小休止3

 キョロキョロと、その背中は落ち着きなく周囲を伺っていた。
 廊下の角で、その向こう側の様子をそうと分からないように見ているようだ。しかし彼の後方から見つめている双眸の存在にはまったく気づいている気配がない。
 意識が前方に向きすぎている所為だろう。普段は警戒心の固まりのような彼が、珍しく。
 何をしているのだろうか-否、何をしたいと思っているのだろう。
 怪訝な顔を隠さず、トウヤは片手を置いたままのドアノブを軽く押した。建て付けの悪いとは軋みをあげて空気抵抗を生み出しつつ、閉まる手前の位置で止まった。慣性の法則により、閉まりきらなかった戸は少し開きかけるものの、それほど動くこともなく静止する。最初に加えた力が弱すぎた所為だ。
 びくり、と彼の背が反応した。
 怖々とした態度そのままに、彼は上半身を捻ってこちらを振り返る。
「?」
 表情にクエスチョンマークを浮かべてやったトウヤが、ほんの僅かに小首を傾げる仕草をしてソルを見る。気のせいか、トウヤを認めた瞬間彼の表情から怯えが消えた気がした。
「どうしたんだい?」
 ソルが自分に気づくように仕向けただけの戸を今度はきちんと閉め直し、トウヤは尋ねた。
「あ……いや、なんでも」
 ばたんと扉が閉まる。空気の流れは絶え、同時に会話が消えた。気まずそうに逸らされたソルの視線の意味が、今部屋から出てきたばかりのトウヤには分からない。
「何でもない人間が、そんな場所でうろうろしているのかい?」
「そりゃ……」
 自分に割り当てられた部屋の戸からトウヤはソルへ向き直る。ソルもまた、完全に身体ごと彼へ向いていた。握りしめられた両拳は固い、表情と同じくらいに。
「なにかまずいことでも?」
「そうじゃない、けれど……」
 言いにくそうに視線を床の上に漂わせ、歯切れの悪い台詞を彼は吐き出す。益々眉間のしわを深くして、トウヤはソルの方へと歩を進めた。
 ソレとほぼ同時に、廊下の先にある広間からどっと笑い声が上がった。
 エドスとガゼルの豪快な笑い声に、子供達の叫び声が混じっている。その勢いは歩き出していたトウヤの足を止めるのに充分な効果を持っていた。
 それから、ソルは居心地悪そうに遠くを見やるのにも。
 彼の表情の変化を見て、トウヤは「ああ」と心の中で頷いた。そう言うことか、と。
 理由が知れると、途端にトウヤの顔が明るくなる。逆にソルがトウヤを見て思い切りいぶかしみの目で見つめ返した。
「なんだ、気色の悪い」
「……酷いな」
 上目遣いに不機嫌を露わにしたソルのひとことに、けれどトウヤは笑ったまま返した。
「何笑ってんだ」
「いや、可愛いなぁと思って」
「誰が」
「ぼくが自分のことを”かわいい”なんて思うと思うかい?」
「…………」
 随分遠回しな言い方にソルが黙り込む。目は剣呑に光っていて、彼が牙のある獣だったならトウヤはもう、喉仏を噛み砕かれていたかも知れない。しかしその倍以上に凶暴な術を使うことの出来るソルはされど、そうしなかった。
 ただ怒りを隠すことなく、トウヤへぶつける。無言の圧力を持ってして。
「ソル、そんな顔してると子供たちも恐がって近づけないよ」
 それなのにさらりと視線を受け流してトウヤは、微笑みを浮かべながら膨れっ面のソルの頬を指で小突くのだ。
「あの中に混じりたいのなら、まず君が先に微笑みかけてあげないと」
 ね? と、目を細めてトウヤが言った。そして黙ったままのソルを置いて、ずっと彼がそこから先へ進めずにいた廊下の角を曲がって行ってしまう。
「楽しそうだね、何の話しだい?」
 笑いが絶えない空間へ自ら飛び込んで、そして。
「ほら、ソルも来なよ」
 振り返って、まだ角から出られないで居る彼へと手を差し出す。
 大丈夫だよ、と瞳が告げている。
「あ……」
 呼ばれた以上出ていかないわけにも行かない。彼は自分のそう言い訳をして、一歩足を踏み出した。
 トウヤに、手を引っ張られるようにして。