うのか、黙々と箸をすすめていた。
「これ、結構イケるな」
「これも、なかなか……くせになりそうな味」
「おいしいです、とっても」
「…………悪くはないね」
 食事中はとにかく静か。元気が有り余っている少年が4人も揃っているのだ。あれほど食べきれるか心配だった料理も、30分もしないうちに空箱の方が多くなっていた。残っているのはデザートだけ。
「その中華マン、俺が食べる」
「えー!? ボクも狙ってたんだけど」
「このマンゴープリン、もらっても良いですか?」
「好きにすれば?」
「プリンも駄目ー!俺が頂く!」
「そんなこと言ったって……みんなにひとつずつしかないですよ」
 4種類、各ひとつずつデザートは用意されていた。中華マン・マンゴープリン・杏仁豆腐・月餅の4種類だ。
「サスケは他にもいっぱい食べてたじゃない。これくらい譲ってよ!」
「とにかく、駄目っつったら駄目なの!!」
「ですから一人ひとつずつしかないって、言ってるじゃないですか!」
 甘いものが大好きのサスケは、ガンとしてデザートを譲ろうとしない。セレンも最後の楽しみであるデザートをみすみす手放す気になれないし、フッチだって出来るなら食べたい。三者がにらみ合いを始めると、傍観者に回っていたルックはやれやれ、とため息をついた。しかしその手には……しっかりと杏仁豆腐の器が。
「ボクはラストエデン軍のリーダーだよ。リーダーに従うのが筋じゃないのさ」
「こんな時だけリーダーぶるなよ。職権乱用だぞ!」
「止めて下さいよ、ふたりとも!仲良く半分ずつにすれば良いじゃないですか!」
 殴り合いになりそうな険悪な雰囲気を前にして、ルックの手は更に別のお皿に伸びていた。ぷるるん、と持ち上げれば気持ちよさそうに震えるマンゴープリンにスプーンを差し込み、パクリと口に放り込む。
「…………あ」
 それにセレンが気付いたのは、最後の一口をルックが口に運び込んだ後だった。
「あーーーー!!!!」
 三人、大合唱。
「うそ、うそー!」
「プリンが、俺のプリンが……っ!?」
「杏仁豆腐もないです!」
 晴天の空の下、大騒ぎはますますひどくなっていく。
「ルック、お前というやつは~~!もう勘弁ならねぇ。今日という今日は許さないからな!」
「……馬鹿じゃない?」
 たかがデザートぐらいで、と言いたげなルックの目に、サスケ、怒り状態発動。
「ああ、もう!セレンさん、ふたりを止めて…………セレンさん?」
 もしもし?と俯いているセレンをフッチがのぞき込むと。
 彼のほっぺたはパンパンに膨れ上がっていた。
「…………食べたんですね」
 中華マンが消えている。ちゃっかりというか、卑怯というか。
「フッチも、食べちゃえば?」
 最後のひとつ、月餅を指さし、もごもご言わせながらセレンは口いっぱいの中華マンを呑み込んだ。
「でも……」
「大丈夫、大丈夫。食べちゃったもん勝ち。ね?」
 ルックを追いかけ回しているサスケを見やり、悩むフッチにセレンはけしかける。
「じゃあ、半分だけ……」
 このままではサスケはデザート無しに終わってしまう。それはあまりにも可哀相なので、フッチは重箱に残った月餅を半分に分けることにした。しかし。
「まてこらーーー!」
 空中に浮かんで避難したルックを追い回すサスケが、足下をまったく見ていなかったのは不幸だった。彼が走り去った後には、ひっくり返った空の重箱と、使い終わった箸や皿、めくれ上がった風呂敷が散乱。
「……あ」
「あーーー!!」
 サスケにけ飛ばされた重箱の中身が草の上に散らばっている。その中に、くっきりと足形をつけて半分以下の厚みになってしまった月餅の姿が……あった。
「サスケーー!!」
 馬鹿野郎!とフッチのシグルトが(本来の使い方を誤ってはいるが)空へ楕円を描いて投げ放たれる。
 ぷすっ。
 お見事。槍はサスケに命中した。
「フッチ……」
 おとなしい子ほど、怒ると怖いと言うが……怖すぎる、これは。
 ──これからは気をつけよう……。
 横で事の全てを見ていたセレンは、思わず心の中でそう誓っていた。

 夕暮れを丘の上で見送り、暗くなる前に城に帰ろうと彼らは荷物の片付けに入った。
 風呂敷を広げなおし、重箱をきれいに積み上げて蓋をする。使った皿やコップも全て持って帰る。決して捨てて帰ったりはしない。潰れた月餅も、空の重箱にしまわれた。
「サスケ、頭平気?」
 どくどくと血を流していたサスケに尋ねると、彼は「なんとか……」とだけ力無く答えた。
 フッチのシグルトが刺さった傷は、セレンの輝く盾の紋章とルックの風の紋章によってふさがれたあとだが、流れ出た血はどうしても戻ってこない。危うく三途の川を渡りかけたサスケは、以後おとなしくしている。
 城に帰ればシュウのお説教が待っていることだろう。サスケも、モンドにこってりしぼられるはずだ。
 でも、楽しかった。
「また来ようね」
「そうだな」
「いいですね」
「……まあ、行ってあげなくもないけど?」
 彼らにとって一日は一瞬。けれど、その日起きたことは永遠に彼らの中にあり続ける。
 たとえそれが、刹那の時だったとしても。