十六夜の月

 暗闇が押し迫り、自身の足許を確かめるのもおぼつかなくなり始めていた頃、ようやく仲間の間から誰とも無しに、今日はここまで、という声が上がり始めた。
 最初に賛同の声を上げたのはお約束ながらフォルテで、だが相棒のケイナも疲れが目立ち始めている旅の同行者の顔色を見ると強く反対することも出来ず、やや呆れ加減に頷くだけに留めた。そして、反対する者が誰も居ない事が確かめられてから、ようやく本日の野宿場所が決定される。
 街道から少し外れた草原の一角に泉があり、小さいながらその奧に森が広がっている地帯をリューグが見つけてきた。休むに適した場所は他に見当たらなかったことから、一団はまとまってそちらへ移動を開始する。
 そして完全に太陽が西の空へと沈み、十六夜の月が空に輝きだした頃、少しばかりの夕食が終了する。
 食べ物は、道すがらに点在している村々で手に入れたパンや、保存の利く加工した肉。そしてフォルテとリューグが狩って来た森に住んでいた獣肉を捌いたもの。後は、ミニスとアメルが摘んできた野いちごや果物が、ささやかな夕食の席を飾っていた。
 泉があった御陰で飲み水を心配する必要もない。満腹とまでは行かずとも、空腹を満たすには充分だった食事のあとは、皆思い思いの休憩時間となった。だが眠るまでの数時間、暇を持て余すのも勿体ないとケイナが言い出し、女性陣は焚き火を囲みなんと汚れ物の洗濯を開始してしまう。男どもはというと、姦しくも仕事熱心な女性達を尻目にフォルテが取りだした花札に似たカードゲームを興じ始めていた。
 まったく、どうして男ってああなのかしらね。わざとらしく大声でのケイナの嫌味を聞かなかった事にし、カードを配りだしたフォルテが暢気に口笛を奏でる。手慣れた調子で配られるカードを捲り、もうひとつの焚き火の傍らでリューグとカザミネ、それにバルレルまでもが真剣な顔をし、自分の手元に来たカードの勝ち点を懸命に計算し始めていた。
「リューグまで……」
 村にいた頃は賭け事のひとつもしたことがなかったはずの幼なじみの姿に、アメルも些か呆れ気味である。本当なら叱って然るべき事なのだろうが、それをやるべきはずの彼の兄は今此処には居ない。それに、こんな緊張ばかりが続く日々では息が詰まるから、多少の息抜きを与えてやるべきなのかもしれないと考える気持ちも、アメルにはある。但し、賭け事自体は良くないが。
 今は賭けるべき対象が夕食の残りである肉と果物なので、育ち盛りの食べ盛りであるリューグも栄養を得るために必死な事も分かる。だから敢えて口出しはせず、アメルは見守る体勢に入ることにした。どうせ、止めたところで聞く相手ではない。
 しかしこの賭け事に参加せず、また女性達に混じって手仕事に勤しまない人も居た。
 マグナとネスティである。
 彼らはやはり焚き火の直ぐ近くで地図を広げ、今後向かう町への道のりを調べている真っ最中だった。真横から照らしてくる光で、地図に置かれたネスティの指が長い影を落としている。その影ごと上から覗き込み、彼の言葉にいちいち頷いて返すマグナはどちらかというと視線は落ち着きが無く、真剣に話を聞いている様子も見られなかった。
「聞いているのか」
「え、あ、うん」
 そのマグナの動きが気に入らないのか、ネスティは不機嫌な顔を上げて真向かいに座っているマグナを見る。咄嗟に頷いて返すものの、マグナはやはり心此処に在らずという状態で益々ネスティの不興を買っていた。
「聞きたくないのであれば聞かなくても構わない」
 そう言って、早々と協議を終了させる事にしたらしいネスティが地図を折り畳み始めてしまう。するとそれを見たマグナが慌てて手と首を一斉に横に振る。
「違うって! その……ちょっと、トイレ……」
「…………」
 非常に言いにくそうに、耳打ちするように顔を寄せて小声で呟いたマグナに今度は呆れた顔を向け、ネスティは眼鏡を直すために眉間に指を置いた。
「だったら、早く行ってこい」
「あう……」
 取り付く島もない彼の反応に、胸の前で指をいじいじとさせたマグナだったが幾ら待ってもネスティは別の言葉をかけてくれそうになく、仕方無く彼はひとりで立ち上がった。
ズボンに付いた埃と土を軽く払い、ゲームに熱中している自分の護衛獣を見やって肩を竦める。それからもう一度、座ったまままた地図に目を落としているネスティの焚き火に照らし出された横顔を眺め、マグナは歩き出した。
「気を付けて行ってこいよ」
 会話が聞こえていたのだろうか、フォルテが彼に背中を向けたまま忠告の言葉を発し、手を振った。何に気を付けて、なのかは口に出さなかったが、この森には獣も居るし黒の旅団が偵察隊を派遣している可能性も否定しきれない状況が現在だ。だから、そう言う伏兵の存在に気を付けろ、と旅慣れた者としての警告なのだろう。素直に頷いて返し、マグナは止めていた足をまた前へ進ませた。
 そして手元に明かりも持たず、彼は闇の色が濃い森の奧へと姿を消していく。
「大丈夫かしら……」
 ケイナが洗濯の手を休め、後ろを振り返りマグナの背中を見送りながら呟く。アメルも心配そうに薄暗い森の入り口を見つめ、それからリューグへ視線を向ける。ちょうど良い手札が来たらしく、小さくガッツポーズを決めている幼なじみの姿に、知らず知らず溜息が零れた。
 夜の森が危険であることは、森の中に小さく集落を囲む村に育ったアメルは良く解っている。獲物を狙う獣が息を潜めている事も多いし、何より足許が見えにくく木の根に爪先を取られて転べば怪我はやむを得ないし、茨の茂みに気付かず全身を血まみれにしてしまうことも、慣れない人間にはざらにあること。
「やっぱり、ネスティさん……」
 恐る恐るという風情で彼女は地図と睨めっこをしているネスティに声を掛ける。不機嫌そうな面構えで彼女を見た彼は、まったくどうしてこうも、と主語の述語にも欠ける言葉を呟きようやく、地図を畳み始めた。
「あれもで、もう今年で十八になるんだが」
「年齢はあまり関係ないと思うけどなー」
 不満を口に出したネスティを笑ったのはモーリンだ。洗ったばかりの洗濯物を丸めて絞っている最中だったらしく、手には捻られたシャツが握られている。
「だってさ、こんな暗闇だったらいくら慣れた木こりだって明かり無しじゃ辛いだろ」
 海の傍で育った彼女が山の事を語るのは些か奇妙な感じがするが、隣で聞いていたアメルも大きく頷いて同調しており、まるで一緒に行ってやらなかった自分だけが悪者の如く攻め立てられているようで、ネスティは益々眉間の皺を深くする。
「女が団結すると恐いぜ?」
 上がり札を放り出し、勝ち鬨の声を上げたフォルテが彼を振り返り口元に笑みを浮かべて言った。
「力に訴えられる前に、さっさと行ってこいよ」
 ぽん、とネスティの肩に手を置く。馴れ馴れしいその態度を突っぱねた彼は、だが泉の辺から向けられる視線が突き刺さって痛くて溜まらず、重い溜息を吐き出すとやれやれと首を振った。
 何もしていないのに一気に疲れた気がする。額を押さえて視線を浮かせると、カザミネと一対一でカード勝負を続けているバルレルの姿が映る。本来、マグナの面倒を見るべきは護衛獣の彼のはずだ。
「バルレル」
「うっせぇ! オレは今忙しいんだ。邪魔すんじゃねぇ、メガネ!」
 名を呼ぶと、言われる前に言われる事を察したらしい子供の姿をしたこの悪魔は生意気な言葉遣いで反論し、速攻で視線を戻すとカザミネが翳すカードから一枚引き抜く。途端、カザミネがしてやったりと笑い、逆にバルレルは「うぎゃー」と悲鳴を上げてその場に突っ伏してしまった。
「あーりゃりゃ」
 フォルテが腰に手を当て、呆れているけれど何処か楽しそうな顔で上からバルレルを見下ろす。ふてくされた顔をし、上半身を起こした彼はむすっとした顔でネスティを睨み、
「お前が茶々入れやがるから負けたじゃねーかよ!」 
 人の所為にするのは自分の実力が無いからだ、とぴしゃりと彼の反論を封じ込めるとバルレルは余計に機嫌を悪くしたらしく、土の上に転がって頬杖を付いた。
「ちぇっ。オレはあのニンゲンなんか知らねーからな。テメーが勝手に探しに行きやがれ」
 それに、案外オレなんかよりもお前が来るのを待ってるかもしれないぜ? 
 太々しい態度で笑ったバルレルに顔を顰め、神経質な動きでネスティは眼鏡を持ち上げた。視線には棘がある、だがそれをふっと鼻で笑い飛ばし見た目以上の年月を重ねてきている悪魔は口元を歪めた。
「お前だって、分かってんじゃねーの?」
「?」
 単語に欠いた会話を繰り返す彼らに、見守る周囲の視線は疑問符を抱えている。その中でフォルテは無関心を装いながら、炎にくべられた薪を抜き取ってネスティに差し出した。
「ほれ、行ってこい」
 自分はどうあっても動くつもりはないらしい。リューグはフォルテに負けたのが悔しいのかもう一勝負するつもりらしく、散らばったカードを集めて揃え始めバルレルもそれに便乗する気だ。女達も止まっていた作業を各々再開させ、ネスティはまさに袋の鼠状態。
 今度こそ諦めの溜息をついて、彼はフォルテが差し出す松明を断る。懐から取りだしたサモナイト石になにやら呪文らしきものを呟くと、それが仄かに光を放ち始めた。
 ひゅぅ、とフォルテが口笛を吹く。
「便利だな」
「そうでもありません」
 興味なさそうに答え、ネスティは輝くサモナイト石を手の平に立ち上がった。
 マグナが行ってからそれなりに時間が経過している。所用であればもう既に戻ってきても可笑しくないのだが、その気配は感じられず杞憂は大きくなっていく。最後にもう一度溜息をつき、彼はゆっくりとした歩調で歩き出した。
 照らし出される空間は狭い、せいぜい目の前から三歩ほどの距離しか召喚術の光は届かない。
「ゆっくりな~」
 それはどういう意味か、フォルテが歩き去ろうとするネスティに声を飛ばし怪訝な顔を仲間内から受けて苦笑した。言われた方のネスティはと言うと、足許が見えているはずなのに木の根に爪先を取られ転びそうになっていた。

 
 その光は少しずつ近付いてきて、最初身構えたマグナもそれが召喚術による光だと気付くと肩の力を抜いた。
 やがて茂みを掻き分けて、ネスティの姿がはっきりと視界に入ってくるのを認めると、それまで凭れていた他の木々よりも一際年輪を重ねている樹の幹から離れた。数歩前に出て、兄弟子を迎える。
「何をやっているんだ、君は」
「え」
 だが発せられた第一声は厳しくきつい語調で、声を掛けようとしたマグナはその勢いに押され僅かに仰け反った。その前にネスティは立ち止まり、斜め上方から彼を見下ろす。眼鏡の奧にある双眸は冷ややかだ。
「なに、って……」
「用は終わったのか。だったら何故、直ぐに戻ってこない」
 御陰で僕がこんなところまで出向かなければならなかった、明らかな不満と文句を口に出して憚らないネスティに、マグナは途端俯きしゅん、と小さくなる。
「だって、さ……」
 ネスのマントの端を握り、くいくいっ、と自分の方へ引っ張る。子供っぽいその動作を止めさせようとすると、マグナは寸前で手を放して逃げていく。
「何がしたいんだ」
「なにって、……ネスの鈍感」
 むすっとした声でマグナが頬を膨らませ、悪口を言われたネスティは米神をやや引きつらせて弟弟子を見下ろす。
「マグナ?」
「だーかーらー!」
 苛々と。両拳を握りしめて腕を振ると、その腕を伸ばしてマグナはネスティとの間にあった距離を一気に詰めた。その首にしがみつき、爪先を立てて背伸びを。
 そして一瞬呆けたような顔をして自分を見返すネスティの唇を、横向きに倒した顔を近づけて自分の唇に強引に重ねた。
「んっ!?」
 最初のキスは触れるだけの、一瞬のもの。
 けれどネスティを驚かせるには充分過ぎて、固まってしまった彼は目の前で不満そうな顔を一面に広げているマグナを見つめたまま、彼を突き放すことも出来ず立ちつくした。その間の抜けた顔を面白そうに眺め、意地悪く笑んだマグナはもう一度、今度はさっきよりも少しだけ長い時間キスを彼に贈る。
 ちゅっ、とわざと音が立つように口付けると、力の抜けたネスティの右手からサモナイト石が滑り落ちていった。
 光が明滅し、草の合間に沈んだ石が弱々しい光を伸ばして影を作る。蛍火のような、淡く儚い光。
 一気に薄暗さを増した周囲だったが、マグナは構うことなくネスティの首に腕を回したまま、今度は彼の頬に口付けて笑った。
「分かった?」
「………………まさかとは思うが」
 濡れた口元を拭うこともせず、眼鏡の奧の瞳を細めて不機嫌を表現したネスティ。
「だって、もう一ヶ月近くない」
 すかさず反論し、腕に力を込めて彼を自分の方へ引き寄せるマグナ、目がキスを強請っており呆れた顔のままネスティは掠め取るようなキスを彼にしてやった。
 だがもちろん、マグナがそれで喜ぶはずがなく。
「なんでー。いいじゃん、誰も見てないし」
 この兄弟子が体面を気にする人であることは、マグナとて無論承知している。けれど今まで誰ひとりとして、彼らのこの関係を咎めた人は居ない。気付いていないだけか、はたまた気付かないフリを貫いているのか。
 フォルテやバルレルあたりは、あの様子では気付いているようだったが。思い出し、また眉間に皺を寄せたネスティにマグナは怪訝な顔を向ける。そしてもう一度背伸びをして、彼の上唇に噛みついた。
「っ!」
「だって、俺は健全なオトコノコだもん」
 べーっ、と舌を出して彼はようやくネスティから離れた。半歩身体を引くと、巨木の幹に背中が当たる。顔を上げると、寝静まった枝葉の隙間から十六夜の月が霞んで見えた。
「ああ、確かにそれは否定しない」
 但し彼の言う健全の範疇が、果たして何処までの広さを持っているのかは謎である。
 噛まれた唇に指をやり、浅く付いた歯形が消えていくのを感じ取りながらこれで何度目か数えるのも億劫な溜息を零した。そのまま指先で眼鏡のフレームを押し上げ、前髪をやや乱暴に掻き上げる。
「まったく、子供が」
「悪かったなー」
「誘うのなら、もう少し色艶を利かせるべきだとは思わないか」
「こんな風に?」
 不機嫌は緩和されたものの、完全に消え去ったわけではないネスティに言葉に、マグナは笑いながらくねっと腰を揺らしポーズを取る。終いには投げキッスまでやらかして、その悪ノリぶりにネスティは眉間の皺を深く刻ませた。
 口から出るのは彼の常套句。
「君はバカか」
「ネスがしろって言ったんだろ~」
「そんな格好をしろ、とはひとことも言っていない」
 君が勝手に過大解釈をしただけだろう、とツカツカとマグナとの間を詰めて片手を彼の後ろに聳える樹木の、粗い肌触りをした表面に置く。ちょうど、マグナの首の真横を通り抜けるように、腕を伸ばして。
「ネス?」
 片方の逃げ道を封じられたマグナが、色濃くなった影を見上げて呟く。若干だが声に怯えが含まれている事をネスティは薄く笑って受け止め、左に耳に顔を接近させた。そして、声が彼の耳に掠めるように謀って囁く。
「ここで、良いんだな?」
 ぞくり、と背筋が震えてマグナは反射的に瞑ってしまった目を開ける。首を引き戻していたネスティの顔が直ぐ前にあって、薄く口を開くとそのまま近付いてきたネスティにかぶりつかれた。
「ぅ、ん……」
 返事もさせてもらえず、ただネスティの上着にしがみついたマグナはちらり、とだけ瞼を開き閉ざされている彼の眼を見た後また眼を閉じた。そして交替で、開いた唇の間から舌を差し出す。
 木の幹に添えているのとは反対の手で、ネスティはマグナの顎を持つと少しだけ上向かせた。そしておずおずと伸びてきたマグナの舌に薄く笑い、その先端を押し返す。
 くにゅ、と滑った舌先がマグナの歯列に当たった。
「ふっ、ん……苦しっ……」
 途中呼吸が上手くいかなくて、握った上着の端を乱暴に引っ張ってマグナはネスティの性急さを咎める。首元を引かれてはこちらも苦しいし痛いので、仕方なく絡めた舌を解放して伸びた唾液を舐め取った彼は一旦マグナから離れる。その手前で、顎のラインを流れていた唾液の川にも舌を伸ばし、掬い取ってから彼はようやく距離を置いた。
 やや乱れ調子の呼吸を繰り返し、マグナがネスティに凭れ掛かる。しがみついたまま顔を伏せているけれど、今更赤くなった顔を隠したところで意味はない。
「止めておいてもいいんだぞ?」
「それ……ものすごく困るんだけど」
 問いかけると、ぼそぼそとした声が返ってきて首を捻る。すると、下方からまだ微かに光を放っているサモナイト石に照らされた赤い顔でマグナが顔を上げ、言いにくそうに口をパクパクさせた。
「あのさ……聞きたいんだけど。ネスってどうしてそんなキス巧いわけ?」
 俺以外と経験あったりする?
 真面目な顔で尋ねられて、ネスティは一瞬きょとんとした後苦笑を持って返すしかなかった。それが不満なのか、頬を膨らませたマグナが彼の胸を拳で叩く。
「いいや、少なくとも僕は君と以外は無いよ」
 先祖代々は知らないけれど。と心の中で呟いて、ネスティはマグナのむくれている両頬を手で挟み持った。そのまま宥める為に触れるだけのキスを繰り返し、最後に仕返し、と音を立てて唇を吸い上げ、離れていく。
「本当に?」
「僕が君に今まで嘘を吐いた事があったかい?」
 疑りの目を向けてくるマグナに微笑みかけると、彼は一段と顔を赤く染めて小さく頷いた。
「……ない、と思う」
 ネスティの指が俯くマグナの唇をなぞっていく。親指の腹で軽く押され、促されるままに歯列を開くと其処から細くしなやかな、長い指が舌の表面をなぞるようにして入ってきた。
「ぅ、ん……」
 自分から口を広げて彼の指に舌を絡ませ、形をなぞりながら舐めていると飲み下せない唾液が溢れ出す。息苦しさに眉根を寄せると、気付いたネスティが放そうとするけれど、マグナは追いかけて逃がさない。
 上気した頬と熱っぽい瞳がネスティを見つめ、彼の手首を捕らえたマグナは彼の指一本一本を丹念に舐め尽くしていく。
「まったく、君ってやつは」
「……んだ、よ……」
 微かに笑って、ネスティは手首を振りマグナの緩い拘束から抜け出す。そしてべたべたに濡れている彼の口元に浅くくちづけ、スルリ、と左手を伸ばし彼の服の裾を引っ張り出す。
「誰に教わったんだか」
「そんな、のっ……ネス以外に居るかっ、よ!」
 裾の中から入り込んで来た、濡れている手の動きに息を詰まらせ、若干鼻に掛かる声でマグナは叫びネスティの胸元をまた拳で殴る。すると少し怒ったのか、乱暴に唇を合わされて口腔を余すことなく舌先で嬲られた。
 後頭部が木の幹に当たる、ごつごつした感触が痛い。そう思っていたらネスの右手が後ろに回されて、頭を抱きかかえられた。だからお返しでもう一度首に腕を回してしがみつくと、距離が詰まってお互いの熱が伝わって、知れずマグナもネスティも顔を赤く染めていた。

「なぁ、バルレルよ」
「ん~、なんだぁ?」
「ちょっくら、行ってみないか?」
「……お前も趣味が悪い奴だな」
「そう言うお前だって、興味あるんだろ?」
「そりゃ~……な」
 にやり、と。
 顔をつき合わせフォルテとバルレルが怪しく笑いあって。
 ケイナが気付いたときにはもうふたりは揃っていなくなっていた。
「?」
 知らぬは女ばかりなり?