どっと。
エドスとガゼルが一斉に笑い出して、場は一斉に盛り上がりを見せていた。
笑われてしまったアルバが顔を真っ赤にしてガゼルに反論する。けれど年齢差は則ち経験値の差、である。アルバが口でガゼルに勝てるはずがない。
それでもムキになって泣きそうな顔をしながらも叫ぶアルバに、エドスがまた笑う。見ている側に回っているリプレは困り顔で、フィズは呆れかえった様子で肩を竦めていた。
その輪から少し離れた場所で、ハヤトはラミの相手をしてやっていた。
要らない紙を正方形に切って、それを折り紙の要領で折り畳んでいく。男子高校生でしかないハヤトが知っている折り方と言えばせいぜい鶴と風船くらいしかないのだが、それでも平面が立体になる様子が珍しいらしく、ラミは興味津々でハヤトの手先を覗き込んでいた。
けれどアルバとガゼルを中心とした笑い声の渦にハヤトの手は止まり、ラミは少々怯えたようだ。クマの縫いぐるみをぎゅっと抱きしめ直す。
「なにやってんだか……」
大人げなくアルバをからかっているガゼルに溜息が零れた。そのうちリプレが止めにはいるだろうが、もう既にあの子は半泣きになっている。
「ったく……」
床の上に直接座っていたハヤトは、上半身を捻ってテーブルの方を振り返ろうとした。けれどその途中で彼の視線は止まる。
「おにいちゃん……?」
中途半端な格好で止まってしまったハヤトを、ラミが不思議そうに見つめる。
かわいらしい、けれどとても小さくてガゼルたちの声にともすればかき消されてしまいそうなその声に我に返ったハヤトは、慌てて首を振った。そしてラミに、ごめん、と言って立ち上がる。
「リプレのところに行っておいで」
手早く散らかしていた紙をまとめて片付け、ハヤトはそれらを胸に抱き込んだ。
まだラミは不思議そうな顔をしている。けれどハヤトは次の彼女の句を待たずにやや小走りに歩き出した。それも、話が弾んでいる輪の中心方向ではなく。
各人の寝室がある部屋が並ぶ廊下へと。
そして。
「キール!」
今まさに扉を開け、部屋に戻ろうとしていた人物の横顔に声をかけた。
三分の一ほど開いた扉を前に、キールが首から上だけでハヤトを見た。表情はなく、其処から彼の心情を読みとることは難しい。
けれどハヤトは構わず彼の傍らへ近付いた。落ちそうになる腕の中のものを抱え直し、少し自分より高い位置にある双眸へ微笑みかける。
「なんだい」
にこにことしているくせに、自分から何も話しかけてこないハヤトを、キールは不可思議なものを見る目で見下ろした。だのに彼は気にする様子もなく、かわらずキールを見上げていた。
「ハヤト、僕に何か」
「用はないけど、さ。みんなと一緒に話はしないのか?」
その為に部屋の外に出てきたはずなのに、キールは今また自室へ戻ろうとしている。
半端に開かれたまま止まっている扉。けれどその広さではまだ人ひとりが通り抜けることが出来ない。
「僕が行っても、場を白けさせるだけだよ」
だから自分から遠慮したのだと暗に告げ、キールはドアノブを引いた。
開こうとする扉。しかしハヤトは反射的に足を出して、それを途中で阻止してしまった。ぽとり、と反動で腕の中の鶴がひとつ落ちる。
「…………ぁ」
一瞬キールが固まり、ハヤトも自分の突飛な行動に表情を凍らせてしまった。無意識に取ってしまったことで、やったあとでハヤトは「しまった」と思ったけれど、もう遅い。
「……ぁ、あ、いやこれはその……」
がんっ、と止まってしまったドアから手を放し、焦って言い訳を作ろうとして出来ないで居るハヤトを前にして。キールは足許に落ちた鶴を拾い上げた。それを片手にして、物珍しげに眺める。
ハヤトはまだ慌てた様子でおたおたしていた。クスッ、とその様子を、鶴を手にしたキールが笑う。
「ハヤト」
「うぇ……はいっ! なんでしょう!?」
思わず身構えてしまったハヤトをまた穏やかな表情で見つめて。
「これ、作り方を教えてくれないかな」
手の上の鶴を転がしてキールが問いかける。ハヤトは直ぐにその言葉の意味を理解できなかったようだが、約十五秒後に。
「おう! まかせろ!」
ガゼルの笑い声に負けない声で叫んでいた。
叫び声と一緒に胸をどん、と叩いて咽せ返ってしまい、キールにもうひとつ苦笑を買ってしまったのだけれど。